逢引のススメ

■ショートシナリオ


担当:言の羽

対応レベル:フリーlv

難易度:易しい

成功報酬:4

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:05月30日〜06月04日

リプレイ公開日:2007年06月08日

●オープニング

 汗ばんでしまう日も多くなってきた今日この頃。皆さんいかがお過ごしでしょうか? そろそろ夏用の着物を用意しておかなければなりませんね。新しくあつらえてもいいかもしれません。

 本題に入りましょう。

 最近、恋人もしくは旦那様奥様と、仲睦まじい時を過ごされた事はありますか?

 うちは大丈夫だという方は、それで結構です。どうぞこれからもその調子で。
 ちょっとご無沙汰だという方‥‥いけませんね。いけません。まったくもってそんな事ではいけません。すぐにお相手の方に声をかけるのがよいでしょう。たとえ仕事などの都合で多くの時間をその方の為に割く事ができないのだとしても、それについて申し訳なく思っているという一言を告げたなら、お互いに幾分か心安らぐ事でしょう。

 大切なのは自分の想いを伝える事。あなただって、大切な人が何も言ってくれないと、とても不安になるでしょう? そういうものなのです。

 さあ、どうぞ行ってらっしゃいな。あなたの大切な方のところへ。

●今回の参加者

 ea9789 アグリット・バンデス(34歳・♂・ウィザード・ハーフエルフ・イスパニア王国)
 ea9945 暁 鏡(31歳・♀・武道家・ハーフエルフ・華仙教大国)
 ec0097 瀬崎 鐶(24歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 ec0804 澤田 桔梗(24歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●婚約しているふたり
(「逢い引き。――イギリス風に言うと、でーと」)
 仕上げとして襟元を整えながら、暁鏡(ea9945)はそんな風に考えていた。
(「華国風に言うと‥‥あれ、何だったっけ。長い事使っていないから忘れちゃったな‥‥」)
 鏡をのぞきながらちょいちょいと前髪を弄る。
(「‥‥うん、できた」)
 完璧というわけではないが、時間をかけただけあって満足のいく仕度ができた。
 折角の機会、折角のふたりきり。夫婦となるまであともう少ししかないし、その為に行きたい所もいくつかある。今日一日を、しっかりと有効活用しなくては。

「六月かぁ‥‥」
 いい具合に晴れた空を見上げて、眩しそうに目を細めるアグリット・バンデス(ea9789)。雨が降るさまも風情があるが、江戸市中を見て回るには晴れていたほうがやはり動きやすいだろう。
(「考えてみりゃ、会ったのはもう何時の話かねぇ‥‥あれから随分と関係も変わったもんだなぁ」)
 関係が変わったという事は、それだけ積み重ねてきたものがあるという事。しみじみとする。勿論、これからも積み重ねていくのだという事も踏まえて。
(「‥‥ま、いっか」)
 難しい事を考えても仕方がない。今日は楽しむ。それでいいじゃないか、と彼は自分の中で結論付けた。
「ごめんね‥‥待った?」
 カラカラと乾いた音をさせて引き戸が開く。鏡だ。鏡と長身のアグリットとでは身長差があり、こうして普通に並んでいるとどうしても、鏡がアグリットを見上げる形になる。つまりアグリットにしてみれば上目遣いをされている事と同意。
「‥‥どうかした?」
「いや、何でもねぇ。行くか」
「ん」
 表面的には鏡をエスコートしながら。心の中では鼻の下を伸ばしながら。アグリットは鏡を連れて歩き出す。
 本日のメインイベントは決定済みではあるものの、その前にワンクッションほしい。洒落た店など色々と見て回りたいところだったが、生憎とアグリットが江戸で知っている店といえば「うまい飯の出るところ」‥‥頭の中でそういうカテゴリー分けがなされているらしい。
 普段、飯どころ以外の店に興味を惹かれないのが仇となったようだ。肝心な時に使えねぇ、と自分の頭を鷲づかみにしたい衝動に駆られながら、結局彼は腹ごしらえという選択肢をとった。

 そうして向かった先は、お品書きに甘味も記されている店だった。こじんまりとした造りながら、座敷を衝立で区切って客席を設けてあるので、人目もさほど気にならない。落ち着いて食事と会話を堪能できるのはいい事だ。
 つやつや輝く白玉団子に餡子を乗せてから、ころんと口の中に入れる。もちもちとした食感が広がり、鏡は幸せオーラを発した。
 食事を済ませた後だというのに全身で甘味を味わう鏡に、やっぱ別腹なのか、と妙な感心をするアグリット。そんな彼の目と鼻の先に、ずずいっと白玉が突き出された。
「‥‥はい、アグリット君。お団子。あーん」
「え、マジで?」
 嬉し恥ずかしという表現がまさしくぴったりくる行為、「私が食べさせてあげる♪」である。さすがに人前で‥‥と挙動不審気味に戸惑ったアグリットだったが、鏡の瞳に陰が差した為、意を決して団子に喰らいついていった。
「‥‥おいしい?」
「おぅ。‥‥鏡が食わしてくれたから尚更うまい」
「そう言ってもらえると‥‥嬉しい、な」
 こうなると本当に美味なのかどうかは関係ない。相手が自分の傍にいてくれるから美味なのである。

 前述の通り、アグリットと鏡はもうすぐ夫婦となる。式を挙げるのだ。となれば準備も行わなければならない。
「やっぱ和装がいいかねぇ」
 次に向かったのは呉服屋だった。式の衣装を見繕う為に。
「鏡の場合、和装洋装どっちでも似合いそうなもんだけど」
 店員に反物を見せてもらいながら、アグリットはまだ迷っていた。和装の鏡と、洋装の鏡。ふたりの鏡を脳裏に思い浮かべてようやく、彼は決断を下した。
「和装の方で行こう。つーか俺がそれを見たい」
 下したわけだが、鏡のほうではとっくにどちらを着るのかが決まっていた。店員にいくつか見せてもらった中から選んだアグリットの為の紋付袴を、試着してみてくれと持ってきた。
 花嫁が和装で行くなら花婿も和装でなければならないし、どのみちアグリットの分も作らなければならない。慣れない着物に四苦八苦したようで時間はかかったが、別室から出てきたアグリットは、ひと目で鏡が頬を赤らめるくらいには男前だった。
「‥‥うん。着物も似合ってると思うよ」
「そうか? っああ、結構気になるな、これ」
「後で、和装での仕草、教えてあげる‥‥。じゃあ‥‥僕も、試してみるね‥‥」
 袂が邪魔くさいのか、いじくり回して店員に微妙な顔をされているアグリットに少し笑ってから、鏡も試着に行った。
 そして再び始まる、アグリットの妄想タイム。
(「‥‥白装束を纏った鏡かぁ。さぞかし綺麗なんだろうねぇ」)
 ドレスとはまた違った趣のある、着物。洋の世界で生まれ育ったアグリットには、着物というだけで神秘的に見えるのかもしれない。しかもそれ以上に、着ているのが心から愛する女性である事からも、必ずや魅力的であるだろう。
(「やべっ、想像しただけでニヤけちまう」)
 周囲から危ない人と思われるわけにもいかないので、抑えの利かない口元は手で覆い、必死で隠す。しかし想像は止まらなかった。実物が登場するまでは。
「どう、かな‥‥似合う、かな‥‥」
 本番では、今は下ろしている髪を結い上げる事になるだろう。いやそんな些細な事はこの際どうでもよかった。
「アグリット君‥‥あんまり見られると‥‥照れる‥‥」
「へっ‥‥あ、ああ、そうだな‥‥」
 止まらない想像よりも、実際にそこにいる本物のほうが、遥かに綺麗で可憐で、このまま連れて帰りたい。と、アグリットは本気で思った。

 何とか落ち着いたのは、いつもの冒険者酒場のいつもの席に座っていつものように熱燗を頼んでから。
 一応ふたりが出会った思い出の場所ではあるのだが、常日頃至極普通に出入りしているせいで、感慨も沸きにくい鏡だった。とはいえ、今日みたいな日はとアグリットのほうから手酌してくれたものだから、じわじわと胸がきゅーっとなっていく。
「なぁ鏡。改めて言うのも恥ずかしいけどよ‥‥まぁなんだ、幸せになろうぜ」
 まるで世間話をするような口調でアグリットは言い、自分の杯をあおる。
「幸せになれるかな‥‥幸せに‥‥なりたい、な‥‥」
「なれるさ。お互い今まで色々あった分、そうなったっていいはずだからよ。お前が沢山悲しんだ分、絶対に幸せにしてやっから」
 色々、とひとくくりにしてしまえないほどに色々な事があっただろう。中途半端な長さの尖り耳以外にも理由はあるのかもしれないが。
「うん‥‥僕は臆病だから‥‥アグリット君と一緒じゃないと、きっと、駄目だ」
 だから、一緒になろうと言ってくれて、嬉しい――アグリットの上着の袖を掴んだ鏡の手は震えていて、見上げる瞳からはぽろっと涙が零れた。
 嬉し涙は、しょうがねぇなぁとアグリットが拭ってくれる。偶然近づいてきた彼の唇に、鏡は一瞬、自分の唇を重ねた。
「‥‥何度だって言える。愛しているよ、アグリット君」
 そして鏡はまたぽろぽろと涙を零した。

●婚約するふたり
「‥‥」
「へ、変、かな‥‥?」
 江戸を二人で回るのは初めてだからと気合を入れておしゃれをした瀬崎鐶(ec0097)は、自分の姿を見て絶句している澤田桔梗(ec0804)に少々不安を抱いた。
 感情を表に出す事の少ない鐶がした精一杯のおしゃれ。明るい水色の着物に、濃い青の袴。肩を越す茶色の髪は高い位置でまとめて、柘植の櫛と枝垂れ櫻に小鼓のかんざしで飾りつけ。桔梗が気に入ってくれればと努力したのに、ダメだったのだろうか。
 我に返り、やや肩を落とした環に気づいた桔梗は、慌てて首を左右に振った。
「変なわけない! 可愛い‥‥や、綺麗やな。うん、綺麗やで、たま」
 八重歯をのぞかせて桔梗が笑うので、無表情のはずの鐶の頬も、ほんのりと紅色に染まった。

 午前と午後で行き先をきっちり区切るのは鐶の性分からだろうか。午前は神社を廻っては出店をのぞき、午後は船を借りて疲れた足を休めながらのんびり過ごす。完璧。‥‥と彼女が思っているかは不明だが、何にしろ桔梗は彼女の提案ならば笑顔で受け入れるに違いない。
「江戸も最近騒がしくなってきとるけど、こんな時やから心にゆとりを持たんといかん思うんや」
「‥‥そうだね」
 有名どころの神社はさすがに趣があり、建物からして格が違うように感じられる。桔梗は京都の神社と比べているのかじっくり眺めているのだが、鐶には眺める余裕がいまいち足りない。桔梗と組んでいる腕が、寄り添っているおかげで触れる部分が、自分の体だとは思えないほどに緊張しているからだ。
「江戸は綺麗なところやなぁ‥‥たまはもっと綺麗やけどなぁ」
「あ、ありがとう‥‥」
 桔梗は恋愛慣れはしていないようだから、この振る舞いは彼の素なのだろう。その純粋さは鐶にまっすぐ、力強く届く。故に鐶はまた頬を赤くして、桔梗の目を見る事ができない代わりに、組んだ腕に力を込める。
 桔梗が口元をほころばせて、しかしそっと鐶の腕をはずした。鐶はやや驚いたものの、自分達がもう賽銭箱の前にいるのだとわかると、財布を取り出した。
 からんころころん。賽銭箱の奥へと小銭が転がっていく。ふたりはお辞儀をして、かしわ手を打つ。
(「いつまでも梗ちゃんと一緒にいたい、です」)
 そして鐶は祈る。願う。隣に立つその人と共に過ごす未来を。
 あまりにも強く願いすぎて、後程立ち寄った茶屋で当の桔梗から尋ねられる事になるとは露とも思わず。
「さっき、熱心に願い事してたなぁ。何をお願いしてたんや?」
「‥‥秘密。それより‥‥はい、あーん」
「ん、あーん」
「‥‥‥‥‥‥そんなにすんなり受け入れられると、悪戯にならない」
「んぐ‥‥なんや、これ、悪戯なんか。嬉しい悪戯やな」
 桔梗を恥ずかしがらせようとしてやった事が、逆に彼女を恥ずかしがらせた。ちょっと悔しいとも思う。
 けれど桔梗のそういうところが、彼女にはとても魅力的なのだった。

 江戸の街には、中心にある江戸城を囲む堀をはじめとして、最終的には湾につながる水路が流れている。ふたりは舟宿で小さな舟を借りてこの水路を巡る事にしていた。
 鐶も漕ぐつもりだったのだが、桔梗に櫂を取り上げられてしまった。こういう時は男に任せておけばいいのだと。
 その心意気を無碍にするわけにもいかないので、鐶は持参した茶の用意を始める。水筒と布でくるんであった湯呑みを取り出した。
「静かやなぁ‥‥ずっとこの時間が続けばええのに、無理な願いやろか‥‥」
 西の空が朱になってきているし、そろそろ夕飯時だからだろう。人通りの少なそうなところを選んで通っているとはいえ、まるで世界でふたりだけになったような静けさだった。
 ずっとは無理でも、少しでも長くこの時間を続けようとして、桔梗が櫂を動かす速度はことさらゆっくりとしたものになっていく。
「梗ちゃん、はい、お茶‥‥」
「あぁ、ありが――って、近い! 近いで、たまっ」
 茶の注がれた湯呑みと共に、鐶までくっついてきた。急に目の前に人の顔が来れば誰だって驚く。
「ひとつの湯呑みで一緒に飲めるかな、って」
「それはえぇんやけどな、さすがに舟の上ではっ」
 桔梗が驚いてのけぞった為、舟が揺れた。鐶の持つ湯呑みの中で、茶が波打った。わ、と鐶が声を上げたかと思うと、その体が傾いだ。
「たま!?」
 ひときわ大きく揺れる舟。
 自分は桔梗の胸元に抱き寄せられているのだと、鐶が気づくまでにさほど時間はかからなかった。
「折角たまが淹れてくれたお茶、零してしまったなぁ」
 そしらぬ顔をして鐶を元の位置に戻す桔梗――が、桔梗とて平常心ではいられなかったようだ。さっそく漕ぐのを再開したがその動きは今までよりも速いし、耳が赤く見えるのも夕焼けのせいばかりではないだろう。
「‥‥梗ちゃん、止まって」
「え?」
 舟が橋の下を通りかかった時、鐶に言われるまま、桔梗は手を止めた。舟が止まると、鐶が身を乗り出した。桔梗のほうへ。つい身構えてしまった桔梗だったが、その唇に柔らかいものが押し当てられた。
「‥‥見られると恥ずかしいから‥‥」
 そそくさと離れていこうとする鐶。けれど桔梗は今度こそ彼女を抱きしめて離さなかった。 
「その‥‥たまがえかったらやけど、うちがおじいさんになるまで隣にいてくれへんやろか」
「‥‥?!」
「幸せにするで‥‥や、一緒に幸せになろな?」
 それは求婚の言葉であり、鐶が神社で願った事を叶える言葉だった。
 鐶は自分の体が熱くのぼせているのを感じとった。顔もあの夕日以上に赤いはず。そして自分が発する熱が自分を抱きしめる桔梗にも伝わっているのだと思うと、とてもではないが恥ずかしくて、彼女は手で顔を隠してしまった。
「‥‥たま?」
 桔梗が心配そうに問いかける。もしや嫌がられているのではと不安なのだ。
 勿論、そうではない。嬉しすぎて、うまく返事が紡げないだけだ。
「‥‥ぼ、僕も‥‥好き‥‥大好き‥‥だから‥‥一緒に‥‥」
 かろうじて聞こえるほどの、かすかな声。けれど桔梗の耳にはしっかりと届いた。顔を覆ったままの手をどかして鐶の目をじっと見つめる。
 あ、と鐶が思った時には、もう逃げられなくなっていた。
 永遠のようにも感じられる、約束の証の口付けだった。