笑顔を見せて。
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■ショートシナリオ
担当:言の羽
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:0 G 52 C
参加人数:8人
サポート参加人数:4人
冒険期間:01月29日〜02月03日
リプレイ公開日:2006年02月06日
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●オープニング
「すみません‥‥」
呼びかけられて、受付嬢は顔を上げた。そこに立っていたのは一人の少女。ただし高い位置でまとめられた銀色の長い髪から、ジャパン人でない事がおのずと知れる少女。
そんな異邦人の来訪にも受付嬢は慌てる事なく、少女が安心できるよう、ふわりと微笑を浮かべた。
「言葉、わかりますか?」
「少し‥‥でも、難しい言葉、わからない‥‥」
「お待ちくださいね、通訳を連れてきますから」
なるべく簡単な言葉を選び、椅子を勧める。もう一度しっかりと笑顔を見せてから、彼女はいったん、奥に引っ込んだ。
◆
通訳がつくと、少女は綺麗なイギリス語で、依頼したい内容の説明を始めた。
『私の名前はセレナ・パーセライト。イギリスの王都キャメロットで生まれ育ちました。父が商売をしていて、その父の跡を立派に受け継ぐため、先日ジャパンへ修行に来たのです』
「女だてらに跡継ぎですか‥‥その心意気はご両親もお喜びでしょうが、色々とご苦労も多いのでは?」
『ええ。こちらへ伺ったのは、ちょっと困った事が起きているからなんです』
まるで、そうして弱音を吐く事がいけない事でもあるかのように、少女は眉根を寄せてため息をつく。対して受付嬢は、少女のどこか大人びた様子に危うげな雰囲気を感じ取りつつも、頷く事で話の先を促した。
彼女の説明をまとめると以下のようになる。
商売の修行にやってきたセレナは、父の知り合いであるという呉服屋で厄介になる事になった。父よりもいくらか年下の若旦那夫婦はとてもいい人達で笑顔が絶えず、彼女にも優しく接してくれている。ただし商売に関する事やジャパン式の挨拶、しきたりについては、早速厳しく仕込まれている。
彼女の江戸での生活は順風満帆である――かのようだが、ただひとつだけ問題があった。若夫婦のひとり娘と仲良くなれずにいるのだ。
5歳になったばかりのその娘、名前は小鈴。人見知りが激しいらしく、いつも両親や店の者の背中に隠れてしまうため、いまだまともに言葉を交わしてすらいない。
『私には兄弟がいません。折角ひとつ屋根の下で暮らしているのです、できる事ならあの子と姉妹のような関係になりたいと思っているのですが、どう接したらいいのかがわからなくて』
「なるほど。仲良くなるきっかけがほしいというわけですね」
受付嬢の言葉は、セレナの心情を率直に表している。その通りです、とセレナが苦笑したが、いい事ですよ、と受付嬢は返した。
●リプレイ本文
●最初の攻略対象
確かにその子は見るからに間違いなく正真正銘の人見知りだった。母親から冒険者達を紹介されてもその母親の後ろから出てこず、様子を伺うため時々腰元からくりくりとした瞳をのぞかせるばかりで、一言も発しない。警戒心ばりばりなのである。可愛らしくもあるのだが、いかんせんこの状態ではろくに話もできそうにない。
まずは自分が、と一番手に立ったのはディーネ・ノート(ea1542)。その子――小鈴を昔の自分と重ねて見ているようだ。複雑な心境を隠し、最初が肝心と、しゃがみこんで小鈴と目線の位置を合わせた。
「こんにちは。私、ディーネ。よろしくね♪」
笑顔で優しく。普通に挨拶をしてもダメだろうと、あくまで子供の立場に立とうとしたわけだが、結果は惨敗。小鈴は数秒間ディーネを見つめた後、また母親の後ろに逃げ隠れてしまった。「怖くないわよー」と呼びかけてみても変化はない。
「‥‥やっぱりお約束な反応だねぇ」
ディーネと同じく、しゃがんで目線を合わせようとした山浦とき和(ea3809)がぼやく。
「対等な立場で認識しているとわかってもらうだけでは足りないようだな」
そう言うフィル・クラウゼン(ea5456)もしゃがもうとしたのだが、効果がないと判明すると小鈴から少し距離を置いた。背中から荷物袋を降ろし、何やら中をごそごそと漁っている。取り出したのは裁縫道具、そして道すがら購入してきた布切れだった。かと思えば、引き戸の向こうの部屋を借りたいと言い出した。
ふたつ返事でフィルの要望を通した小鈴の母親は、初めこそ「すみませんねぇ‥‥」と苦笑していたが、じきに「じゃあ後は頼みますね?」と娘を冒険者達の前に押し出して、自分は「頑張るのよ、気合よ小鈴!」と仕事に戻ってしまった。
残された小鈴は、知らない人達を前に俯き、着物の膝の部分をぎゅっと握った。どうしたものかとためらう冒険者達。
と、そこへ小鈴と同い年くらいの女の子が前に出ていく。その女の子について、小鈴の母親には冒険者の親族だと説明したが、実のところは14歳の大宗院透(ea0050)が人遁の術で外見を変えているのである。子供には子供を。その発想は正しかった。「あそぼ!」と半ば強引に手をとった透に対し、小鈴がこくりと頷いたのだ。
「じゃあお庭に出ようなのだ。黒曜が小鈴ちゃんを待っているのだ〜♪」
「‥‥こくよう‥‥?」
玄間北斗(eb2905)の言葉に、ようやく小鈴は声を発する。名前のごとく鈴のようにころころとした声で、ディーネが「きゃー、可愛いっ♪」と騒ぎ立てた。
「おいらの愛犬なのだ。ほのぼのした優しい子だからきっと小鈴ちゃんとも仲良くなれるのだぁ〜」
「行こう、小鈴ちゃん」
北斗が歩き始めて、透も小鈴の手を引いてついていく。
しばらくすると庭からは嬉しそうな犬の鳴き声が聞こえてきた。
●二人目の攻略対象=依頼人のほうは
『お邪魔しますねー』
沖田光(ea0029)が母屋にあるセレナにあてがわれた部屋にやってきたのは、昼下がり‥‥ちょうど茶がほしくなる頃合の事だった。
沸かしたての湯で入れたのだろう、盆の上の湯飲みからは盛大に湯気が立ち上っている。光はどう反応すればいいのかわからないでいるセレナの向かいに座ると、用意してきた茶菓子を並べた。
『ジャパンには修行に来られたそうで。他国で生活するなんて、慣れないとなかなか大変ですよね』
『イギリス語が堪能なんですね』
『僕も少し前まであちらにいたんです。色々と良くしてもらいました』
正座してピンと背を伸ばしている光は両手で湯飲みを持ち、茶をすする。
『私も騎士の修行でイギリスから来たばかりなんだよ。よろしくね』
そうしてできた会話の途切れに、にこにこしながらシスティーナ・ヴィント(ea7435)が挨拶をした。
『ケンブリッジを出る時にリンゴチップス持ってきたんだけど‥‥さすがにだいぶ古くなっちゃってたんだ。ごめんね。代わりこれを買ってきたから、遠慮せずに食べてね』
自分で買ってきた菓子の包みを広げるシスティーナ。喋りながらまずは自分で一切れつまんでみる。
『そういえばセレナさん、小鈴さんとは今までどのように接していましたか?』
おいしくて落ちそうな頬を両手で押さえるシスティーナの隣から、片東沖すみれ(eb0871)が尋ねる。どのようにと言われても‥‥と苦笑するセレナに、真正面からお固く行ったのだろうと想像がつく。面々は思わず漏らしそうになったため息を茶で喉の奥に押し戻した。
『頑張らないととか思うと、変に緊張しちゃうんですよね。周りにもそういう所は見えてしまってたのかなぁと』
お菓子を食べてリラックスしてください。さりげなく光が勧めるので、セレナも食べてみた。眉間にあった皺が、ほどけて消えていった。
『変に仲良くしなくちゃとか考えるんじゃなくて、自然にセレナさんらしさを見せていけば、事は上手く行くんじゃないかな。子供って、そういう所は敏感だと思いますし』
『そうでしょうか‥‥』
『ピクニックをするというのはどうでしょう。寒いので、庭を借りて焚き火をするくらいしかできないでしょうが』
すみれの提案には既に若旦那夫婦の快い了承を得てある。セレナの歓迎の宴という意味も兼ねようというのだ。勿論この点についてはセレナには秘密であるが。
この家の主人が了承しているのならセレナに反対する理由はない。
話はとんとん拍子に進んでいく。買出しに行こうとするセレナを、すみれが自分と小鈴達で行くからと断った。代わりにシスティーナが家人に挨拶をしたいからとセレナに案内を頼んだ。急に忙しなくなったおかげで、光がぽつりと呟いた言葉も、空に霧散して消えた。
●商店街での出来事
小鈴は目を丸くした。大きくてふわもこの羊さんが木彫りのウサギの人形を持って立っているのだ。
「こんにちは、ティーナって呼んでね」
人形の頭を下げ、自分も頭を下げた羊さんに、小鈴は何度も何度も頷いた。どうやらかなりお気に召したようだ。ちなみに羊の中身はシスティーナである。
右手はすっかり友達になった透、左手はもこもこふわふわの羊さん。両手に花(?)の小鈴の機嫌は最高潮。ここぞとばかりにすみれが、しかしあくまでさりげなく、セレナの名前を出した。
「セレナさんもきっと、小鈴さんのいいお友達になってくれますよ」
やはり、と言うべきか。小鈴の表情が曇っていく。
「どうしたの?」
「‥‥あのお姉ちゃん、いつも怖いお顔してるの‥‥」
ディーネの問いかけに対する小鈴の答を聞いて、冒険者達はセレナの顔を各々の脳裏に思い浮かべた。正面ばかり見ている、きりっとしすぎた顔を。
小鈴の好みも聞きながら買出しをしていくと、透の施している人遁の術、その効果の切れる時間が近付いてきた。おまけに体が冷えたのか小鈴がくしゃみをしたので、一行は早足で帰宅する事にした。
●焚き火だ焚き火だ
「お掃除終了! 落ち葉が集まったから、これで焚き火ができるわね!」
竹箒を振り上げてディーネが宣言する。足元には皆で集めた落ち葉がこんもりと、小さな山を作っている。かなりの量だが、別にこの家の者が掃除をさぼっていたわけではない。それだけ庭の植木の数が多く、枝から落ちる葉の量も多いという事だ。
晴れた冬の、高い空に、とき和の爪弾く三味線の音。演奏の技術があるわけではないようで、その音色は音楽とは呼べない類のものであったけれど、口ずさんでいる唄も素人の歌唱力だけれども、とんととんと奇妙な脚さばきで庭を舞台と変えていた。他の冒険者達は焚き火の用意や宴の準備にと動いているので、観客は今のところ小鈴とセレナだけ。小鈴の膝にはとき和の飼い猫である義助が横たわり、髭をピクピクさせている。その髭を、先程からセレナがちらちら盗み見ている。
「さーて、消火用の水も用意したし。すみれさん、よろしくっ♪」
「はい。では行きます!」
越後屋印の火打石を打ち合わせ、火花を散らす。散った火花は落ち葉の山に飛び、火がついた。
それを待っていたかのように運ばれてくる、おいしそうな食事。縁側に面した部屋の床がすべて埋まりそうな勢いだ。
「小鈴ちゃん、これをあげるのだぁ〜」
「‥‥? ‥‥! うさぎさん‥‥♪」
北斗が差し出した皿に乗っていたのは、そこらで普通に売っている餅だ。だが普通の餅ではない。うさぎに見えるように並べられた餅なのだ。小鈴が喜んだので、北斗は背中に隠していたもう一皿も出してみた。こちらは犬だ。
「わんわんー‥‥♪」
思わずつついている小鈴だが、そこは焼きたての餅、さすがに熱かったらしく、すぐに指を引っ込めた。
この一部始終をセレナはすぐ横で見ていた。餅の熱さに顔をしかめた小鈴を心配そうに眺めているが、どう声をかけたらいいものかと、つい差し出そうとした手が行き場を求めて彷徨っている。
「小鈴、俺と一緒に遊ぼうぜー」
小鈴の目の前に突然現れた犬の人形は、棒読みで挨拶をした。人形を操っているのはフィル、人形を作ったのもフィル、しかも人形の出来はかなり良い。初日から部屋に篭って作っていたのは、どうやらこの人形だったようだ。料理も手伝ったというから、無愛想な割りになんと家事の出来る男である事か。
『ほら、あんな風に誘えばいいんだよ』
セレナの前に突き出されたのは市松人形とスノーマン人形。どっちがいい? と笑顔で語りかけるシスティーナはやはり羊さんだった。
そして買出しの時に聞いた、小鈴がセレナに抱いている印象を小声で耳打ちする。
「ねえ小鈴ちゃん。あのお姉ちゃんとも遊ぼう?」
幼女の姿をとる透が、小鈴の興味をセレナに向ける。小鈴も一旦はセレナを見たが、その表情を見て、ぷいと餅うさぎつつきを再開してしまった。
「‥‥『人見知り』には『酷い尻』拭いをさせられます‥‥。本当の人見知りはどちらでしょうね、セレナさん‥‥」
小鈴の注意が自分にないのをいい事に、素をさらけ出して透が作っていない自分本来の声で呟く。さすがは駄洒落を極めようとする者、思いついたら言わずにはいられなかったらしい。
ジャパン語にまだほとんど慣れていないセレナには、透の駄洒落が駄洒落である事すら理解できなかった。しかし駄洒落の後に続いた言葉の言わんとするところは、辛うじて想像がついた。
『あの――もしかして私、また笑っていないんですか?』
セレナの頬を冷や汗がつ、と垂れていく。
彼女が袖を掴んだ相手は光。目を皿のようにして見返してくる彼に、セレナはもう一度同じ質問を繰り返す。
『ええと‥‥ここに皺ができていますよ』
明言を避けて、光は自分の眉間を指し示した。
はっとしたセレナは、今度はシスティーナに向き直った。
『人形、両方とも貸してもらえますか』
セレナのあまりの剣幕にシスティーナも何も言えず、ふたつの人形を手渡す。手渡された人形を抱いて、小鈴のもとへ歩み寄るセレナ。気配を察したのか、小鈴が振り向く。‥‥だが小鈴が目にしたのは『怖いお顔』ではなく、ふたつの人形の優しい笑顔だった。
「小鈴ちゃん‥‥私達、あなたと仲良くしたい」
たどたどしいジャパン語。それでも込められた想いは自然と伝わるもの。人形の陰から、セレナが真っ赤になりながらも小鈴の反応を待っている。
小鈴はぐるりと周囲を見回した。皆が自分を見ている。
ふたつの人形を見つめた。やっぱり自分を見ている。
人形の後ろにいる人も見た。一番まじまじと自分を見ている。
「‥‥お餅‥‥食べる?」
小鈴は最後に両手で、餅うさぎの乗った皿を人形と人形の後ろにいる人に差し出した。緩んだ口元は、確かに笑みの形。
カタン、カタン。
歓喜するセレナの手から、借り物であるはずの人形達が床に落ちていく。彼女の眉間の皺はすっかり取れて、けれど歓喜から顔全体がくしゃくしゃになっていた。