【桜花絢爛】花より団子、喉自慢大会開催!
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■ショートシナリオ
担当:言の羽
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:4
参加人数:8人
サポート参加人数:5人
冒険期間:04月16日〜04月21日
リプレイ公開日:2006年04月24日
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●オープニング
春真っ盛りの江戸で、桜も真っ盛り。暇さえあれば桜を愛でる――要するに花見をするのが江戸っ子というもの、かもしれない。
そんなわけで、花見につきものの花見団子、これがまたよく売れる。美味いとくれば尚更だ。
「はいよっ、花見団子2人前おまたせっ!」
「明日の昼前に4人前だな。確かに承った」
栄一郎と勇二郎、ふたりの若き職人兄弟が母親と共に経営しているその店は、最近になって心配事が一定の解決を見たため、はれて菓子販売業務に専念できるようになった。力の限り美味いものを、力の限りたくさんの人に。店の評判は口コミでどんどん広がり、今や連日超満員である。
色々と吹っ切れた様子の栄一郎と勇二郎は、各々の持ち味を最大限に発揮して、こだわるべきところとそうでないところの区別がつくようになっていた。
「ああ‥‥おいしかった」
「どうも、ありがとうございましたぁ」
上等な着物を見事に着こなしている、ひょろりとした男性は幸せそうな笑顔を浮かべていた。食後のお茶を飲み終わり、満ち足りたのだろう。その表情に兄弟の母親である女主人が礼を述べたのだが、男性が次に発した言葉は何とも突拍子もないものだった。
「うんうん。これなら賞品として申し分ないですね」
先日食べたお菓子も美味しかったけれど、この団子はまた美味しかった、と男性は一人でしきりに頷いている。
女主人は理解が及ばなかったらしく、盆を抱いたまま目をぱちくりさせた。
「は‥‥賞品?」
「ええ。今度うちの呉服屋が主催となって、喉自慢大会を行う事に決まったのです。花見の余興とお考えください。まあ、当店の宣伝も兼ねるのですがね」
「はぁ‥‥」
さらりと話にのぼった呉服屋という単語に、女主人の視線が、あくまでさりげなく男性の服装や居ずまいを改めて確認する。そしてどこかで見たような気もする顔かたちも確認して――あっ、と驚きの声を漏らす。記憶が確かならば、この男性は結構な老舗呉服屋の若旦那だったはずだ。
女主人がその店で買い物をした事があるわけではなく、ただ店先を歩いていた時に見かけただけなのだが。
「どうです、詳しいお話をさせてはいただけませんか?」
爽やかな笑顔はさすが、大店の跡継ぎなだけはあった。
◆
〜喉自慢大会開催のお知らせ〜
花見を盛り上げる催しとして、ぜひあなたの自慢の喉を披露してみませんか。
あなたの歌は審査を経て、その素晴らしさを評価される事になります。
優秀賞に輝いた方には、呉服屋『鈴乃屋』から、今の時期にぴったりの黒漆の櫛とこれから訪れる夏にふさわしい紫陽花の浴衣を、そして話題の甘味処『華誉』から花見団子10人前が贈られます。
また、惜しくも賞に届かなかった方にも参加賞として、同じく甘味処『華誉』から花見団子1人前が贈られます。
主催:呉服屋『鈴乃屋』
後援:甘味処『華誉』
備考:特別賞の用意あり。
●リプレイ本文
●開会式
「お集まりの皆さん、長らくお待たせいたしました。呉服屋『鈴乃屋』主催、甘味所『華誉』後援の、喉自慢大会の開催をここに宣言します!」
司会の『鈴乃屋』居候兼下働きセレナ・パーセライトが、桜吹雪の下に小さな鐘を鳴らす。通常はズボンしか着用しない彼女だが、今回は鈴乃屋の宣伝を兼ねているため、鈴乃屋仕立ての桜色の着物姿だ。着慣れないので、その所作は優雅とは言い難いのだが。
代わりと言っては何だが、彼女の宣言そのものは、見物人を感心させる程だった。明らかに異国の者とわかる銀の髪と青い瞳をした彼女の口から、癖はあるもののしっかりしたジャパン語が朗々と流れてきたのだ。審査員席に座る鈴乃屋の若旦那が満足気に頷いている。
「出場者の皆さんは、どうぞ壇上へ」
ぴんと伸びた手が誘うのは木製の雛壇だ。
出場者は、自分の番以外では端に並べられた座布団に座り、自分の番がくれば中央で歌を披露する事になっている。彼らが順に壇へ上っていくなかで、シルフィリア・ユピオーク(eb3525)はセレナをちょいちょいと手招きし、近寄ってきた彼女に耳打ちした。
「今日は小鈴ちゃんも来てるのかい? 大好きなお姉ちゃんと仲良くなった様子を聞かせて貰いたいし、後で顔を出してこようと思ってさ」
「あの子のお知り合いですか。あの子ならあそこに」
小鈴とは鈴乃屋の若旦那のひとり娘である。セレナの示す方を向けば、若旦那の膝の上にちょこんと幼い女の子が乗っているではないか。極度の人見知りである彼女らしく、人の多いこの場では父親に張り付いて回りを見ないようにしている。
「なんであんな所に‥‥ってまさか、審査員の欄に書いてあった鈴乃屋の隠し玉って――」
「改めて、審査員の方々をご紹介します」
シルフィリアの言葉を遮るように、セレナが声を張り上げる。
「一人目、今大会の主催である鈴乃屋の若旦那! 二人目と三人目、後援として賞品の団子を用意してくれた華誉の菓子職人兄弟! 四人目、鈴乃屋の隠し玉とは若旦那の愛娘、弱冠五歳!」
見物客から沸き起こる歓声。それに手を振って答える審査員達――小鈴は父親に張り付いたままだが。
と、そこへ壇上からも歓声が起こった。
「栄一郎さまーっ! 勇二郎さまーっ!」
両手を頭上に掲げ、小さな体いっぱいで再会の喜びを表現しているラン・ウノハナ(ea1022)を見つけて、職人兄弟の栄一郎と勇二郎も自然と顔がほころんだ。
「ランちゃーん、楽しみにしてるからなー! 気張って歌えよー!」
「はーいっ♪ お二人が聞いていてくださるなら百人力ですわーっ♪ ああ、こんなに早く再会できるなんて‥‥神さまに感謝、ですわねっ」
思わず十字を切ったラン、初めて大勢の前で歌う緊張など、どこかへ吹き飛んでしまったようだ。
●波乱万丈喉自慢
一番手となったのは華国出身の龍星美星(ea0604)であるが、彼女は自分の名前を驚きながら読み上げたセレナへ、元気に語りかけた。
「久しぶりネ、セレナ! 元気してたカ? 商人の勉強も、ジャパン語の勉強も大変そうだけど、がんばってネ! さっきから聞いてるケド、大分ジャパン語うまくなったネ!」
そう言う彼女のジャパン語はさほど上手ではない。
美星はセレナがイギリスにいた時からの友であり仲間であり、よき理解者である。異国を訪れたばかりの頃、人づてに美星からもらった手紙はセレナの宝物となっている。
「美星さん、歌えたんですね」
「自信はあるヨ。あたしが歌うのは春の到来を喜ぶ歌ネ!」
ビシッと言い切るや、彼女は大きく深呼吸する。
「すばらしい香りネ‥‥これがジャパンの春ネ」
鋭い嗅覚で常人以上に桜の素晴らしい香りを味わった後、口ずさまれた歌は、しかし、誰も理解できなかった。
我喜春花
天輝地暖
芽命蟲踊
「ジャパン語じゃないな」
「‥‥父様、このお姉ちゃん、何て言ってるの‥‥?」
「うぅん、華国語かな。お父さんにもわからないなぁ」
歌う美星の表情から、彼女の言った通りに喜びの歌である事はわかる。だがそれしかわからない。審査員には華国語の意味まで解する者はいなかった。
かーん。無情にも早々に鐘が鳴る。
「残念ながら美星さんは失格ですね」
「セレナ、厳しいアル‥‥」
「審査員の意向に沿ったまでです」
真面目がセレナの良い所であり悪い所でもある。美星のジャパン語が歌えるほどではない故の華国語での歌唱だったのだが。
参加賞である華誉の花見団子一人前をやけ食いしながら、桜を愛で、生業のために花びらを拾い集めてみる美星だった。
二番手は菊川響(ea0639)なのだが、なぜか壇上にいない。
「すみませんっ」
慌ててやってきた理由は着替えだった。つい先程まで会場運営の雑用を手伝っていたため着物が汚れ、さすがにまずかろうと、わざわざ綺麗な着物に替えてきたというのだ。本来なら遅刻は減点ものだが、理由に心意気を感じるとして、お咎めなしとなった。
「俺にとって歌は、江戸をもうひとつの故郷と思った、大切な人達との出会いを最初に繋いでくれたもののひとつ。あの頃の俺の歌なんて技量も何もなくて本当に拙くて‥‥それでも聞いてくれたのが嬉しかったっけ。心を籠めればきっと伝わる、思いがある。また今年も一緒に春を迎えられた、きっと皆で共有できる嬉しい事、だよな」
走ってきたために紅潮している頬と荒い息をものともせず、響は微笑んだ。「あの頃」を思い出しながら、そしてこれからの事を思い浮かべながら。
薄紅の花を愛でてほころぶ笑みは何処か懐かしくて
春待つ季節の長い遠い故郷の面影を見るようで
鮮やかに咲きそろう花のひとつひとつに同じ顔はなくとも
春を歓ぶ心に違いないとそんな気にさせてくれる
また逢いたいね、なんてこっそりしまい込んで
来年の桜も楽しみだなんて嘯いてみようかな
低い声で歌われる低音の旋律。ともすれば暗い雰囲気を纏ってしまいそうだが、そうはならずに落ち着いて聞いていられるのは、ひとえに軽やかな歌い方のおかげだろうか。それとも響の心が歌に滲み出ているからか。
「ふむ、いい歌詞だな」
「兄貴も会いたい奴がいるからなんじゃねぇの?」
「そんな事はっ‥‥くっ、お前こそどうなんだ」
「おおお俺の事は今はいいだろ! 審査に集中しろよ!」
「若いっていいねぇ。私にも妻を想ってそんな風になってた時期があったよ」
「‥‥父様、今は違うの?」
「いや、そういうわけじゃなくて‥‥小鈴、お母さんには内緒だよ」
かんきんこんかんきんこんかん。審査員達の反応は上々である。セレナはリズミカルに鐘を鳴らした。
三番手はランである。歌うのは彼女の母親がよく歌ってくれたものだそうだ。
「お恥ずかしい話ですが‥‥昔は怖い夢を見てはよく泣いていまして‥‥。その時に寝付けるまで側で歌ってくれた子守唄ですの。冒険者になってからは会っておりませんが…この歌を口ずさむと確かにこの胸に母様のぬくもりが残ってると実感できますのよ。‥‥母様と父様‥‥元気に過ごしておられるでしょうか‥‥?」
ランの瞳にじんわりと涙が浮かぶ。たまらず審査員席から立ち上がった勇二郎を見て、ランは慌てて大丈夫だと告げた。
「ではイスパニアにいる両親を想って‥‥あ、勿論、再会できたお二人にもですけど、精一杯歌わせていただきますわね!」
空を埋め尽す桜色
隙間から覗く月
呟く おやすみの挨拶
明日は心も空も素敵であれ
水晶の星は 貴方を照らし
夢見るような唄の調べ
天に上る音を道しるべにして
本当は四季の歌、つまり四番まであるのだという。だがいつも途中で眠ってしまうランは、春の部分しか覚えていない。苦笑した彼女に勇二郎の眉が再び曇って、ランもまた慌てる事になった。残りの部分を尋ねるという、母に手紙を送るきっかけができて、喜ばしくもあるのだからと。
こんきんかん‥‥と鐘を鳴らすセレナの手がふと止まった。すぅすぅと気持ち良さそうな寝息が聞こえてくる。父の腕に抱かれたまま、小鈴が眠りに落ちていた。
四番手、元気のよすぎるパラの少女ジュディス・ティラナ(ea4475)が歌うのは、彼女が看板娘を務める若葉屋の歌だ。実父と瓜二つで彼女がパパと呼んでいる男性と共に歌うつもりだったが、どこに行ったのか姿が見えず、結局愛猫の謙信を連れて歌う事にした。
褌 欲しけりゃ 若葉屋行こう
お下がり でもいい 今すぐはきたい
軒並み在庫が切れてゆく くたびれて裾が切れてゆく
漢の面子を汚す奴らだ オーマイガッ!
若葉屋の褌どうぞ 愛褌(あいこん)大国 ジャパン
若葉屋の褌どうぞ
ジャパニーズ・フンドーシ ジアースを巡り!!!
粋にはきこめ ギュッと締めるぜ ジャパン魂
女子供も 締める! 締める!
若葉屋の褌をどうぞ
「女が褌褌と連呼するというのは‥‥」
「お下がりは勘弁してくれ‥‥」
疲れた表情の栄一郎と、青ざめる勇二郎。若旦那はどうかというと、小鈴が眠っていてよかったと安堵していた。
きんこん。失格ではないが、ただそれだけ。申し訳程度に鳴らされた鐘に、ジュディスは不服を漏らした。
「なんでよっ、ふんどしはジャパンの心なのよっ!?」
「こういう事は言いたくないんですけど‥‥ジュディスさん、この大会は桜を愛でるのが第一なので」
若旦那の説明にも納得がいかない様子だが、大人の事情が含まれている事は察知したようだ。そう、この大会の主催者は呉服屋である。後はご想像にお任せする。
明るく元気な点は評価されてしかるべきで、その点をもっと押し出した歌にすれば優勝も狙えただろうに。
五番手。火澄真緋呂(ea7136)は薄紅の無地の着物に般若面をかざし、白の薄布を被っていた。
「一言で言えば『元気だして、楽しく希望を持って行こう♪』っていう応援というか、祈りをこめて――あ、全然一言じゃないや」
ひとりボケつっこみをするが、彼女の思いは江戸に活気が出てほしい、それだけだ。大火により苦しんできた人達を元気付けられたら――
哀しき神がおりました
異形の吾身を厭い 花の美しさも知らず
岩戸の奥で只独り 嘆くばかりの神でした
優しき花がありました
異の名を曙、夢見草 皆に愛でらる薄紅
花曇の空ひとひらを 神の元へ送りました
楽しき人々がおりました
花弁の便りに誘われし神を 笑顔で迎え舞踊り
花衣着よ 桜人よと 共に手を取り唄いました
哀しき神はおりません
優しき花 楽しき人々 喜ぶ神が唄うだけ
風光る 希望に満ちた春の野辺に
童謡のような柔らかい曲調。異形の神を表す面と薄布は歌の途中で取り払われ、花がふわりと前に出る。
「ふむ、まるで劇を見ているようだな」
「いいですねぇ。着物をうまく使っていますし、想いがこちらにも伝わってきます」
審査員にもなかなかの好感触を得ているようだ。
きんこんかんきんこんかん。よい具合に鐘は鳴り、まだまだ大会は続く。
六番手、火乃瀬紅葉(ea8917)の傍らには彼女が姉と慕う白羽与一の姿があった。わざわざ早起きして花見に絶好の場所を確保した彼女達は、揃いの白鳥羽織に身を包み、本物の姉妹のように寄り添っていた。
美しい立ち姿にほぅと感嘆する反面、審査員達は首を傾げた。その意図を汲み取ってセレナが声をかけようとした途端、紅葉と与一はぐっと握り締めた拳を天に突き上げた。
「人の心に影落とすぅ〜」
「倒せ、悪魔の九尾の狐ぇ〜」
「この世に二人がいる限り! ジャパンの平和は渡さないーっ!」
かーん。ノリノリで歌いだした二人だったが、無情にも鐘が鳴る。
「失格です」
淡々と述べるセレナだったが、勿論二人は納得がいかない。説明を求めて抗議する。これから二人で掛け合いをしたりちゃんばらもするはずだったのにと。
「募集要項をご覧になられましたか? おひとりずつ歌ってもらう決まりだったはずですが」
「そ、そうだったのですか!?」
どうやら見落としていたようだ。紅葉だけでなく特別に与一にも贈られた参加賞を、確保した場所でしょぼんとしながら食す二人だった。
七番手、最後に歌うのはシルフィリアだ。彼女が壇上から投げキスをした瞬間、見物客のうちの男性ばかりが喜んだ。
気持ちは歌に 歌は空気に 愛は光に
歌は大気に溶け 全てを優しく包む
風は草木と共に歌う 喜びと希望の歌を
光は迷い人に照らす 生きる道を
全ては愛 悲しみと憎しみの連鎖を断ち切る優しき心
歌詞に反してシルフィリアの様子が悲しげである事に、審査員が気づく。
「これはあたいが関ったある女の子の一生そのものなのさ。とっても悲しい女の子のね。――償い切れない大罪を犯してしまったその子が、今際の際に残した歌」
歌い終えた後で、彼女はそう説明した。
「本来ならこんな席で歌う歌じゃないかもしれないけどさ、『皆が幸せになって欲しい、希望を忘れないで欲しい』って想いが込められた歌なんだ。まだ大火の影で辛い想いをしている人が居る。そんな人達に、希望を。明日への勇気を、彼女の想いと共に伝えたいのさ」
真緋呂と同じくシルフィリアも、いまだ燻る大火に苦しめられている人々への応援歌を歌ったのだ。投げキスをしていた者と同一人物とは思えないほどに真剣な眼差しを、審査員席に送った。
「‥‥セレナ、鐘を鳴らしてください」
「はい、旦那様」
きんこんかんきんこんかん。若旦那はシルフィリアの歌と眼差しに何を感じたのだろう。あたたかい手で、もぞもぞ動き始めた娘の頭を撫でた。
●花見はまだまだ続く
優秀賞の賞品は響に贈られた。胸を打つ歌は他にもあったが、桜を歌詞に含めていた事が決定打となった。
響が櫛と浴衣だけでなく団子10人前も持って戻ってきたのを見て、紅葉は目をきらきらと輝かせた。
「‥‥食べるかい?」
「いえ、決してお団子に目がくらんだわけでは!」
目がくらんでいるのは明白である。笑いを堪えながら、茶を点てる用意をする響だった。
「やっぱりお二人の作られるお菓子はおいしいですわー♪」
参加賞に頬を落とすランは、桜を愛でる兄弟の間に陣取っていた。正確に言うと兄弟のほうから彼女を呼んだのだが。
「これだけ美味そうな顔されると、作ったほうとしても幸せだぜ。な、兄貴」
「そうだな。――ああ、酒はほどほどにしておけ。明日の仕込みに響く」
「わかってるって」
「勇二郎様、ランが注いで差し上げますわっ」
――負けず嫌いが災いして飲み比べが始まり、明日の華誉臨時休業が決定するのはもう少し後の事。
「‥‥シルフィリアお姉ちゃん」
「そうだよ、小鈴ちゃん。久しぶり♪」
起きたばかりの小鈴はぽやんとしていて、焦点も定まっていない。まだ完全に目が覚めていないだけだと若旦那が言う。
もう少ししたらセレナも呼んで一緒に遊ぼう。そんな風に考えながら彼女は小鈴の髪を指で梳いた。
そのセレナはというと、団子を喉に詰まらせた美星の背中を叩いていた。末席から届く沖田光の眼差しの、存在も意味も知らぬまま。