【街角冒険者】床下のみけにゃんこ
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■ショートシナリオ
担当:言の羽
対応レベル:1〜5lv
難易度:やや易
成功報酬:0 G 80 C
参加人数:8人
サポート参加人数:1人
冒険期間:01月23日〜01月28日
リプレイ公開日:2007年01月31日
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●オープニング
江戸の街の一角に、老舗の呉服屋さんがあります。
その呉服屋さんの名前は『鈴乃屋』といいます。鈴乃屋は現在、若旦那夫婦が切り盛りしています。せっせせっせと夫婦が一生懸命に働くのは、鈴乃屋が好きだから‥‥だけではありません。彼らの可愛い一人娘、もうすぐ6歳になる小鈴を、しっかりと育てていくためでもあります。お金が必要なのもそうですが、自分達の働く姿を娘に見てもらいたいというのが、その理由のようです。
◆
さて。
小鈴はたいてい、昼間はひとりで遊んでいます。ひとりといっても寂しくはありません。人見知りの激しい小鈴には同じ年頃のお友達は残念ながらいませんが、たくさんのお人形達と一緒だからです。最近では、近所のしばわんこも裏口から鼻先を突き出して覗き見しています。けれどもそのしばわんこは大人で体も大きく、小鈴には怖く感じられてしまうのです。小鈴とそのしばわんこが仲良く遊ぶには、まだもうちょっとかかるでしょう。
今のところは、縁側にお人形さん達を並べ、皆に見てもらいながらお庭で遊ぶのが、小鈴の遊び方なのです。
事件は、ぽかぽか小春日和のとある日に起きました。
おままごとをしていた小鈴は、お人形さんの前に置いておいた煮干がなくなっている事に気がつきました。おうちで働いている使用人さんに頼んで分けてもらった、お人形さんのご飯になるはずの煮干です。お味噌汁のダシをとるための物で、お人形さんには丁度良い大きさだったのです。
着物の袖に引っ掛けて落としてしまったのかと、小鈴は縁側の下を覗き込みました。奥のほうの暗い所で、ふたつの何かがきらりと光りました。
ビクッとして驚いたので一旦体を引いてしまいましたが、煮干があるのかないのかを確認しない事には、おままごとが続けられません。小鈴は意を決して、もう一度縁側の下を覗き込みました。今度はやっつの何かがぎらぎらっと光りました。
何か恐ろしいものを見てしまった。そう感じた小鈴の両目には、ぶわっと涙が浮かびました。でもそれがぽろぽろ零れ落ちる直前になって、縁側の下からは「にゃ〜」と聞こえてきたのです。
そうです。光ったのはにゃんこのおめめだったのです。
涙なんてあっという間にどこかへ行ってしまった小鈴、三度目の正直で覗き込んでみると、段々と目が慣れてきた事もあり、にゃんこの体の形がぼんやりと見えました。
ちょっと嬉しくなったので、庭のその辺から引っこ抜いてきた雑草を縁側の下に突っ込んで、パタパタと振ってみました。にゃんこのしっぽもパタパタと揺れているのがわかりました。
でも、にゃんこ達は出てきてくれません。小鈴はにゃんこ達と遊びたくなったのに、出てきてくれません。
夜になってから、にゃんこ達はなんで出てきてくれないのか、お父さんに聞いてみました。
「そうだねえ‥‥小鈴を、というよりは、人を恐れているのかな。もしかしたら以前に、人からいじめられた事のある猫なのかもしれないよ」
いじめと聞いて、小鈴はとても悲しくなりました。にゃんこ達がかわいそうに思えてきました。そして、もっともっと、一緒に遊びたくなったのでした。
●リプレイ本文
●
「小鈴さん、にゃんこさんが心を開いてくださるとよいですね」
小鈴に心を開いてもらおうと、溢れんばかりの笑顔を振りまいたのは桜あんこ(ea9922)お姉さん。でも、小鈴はささっと襖の陰に隠れてしまいました。
「うーん‥‥意外と手ごわいですね」
「ならば今度は私が」
ちょっと困った様子のあんこお姉さんに代わって前に出てきたのは、依頼の成功のために仕方なくという風を装う、小鳥遊郭之丞(eb9508)お姉さんです。本人はにんまりとしそうな口元を何とかまっすぐにしているつもりでいますが、全くできてません。どこか嬉しそうにしながら、小鈴の隠れている襖に自分も隠れてしまいました。
「小鈴‥‥いい物を見せてやろう」
逃げ去ろうとする小鈴を手招きしつつ取り出したのは、くまさんのぬいぐるみでした。ぱっと表情の明るくなった小鈴を見て、郭之丞お姉さんはしてやったりと思いました。
「コホン‥‥。これは私と小鈴だけの秘密だぞ? 私の友達のくまごろだ」
「くまごろ‥‥」
「そうだ。くまごろは小鈴とも友達になりたいと言っておる」
「小鈴も‥‥小鈴もくまごろとお友達になりたい‥‥!」
くまごろを一目で気に入った小鈴は、おめめをきらきらと輝かせてお願いしました。そんな小鈴に、郭之丞お姉さんはめろめろになってしまったみたいでした。
しばらくして、二人は襖の陰から出てきました。郭之丞お姉さんと小鈴は手を繋ぎ、小鈴の腕にはくまごろが抱かれていました。
「おや、そのぬいぐるみはどこから?」
目ざとくくまごろを見つけた伊勢誠一(eb9659)お兄さん。細い目をもっと細くしながら郭之丞お姉さんに問いかけました。
「さ、さあなっ! くまごろが一体どこから出てきたのかなんて私にはさっぱり――」
「くまごろという名前なんですか」
「っ!? いいいいやだから、くまごろは決して私の友達ではなくっ!」
郭之丞お姉さんはあっという間に、耳どころか首まで真っ赤になってしまいました。自爆です。盛大な自爆です。小鈴だけはきょとんとして郭之丞お姉さんを見上げていますが、他の人は皆、「ああそうなのか」という生ぬるい視線を送っています。
「‥‥元気、出して」
「な、なぜ私が元気を出さなければならんのだ!?」
くまごろを「友達ではない」と言ってしまって自己嫌悪に陥った郭之丞お姉さん。瀬崎鐶(ec0097)お姉さんが無表情のまま、そんな郭之丞お姉さんの肩をぽむ、と叩きます。それでも郭之丞お姉さんの混乱は収まるどころか、ますます大変な事になっていくばかり。ご主人様の狼狽振りに、飼い猫であるとらちもにゃーにゃーと騒ぎ出してしまったのでした。
●
とりあえず皆は、縁側にずらーっと並んでみました。一度に大勢で床下を覗き込んだら、にゃんこ達がびっくりしてしまい、尚更出てこなくなるだろうと考えたからです。
「こういう風に隠れてしまうと、にゃんこはなかなか出てこないんですよね〜」
と言いながら、縁側に居ながらにして床下を逆さまに覗き込んでいるのはレラ(eb5002)お姉さんです。「困りましたね〜」とそのまま暫く逆さまになっていたので、頭に血が上ってくらくらして、最終的には誠一お兄さんに引っ張り上げられていました。
「何とかして、にゃんこさん達が自ら出ていただけるようにしなければなりませんわね。無理矢理引きずり出すわけにはまいりませんもの」
人間サイズの湯呑は、まだ子供のシフールであるラン・ウノハナ(ea1022)お姉さんの手には大きいようですが、それでも両手でしっかりと支えて、湯気の立ち上る緑茶を味わっています。ふーふーふーふー、人一倍の息を吹きかけてお茶を冷ましているのはご愛嬌です。
では‥‥と、庭に下りてから改めて床下を覗き込んだのは郭之丞お姉さんでした。郭之丞お姉さんは目がいいのです。自分なら暗いところも結構よく見えると、とらちをあんこお姉さんに預けて、いざ!
「どうでした?」
「‥‥ふしゃー! ってされた‥‥」
がっくりとうなだれる郭之丞お姉さん、さっきから踏んだり蹴ったりなのでした。
一番手はレラお姉さんです。お姉さんは台所から七輪を借りてきました。炭に火をつけ、それから魚屋さんで買ってきた新鮮なお魚を数匹、網の上に乗せました。団扇も借りてきて、煙とにおいが床下に届くよう、ぱたぱたと扇ぎます。
「にゃんこが出てきますように〜。にゃんこが出てきますように〜」
いいにおいです。特に味付けをするわけでもなく、ただ焦がさないように焼いているだけなのですが、大根おろしと白いご飯がほしくなります。お醤油もいるでしょうか。
「にゃーん!」
にゃんこもたまらなくなったのでしょう。かけ声一発、すっ飛んできて、お魚を一匹かぷりとくわえていきました。
「今です、捕まえ‥‥って、この子は」
庭の隅の茂みの側でうずくまり、程よく焼けたお魚を食べているのはとらちでした。
怒っても仕方ありません。とらちもにゃんこですから。レラお姉さんは、もっとたくさん扇がなければ、と七輪に向き直りました。そして、肩を落とす事になりました。とらちに気が向いているその隙に、床下のにゃんこ達が七輪の上の魚を根こそぎかっぱらっていったのでした。
二番手、あんこお姉さんの挑戦です。買ってきた煮干を床下に程近いところにばら撒くと、こそこそ茂みに隠れました。にゃんこ達はお魚を食べたばかりですが、果たして出てきてくれるでしょうか。
(「‥‥来ました!」)
周囲を警戒しながら現れたのは、子にゃんこ1匹。よちよちよちよち。あまりの愛くるしさに体が震えてくるあんこお姉さん。声を出して逃げられてしまったのでは元も子もないと、叫びだしそうな口元を、必死になって手で押さえています。よちよちよちよち、子にゃんこが近づいてきます。
(「ああ、みけにゃんこなんですね‥‥っ」)
可愛すぎるので感動していると、気がつけば、子にゃんこも煮干も、すっかり消えてなくなっていました。
再び、皆で縁側に並んでみました。
「冷えては何です、如何ですか?」
台所を借りていた誠一お兄さんは、湯気の立つ甘酒を持って戻ってきました。春に向かっているとはいえまだまだ寒い今日この頃。風邪を引かぬように、そして幼い小鈴でも飲めるようにと、わざわざ持ってきてくれたのです。
でも一方で自分用には熱燗を用意しているのですから、ちゃっかりしています。しみじみと杯を傾ける仕草は、なかなか堂に入っていますけれど。
「‥‥うまくいかないものだね」
「でも、可愛かったですね。あれなら里親になってくれる人も見つかるのではないかしら」
先ほどからずぅーっと文机に向かって何かを書いていた鐶お姉さんは湯呑で手を温めながらぼやきましたが、カーラ・オレアリス(eb4802)お姉さんは嬉しそうに微笑みました。
「もし里親が見つからない場合には、ランが1匹引き取りたいと思いますの。家族を引き裂いてしまうのは可哀想ですが‥‥人の世界にお招きするのですかし、ちゃんと最後まで責任を持ってお世話しなければなりませんからね」
やっぱり湯呑をふーふーしながら、ランお姉さんが言いました。慈愛の神に仕える人らしい言葉です。横で同じくふーふーしていた小鈴は、そんなランお姉さんのまっすぐな目をじっと見つめて、何やら考えている風でした。
「飼ってみますか?」
小鈴の様子の変化に気づいたのは誠一お兄さんでした。
誠一お兄さんの提案に小鈴は、彼女の腕の中にいるくまごろと初めて出会った瞬間と同じ瞳をしていました。お兄さんは杯を置くと、小鈴の正面に正座で相対しました。
「けれど、ランさんもおっしゃっているように、最後まで責任を持たなければなりません。生き物を飼うという事はそういう事ですよ」
「責任‥‥」
「小鈴ちゃんが迷子になったとします。助けてくれた人がいたとして、お家まで送ってくれずに、途中で置いて行かれたら悲しいでしょう? 今回の猫も同じです。可哀相に思うなら最後まで世話をしてやらねばなりませんよ」
「‥‥最後って、いつ?」
「死ぬまでです」
「誠一さま!?」
叫んだのはランお姉さんです。けれど誠一お兄さんは糸目のまま表情を変える事なく、軽く手を上げてランお姉さんや、今にもお兄さんの口を塞ぎそうな他のお姉さん達を制しました。
「生き物の世話は大変な事です。餌や厠の世話もあれば、餌代等もかかります。可愛い、遊びたい、‥‥そんな軽い気持ちで出来るものではありません。それでも面倒を見ると言えますか?」
難しいお話です。一方で、大切なお話でもあります。それはわかるし、小鈴も真剣な顔をしているので、お姉さん達も引き下がりました。
すぐには答えが出るはずもありません。ですがにゃんこ達を床下から出すには、まだ時間がかかるのです。それと同じだけの猶予が、小鈴には与えられたのでした。
三番手――に誰がなるかは、簡単には決まりませんでした。
「考える事は同じですわね‥‥」
「‥‥そうだな」
焼き魚に煮干ときて、更に煮干案が。確かににゃんこはお魚大好きですが、おなかがいっぱいになってしまっては見向きもしてくれない可能性があります。
そんなわけで路線変更です。煮干をしまったランお姉さんが次に取り出したのは、自作のねずみのお人形でした。かなりの出来栄えです。
「にゃんこさんは揺れる物がお好きと聞いたので、物は試しですわ」
その辺に落ちていた木の枝に紐を結び、紐の先にはねずみのお人形をくくりつけて、準備完了です。
「まいります!」
シフールなので、ランお姉さんの体は小さくて、床下にもすんなりと潜り込む事ができました。ただし這うように進まなければいけないので、あまり自由には動けないのですが。
にゃんこのおめめは暗いところではよく光ります。おかげで親子にゃんこはすぐに見つかりました。ぎりぎりまで近づいてから腕を伸ばして棒を振り、紐の先のねずみをそれっぽく動かすと――手ごたえありでした。
「うふふ♪ まずは一匹ですわー♪」
床下から出てきたランお姉さんは、ふりふりひらひらのお洋服に土と埃と蜘蛛の巣をくっつけたまま、満面の笑みを浮かべて子にゃんこを抱っこしていました。ふにゃふにゃ肉球のにゃんこぱんちを「羨ましくなんかない!」と心中で羨ましがったのは誰だったでしょうか。
動く物という糸口を見つけたあんこお姉さん。鞠なんていいかもしれないと思いつきました。でもお姉さんは鞠を持っていません。市に行けば売っているだろうとお財布の中身を確認していると、小鈴がと近寄ってきました。不思議そうな顔をしていたので、お姉さんは「鞠を買ってこようと思っているんです」と教えてあげました。
「鞠なら‥‥小鈴が持ってる‥‥」
小鈴は極度の人見知りですが、最近、冒険者とはいい人ばかりだという認識を持つようになっています。その冒険者であるあんこお姉さんになら貸してあげてもいいと思ったので、小鈴は自分の部屋から鞠を持ってきてお姉さんに手渡しました。
「ありがとうございます、小鈴さん」
お姉さんがにっこり笑ったので、小鈴もにっこり笑いました。
鞠にはやっぱり紐がつけられました。床下に入れないあんこお姉さんは、紐を持っておいて、鞠だけ転がし入れました。「にゃ」という声が聞こえました。いい反応です。ちょこっと引っ張ってみました。何となくですが、いい感じがします。
「えーいっ!」
思い切って、最後まで紐を引っ張りました。2匹目の子にゃんこが釣れました。――と、喜んだのもつかの間。もっと喜ぶ事になりました。子にゃんこのしっぽに母にゃんこがくっついていました。子にゃんこを止めようとしたのかもしれません。
すかさず行動を起こした人達の手で、にゃんこはしっかりと抱き上げられました。残りは一匹です。
「どうした、とらち」
最後はやはり煮干だろうと用意していた郭之丞お姉さんの足に、とらちがすりすりしました。誉めて、と言っているようでした。なんと最後の子にゃんこをくわえていたのです。あんこお姉さんのお魚を食べてしまったとらちですが、これで面目躍如です。
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「子猫?」
『華誉』という甘味処を訪れたカーラお姉さんは、外を掃いていたお店の人に話を切り出しました。
「はい♪ 里親になってもらえないかと思いまして。ねずみも捕ってくれるし、とっても可愛いんですよ♪」
「猫は嫌いじゃないんだが‥‥」
渋るお店の人。と、お店の奥のほうから、どがっしゃんっ、と調理器具が床に落ちる音が盛大に響いてきました。
――何度言ったらわかんだよ!? これじゃ焦げちまうだろうがっ!
――強火で手早く、に挑戦してみるんだって先に説明しておいたじゃねえかっ! 何聞いてんだ!!
「‥‥あいつらで手一杯なんでな」
ため息をつきながらそう言われたのでは、カーラお姉さんも引き下がるしかありませんでした。
「――と、いうわけなんです」
戻ってきたカーラお姉さんはちょっぴり凹んでいました。鈴乃屋で働いているセレナお姉さんにも話をしたのですが、居候の身だからと断られてしまったのです。これはもっと手広く行かないと、里親は見つからなさそうです。
庭に視線をやると、子にゃんこ達と戯れる若者達の姿が見えました(そのうち一人は体裁を気にしすぎて遠巻きに眺めているだけですが)。まだまだ警戒を解かない母にゃんことどうにかして心を通わせようとしているのはあんこお姉さんです。ぱんち、きっく、挙句の果てには頭の上に乗られて、それでも諦めずに、母にゃんこを抱きしめようとします。
「恐がらなくても大丈夫ですよ、大丈夫です、大丈夫です」
その様子をちらと盗み見る小鈴に、誠一お兄さんは声をかけました。
「どうするか決めましたか」
「うん‥‥一緒に暮らしたい‥‥」
満足げに頷いたお兄さんは小鈴の手をとりました。小鈴の両親の所へ、にゃんこを飼いたいとお願いに行く為でした。
母にゃんこと子にゃんこ1匹。それが小鈴の許された限界でした。他の子は、皆で駆けずり回ってどうにかこうにか、引き取ってくれる人を見つけました。
「‥‥猫を育てるなら飼い方を知らないとね。これ、僕が作ったから拙いけど」
郭之丞お姉さんのくれた毛布と木箱で寝床を作る小鈴に、鐶お姉さんがなんかすんごい量のまにゅあるをくれました。ずっと書いていたのはこれだったようです。育て方まにゅある全6巻+別冊。子供向けに平仮名と易しい言葉と絵を多用した、見た目にも渾身の一作です。
「本当は動物を扱ってくれる医者の事も書こうと思ったけど、そこまで情報判らなかった」
不覚だねと言う鐶お姉さんに、小鈴はふるふると首を振りました。正座して、ぺちょんと頭を下げる彼女の手には、ランお姉さんのくれた、新しいにゃんこ人形がありました。