【恋の夜の夢】若様、謀る

■ショートシナリオ


担当:言の羽

対応レベル:フリーlv

難易度:易しい

成功報酬:4

参加人数:8人

サポート参加人数:2人

冒険期間:07月05日〜07月10日

リプレイ公開日:2006年07月12日

●オープニング

 鶴岡八幡宮の若様こと神主である大伴守国の側には、ほぼ常に、一人の従者がついている。その従者はよく働くし、守国の意図をすんなりと読み取ってくれる。若いと言われる守国よりも更に若い彼だが、そう呼ばれなくなる時を待たずとも既に守国の片腕である事は結構知られている。
 従者の名前は日乃太。幼い頃から守国に仕えてくれている。切れ長の瞳の美少年は、鎌倉の町では若様に次ぐ評判である。がみがみ言いながらも内側に溜め込むたちで、ひとたび愚痴となれば話がとことんまで長いのが玉にきずだ。だがそんな彼の行動は全て、彼の優しさと守国への忠誠からくるものであった。

 弓を引き絞る。一呼吸おいて――放つ。矢は的を目指して飛んでいき、たーん、と命中した。中心からは多少ずれているものの、命中は命中だ。
 もう一本。もう一本、もう一本‥‥左右上下にぶれながら、それでも大きく外れる事はない。
「ふむ、徐々に精度が上がってきているな」
「時間を見つけて練習していますから。若様がもっときちんとお仕事をなさってくれれば、僕としてももっと時間をとりやすくなるのですがね」
 皮肉を述べてから、日乃太はすたすたと矢を取りにいく。
 守国は苦笑した。日乃太がいつからか始めた弓術は、いざという時に守国を守るためのようで、それは気負いすぎではないだろうかと思うのだ。いや、それこそ従者の役目として最たるものだと言われてしまえば反論は難しくなってしまうのだが。
 守国は日乃太が好きだ。自分の従者としても、一人の人間としても。だから時々とても心配になってしまう。――日乃太には女っ気がなさ過ぎる、と。
「どうかしましたか」
「‥‥もうすぐ七夕だな」
「ええ。毎年の祭に向けて、皆が準備を進めております。何か?」
 日乃太は守国のよき従者であろうとするばかりに、そこからはずれる事柄に対する興味がいささか薄い。これではいけないと、守国は思っている。自分も結婚の予定の予の字もないというのに。
 故に彼は一計を案じる事にした。

(「‥‥また何かよからぬ事を企んでいますね、この人は」)
 楽しそうに「何でもない」と答えた主人に、日乃太はまた、心中で嘆息したのだった。

 ◆

【今年の七夕祭における特別企画】

・参加者は受付にて、一人一枚の短冊を受け取る事ができる。
・願いの書かれた短冊は、八幡宮内に設置された笹に飾る事ができる。

(以下、当日まで日乃太には内緒にしておく事)
・短冊に己の恋い慕う者の名前を書き、また名前を書いた相手もこちらの名前を書いていた場合――つまり、互いの名前を記した短冊を持って神主のところを訪れた二人には、その想いが永遠となるよう、神主が神に祈りを捧げ、祝福を贈る。

 ◆

 ――日乃太以外の者への伝達を終えての事。
「ふっ‥‥自分がどれだけ女達に人気があるのか、とくと味わうがいい」
 くくくくくく、と閉じた扇子の先を口元に添える守国の笑い方は、まさに悪役然としていた。

●今回の参加者

 ea5194 高遠 紗弓(32歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea6226 ミリート・アーティア(25歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea7049 桂照院 花笛(36歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 ea7125 倉梯 葵(32歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb2174 八代 樹(50歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb2295 慧神 やゆよ(22歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb3700 モサド・モキャエリーヌ(32歳・♂・クレリック・人間・イギリス王国)
 eb5202 ミーシャ(32歳・♀・チュプオンカミクル・パラ・蝦夷)

●サポート参加者

七神 蒼汰(ea7244)/ 平山 弥一郎(eb3534

●リプレイ本文


 女性陣のほとんどは衣装貸し出しを希望した為、早速着替え用の部屋が用意された。
「日乃太さん、さっきの件よろしくっ」
「はい、お任せください」
 手を振りながら案内の女性に連れられていくミリート・アーティア(ea6226)。彼女は祭で歌いたいと希望し、その舞台提供を日乃太に頼んだのだ。
 つまり、ただでさえ雑用の多い日乃太に、もう一つ仕事が増えた事になる。それがわかったので慧神やゆよ(eb2295)は頬を膨らませ、日乃太の主である守国にしがみついた。
「ねえ若様〜、日乃太おにぃーさんにお祭り案内してもらいたんだよ〜。お仕事どうにかならないの〜っ?」
 駄々っ子のように(それでいて日乃太には聞こえないように声量を絞って)やゆよは守国の体を容赦なく揺らす。守国はがくがく揺らされながら、閉じた扇子の先を口元に当て、困ったように眉を歪める。
「日乃太の仕事を減らすと、私の仕事が増えるんだよなあ」
「普通に日乃太おにぃーさんを誘っても、若様の側付きがあるって断られちゃうもんっ。だからぁ〜」
 そろそろ守国の気分が悪くなるのではという頃になってようやく、モサド・モキャエリーヌ(eb3700)の助け舟が入る。
「若様、一つしっかりした肖像画を描いてみたいのですが、よろしいですか?」
「何?」
「ぜひ若様を描いてみたいんです。先日の紫陽花のように、飾っていただけるよう頑張りますので」
 笑顔をたたえるモサドに、守国が深くため息をつく。仕方なさそうに日乃太を呼ぶと、今日一日は自分ではなく、やゆよと一緒にいる事を命じた。

「‥‥誰だあんた」
「その反応はさすがに驚きすぎだろう」
 着替えを終えた女性陣が戻ってきた。女物の服は滅多に着ないという高遠紗弓(ea5194)が着物姿で自分の隣に座ったので、倉梯葵(ea7125)は不覚にも目を丸くしてしまった。
 そんな彼らの横では、桂照院花笛(ea7049)が着物の柄や肌触りを堪能しながら、くるりと回ってみせた。
「一目弥一郎様にお見せしたかったのですが‥‥いえ、私とした事がせんない事を」
「弥一郎さんって誰〜?」
「花笛さんの恋人かなっ」
 何気ない呟きを聞きつけたミリートとやゆよが花笛を囲む。花笛はほんのわずか寂しそうに、しかし柔らかく微笑んだ。上品な佇まいのお姉さんに想い人がいるとわかり、「恋愛ってどんなだろ〜‥‥」と恋愛初心者なミリートが茹蛸になる。
 そんな彼女達を楽しそうに眺めていた守国へ、花笛は一通の手紙を渡す。目を通した後で、確かに受け取ったと守国はその手紙を袂に入れた。
「あの、守国様!」
 では出発だと立ち上がった守国に、ミーシャ(eb5202)が慌てて呼びかける。
「先日は何から何までありがとうございました。少し恥ずかしい場面ばかりだったのですが‥‥楽しい一時を与えていただいて、本当に感謝しております」
「楽しめたか。ならば私も満足だ」
「それで、いつかこの衣装で舞っている姿を見ていただきたいと思っております」
 ミーシャの今の服装は、特別に買い取りを許可された紫陽花の柄の着物だ。その姿で遠い蝦夷の地の舞を舞えば、どれ程目を奪われる事だろう。楽しみにしているぞ、と守国も彼女に述べた。


 笹が飾られた八幡宮内は、多くの人でごった返していた。各々の胸に抱く願いを笹に託すため、短冊を笹の葉に吊るしているのだ。
「叶うでしょうか‥‥。いえ、叶ってもらいませんと」
 花笛が短冊に記したのは『想い人たる弥一郎の願が成るように』だった。彼の願いが叶い、その心が和らぐ事が、彼女の願い。
「せめてあの方の足元だけでも照らせる事ができたら‥‥」
 献身的な花笛は、だからこそ気づいていないのかもしれない。己が弥一郎にとって、どれだけ大きな灯たりえているかを。
「自分に合った相手が見付かる事も願うべきだったかしら‥‥」
 そんな花笛を少々羨ましく思いつつ、ミーシャも短冊を吊るした。記した願いは、『今の、決して楽しいばかりでないけれど幸せな日々が永く続きますように』。故郷を出てきて不安を感じなかったはずもないだろうに、それでも彼女は今、幸せなのだ。
「でも、さすがに金銭事を書くのは恥ずかしいのよね」
 想い人、とまではいかなくても気になる相手なら彼女にもいる。けれど身分の違いすぎる相手‥‥と、ひっそり想うのみにとどめているのだった。
「ふむ。では私はこれで」
 そう言ってモサドは短冊を吊るし、ミーシャの短冊もより高い所に吊るしてあげる。彼の短冊に記されたのは『自分に関わった皆が幸せになりますように』。神に仕える彼らしく、素朴だが難しい、それでも誰もが願う願うだろう内容だ。
「ありがとうございます」
「いえいえ。しかし祭はいいですね。こう、気持ちが華やかになりますし」
「はい。私も屋台を見て回るのが楽しみで」
「では、ひとまずご一緒しませんか。後で似顔絵描きをするつもりですが、それまでは一人より二人のほうが楽しめそうですしね」
「喜んで。よかったら、似顔絵描きの時も隣で見させてもらってもいいですか?」
「ええ、かまいませんよ」
 心に決めた相手は特にいないというモサド。今のところは絵を描いているほうが楽しいのだろう。いつの日かいい人を見つけられたら‥‥その時はまた、大切な人の姿を絵にする事に喜びを見出すのかもしれない。
 こうして顔見知りが笹から離れた後になって、ミリートが恥ずかしそうに顔を出した。辺りをうかがったかと思うと、無駄のない動きで笹に短冊を吊るし、即座に逃げていった。短冊には控えめな文字で『できるなら‥‥逢いたいな』と、隅っこに小さく『私だけの人と』。

 その頃葵は、紗弓と連れ添って繰り出したはいいものの、話が続かなくて困っていた。周囲は賑やかなのに、二人だけが静かだった。微妙な気まずさに、何か話題はないのか話題は! と葵が心中で叫ぶのも無理はなかったが、結局話を切り出したのは紗弓だった。
「弟妹達も連れてきてやればよかったか‥‥小さい頃は三人でよく祭に行ったものだ」
 はしゃぎながら通り過ぎる子供達を温かく見送りつつ、彼女は言った。
「弟が、色々と欲しがって大変で。妹がそれをよく宥めていたっけ。‥‥私も何か言ってやったらよかったけど、そういうのは妹が全部、やってくれたから」
「‥‥そうだな、縁日は俺も義妹を連れてった思い出ばっかりだな」
 彼女も話題を探していたのだろうか。葵がのりやすい話題だった。
「目を離すと直ぐにどっかいっちまうから、面倒見てる方に一生懸命で、まともに祭りを楽しんだ事なんて数える位か」
「それなら今回は存分に楽しむといい。倉梯は何か欲しいものはないか?」
 今となってはいい想い出かと一人頷いていると、またも紗弓から、そんな提案がなされた。急だったので素っ頓狂な返事をすれば、「待てよ、こう言う場合は何か買ってくれと私が言うべきだったな」とどんどん勝手に話が進んでいく。
「というわけで、甘いものでも買ってくれ」
「その論理はいまいち分からんが、お好きなのをどーぞ」
 頼みを承諾すれば、紗弓は屋台を一箇所ずつ丁寧に覗き込んでいく。時間がかかりそうなので共に物色しようかと隣に並んで、ふと短冊の事を思い出した。
「それならもう書いてあるぞ」
 小粒の菓子に興味をひかれる紗弓。その袂から取り出された細長い紙には『倉梯』とあった。
「‥‥そんなものすごくあっさりと人の名を。しかも普通は姓名揃えて書くだろ」
「折角神と天に祝福してもらえるのだからな。それに‥‥さすがに名前を書いてやる事はできないが、私が『倉梯』と呼ぶのは一人だけだ」
 素っ気無い物言いだが、彼女の心がそこに表れているようだった。
 葵は暫し躊躇ったものの、じきにそんな情けない自分を後押しかの如く大きな声で「受けて立とうじゃねえかっ」と騒ぎ、短冊に『高遠紗弓』と書きなぐった。

「でね、その時とらこってばすごく変な顔してたんだよ♪」
 やゆよは必死で日乃太に話しかけていた。大好きな彼の気持ちを自分に向ける為に。けれど彼は、彼女のどんな呼びかけにも上の空で返すだけだった。今は愚痴を言うよりも、離れている主の事が心配で仕方ないらしい。粗相はしていないか、さぼらずにちゃんと仕事をしているか等、ぶつぶつと呟いている。勿論やゆよにしてみればよい気分ではないが、それでも諦めずに話しかけ続けるところが、彼女らしい。
 だがやがてそれすらも邪魔されてしまう。目を血走らせた鎌倉の女性達が二人を――いや、日乃太を取り囲んだからだ。
「日乃太様、短冊にはぜひとも私の名前を!」
「あんた邪魔よっ」
 押しのけられたやゆよは尻餅をついた。痛いのも嫌だったが、何より日乃太と引き離された事が彼女をむくれさせた。
 取り出したるは魔法少女の枝。そして彼女は踊る。枝の効果で女性達の動きが、ほんの一瞬ではあったが止まった。隙をついて日乃太の腕を掴み、屋台の陰へと隠れた。
「先程のは一体‥‥短冊に何かあるのですか?」
「あれ? 聞いてないの? 好きな人の名前を短冊に書くといい事あるって若様が教えてくれたよ」
「‥‥聞いていませんね」
 自分に黙って画策していた守国への怒りや呆れからだろう。日乃太の顔が引きつる。その表情に、やゆよは自分の短冊をつい隠してしまった。短冊には『日乃太おにぃーさんとらぶらぶな恋人になれますよーに♪』と書かれていたからだ。
「まったくあの人ときたら、騒動を起こさずにはいられないのですかね。面倒な後処理をやらされる身にもなってほしいものですよ。いい年して、あの落ち着きのなさ‥‥もっとこの鶴岡八幡宮の神主として相応しくなってくれればよいものを」
 モサドから聞いていた、長い愚痴が始まった。延々と語られる、守国に対しての不平不満。だがそれも守国に対する日乃太の情の深さだと、やゆよは心得ていた。自分が日乃太の愚痴を聞くのも、日乃太に対する愛情だと。
 しかしそこはまだ13歳のやゆよの事。愚痴と相槌だけの会話に、少しずつ悲しくなっていくのを止められなかった。
「僕と一緒にお喋りするより、若様への愚痴を言い続ける方が楽しいの?」
「あ‥‥いえ、その」
「せっかくのお祭りなのにぃ‥‥」
 涙目になって見上げてくるやゆよに、こういう経験がほぼ皆無な日乃太は見るからに慌てていた。何と弁解すればよいのかわからず、口をもごもごさせている。
「僕も、祭を楽しめればとは思いますが――」
「じゃあ短冊に僕の名前書いてくれる? 僕は日乃太おにぃーさんの名前書いたよっ」
 生半可に慰めようとしたらしたで、やゆよに短冊を突きつけられる。日乃太は困り果ててようやく、この状況こそ守国が企んだ事なのだと理解した。

 何組目かの祈祷を終えて、守国はひと時の休憩をとっていた。互いの名を記した短冊を持ってくる者達の数が予想以上に多く、複数組ごとにしてどんどんこなしていかなければ、祭の終了までには間に合いそうもない。
 自分で企画した事とはいえ、何度も祝詞をあげる守国の疲労はかなりのものだった。それでも彼は、額に汗しながら、笑っていた。この忙しさと疲労こそ、鎌倉が活気づいている証拠とも言えるからだ。
「さぁて‥‥来るのか来ないのか」
 冒険者の中で既に祈祷を受けに来たのは葵と紗弓、花笛の三人だけだ。祈祷の間ずっと羞恥を堪えていた葵は終了と同時に紗弓を連れてどこかに消えたし、花笛は似顔絵描きをしているというモサドとミーシャの所へ行ってしまった。残るはやゆよが日乃太を連れてこれるかどうか、だ。

 永久とも思える星の日々 
 私は一人 想い続けます

 喧騒の合間に聞こえてくるのは、ミリートの素晴らしい歌声。心を落ち着けて聞く事のできる、よい歌だ。

 例え空の悪戯に遊ばれて
 焦がれるその刻が消えるとも

 それでも私はただ一つ
 この胸の宝物を離しません

 アナタの側を望みます
 闇夜を照らす銀の川 今だけ越えて

 最初は彼女の声だけだったのが、やがて周囲の者を巻き込み、新たな声や楽器が加わっていく。もう少し聞いていたいと思ったが、守国は立ち上がった。次の祈祷を始めなければならない。
「おや。観念したのか」
「誰のせいですか、誰の」
 控えの間から戻ってくると、祈祷の場には一般の恋人達だけでなく、日乃太とやゆよも座っていた。これ以上ない程幸せそうな顔して日乃太の腕に抱きついているやゆよに、守国はしてやったりとにやついた。
「神に願うんだ。責任はとるんだぞ」
「‥‥善処します」
 ぶすっとしている日乃太は放っておいて、祈祷は開始される。
 終了後にはまたも愚痴聞きが待っていたのだが、今度こそ、やよいは苦を感じずに最後まで聞いてあげる事ができた。


 夜が更ければ人も減り、段々と静寂が戻ってくる。八幡宮の敷地内には池があるのだが、葵と紗弓はこの池の周りを歩いていた。数歩先を歩く紗弓を、葵が追いかけるかたちで。
 買ってやった菓子の袋が紗弓の手に下がっているのを見て、葵も決意を固める。短冊に物言わせたままなのがしゃくだった。
「なあ」
「ん?」
「さっき縁日で、欲しいものはないかって訊いたよな――紗弓」
 普段の彼らは、苗字で呼び合っている。唐突に名を呼ばれたので、驚いた紗弓が足を止め、振り向いた。
 彼らはまだ、明確な恋人同士ではない。一歩踏み出すと決めた葵の表情は真剣そのもの。紗弓の腕をとり、力強く引き寄せて、倒れこんできた紗弓を受け止めた。
「‥‥くれる?」
 目的語の抜けた囁き。けれど、耳元での熱い懇願が何を示すのか、紗弓にもわかってしまっていた。

 社務所ではモサドの描いた絵が床に広げられていた。さながら品評会のようだ。似顔絵描きの合間をぬって、祭の様子も絵にしていたのだ。
「あら、これは表情が素敵ですね」
 とある家族の絵を眺めて、ミーシャが感想を述べる。実はモサドが以前に描いた事のある家族だったのだが、彼女は知るよしもない。なんだかんだでお似合いの夫婦に、モサドも満足気だ。
「若様の神主姿もありますね。これは私で‥‥こちらは花笛さん」
「わたくしまで描いていただけたのですか?」
 ミーシャから手渡されたのは確かに花笛の姿絵だ。全く気づいていなかった花笛は、照れくさそうにモサドを礼を述べようとして、更なる青天の霹靂を味わう事になった。
「どうぞお持ちください。弥一郎さんでしたか、その方に見せてあげてください」
 モサドは花笛が、衣装を着た自分の姿を想い人に見せたいと言っていたのを覚えていた。故に老婆心かと思いながらも、こっそりと彼女の絵を描いた。
「まあ‥‥どうしましょう」
 たおやかな彼女が少女のように頬を赤らめたので、モサドとミーシャは顔を見合わせて目配せした。
 花笛の様子にミリートも赤くなったのは、もしかしたらそう遠くない未来に、彼女にも彼女だけの人が現れる予兆、なのかもしれない。