【華の乱】二人の若様

■ショートシナリオ


担当:言の羽

対応レベル:11〜lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 44 C

参加人数:8人

サポート参加人数:5人

冒険期間:04月26日〜05月01日

リプレイ公開日:2007年05月04日

●オープニング

「‥‥」
 朝。どこかで雀が鳴いている。
 鶴岡八幡宮の神主たる大伴守国は、既に寝巻きから白の狩衣へと着替えを済ませ、庭に一人で佇んでいた。
 鎌倉の民からは親しみを込めて若様と呼ばれる彼の体を包んでいた魔法の発動を示す金色の光が、すぅっと消えた。
「‥‥あれは」
 自問しようとして、やめた。半開きだった唇を、きゅっと引き結んで閉ざす。

 魔法フォーノリッヂによって未来を垣間見る事。それは、彼の日課のひとつだった。
 胸をはれるほど熟達しているわけではない。むしろ経験を重ねた冒険者のほうがよい術者であろう。これからどのように動くか、ひとつの指針とする為の占いだ。
 たかが占い。されど占い。神職にあればこそ、彼は占いを無碍にはしない。
「失礼します。若様、朝食の準備が整いました」
 立ち尽くしていた守国の背中に声がかかる。彼の付き人である日乃太だ。
「‥‥若様?」
 だが守国は振り向かない。垣間見た未来を、魔法の効果が切れてもはや見えるはずのない光景を、凝視している。
「若様、聞いてます? というか、聞こえてます?」
「ああ」
 ようやく守国が自分のほうを向いてくれた事に、日乃太はふぅと息をつく。今日も相変わらず気まぐれな事だ、と。だが守国の表情を見た途端、そんな考えはどこかへ吹き飛んだ。
 守国は、稀に見る、険しい顔つきをしていた。日乃太が意識を改めるほどに。
「日乃太、使者を送れ」
「どちらへ?」
「一康殿だな。父君では話にならないだろう」
 言いながら、二人は歩き始める。
 一康というのは、ここ鎌倉の藩主を務める細谷家の嫡男、細谷一康の事だ。守国が民に人気のあるせいで影は薄いものの、武士達に慕われる程度の人物ではある。まだ十五と若く、あらゆる面で経験に乏しいのが玉に瑕だが‥‥それでもあらゆる面で消極的な、彼の父であり現藩主である男よりははるかにましだと言えよう。
 それに――守国は思考する――それに、一康の後ろには常に、実力ある雉谷長重という武士が後見役として控えている。藩内でのあれの発言力とその力量は確かだ。鎌倉を愛する心もある。
「承諾してくれるといいんだがねぇ」
 閉じた扇を袂へしまい、日乃太を引き連れて。守国の足は速度を増した。

 ◆

 昼過ぎ。守国が送った使者は、一康と長重を連れて戻ってきた。彼らも、たとえ使者が来なかったとしても、守国に会いに来るつもりだったのだろう。江戸北西で起きているという戦の知らせを持って。
「どう見ますか、一康殿は」
 一回り以上も歳の離れた一康を正面から見据える形で、守国は問いかけた。
「‥‥正直なところ、上州の平定に興味はありません。我が鎌倉藩にはそのような余裕はありませんからね。けれど、火の粉が飛んでくる可能性があるのならば話は別です」
 きっぱりと彼が言ってのけたのには、地理上の理由がある。財政が苦しく、有する兵の規模もさほどでないとはいえ、鎌倉は江戸に程近い。徒歩で二日、早ければ一日で到着してしまう距離だ。今後の戦局次第では、いかようにも巻き込まれかねない。その上、騒ぎに乗じて心無い者が藩内に入り込んで悪事を働くかもしれない。
「民を守るのが、統べる者の役目だと考えています。私達は民を傷つける要素を取り除かなければなりません」
「どのように?」
「それは‥‥」
 だが実案なくしては動きようがない。守国からつっこまれて、一康は口ごもった。
「私に、ひとつの案があります」
 代わりに守国が案を述べた。その内容は――

 街道周辺の取り締まりを強化し、他藩兵士及びその他の武装集団の通行を制限する事。

「おぬしに何の権限があってそんな提案をする!?」
 長重の野太い吼え声が鶴岡を揺るがした。
「落ち着いて、雉谷。迷惑ですよ」
「いいえ一康様! この者には一度がつんと言ってやらねばわからぬのです!」
 見かねた一康がいさめるも、長重は鼻息も荒く守国へ詰め寄ろうとする。守国の後ろに控えていた日乃太が、正座の状態から一気に膝を伸ばして、自らの体を守国の盾にしようと躍り出る。
「下がれと言っているんです!」
 一康が声を荒げるのは、守国が険しい顔をするのと同様に、珍しい事だ。基本的に大人しい性質である彼のこの行動に面食らった長重は、渋々ながらも後方に下がった。
 日乃太も守国から手で制され、元の位置に戻る。
「‥‥実行できるとお思いですか」
 謝罪の意味を込めて深々と頭を下げた後、一康は話を続ける。
「反発は起こりうるでしょうね」
「戦以外のやんごとなき事情あっての武装者も対象に?」
「それなら何らかの証明ができましょう。例えば冒険者であれば、ギルドによる身分証を提示してもらうなど」
「なるほど‥‥」
「いかがです?」
「‥‥‥‥」
 即決できないのも、また致し方ない事。通行許可を出さねば、怒ったその集団から攻撃される恐れがある。
「しばらく、考えさせてください」
 もう一度頭を下げた後、一康は長重を連れて退出しただけに終わった。
 しかし――鎌倉藩内の各関所に連絡が行くまで、一日とかからなかった。

 ◆

 鎌倉に城はない。
 ‥‥いや、あるといえばある。三方を山に囲まれ残りの一方が海に面した鎌倉は、まさに自然の城砦なのだ。
 攻撃は不得手でも、守りならば――といきたいところだが、関所となっている切り通しが七箇所もあるのでは、通常時以上の兵を配置しようにも、ある程度の時間がかかる。今まで通れていたものがなぜ通れぬと力任せに通行しようとする者達がちらほらと出てきているなかで、これではいけない。
 安定するまでのせめて数日間を、冒険者に頼る事と相成った。

●今回の参加者

 ea0029 沖田 光(27歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea3827 ウォル・レヴィン(19歳・♂・ナイト・エルフ・イギリス王国)
 ea3947 双海 一刃(30歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea8714 トマス・ウェスト(43歳・♂・僧侶・人間・イギリス王国)
 ea9885 レイナス・フォルスティン(34歳・♂・侍・人間・エジプト)
 eb1098 所所楽 石榴(30歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 eb2292 ジェシュファ・フォース・ロッズ(17歳・♂・ウィザード・エルフ・ロシア王国)
 eb3525 シルフィリア・ユピオーク(30歳・♀・レンジャー・人間・フランク王国)

●サポート参加者

マクシミリアン・リーマス(eb0311)/ 天馬 巧哉(eb1821)/ 鷹碕 渉(eb2364)/ 風魔 隠(eb4673)/ エルディン・アトワイト(ec0290

●リプレイ本文

●4月26日
「では、こちらが証明書です。朝比奈に到着しましたら、担当者にお見せください」
 出発前の冒険者達に、筒状に丸められ、しっかりと封のされた紙が、ギルドの受付員から手渡された。
「あたいは先に行くよ」
 普段使いの靴から韋駄天の草履へと履き替えたシルフィリア・ユピオーク(eb3525)が言う。一定期間の労働が決まっている今回の依頼では、先行の利点といっても特筆できるものはない。目的地である関所に詰めている者達と打ち解ける為だけのようだ。といっても、愛犬かりんがついてこれなくなっても困るので、草履の能力全開で行くわけにはいかないだろうが。
「気をつけてな」
 レイナス・フォルスティン(ea9885)が声をかけると、シルフィリアは手を振りながら歩いていった。

「武器の持込が禁止?」
 道中、宿場町などで寄り道をしたのはウォル・レヴィン(ea3827)である。今は宿屋の主人に関所の通行制限について説明しているところだ。
「ちゃんとした機関による身分証があれば大丈夫みたいだけどね。今、戦の最中だろ? それが原因らしい」
「そうかい、これで合点がいったよ。少し前から、関所で足止めを食らったから泊まらせてくれってのが多くてね」
 商売繁盛なのは嬉しくとも、不思議で仕方がなかったのだろう。主人はやれやれと肩をすくめた。
「しかし山賊なんかが怖いから護衛をつけている旅人だっているだろうに。その辺はどうするつもりかねぇ」
「ああ、冒険者ギルドに頼めばいいよ。冒険者なら漏れなく身分証つきだからな」
 にかっと歯を見せるウォル。ある意味、商売上手である。そんな彼も、寄り道による遅れを取り戻す為、セブンリーグブーツに履き替える。

 朝比奈は鎌倉の東にある。切り通しと呼ばれる事から予想がつくかもしれないが、山を切り開いて作られた道だ。故にお世辞にも幅広とは言えない道だが、交通の面だけでなく戦略的にも重要視されている。現在は通行制限の為に兵力が増強されつつあるが、そうでなくとも少数精鋭が配備されている。
「うわあ‥‥天然の城壁だね」
 木漏れ日が目に入るのを避ける為、額に手をかざしながら、所所楽石榴(eb1098)が首を上向ける。道を挟む形でそびえる山肌。工事の厳しさが容易に想像できる情景だが、その厳しさを乗り越えてでも道を作らねばならなかったという事だ。
「検問はあっちみたいだね。早く証明書を見せて、休ませてもらおうよ」
 そう言うジェシュファ・フォース・ロッズ(eb2292)の足元には、彼のペットであるローザヴィ・ツヴェートがぴよぴよしている。
 ローザヴィは雛鳥だから、まだ飛ぶ事はできない。朝比奈に着くまでには、自分の足で歩くか、飼い主であるジェシュファの肩やジェシュファの荷物を載せた馬ポーリェの背に乗るかしかなかった。ポーリェはともかく、体力的にどうしても劣るジェシュファと雛鳥には、険しい山道はなかなかつらいものがあったのだ。
 勿論、他の者とて程度の差こそあれ疲れているのは事実。列に並んで待ち、自分達の番が来たら証明書を見せ――なるはずだったのだが。
「何だその青い馬はっ」
 見張りの兵が腰の刀に手を伸ばしながら駆け寄ってきた。青い馬とはすなわち、レイナスの連れていた沙良の事だ。
「ああ、こいつは俺の飼っているケルピー‥‥水馬だ」
「水馬だと!?」
 たちまち周囲がざわつき始める。水馬は悪意を持って人の命を奪う魔物の名だからだ。
 自分の命令はちゃんと聞くとレイナスは安全性を説明するが、兵や通行人はレイナスを魔物使いだとして不審な目で見始める。
「‥‥まずいな」
 このままでは依頼どころではなくなってしまう。双海一刃(ea3947)が前に出る。刀を抜きかけた兵の眼前に、証明書を提示した。

●4月27日
 翌朝になって、冒険者一行は会議室らしき広めの部屋に呼ばれた。
「あれ、レイナスは?」
「厩にいるはずだ。それで納得してもらったからな」
 昨夜遅くに到着したせいで事情を知らないウォルに、一刃がそう説明する。だが説明は不十分であり、ウォルはますます首を傾げるも、関所の責任者が現れたのでそれ以上の事は聞けずじまいとなった。
 互いに挨拶と簡単な自己紹介を述べた後、話は本題に入る。
「皆さんには受付の補助と護衛を兼ねていただきます。文に秀でる者の中には、残念ながら武の才に恵まれなかった者もいますのでな」
「夜間は関所を閉めてしまうんだよね? 何人かごとで夜の見張りもさせてもらおうかって考えてるんだけど」
「それはありがたい。ぜひお願いします」
 関所内の見取り図を開いての警備に関する打ち合わせは着々と進む。それが済めば、今度は武装者への対処法の提案だ。
「今回の取り締まりに関するお願いと理由が伝わりやすいよう、立て札を作成し目立つ所に設置しようと思います」
 沖田光(ea0029)の案には、関所の責任者もうむうむと頷いた。
「しかし関所を通るのは字を知る者ばかりではないが――」
「ええ、そこはそちらのウォルさんに挿絵を入れてもらいます。そうすれば身分証などの例示もわかりやすいのではないかと」
 通行人一人一人に役人的な説明をするよりは、余程わかりやすく、時間の節減もできてよいだろう。関所の責任者は早速人を呼び、立て札の準備をするように命じた。
 そして関所の周辺を見回り、侵入できそうな箇所がないかの確認をするとの石榴の案にも、責任者は喜んだ。伊達が源徳を裏切り江戸城を攻めた事で、混乱した一般市民が流れてき始めており、通常時よりも通行人が増えている。つまり周辺の見回りにまで手が回らないでいるという事だ。
「修繕はあまり得意じゃないんだけど‥‥」
「いや見回りの手間を省いてもらえるだけで十分です。よろしく頼みますよ」
 余程嬉しいのか破顔続きの責任者だったが、ドクター・ウェストと名乗ったトマス・ウェスト(ea8714)とシルフィリアの案を聞くと、みるみるうちに渋面となった。
「女性や子供もいますからな、受付に時間がかかる場合に茶の一杯でも振舞うのは反対する理由がありません。しかしそこに眠り薬を混ぜたり、色仕掛けをしたりというのは、何とも‥‥」
 シルフィリアは事前に説明して誠意を示せば、長い待ち時間や規制強化への不満も和らぐだろうと考えた。その為の茶を出す事には関所としてもやぶさかでない。問題なのは、公の機関である関所で一服盛る事と色仕掛けである。
「薬は相手を見て使うし、色仕掛けだって」
「罪が確定しているわけでもない相手に薬を使うのはどうかという話です。それに決して安価なものではない‥‥そうでしょう?」
「ん〜、まあそれなりの労力は必要だがね〜」
 責任者はドクターに同意を求め、ドクターはあやふやな答を返した。シルフィリアはドクターに薬を作ってもらうつもりでいたようだが、その材料費はどこから捻出するつもりでいたのか。野山へ採集に赴けば見つかるものもあるだろうが、人手がほしくて依頼を出したのに、その依頼の期間中に出かけられても困る。
 短い間ではあれど関所の一員として任に着いてもらうのだから、体面にかかわるような事をしてもらうわけにはいかない。人目があるのだから。
「あ、あともうひとつあるんだけどさ」
「何ですか?」
 責任者にとある巻物を広げて見せるシルフィリア。
「ムーンアローのスクロールなんだけどさ。明らかに怪しい人にはこれで脅しを兼ねた審査を――」
「それを実行に移した瞬間に、あなたは批難を受ける事になりますよ」
 ムーンアローという特性を利用した名案のつもりだったのだろう。だが責任者はシルフィリアの説明を最後まで聞きもせずに、真っ向からその案を却下した。

「はーい、皆こっちに並んでねー」
 ジェシュファの背は低いが、両手を頭上で大きく左右に振り、受付の位置をアピールする。その向こうでは、忍犬の瀝青と共に関所周囲の見回りに出ていた石榴が戻ってきたところだ。偉い偉いと瀝青の頭を撫でているところを見ると、抜け道になりそうな場所を瀝青が見つけたのかもしれない。
 受付に並ぶ人達にはシルフィリアから茶が配られている。彼らは茶をすすりながら、交代で木槌を振り上げる光とウォルを眺めている。カーンカーンという音を山中に響かせながら、完成したばかりの立て札を地面に突き立てているのだ。野次馬のようにその周囲を囲み始める人々へ、一刃が文面を淡々と読み上げて聞かせる。
 不満の声はぽろぽろと聞こえてきたものの、この日は特に何もなく終わった。

●4月28日
 冒険者が寝泊りに使わせてもらっている部屋がある。その日の掃除担当が冒険者の部屋を覗いた時、誰かの荷物が動いているように見えた。勝手に動くはずはないと彼は思い、自分の見間違いだろうと作業に戻る事にした。だがそれを咎める様に今度は、ごとごとと音がした。振り向くと、やはり荷物の一つが左右に小さく揺れていた。
「わあああっ!」
 掃除担当の悲鳴が響き渡った後、手の空いていた者達はすぐさまその部屋に集まってきた。動いた荷物は、光のものだった。
「すみません! なにせ卵なもので、心配で心配で‥‥」
 最近手に入れたばかりの物で、どうしても手元に置いておきたかったらしい。
 卵だからレイナスのケルピーほどではないが、騒ぎを起こした以上、兵達の不快をかった事は確かだった。

「ああ〜、ダメダメ〜。今ここは閉鎖中だね〜」
 流れ者の浪人か、腰に刀を差した二人組の男が現れた。ドクターは彼らに近寄りながら追い返そうとする。
「どこが閉鎖だよ、皆通ってるじゃないか」
「‥‥ドクター、違う。閉鎖じゃない」
 明らかにむっとしたらしい男達に気づき、一刃もやってくる。彼はすっと立て札を示した。
「そこに書いてあるように、今は武装する者の通行が制限されている。通りたいのであれば、その必要性と身分を証明してもらう必要がある」
「証明なんて言われても、できないな。俺達はめんどくさい事になってる江戸を出てきたってだけだから」
「証明できないのなら許可は出ない。通すわけにはいかない、すまないが諦めてくれ」
「あ? わかんねぇ奴だな。証明できないものはできないんだから仕方ねぇだろうが」
 男達の眉がひくひくと動く。沸点に達する直前なのだろう。だが一刃は怯む事なくただ手を軽く振った。すると一刃の足元、左右から、萩丸と藤丸という二匹の忍犬が牙をむき出しにして唸り始めた。逆に男達が怯んだ。
 しかし彼らは自分達が怯んだ事を恥だと思ったらしく、恥をかかせてくれた一刃への仕返しとばかりに刀を抜いた。周囲が一瞬でざわつく。刀を振り上げ迫ってきた男に、一刃は腰を落とし、相手の鳩尾へ拳をめり込ませた。
「がっ‥‥」
「ドクター!」
「コ・ア・ギュレイトォ〜!」
 崩れる男の体躯から身を引きながら一刃が叫ぶと同時に、ドクターの魔法が発動する。相手は一人だから全力を出さずに済む。もう一人の男の体はあっという間に固まり、身動きがとれなくなった。
 二人の男にはすぐさま縄がかけられ、ずるずると詰め所に引きずられていく。後の処分については、冒険者の関われるところではない。

●4月29日
 縄で区切られ整備された受付の列は、しかしどうしても長蛇の列になっていた。
「こんなに時間がかかるとは思わなかったよ‥‥護衛に雇う冒険者の費用もバカにならんし。いつまでこういう事が続くのかね」
 列に並んだ行商人がウォルを呼び止め愚痴るのも、待ち時間の長さに辟易したからだ。
「明確にいつまでっていうのは決まってないらしいんだ。少なくとも戦が終わるまでは、って事みたいで」
「そうかい。これだから戦は嫌いだよ」
 ウォルが関所の責任者に確認しておいた事柄を伝えると、行商人はため息をつき、やれやれと首を振った。鎌倉の自衛の為とはいえ、関所の通行制限はその制限の対象者以外にも確実に影響を与えている。

 明日は江戸に戻る。戦の状況はどのように変化しているのだろうか。夜間の見回りを勤めながら、石榴はそんな風に思う。「江戸の混乱がまるで嘘のようです」と光は言っていたが、鎌倉とてこれから混乱していく可能性もある。江戸に程近い鎌倉なれば、どちらの勢力から加勢を打診されてもおかしくはなかろう。
 提灯片手に、瀝青を連れて彼女は歩く。初日の見回りで見つけた穴も、急場しのぎとはいえ塞がれているのを確認した。
「そろそろ交代の時間だね。戻ろう、瀝青」
 主に呼びかけられ、瀝青が小さく吠えた。その時。ざり、と土を踏む音がした。
 ざり、ざり、ざり。音は増えていく。石榴が提灯を掲げると、鎧をまとった兵が数人、忍んでいた。鎧の汚れや壊れ、負傷具合からして、戦場から命からがら逃げてきた者達のようだ。
「頼む、見逃してくれっ」
 逃げた者にとって、武装はわずかに残された金目の物。それを手放すわけにもいかず、昼のうちはどこかに隠れていたのだろう。
 三人。いや、四人。人数を把握した石榴はすぐさま呼子笛を吹いた。
「くそっ」
 比較的ケガの少ない兵が石榴に斬りかかるも、彼女はすんなりとかわした。続けて二人目も斬りかかろうとしたが、それより速く瀝青が動く。
「どうしました!?」
 笛を聴きつけて、別のところを見回っていた光とジェシュファが続々と駆けつける。二分の一の確率で魔法発動に成功した光の手に、水晶の剣が現れる。ジェシュファも後方でスクロールを開いた。兵達が増援に慌てた隙に、石榴も体勢を立て直す。相手はただの下っ端兵であり、しかも手負いである故に、十分な経験を積んできた冒険者の敵ではない。
 だが、苦しい戦いから逃げてきた者達を拒み、関所を強行しようとした罪で捕縛しなくてはならない――この事は彼らの気持ちを重くした。

●4月30日
「話は聞いた。なぜあの魔法がダメだと言われたのか、わかるかい?」
 帰り支度をする冒険者達のところへやってきたのは、大伴守国だった。様子を見に来たのだ。
 問いかけられたシルフィリアは肩をすくめて苦笑いした。
「それがわからなくてねぇ。あたいは『最寄の許可なき品を持つ者』ってちゃんと指定しようとしたのに」
「‥‥『許可なき品』というあやふやな指定で放てば、矢はお前に向かっていたかもしれない。それに、あれは不可避の魔法だ。そしてあくまでも攻撃の為の魔法。戦場以外でやすやすと放っていいものではない。お前の立場を危うくするだけだ」
 守国は息を吐いた。まだ何か、それも言いにくい事を言うのか、眉を少しひそめた。
「そうでなくとも、今回の事でお前達冒険者を悪し様に言う者が出てきたんだ。魔物として認知される精霊を連れてきたり、頭の固い役人に薬や色香の利用を提案したり‥‥少々配慮が足りなかったな」
 余計な傷をつける事なく、通行制限に反する者達に対処したという点では評価に値するがな、と付け加えて。まだ用事が残っているからと守国は去っていった。