【葱】若様の英断(?)

■ショートシナリオ


担当:言の羽

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:4

参加人数:8人

サポート参加人数:7人

冒険期間:10月22日〜10月27日

リプレイ公開日:2006年10月31日

●オープニング

「素晴らしい所ですね、あなた」
 おなかの大きな女性が、傍らにいる夫の腕にもたれる。二人は高台にいる。夕日の沈む海を眺めながら。緋色と橙色の混ざったような、まさにそんな色の水面は静かに揺れて、どこかしみじみとした気持ちにさせてくれる。
「心が洗われるようだな‥‥」
 夫は腕を動かし、妻の肩を抱き寄せた。伝わる、互いのぬくもり。二人は同じ心で同じものを見つめていた。

 絵にも描けないほど美しい風景。

 頬を撫でていく心地よい風。

 尻に葱のような物を刺して飛んでいる男。

「‥‥‥‥」
「おや、親父じゃないか。いつのまにあんな所へ」
 手をかざしながら言う夫の腕の中で、妻の体は硬直し、顔も微笑を浮かべたまま凍りついている。
 葱のような物を刺した男もこちらに気づいたらしく、直角に方向転換してこちらへ向かってくる。マッシブな肉体を惜しげもなく晒しながら、豪速で。
「ア、アメリア!? どうしたアメリアっ!!」
 瞳に映るものに精神が耐え切れなかったのだろう。妻はくらくらする頭を手で押さえたが、むなしくもそのまま崩れ落ち、気を失った。

 ◆

 鎌倉の民の信頼を受ける鶴岡八幡宮。若くして筆頭となっている大伴守国は、その日も仕事からの脱走を試みようとして、従者である日乃太に捕まったところだった。
「不審者が現れた?」
 日乃太にがっちりと腕をつかまれながら急の報告を受け、守国は眉根をひそめる。
「はい。とりあえず任意で事情を聞いたのですが――」
 片膝をつき報告する男の額を、冷や汗がつー‥‥と伝う。
「歯切れが悪いな。何か不都合でも起きたのか」
「いえ、そういうわけではありません。異国の者達のようで、言葉も通じず、確かに最初は戸惑いましたが‥‥その者達と共にいたシフールが唯一この国の言葉を話せたので、その者を通訳にして改めて事情を聞いた結果、どうも彼らの持つ技術を広めに来たようでして」
「技術? 何の技術だ」
 守国が腕を動かすと、日乃太は彼を解放した。そのまま守国は男と同じように片膝をつき、何事をも見逃さないよう、じっと男の双眸を見据える。
 続く言葉を発するのをためらっていた男だったが、やがて意を決して、守国の双眸を見据え返した。
「‥‥それが‥‥葱で空を飛ぶ技術だ、と」

 数十分後。ぽかんと大口開けてその光景を眺める守国と日乃太がいた。
 尻に葱を差し空を飛ぶなど、実際にこの目で確かめてようやく、合点しないわけにはいかなくなったからだ。
『すまないな、妻を休ませてもらって』
 ヘモグロビン、という名の青年が守国に話しかけた。彼の傍らに居るシフールの少年を通訳として、だが。
「礼には及ばないさ。女性をいたわってこその男だからな。――逆に、キミ達を叱り飛ばしたいくらいだ」
『叱る‥‥?』
 シフールの少年越しに守国の意見を聞いて、ヘモグロビンは首を傾げた。
「身重の女性を伴っての旅など、するべきではないと言っているんだ。何かあったらどうするつもりだ」
 肩をすくめながら、なおも守国は言う。その動作だけで彼が呆れているという事がヘモグロビンに伝わった。
 そして、言い訳に聞こえるだろうが、と前置きして妻同伴の理由を述べるヘモグロビン。彼も、妻を置いてくるつもりだったのだ。けれど妻のほうから、一緒に行きたい、連れていってくれ、と三日三晩懇願されて、根負けした。何しろ彼女にとって子供を身ごもるという事は初めての経験、夫と離れて暮らすなど、想像しただけでも不安と寂しさがこみ上げ、彼女を震え上がらせたのだろう。
「まったく‥‥そんなにまでして広めるべきものなのか、アレは」
 天を仰げば、意気揚々と八幡宮の上空を飛び回るヘモグロビンの父が見える。
『ああ、葱はいいぞ! 素晴らしく、そして偉大だ!』
「ふぅん‥‥」
 何がどう素晴らしくて偉大なのか、守国にはまだわからない。
 が。
 フライング葱に興味をもったらしい事は、にんまりとした口元から判断できた。

 ◆

 イギリスはキャメロットに、ひとつの家族があった。その名もカマバット家。一家の大黒柱であるグランパを頂点として、長男ヘモグロビン、次男ヘンターイ、三男ドリアンの4人で構成されていた。なぜ「されていた」と過去形なのかというと、実はヘモグロビンの上に本当の長男がいたり、ヘモグロビンがアメリアという女性と結婚してもうすぐ子供も産まれるという事情があったり、とにかくそんな理由からだ。
 でもって、この一家は普通ではなかった。
 皆さんはフライングブルームという物をご存知だろうか。空飛ぶ箒、つまり魔法の品であるのだが、カマバット一家はこのフライングブルームを改造し、『葱』によく似た形状にしてしまったのだ。空飛ぶ葱‥‥まあここまではいい。問題は、改造されて葱の姿となった『フライング葱』を使用する時は尻に刺さなければならないという、どこからどうしたらそうなるのかまったくもって理解不能な強迫観念がついてまわっている事にある。
 とにかく、フライング葱の使い手――『葱リスト』と呼ばれる――は尻のケアに日々追われるというリスクを背負う。故に、それでも敢えて葱リストになろうとする剛の者はそうはいない。逆に言えば、いろんな意味で選ばれちゃった者のみが、葱リストになる資格を有するのである。

 というわけで。

「日乃太、準備だ」
「は?」
「フライング葱一日体験教室だ!」

 選ばれたい人も見物したい人も、とにかく鶴岡八幡宮にいらっしゃいませ。

●今回の参加者

 ea0061 チップ・エイオータ(31歳・♂・レンジャー・パラ・イギリス王国)
 ea4026 白井 鈴(32歳・♂・忍者・パラ・ジャパン)
 ea5011 天藤 月乃(30歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 eb0862 リノルディア・カインハーツ(20歳・♀・レンジャー・シフール・イギリス王国)
 eb1155 チェルシー・ファリュウ(25歳・♀・ファイター・人間・ノルマン王国)
 eb2295 慧神 やゆよ(22歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb3525 シルフィリア・ユピオーク(30歳・♀・レンジャー・人間・フランク王国)
 eb5868 ヴェニー・ブリッド(33歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・フランク王国)

●サポート参加者

風見 蒼(ea1910)/ 九竜 鋼斗(ea2127)/ 来生 十四郎(ea5386)/ イレイズ・アーレイノース(ea5934)/ ウェンディ・ナイツ(eb1133)/ ヴァンアーブル・ムージョ(eb4646)/ アナトール・オイエ(eb6094

●リプレイ本文

●葱にあるまじき空気
「ヘモグロビンさん、アメリアさん。ご結婚とご懐妊おめでとう!!」
 幸せをおすそ分けしてもらったかのような笑顔で、チップ・エイオータ(ea0061)は道中に摘んできた花で作った花束をアメリアに手渡した。調香の才あるアメリアは勿論花が好きで、母国イギリスでは見られない、彼女にとっては珍しい花をとても喜んだ。
「もう少しで生まれてくるこの子のために、特別な香りを調合するのもいいですね」
 礼を述べるついでに彼女はそう言った。
「どういたしまして♪ それからこっちはヘモグロビンさんに。十四郎さんからのお祝いだよ」
 ヘモグロビンに贈られたのは、小さな千成瓢箪でできた飾りだった。お守りとして大事にしよう、とその瓢箪はヘモグロビンの懐深くしまわれた。
「よろしく伝えてくれって頼まれたんだ。なんだか果てしなく遠い目をしてたけど」
「む、それはいかんな。恐らくフライング葱が恋しくなったのだろう。また機会があれば刺しに来いと言っておいてくれ」
「うん、了解☆」
 本人のいない所で本人の意図とは全く別の方向に話がまとまった。
「‥‥やっぱり不可解なのだわ」
 ヴェニー・ブリッド(eb5868)がぼそりと呟く。彼女はこの離れに来てからずっと、ヘモグロビンとアメリアの顔を順に見比べては首を傾げていた。
「どうしたの、ヴェニーさん」
「どう考えても美女と野獣なのに、どうして夫婦として成立しているのかが不思議なのだわ」
 何て事を! とチップは慄いた。彼が二人をくっつける事を目的とした依頼に参加した時でさえ、誰もが同じ思いを抱きながら本人の前では決して口には出さなかったというのに。
「ヘモグロビンさんのどこがいいの? 脅されて結婚したの?」
「ヴェニーさんっ、さすがにそれは――」
「いや、いいんだ。俺とてこんなに美しい女性が嫁に来てくれる筈もないと思っていたのだから」
 爽やかに歯を見せて笑うヘモグロビン。気にするなと言う一方で、しっかりと惚気も忘れない。
「やだ、あなたったら皆さんの前で。恥ずかしいじゃないですか」
「だって本当の事だろう?」
 頬を朱色に染めて恥らうアメリアと、そんな彼女の肩を優しく抱き寄せるヘモグロビン。
 バカップルを前にして気が遠くなってきたヴェニーとチップ。二人の耳に法螺貝の音色が聞こえてくるまで、もう少しかかるのだった。

●ぶわぉ〜、ぶわぉ〜(法螺貝の音)
「実に気持ちのよい天気。まさに日本晴れよ!」
 特に楽器演奏の技術を有しているわけではない天藤月乃(ea5011)が法螺貝を吹く練習をしている横で、大伴守国は広げた扇子を掲げ、えらく上機嫌になっていた。元々お祭騒ぎが大好きな性分なのだから仕方がない。たとえその祭が常人にはちょっぴり受け入れがたいものであったとしても。
「雨を降らせてくださればよかったものを‥‥」
 精神的に疲れきった表情で守国の側に控えている日乃太。その左腕にはべったりと慧神やゆよ(eb2295)がしがみついている。
「何を言う、私が天気を操れないのはお前も知っているだろう?」
「ああそうですね、そうでしたね‥‥」
 はあああぁぁ‥‥と日乃太はこれ見よがしに深いため息をついたが、それに対してやゆよがきょとんと首を傾げる。
「あれ? 日乃太おにぃーさんも空飛ぶ葱を見たかったんだよね?」
「はい?」
 心底理解できないのだろう。日乃太はまったく返事としての用をなさない、間の抜けた声を出した。
「若様がこの催しの後援をしてるって事は、若様の思いつきに日乃太おにぃーさんがゴーサイン出したって事で、つまりはおにぃーさんが葱を見たかったという結論に――だよね、若様?」
「勿論そうさ。キミは賢いな」
「えへへ、誉められちゃったぁ♪」
 自分を想ってくれている人と主とのやりとりは、日乃太の頭痛をこれでもかというくらいに激しくしてくれた。

 やがて現れた二人の男――いや、敢えて漢と表記させていただこう。彼らが身につけているのは尻側に丸く穴を開けた短いズボンのみで、鍛えた体を惜しげもなく外気に晒している。最近は秋も深まり日中でも涼しいが、彼らはそれをものともせず、むしろ己の肌から湯気を立ち上らせているほどだ。
『お集まりいただき感謝するのである! 我々は、イギリスはキャメロットよりこの地に空飛ぶ葱‥‥フライング葱を広める為にやってきた!!』
 漢の一人であるグランパはそろそろ初老にさしかかる頃か。しかしまだまだ衰える様子のない肩の筋肉、その上方にはグランパとヘモグロビンの話すイギリス語をジャパン語に訳す役を担う少年シフールがいる。コウという名のその少年はフライング葱が大好きというこれまた奇特な人材なので、漢達がどんなに常識からはずれた言葉を述べようとも臆す事なくそのままのノリで通訳する事ができる。
 観客席にはコウと同じくシフールであるリノルディア・カインハーツ(eb0862)がいる。彼女は初めから嫌な予感がしていたのだが、その予感はズバリ的中していたと言えるだろう。早速フライング葱の使用方法を説明し始めたグランパが、自分の尻にぶすりとフライング葱の先端を刺したのである。あまりの衝撃に、リノルディアは真っ白になったまま固まってしまった。
「あうあう‥‥い、痛そう‥‥」
 衝撃を受けたのはチェルシー・ファリュウ(eb1155)も同じだ。しかし見まいとして両手で顔を覆っておきながら、こっそりと指の間から覗いている。まだ余裕がありそうだ。
 更に余裕がありそうなのはシルフィリア・ユピオーク(eb3525)であり、『乙女を散らすようでどうもねぇ〜』と言いながら、チェルシーの作った軽食を肴に、月乃と酒を酌み交わしている。
 ちなみにこの二人の間に共通の言語はないが、チェルシーが通訳しているうえに酒の席なので身振り手振りとその場のノリで意思疎通がされている。
「まあ普通はやらないだろ。だいたいケツに葱を刺す趣味もないしね」
『んー‥‥そこなんだよねえ』
 くいっと杯を傾ける二人。二人とも、フライング葱は必ずしも尻に刺す必要はないのでは、と思っている。思っているだけで、まだ言わない。そう、まだ。とりあえずは初めて見るものだから様子見中なのと、それを言ってしまったらこの体験教室のもつ意味が限りなく薄れてしまいそうだからだ。
「にゃーーーーっ!?」
 チェルシーが奇声を発した。グランパが空を飛んでいる。葱を抜き刺ししながら。
 シルフィリアと月乃は他の多くの観客と同じようにぽかんと大口を開けて、グランパの勇姿を眺めてしまった。
「しまった、忘れてたよ!」
 ひとしきり眺めた後に月乃が何かを思い出し、慌てて酒を口に含んだ。かと思うと、彼女の様子を不思議そうにうかがっていたシルフィリアの顔面に向けて、勢いよくその酒を噴き出した。

●葱リスト候補生
 さて、体験教室は体験できるからこそ体験教室なのであって、このフライング葱体験教室もすべからく体験希望者を募るのであった。
『フライング葱に乗ってみたい人、手ぇ上げて〜っ!』
 しーんと静まりかえる会場。気まずい空気にグランパとヘモグロビンの表情が強張る。
 観客の大半は、尻に異物を刺すなどとんでもないと考えている。フライング葱に興味をもつ者もいないではなかったが、そんな自分が変だという事くらいはわかるので、明日から近所の人に指をさされながらひそひそ囁かれるなんて事態には陥らないよう、興味を発展させないように、必死で自分を押しとどめている。
 だから誰も手を挙げない。つまらん、と守国がぼやいた瞬間だった。
 燦然と輝かんばかりに、まっすぐ、一本の手が挙げられていた。
「はーいっ、僕、乗りた〜いっ♪」
 満面の笑みで、フライング葱に乗りたいと切望する自分を隠しもせず、とりあえず面白そうだからというそんな理由で己の尻を曝け出す決意を固めたのは、白井鈴(ea4026)。よかった、男だ‥‥ヘモグロビンが人知れず安堵している。
『鈴とやら。覚悟はよいな?』
「うん♪ 空を飛ぶっていうの、一度はやってみたかったんだぁ。自分の好きなように空を飛ぶのはちょっとした憧れだもん」
 空を飛ぶ。誰しも一度は見た事のある夢だろう。だがこんな手段で叶えなくてもいいだろうに。
「ワクワクするよ〜。‥‥それっ!!」
 グランパから刺しやすい体勢などの解説を受け、気合と共に、鈴は尻に葱を刺した。指の間から覗きつつ、ごくりと唾を飲み込むチェルシー。二度目のお約束用に酒を口に含む月乃。今度はくらうまいと盆を構えるシルフィリア。
 そして――
「はうう〜‥‥痛気持ちいい〜♪」
 一般的な感覚の持ち主だけでなく、グランパやヘモグロビンでさえ目が点になった。鈴は恍惚とした表情を浮かべ、時折身体をびくつかせながら、それでも器用に空を飛んでいた。
 しかし数分後。
「お母さん、あのお兄ちゃんなんで顔赤くなってるの?」
「しっ、見ちゃいけません!」
 こんな会話が観客から聞こえてきた頃。颯爽と出動した黒子班により、鈴は投網で捕らえられた。黒子の中にヴェニーが混じっていたと言う者もいたが真実はわからない。なぜなら黒子だから。黒子はそこにいてそこにいない、影の存在なのだ。

『他にはいないか!?』
 ヘモグロビンが声を張り上げる。後援である守国が見ている手前、もう何人かは挑戦してもらいたい所なのだが――
「はいはいはいっ!」
 次に元気よく手が挙がったのは、その守国の横、正確には守国の横にいる日乃太の横。何を隠そう、やゆよだった。
 先程とは比べ物にならないどよめきが会場を騒がせる。可憐な少女が尻を出してフライング葱を刺すというのか? と。
「普通のフライングブルームには普段から乗ってるんだ。でも柄にまたがって飛ぶからお尻が痛くなっちゃうんだ‥‥」
 前に進み出た彼女は防寒服を羽織る。足首につけられたアンクレットベルが、彼女の動きに従って音を奏でる。
「フライング葱を乗りこなせるようになれば、きっと無敵のお尻を手に入れられるはず! 普通の箒に跨るなんてお茶の子さいさい! 僕はフライング葱を乗りこなして、一日も早く立派な魔女になるよ!」
 言いながら彼女はグランパの差し出すフライング葱に手を伸ばす。しかしそこへヘモグロビンが割って入った。
『親父! 前にも言ったかもしれないが、女の子が尻に葱を刺すのはさすがにちょっとどうかと!』
『何を言うか! 神聖なる葱リストになるのに男も女も関係ないのである!』
『いやしかしだな、俺はこれから生まれてくる子が仮に女の子で、その子が葱を刺したいと言ってきたらと想像しただけで、滝のような涙を流したくなるんだぞ!!』
『そうなればまさに葱の申し子、我がカマバット一族の後継者に相応しい!』
 なんだか親子で盛り上がっているのだが、逐一通訳するコウもどうしたものか。
 ともかく早くフライング葱に乗ってみたいやゆよは、焦れに焦れて、グランパからフライング葱を拝借しようと動き出す。グランパはフライング葱を受け継ぐ者として相応しい資質について語るのに一生懸命で、やゆよの動きには気づいていない。このままでは女性がフライング葱を尻に刺してしまい、再び黒子が出動する事態とならざるをえない‥‥!!
「待ってください!」
 突然の叫び声に、会場中の視線が叫び声の主に集まった。日乃太が苦虫を噛み潰したような顔で立っていた。
「日乃太おにぃーさん?」
「‥‥もしあなたが本当にその葱に乗ったりしたら、僕は‥‥僕は、あなたを嫌いになりますから!!」
 守国は鎌倉の民に人気がある。守国の一の従者として、日乃太もある程度の人気と知名度がある。その日乃太の一種の爆弾発言は、会場全体を揺るがし、そして何よりもやゆよの顔面を蒼白させた。
「え、な、なんでっ? おにぃーさんは葱が見たかったんじゃないの!?」
「あなたが若様の口車に乗せられたんでしょうに。衆目の前で下半身をどうこうするような女性とは付き合えませんよ」
「そんなぁ‥‥やだやだぁ! そんなのやだぁ!」
 びしっと言い放つ日乃太に、泣きそうになって抱きつくやゆよ。もう彼女はフライング葱に乗ろうなどとは思わないだろう。‥‥多分。

 女性がフライング葱に乗らずに済んだ、とヘモグロビンが心安らいだのも束の間。今度はシルフィリアが、『胸に挟んでも飛べるんじゃないかい?』と言い出したから大変だった。
『両手両足が自由な状態で誰でも飛べるっていうのは凄い利点だとは思うけど、受け容れがたいのはやっぱり使い方だろうね』
『だからこそ葱リストとして選ばれる事は名誉であるのだが‥‥って、そうじゃなくてだな! やはり女性が葱に乗るというのは』
『そうそう。特に、ジャパン女性は慎み深く、素足を晒すのだって嫌がるって言うし、今のままじゃ難しいんじゃないかい?』
『女性であるという事自体が危険なんだが!?』
 シルフィリアはほんの軽い気持ちで提案、実行してみたいだけなのだったが、なまじ一般人の女性と結婚して微妙に常識が身についてしまったヘモグロビンにとっては、いっそ狂気の沙汰であるとしか思えない。
 チェルシーに声をかけてしまった為に渾身の一撃を受けて昏倒しているグランパの手から転げ落ちたフライング葱が、シルフィリアの足元に転がってきた。これはまさしくチャンスだとばかりに飛びつく彼女。しかしそれよりも早く、フライング葱は黒子に掻っ攫われ、ヘモグロビンに渡されたのであった。

●二人の葱リスト
 ぶわぉ〜、ぶわぉ〜。法螺貝を演奏する事にも徐々に慣れてきたのか、その音色は鎌倉中に響き渡った(かもしれない)。
 褌一枚で仁王立ちするチップの尻には、フライング葱。対する短パンいっちょのヘモグロビンの尻にも、フライング葱。
「八幡宮上空を一周して先に戻ってきたほうの勝ちとする。二人とも、用意はいいな?」
 葱リストとして競争を申し出たのはチップだった。ただし彼が相手として指定したグランパは、チェルシーの一撃でできた頭のたんこぶをリノルディアに見てもらう事に忙しかったので、この対戦カードとなった。観客達はもうどうにでもしてくれと言わんばかりの表情になっていたが、葱リスト達のそれは真剣そのもの。
 明言する。これは戦いではない。しかし勝負ではある。
 葱リストが己の生き様を、相棒たるフライング葱と、そして棟に同じ熱さを抱く仲間と、共に体現する為の。
「始めっ!!」
 守国の持つ扇が振り下ろされる。一斉にスタートする二人の葱リスト達。体勢を低く保ち風の抵抗を減らして、彼らは空を切る。無駄のない熟練の技に、観客席が今度ばかりは素直にどよめいた。不覚にも二人がかっこよく見えてしまったのだ。
 葱を操り、弧を描いて、彼らは建物の陰に消える。このまま彼らの帰りを待つしかできないのがもどかしい――その一瞬、確かに全ての観客がフライング葱に魅了されていた。