贈り物のために。

■ショートシナリオ


担当:言の羽

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや易

成功報酬:1 G 35 C

参加人数:8人

サポート参加人数:2人

冒険期間:02月20日〜02月25日

リプレイ公開日:2006年02月28日

●オープニング

 受付嬢はいつものようにギルド内で雑務に追われていた。
 が、いつものようには身が入っていなかった。
「(‥‥‥‥なんなのかしら、この痛い視線は)」
 出入り口に背を向けた時にだけ感じられる、まっすぐな視線。これが気になるおかげで、筆を持つ手も頭の回転も、普段より速度が落ちている。
 誰かに見られているのは確実。ならばと思って振り返ってみても、そこには自分を見ている者などいない。それなのにまた背を向けると視線が降り注がれるのを感じる。首を傾げつつ振り返っても、やはり誰もいない。何度繰り返しても同じ。視線を感じる、振り返る、誰もいない、仕事を再開する、視線を感じる、振り返る、誰もいない‥‥‥‥まるで怪談だ。
「なぁんてね!!」
 武道家もかくやという受付嬢の素早い動き。他の受付員の陰に姿を隠したかと思わせておいて、にゅっと首を突き出した。油断させてその隙を突いたのである。勝った‥‥受付嬢がその感覚に酔いしれたのもつかの間、隙を突かれて目を見開き、その場で固まっていたのは、5歳くらいの幼い女の子だった。
 驚いたのは受付嬢も同じだったが、女の子の目にはみるみるうちに涙がたまっていく。
「ああっ、ごめん、ごめんね! お姉ちゃんがびっくりさせちゃったんだよね! 本当にごめんね、だから泣かないで〜っ」
 誰の悪戯かと身構えていた受付嬢。女の子のぶるぶる震える肩を優しく引き寄せ、抱き上げた。

「花を摘みに行きたい?」
 確認のために尋ねてみると、女の子は湯飲みに口をつけたまま、小さくこくりと頷いた。
 怯えたままなかなか言葉を発しない女の子をどうにか宥めて聞き出したところによると、その子の名前は小鈴、呉服屋の娘であるという事だった。店の名前は受付嬢も覚えのあるものだった。要するにいいところのお嬢さんなのだ。
 そしてもっと聞き出してみると、どうやら江戸を出て少し行った所にある野原へ、花を摘みに行きたいのだそうだ。少し前から家に住むようになったお姉さんがもうすぐ誕生日で、花を好きだというそのお姉さんに、押し花で栞を作ってあげたいのだと。
「‥‥母様が‥‥ひとりで行ったらいけません‥‥って‥‥」
「だからここに来たの? 一緒に行ってくれる人を探しに?」
 こくりこくりと頷く小鈴はとても可愛らしく、母親の心配も最もであるように思われた。小鈴自身を目的としてかどわかされる可能性も大いにありうるのだ。
 だがギルドは慈善事業ではない。報酬がなければ手付金もない。第一、年端もいかない小鈴を勝手に江戸の外へ連れ出すわけにもいかない。
 受付嬢は悩んだ。幼い少女の純粋な想いを踏みにじりたくはない‥‥しかし現実は――と、ここで彼女は新たなる視線に気がついた。見てみると、そこに立っていたのは小鈴に良く似た女性だった。否、小鈴がその女性に似ているのだろう。明らかに、小鈴の母親だった。

●今回の参加者

 ea3625 利賀桐 真琴(30歳・♀・鎧騎士・人間・ジャパン)
 eb0871 片東沖 すみれ(40歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb2655 旋風寺 豚足丸(27歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb2918 所所楽 柳(29歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb3525 シルフィリア・ユピオーク(30歳・♀・レンジャー・人間・フランク王国)
 eb3700 モサド・モキャエリーヌ(32歳・♂・クレリック・人間・イギリス王国)
 eb3891 ヴァルトルート・ドール(25歳・♀・クレリック・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb3917 榊原 康貴(43歳・♂・侍・人間・ジャパン)

●サポート参加者

ルミリア・ザナックス(ea5298)/ 糺 空(eb3886

●リプレイ本文

●好きなもの、苦手なもの
「‥‥っ!!?」
「こ、小鈴さん? 私です、この前一緒に遊んだではないですか」
 小鈴とは面識のある片東沖すみれ(eb0871)だが、しかし多少は慣れてくれていたはずの小鈴はすっかり怯え、すみれの伸ばした手から逃げるように後ずさり、その場に立ち竦んでしまった。
「ふむ、なるほど小鈴殿は生粋のジャパン人、しかもまだ幼い。すみれ殿の着ておられるまるごとこあくま、その元となった存在の事を知らぬも道理でござる」
「なんだかよくわからないもので、黒くて、尻尾が尖ってて、要するに怖い、と」
 旋風寺豚足丸(eb2655)の推測を補足するように、所所楽柳(eb2918)が付け加える。このふたりはふたりでまるごともーもーを着ており、すみれよりも先に小鈴と面会済みである。そして気に入られている。「もーもー‥‥♪」と目を輝かせた小鈴に抱きつかれて、本来は実態を見せる事を良しとしないらしい豚足丸ですら、つい抱き上げ、頬を摺り寄せてしまったくらいだ。
 喜んでもらえると思っていたのに‥‥と、ショックに打ちひしがれるすみれをよそに、シルフィリア・ユピオーク(eb3525)が小鈴の前にしゃがみこんだ。
「君の御名前はなんていうの? あたいの名前はかりんだよ。よろしくね」
 愛犬かりんの両前足を持ち、ふりふりと動かしながら挨拶する。ご丁寧に声色まで変えるという念の入れようだ。
 続いてヴァルトルート・ドール(eb3891)も、次は自分の番とばかりに、愛猫で顔を隠しつつ、小鈴に近寄っていく。
「はじめまして。ヴィーです、よろしく♪」
 愛猫、まだ子供であるヴィーの片手を持ち上げて挨拶した後に、自分も猫の横から顔を出す。愛くるしい犬と子猫に、小鈴の表情も再びぱぁっと明るくなった。
「‥‥わんわんのお名前は、かりん‥‥にゃーにゃーのお名前は、ヴィー‥‥。じゃあ‥‥お姉ちゃん達は、なんてお名前‥‥?」
「あたいはシルフィリアだよ」
「ええと、私もヴィーなんです」
「‥‥ふぇ?」
 ヴァルトルートの答に、小鈴はことんと小首を傾げた。
「私の名前はヴァルトルートっていうんですけどね。長いから略すと、この子と同じ、ヴィーになるんです」
「りゃくす、って‥‥なぁに?」
「え。――ええと‥‥」
 じぃっと見つめてくるつぶらな瞳。期待に満ちた純粋な眼差しは、時に人の心に深く突き刺さるもの。下手な答は許されない、そんな重圧を感じ、ヴァルトルードはただ小鈴を見つめ返す。
「略すというのはですね、今あるものから少しとって、簡単にするという事ですよ」
 モサド・モキャエリーヌ(eb3700)が荷袋から防寒服を取り出しながら助け舟を出す。
「てぇことは、あたいの名前を略すと、まこっさん?」
 同じく防寒服を着込む利賀桐真琴(ea3625)が呟くが、「それは略してるとは言いませんよ」とすかさずモサドからツッコミが入った。
「小鈴は‥‥略したら‥‥どうなるの?」
「小鈴殿のお名前は、略す必要などないでござるよ」
 豚足丸が腹部をたぷたぷと揺らしながら笑う。場はとても和やかで落ち着いた雰囲気に包まれていた――しょぼくれながらまるごとこあくまを脱ぐすみれを除き。
 すみれは、孵化したばかりで、まだどんな種類なのかもよくわからない生き物に、小鈴から名前をもらっていいかどうかを尋ねようと考えていたのだ。しかし目を光らせて卵の殻にこもるそれを見せてはまた怖がられそうなので、泣く泣く断念する事にしたのだ。
 そして落ち着いた雰囲気も、榊原康貴(eb3917)が小鈴を呼んだ事で綺麗に霧散した。
「小鈴殿、私の馬に乗っていかれるか」
「‥‥!? やぁぁぁっ!!」
 康貴の立ち居振る舞いは、侍としてとても立派なものだ。確かに幼い子供には威圧感を与えてしまうだろうが、それだけだったならば小鈴とて、泣いてシルフィリアの胸に飛びつく事はなかっただろう。右眉の上から鼻筋を通り左頬へ、ほぼ一直線の長い傷跡が、小鈴を怯えさせてしまったのだ。
 怖がらせてしまうかもしれぬと予想はしていた康貴も、まさか泣かれるとまでは思ってもいなかったようだ。表情に出さないように努めているが、いささか傷ついた様子で後方に下がった。

●雲ひとつない空の下
 背中から生えた一対の白い翼。だぶだぶと手足の先などで余っている布地。小鈴の体にぽっちゃり型のその着ぐるみは少々大きすぎたようで、頭にかぶる部分がずるりと視界を覆ってしまうため、小鈴は何度も邪魔そうにそれを押し上げている。
 ともあれ、全体としては「これぞまさに天使」としか言えないほどに似合っており、頭の部分をぐいぐい押し上げる様子もまた、愛くるしい仕草である。
「うん、可愛い可愛い。僕の見立てに間違いはなかったみたいだ」
 くしゃくしゃと笑顔で小鈴の頭を撫で繰り回す柳。おかげで小鈴も一生懸命に邪魔な部分を押し上げる必要ができてしまったが、撫でられた事自体は嬉しいらしい。ほんのり頬を朱に染めて、うんしょうんしょと口に出しながら、やはり邪魔な部分を押し上げる。
 ずっと見ていたいと思わせるような仕草だったが、それでは今日の行程に間に合わなくなってしまう。名残惜しさを感じながら、また懐いてもらえたすみれが頭の部分だけをはずしてあげた。
「では、小鈴嬢。あたいからはこれを」
 真琴は軽やかな羽飾りを取り出した。その名も天使の羽飾り。
 風になびいて揺れる白い羽が、小鈴のつややかな黒髪にはよく映える。
「‥‥〜♪」
「うーん、いい天気だねぇ♪」
「ジャパンの景色もよいですね〜。ミヤビ、とでも言うんでしたっけ」
 羽が揺れるのが楽しいらしく、小鈴は小刻みに跳ねながら歩いていく。かりんを引き連れたシルフィリアが青空に向かって体を伸ばす。ヴァルトルードに抱かれたヴィーも、気持ち良さそうに顔を洗っている。
「いい景色ですから、空気もおいしいですね。‥‥おや、あの木は――」
「どこにでもある木が珍しいでござるか、モサド殿」
 画家としての性分なのか、気になる風景を見つけるたびにモサドは立ち止まる。写生をしたくてたまらなくなるらしい。だが今は依頼を受けている身、じっと我慢‥‥が、どうしても目は心打つ自然の姿を追ってしまい、歩みは遅れがちだ。ゆえに最後尾についている豚足丸と並んで進む事になっている。
「私の故郷、イギリスにはない木です。似ている物もない事はないですが‥‥亜種なのですかね」
「さて、どうでござるか。植物の知識は、拙者、からきしでござるよ」
「私もですよ」
 はははと笑い合うふたり。豚足丸はよくない輩の登場を警戒していたのだが、ひとまずはその心配もなさそうだ。
 羽ばたく鳥の鳴き声響き、肌寒くはあれどすがすがしいこの良き日、なんと平和である事か。
 ‥‥しかし子供というものはその平和をいともたやすく壊してくれる存在である。
「うわああああああんっ」
「な、泣かないでください、小鈴ちゃん!」
 急に火がついたように泣き出した小鈴に、ヴァルトルード他、小鈴をあたたかく見守っていた者達が駆け寄っていく。小石に躓いて転び、顔面をしたたかに打ちつけてしまったのだ。赤くすりむけた鼻。汚れてしまったまるごとえんじぇる。手当てをしようにもまずは土を落としてからと、真琴が水筒から飲料用の水を出して布を湿らせる。
「ふぇぇぇぇぇぇっっ」
「あああああ‥‥」
「あんたも落ち着きなって。泣き止むものも泣き止まなくなっちゃうじゃないか」
 ヴィーを下ろして小鈴を膝に乗せたヴァルトルードはすっかりうろたえてしまい、シルフィリアからたしなめられる。
 そこへ騒ぎに気づいたモサドと豚足丸がやってくる。モサドは小鈴の頭に手を乗せると、もう片方の手で印を紡ぎながら、静かに何言か呟いた。すると小鈴を柔らかな白い光が包み込み、みるみるうちに傷が塞がっていく。
「どうですか、小鈴さん。まだどこか痛みますか?」
「‥‥ないない‥‥」
「そうですか、よかったです」
 ぴたりと涙の止まった小鈴に、モサドは微笑んだ。
 自分も回復魔法を使えるという事をすっかり忘れていたヴァルトルードは、愛猫から慰められていたけれども。

●きっかけさえあれば
 ぱちぱちと薪が爆ぜる。康貴はまた一本、木の枝を炎の中へ放り投げた。夜の闇は深く、いっそ日の昇る時のほうが近いくらいだ。それでも今はまだ、見上げれば、天を星が埋め尽くしている。ひとつひとつの星明りは頼りなくとも、これだけ集まればかなりのものだ。
 気を張っていなければならないとはいえ、退屈である事に変わりはない。二人体制なので真琴もいるが、彼女は何やら裁縫に夢中になっており、時間潰しの相手にはなってくれそうもない。これも、テントの中で寝息を立てている皆の安らぎを守るためと思えばこそか――康貴が肩をすくめた時だった。
 ふと何かを感じて振り向くと、小鈴だった。まるごとえんじぇるを脱いで着物姿の小鈴は寒そうで、じぃっと見つめてくる彼女を、康貴は手招きした。
「‥‥おじちゃん‥‥痛い痛い?」
 人見知りゆえか、焚き火を挟んで反対側、真琴の隣から小鈴が話しかけてきた。
「何がだ?」
「小鈴ね‥‥今日、怪我して‥‥痛い痛いだったの‥‥。だからおじちゃんも‥‥痛い痛い?」
 小鈴の小さな手は、彼女の眉間の辺りを撫でている。つられて康貴も自分の眉間の辺りに触れ、傷跡に触れ‥‥小鈴が何を心配しているのかようやく理解した。
「いや、痛くない。塞がってしまえば、痛みなど感じないものだ。小鈴殿も魔法で治してもらった後は、痛くないだろう?」
「‥‥うん」
 頷いた小鈴は、そのままくしゃみをした。
「ありゃ、小鈴嬢、そのままの格好だと風邪をひきやすぜ。今、防寒服を持ってきやすから」
「いや、大丈夫だ真琴殿。‥‥こっちへ来るか、小鈴殿」
 康貴は防寒服の前をはだけると、もう一度小鈴を手招きした。
 小鈴は悩んだようだったが、やがて立ち上がると、歩いてきて、康貴の胸元に潜り込んだ。
「小鈴殿、星は好きか? 眠れないのであれば、私が星の話でもしてやろう――」
 それから康貴は、小さく丸まった小鈴が眠りにつくまで、話を続けたのだった。

●花と人形とご飯とイギリス語
 野原は青で埋め尽くされていた。瑠璃色の四枚の花弁からなるその花は小ぶりで、儚げではあれどそれゆえに精一杯生きているように感じられる。
 柳に肩車をしてもらっていた小鈴は、おろしてもらうや否や、目の前に広がる美しさに感動していた。
「さあ、栞に使う花を選びましょう」
 ヴァルトルードに手をひかれ、なるべく踏み荒らさないよう、花に埋もれていく小鈴。
 その日も天気がよく、柳が鉄笛で出した高音は遠くまで響き渡った。
「では私も」
 すみれもオカリナの吹き口に唇をつけ、静かに息を吹き込む。心休まる音ではあれど、楽士を生業とする柳には技術の点でかなうわけもないが、そこは柳の音がすみれの音を導いて、立派に曲を紡いでいく。江戸の子供がよく口ずさむ、遊び歌。
「ほら小鈴ちゃん、これに挟むといいわよ。摘んですぐの方が、色落ちしないし、形も崩れないからね」
 色や形の整った花を幾つか見繕った小鈴に、シルフィリアが豪華な聖書を差し出した。しかし小鈴は聖書よりも、シルフィリアの胸に挟まれている物体から視線を逸らせなくなっていた。
 たくさんの綿が詰められているおかげで丸っこく、ふかふかした体。ちんまい手足。何よりその姿は、シルフィリアの姿をかたどっている。
「これが気になる? ちま、って言うのよ」
 ぱちんと片目を瞑ってみせたシルフィリアに、小鈴は思い出す。見送りをしてくれた大きな女の人も、その人自身によく似たちんまい人形を持っていた事を。
 今抱いている犬の人形は勿論大好きだが、持ち主と同じ姿をした人形に、ひどく興味を抱いたようだ。真琴が夜なべして作った猫の人形をくれたので喜んだばかりだというのに‥‥子供らしいといえばらしいだろうか。

「食事ができやしたよ〜!」
 腹の虫が鳴り始める頃、真琴の手による昼食が出来上がった。小鈴の母親から聞いてきたという小鈴の好みに従って、材料と味を決めた煮物だ。なにぶん外なので凝った物は作れないが、それでも小鈴はもきゅもきゅと幸せそうな顔をして食べている。
「真琴殿。お代わりは何杯まで大丈夫でござろうか」
 人の倍は食べると豪語する豚足丸、確かに他の者に倍する速度で椀の中身を平らげていく。
「もーもー‥‥すごぉい‥‥」
「小鈴殿も負けずに、たんと食べて大きく育たねばな」
「‥‥うん♪」
 康貴と小鈴は互いに笑顔を向けている。いつのまに仲良くなったのやらと、柳は首を傾げたが、事情を知っている真琴は次の一杯を豚足丸によそってやりながら、胸の内でしっかりと微笑んだ。
「そういえば小鈴嬢、贈り物をする予定のお姉さんって外国の人なんでやしたっけ?」
「うん‥‥」
「私はお会いした事があるのですが――セレナ・パーセライトという名前で、イギリスはキャメロット出身の方ですね」
 真琴の問いと、小鈴の応答。すみれが補足をして、そのお姉さんという人が真面目すぎるせいで、以前は小鈴から怖がられていたという事もわかる。
「小鈴嬢が姉さんに贈り物をしてあげたら、きっと凄く喜んでもらやすよ」
「‥‥そう‥‥かな‥‥?」
「そうですよ小鈴ちゃん! こんないいお話、私だったら感動ものです!」
「ああ、故郷の言葉でお祝いしてあげるのもいいかもしれないな」
 既に感動しきりのヴァルトルードはそっとしておいて、柳が芋を口に入れる。
「こきょう‥‥?」
「そうそう小鈴嬢。『お誕生日おめでとう』は英国じゃ『ハッピーバースディ』って言うんでやす」
「‥‥はぴぃー」
 小鈴の呟きは真琴のイギリス語を真似たものであったが、何かが決定的にどことなくずれていた。その発音は笑いを誘い、笑い声が冬の高い空に広がっていった。

 江戸に戻り、別れる時。モサドが一枚の絵を小鈴にあげた。そこには、青い野原のなかで演奏するふたり、穏やかな表情で周囲を眺めている傷の男がひとり、胸にちまを挟んだ女性と猫を抱いた女性がひとりずつ、もーもーがふたり、そして彼らに囲まれてせっせと花を摘むえんじぇるがひとり、描かれていた。