小鈴とちま作り。

■ショートシナリオ


担当:言の羽

対応レベル:フリーlv

難易度:やや易

成功報酬:0 G 52 C

参加人数:8人

サポート参加人数:3人

冒険期間:05月24日〜05月28日

リプレイ公開日:2006年06月01日

●オープニング

 江戸の町に店を構える呉服屋『鈴乃屋』は、結構な大店である。ほぼ切れ間なくやってくる客の対応で店員はてんてこ舞いであり、昼食をとるための休憩ですら、短時間のうちに交代でとるようになっている。いや、食事くらいはちゃんととってくれというのが若旦那の言い分なのだが、店員のほうから断っているのだ。「お客様を待たせるわけにはいかない」と。
 そんな見上げた根性を受け継ごうとする居候が、鈴乃屋にはいる。イギリスから月道を通ってやってきた少女、セレナ・パーセライトだ。父はキャメロットを拠点とする商人なのだが、一人娘という事もあり、彼女が跡を継ぐために商人としての修行にやってきたのはある意味自然な流れだった。
 真面目すぎて頑固なところのあるセレナは、最初、鈴乃屋のひとり娘である齢五歳の小鈴から怖がられていた。慣れない土地での生活と頑張らなければならないという気負いが、セレナの表情を非常に強張らせていたのだ。元々人見知りの激しい小鈴とどうやって仲良くなればいいのかわからないというセレナにこの事を気づかせ、小鈴との仲を取り持ってくれたのは、困り果ててセレナが出した依頼を受けてくれた冒険者だった。

 ◆

「‥‥‥‥」
 妙に出来のいい犬と猫の人形を胸に抱きながら、小鈴は店内を眺めていた。本来は母屋で遊んでいるはずなのだが、いつもの遊び相手である母親もセレナも、今日は店に出ずっぱりだったからだ。
「‥‥母様」
 試しに呼んでみたが、忙しない店内では彼女のか細い声はかき消されてしまい、母親の元へは届かない。
「‥‥セレナおねーちゃん」
 もう一度呼んでみたが、やはりかき消された。
 しかし今度は、気配を察したのか、セレナが振り向いてくれた。
「どうしました、小鈴さん」
「‥‥‥‥つまんない‥‥」
 駆け寄ってきたセレナは、小鈴と目線を合わせるためにしゃがみこんだ。頭の高い位置で縛った長い銀の髪が揺れた。
「すみません、今は相手をしてあげる事ができないんです。通常の業務の他に、身分の高い方から多量の注文が入ったらしくて。納期にはまだ余裕があるそうなんですが、アクシデントが起こっても対処できるように――っと、小鈴さんにはまだ難しかったですね」
 ちんぷんかんぷんな話の内容に小鈴は音をあげていた。人形を握り締め、床を見つめている。セレナもどうしていいのかわからずに、苦笑するだけだった。

 ◆

 お店が忙しいのはいい事。だから小鈴は我慢するしかない。父にも母にもセレナにさえもかまってもらえなくても、小鈴には犬と猫の人形がいるから、寂しくない。でも父と母とセレナは人形を持っていない。本当は小鈴と一緒にいたいらしいのに、小鈴が店にいたら邪魔になるから、一緒にはいられない。きっと寂しいに違いない。
 じゃあ人形を贈ろう。それも、以前見た「ちま」を。小鈴のちまをお店のどこかに置いてもらえば、いつも一緒。父も母もセレナも寂しくない。
 小鈴はまだ子供だから、人形は作れない。作ってくれるようにお願いしよう。

 ――大体こんな風な思考を経て、小鈴は冒険者ギルドに一人でやってきたのだった。

●今回の参加者

 ea0604 龍星 美星(33歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea5297 利賀桐 まくる(20歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea7865 ジルベルト・ヴィンダウ(35歳・♀・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
 eb0559 早河 恩(32歳・♀・忍者・パラ・ジャパン)
 eb2295 慧神 やゆよ(22歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb2411 楊 朱鳳(28歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 eb2905 玄間 北斗(29歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb4902 ネム・シルファ(27歳・♀・バード・人間・ノルマン王国)

●サポート参加者

ジェイラン・マルフィー(ea3000)/ カイ・ローン(ea3054)/ テラー・アスモレス(eb3668

●リプレイ本文

●恒例のものと材料集め
「ちま人形アルか〜、ノルマンでは流行っていたらしいネ。アタシは見るのも作るのも初めてヨ」
「か‥‥可愛い‥‥」
「あら、結構しっかりした作りなのねえ」
「これがちまなんだあ。うわー、すごい! 手とか足とかほっぺたとか、ふっくらしててぷにぷにだよ!」
 今回の依頼で作る事になっている「ちま人形」というものを間近に確認して、龍星美星(ea0604)、早河恩(eb0559)、慧神やゆよ(eb2295)、ジルベルト・ヴィンダウ(ea7865)は大騒ぎをしていた。そのちま人形は持ち主である利賀桐まくる(ea5297)にとてもよく似ており、まくるやまくるの隣にいる旦那さんのように、少々照れながらも微笑を浮かべている。
「最も重要なのはやはり顔だな。特に目の雰囲気で、本人に似るかどうかが決定すると私は思う」
「へぇ〜、成る程。じゃあそのあたりは十二分に気をつけなきゃいけないね」
 横では楊朱鳳(eb2411)の解説に、ネム・シルファ(eb4902)が何度も大きく頷いている。そう、ちま人形――通称「ちま」は、実在の人物(主に持ち主)に似せて作った、手のひらに乗るほど小さく、丸っこくて愛らしい人形の事なのだ。時に危険な仕事につく場合もある冒険者達の間で、癒し効果があるとしてなかなかの人気を博している。
 では呉服屋「鈴乃屋」の母屋で騒ぐ彼らが、なぜここに集まり、ちまを前に騒いでいるのか。丁度襖を開けて現れた玄間北斗(eb2905)にぴたりと張り付くようにして一緒にやってきた、鈴乃屋のひとり娘、小鈴のちまを作るためである。
 一同は口々に小鈴へ挨拶をしようとしたが、小鈴は恩とやゆよをちらっと見ただけで、また北斗の陰に隠れてしまった。
「う〜ん、小鈴ちゃんの人見知りは相変わらずのようなのだぁ〜」
 困って頬をかく北斗だが、小鈴はそんな北斗にますます強くしがみつくばかり。そこで、恩が進み出た。
「大丈夫、皆さんは小鈴ちゃんとお友達になりに来たんだよ小鈴ちゃんはお友達が増えたら嬉しいよね?」
 小さな手を優しく握られて、小鈴も恐怖心が薄らいだのだろう。笑顔で自分の次の動きを待っている一同を見渡し、恩の瞳をのぞきこんだ後、こくんと頷いたのだった。

 買い出し隊が市場に行っている間に、ジルベルトは店のほうへ顔を出してみた。誰もが忙しそうに動いている中、銀髪の目立つセレナを見つけると、ちょいちょいと手招きで呼びつける。
「何か御用ですか?」
「小鈴ちゃんのお母様に頼んで、端切れ布をいただけないかしら」
「わかりました。少々お待ちください」
 セレナは頭を下げると、込み合う店内をすいすいと通り抜けて母親のもとに到着した。何事か言葉を交わし、すぐに戻ってくる。
「お待たせしました。いくらでもお使いくださいとの事です。別室にまとめてありますので、ご案内します」
「ありがとう、助かるわ」
 こうして風呂敷いっぱいに端切れ布を抱いて、ジルベルトは母屋の一室に戻ってきたのだが――そこで見たのは、短く切られた木の枝がずらりと縁側に並べられた様だった。並べているのは美星だ。
 驚いて思わず風呂敷包みを落としたその音に気づき、美星が顔を上げる。すがすがしくも満足気な顔をしている。
「さっき来た御父御に、サクラの香りを使いたいって言ってみたヨ。そうしたら庭の奥に一本生えてるから、細い枝少しなら切ってもいいって言ってくれたアル♪」
 調香師をしているという美星は鼻がよく利く。その美星がいい香りがするようにしてくれるというのだから、楽しみにしていよう‥‥驚いた事も忘れて、風呂敷包みを畳に広げてみるジルベルトだった。
 上機嫌な美星の次なる目標は、小鈴の意見を聞く事だった。小鈴も並んだ木の枝が気になるようで、先程から見つめ続けている。
「小鈴チャンは、何か、思い出の匂いとかあるカ? ちまから懐かしいにおいがしたら、いい気持ちになるかも――って、何で逃げるアルかぁっ!?」
 急に話しかけられた小鈴は即座に逃げ出し、ジルベルトと共に端切れ布の選定を始めていたまくるの所へ駆け寄った。
「えっと‥‥僕‥‥気に入ってもらえたの、かな‥‥」
「まくるちゃんも小鈴ちゃんみたいに引っ込み思案なところがあるじゃん。きっと同じにおいを感じ取ったんだとおいらは思うじゃん」
 見るからに幸せそうな夫婦をよそに、美星は軽くショックを受けていた。

●ちま作成中!
 買い出し隊が戻ってきて材料が揃うと、さっそくちま作りが開始された。布を体の形に切り、紐を髪の毛にするために解いていく。まずは初心者がちま作りに慣れるためにも、各自のちまを作る事になっていた。
「うぅ、針がうまく進まないー!」
「力みすぎですね。布と針はこう持って、こういう風に指先をうまく使って――」
「ほんとだー! すごーいっ、縫い目が揃ったーっ」
 縫い物の知識も経験もないやゆよは、手伝いに来てくれた友人につきっきりで指導をしてもらっているし。
「あれ? ここってどうやって繋げるのかな?」
「そこは‥‥縫い方を変えるんです‥‥。針をこう、持ってきて‥‥」
 完成した人形を見るだけではわかりにくい部分を、ネムがまくるに尋ねていて。
「ふんふん、成る程、髪の毛はこうやってつけるんだね」
「そうだよ。あ、髪の毛はこの色でいいかな‥‥」
 指導しながら紐を解いている朱鳳の横で、縫い物が得意な恩はさくさくと次の過程に進んでいく。
 こんな彼らの横では、まだまだじっくりと布選びを行っているジルベルト、乾燥させた桜の枝のかけらと、先日拾っておいた花びらを人形に詰め込んでいる美星とが楽しげに作業している。では小鈴は何をしているのかというと――
「‥‥わんわんー♪」
 北斗の飼い犬黒曜、まくるの飼い犬ハヤト、そしてのほほんとした北斗に囲まれて、遊んでいた。北斗は北斗で、自分のたれちまを作っていたのだが、北斗に頼まれて犬達の世話をしているつもりの小鈴を見守ってもいた。

 本体が出来上がった後は、ちまに持たせる小物作りである。
 服を作る者が多い中、目を引いたのはやゆよが製作中の三角帽子と箒だ。箒は端の先に細長い端切れ布をくくりつければそれらしく見える。問題は帽子だ。
「うまく形が作れないよぉー」
「先に枠組みを作ったほうがいいかもしれませんね」
 試行錯誤が繰り返されて、ひとつの結論にたどり着く。竹を切ってこよう、と。竹ひごで提灯や傘のように骨を作ればいいのだ。
「じゃあ、ちょっと行ってくるね!」
 颯爽とフライングブルームにまたがったかと思うと、やゆよとブルームは宙に浮かび上がった。ぽかーんと口を開けて見上げていた小鈴が、冒険者達にとっては微笑ましく思えた。
 一方で、今まであまり縁のなかった服を作るのに苦労した者もいる。朱鳳だ。
「和装って作った事ないんだよね」
「そう、なんですか‥‥でももうバッチリです‥‥。楊さんなら‥‥すぐに本物の着物だって作れますよ」
 比較的高度な技術を披露する朱鳳とまくる。着物のサイズもちまにぴったりだ。
「しっぽはふわふわにするのだ〜♪」
 材料にこだわりぬいた北斗の声が響いてからしばらくして、各自のちまが完成した。
「新機軸! 香りつきちまアルヨ!」
「手品を披露しちゃうよ、恩ちま!」
「虫刺されにも負けずに頑張ったんだから♪ 魔女っ娘ちまのできあがり☆」
「おいらのちまは、たれたぬきちまなのだ〜」
「銀の髪に緑の服‥‥私に似てるかな」
 練習は終わった。次の目標は、小鈴のちまの完成。
 だけど、それだけじゃない。

●皆の愛と努力の結晶
 小鈴が寂しさを我慢している事は、皆、わかっていた。健気な小鈴のために、短い時間を最大限に活用して、本来なら作らなくてもいい――けれども作ってあげたい、頼まれたちま以外のちまを、丁寧に作り上げた。

「‥‥セレナおねーちゃんに‥‥父様に‥‥母様に‥‥小鈴がふたり‥‥」
 行儀よく縁側に並んだちま達に、小鈴は胸をときめかせた。
 長い銀髪に着物姿で、先日の喉自慢の時の姿を再現されたセレナのちま。ひょろりとしている父親のちまと、笑顔を振りまく母親のちま。そして、まるで双子のようにそっくり同じに作られた、二体の小鈴のちま。
「見て〜、小鈴ちゃんのちま人形よ。どうかしらっ」
 そんな風に言うジルベルトだったが、小鈴がどう思ったかは、小鈴の様子を見れば明らかだった。くりくりとした両目をいっぱいに見開いて、ちまに手を伸ばす。五人のちまを全て抱きかかえ、今度は目を細めて頬を摺り寄せた。何度も何度も、感触を確かめるように、ちまのモデルとなった両親やセレナにそうするかのように。
 報われた――冒険者達は誰もがこう思った。実際のところ、(主に時間的に)かなりぎりぎりだったのだ。誰の目の下にもくっきりとクマがあるし、縫い物初心者の指先は針痕だらけ。この家に泊まりこんで、夜を徹して作業した。疲労困憊。睡眠不足。それでも頑張れたのは、小鈴のこの顔が見たかったからなのだ。
 さあ、あともうひとふんばりだ。冒険者達は、背中から各自にそっくりのちまを取り出した。気づいた小鈴が、あ、と声を漏らす。
「ちままごとをしようよ、小鈴ちゃん」
「‥‥ちままごと‥‥?」
「ちまでするおままごとを、ちままごとっていうんだって。楽しそうだよね」
 朱鳳とネムが説明している間にも、ちままごとの舞台は整えられていく。別の部屋から運んできた文机に、端切れ布を丸めたものを置いて。
「‥‥お店」
「そう、お店だよ。小鈴ちゃんお勧めの反物をくださいな♪」
「小鈴がお店屋さん‥‥?」
 戸惑いながらも、ちま小鈴はお金を受け取り、代わりに反物を渡す。両親の働きぶりをよく見ている証拠だ。
「ボクも‥‥反物を‥‥その、男の人用の‥‥」
「‥‥じゃあ、この色‥‥」
「私は綺麗な着物がほしいなー」
「‥‥えと‥‥着物、はこれ‥‥かな‥‥」
「おいらにぴったりのものはないのだ〜?」
「‥‥‥。‥‥‥待ってて‥‥しっぽの穴あける‥‥」
「アタシは香り屋さんするネ! 小鈴ちゃんの好きな香りは何アルか〜?」
 ちま美星の開いたお店に触発されて、ちま小鈴は俄然やる気が増したらしい。ひっきりなしにやってくるお客さんを活き活きとさばいて、襖の向こうからのぞいている両親の顔を綻ばせたのだった。

●次への約束
 夜になった。店を閉めた後、小鈴の父親は冒険者達を一室に集めた。父親の横には、遊び疲れて眠ってしまった小鈴を抱いた母親もいる。何だろうと不思議に思う冒険者達の前に、父親は小さな包みを差し出した。
「どうぞ、あの人形の制作費です。お納めください」
 その包みを解くと、お金が出てきた。元々小鈴のちま一体分の材料費は出るという話だったが、いくらなんでも多すぎる。特に、報酬すらもいらないと進言するつもりだったまくるは、困惑しきりだ。
「これは私ども夫婦の、感謝の気持ちです。娘が遊び疲れて眠った姿を見たのは、実に久しぶりで‥‥今もこんなに満ち足りた顔をしています。あなた方のおかげです。ぜひ受け取ってください、でなければ私どもの気がすみません」
「ねえセレナ、あなたもそう思うでしょう?」
 母親の更に横にはセレナが控えていた。美星からもらったばかりの香り袋を大事そうに持ちながら、肯定の意を口にした。
「それでも納得がいかないというのであれば、仕方ありません。次回の制作費に回してください。そしてまた、この子の遊び相手になってあげてください」
 父の手が、小鈴の額にかかった髪をかきあげる。小鈴の腕の中のちま小鈴が、にっこり笑ったように、冒険者達には思えた。

 ――店頭に飾られたもうひとりのちま小鈴が、その可愛らしさと良い香りから、人々の間で評判になるまで、長くはかからなかった。