若様ともう一人の若様

■ショートシナリオ


担当:言の羽

対応レベル:11〜lv

難易度:やや易

成功報酬:3 G 80 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:03月01日〜03月06日

リプレイ公開日:2007年03月10日

●オープニング

 鎌倉の中心といっても差し支えのないように思われる、鶴岡八幡宮。年末年始のごたごたもひとまず落ち着き、若き神主である大伴守国(通称:若様)がのんびりと茶をすする余裕も出てきた。
「つまらん」
 至極真面目で真剣な顔つきで、守国は言い放った。
「しばらくはこれといった祭事もない‥‥つまらん。これでは息が詰まるぞ、日乃太!」
 誰に言い放ったのか。彼に仕える小姓の日乃太に、である。
「あなたはおとなしく雑務をこなしていてくださればそれでいいんですが」
「生きている以上は楽しく。そう思い、実行しようとする事の何が悪い」
「その実行とやらの内容によっては考慮しますがね」
 要するに、やる事がないわけじゃないけど暇なんだよね、という状況なのであった。

 だがそれも、昼過ぎに訪れた訪問者によって、一変した。
「なんと嘆かわしい‥‥こんな輩が、わが鎌倉藩の誇る鶴岡の頂点に立っているとは!!」
 その男の名は雉谷長重。鎌倉藩を治める細谷家に仕えている武士である。年齢は三十路に入ったところ。体の線がやや細い守国に比べ、がっしりとした体つきと常に見開かれているような双眸が特徴である。
「何用ですか、雉谷殿」
 なぜか微笑みながら守国が問うと、雉谷は平手で畳を打ち、その音は部屋中に響いた。
「私が参拝してはいかんというのか!」
「誰もそんな事言っていませんよ」
 暑苦しい。守国の後方に控えつつ、日乃太はそんな風に思った。
「ふん‥‥まあよい。確かに参拝を目的として訪れたのではないからな。これを受け取れ」
 差し出されたのは一通の書状。表書きはない。開いて読んでみると――
「相撲大会のお誘いねぇ」
「いかにも。我ら臣下の者の心身向上の為、若様が考案してくださった」
「‥‥ああ、そちらの若様」
 影は薄いものの、鎌倉にはもう一人、若様と呼ばれる者がいる。細谷家の嫡男である細谷一康、齢十五。つまりは次期鎌倉藩主なのだが、守国が色々と派手な事をしでかすので、現藩主ともども民の覚えは薄い。
「何を言うか! 一康様こそが鎌倉の若様である! なのになぜおぬしが若様と呼ばれ慕われておるのだ、おぬしが民を惑わしておるのだろう!?」
「相変わらず面白い考え方をなさるお人だ、あなたは」
 今度は微笑ではなく満面の笑みを浮かべて守国は、喜んで当日に伺うとの返事をした。

「で、本当のところは?」
「判もある、一康殿の直筆だろう。一康殿に盲目的なあの雉谷殿が一康殿の書を捏造するはずもない。相撲大会は確かに一康殿の考案で、細谷家臣下の武士の相撲を見に来ないか、という‥‥要するに観戦の誘いだ」
「‥‥その顔、何か企んでますね」
「先に企んだのは雉谷殿だ。恐らく、私やおまえを大会に参加させてぼろぼろに打ち負かし、恥をかかせる算段なのだろう。その場で参加を促されれば断りにくいしな」
「わかっていて、なぜ受けたのですか」
「楽しめそうだからに決まっているだろう? さあ、私の代わりに相撲を受けて立ってくれる者を募らないとな」

●今回の参加者

 ea0282 ルーラス・エルミナス(31歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea3054 カイ・ローン(31歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea3597 日向 大輝(24歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb3525 シルフィリア・ユピオーク(30歳・♀・レンジャー・人間・フランク王国)

●リプレイ本文


 鎌倉藩藩主を務める細谷家の屋敷は、門の外からでもわかるほどに賑わい、熱気に溢れていた。次期藩主たる嫡男一康の呼びかけで相撲大会が開かれるのだから、さもあらん。この機会に一康とその世話係である雉谷長重の覚えをめでたくしようと、結構な人数の臣下の武士が集まっていた。
「ごっついのを厳選して待ち構えてるだろうとは想像してたけど‥‥これは」
 体をほぐしている者達から湯気が立ち上っている事に気づき、日向大輝(ea3597)はごくりと喉を鳴らした。今回自分達冒険者が集められた経緯からして、雉谷は大会の参加者を臣下の中から選りすぐっていると考えていた。だが、どうもそうではないようだ。選りすぐらずとも、己に自信のある者が自分から志願したからこその、この人数なのだろう。
「ふむ、さすがにいい体つきの方が多いですね」
 ルーラス・エルミナス(ea0282)が赤いサーコートを脱ぎ畳みながら、大輝の独り言に呼応した。招かれた依頼人の同行者としてふさわしい姿をとコートを着用してきたが、観戦者の席は会場である庭に臨んだ部屋、つまり屋内にあり、外衣を纏い続けるわけにもいかない。
「騎士としての模擬戦は、経験した事がありますが、相撲大会は、初めてです。と言いますか、相撲自体が初めてですが――」
 なるべく早いうちにルールを覚えてしまわないと。ルーラスは改めて気を引き締めた。依頼人達が試合に誘われた場合の身代わりを引き受けているのだ。身代わりとして前に出た時に、まともに試合ができないようでは意味がない。早速、本番前の肩慣らしをしている男達のやり取りをじっと見つめ始める。
 そんな時だった。観戦部屋まで案内してくれた使用人が、シルフィリア・ユピオーク(eb3525)に頼まれて、立派な杯を運んできたのは。
「いつの間に‥‥どうするんですか、それ」
「相撲って神事なんだろ? お神酒さ、お神酒」
 依頼人の従者たる日乃太が怪訝な顔つきながらも小声で問えば、シルフィリアはそう答えた。彼女の本日のお召し物は、巫女装束である。試合に臨む者へ、清めとして一献ずつ差し出すつもりのようだ。
「それは客のすべき事ではないでしょうに」
「いや、女っ気があれば彼らとて喜ぶのではないか? シルフィリアの言う事にも一理あるしな。後ほど一康殿に確認をとればそれでいいだろう」
「さすが若様、話がわかるねぇ♪」
 若様と呼ばれた者こそが今回の依頼人、鶴岡八幡宮の若き神主、大伴守国である。テンションの高いシルフィリアを横に置き、閉じた扇の先でぺしぺしと頭を叩いてくるこの若様に、日乃太の堪忍袋の尾に早くも切れ目が入った。
「怪我の心配だけでなく、酔い覚めも準備しておいたほうがいいかな」
 医者として一面を持つカイ・ローン(ea3054)が、八幡宮から持参してきた薬箱の蓋に片手を乗せる。警護としての役目も担っている彼の手は、必要ならば薬箱の隣に横たわらせた槍をとるだろう。そうならなければいいとは思う。
 ドン、と太鼓が鳴った。ドン、ともう一度。腹に響く音に振り返れば、羽織袴の質からして異なる少年が登場していた。庭で慣らしをしていた男達が一様に膝を折り、頭を下げている。この少年こそが、細谷一康その人。面を上げよと彼が言えば、庭の男達は言われたとおりに動いた。
(「‥‥少し細いか?」)
 大輝は失礼のない程度に控えながらも、一康を見定めようとしていた。武人を統べる者としてはひ弱すぎやしないだろうか。一康は体つきだけでなく目も細く、まるで糸のようだが、同じ糸目である狐のような狡猾さが感じられるわけでもない。むしろ一康の後ろにいる雉谷らしき人物のほうが、武人らしい武人といえるかもしれない。
 守国と目の合った一康は、守国のすぐ前まで歩いてきて頭を下げた。そしてそのまま腰を下ろす‥‥正座だ。
「このたびは楽しそうな集いにお招きいただき感謝しておりますよ、一康殿」
「こちらこそ、お忙しい中いらしてくださり、ありがたく思っております。鶴岡の方が見ておられるとなれば、参加する者達の励みになりましょう」
 雉谷はふんと鼻を鳴らしているが、一康は実ににこやかに挨拶を述べる。内容は社交辞令と言えなくもないが、本心から述べているように感じられる。
 この人はいい人だ。冒険者達はそう認識した。
「時に一康殿。ふたつほどお願いが」
「何でしょうか?」
「ひとつは、この娘が清めの酒を皆に配る許可を。そしてもうひとつは、この少年が大会に参加する許可を」
 シルフィリアと大輝が一礼する。
「振舞い酒でしたら喜んで。けれどそちらの方は――申し訳ないが、怪我をされても責任をとりかねます」
「ご心配なく。医術の心得ある者も連れてきましたのでね。それに、これでも貴方と同じ年の頃ですよ」
「『これでも』ってなんだ、『これでも』って!!」
「落ち着いてください、大輝殿」
 一康と守国の会話に乗り込む勢いの大輝を、ルーラスが背後から羽交い絞めにする。五十センチ近くもある大輝とルーラスの身長差によって大輝の背の低さが一層際立つ事となり、一康や雉谷だけでなく、大会の参加者達からも、失笑を買う結果となった。


 参加人数の都合から、庭を二つに分けての同時進行となった。勝ち抜き戦ではなく、希望者は何度でも前に進み出ればよいという事だった。
 着物の上半分をはだけて火照った体を晒し、履物を脱いで準備万端の男達。そこに大輝が混じっている。
「こうして前にしてみると、つくづく小さいな。お前、それでちゃんと刀振れてるのか?」
「振れるから志士やってるんだ。小さいからってなめるなよ」
 ただでさえ先ほど笑われて不機嫌になっているところへ追い討ちがかかった。見下ろすように話しかけた男を大輝は睨みつける。「ガキが」――男の目がそう言っているのが感じられたからだ。
 こうして、シルフィリアから最初に杯を受け取ったのは大輝とその男となった。
「はじめっ!!」
 審判の合図と共に、男が突っ込んでくる。
(「やっぱりそう来たな」)
 低く構えていた大輝だったが、斜め前方にふっと重心をずらす。同時に手を伸ばし、男の肩を掴み――
「勝負あった!!」
 ものの数秒で決着がついた。肩を押された男は、突っ込んできた勢いそのまま、大輝の手前に倒れた。

「見ろ。彼らの目つきが変わった」
 ルーラス、カイ、日乃太。左右そして背後に控える3人にのみ聞こえる程度の声量で、守国は呟いた。
「なめてかかったからとはいえ、そのなめた相手にああも簡単に倒されてしまっては面子が丸つぶれだからな。次からは皆、本気で大輝に向かってくるぞ」
 扇を開いて隠しているものの、守国の口元はきっと楽しそうにニヤついているに違いない。日乃太は諦めきっているようだが、カイはすっと目を逸らし、呆れ気味に息を吐いた。
 しかし目を逸らした先で雉谷が立ち上がるのを見て、槍を使う側である右手の指先が、反応してぴくりと動く。
「守国殿も、一試合なされてはいかがかな」
 来た。
 ぱちん。音と共に守国の扇が閉じられる。
「さて‥‥私は腕っ節にはとんと自信がありませんが」
「なぁに、祭なのだから楽しめればそれでよいのだ。勿論手加減はさせよう。‥‥いや、折角だから私が相手をしてもよいぞ、守国殿」
「‥‥」
 守国は隣を見た。ルーラスが小さく頷いた。
「手加減は必要ありません。私が出ます」
 相手に土をつければ勝ちなのですよね。最低限のルールは理解したらしくそんな風に言いながら、ルーラスは上半身を露にし、うきうきと庭に下りていく。
「申し訳ない、雉谷殿。彼も参加したくてしょうがなかったようで」
 守国に恥をかかせない為の参加ではあるが、それでもやはり楽しげなルーラス。シルフィリアから受け取った杯の中身を一気に飲み干している。
「飛び入りがあまり多いのもなんですし、やはり私はご遠慮させていただきますよ」
「左様か‥‥」
 彼の言うとおり祭なのだから、雉谷もあまり強くは出られない。どすどすと歩いて一康の側へと戻っていく。内心で舌打ちしているかもしれない。
 守国は観戦に戻った。ルーラスと、ジャパン人にしては背の高い男が、がっつりと両手を組み合っている。両者、腕の筋肉が小刻みに震え、足の指で地面を掴んでいる。
 そのままの状態だった。もう片方の会場で大輝が何人目かの男を地に伏せるまで。あちらがわっと盛り上がった瞬間、ルーラスはぐっと手に更なる力を込めた。相手は背中から倒れ、かすかに呻き声を漏らした。


 祭の最後は、食事会兼酒盛りである。海に程近い鎌倉ゆえの料理も出て、皆一様に舌鼓を打った。酒のせいか歌を歌い踊り出す者まで現れて、手拍子がそこかしこで鳴り始めた。
「お酒、もっといるかい?」
 賑やかな雰囲気の中、一人仏頂面をしていた雉谷に、シルフィリアは突撃した。
「‥‥もらおうか」
「偉そうな物言いだねぇ。素直にほしいって言えばいいんだよ」
 次期藩主の世話役なのだから、どちらかといえば雉谷は偉いほうだ。一康には柔和過ぎるところもあるようだし、もしかすると一康の分まで雉谷が偉そうに振舞っているのかもしれない。
 だからって守国さんをハメてもいいって事にはならないけどねぇ、と彼女は雉谷の持つ杯に酒を注ぐ。なみなみと注いでから、きゅっと唇を引き締めて、声を落とした。
「町衆の不満や鬱憤を上手く発散させるのもまた、神職の務めさ。だから自ら守国さんは民草の中に入っていって、道化になって、民草の不平不満を和らげてる。そもそも一康公とは役割からして違うんだし、一康公が民草の口に上がらないって嘆く必要はそうないんじゃないのかねぇ」
「道化か‥‥」
 雉谷は鼻を鳴らして応える。
「お前の言うとおり、奴は道化を演じている。そして道化を演じるには相当の切れ者でなければならん。――喰えん男よ、己の快楽に殉じているようでいて、その実は他者の為。故に民も奴につく」
「なんだい、わかってるんじゃないか」
「私とてこの地位は伊達ではないという事だ」
 杯をあおる彼に、シルフィリアも次の酒を注ぐ態勢に入る。苦言はいくつか考えてきたからまだストックはあるが、この男はどうやら、彼女の言わんとしている事を察しているようだ。ならばこれ以上言う必要もないだろう。
「‥‥だが理解と納得は違う。この地位ゆえに成すべき事もある。私個人の理想もまた、別にある」
 二杯目はあっという間に飲み干された。

 酒が尽きる頃には祭も終了、つまり解散となるはずだった。しかしそうなる前に、もう一試合を、という声が上がった。
 どこからか。――大輝からだった。
 一康の前まで突き進んだかと思うと自分との試合を申し込んだ大輝に、守国は口に含んだところだった酒を吹き出していた。
「やはり諦めきれなかったようですね。一康殿は主催であり、試合の用意はしていないようだから受けてくれる可能性は低いだろうと言ったのですが‥‥」
 そう言ったルーラスは、苦笑しつつもどこか羨ましそうだった。
 多くの試合をこなし、そのほとんどで勝利を収めた大輝の力を、疑う者はもはやこの場には居ない。強き者はより強き者とこそ試合うべきだとするならば、大輝が一康との試合を望むのも道理。なぜなら一康は、大輝が勝利した者達の上に立つ存在なのだから。
 けれどそんな道理など、大輝の目には映っていない。
「一康殿、あんたは俺の想像してた通りの人物だった。俺はあんたと勝負がしたい」
 宣言した大輝の輝く目を、まっすぐな良い目だと、薬箱を手繰り寄せながらカイは思った。そして笑顔で、15歳という若い少年達の背中を押す。
「多少の怪我なら治せるから、ある程度無茶をしてきても大丈夫だよ」
 無茶をしても許されるのは、若さの持つ特権だ。

 単純な力比べでは、わずかに一康が勝っている。相撲における戦略も一康に軍配が上がる。一方、実戦慣れして経験を積んでいるのはやはり大輝であり、それは大切に慎重に育てられてきた一康では持ち得ないものだ。
 相手の背後や側面をとろうと、庭の土の上を動き回る。かと思えば、がっちりと組んで、動かない。転ぶ。倒れる。膝をつく。手をつく。全身が土だらけになっても、二人は試合をやめようとはしなかった。吹き出る汗が篝火に照らされてきらきらと輝いて、もはや勝ち負けなどどうでもよいようだった。楽しくて仕方がないように見えた。
「雉谷‥‥っ! そこの、刀を‥‥!」
 さすがに体が悲鳴を上げて、肩を震わせながらでなければ呼吸できなくなってようやく、一康はへたりとその場に座り込んだ。
 一康が座ったので、大輝も座る。すると大輝の眼前に、雉谷から受け取った刀を、一康が差し出した。
「これを、受け取ってください‥‥」
 息を切らせながらの一康の言葉を要約すると――大人に囲まれて育ってきた一康にとって、これまで同年代と力比べをする機械は滅多になかった。時折あっても、次期藩主という事で誰もが遠慮をしてしまい、本気でやり合ってくれる者はいなかった。この刀は、遠慮をしないでくれた礼だ。
 受け取らない理由は思いつかない。大輝が受け取ったその刀は、刀としては軽く感じられた。