●リプレイ本文
●最も手間がかかるのは頭が固い奴の説得
「なぜ俺達が賞品になる必要があるのだ」
栄一郎は真っ向から疑問点を述べた。大鳥春妃(eb3021)が自身の発案した『おしとやかこんてすと』について、一通りの説明をした直後の事だった。
おしとやかこんてすととは茶店を埋め尽くし、売り上げ激減の原因となっている女性達を大人しくさせるための催しである。いかに店内で淑やかに振舞えるかを女性達の間で競ってもらい、優秀者へは彼女達の来店理由である職人兄弟との一日逢瀬の権利を贈る。参加資格を商品購入した人だけに与える事で、当座の店の運営資金を稼ぐのが目的のひとつ。他にも、店での女性達の行動を慎ましくする事や、菓子の味を実際に知ってもらい、以後も菓子を購入してくれるように誘導する事も目的に含まれている。
「あの女性達はあなた方ご兄弟を目当てにしてお店に来られていますから」
「売り上げの回復のためにも、まずは熱狂的になっている女性達をどうにかしなければなりませんし」
春妃の言葉をリノルディア・カインハーツ(eb0862)が補足する。そんなに業績が悪いのかと栄一郎が自分の母親でもある女主人の顔色をうかがうと、女主人は無言で息子の前に帳簿を放った。
「うわっちゃぁ‥‥さすがにヤバイんじゃないの、これは」
帳簿をめくったまま動きを止めてしまった栄一郎の代わりに、横から覗き見した勇二郎が感想を述べる。どうやらふたりとも漠然と売り上げが落ちていると聞いていただけで、細かい数字までは知らなかったようだ。勇二郎はそのまま兄の手から帳簿を掠め取り、ぺらぺらとめくり、自分たちが修行から戻ってきたあたりから売り上げの下降が始まっている事も確認した。
「そういうわけですので、こんてすとを行うためにお店をお貸し願えないでしょうか? また、商品購入をこんてすとの参加資格にさせて頂きたいのです。そのため、そのお菓子や商品を提供して頂けますか?」
あくまでも柔らかい口調で要望する片東沖すみれ(eb0871)、しかしその目はさりげなく厳しい。
「どうやって優秀者を決めるわけ?」
「店内にて、淑女として振舞われているかを審査します。細かい部分は店主様とおふたりに判断してもらってかまいません」
「ふ〜ん? でも俺、おとなしい子より元気な子の方が好きなんだけどなぁ」
「お前の女性の好みなど誰も聞いてはおらん。‥‥俺は大和撫子こそ女性のあるべき姿だと思っているが」
「兄貴の好みこそ誰も聞いてないだろうがよ」
春妃に説明を求めていたはずが、いつの間にか兄弟間の言い争いに発展しそうになっている。そんな息子達の頭を女主人が一発ずつはたくと、即座に彼らは大人しくなった。
「しかし、やはり逢瀬というのは――」
「お店で一緒にお茶を飲んであげる、っていうのじゃ、ダメ?」
それでもいまだ渋い表情を崩さない栄一郎。林小蝶(eb2319)が前のめりになって妥協案を出すと、「それなら何とか‥‥」と案を受け入れる。結局渋い表情のままではあるが。
男女のどうこうを餌にするのも店のためだと頭では理解していても、感情ではどうしても納得がいかないのだろう。だがこれ以上は他に良い案が浮かばないのだから仕方がない。
「つまるところ女性陣が自分を客‥‥どころか成人女性のたしなみも弁えていないのが理由。理性的になれば、いい若い者が注文もせず邪魔をするだけというのは恥ずかしい事だとわかるだろう」
この店の各席は、多くの人数が一度に座する事ができるようには作られていない。飛ぶ事の出来るレーヴェ・フェンサー(eb1265)は空中から話に参加している。
「ようはこの企画は、大和撫子たるにふさわしい本来のジャパン人女性に立ち返ってもらうためのものだ。そう考えればむしろ名誉な事ではないか?」
「ふむ‥‥なるほどな。わかった、できる限り協力させてもらおう」
ようやく納得できた様子で、栄一郎が湯飲みに口をつける。隣で勇二郎がぺろっと舌を出す。再び兄弟の間で緊張が高まるのをその場にいる全員が感じた。
「これも案だけどさ、彼女達が売り子として働く、もしくは店の看板娘になるなんて出来るかな?」
場の空気を読んでか、音無鬼灯(eb3757)が捻り出した別の案を出してみるものの、これには女主人が首を振った。人を雇うほどの金がないのだ。それにあの女性達の集団から誰かを看板娘にするなど、選出の段階で血の雨が降りそうだ。
「まぁ、確かに‥‥でもとりあえずは現実を知ってもらおうと思うんだ。どちらか一言、言ってくれないかな? 一般の客が困っている、多少は控えて貰えないか、みたいにさ」
これまで何も言った事がないのは、騒ぎになるのを避けるためだった。現状を鑑みると意味がない、むしろ女性達を助長させただけだったのだが。
勇二郎は難色を示したが、栄一郎は「必ず言おう」と力強く頷いた。
●腕はいいのだから需要はある
桐沢相馬(ea5171)が足を使って御用聞きをした結果、家まで届けてくれるのならと、今は遠のいている常連客やきっかけがなかっただけの新規客から、まとまった数の注文が入った。この相馬の案には、店と宅配とで注文できる菓子に差を付けるという事が含まれており、これがまた客の興味を誘ったようだ。『限定』という単語がついただけでどうしてこんなにも人の心をくすぐるようになるのだろうか。
おかげで栄一郎と勇二郎はてんてこ舞いの忙しさ、店を開けるのもいつもよりだいぶ遅くなってしまうだろう。
「焦って質を落とす事だけはするなよ。届けるのは俺がしてやるから」
「言われなくても誰が落とすかっての。職人なめんなよ?」
鍋に汗が垂れるのを防ぐため額に白い布を巻いている勇二郎が、相馬の軽口に軽口を返す。そうする余裕があるのなら大丈夫だろうと、魔法のように形や色を変えていく材料に暫し目を奪われる相馬。
その横からひょいっと小蝶が姿を見せた。手には「配達承ります」と書かれた木札を持っている。聞けば愛犬の小十郎の首にその札を下げ、一緒に配達を手伝うつもりだという。こんてすとの宣伝をしながらではあっても、通行人の目を引くだろう。
●さりげない立役者
「ここか、淑やかな女の人が好きだっていう今時古風な趣味の兄弟がいる店は」
真音樹希のまったくさりげなくない大声が、店の前を通る人達の耳に嫌でも届く。兄弟についてもとから知っている人は勿論、何事かと興味を示した人が店のほうを見る。
するとそこにはモサド・モキャエリーヌ(eb3700)が絵描きとして、兄弟達を描いた絵を売っているわけだ。店のためだと言われ、渋い顔でモデルになった栄一郎と、悪ノリして署名まで記した勇二郎、どちらの絵も彼らを慕う女性達に、飛ぶように売れていく。もちろんモサドの技術があったからこそであるが。
「絵を描かせていただいた時にご兄弟と少々話をしたのですが、ご兄弟は礼儀正しく物静かな女性が好み、とのことですよ」
「えー、やっぱりそうなんですかぁ? そこの人もそう言ってるし、最近この辺で噂になってて‥‥ねぇ」
「ねー」
女性同士が顔を見合わせ、互いに頷く。このままいい後押しになってくれればと、モサドは先ほど購入したばかりの菓子に手を伸ばした。
「あ、美味しそう。それってどこの店のお菓子?」
「何言ってるんですか。ここのお店のですよ、このお菓子は」
「そうなの!? ‥‥実は私、今まで食べた事なかったんだよね、ここのお菓子」
「あ、あんたも? あたしもなのよー」
「一度食べてみるといいですよ。病み付きになりますから」
こうしてやってきた者のほかにも、相馬と小蝶の宣伝のかいあって最初からこんてすと狙いで来た女性たちも大勢いる。
参加希望者が列を成しているのは店の入り口横に設置された受付である。リノルディアと春妃が並んですわり、名前の登録と参加費である菓子の注文を受けている。注文はある程度まとまったところで相馬が裏口まで持っていき、直接兄弟に伝える。
店内は女主人によって切り盛りされ、参加者と非参加者とで席が分けられている。淑やかさを競うこんてすとだからと、参加者は昨日までの騒々しさが夢であったかのように、しおらしく座っている。
「‥‥皆さん殺気立ってますね」
「ええ、残念ですが」
受付のふたりは笑顔で応対しながら、何やら机の下で隠れて印を付けていた。余りにも参加人数が多い事から、どんどんふるいにかけられている――つまり受付での態度から既に審査は始まっているのだ。店内ではしおらしくとも、店内に入るまでは普段と変わらない人のほうがはるかに多い。即落選となるべき人もとりあえず一度は店内に案内されるが、一次審査の前にはお帰りいただく事になる。
ちなみに。参加希望者の列にそしらぬ顔で並んでいた鬼灯は、受付の時点で参加を拒否された。どれだけ男っぽかろうと彼女は間違いなく女性であるが、これは仕事の一環である。ただでさえ参加希望者が多いのだから、仕事を増やすなと怒られて、落ち込む羽目になった。
●決意と変化とそれらによってもたらされるもの
残ったのは受付をした人数の実に三分の一。すっきりした店内を見渡して、警備担当のすみれと小蝶は小さく深呼吸をした。ほんのり疲労の色が見えるのは、既に一仕事を終えたばかりからだ。なぜ自分が落選なのかと騒ぐ者達を何とか諌めて店から出しただけだが。
「君らは女性だ、そしてここは『恥』の文化の国ジャパンだ。母親から行儀作法の手習いくらいは叩きこまれているな?」
進行役のレーヴェに参加者の視線が集まる。痛いくらいだが、レーヴェは気丈にもこの視線の束へ、自分ひとりの視線で立ち向かっている。
だがその心中にはいささかの疑問を抱いていた。――なんで自分がこんな事をしなければならないのだ、と。このこんてすとは、堅苦しい行儀作法をあの兄弟が噛み砕いて教えるとか、そういう趣旨のものではなかったのだろうか、と。まあ要するにずれた理解をしていたわけだ。
「一次審査として、君らの大好きなこの店の職人兄弟が作った菓子と、兄弟の母親でもあるここの女主人の入れた茶を嗜んでもらう」
こうしてこんてすとは始まったわけだが、受付という関門を突破した者達にとって、そんな一次審査など朝飯前もいいところだった。最初から『おしとやかこんてすと』と銘打たれていたのがいけなかったのかもしれない。何を示せばいいのかを事前に知っているという事は、すなわち事前に対策を立てられるという事なのだ。
「‥‥おい、これでは甲乙がつけられないぞ。どうするんだ」
調理場から店内をのぞき見ていた相馬が、皆の気持ちを代弁するかのように呟いた。
実際、彼女達はよく予習していた。第二審査を終えて第三審査を終えても、人数は片手ほども減らない。これではいつまで経っても終わりそうもない。
「それだけ俺達に本気って事かねぇ‥‥俺としちゃあ嬉しいんだけど、兄貴は?」
「どの道、全員を相手できるわけがないだろう。勇二郎、馬鹿を言うのはよせ」
ひと段落した兄弟も相馬を真似る。ところがこれに、相馬はすぅ、と目を細めた。
「‥‥惰弱だな。見切りの重要性は武芸だけでも、料理のサジ加減だけでもない」
「何ぃ!?」
兄弟を貶めているとも受け取れる発言に、勇二郎が即座に反応する。喧嘩腰になった弟を栄一郎が肩を掴んでおさめるも、栄一郎自身の目も真剣に、真正面から相馬を見返している。兄弟の様子はどちらも侍である相馬に対するに相応しいものではない‥‥そんな彼らに相馬は鼻を鳴らし、今一度店内に視線を戻す。
「人付き合いにもそれは言える。きちんと接客するなり追い返すなり、幾らでも方法はあったはずだ。面倒がって中途半端に彼女達を客とも迷惑とも切り分けなかったのが、今回の事態に陥った原因だろう」
正論であればこそ、深く突き刺さるもの。
もはや口を閉ざしている相馬には何を言い返しても無駄だとさとったのだろう、栄一郎の手が肩から離れても勇二郎はおとなしく引き下がった。
かと思いきや、今度は栄一郎がずかずかと歩いていく。暖簾をくぐり、予定にないタイミングで店内に登場。するとその場にいる女性は漏れなく彼に注目した。彼にはそうなる事がわかっていた。今まで努めて視界に入れないようにしていた女性達を、あえて見据えて、言い放つ。
「俺と弟を望むのなら、いくらでもくれてやろうではないか」
――きゃああああああああああっ!!
店の建物自体を揺るがすほどの黄色い声。
すかさず耳を押さえた栄一郎、次の瞬間には淡々と、こう告げた。
「‥‥残念だが、今騒いだ者は失格だな。お帰り願おう」
――ええええええええええええっ!?
黄色い声は一転、非難の声となる。他にも勇二郎や女主人、冒険者達も何事かと目を丸くして栄一郎の次なる挙動を待つ。
「俺の理想たる大和撫子は、あらゆる事態にも動じず、こちらの意を汲み上げてくれる女性だ。この店の邪魔になるような者はいらん。よって、抜き打ちで審査をさせてもらった。どなたか文句のある方はいるだろうか?」
いるだろうか、と尋ねる形をとってはいるが、実質的には「文句のある奴は出て行け」と言っているに過ぎない。あくまでも客と見ていた相手を、初めて迷惑と捉えた、その表れだった。
女性達はみるみるうちに退出していった。ある者は怒り、ある者は呆れ――捨て台詞を吐いていく者さえいた。閑散とした店内に重たく息を吐き出す栄一郎、その隣で勇二郎はもったいなさそうに肩をすくめた。調理場では相馬が、栄一郎の変化を壁に寄りかかって眺めていた。
「‥‥これで、常連さんが戻ってきてくれるといいのですが」
「そうだよね、じゃないと売り上げが――」
心配そうに頬へ手を添える春妃に、小蝶も同意する。
御用聞きはひとまず成功しているが、常に注文があるとは限らない。その上、配達も冒険者達がいたからこそスムーズに行われたのであり、依頼期間終了後にメイン事業とするには難がある。こんてすとの参加費である程度は潤ったものの、所詮は一時的なもの。果たしていつまでもつことやら‥‥。
こと、と静かな店内で音がした。こんてすと非参加者用の席に座っていた少女が、湯飲みを置いた音だった。菓子が乗っていたはずの皿は綺麗に平らげられている。
「美味しかったです。また来ますね」
控えめに微笑んだその少女は、支払いを済ませて一礼すると、上品な仕草で帰っていった。
その少女が食通と名高い、大商人の娘であるとわかったのは、数日後、店が以前以上に忙しくなってからだった。