【街角冒険者】さらわれたみけにゃんこ

■ショートシナリオ


担当:言の羽

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:0 G 81 C

参加人数:8人

サポート参加人数:3人

冒険期間:03月05日〜03月08日

リプレイ公開日:2007年03月13日

●オープニング

 江戸の街の一角に、老舗の呉服屋さんがあります。

 『鈴乃屋』という名前のその呉服屋さんは、若旦那夫婦によって切り盛りされています。毎日忙しいです。忙しいので、一人娘の小鈴をかまってあげられる時間はなかなかありません。
 小鈴は6歳になったばかりの子供なので、勿論、まだまだお父さんとお母さんが恋しい年齢です。でもお仕事の邪魔をしてはいけないと知っていますから、「一緒に遊んで」とわがままを言う事はありません。人見知りの激しい小鈴には同年代のお友達がまだいないのですが、その代わりに、多くのお人形さんが小鈴と一緒に遊んでくれます。近所のしばわんこも裏口から見ていてくれます‥‥そのわんこは体が大きいので、小鈴はまだ少し怖がってますが。
 それから、少し前に飼い始めたにゃんこ達も、小鈴と一緒に遊んでくれます。母にゃんこと子にゃんこ1匹、どちらもみけにゃんこです。人に近づかれる事を嫌がっていたっぽいにゃんこ達でしたが、何度ひっかかれようとも諦めなかったかいあって、今では小鈴になら抱かれても怒らないようになりました。

 ◆

 事件は、久しぶりにぐぐっと冷え込んだ日に起こりました。

 小鈴は、鈴乃屋に居候して商人になる修行をしているお姉さんと、お父さんの好きな団子を買いに行きました。
 お姉さんの名前はセレナ・パーセライトといって、わざわざイギリスから月道を通ってジャパンまで来たのだそうです。月道、というものが小鈴にはまだよくわからないのですが、セレナお姉さんがとても遠い所から来たのだという事はわかります。
「小鈴さん、寒くはないですか?」
「‥‥大丈夫」
 沢山お勉強したのでしょう、挨拶程度しかジャパン語を話す事のできなかったセレナお姉さんですが、現在はなかなかぺらぺらです。二人で手を繋いで、反物や出来上がった着物、お店の人やお客さんの事など、沢山のお話をしながら歩いていました。
 そして、セレナお姉さんの手と繋がっていないほうの小鈴の手は、胸元で子にゃんこを抱いていました。まだ小さくて、くるんと丸まっている子にゃんこ。とてもあったかいのでした。
「さあ、着きましたよ」
 贔屓の甘味処に到着し、暖簾をくぐろうとしたセレナお姉さん。でも小鈴は、店先で待っている、と自分から手を離しました。セレナお姉さんは一瞬驚きましたが、確かに、食べ物屋さんににゃんこを連れて入るわけにはいきません。絶対にこの場を離れないようにと小鈴に言い含めてから、セレナお姉さん一人でお店に入っていきました。

 待っている間、小鈴はにゃんこの頭や背中を撫でていました。ぷにぷに肉球も触りたかったのですが、にゃんこが気持ちよさそうに眠っているのでやめておきました。
 なでなで、なでなで。なでなでなでなでなで――
「にゃーっ!」
「わっ‥‥」
 撫ですぎたようです。
 すっかり目が覚めてしまったらしい子にゃんこは、そのまま顔を洗い始めました。
「お、猫がいるぜ、猫」
 やっぱりかわいい子にゃんこを眺めていると、上から野太い声が降ってきました。小鈴は首が痛くなるほど見上げてみました。柄と人相の悪いお兄さん二人が小鈴を‥‥いえ、小鈴の腕の中の子にゃんこを値踏みしていました。後ずさりしようとした足が壁にぶつかり、小鈴がそれに気をとられた隙に、お兄さん達は子にゃんこの首根っこを掴んで持ち上げてしまいました。
「子猫ってのは高く売れるんだってな」
「ああ。それに‥‥こいつ、オスじゃねぇか。こりゃあひと稼ぎできそうだな。オスの三毛猫はすげぇ珍しくて、その手のものが好きな奴にはたまんないらしい」
「じゃあコイツ、もらっていっちまおうぜ」
「さんせーい。――て事だから、お嬢ちゃん。コイツはもう俺達のものなんで、素直に諦めてくれよな」
 子にゃんこを取り戻そうとして、お兄さん達がお話をしている間中、小鈴は飛び跳ねて両手を伸ばしていました。けれど小さな小鈴では、高々と掲げられた子にゃんこには届きませんでした。
 お兄さん達は小鈴を軽く突き飛ばして尻餅をつかせたかと思うと、背中を向けてすたすたと去っていくのでした。
 遠ざかっていく、子にゃんこの泣き声。溢れてくる、小鈴の涙。

 血相を変えたセレナお姉さんが支払いもせずに飛び出してきてくれましたが、その頃にはもう、お兄さん達も子にゃんこも、江戸の街に消えてしまっていたのです。

●今回の参加者

 ea1022 ラン・ウノハナ(15歳・♀・クレリック・シフール・イスパニア王国)
 eb3383 御簾丸 月桂(45歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb8832 朝日奈 龍姫(24歳・♀・忍者・パラ・ジャパン)
 eb9403 フワル・アールマティ(31歳・♀・ジプシー・人間・エジプト)
 eb9508 小鳥遊 郭之丞(29歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 eb9659 伊勢 誠一(38歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ec1132 ラスティ・セイバー(32歳・♂・ファイター・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ec1507 紅鶴 いづな(29歳・♀・忍者・人間・ジャパン)

●サポート参加者

鷹城 空魔(ea0276)/ 水上 流水(eb5521)/ 椋木 亮祐(eb8882

●リプレイ本文

●白いうさぎさんのように赤い目
 依頼を引き受けてくれた冒険者のうち、有志のお兄さんとお姉さんは、鈴乃屋へ小鈴の様子を確認しに行きました。
「‥‥ひっ、うぇ‥‥えぅっ‥‥」
 小鈴は部屋の隅の、にゃんこさん達の寝床がある所で、母にゃんこを抱いて泣いていました。お父さん達が言うには、毎日疲れきって寝てしまうまで泣いているそうで、ご飯もほとんど食べていないそうです。元々体の小さな小鈴ですが、なんだかもっともっと小さく見えて、消えてしまうのではないかというほどでした。
 あまりにかわいそうなその姿に、ラン・ウノハナ(ea1022)お姉さんがもらい泣きを始めました。
「折角、楽しくお過ごしになられてたのに‥‥。こういう方がいらっしゃるから人間嫌いの動物さんが増えてしまわれるのです‥‥」
 お姉さんはぐすぐすとべそをかきながら、ハンカチを取り出し、自分の涙だけでなく小鈴の涙も拭き取りに行きました。それでも、小鈴は泣き止みません。小鈴の体の水分が全部なくなってしまうかも。そんな心配すらしてしまうくらいに。
 でも不思議と、小鳥遊郭之丞(eb9508)お姉さんは、眩しい笑顔で小鈴の頭を撫でたのでした。
「なに小鈴は何も心配せずともよい、私達がすぐに子にゃんこを連れ戻して来てやる」
 優しく、優しく撫でました。小鈴はぐちゃぐちゃの顔をもっとぐちゃっとしたかと思うと、郭之丞お姉さんの胸元に飛び込みました。
「‥‥それまでの間、小鈴にはこやつ等の遊び相手を頼んでもよいか? そうそう、先日露西亜に出向いた折に土産を買ってきたのだ。ほら、くまじろだ。くまじろはくまごろの弟だぞ」
 イギリスわんこのしろくろ、虎にゃんこのとらち、そしてくまのぬいぐるみのくまじろ。ちっちゃくて可愛らしいものに囲まれて、ついでにしろくろととらちに舐められて、小鈴はようやく、ほにゃっと笑ったように見えました。
「さあ小鈴さん、あっちのお部屋でお話しようね。猫さんを取り返すために、猫さんを連れて行った人の特徴を教えてほしいんだ」
 フワル・アールマティ(eb9403)お姉さんが小鈴の肩に手を置きました。ランお姉さんもこくりと頷きます。
 そして、襖の向こうにフワルお姉さんとランお姉さんが小鈴としろくろ達を連れて消えた途端――
 ガラッ、と。
 本当にガラッと。
 郭之丞お姉さんをはじめ、卓を囲んでお茶をすすっていた御簾丸月桂(eb3383)お兄さん、朝日奈龍姫(eb8832)お姉さん、紅鶴いづな(ec1507)お姉さん、伊勢誠一(eb9659)お兄さんの雰囲気が一変したのです。
「相手は人の風上にも置けねぇ野郎共だ‥‥金輪際、くだらねえ金儲けなんざ考えつかないように、しっかと思い知らせてやる必要がありそうだな」
 ごきごきごき。拳の骨を鳴らしながら、月桂お兄さんがにやりとして、
「そうそう、子供から子猫を取り上げるなんてどうしようもない悪党だからね。お仕置きが必要だね〜」
 うふふふふ。龍姫お姉さんがお仕置きの内容を考えつつとても楽しそうにして、
「勝手に奪い取って勝手に自分のものにして売るって何よ!! ホンット最ッ低〜!! 絶対許さない!」
 ひゅんひゅんひゅん。屋内だというのに、いづなお姉さんが縄ひょうを振り回し、
「皆さん『ちびねこ奪還』成功させますよ。‥‥大丈夫、皆で協力すれば策は成りますよ」
 くくくくく。一見冷静なように見えて、その実、危険度は一番高いかもしれない誠一お兄さんがキレる頭を総動員させ、
「小鈴を泣かす奴は許さぬ‥‥教育だ。徹底的な教育が必要だっ!!」
 だんっ!! 一旦走り出せばそう簡単には止まらない郭之丞お姉さんが、力いっぱい、平手で卓を叩いたのでした。

●優しくて怖いお姉さん達
「無頼は無頼の領域があり、子供は子供の領域がある。その辺りを履き違えているなら、教育し直してやらねばならぬと判断する」
 太刀の具合を確認し終えて、ラスティ・セイバー(ec1132)お兄さんの茶色い瞳が酒場に集まった皆の顔を見渡しました。ラスティお兄さんだけ、自分の外見では小鈴が泣くだろうと、鈴乃屋には行かずにこの酒場で一人待っていたのです。
 といっても、酒場に来たのは月桂お兄さん、龍姫お姉さん、郭之丞お姉さんにいづなお姉さん、それからお手伝いを頼まれたセレナお姉さんだけです。他の人達は別行動の為、今頃は適当な宿を探している事でしょう。
 今回の作戦は、珍しいにゃんこをほしがっている異国のお嬢様がいるという嘘の噂を広めると同時に、冒険者達がにゃんこ誘拐犯を追っているという事実も広める事で誘拐犯の焦りと早く売りたいという気持ちをを誘い、誘拐犯が自分から偽異国のお嬢様班の所に来るように仕向ける‥‥というものです。ちなみに発案者は、やっぱりあの誠一お兄さんだったりします。
「フワルちゃんの占いによれば、一応江戸には残ってるみたいだね。まあ、子猫を連れての旅をする気がないだけだとは思うけど」
 偽お嬢様班に属するフワルお姉さんとランお姉さんに変装という名のお色直しを施してきた龍姫お姉さんは、その間に、二人が小鈴から聞きだした情報や占いでわかった事などを伝えられていました。
「若旦那様も奥様も、方々へお声をかけられてはいるのです。けれどそれでも見つからないという事は、犯人はなるべく目立たないよう、よからぬルートからのにゃんこの売却を考えていると見るのが自然かと」
「うん、まあそれはいいんだけどな。キミ達、犯人見つけたら即命奪いそうな感じがするから、その辺だけは押しとどめてくれよな」
 月桂お兄さんが注意をしたのは、湯のみにひびが入るほど力強く握り締めている、セレナお姉さんと郭之丞お姉さん。慕ってくれる小鈴を妹のように想う二人のおでこには、恐ろしいまでにくっきりと、青筋が浮かび上がっているのです。
「努力はします」
「保証はできぬ」
 そして返ってきたのはこんな言葉。同じく怒っているはずの月桂お兄さんの背筋が、凍りそうになりました。
「フムン。ところでアンタ、イギリス出身だったな。それもファイターだとか?」
「それが何か」
 何気なく雑談を、と気を回してくれたラスティお兄さんですが、すんなり玉砕しました。もう少し何か話題を持っておくか‥‥と考え始めました。今後の為にもそのほうがいいかもしれません。
 とりあえずは聞き込みと、そして張り紙作りの為にほとんどの人がその場に残りましたが、いづなお姉さんは一日だけ手助けをしに来てくれた人達がどこの酒場や食事処で噂をばら撒いてくれるのかを確認すると、自分も雑踏にまぎれていきました。

●一方‥‥
 偽お嬢様班はどうしてるかというと。

「うちのお嬢様が珍しくて可愛い動物を捜しておられるのだけど、心当たりはないですか?」
 フワルお姉さんは教えてもらった甘味処にいました。お店の人に説明して、協力を約束してもらった後で、お店のお客さん達へ順番に声をかけています。
「小さい女の子が飼えるとなると、小鳥や猫かねぇ。けど珍しいものとなると――」
「そうですか‥‥ありがとうございます。できればお知り合いの方にも尋ねてみてもらえますか? 私達はまだ数日、ここに留まっていますので」
 慣れない敬語に四苦八苦しながらも、お嬢様つきの侍女を演じ続けるのです。

 夜には誠一お兄さんが酒場を渡り歩きます。
「ここだけの話ですが‥‥」
 そう切り出されて食いつく人は少なくありません。おまけにお酒を注ぎ足されては、聞くしかありません。
「私の雇主の異国の御嬢様がジャパンの猫を気に入りましてね、数日後の帰国迄に珍しい子猫を探しているのですよ」
「はー、それはまた大変な」
「でしょう? 子供の我侭というものは本当に大変で‥‥けれど雇主ですからね、その意向に逆らうこともできません」
「そうそう、俺も上司から理不尽な命令ばかりされてなぁ」
 誠一お兄さんはこれ見よがしに溜息をつき、重そうに頭を振りますが、勿論演技です。なのにお話を聞いているおじさん達は疑いもせず、わかるわかると同調しています。よほど、誠一お兄さんのお話に思うところがあったのでしょう。
「仕事があるので今夜はこれで失礼しますが、お嬢様の我侭を叶えてくれる方がいらっしゃいましたら、昼はここに書いてある宿にいますので。ではごゆるりと」
 お酒もう一杯分のお金を置いて、誠一お兄さんはその酒場を出ました。その日は何の情報も得られませんでしたが、聞き耳を立てていた人が何人がいた事は、誠一お兄さんも気づいていました。

 鈴乃屋の母屋では、小鈴が眠りに落ちていました。泣き疲れたのではなく素直に寝入ったのは数日振りの事です。ずっと側にいて、一緒に遊んで、今も枕元で小鈴の手を握っているランお姉さんは、少しだけほっとしました。子にゃんこが戻ってきた時には満面の笑みで迎えてほしい、と思っているからです。その為には、泣き腫らした目ではいけません。
「‥‥子にゃんこさんを絶対に連れ戻してみせますわ」
 ランお姉さんは偽お嬢様の役を引き受けているのです。最後の締めといってもいいでしょう。
 にゃんこ2匹とわんこ1匹も一緒に寝ているせいで乱れがちなお布団を直してから、ランお姉さんは幾度めかの十字を切るのでした。

●釣れました
 三日目の、お昼より少し前。一人のお兄さんが、誠一お兄さんの待機していた宿にやってきました。たらこ唇でした。
「いくら出す?」
 部屋で二人きりになるや否やそう切り出したたらこ唇お兄さんは、やっぱり焦っていたのでしょう。フワルお姉さんがランお姉さん‥‥いえ、お嬢様を連れてくるまでの間、ずっと片膝を揺らしていました。
 街を観光していたという設定のお嬢様が到着しても、たらこ唇お兄さんの話題は、珍しい子猫にいくら出すのか、という点についてだけでした。
「どれだけ珍しいか、この目で確認しませんと申し上げられませんわ。その子猫を連れて、またいらしてくださいますか」
 鈴乃屋から宿までにフワルお姉さんと相談したセリフは、急ごしらえとはいえ、効果があったようです。すぐ戻ってくるから待ってろ。そんなお決まりの言葉を残して、宿を飛び出していきました。
 いづなお姉さんに尾行されているとも知らずに。

「おい、すげぇひらひらでふりふりした異国の服着たガキが出てきたぞ。ありゃあ本物じゃねぇか!?」
「よしわかった、さっさと行こうぜ。猫のお守にも飽きてたところだ。こいつときたら、餌やろうにも指に噛み付いてきやがる、かわいくねぇ」
 たらこ唇お兄さんが向かったのは、街外れの掘っ立て小屋でした。そこには出っ歯のお兄さんがいて、子にゃんこの足を乱暴に掴んでいました。
「冒険者が首突っ込んできたっていう話もあるからな。早いとこ売っ払っちまわねぇとこっちの身が危ねぇや」
 子にゃんこがにゃーにゃー鳴いてもおかまいなしです。うるさいから黙らせようとして、手を振り上げたくらいです。
 でも幸運にも、その手が子にゃんこに叩きつけられる事にはなりませんでした。たらこ唇と出っ歯のお兄さん達が、小屋の入り口に仁王立ちする、完璧に目のすわった郭之丞お姉さんとセレナお姉さんを視界に捉えたからです。
「貴様等か、小鈴を泣かせたうつけ共は‥‥」
「かろうじて死なない程度の手加減はしますので、ご容赦を」
 ぎん、と煌く刃。そして銀に光るナックル。――更には、ラスティお兄さんの太刀が割り込んで。
「知らなかったのかジャパン人。‥‥千年も前から、悪人は鬼の餌食と決まっている!」
 お姉さん達とラスティお兄さんは、すんなりと二手に分かれました。事前にそれぞれの担当を決めてあったのです。
「一攫千金する前に猫を持ってかれてたまるかよっ」
 たらこ唇と出っ歯はくるっと背を向けました。別の出入り口から逃げ出すつもりなのでしょう。ですが、そうはいきません。たらこ唇の片足に縄ひょうが絡みつきました。
「悪いヤツは成敗!」
 いづなお姉さんです。次に投げるつもりなのか、手裏剣の準備も万端です。
「くそっ!」
 縄ひょうを断ち切ろうと、たらこ唇と出っ歯はとうとう刀を抜きました。でもそれも失敗に終わります。龍姫お姉さんが檜の棒で思いっきり、たらこ唇と出っ歯の後頭部を打ったからです。
「みんな結構怒ってるんだからね〜。もう二度と悪さなんてする気も起きないように、じっくり教育してあげるよ‥‥うふふふふふふ」
 あまりの衝撃に頭を押さえてうずくまるたらこ唇達を見下ろして、龍姫お姉さんが楽しげに笑います。
 とても悔しいのでしょう、たらこ唇が闇雲に刀を振り回しますが、ラスティお兄さんがことごとく十手で受け流してしまいます。お返しに重い重い一撃がたらこ唇に叩きつけられて、倒れたたらこ唇はわずかに血を吐きました。
 こうなっては出っ歯も気が気ではありません。子にゃんこを盾にして迫り来る仁王達を押しのけ、ぼろぼろの襖を開け、外へ飛び出し、盛大に転びました。
 鼻を傷めた出っ歯はそれでも子にゃんこを離そうとはしませんでしたが、姿の見えない誰かに指をこじ開けられ、子にゃんこもその誰かに抱かれました。よくよく目を凝らした出っ歯が何とか認識したのは、魔法で透明になっている月桂お兄さんの姿でした。おまけに月桂お兄さんの後ろには、遠慮なく黒い雰囲気を噴き出す誠一お兄さんが。
「たっ、助けてくれ! この猫がほしいんだろ!?」
「それがですね、話は全部聞かせていただきました。‥‥あなた方、御嬢様に盗んできた猫を売りつけるつもりだった訳ですか」
「いや、それは――」
「なあ。因果応報、って言葉知ってっか?」
 質問を投げかける月桂お兄さんを出っ歯が睨みつけます。
「小さい嬢ちゃんから子猫奪って売り飛ばそうとしたツケは、土下座程度じゃあ払いきれねぇから、そのつもりでな?」
 でもそんななまやさしい睨みも何のその。魔法の効果が切れて、透明ではなくなった月桂お兄さんの顔には、どう贔屓目に見ても怖いとしか感じられない微笑が浮かんでいました。その笑顔のまま指先で示した、出っ歯の背後には――ゆっくりと近づいてくる仁王達が‥‥

 結局、小鈴はまた泣きました。ただし悲しい涙ではありません。子にゃんこが戻ってきた事への、嬉し涙でした。あまりに嬉しくて、あまりに泣いたので、冒険者の皆が一様にすがすがしい顔をしていた事には、全く気づきませんでした。
 ――訂正。暴力を好まないランお姉さんだけは、複雑そうでした。