若様のご提案

■ショートシナリオ


担当:言の羽

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 78 C

参加人数:10人

サポート参加人数:7人

冒険期間:06月06日〜06月13日

リプレイ公開日:2006年06月15日

●オープニング

 瞼をゆっくりと持ち上げる。開けていく視界にあるのは、のどかな町並み。今日も大仏像には多くの参列者が集っているようで、その参列者目当ての屋台もいくらか見受けられる。
 そして視線を動かせば、参列者と屋台の組み合わせが、彼の住居の敷地入り口にも並んでいるのが見える。さもありなん。彼が住まい、彼が主を務めるこの社は、格の高い大社なのだ。
 その名も、鶴岡八幡宮。そして彼は、鎌倉の中心とも言える鶴岡八幡宮の若き神主、大伴守国である。

「若様! そこには登らないようにと以前お願いしたはずですが!」
 下のほうから、彼の従者である日乃太のつんつんした声が飛んでくる。日乃太が怒るのは日常茶飯事なので、守国が特に気にする事はない。むしろ、もっと困らせてやれとばかりに、降りる気配はほんのわずかなりとも見せはしない。聞こえていないふりをする。
 屋根の上というものは、足を滑らせたらと考えれば確かに危険な場所だが、風と何より陽光を感じるにはまたとない場所でもある。魔法で視力を変化させれば、こうして人々の暮らしぶりを眺める事もできる。だから守国は屋根の上が好きだ。足を滑らせたらなどと考えていては、何も楽しめない。万が一の危険よりも、今はただ、心地よいものを見て感じていたいだけなのだ。
「若様、聞いておられるのですか!?」
「‥‥聞いている。魔法の効果が切れて視力が落ち着いたら下りるさ。そう騒ぐな」
「ならば最初から登らなければよいのです!」
 だが日乃太はあくまでも仕事優先で、守国の心情など二の次だ。守国が何を考えているかなど予想がついているくせに、邪魔をする。
 ――愛い奴だ、と守国は唇の端を持ち上げた。

 ◆

「頼んでいた衣装はいつ届く?」
「三日‥‥いえ、四日後でしょうか。なにぶん量が多いので、納期は全て出来上がるまで確定しないようです」
「かまわん、祭に間に合えばそれでいい」
 屋根から下りた守国と、彼に付き従う日乃太は、社務所へと向かっていた。
 守国の言う「祭」とは、彼が勝手に考案して勝手に開催する、庶民のための祭だ。家康が江戸を開発した事で、それまで栄えていた鎌倉は寂れ、かつての賑わいがなくなってしまった。人々のすさみがちな心を鼓舞し、鎌倉という町を盛り上げていくためにも、よその人間が鎌倉へ来たいと思わせる事が重要だと守国は考えたのだ。
 幸い、鎌倉には人を呼ぶための材料がたくさんある。八幡宮しかり、大仏像しかり、海も近ければ山もある。使い方次第で、鎌倉は以前以上の賑わいとなる事だろう。
「そもそも衣装をどうなさるおつもりですか」
「先着順で、祭に参加する女達に貸そうかと」
「‥‥は? 大金をつぎ込んでおいて、そんな事のために使うのですか!?」
 早歩きで歩いていたふたりだが、日乃太が足を止めてしまったので守国も少し先で止まり、振り返った。
「そんな事とは何だ。祭とは煌びやかで華やかであるべきものだぞ。それなのに参加する女達が普段着では、男としてはつまらんし、祭もぱっとしないだろう」
 おまけに言うと、貸し出すだけだ、祭が終われば返してもらう、と守国は付け足した。買い取りたいというのならばなるべく安値で応じるが、とも。
 守国の奇策に、日乃太は頭を抱えた。守国が変なのはいつもの事だし、一理あるのではと考えさせられてしまう部分もあるにはあるが、貸し出しの事務処理を誰がするというのか。自分か。やはり自分なのか。
「ああそうだ。江戸の冒険者ギルドに、依頼を出しておいてくれないか」
「‥‥何ですか、今度は」
「お前のおかげで、冒険者にはよい芸を持つ者が多いとわかったからな。祭の成功に一役かってくれる事だろう」
 先日、守国はたらいで頭を強打してコブを作った。今は治っているが、そのコブのあったあたりを指で示して、日乃太に有無を言わせない笑みを向けたのだった。

●今回の参加者

 ea2004 クリス・ラインハルト(28歳・♀・バード・人間・ロシア王国)
 ea2731 レジエル・グラープソン(29歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea5898 アルテス・リアレイ(17歳・♂・神聖騎士・エルフ・イギリス王国)
 eb0132 円 周(20歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb2295 慧神 やゆよ(22歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb3700 モサド・モキャエリーヌ(32歳・♂・クレリック・人間・イギリス王国)
 eb4902 ネム・シルファ(27歳・♀・バード・人間・ノルマン王国)
 eb5099 チュプペケレ(28歳・♀・チュプオンカミクル・パラ・蝦夷)
 eb5202 ミーシャ(32歳・♀・チュプオンカミクル・パラ・蝦夷)
 eb5330 シュイ(33歳・♂・カムイラメトク・パラ・蝦夷)

●サポート参加者

朝霧 桔梗(ea1169)/ 王 零幻(ea6154)/ 倉神 智華(ea6391)/ 王 娘(ea8989)/ 山城 美雪(eb1817)/ リチャード・ジョナサン(eb2237)/ 王 風門(eb5247

●リプレイ本文

●打ち合わせ
「ようこそ、鎌倉へ」
 社務所に通された冒険者達は、依頼人である鶴岡八幡宮の神主、守国と挨拶を交わした。
「祭まであまり時間がないが、お前達冒険者ならば、身につけた芸で私や鎌倉の民をさぞ喜ばしてくれるだろうと踏んでいる。助力は惜しまん。存分に力を振るうといい」
 神に仕える者に相応しい白装束を纏った守国は、手に持つ扇子を鳴らしながら一同を見渡す。何かあれば言ってみよという彼に対し、一番に手を挙げたのはクリス・ラインハルト(ea2004)だった。
「近くのお山で花を摘んできてもいいでしょうかっ。できれば花の蜜や蜂蜜も採取したいところでっす♪」
「ほう、何に使うつもりだ?」
「舞台を花で飾って、お菓子も作るのです。お菓子は子供達に配るのですよ」
 ねーっ♪ とクリスはネム・シルファ(eb4902)とミーシャ(eb5202)に同意を求めた。二人がにっこりと頷いたので、守国は横に控えていた日乃太に許可証を出すようにと命じた。
 ただし神社にある舞台、つまり舞殿は神聖な場所であり、神に仕える者以外がそこで舞う事は許されない。飾るだけなら花を選べば許可できるが、一行の中に鶴岡八幡宮の舞殿で舞える者はいなかった。ミーシャやチュプペケレ(eb5099)は神に仕える者ではあったが、仕えている神が違う。
 残念だと肩を落とす彼女達だったが、守国は舞自体はいい案だからと、八幡宮内に簡易舞台を設置させると約束した。
 ついでに尋ねたい事があるとネムが片手を軽く挙げる。
「お菓子の材料は用意してもらえるのでしょうか?」
 山で採取できない材料にかかる費用は出してもらえるのか、と彼女は問うた。「美味ならな」と、守国は意地悪く答えた。要するに条件付の後払いだ。ここが腕の見せ所であるのは確かなので、菓子作成班は少々の不安を抱えながらも、奮闘する事を心に決めた。

 一行はこの他に考えてきた出し物も、一通りを守国に説明する。特に許可を必要とするものはないものの、レジエル・グラープソン(ea2731)の射撃術披露の折には、見物人の安全の為、少々の人員を割かねばならない事がわかった。八幡宮内の絵を描きたいというモサド・モキャエリーヌ(eb3700)には、入っても良い所と悪い所とを、日乃太が説明する。
「先日はありがとうございました。あの姿のば‥‥じゃなくて若様には、ひとしきり笑わせてもらいました。あの姿こそ、あなたの才で後世に残しておくべきものでしたのに」
「絵を描くには結構な時間が必要なんです。私も描き残したかったのは山々ですが、描いているうちに若様が目を覚まされてはと自粛したんですよ」
 当人に聞かれぬよう、こそこそと小声で話す二人。だが日乃太が次の言葉を口にした瞬間、モサドは「来た!」と思った。
「特にあなたには私の話も聞いてもらって。久方ぶりにすっきりとした気分を味わう事ができました」
 ああ、やはり。何となく予想がついていたモサドは、アルテス・リアレイ(ea5898)を手招きする。
「アルテスさん、日乃太さんの愚痴を聞いてもいいっておっしゃってましたよね」
「ええ、まあ、僕でよければ」
 ジャパン語を充分に理解できるかどうかは怪しいが、とアルテスは言う。しかし適当に相槌を打って座っていればいいだけだと諭されるうちに、「ご迷惑をおかけするわけには」と遠慮していたはずの日乃太に、あっさりと捕まっていた。
 翌日には、寝不足からぐったりと横たわるアルテスの姿が見受けられた。

●祭の前に
 当日はよく晴れていた。まさに祭日和である。各自準備を終えた後、守国の前に集まり、思い切りすがすがしい表情の日乃太から注意事項の伝達を受けた。
 女性陣の多くから出た要望は、祭に相応しい衣装を着させてほしいというものだった。勿論この要望を断る理由などなく、むしろ守国は喜んで承諾した。何着も持ってこさせては、一人一人に似合う物を選び手渡したほどだ。
「これが君の分だ」
「‥‥え?」
 守国は希望者以外にも衣装を着せようとした。作らせた衣装は全て女物なのだが、彼が次に手渡そうとしたのはアルテスだった。
「その銀色の美しい髪が映えるように、濃いめの色の物を選んでみたのだが」
「‥‥あの‥‥僕、男なんですけど」
 苦笑するアルテス。守国は無遠慮にぺたぺたとアルテスの胸を触る。がっちりとしているわけではないが適度に引き締まった胸板だった。
 自分の判断が間違っていた事に衝撃を受け、守国は柱に寄りかかってうちひしがれた。だがすぐに気を取り直し、次の衣装を選び取る。差し出した相手は円周(eb0132)、ジャパン人らしい長い黒髪と白い肌のコントラストが目を引く美人だ。
「す、すみません。ボク‥‥じゃなくて私も、これでも男なんです」
 信ずるものに従い、周は自身の性別とは異なる女性の服装である。アルテスと同じように異性と見間違えられる顔かたちの上にこの服装なのだから、周の方がアルテスよりも、男女の判別をつける難易度が高かった。とことんまで自信をなくしたらしい守国は、無気力な様子で部屋の隅にうずくまってしまった。
「着たほうがよかったでしょうか‥‥?」
「いえ、皆さんはお気になさらず行ってください。鎌倉の民のため、どうかよろしくお願いします。私も後で若様を連れて参りますので」
 役に立たない守国の代わりに、日乃太が微笑みながら一行を送り出してくれた。――のはいいのだが、その額に青筋が浮かんでいるのを見て、アルテスもモサドも、さっと視線を逸らした。彼の愚痴の餌食にならぬように、と。

 その後、ミーシャは人気のないところで懐から財布を取り出し、中身を数えていた。
「‥‥はぁ。出店は我慢しないと‥‥」
 独り呟きながら人知れず拳を握った彼女を、通りかかった守国が見つけたのはただの偶然だったろうか。
「そこの」
「私ですか?」
「そう、お前だ。手を出してごらん」
 不思議に思いながらもミーシャが手を差し出すと、守国はその手をとり、数枚の銅貨を握らせた。
「守国様っ!?」
「楽しみたい者が楽しめないなら、祭が祭でなくなる。それはもうお前のものだ。存分に楽しむといい」
「いけません、こんな‥‥お返しします!」
「おや、私に恥をかかせると?」
 くすりと笑った守国に、ミーシャは逆らえなくなった。渋々ながらも、銅貨を握ったままの手を引っ込めたのは、せっかくの好意を無碍にするわけにもいかないと考えたからだ。ありがたく受け取って、彼の望みどおり、祭を存分に楽しむ事とした。
 
●祭:昼の部
「心の準備はよろしいですか?」
「うん、いつでもおっけー☆」
 人だかりの中心に細長く、人のいない場所が出来ている。見物人との間に安全と思われる距離を保って立つのは、左手に愛用の弓を携えるレジエルだ。その右手にはナイフを持ち、構えて狙うは慧神やゆよ(eb2295)の頭上にある小ぶりの果物である。
 立派な木を背にしたやゆよは、綺麗な着物を着られて頬が緩んでいたが、やはり怖いのは事実。それでも下手に動けば逆に危険なのはわかっていたから、レジエルの腕を信じるだけだ。
「では、始めます!」
 シュッ――サクッ
 見物客がどよめき、拍手が起こる。ナイフは狂いなく果物に突き刺さった。勿論、たったこれだけで終わるはずもない。今度はナイフを二本一度に投げ、またもや成功してみせた。加速度的に盛り上がっていく人々。盛り上がる様が野次馬を呼び、野次馬は結果として盛り上がりの一端を担うようになる。
 果物を新しい物と交換した後は、果物の輪郭に沿うように次々と投げていく。そして勢いに乗ったまま弓に矢をつがえ、渾身の力を込めて引いた後、放つ。矢は果物を貫通し、木の皮の下の下へ深々と突き刺さった。盛り上がりは最高潮だ。観客はレジエルの妙技を称え、やゆよは自身の役目を無事に終えられた事に心底安心した。

「ガアガア♪ ガアガア♪」
「さあ皆、これは何の鳴き声かな?」
 ――あひるさーん!
 クリスの鳴きまねを示してネムが問題を出すと、色とりどりの花で飾られた舞台を見上げる子供達から、一斉に返事が飛んできた。
「そうだね、大正解。じゃあ次はどう?」
「も〜も〜っ」
 クリスは舞台を飛び出して、子供達に混じる。子供達はけらけら笑いながらクリスのまねをする。笑顔で答を促すネムの隣では、籠を下げたミーシャがつられて微笑む。籠の中には頑張って作った菓子が詰まっている。入りきらなかった分はもう一つの籠に入れてあり、その籠はミーシャの幼馴染であるシュイ(eb5330)が、はしゃぐ子供達の背中を見守りながら持っている。シュイが嬉しそうなのは、舞台の飾り付けがうまくいったからでもあるだろう。
 もはや子供と見分けがつかなくなってきたクリスに、子供達が容赦なくまとわりつく。そろそろかな、とネムは判断した。
「今度はおやつの時間だよ〜」
「私達の作ったお餅や餡子玉、クッキーですよー」
 まとわりつく対象は瞬時に変更される。我先により多くのおやつを得ようと、必死で腕を伸ばしてくる。子供といえどもその勢いは決して侮れるものではない。
「うわっ!? こら、押すな! 並んで順番に受け取れ、たくさんあるんだからな――って、なんでお前が混じってるんだ!!」
 菓子配布の苦労をかってでたシュイは、今すぐにでも子供というものすごい力量の生き物に負けそうだった。だが大人が子供に負けるわけにはとどうにか足を踏ん張るなかで、彼が見たのは、出店で買った物を両手に抱えているにもかかわらず菓子を受け取ろうとする、チュプペケレだった。
「だってあたしも食べたいんだもーん♪」
 布をかぶって苦手な日差しを避けているチュプペケレは、能天気にそう言ってのけた。

 鳥居の下では、モサドが道行く人達の楽しそうな様子を描いていた。出来上がった絵は後で守国に渡すつもりだ。
「幸せのおすそ分けをもらっているようなものですねぇ」
 胸元で十字を切ると、家族連れが覗き込んでいるのに気がついた。何か描きましょうかと尋ねれば、自分達を、と返ってきた。
 しばらくして出来上がったのは、恰幅のよい妻の頭に角が生え、気弱そうな夫を子供が慰めている絵だった。
「おじさん、どうして僕の家の事がわかるの!?」
 絵を見るやいなや、子供は大声を出して感心した。妻は納得がいかない様子だったが。
 そしてこれを機に、モサドの周りには人が集まってきた。
「ふむ‥‥お題目を募ってみましょうか。では、そこのあなた」
 適当に指差した相手が出したお題は「大仏」だった。モサドがすまなそうに肩をすくめると、描けないのか、と野次が飛んできた。
「いえ、そうではありません。実は昨日描いてしまったのです。故郷では見た事のないすごく妙な物だったので、つい筆が動きまして」
 もったいぶって公開された大仏像のありがたい姿からは、まさしく慈愛が溢れていた。野次はなりを潜め、代わりに、もっと描いてくれという声が増えた。
 モサドは出されたお題を忠実には再現せず、必ず何かしらの笑いを誘う要素を付け加えた。絵でこんなに笑えるなんて知らなかった、と見物客は笑いすぎによる腹痛で身をよじり続けた。

●祭:夜の部
 鈴の音が響く。篝火に浮かび上がる舞台の上で、巫女装束の上に千早を羽織った円が神楽鈴を鳴らしていた。彼の衣服から漂う品のよい香りは、昼の間に香木を使って焚き染めたものだ。千早と巫女装束とで異なる香りにしてあると気づく者はどれくらいいるだろうか。
 彼が誘うのは幻想の世界、夢うつつ。揺れる炎の作る影で、彼の姿もまた揺れる。
 鈴に重なるようにしてチュプペケレの口琴の音色が始まる‥‥が、音程がずれた。「母ちゃん、今間違えてたよね?」「しっ。こういう時は黙っとくんだよ」という会話も聞こえてきた。しかし彼女はへこたれない。精一杯演奏するのみ。そしてそんな彼女の背中をクリスのリュートが後押しする。すかさず加わる、ネムとアルテスの笛。
 多少の練習はしたが、ほとんど即興のようなものだ。それでも人々の瞼をうっとりと閉じさせるには充分だった。
 頃合を見計らい、アルテスが笛から唇を離す。広がっていく歌声。ジャパンの庶民には理解できないイギリス語も、今はただ、この場の神秘性を増すばかりだった。

 曲が止む。円が下がる。
 再び始まった曲は、楽器の構成が変わり、打って変わって明るく楽しげな曲調だった。舞台に上ったやゆよも、身軽にとんとんと飛び跳ねて、アンクレット・ベルを鳴らす。
「ねえ、一緒に踊ろうよ!」
 差し出した手は観客に向けられる。けれど彼らは皆一様に戸惑うばかりで、誰も躍ろうとはしない。 
「曲に合わせて陽気に踏み鳴らせば、それだけで立派な踊りになるんだよ」
 なかなか動かない観客を見かねて、ミーシャもシュイを連れて舞台に上り、彼らの伝統的な踊りを踊る。子供達が「あ!」と昼間の出来事を思い出した。実はあの大騒ぎのおやつの時間の後、民族衣装に着替えてから今と同じ踊りを子供達の前で披露していたのだ。
 となれば子供達は遠慮せずに、見よう見まねで踊り始める。子供達の動きにつられて、大人達も踊りだす。
 舞台を中心として、人々はひとつとなったのだ。言葉は多くを語らずとも、表情と動きが物語っている。この祭は成功だ。見守る守国と日乃太も、苦労が報われて一安心といったところか。
 だが決して安息が訪れたわけではない。舞台上のやゆよが、目ざとく日乃太を発見した。
「日乃太おにぃさぁんっ! ねぇどうかな、僕似合ってるかな? 可愛いかな? そんな所にいないでこっちで踊ろー!」
 人々の視線は急速に日乃太へ集まる。脱兎の如く逃げようとした日乃太は、守国に遮られ、無理やり舞台上へ押し出されていった。飛びつくやゆよ、げんなりとする日乃太、また一段と盛り上がる鎌倉の民。夜はこれからだ。

●衣装
「えー!? ダメなんですか!?」
 次の日。借りた衣装を買い取ろうとした女性陣だったが、守国に断られてしまった。
「あれは元々、鎌倉の女達のために作った物だ。皆、祭り用の衣装を買う余裕などないからな。お前達ならば自力で購入できるだろう?」
 すまないが‥‥と守国は頭を下げる。民優先とあらばと引き下がるしかないが、膨れっ面をする者もいた。特にミーシャの気の落としようは半端でなく、その事に気づいてか、守国は閉じた扇子の先で彼女を呼んだ。
「出店まで我慢しようとしていたお前は別だ。日乃太がうるさいからある程度の金はもらうが、それでもほしいか」
「それは‥‥」
 他の者に気を遣い、ミーシャはすぐにほしいとは言えなかった。けれど諦めるのも難しい。他の者の顔色を伺えば、この采配に怒るような者などいなかった。
「ぜひ、買い取らせてください」
 買い取った着物の柄は、今が時期の紫陽花だった。モサドが描いた紫陽花の絵が、守国の背後の壁に飾られていた。