ば‥‥じゃなくて若様を捕まえて

■ショートシナリオ


担当:言の羽

対応レベル:2〜6lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 69 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:04月29日〜05月04日

リプレイ公開日:2006年05月07日

●オープニング

「江戸の冒険者ギルドとはこちらですか」
「はっ、はははいいっ!」
 白い衣。切れ長の瞳。まだ元服してから数年ほどしか経っていなさそうな美少年の登場に、受付嬢はついつい色めきたった。別に結婚適齢期をとうに過ぎているとかそういう事ではないのだが、イイ男獲得の絶好の機会を狙えてしまうかも、とつい考えてしまうのが彼女の悪い癖だ。
 席を勧めても少年は丁重に断り、すぐに本題へ入っていく。残念に思いながらも受付嬢の本来の仕事が始まるわけだ。
「ば‥‥じゃなくて若様を捕まえてほしいんです」
「ば――何ですか?」
「いえ、若様です」
 受付嬢は首を傾げた。確かに「ば‥‥」と何かを言いかけたと思ったのだが、と。まあ少年が違うと言うのだから違うのだろう。きっと空耳だったのだと思う事にした。
「僕のお仕えしている若様は、少々困った方でしてね。ご自分の身分を隠して町へ繰り出すのがお好きなのです」
「それは大変ですねぇ。身分の高い方でしたら、外出される時には護衛をつけるのが常でしょうに」
「つけていますよ。勿論。けれどただ腕が立つだけの護衛では役に立たないのですよ」
 頭痛がするのか、米神を人差し指でぐりぐりしながら、少年はため息をつく。
「――魔法で煙に撒かれてしまうのです」
「へっ?」
 ついつい間抜けな反応をしてしまった受付嬢、その反応に少年もますますため息をついた。
「そういう心得のある方なのでね。まあ用心深い僕にはなかなか通用しませんが」
「はぁ」
「ですから僕に対しては、何でもいいから用事を言いつけて、物理的に引き離そうとするのです。僕が断れないような用事をね」
「そ、そうなのですか‥‥」
「ええ。大変なのですよ、本当に。大体今回だって、僕が困るのをわかっていて、わざと江戸に来たのに違いないのです。そういう人なのです」

 こうして延々と愚痴を聞かされる事、小一時間。

「‥‥では‥‥話を‥‥まとめさせていただきます‥‥」
 少年――名前は日乃太である事が判明した――のあまりの話の長さに、受付嬢の耳が疲れきって悲鳴をあげていた。それどころか体まで疲労感に襲われ、ぐったりとしている。
 逆に、日乃太の表情は輝いている。思う存分愚痴を言った事ですっきりしたのだろう。日頃積み重ねてきたものを受付嬢の肩に押し付けて、自分は身軽になったというわけだ。
「‥‥お探しする方のお名前は、苗字は伏せて守国様‥‥。齢29で、魔法をお使いになられる、と‥‥。一芸に秀でている人がお好きで、恐らくそのような方の集まられる所にいるのでは‥‥というのが‥‥あなたの見解ですね‥‥」
「はい、その通りです」
 にっこりと笑う日乃太はやはり美少年と呼ぶに相応しかったけれど、受付嬢にはもはや彼の笑顔を楽しむ余裕が残っていなかった。この人と結婚なんかしようものなら、毎日あの愚痴に付き合わされる事になるに違いない。
「ではよろしくお願いしますね。当家のば‥‥じゃなくて、若様を無事に発見し私の所へ連れてきてください」
「‥‥また、ば‥‥と言いましたよね、今‥‥」
「いえ、言っていませんが?」
「‥‥言いました」
「言っていません」
「言、い、ま、し、た!」
「言っ、て、い、ま、せ、ん!」
 聞き疲れなどどこへやら。向きになったふたりの言い合いは、次の小一時間をゆうに消費した。

●今回の参加者

 ea4885 ルディ・ヴォーロ(28歳・♂・レンジャー・パラ・イギリス王国)
 eb2295 慧神 やゆよ(22歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb3021 大鳥 春妃(26歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb3700 モサド・モキャエリーヌ(32歳・♂・クレリック・人間・イギリス王国)
 eb4803 シェリル・オレアリス(53歳・♀・僧侶・エルフ・インドゥーラ国)

●リプレイ本文

●従者、日乃太
 若様を捕まえる。そのために慧神やゆよ(eb2295)、大鳥春妃(eb3021)、モサド・モキャエリーヌ(eb3700)の三人がまず向かったのは、依頼人である日乃太の泊まっている宿だった。安いわりには質がいい――江戸には不慣れのようであるのにそんな宿を選んだ日乃太の手腕を、三人は何となく感じ取った。
「どうぞ。こちらが当家の若様の似顔絵です」
 つい、と畳の上に日乃太が差し出したのは、端がぼろぼろになり表面が薄汚れている似顔絵だった。
「まあ‥‥これは随分と‥‥」
「何度も使用している上に、少々古い物ですから。当人も自分の捜索に使われるとわかっているらしく、なかなか新しい似顔絵を描かせてはくれないのです。まああの歳になれば、ちょっとやそっとでは人相なんて変わりませんがね」
 眉を八の字にした春妃がそれでも最後まで言わなかったのは、せめてもの心配り。日乃太の方はといえば彼女のような対応には慣れているらしく、淡々と主の駄目っぷりを述べた。どうやらギルドに依頼を出してから今日までの、ほんの数日の間にも、主に対する愚痴は溜まっているらしい。
 早くば‥‥じゃなくて若様をとっ捕まえて、家に帰りたい。自分の部屋でのんびりくつろぎたい。
 と日乃太が思っているかはわからないが、教えられる情報は出来る限り教えましょう、と言ってくれた。
「では早速。幾つかお伺いしたい事があるので」
 珍しく身を乗り出してきたモサドが、日乃太に質問したのは以下の三点である。一つ、若様の具体的かつ外見的な特徴。二つ、若様が最後に着ていた服。三つ、若様は具体的にどんな魔法を使うのか。
 これに対しての日乃太の答は以下にある通り。一つ、流し目の似合う細目で細面でやや細身で、身長はジャパン人としては高め。二つ、自分と似たような白い衣、ただし自前の金で新しい衣服を購入して着替えている可能性が高い。三つ、簡単に言えば陽魔法、詳しく言うのならテレスコープ、マジカルミラージュ、インビジブル、フォーノリッヂ。
 この質疑応答を踏まえ、三人はもう一度、ぼろぼろの似顔絵を確認する。そして無言のまま、モサドがすちゃっと絵筆を取り出した。

 こうしてモサドが新しい似顔絵を描いている間、やゆよと春妃は日乃太の淹れた茶を飲んでいた。
(「あや〜、それにしてもカッコいい人だなぁ。ちょっとカッコよすぎて目が合うと照れるよぅ」)
 頬を紅潮させながらもそれを隠すように湯飲みをすすっているのはやゆよである。恋に恋する乙女な彼女、美少年には弱いようだ。そして照れながらも行動するのが乙女というものである。
「あのねあのね、日乃太おにぃさん。‥‥えへへっ、日乃太おにぃさんと僕との相性占いはとっくに済ませてあったり♪ じゃーん、僕とおにぃさんとの相性はかなりいい感じなんだよー!」
「そうですか」
 男女の何とやらにはあまり興味がなさそうで、日乃太はやゆよの踏み込みをあっさり受け流した。ただ、やゆよは「クールなところもカッコいい〜♪」と身をくねらせて悶えているが。
「あ、わたくしからも幾つか質問があるのですがよいでしょうか」
「どうぞ」
 質疑応答第二弾、春妃からの質問はモサドの質問と重なる部分を除いて以下の三点である。一つ、若様はどのような一芸に秀でた者を好むのか。二つ、どういう風に逃げてしまうのか、どうして逃げてしまうのか。三つ、どうして日乃太には若様の魔法が通じないのか。
 これに対しての日乃太の答は以下にある通り。一つ、気に入れば何でも、強いて傾向をあげるなら芸術と呼べるもの。二つ、その時々に合わせて、そして逃亡でもしないと自由に町を歩けないから。三つ、若様の使う魔法はそれとわかっていればある程度は対処可能なものだから。
「‥‥こう言っては何ですが‥‥お二人とも、行き当たりばったりですわね」
「僕を若様と一緒にしないでください。若様が行き当たりばったりだから、仕方なく僕も行き当たりばったりになるのです」
 頬に手を添えて苦笑する春妃に、ずずずずと茶をすする日乃太。どの方面から行っても日乃太は強敵であり、若様が時々羽を伸ばしたくなる気持ちもわかるような気がした。
「日乃太さん。これでどうでしょう」
 モサドがざっと描きあげたラフ画を日乃太に見せる。ここが似ていないと指摘された部分は描き直す。描いて直して描いて直して。夜になり、やゆよと春妃が一旦棲家へ帰る頃になってようやく、日乃太が満足する出来の、新しい若様の似顔絵が完成した。

●あなたの一芸、何ですか
 次の日、冒険者達はとある酒場の前に集っていた。
「さて、例の計画を実行に移しましょうか‥‥」
「モ、モサドさん‥‥大丈夫ですか?」
 春妃が心配そうな声を出すのも最もだった。モサドの目の下には真っ黒なクマができている。肖像画を描いた後、よりにもよって「たまには、自分の方からギャフンと言わせてみてはどうでしょうか?」と言い出し、日乃太の愚痴聞きをしたのがいけなかったのだ。愚痴を侮るなかれ。二日酔いのように痛む頭を押さえているモサドを見て、春妃は酒場から近場の井戸の場所を聞き、手ぬぐいを濡らしに走った。
 そんなモサドとは逆に、元気いっぱい楽しそうなのはルディ・ヴォーロ(ea4885)である。
「何でも、捕獲しようと思ったら、餌と罠がベターだよね。えっと、あれだ、狼に生肉、若様に芸達者?」
 若様を一体何だと思っているのか、ロープを結んで投げ輪を作っている。いざとなれば投げるつもりだ。
「29歳になってもやんちゃだなんて、可愛い坊やですこと」
 年上の余裕で微笑んでいるのはシェリル・オレアリス(eb4803)。若作りをしてはいるが、エルフという事もあり、かなりの年月を生きている。29歳を坊やなどと呼べるのは、今回の参加者では彼女くらいだろう。
「私はそういう方も好きですけど、困っておられる方もいますし捕まえましょうね♪」
「はいはーい! 僕、昨日の夜に神秘のタロットを使って占いしてみたんだ。ちょうど月も出てたし!」
 まるで学問所の教師と生徒のように、皆を誘導するシェリルと挙手をするやゆよ。ちなみに占いの結果は江戸の繁華街のあたりと出た。占いなので詳しくはわからないし、占ったのは夜なので時間の経った今はその占いどおりの場所にいるかも定かではない。
「フォーノリッジで、守国さんがどこで遊んでるかも見てみたんだけど‥‥お布団が敷いてあって、綺麗なおねぇさんが守国さんらしき人の隣に」
「ストップ。そこまで。そこから先は、やゆよはまだ知らなくていいから」
「そうそう。もう少し大人になってからね」
 ルディとシェリルから続きを述べる事を止められて、やゆよは疑問符を浮かべる。モサドを見れば苦笑いしているし、春妃に至っては答を知っているのかどうかの判断がつかない顔をしている。一体やゆよはどんな単語の組み合わせで魔法を使用したのやら。そして若様――いや、フォーノリッジの示す未来は、彼らが若様に何も働きかけなかった時の未来である。見事とっつかまえて日乃太に引き渡せばいいだけの話だ。
 というわけで彼らが考えた計画とは、『大江戸一発芸コンテスト』である。会場には一芸を持つ者の多い冒険者が集まる酒場が良いのではという事だったが、シェリルの色仕掛けも虚しく、さすがに人の多い酒場の中では大会なぞ許可できないと断られてしまった。せめて軒下くらいは貸してくれるそうで、皆は胸を撫で下ろしたのだが。

「はい、皆さんご一緒に! 一芸大会ぃーっ、ちょっといいとこ見てみたい〜♪」
 ――ちょっといいとこ見てみたい〜!!
 何だかんだで人が集まるのは、江戸の民がそういう事に飢えているからだろうか。もしくは元々好きなのか。ともあれ、突貫特設会場(ただ木箱を並べただけ)には結構な人だかりができた。優勝者に贈られる商品が、酒場のメニューどれでも一品、5G、上品な女性からの口づけとくれば、参加者がほぼ独身男性で埋められるのも無理はない。しかも参加者の中にはサクラとしてルディも混ざっている。
「一番、ルディ・ヴォーロ! 宙返りやります!」
 パラとしての身軽さを利用して、とんとんとんと連続して宙返りを決めると、観客から感嘆のざわめきが巻き起こる。掴みはオッケーだ。
 続いてはしばらく、一般参加者の一芸披露が続く。歌だったり、剣技だったり、魔法だったり‥‥冒険者も参加してきたおかげで、あっという間に会場は最高の熱気に包まれた。
「あらあらうふふふふ‥‥皆さん、素晴らしい特技をお持ちですわね」
 賞品の口づけの送り主でもある審査員長シェリルは、審査員席から観客席へ、くまなく視線を巡らせる。勿論、観客の輪の中にいるかもしれない若様を探すためだ。そして、ちらっとそれっぽい姿が見えた気がした。数珠をじゃらりと振って合図を送り、応じてやゆよが前に出た。
「レッツ魔法少女のときめきダンシーング! みんな手拍子してくれると嬉しいな♪」
 13歳やゆよが身に纏っているのは可愛らしい装飾がなされたカラフルなローブ‥‥いわゆる魔法少女のローブである。イギリス仕込みであるテンポの速い踊りは、観客のほとんどを占めるジャパン人だけでなく、イギリス出身の冒険者達に郷愁の念を呼び起こす。
 守国さんも日乃太おにぃさんに負けず劣らずハンサムだといいなぁ‥‥などと考えながら手足を動かしていると、それっぽい青年の姿が視界に飛び込んできた。すかさずウインクして、ローブの魔法効果を発動させる。――だが。
(「‥‥抵抗されたっ!?」)
 一瞬だけとはいえ対象者を魅了する事ができるはずなのに。彼女の希望通りに日乃太に負けず劣らず整った顔立ち、かつ細目の青年は、涼しげに唇の両端を持ち上げただけだった。ますます細くなった目は、やゆよを見据えている。こちらの意図がばれてしまっただろうか。内心焦るやゆよ、けれど青年はそこから動く気配がない。
 では今度は私が。そう言って次に進み出たのはモサドだった。
「即興でどなたかの似顔絵をお描きしましょう。――さて、どなたにしましょうか‥‥」
 描画対象を探すという名目で、じっくりと遠慮なく、観客それぞれの顔を見渡す。若様の似顔絵を散々描いたモサドだ、間違いないと確信できる青年を指名する。やゆよの魅了に抵抗した青年だ。
 だが青年は動かなかった。
 それどころか、淡い金色の光が彼を包み込む。
「しまった!」
 光が落ち着くと、青年の姿はなくなっていた。すかさず、後方に下がって準備していたやゆよがリヴィールマジックを発動させる。
「緑の着物のおじさんの後ろだよっ。あ、赤い帯のおねぇさんの陰に隠れたっ」
 魔法のおかげでやゆよの目には青年が見えているのだ。彼女の指示で、隠身の勾玉で気配を消していたルディが素早く動く。
 モサドやシェリルが言葉を飛ばして人波を二つに分けたため、本人の姿は捉えられなくともその足が踏みしめる地面を捉える事はできるようになった。
 審査員席から立ち上がったシェリルが、とっさにスクロールを開く。誰もが疑問に思いながら何も聞けずにいた、彼女のそばにずっと置かれていたタライ。そのタライが宙に浮き、ルディの前方へ――
 がっこーん。
 軽快な効果音。どうやら綺麗に若様へ激突したらしい。
「いやー、まさか投げ輪がほんとに役立つなんてね!」
 見当つけてルディが投げ輪を飛ばせば、幸運にも足首だか手首だかに引っかかったような手ごたえがあった。

●若様、弄られる
「混乱を招かないためにも、大会は最後まで続けましょうね」
 春妃の提案通りに大会は表彰式までしっかりと行われた。既に混乱しきっていたが、シェリルが何事もなかったかのように「次の方どうぞ」と先を促したので、うやむやになったのだ。

 青年、いや若様は、ぐっすりとお休みになられていた。
 何度も抵抗されたものの、どうにかこうにか春妃のスリープで眠らせて、今に至る。
「ば‥‥おぉっと、若様♪ ジャパン語って難しいねー。若様って言いにくいなぁー」
 ルディは鼻歌混じりに若様から、自分が引っかけた投げ輪とシェリルが巻きつけたロープを外し、代わりに大鎧を着せていく。
「鎧も着ずにダメだなぁー、若様ぁー」
 眠りに落ちている若様には聞こえようはずもないのに、ルディは語りかけ続ける。今度は自分の愛馬を呼び寄せながら。
「居眠りしながら乗馬は危ないって言ってるじゃないですかぁー」
 居眠りさせているのは春妃の魔法だ。馬に乗せているのはルディだ。若様が可哀想に思えてくるのはなぜなのだろうか。
「よし、完成! じゃあ僕はば‥‥じゃなくて若様を送り届けてくるよ」
「あ、日乃太おにぃさんの所に行くなら、僕も一緒に行く!」
 若様自身よりも大鎧の重さに背中がたわんでいる馬を連れ、依頼人のもとへ向かうのだった。