【看板息子】父の遺した刀
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■ショートシナリオ
担当:言の羽
対応レベル:6〜10lv
難易度:やや難
成功報酬:1 G 82 C
参加人数:6人
サポート参加人数:5人
冒険期間:01月10日〜01月13日
リプレイ公開日:2007年01月17日
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●オープニング
「いつも以上に活気があるな」
「年が明けましたからね。なんとなくでも、やる気がみなぎるってもんですよ」
「寒さも吹っ飛んじまいますね」
甘味処『華誉』の押しかけ居候、康太とその子分達十人のうちの二人は、頼まれて足りなくなりそうな食材の買出しにやってきていた。呼び込みをかける店員の声は冷たく澄んだ空気にはよく通り、これぞ江戸という雰囲気で、康太には心地よく感じられた。
けれどその心地よさに浸る間もなく、耳には騒動らしき音と野次が届いた。
「おらおら、何見てんだよ!」
集まる視線と人々を汚い言葉で蹴散らす、明らかな小悪党。一人ではない。三人か。共に着物の合わせがだらしなく乱れている。
――いや、四人だった。ひときわ無骨な男が、老人を引きずって店の中から出てきた。
「金は出してやるっつってんだろうが。その古ぼけた刀を俺様が買ってやろうってんだ、ありがたい話だろうがよ!」
鬱憤を吐き出すように老人を店の前の地面に投げ捨てる。老人は苦しそうに呻いたが、それでも両腕で抱えた一本の刀を放す事はなかった。
「それとも何か。爺、てめぇこの金じゃ足りねぇって、そう言いたいのか? ああっ!?」
「ち、違う! この刀は売れんのじゃ‥‥売り物ではないんじゃよ!」
老人を見下ろす男は苛立たしげに、草履を履いた足の爪先で地面を叩いている。はだけた着物の隙間から見える脚は筋肉が目立ち、万が一にも老人の痩せた体がその脚で踏みつけられてしまったなら、容易く骨の折れる音が聞こえてくるように思えた。
「預かり物なら奥にしまっとくもんじゃねぇのかよ! その刀は店先の一等目立つ所に置いてあったじゃねぇか!」
「これは、その、預けた者がそろそろ見に来る頃だからで‥‥」
「何だとぉ!?」
「ひぃっ!!」
男は今にも拳を老人に振り下ろしそうな勢いで、老人の胸倉を掴んでいる。小悪党どもが散らしきれない野次馬は結構な人数に膨れていたが、恐れからか誰も近づかない。遠巻きに事の成り行きを見守るだけ。
康太の子分達には老人を心配するだけの余裕があったが、考えなしに突っ込む事はできなかった。彼らは康太の顔色を伺っていた。なぜなら彼らは知っていたからだ。『華誉』を切り盛りする菓子職人の一人、勇二郎から、康太が言われた事を。
『覚えとけ。次はない。理由が何であってもな』
今度騒ぎを起こしたら、今度こそ追い出される可能性が極めて高い。長年の望みだった菓子職人への道を歩み始めた康太にとって、それは死刑宣告にも等しい。康太の気質ならば間違いなく老人を助けに行くのが通常であるし、康太が動くのであれば子分達はついていく事を躊躇わない。けれど気質と宣告とを天秤にかけた時、康太は動くのか動かざるのか‥‥。
「俺が無理言って頼んだんだ。流さないでとっといてくれっていうのも、時々見せてくれっていうのも」
やはりと言うか何と言うか。野次馬の輪から進み出た康太は、老人を助ける為、着実に近づいていく。
「久しぶりだな、利三。しばらく顔を見ないとは思ってたが、こっちに流れてきてたとはな」
「お? おうおう、誰かと思えば康太か。こんな所でてめぇに会えるなんざ、今日はなんてついてるんだ」
顔見知り同士の挨拶。しかしどこか棘が含まれている。利三と呼ばれた男はいやらしくニタついているし、康太の表情も険しい。相変わらず利三に胸倉掴まれたままの老人は、すがるような視線を康太に送る。
「俺はてめぇなんかと会いたくなかったぜ。相変わらず汚ねぇ真似しやがってよ」
「はっ、優しすぎるお坊ちゃんが。――言われてみればこの刀、確かに見覚えがあるな。お前がここ数年、ずっと持ってた‥‥あぁそうか。そのツラからするとこの刀、てめぇの親父の形見なんだな?」
「‥‥だったらどうする」
ニタつきは利三だけでなく、利三の取り巻きにも伝播していた。彼らの腰にはいずれも刀がぶら下がっている。対して康太と康太の子分達にはそんな物はないが、人数では勝っている。ここでぶつかれば、どうなるかはわからないが今以上の騒ぎになる事だけは必至だ。
もししょっ引かれたなら店にも迷惑がかかるだろう。康太は拳を握り締めた。
「なあ康太。俺はよ、いつかてめぇと決着をつけたいもんだと思ってたわけよ。ここで会ったが百年目、ガチでやり合おうじゃねぇか」
「っ!? 待て、利三!!」
刀を抱いたままの老人を肩に担ぎ上げ、取り巻きを引き連れ、利三は野次馬の輪を強引に抜けていく。
「街外れのボロ家。そこで待ってるぜぇ?」
ははははははっ、と、高笑いを聞こえよがしに響かせながら。
●リプレイ本文
●
出発前の打ち合わせには、『華誉』からやや離れた所にある酒場の片隅が使われた。
「で、要するに利三とはどういう関係なんだ?」
ふー‥‥と紫煙を吐き出してから空間明衣(eb4994)が問いかける。酒の勢いに任せる話ではないので、彼女の前にあるのは湯気の立つ湯呑であり、それは彼女に問いかけられた康太も同じ。
厳しい表情の康太は、席についてからずっと、卓上に乗せた両手を堅く組んだままだ。彼の頭の中で幾つもの案件がぐるぐると回っていて彼を悩ませている事は、誰の目にも明らかだった。問いかけに答えようとして、答えあぐねている様子だ。彼を慕う子分達は華誉に置いてきたのだが、そうして正解だったと、モサド・モキャエリーヌ(eb3700)は心配そうに明衣の話の続きを引き受けた。
「これは推測ですが‥‥相手は康太さんに何らかの恨みを持っているんですよね? となると、ただこらしめるだけでは、逆恨み的に康太さん、ないし、華誉に襲撃が来るのではないかと考えられます。――康太さんもそのように考えているのでしょう?」
「‥‥」
「話すのヤなら別にいーけどー?」
彼岸ころり(ea5388)が茶々を入れたりもしたが、答は、やがて、少しずつ語られ始めた。整理しながら、ひとつずつ。利三と康太は子供の頃から近所に住んでいたという事。二人ともが大将気質であったという事。大将が二人いれば自然とぶつかるという事。ぶつかった結果、勝利したのは康太だったという事。
「勝ったのは俺で、縄張りを勝ち取ったのも俺。俺の下に入るつもりなんかあるはずもない利三は、手下を引き連れて隣町に縄張りを移したよ。それからも何度か小競り合いしてたけどな‥‥俺がこっちに出てくるまでは」
つまりはそういう因縁だ、と康太は肩を落とした。
冒険者達は顔を見合わせる。やはり康太を連れて行かなければ、利三が引き下がりはしないだろう。
「わかりました。老人と形見の刀、必ず取り返しましょう」
依頼書の写しを読み終えたバデル・ザラーム(ea9933)が、それを懐にしまいながら言った。安心から康太はほっと胸を撫で下ろした――けれども、バデルの言葉はそこで終わりではなかった。
「ですが康太さん、貴方の話と仲間の話を考え合せますと、貴方は手を出さない方が良いようです。いえ出さないで下さい」
「‥‥何?」
「修行先の人から、二度と騒ぎを起こすなときつく言われているそうですね」
驚くと共に不思議そうな顔をする康太。しかし次の瞬間にははっとして、桐沢相馬(ea5171)とモサドを見やった。二人は茶をすすっている。
「勇二郎さんの言った事はその通り。約束は重い。そして例えどんな理由であれもう一度手を出してしまえば二度以上手を出すのも同じ事。貴方の過去が変えられない以上、これからも同じ事は何度でも起こりえます」
「‥‥」
康太は視線を落とした。どんなに目を逸らしても、過去は決して消えやしない。
「今回、貴方が冒険者ギルドへ依頼に来たのは賢い選択です。私達は専門家です。荒事は専門家にお任せ下さい」
正しい事ばかりをしてきたわけではないと、康太自身が一番わかっている。けれど幼い頃から抱いてきた夢を捨てる事もできない。夢の成就への道を繋いでいけるよう、より良い方法でできる限りの対処をしていくしかないのだ。
「では、申し訳ないですが、利三一味の気を引く陽動の為に同行をお願いします」
あんた達に任せる、と頭を下げた康太にバデルがそう頼むやいなや。ぺしんぺしんと明衣が康太の頭を何かで叩いた。受け取って見てみると、軍配だった。
「先を進む為にも過去は清算せんとな。貴殿が言いつけ通り手を出さずこの苦難を乗り切るという事は、そういう事だ。それを貸してやるから、利三の刀はすべて受けろ」
「ああ‥‥悪い。借りる」
康太はもともと、防具は持っていない。必要なかったからだ。武器は、父親が死ぬまでは家に転がっていた刀を適当に使っていたし、父親が死んでからはその形見の刀を使ってきた。華誉に入る時、当面の生活費を借りる為、質屋に預けてしまったけれど――
彼らは席を立ったその足で、華誉へ向かった。次は許さないと康太に宣言した張本人、勇二郎に、先に説明しておくためだ。事後に説明したのでは隠したようでよくないというのが、皆の見解だった。
「つまりは喧嘩しに行くんだろ」
説明を聞いた勇二郎の第一声は、想像通りだった。頭が固いというのではなく、康太に対する意地悪でもなく、「また、その道に戻るつもりか」‥‥目がそう言っている。
周囲には他の者も居る。康太の子分達。勇二郎の兄の栄一郎。兄弟の母であるこの店の女将。誰もが、程度の差こそあれ、勇二郎と同じ風に考えているようだった。彼らとてそう考えてしまう事を申し訳なく思っているが、一度足を踏み外した事のある者は、正しい道に戻ったとしてもまた踏み外しやすいもの。康太は神妙に、場の空気を受け止めていた。
「そうは言うがな、勇二郎。今回の件は、女に囲まれていた時のお前達と同じだ」
その空気を切り裂くようにして、突破口を開いたのは相馬だった。
「意に反して絡まれてるんだ。わかるだろう」
しかしこれには、勇二郎はふくれっつらでそっぽを向いただけだった。栄一郎が何度も頷いてはいたのだが。
勇二郎のそんな態度に苛ついたのか。相馬は勇二郎の鼻先で机を勢いよく叩いた。
「お前とて老人が絡まれていれば助けに入るだろうが!?」
「まあまあ‥‥」
このままではこの二人が喧嘩を始めかねない。すかさずモサドが止めに入った。
「ねえ、勇二郎さん。以前に相馬さんが言ったように、今の康太さんには、知り合いとの因縁をきっちりと清算することが大事だと思うんです。こうして筋を通しに来た康太さんを、信じてあげてくれませんか?」
「信じてって、あいつは――」
「ああもう、まだるっこしいねえ! 父の形見、父の誇りをそう易々と捨てられるものかいっ!?」
今度は痺れを切らしたシルフィリア・ユピオーク(eb3525)が机を叩いた。両側から凄まれる事になった勇二郎は額に脂汗を滲ませた。
●
「全員殺しちゃえば簡単なのにさー」
分銅をぶんぶんと唸らせながら、ころりは残念そうにぼやいた。場所は変わって既に町外れ。利三達が住み着いているボロ家もそろそろ見えてくるだろう。
「前にも言ったけどそれはダメだよ。康太さんの立場が悪くなっちまう」
「はいはい、わかってますよーっと」
物騒な物言いはシルフィリアに咎められるも、ころりは全く反省する様子もない。何が悪いのかもわかっていないかもしれない。依頼人である康太の立場が悪化すれば依頼事態が失敗になりかねないから、方針には従うけれど。
「ころりさん、それはそろそろしまってください」
バデルが声を落とした。ぼうぼうと生い茂る雑草の合間に、風が吹けば飛んでしまいそうな平屋が見える。
巻物を取り出すシルフィリア。しかしそこに記された魔法インビジブルは、一度念じただけでは発動しなかった。こちらも少々発動に手間取ったころりのブレスセンサーは、利三とその取り巻き三人の計四人が、全員ボロ家の中にいると教えてくれた。相手はごろつきといえど、人質がいる。油断は禁物と気を引き締めて、バデルにころり、シルフィリアは足をしのばせ、ボロ家に近づいていった。
‥‥残る者達は突撃の瞬間に備え、各々の手に武器を取る。
台所と戸口が一体になった狭い土間。続いて、畳敷きの一間‥‥外からうかがって、広く見積もってせいぜいが六畳ほどだと見当をつける。この季節だ、戸はすべて閉められていて当然なのだが、そこはボロ家。穴の開いた障子は覗き見にはうってつけで、目に自信のある者達にかかっては遠目にも中の様子が知れた。
「余裕ですね。誰が見張りに立っているわけでもない」
「でもさ、お爺さんの側には常に誰かがいるよね」
さすがに人質をほったらかしにするような馬鹿な真似はしないらしい。大黒柱に縛り付けられた老人は、飲食を許されていないのか、それとも暴行を受けたのか、ぐったりと力なくうなだれている。両腕は背中に回り、しっかりと抱いていたはずの刀は勿論、無い。
大方どこかに隠されているのだろう。そう結論付けて待機組の元へ一旦戻ろうとしたバデルところりの衣服を、姿を消したシルフィリアの見えない手が掴んだ。
「待っておくれよ。何か聞こえるんだ」
姿が消えているのを利用して、もっと近づく。声は徐々にはっきりと聞こえてくるようになった。
――来やすかねぇ?
――来るさ。間違いなくな。何度も見に来てたような物、他人にとられて黙ってられるわけねぇさ。
ちゃりちゃりという音も聞こえる。刀のつばを弾いて鳴らしているようだ。
「‥‥十中八九、刀は利三の腰にあるね」
「ふーん。じゃあ殺して奪えば簡単だよね?」
「だから、それはできないんです」
欲しかった情報はあらかた得る事ができた。あとは戻って仲間に伝え、襲撃のタイミングを図るだけ。
●
正面から向かったのは、康太をはじめ、明衣に相馬にモサド。康太は明衣から借りた軍配を左手に、シルフィリアから借りた十手を右手に、今にも外れてしまいそうな木戸をやや乱暴に開けた。
「利三! 出てこい!」
舞い上がる埃。一行は一瞬顔をしかめたものの、奥に利三達の姿を認めて目を瞬いた。
「よう康太。お目当ては爺さんか? それとも親父さんの形見の刀かぁ?」
「‥‥両方だ」
「なるほどなるほど、その為の後ろの奴らか」
利三は卑しい笑いを浮かべながらゆらりと立ち上がる。呼応して、取り巻き達が刀を抜く。康太も構えたが、その手に刀が無い事に気づくや、利三達も何かを察したらしい。今まで煮え湯を飲まされてきた康太に、逆に飲ませてやる絶好の機会だとばかりに畳を蹴った。
互いの距離が縮まるのを阻むのは、畳と土間との段差。利三達が飛び降りようとするそのわずかな時間の余裕に、相馬が、康太の前に躍り出る。十手が金属音を響かせて、しっかと刀を受け止めた。
「この程度か‥‥。今度はこちらから行かせてもらうぞ!」
仕事を与えられた相馬の刀。ひゅっ、と空を切り、そのまま主たる相馬へ刃を向けた者に傷を負わせ、血を噴かせる。敵の攻撃を受け止めておいて、その隙をつき反撃に出る。
もう一人、仲間がやられては放っておけぬと、取り巻きの男が飛び降りざまに明衣の頭上を狙った。
「見切れるかな?」
「何‥‥!!」
片手でも空いていたら、いつものように紫煙をくゆらせていたに違いない。彼女もまた左手の十手で攻撃を受け止め、お返しに鞘から素早く刀身を引き抜いた。易々と見切れる動きではない。咄嗟に体を固くした男の首元を切っ先がかする。
「こいつら、ただもんじゃねぇぞっ!?」
「康太、貴様ぁ‥‥」
余程、自分達の技術に自信があったのか。それとも康太が連れてくる助っ人など取るに足らないと考えたのか。
どちらにしろ、利三は己の浅はかさを悔やむどころか、康太を逆恨みする勢いで奥歯をきしませている。
「安心しな、利三殿。お前さんの相手をするのはあくまで康太殿だ。私達は邪魔が入らないよう、助太刀させて貰うだけさ」
一拍置いてから進み出た明衣も、軽やかに刀を素振りする。
その太刀筋に恐れをなした利三の取り巻きの一人が、くるりと背を向けた。彼は捕らわれの老人に最も近い所にいた。わかりやすい行動だった。老人を盾にするつもりだったのだろう。けれど彼らの意識が康太達に向いている時間は短いようでいて十分に長かったのだ。老人が繋がれていた場所には切れた縄が落ちているだけで、その縄よりも先に男が見たものは、屈託ない女性の、文字通り輝く笑顔だった。
「ぎゃあああああっ!」
「んん? これでオチないなんて、結構しぶといね」
ころりの身を包む雷は、彼女が手に持つ、男に巻きつけた鎖を通して男に伝わっていく。男は肌を焼かれながらも膝をつくだけにとどまり、今度はかんざしの先端に首筋を狙われる。
「ちょーっとでも動いたら‥‥面白いコトになっちゃうよー?」
「皆さん忘れないでくださいよっ!? 命を奪うつもりは私達にはないんですからねっ!?」
後方から、慌てたモサドの切羽詰った確認が入る。腕の差を見せつけて黙らせようとしている相馬に、「きゃははは♪」とさも愉快そうに笑うころり。明衣は動きで相手を翻弄するなど気をつけてはいるようだが、刀の切れ味が鋭すぎる。相手も意地になってがむしゃらに向かってくるものだから、殺さないように押さえつけるのはなかなか難しいらしい。
となれば、なるべく早くカタをつけるべきだ。前に出る為の能力を持たないモサドは、祈るような気持ちで、利三の――いや、父の刀を受け止め続ける康太の背中を見守る。彼が傷ついたなら自分の出番だと思って待機しているが、そんな出番は来ないほうがいいに決まっている。
甲高い口笛の音が、外から響いてきた。利三達は何事かと顔を上げたが、冒険者達と康太はわかっている。バデルが老人を安全な所まで連れ出した、その合図だ。
「返し‥‥やがれええええっ!!」
勝機を感じ取って、康太が踏み込んだ。軍配で受け止めていた利三の刀と押し合い、ついには押し戻す。踏ん張りきれなかった利三は転倒した。勿論、利三はすぐに体を起こそうとしたのだが、その眼前にシルフィリアが木剣を突きつけた。
「いい加減にしときな。この期に及んでまだ判らないのかい? あんたが如何に甘ったれてるかって事にさ」
「なんだとこのア――」
「ア‥‥何だって?」
木の剣と侮り、まだ吼えようとした利三。そこへ更に明衣が刀を突きつけた。
「こちらは片付いたのだがまだ続けるのか?」
にやりとする彼女の後ろでは相馬の刀が風を切り、ころりの分銅が唸っている。少しすればバデルも戻ってくるはずだ。
それでもなかなか折れなかった利三の体には無理矢理鎖が巻かれ、気を失うまで痺れさせられる事となった。
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「空間明衣の名において、彼が手を出さなかった事を誓おう」
「そうですね、康太さんは転ばせただけです」
「人として成すべき事を成し遂げたんだよ」
「殺せなくてつまんなかったけどねー」
各人から順番に証言されて、勇二郎は人差し指で頬をかいた。複雑そうな表情をしている。
「あー‥‥康太」
「何だよ」
数多くの攻撃を受け止めた康太。それでもできてしまった些細な傷はモサドに治してもらったものの、心配していた子分達に囲まれてその相手に手間取っており、勇二郎の呼びかけにはぞんざいに返した。
「‥‥‥‥取り返せたのかよ。親父さんの刀」
散々口をぱくぱくさせた後に出てきたのは、そんな康太への、勇二郎からの、精一杯の気遣いだった。
康太は照れくさそうに、それでいて喜びを隠し切れずに、高く高く、父の刀を掲げた。