はぴぃーばすでー

■ショートシナリオ


担当:言の羽

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや易

成功報酬:1 G 35 C

参加人数:7人

サポート参加人数:3人

冒険期間:03月28日〜04月02日

リプレイ公開日:2006年04月05日

●オープニング

「ちょっとすみません」
 呼ばれて振り向いた受付嬢、若くてひょろりとした男性が自分に話しかけている事に気がついた。
 その男性の着ている物は受付嬢の目にもなかなかに上等な品であると見えた。布地はもとより、色の染め具合、縫い目、まさしくその男性のためにあつらえられた、その男性しか着る事の出来ない物。仕立てにはそれなりの金がかかったのだろうと羨ましく思いながら、しかしそんな心のうちはおくびにも出さずに、受付嬢は仕事を始めた。
「冒険者ギルドへようこそ。本日はどのような御用でしょう?」
「その前に、先日は娘がお世話になりまして」
「‥‥娘さん、と言いますと?」
「まだ5歳の、人見知りの激しい子で」
「ああ! 小鈴ちゃん!」
 合点のいった受付嬢は、軽く握った拳で、もう片方の手のひらを打った。

 小鈴の父であるという事は要するに呉服屋の若旦那という事であり、上等な着物を着こなしているのはさすがと言えよう。物腰も柔らかく、いい夫でありいい父親なのではないだろうか。
「本題に入らせていただきますが――冒険者の方々の手をお借りしたくて」
「はい。どのようなご用向きでしょう」
 男性が居ずまいを正したので、受付嬢も筆を用意して、とことん仕事モードに突入する。
「我が家に女の子が居候している事、もしかしたら娘からお聞きでしょうか。娘よりも年上の‥‥イギリスから商売の修行に来た子なのですが」
「確か、先日娘さんがこちらにいらした理由が、その方に誕生日の贈り物をしたいからだったと記憶しています」
「その通りです。今日こちらに伺ったのは、その子の誕生日の宴を開いてあげようと思いまして。手伝いをお願いしたいのです」
 男性はあたたかく微笑んだ。
 しかし受付嬢は腑に落ちない。小鈴からの依頼があったのは先月中である。押し花を作るのだと言っていたし、作るにはある程度の日数がかかるとはいえ、宴を開くには少々遅すぎやしないだろうか。もはや3月も終わりを告げようとしているというのに。
 受付嬢が黙ったので、彼女の考えている事が男性にもわかったらしい。微笑が苦笑に変わった。
「遅くなったのには理由があるんです。――娘が体調を崩しましてね。宴の主役も、娘が参加できないのなら宴を開いてもらわなくてもいいと言ったので、娘が回復するのを待っていたんですよ」
「小鈴ちゃん、どこか悪いんでしょうか」
「あ、いえ。赤子の頃から、季節の移り目には必ず熱を出すんです。体が弱いというわけではないのですが、体質なのでしょうか。まあ大人になるにつれて落ち着くだろうと踏んでいる次第です」
「はぁ‥‥」
 必要事項を記入しながら、受付嬢は生返事をした。
 冒険者と一緒に江戸の外に出かけたせいではないのね‥‥そんな風に胸を撫で下ろして。

●今回の参加者

 eb0559 早河 恩(32歳・♀・忍者・パラ・ジャパン)
 eb2295 慧神 やゆよ(22歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb3021 大鳥 春妃(26歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb3700 モサド・モキャエリーヌ(32歳・♂・クレリック・人間・イギリス王国)
 eb3933 シターレ・オレアリス(66歳・♂・ナイト・人間・神聖ローマ帝国)
 eb4673 風魔 隠(25歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 eb4757 御陰 桜(28歳・♀・忍者・人間・ジャパン)

●サポート参加者

ルーラス・エルミナス(ea0282)/ ゴールド・ストーム(ea3785)/ 無双 空(ea4968

●リプレイ本文

●最近恒例になってきたかもしれない
 座敷で一同を出迎えた小鈴は、母親の膝の上に乗っていた。紅い頬に少々潤んだ瞳、たまに漏らす息は熱っぽく、つい手を伸ばして具合はどうだ大丈夫かと頭を撫でてあげたくなってしまう。
 そんなわけでやはり手を出してしまった慧神やゆよ(eb2295)、その手が小鈴の頭に届く前に、小鈴が母親の胸に顔を埋めてしまったのでほんの少し苦笑した。だが魔法少女見習いはこんな事ではくじけない、諦めない。
「初めまして、やゆよだよ。ヨロシクだね!」
 持ち前の元気溌剌さで改めて手を出すと、小鈴は身じろぎ、わずかな隙間からやゆよの手を観察した。その後、びくびくしながら人差し指の先だけをぎゅぅっと握った。
「ほら小鈴。皆さんにちゃんとご挨拶なさい」
 母親にたしなめられて仕方なく、といったところか。小鈴はやゆよの指先を握ったまま小さく頭を下げた。
「小鈴ちゃん、ちょっと見てくれる?」
 早河恩(eb0559)が膝行して前へ出る。何もない手に手ぬぐいをかぶせ、小鈴がその手を見ている事を確認すると、一気に手ぬぐいを取り去った。同時に、小鈴の瞳が真ん丸く見開かれる。何もなかったはずの恩の手には、道すがら摘んできた草花があったのだ。
 興味津々の様子でぱちくりしている小鈴の隙をつき、恩は小鈴の額に手を当てた。
「うん‥‥これくらいの熱なら大丈夫かな。後は治るだけだと思う」
「そうですね、顔色もよろしいようですし」
 恩の見立てに大鳥春妃(eb3021)が同意する。安心したように微笑む彼女が持っているのは、花の形に折った布。小鈴と仲良くなるため、一緒に作ってみようと用意したのだが、今のところはとりあえずちらちらと盗み見てくるだけだ。ともあれまだ時間はあるのだから、気長に過ごすうちに興味を素直に示してくれるかもしれない。
 きゃんきゃんきゃん。急に聞こえてきた甲高い動物の鳴き声に、皆が驚いて顔を上げる。
「ああっ! ハンゾウさん、足も拭かずに入ってきたらダメでござるよ〜っ」
 慌てて縁側に飛んでいく風魔隠(eb4673)。戻ってきた彼女が抱いていたのは、茶色い毛並みの子犬だった。飼い主である隠に抱かれている事が嬉しいのか、くるんと丸まった尻尾を千切れんばかりに振っている。
 隠は子馬も連れてきており、ハンゾウさんと共に軒先で待たせておいたのだが、ハンゾウさんだけは待ちきれずに飼い主のにおいを辿って乗り込んできてしまったのだろう。小鈴と仲良くなるための架け橋となってくれる事を望み、動物を連れてきた隠は、これもいい機会だとハンゾウさんを小鈴に近づけてみた。
「わんわんのハンゾウさんでござるよ〜」
「‥‥わんわん‥‥」
 ひくひく動く犬の鼻に触れようとする小鈴、その手をハンゾウさんは遠慮なくぺろりと舐めた。
 小鈴が泣き出すのではと誰もが緊張して身を固くした。だがその予想に反して、小鈴はにへらっと笑ったのである。それどころかそのまま仕返しとばかりにハンゾウさんを撫でまわし始めたのだった。

●準備は念入りに
「料理は当日でいいとして、それ以外の準備をしてしまいませんとね」
 屋敷を掃除する、と言い放ったモサド・モキャエリーヌ(eb3700)は、長い髪をひとつにまとめ、服の袖をまくり、既に準備万端だった。雑巾やらはたきやら座敷箒やらを借り出して、いそいそと動き始める。その姿は妙に堂に入っているところはさすがというか何というか。
 普段なら小鈴の母親や住み込みの者が掃除の担当である。しかし折角だからと、いつもは滅多にいじらない場所を手伝ってもらおうと決めた母親が、モサドを家中連れまわした。その間、小鈴は看病の心得のある春妃の腕の中にいる事となった。
「やー‥‥」
「好き嫌いはいけませんよ、小鈴様。お誕生日のお祝いを楽しむためにも、様々な物を召し上がって栄養をつけませんと」
 嫌いな野菜に箸をつけようとしない小鈴を春妃がたしなめる。とそんなふたりのやり取りを眺めていたシターレ・オレアリス(eb3933)が、熱くなった目頭をぐっと押さえた。
「娘の小さいころを思い出すのぅ」
 自らにもふたりの娘がいるというシターレ。娘達は無事に大きく成長したものの、成長したら成長したで別の問題が彼を悩ましている。ひとりはお転婆で婿取りもせんし、もうひとりは彼氏ができたというし‥‥と父親ならではの心の痛みにさめざめと涙する。
 すると彼の隣で力強く頷く者がいた。依頼人でもあるここの若旦那である。
「わかりますよ。私もこの子がいつか誰かと契りを結ぶのだと考えただけで胸が苦しくなるのです」
「おお、やはり! 父親についてきてくれるうちが華。娘なぞ、娘なぞ――可愛くてたまらないのじゃよ、のう、若旦那殿」
「はい、まったくです‥‥っ」
 妙に意気投合した父親達を尻目に、小鈴の食事も終了する。嫌いな物を食べさせられたせいか、小鈴の口はへの字に曲がり、機嫌が悪そうだ。ぷっくり膨れた頬に苦笑しつつ、春妃が口の周りを拭いてあげている。
「そういえば宴の主役は何してるの?」
 お茶をすすっていた御陰桜(eb4757)が何とはなしに尋ねた。自分への質問なのだと若旦那は我に返る。
「セレナなら店の方で雑用をこなしているはずです。一番の新入りですからね、やる事はたくさんありますよ」
「ふうん‥‥あのね、いい季節だからお花見でもどうかと思うのよ。セレナちゃんにとっても日本の文化に触れるいい機会になるわよね」
「なるほど。セレナも女の子、花には興味があるでしょうし」
 嬉しい事に若旦那も賛成してくれたのだが、問題はどこで花見をするか、という点である。まだ時折冷たい風が吹く中、小鈴を連れ出したのでは治りかけているものもぶり返してしまいかねない。
 この家の庭に桜の木はないのかと重ねて桜が尋ねるも、ないみたいだよ、と恩から答がとんでくる。ハンゾウさんと庭でじゃれあっていた時には見なかったからと。若旦那も首をひねるばかりで、どうやら彼も自分の家で桜を見た覚えがないのだろう。桜は手折ってくるわけにはまいりませんものねぇ‥‥と春妃が頬に手を添えてため息をついた。
「‥‥桜、って桃色の花‥‥? 小鈴、お庭で見た事ある‥‥」
 そんな中での小鈴の言葉に誰しもが驚いたのも無理はない。
 だがじきに彼女の言葉は証明された。建物の中を掃除し終え、庭さえも掃き清めていたモサドが戻ると、彼の頭や肩には桃色の花びらが数枚、雅に乗っていた。

 家で花見ができる。そうと決まれば残る準備を急ぐばかりだ。
「はぴぃーばすでー♪ はぴぃーばすでー♪」
「‥‥はぴぃばすでーぇ、はぴぃばすでーぇ」
「そうそう、それで最後に『でぃーあセレナおねえーさん、はっぴぃーばすでーとぅゆー』で歌って終わるの」
 やゆよが始めたのは小鈴の特訓である。イギリスにいた時に覚えた歌だという事で、そのイギリスから来たセレナにはきっと懐かしく思ってもらえるだろうというのだ。
 しかし、というか‥‥小鈴にとってイギリス語とは、単語のみですらもうまく発音できない言葉である。歌の調子に合わせての発音なら尚の事。教える側のやゆよも、同じ文句を何度も繰り返している。これが短気な者なら途中で放り出していた可能性が非常に高い。それくらいに根気の要る作業だった。
「でぃーあセレナおねーさん、っていうのはね、仲良しのセレナおねーさん、って意味なんだよ」
「仲良し‥‥?」
「うん、仲良し。小鈴ちゃん、セレナおねーさんと仲良しになりたいでしょ?」
「‥‥‥‥なりたい」
 こっくりと同意した小鈴の頭を撫でて、練習は再開した。
 横では、恩と隠はせっせと飾りを作っている。手先の器用さを活かし、摘んできた春の草花で花篭や首飾りを編んでいた。色鮮やかな椿の花など、家人の許可を得て生垣から採ってきた物だ。おまけに両腕いっぱいに摘んできた菜の花は、飾りとするだけでなく、宴の料理にもすると奥方が大喜びで持っていった。
「ふむ、なかなかに難しいでござるなぁ」
「この首飾り、セレナさんに喜んでもらえるといいな♪」
「そうだ、お天気が良くなるように、陽精霊さん達にお願いしておかないと。てるてる坊主さんをいっぱい作って、軒下に吊そうよ」
 小鈴が歌い疲れると、やゆよと共に途中参加し、総勢4人で飾りとてるてる坊主の製作に取り組み始める。楽しげに会話する少女達を穏やかな瞳で見守りつつ、シターレがバースデーカードに取り掛かる。
「小鈴ちゃん、おいで。これをあげよう」
「‥‥なぁに?」
「お祝いの気持ちをつづるのじゃよ。小鈴ちゃんからセレナ嬢への贈り物に添えるといい。どれ、儂が手本を書くから、それを真似するのじゃ」
「‥‥読めない‥‥」
「ハッピーバースデー。お誕生日おめでとうじゃ」
 色をつける段階になるとモサドが散策から帰ってきた。写生をしていたというし、筆を洗う前にカードの色付けを手伝った。
 そうしているうちに、今度は桜が花を摘んで戻ったので、作り終わった飾りで一山できてしまった。

 夜になり、小鈴は熱を出した。春妃が言うには、昼間騒いだゆえの熱で、心配はいらないとの事だった。とはいえどうしても心配してしまうのが人の情。
「リカバーで小鈴さんの熱が消えてくれれば楽なんですけどね‥‥」
 魔法とて万能ではない――何もできない事が悔しいのか、モサドが漏らす。きついのなら休むようにと促したものの、小鈴が頑として休もうとしなかったため、その意思を尊重したのだ。
「今夜はわたくしがついています。モサド様はどうかお休みください」
「春妃さん。しかし‥‥」
「一晩ぐっすり眠れば熱もおさまるでしょうし、そのようなお顔で覗き込まれては、小鈴様もゆっくり眠れませんわ」
 自分のしていた表情に気づいたモサドは、春妃の説得を受け入れ、あてがわれた部屋に戻った。
 そして明朝、嫌いな野菜を必死でより分ける小鈴の姿に安堵するのだ。

●桜舞う宴
 誰も通らないような庭の裏の裏。そこになかなかの年代ものの桜が、立派に咲き誇っていた。裏の裏だけあって日当たりはあまりよくないが、木の真下でなく日当たりのよい暖かい地点からでも、角度さえ調節すれば十二分に花見をする事は可能だった。
 桜が花柄の茣蓙を広げると、料理が次々に運ばれてくる。その内訳は基本的に、これまた桜提供の漆塗りの重箱に詰められたおにぎりや煮物などのおかず類であり、ジャパンならではの物ばかりだ。しっかりと菜の花の和え物もある。
 「拙者のが一番大きいでござる!」と騒いだだけあって、隠が作ったどどーんと大きく真ん丸いおにぎりは、なんと梅干三個入りだという。一体誰が食べるのかと皆が顔を見合わせる中、隠だけは誇らしげに胸を張っている。そして奥方も、隠・春妃・桜の三人に料理を手伝ってもらったおかげで大分時間を短縮できたとご満悦だ。あとはシターレが市場を歩き回って見つけたハーブティーを淹れているうちに、モサドがお勧めの店から人数分の菓子を買ってきた。
 満を持して登場するのは、宴の主役であるセレナである。銀の長い髪を高い位置でまとめ、動きやすいようにズボン姿の彼女は、生真面目に宴を開いてもらった礼を述べ、頭を下げた。
「セレナさん本当にお誕生日おめでとうだよ〜☆」
 場を盛り上げようと、恩が拾い集めた花びらを空中に撒き、扇子であおいで散らす。綺麗な光景に、堅苦しい面持ちだったセレナも目を細める。その様子にこれはチャンスだとやゆよが小鈴をつつき、意図を汲み取った小鈴はやゆよから習った歌を歌いだした。
「はぴぃばすでーぇ、でぃぁーセレナおねえちゃーん‥‥はぴぃばすでーぇとぅゆうー」
 頑張ったかいあって、やはり発音は怪しいものの、最後まで間違えずに歌う事ができた。自分でも嬉しそうに小鈴は袂をまさぐり、シターレやモサドと一緒に作ったバースデーカードをセレナに手渡した。
「これを、私に‥‥?」
 カードを開くと、押し花の栞が挟まっていた。それは偶然にもセレナが特別好きな、青い花の押し花だった。小鈴を見ると、どきどきしながら反応を待っている。セレナは何と言えばいいかわからず、代わりにしかと小鈴を抱きしめた。
 満を持して小鈴を膝に乗せたセレナの袖を、隠が引っ張った。何事かと振り向いたセレナの手に置かれたのは、綺麗な布で包まれた棒状の物。誕生日の贈り物なのだという事はわかったが、具体的な中身がわからない。
「十字手裏剣も考えたでござるが、アレは主に毒を使用するための物でござる。それよりも、携帯に便利な棒手裏剣にしたでござるよ」
 小鈴には聞こえないように耳打ちしてきたその内容によると、どうもジャパン独自の刃物のようだ。宴の席に物騒な、と思わなくもなかったが、強くなりたいセレナにとって携帯に便利だという武器は願ってもない贈り物であったようで、小鈴に見つからないうちに素早く胸元へ隠してしまった。
「では私からはこれを――イギリスにはなかったものなので、最初見た時は、美しさをどう言い表せばいいか、わからなかったのです。多分、あなたも同じ気持ちを抱いたと思いますので」
 モサドからの贈り物である絵には、美しい桜が描かれていた。言葉で表せないのなら、せめてそのままの姿を。
「‥‥セレナお姉ちゃん!?」
 冷たい感触に驚いた小鈴が見上げると、セレナが泣いていた。嬉しくて嬉しくて仕方がないのだと、ぽろぽろぽろぽろ涙を零す。独り異国へ来て遠き故郷を想うも、今までそんな素振りはまったく見せていなかったのだ。
 ジャパンでもイギリスには触れられる。そのジャパンにもイギリスに負けないくらい、良い所が豊富にある。頑張れる――そんなセレナの頭を、いつも自分がしてもらうように撫でる小鈴。ふたりの様子に、小鈴の両親をはじめ、冒険者一同も心があたたかくなった。