【葱】(本物の)葱を作ろう!〜開拓編

■ショートシナリオ


担当:言の羽

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 72 C

参加人数:5人

サポート参加人数:2人

冒険期間:07月05日〜07月14日

リプレイ公開日:2007年07月14日

●オープニング

 鎌倉は、お世辞にも豊かであるとは言えない。兵も、少数精鋭と表現すれば聞こえはいいが、要するに数が少ない。
 故に昨今の騒動からこちら、鎌倉のとった行動は、「戦を除くやんごとなき事情のある者以外で、武器を所持する者の通行を制限する」事だった。海に面し、残りの三方を山に囲まれている鎌倉は、守りに徹すれば堅固な城塞となる。他藩から反発を招きかねない案ではあったが、自領地の民を思えばこそ、実行に移された。

 だがそういった事情は、人口の大多数を占める農民にとってはほとんど関係がなかった。彼らが最も気にするのは、作物の出来不出来と毎日の天気だった。田植えが済んで青々とした稲が育つのを眺めながら、合間を縫ってまた別の作物に目を向ける事もある。

 例えば葱とか葱とか、あと葱とか。

『おーい、手紙を持ってきたぞー!』
 一息ついていた農民の男のところへ、茶色い髪に茶色い瞳の青年が走ってきて、イギリス語で話しかけた。勿論、男には青年の言っている事がわからなかったが、青年の肩に座っているシフールの少年が通訳をしてくれた。
「おお、江戸へ出稼ぎに行っている息子からだ。ありがとうな、ヘモグロビンさん」
『いやいや。これが俺の仕事だからな』
 ヘモグロビンという名の青年は、はにかむような笑顔を見せた。
 ‥‥一部の方はこの名前で既にお気づきだろう。彼こそはヘモグロビン・カマバット。イギリスはキャメロットで(変な方向に)名を馳せた、ネギリストたる男である。
 ではネギリストとは何なのか。葱の形状を模したフライングブルーム、すなわちフライング葱を乗りこなす、(色々な意味で)選ばれた者の事だ。
 ヘモグロビンはこのフライング葱を広める為にわざわざ月道を通ってジャパンまで来たのだが、妻が第一子を出産した事により、現在は葱道を広める事よりも生活費を稼ぐ事を優先している。彼が住んでいるのは鎌倉の沖に浮かぶ江の島だ。この江の島、島なのでいかんせん不便な点が多く、荷や手紙を運ぶのも船を使うなど一苦労なのだが、彼は無駄に有り余る体力とフライング葱を活用し、飛脚として活躍中である。
『返事を書いたらまた知らせてくれよ。鎌倉の街にいる飛脚仲間のところまで持っていってやるからな』
「すまんねぇ。数日以内にはお前さんとこに持っていくから、よろしく頼むよ」
 ちなみに、こうしてごく普通の会話をしている最中にも、ヘモグロビンの手には先ほどまで使用していたフライング葱があるわけで。
 そのフライング葱に、農民の男の視線がふっと留まった。
「‥‥お前さん、畑仕事をしてみるつもりはないかい?」
『いきなりだな。俺には飛脚という仕事がもうあるが‥‥』
「いや、生活費の足しにできるような規模での話さ。副業というか、内職に近いかねぇ。子供もどんどん育ってくし、金はいくらあっても足りないだろ?」
『それは‥‥まあ、否定はしない』
 商品として出荷できるレベルのものはできなくても、それなりのものができれば自分の家で使えばいい、と男は付け加えた。
 男の話には納得できる部分があるが、ヘモグロビンは躊躇する。農業の経験がないからだ。
「お前さん、その何とか葱を広める為にわざわざ来てるんだろ? だったら丁度いいものがあるんだよ」
 渋るヘモグロビンに対し、男が納屋から持ち出してきたのは、何かの苗だった。
『これは?』
「葱の苗だよ」
『何!? 葱!?』
 そう。本物の、正真正銘の、植物の、葱の苗だった。
「うちではもう植え終わったんだけどね、少し余ったんだ。まだいくらか納屋の中に並んでる分もお前さんに譲るから、挑戦してみちゃあどうだい」
 どうだい、と尋ねてはいるものの、男にはヘモグロビンが既に決意しているのがありありとわかった。

 男から葱の苗を譲ってもらい、育て方の説明を受けたヘモグロビンは、自宅に戻ると周囲を確認しに歩き回ってみた。
 子供の教育費以外にも、金銭については色々と厳しい。月道の料金で財布の軽くなっていたカマバット一家は、家を借りる為の頭金や当面の生活費を、とあるきっかけで縁の繋がった鶴岡八幡宮の神主から借り受けたのだ。飛脚で得る収入からちまちまと返してはいるものの、なるべく早く完済したいところではある。
 表の庭は、イギリスでは調香師をしていた彼の妻アメリアが、育児の気晴らしに育てている花が見事に咲き誇っている。
 裏手に回ると、大小の石ころが転がり、風で飛ばされてきたのか枯れ枝や枯葉がそこかしこを覆っていた。
『ふむ』
 新しく畑用の土地を借りたり買ったりする金はない。となれば、残る選択肢は猫の額ほどのこの裏庭だ。日当たりだけはやや悪いが、奥に生えている木を伐採し、そちらのほうへ畑を広げれば大丈夫そうだ。
 しかし飛脚仕事の合間に、一人もしくは結構な年齢の父グランパと二人で木を切り荒れた土地を畑として生まれ変わらせるのはなかなか厳しい。苗を譲ってくれた男も、早々に植えてくれと言っていた。
『‥‥冒険者に頼むか』
 相場より少ない報酬しか出せないが、それでも手伝ってくれる者がいれば御の字だと、ヘモグロビンは早速冒険者ギルドへの手紙を書き始める事にした。

●今回の参加者

 ea0061 チップ・エイオータ(31歳・♂・レンジャー・パラ・イギリス王国)
 ea5386 来生 十四郎(39歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb2257 パラーリア・ゲラー(29歳・♀・レンジャー・パラ・フランク王国)
 eb3690 室川 雅水(40歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 ec3188 ドゥギー(39歳・♂・カムイラメトク・パラ・蝦夷)

●サポート参加者

室川 太一郎(eb2304)/ 室川 風太(eb3283

●リプレイ本文


『ヒュー君、はじめましてーっ!!』
 ヘモグロビンとアメリアの長男ヒューは、生後6ヶ月になるかならないかの赤ん坊。母譲りのブロンドもまだまだ短く、チップ・エイオータ(ea0061)に高い高いをされても、ふわっと一瞬そよぐ程度。
 見定めるかのような視線を投げかけてくるヒューを何とか笑顔にしようと、チップはもう一度高い高いを試みる。だが、ヒューは笑わない。むしろ不機嫌そうに口元を歪めた。
『あ、あれ?』
『高さが物足らないんじゃないか』
 来生十四郎(ea5386)は戸惑うチップの手からヒューを抱き上げると、屈伸時の膝の力を活用して、チップでは到底到達できない高みへとヒューを連れて行った。2mを越える高い高いである。ヒューの目が見開かれ、あっという間に満面の笑みが広がった。
 高所に物怖じしないのはカマバットの血か。そんな思考が一瞬十四郎の脳裏をよぎったが、赤ん坊の明るい未来の為にも口には出さないで置く事にした。
「なるほどねー。チップくんはパラだから、いつも父親にしてもらってる高い高いよりも、どうしても低くなるわけだねん」
 ぽろんぽろんと聞き慣れない音に、ヒューの目は落ち着きなく動き回る。室川雅水(eb3690)の奏でる、シフールの竪琴の音色だ。シフールサイズなので人間サイズの竪琴よりも音量は小さいが、それがかえって赤ん坊の耳には好印象のようだ。優しい音色に眠気を誘われたのか、小さい口を大きく開いて、ヒューがあくびをした。
『ところで、ギルドから聞いていたよりも少ないようだが?』
 母親の腕に戻り、家の中に入っていく息子を見送ってから、依頼人であるヘモグロビンは首を傾げた。肩には通訳をしてくれるシフールの少年、コウがいる。
 今回のメンバーは総勢5人。チップ、十四郎、雅水、それに今は先行して裏庭の確認に回っているドゥギー(ec3188)を足しても、一人足りない。一体どうしたのかと尋ねるヘモグロビンに、ああそれなら、とチップが答えた。
『後から来るって言ってたよ』
『寄り道か?』
「そういえば、関所は通れないとか何とか‥‥」
 二人の会話で、十四郎も自分の記憶を掘り起こした。そして記憶に残る言葉の嫌な印象に苦笑した。
「‥‥まさかな」
 まだ到着しない5人目のメンバー、パラーリア・ゲラー(eb2257)。ギルドで顔を合わせた時に彼女の連れていたペットが何だったかを思い出してみると、悪い想像しか浮かんでこない。
 そして、そのまさかだった。
『ヘーモーしーしょ〜っ!』
 ヘモグロビンとアメリア、ヒュー、今は仕事で出かけているグランパの4人で生活している、古くはあるがしっかりとした造りの家。の、前庭どころか周辺一帯が、太陽の光を遮られて真っ暗になった。
 全員が上空を見上げた。ばさりと羽音が聞こえ、慌てて庭の端に寄った。
 降下してくる巨大な鳥。家と比べても引けをとらない。
『ヘモししょ〜、久しぶりなのーっ♪ ししょ〜に会いたくて、パリから飛んできたんだよ〜っ』
 環視の中、鳥の背から降りてきたのはパラーリアだった。
 鳥。ちゃんとした名称で呼ぶならば、ロック鳥。獰猛な猛禽類である。常識はずれの大きさを持つ鳥をパラーリアは「ちろ」と呼び、自分を乗せて運んできてくれた事をねぎらった。
 それから今一度、パラーリアはヘモグロビンに向き直る。改めて再会の挨拶を交わそうと。だがヘモグロビンは苦虫を噛み潰したような表情で、彼女にこう言った。
『すまないが、帰ってくれ』
 ギルドから説明を受けただろう、と彼は続ける。鎌倉の役人は現在、冒険者を快く思っていない。ペットについても注意されたはずだ、と。
『だから関所は避けて、こうして空から――』
『誰にも見られなかったという保証があるか? お前達に働いてもらっている間、この鳥がここにいて誰の目にも触れないとでも思うのか?』
『それは‥‥でも、ちろはいい子だよ! ちゃんと言う事も聞くし!』
『わかってくれ、パラーリア。俺達はしばらくの間ここに住むんだ、役人に睨まれるわけにはいかん。それにお前の‥‥飼い主の言う事は聞いたとしても、他の奴の言う事は聞かないかもしれん。お前がふと目を離した隙に人や家畜が襲われても、どうする事もできんというわけだ』
『ちろは‥‥ちろはそんな事しないよぉ‥‥』
 泣きそうになって下を向いたパラーリアを気遣うそぶりを見せたのは、大元の原因であるちろだけだった。他の者とて可愛がっているペットを悪く言われて悲しい気持ちになるのはわかるが、ロック鳥をかばう言葉など、頭に浮かんではこないのだ。
 沈む雰囲気に気づいたアメリアが、ヒューを寝かしつけた後で再び庭へ顔を出す。もう一度頼み込もうとするパラーリアに、ヘモグロビンが首を振ったところだった。


 当初の予定よりも人数は減ったが、一同は気持ちを新たにして、未来の畑と相対する。
 裏庭と称されているそれは、どう見ても庭とは思えない荒れっぷりだった。靴の爪先で小突いただけでもわかる土の固さ。散乱する落ち葉枯れ枝。
「こりゃあ骨が折れるがや‥‥」
 江戸からはるばる持ってきた農耕具で、とりあえず土に戦いを挑んでみたらしいドゥギー。とんとんと拳で軽く腰を叩く彼の足元には、浅く削れた、せいぜいが水溜り予備軍の、未熟な穴ができている。
 チップと十四郎は移動や荷物運搬だけでなく農作業の手伝いもしてもらう為に、各自で馬を連れてきていた。こちらも馬を連れてきていた雅水には、馬に作業を手伝ってもらうという発想がなかったのだが、どうせなら楽になるほうがいいという事で、自分の代わりとして馬に働いてもらう事にする。他に必要そうな道具も確認を取ってみると、基本的な者は江戸から持ってきた物で済みそうだし、少々大掛かりな物は苗を分けてくれた近所の農家から借りてくる事ができるそうだ。
 計画も立ててある。1日目は邪魔な木を伐採し、日当たりの良いほうへと空き地を広げる。2日目は木の根や石、雑草等の撤去。3日目は土を起こして畑を完成させ、苗を植える。順序だてて考えられており、ヘモグロビンもふむふむと頷いている。
『これなら二日も予備日は必要なかったかな』
『予備日?』
 膂力が必要である伐採担当におのずと決定しそうな十四郎は、その体格のよさを最大限活用できるよう、木の具合を確認していた。そこへヘモグロビンの予備日発言である。イギリスにいた時についた癖か、十四郎はごく自然にイギリス語でオウム返しに質問を投げかけた。
『ああ、農業の勝手などわからないからな。うまくはかどらない場合に備えて、2日ほど期間を長めに、ギルドに頼んだ』
 早速チップが指折り数え、あ、と声を上げる。作業の予定は3日間、江戸・江の島間の移動は片道2日で往復は4日間、計7日間。対して依頼の期間は9日間となっている。つまり、2日余るのだ。
 これに、ふふん、と雅水が勝ち誇った様子で前髪をかき上げる。
「だぁから言ったじゃないかー。13日までみたいだ、ってねん」
「んだども、予備日があるってんなら、気も楽だがや。農業の経験者がおらんし、何がどう転がるかわからんのだべ?」
 しかしドゥギーにさらりと流される。
『まあ時間が余ったら、江の島の観光をしてもらってもかまわない。新鮮の海の幸は保証しよう』
 その為にも、ぜひとも頑張ってほしい。ヘモグロビンがそう締めくくった事で、作業開始の宣言となった。


 カッコーン。カッコーン。
 着物の上半身をはだけた十四郎が斧を振るうたび、高い音が響いていく。言うまでもないが重労働であり、しかも慣れない作業であるからして、十四郎の肌にはあっという間に大粒の汗が広がっていった。
 それでも、幹につけられた切り込みはどんどん深くなっていく。巨木というほど育った木がなかったのは幸いだった。
「たーおれーるぞー」
 木が自身を支えきれなくなる前に、幹にロープをくくりつけ、引っ張る。するとメキメキと壮絶な音をたてて傾き始めた。石拾いや雑草とりをしていたチップとドゥギーが身軽に距離をとる。そこへ、予想以上の速度でもって木が倒れこんだ。壮絶な地響き。枝が折れ、葉が散った。この騒動で、他の木にとまっていた鳥達が一斉に空へ飛んでいく。
「じゃあ今度はおいら達の出番だね」
「んだ。適当な長さに切るべ」
 木を倒したままにしておくわけにはいかないので、運ばなくてはならない。だがそのままでは難易度が高すぎるので、チップとドゥギーの行動は、木の分断へと移行した。
 ちなみにヘモグロビンが通訳のコウを連れて仕事に行ってしまったので、現在の会話は全てジャパン語で行われている。
「えー、ではここで一曲〜」
 べべん、と楽器を三味線に変えた雅水が弦をかき鳴らした。
「え? 雅水おにーさんはお仕事しないの?」
 チップが目を丸くするのも仕方のない事。なぜなら、雅水はまだ、何もしていないからだ。
 非力だからと、チップ達と同じように分断作業を行うのかと思いきや、彼が自分の分担として選んだのは「援護」だった。
「お兄さんはね、楽しい気分で仕事ができるならばそれでいいの。それが嬉しいの。つー訳で、『農作業の歌』、はじまりはじまり〜」
 チップだけではない。ドゥギーも十四郎も色々な意味でショックを受けたが、三味線の音色は止まらない。おまけに歌まで口ずさみ始めた。

 愛をこめて、ネギを育てましょう〜
 テケテケテーン、チャラチュラ〜

 農作業も愛なのよーん♪ 
 ほいさ、ほいさ、ほいさっさ〜、よいよい

 端的に述べてしまえば、どちらかというと下手。三味線はまだ普通に聞けるのだが、歌がダメだ。まったくの素人に毛が生えた程度であり、酒場などで歌っても聞き流されるだけに終わるだろう。
 だがここは酒場ではない。畑として生まれ変わるべき場所なのだ。そして歌の内容は、愛で葱を育てるというもの。ことこの場に限っては、雅水が言ったように、楽しみながら仕事をする為に不可欠のものとなった。
「葱を育てましょう〜♪」
「ほいさ、ほいさ、ほいさっさ〜♪」
 単調で簡単な言葉、短いフレーズの繰り返し。軽いリズムはすぐに皆の耳から離れなくなり、皆で声を揃えて口ずさみながらの作業となった。

 たとえ気分は軽快であっても、体への負担はそこまで変わりはしない。
「‥‥‥‥‥‥ぐっ‥‥」
 作業日二日目。十四郎は布団からなかなか出られなかった。腰がびきびきいっていて。
「十四郎さん、大丈夫だべか?」
「大丈夫だ、と言いたいところだが‥‥結構きつい」
「んー、十四郎さん一人にお願いしちゃったからねん」
 腰の痛みを侮ると、後でもっと痛い目見る事になる。アメリアが多少の処置をしてくれるというし、ここは無理をしないほうがいいだろうと、皆は十四郎を置いて作業に出かけた。
 十四郎がいないので、前日は彼に任せていたような力仕事も、他の皆でやらなければならなくなった。雅水も演奏してばかりはいられず、作業の一部を請け負う事になった。それでも歌を口ずさめば、自然と体は動くようになっていた。
 大きめの石をどかすのには、ロープで馬と石とをくくりつけ、引っ張ってもらう。一頭では無理だとしても、三頭もいればお釣りが来る。
 馬達に指示を出しながら、チップはちらりと日当たりの良いあたりを見やった。そこには程よい長さに分断された木が積まれていた。


「昨日はすまなかったな。今日は昨日の分もばっちり働くからな!」
 一日休んだ十四郎はすっかり回復していた。腰の動きも爽快だ。
 しかし、今度はチップに疲労の色が濃かった。
「なんだ、どうした?」
「薪割りをしてたのさー」
 ほら、と雅水が示す先には、うず高く積まれた薪予備軍が日光の下、あとは乾燥を待つのみの状態になっていた。
「お風呂に入れば、汚れも疲れも取れると思って‥‥ヘモグロビンにもOKもらったから」
 そう言って笑顔を浮かべようとするチップだったが、どう見ても笑顔になりきれていない。
「ふむ。じゃあ今日はお前さんが休む番だな」
「え、でも」
「そんな状態だと楽しんで仕事するのは難しそうだしねー」
「おいら達に任せて、英気を養うんだべ」
「みんな‥‥」
 皆の優しさにじーんとチップの心が震える。目も少し潤んでいる。
 そんな彼の頭に手をぽんぽんとしてから、皆はいざ土起こしへ。

 本日も馬を活用して、畝を作れるように土を柔らかくする。
「畝は高めに作って、肥料の灰をまくだ。葱の苗は畝の側面に挿して植えると、葱が曲がってうまくなるって聞いたことがあるだがや」
「アメリアさんから台所の灰をもらってくるか。‥‥足りるか?」
「それこそ、お風呂を沸かした後の灰を足せばいいと思うけどねん」
 それはいい案だ、と手を打つ。風呂が待っているとわかれば、熱い湯に身を沈めた時の気持ちよさを期待せずにはいられない。そしてある程度の疲れがあったほうが気持ちよく感じられる場合もある。
 着物はしっかりとたすき挙げして、袂や袖が汚れないように注意する。汚れてもアメリアが洗濯してくれるのだが、土汚れは落ちにくいのだ。アメリアには赤ん坊の世話という最も大事な仕事があるのだから、負担はなるべく軽くしたい。夜は冒険者で子守も請け負っているとはいえ、食事を作ってもらっているという礼もある。
「テケテケテーン」
「チャラチュラ〜」
 相変わらず歌いながら、作業は続く。
 そこで、はたと彼らは気づくのである。風呂に入るのなら土起こしの後だから夜になるだろう。夜に入った後の灰を畑にまくとすれば、苗を植えるのはどうしても明日――
「‥‥予備日万歳」
 十四郎が呟き、雅水とドゥギーは頷いて賛同した。


 一定の間隔で伸びている畝。畝と畝の間には緑の葉がひょこんと伸びて、風にそよいでいる。この緑の葉が成長するたびに土を寄せるのだが、そうする事で日に当たる部分と当たらない部分‥‥つまり緑の部分と白い部分ができる。店で売られている状態の葱が出来上がるのだ。
「農業って、大変だよね」
 一日休んで風呂にも入ったおかげで元気を取り戻したチップは、また作業に復帰していた。
「だべなあ。大地との戦いって感じだがや」
「この葱を具にしたお味噌汁、いただきたいところさー」
「葱焼きにするのもいいんじゃないか? 醤油、もしくは味噌添えで。‥‥酒に合いそうだな」
 子供を見て成長後の姿を想像する親のように、彼らは苗が立派な葱として育った姿を思い描いていた。――調理後の姿まで思いが及び、途端に口中で唾液の渦が。
 いやいや、余裕があれば売ってカマバット家の家計の足しにしなければならないのだから、それはいけない。
 代わりと言ってはなんだが、予備日二日目分は丸一日自由であるからして。盛りだくさんの新鮮な刺身を肴に一杯、賑やかな演奏付、が、待っている。