山に逃げたお馬さん

■ショートシナリオ


担当:言の羽

対応レベル:6〜10lv

難易度:普通

成功報酬:3 G 9 C

参加人数:4人

サポート参加人数:3人

冒険期間:07月24日〜07月29日

リプレイ公開日:2007年08月02日

●オープニング

 鎌倉は、山と海と平地があって立地条件にはなかなか恵まれているものの、金銭的にはさほど豊かではない。
 故に、今ある資源は余す事なく利用しようとする。利用というとどこかしら悪い印象があるが、要するに無駄をなくそうとしているのだ。

「そんなわけで、この依頼です」
「は?」
 職についたばかりにしか見えない青年の言葉が意味するところがわからず、冒険者ギルドの受付係は自然と首を斜めに傾げてしまった。
「まあ、関係ないと言えば関係ないんですけどね」
 だったら前口上こそが無駄だったんじゃ‥‥と思った受付係、しかしそれは口に出さず、ぐっと堪えて青年に続きを促した。
「私が働いているのは、注文を受けて馬を育てている厩舎なんですけどね。先日その馬が、変なものを見た拍子に驚いて暴れだしたんですよ。それで手綱を振り切ったかと思ったら、そのまま屋敷の敷地から飛び出していってしまいまして、裏手にある山へと逃げ込んでしまったんです」
「何だったんですか、その変なものって」
「‥‥‥‥‥‥‥‥葱‥‥」
「はい?」
「いやいやいや。こうなってしまってからではどうしようもないのだし、それについてはどうでもいいです」
 思い出したくないらしい。いささか気にはなったが、ここで話を止めても仕方がないので、再びぐっと堪える受付係。
「その馬は、戦闘もこなせるように費用と時間と丹精を込めて育成されたもので、もうすぐとある武家に納めなければならない大事な商品でした。なのに逃げられたまま捕まえられないとあっては売買が成立せず、あちらにも迷惑がかかりますし、注ぎ込んだものが全て無駄になってしまいます」
「ああ、ここで先ほどの前口上に繋がるんですね」
 ようやく合点がいって、受付係はぽんと手を打つ。青年も満足げに頷いた――が、それどころではない事を思い出した青年はすぐさま、眉間に皺を取り戻した。
「このままでは信用をなくしてしまいます。冒険者の皆さんには、ぜひとも逃げた馬を捕まえてほしいのです」
「わかりました、お引き受けしましょう。補足などはありますか?」
「商品ですので、傷をつけないように連れてきてください。冒険者の中には魔法で傷を治せる人が多いそうですが、後で治せばいいというのはナシの方向で。傷をつけられたという事実は馬の記憶に残ると、それだけで支障が出てしまうので」
「まあ道理ですね。他には?」
「熊に気をつけてください」
 受付係がさらさらと走らせていた筆の動きが、ぴたりと止まった。
「あの山、大きくも深くもないんですけど、木や草が茂っているので餌が豊富なのか、どうも熊がいるみたいなんですよね」
 足跡や爪跡が見つかってるんですよ、と青年は悪びれる風もなく言う。
「多分、どこからか迷い込んできた一匹だけだとは思うんですけど‥‥熊にやられてしまわないうちに馬を見つけてください」
 あんな前口上よりも熊の存在を先に言え。
 叫びだしたい衝動を抑えようと、受付係は三度ぐっと堪えたのだった。

●今回の参加者

 eb3496 本庄 太助(24歳・♂・志士・パラ・ジャパン)
 eb5060 アペエムシ(28歳・♂・カムイラメトク・パラ・蝦夷)
 ec0843 雀尾 嵐淡(39歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 ec2786 室斐 鷹蔵(38歳・♂・浪人・人間・ジャパン)

●サポート参加者

ゴールド・ストーム(ea3785)/ 御陰 桜(eb4757)/ 宿奈 芳純(eb5475

●リプレイ本文


「じゃあ、まだ人を襲ったわけではないんだ?」
 本庄太助(eb3496)が念を押すと、依頼人はええ、と頷いた。
「ですが、これまでがそうだからといって、これからもそうだとは限りません。お気をつけて」
 気持ちが穏やかな時はともかく、怒った時の熊はとても恐ろしい存在だ。腕に自信のある冒険者でも、対応を誤れば痛い目を見る事になるだろう。依頼人はそう考えて冒険者達の無事を願う言葉をかけたのだが、アペエムシ(eb5060)と雀尾嵐淡(ec0843)の様子では、熊を軽く考えているように思われた。
「大丈夫、熊なんておいらがささっとやっつけてやるじゃん」
「魔法を駆使すればあっという間ですよ」
「はあ‥‥」
 アペエムシは事を前向きに考えているのであり、嵐淡は自分の魔法に自信があるのだろう。悪くはない事だが、実際に熊と遭遇した時にどう出るか。
「話は済んだのか? ならば行くぞ」
 不遜な態度で室斐鷹蔵(ec2786)が席を立ち、一筋の銀髪を翻して戸口に向かう。無用なおしゃべりをしている暇があるのならさっさとこの依頼を終わらせる‥‥そういう事だろう。仕事に堅実である、といえば聞こえはいいが、他人を見下すような態度のため、依頼人の印象はすこぶる悪い。
「‥‥まあ、こちらとしてはきっちりと仕事をしてもらえればかまいませんがね。ああ、そうそう。地図がいるという事でしたので、これを。略図ではありますが、無いよりはマシでしょう」
 略図というだけあって、それはとても簡単なものだった。目印となる水場やひときわ背の高い木、大きな石、方角などが記されているだけ。必要だと言われたから急いで描いたもののようだ。多少なりとも山に関する知識を持っている嵐淡でも、その適当さには愕然とした。
「生憎と、俺は山中の馬を探し当てる芸など持ち合わせておらんからな。うぬらに任せる」
 自分は後をついていくだけだと悪びれる風もなく公言する鷹蔵に、周囲は肩を落としため息をつく。
「けど、これで水場の大体の位置関係がわかったね。馬だって喉が渇くし、水場の周りなら草も豊富だろうし、この水場のどれかの近くにいると思うんだ」
「そうですね‥‥フライングブルームで山の周囲を旋回しながら馬の生命力を探るつもりでいたのですが、水場の近くと限定されるのであれば、効率も格段によくなります」
 太助の言うとおり、どんな生き物であっても生きる為には水と栄養源が必要だ。嵐淡は頷き、地図をじっと見詰めて水場の位置を頭に叩き込む。
「馬に警戒されずに近づく方法を教えてほしいじゃん。戦闘馬に後ろ足で蹴られるなんて、まっぴらごめんじゃん」
 そういえば、と思い出した様子でアペエムシは依頼人に助言を請う。彼には馬に関する知識や技術は無い。一頭の馬を飼ってはいるのだが、日頃の世話が蹴られる事なく済んでいるのは、やはり大切な存在として互いの間に絆を培っているからだろう。
「あなたが今おっしゃったように、馬の後ろから近づけば蹴られるでしょうね。馬をなだめつつ、前方からゆっくりと歩み寄ってみてください。逃げた時は興奮状態でしたが、現在は落ち着いているでしょうし。‥‥何事もなければ、ですが」
「じゃあ、世話をしていた人の匂いのついたものとかあるかな。もしもまた興奮していたなら、役に立つだろうから」
 次に話をふったのは、また太助。しかも物を貸してくれという話だったので、快く承諾した依頼人は奥に消えていった。勿論、戻ってくるまで待たなくてはならない。
 一度出発しようとしていた時から、時間はだいぶ過ぎている。鷹蔵の舌打ちが聞こえよがしに響いた。


 彼ら自身が連れてきた馬を依頼人に預け、山へ捜索に入ってからの行動は素早かった。その日の寝床を定めてテントを張るのも早かった。
 休める場所を作る必要があったのだ、魔力が空になってしまった嵐淡の為に。
「‥‥いい案だと、自分では思っていたのですけどね」
 魔力を補充する為、横になりながら嵐淡は呟いた。生命力を探知する魔法、デティクトライフフォース――その選択自体はよかったが、彼の能力では効果範囲があまりにも狭い。そしてフライングブルームでの飛行中という不安定な状態で魔法を成功させるには、未熟。結果として魔法の詠唱を繰り返し、フライングブルームに注ぐ魔力もなくなってしまい、今に至る。
 魔法は万能ではない。そして無限でもない。
「大丈夫じゃん?」
「ああ、すみません‥‥」
 アペエムシが差し出したのは、竹筒で作られた水筒。礼を述べてから受け取った嵐淡は、度重なる詠唱で疲れた喉を潤した。
「今日はしっかり休んでよ。明日にはまた魔法を使ってもらう事になるだろうから」
 テントの床に広げられる、略されすぎた地図の一点、ふもとのあたりに太助は人差し指の先を置く。続いて中腹へ、つつーっとずらした。
「俺達は今日、依頼人のところを出て、ここらへんまで来た。さっき見た小さな湧き水の泉は、地図だとこれの事だと思うんだ」
「確かに、水が沸いてるように見えなくもない印が書いてあるじゃん」
「気をつけて周りを探ってみたら、馬のひづめらしき足跡があった。湧き水を気に入ったのなら遠くへは行かないだろうし、その足跡を辿りながら、嵐淡に魔法で周囲を探ってもらえばいいんじゃないかな」
 先ほど嵐淡が飲んだ竹筒の中身がその湧き水なのだが、泉を見つけた時も彼らはそれを口に含んでいた。底の砂利の一粒一粒が見えるほどに澄んでいて、程よくひんやりとしていて、そして口当たりもよかった。馬とて、どうせ飲むのならうまい水のほうがいいだろう。寝心地のよい場所を求めて一旦は泉を離れたとしても、必ず近くにいるはずだ。
 足跡の話が出てようやく、嵐淡は自分にそうした動物の足跡を辿る知識があった事を思い出していた。
 明日はようやくうまく事が運びそうだ。


 泉は変わらず綺麗な水をたたえていた。砂利の下からぽこぽこと水が沸くたびに、水面に波紋が広がる。
 この山に住んでいる動物は注意しなければならない熊だけではないようで、湿った地面についている足跡は、馬のひづめの跡だけではなかった。重なり合う足跡を判別するのは難しかったが、彼らは額をつきつけるようにして、馬の足取りを追った。‥‥「熊を警戒しておいてやる」と言って木に背を預けている鷹蔵以外は。
「‥‥落ち葉の層が厚すぎるようですね。ここで足跡が途切れてしまっています」
 やがて、嵐淡が首を左右に振った。ずっと下を向いていたからだろう、顔全体が高潮している。
 アペエムシは諦めずに落ち葉を巻き上がらせながら探してみたものの、やはり見つからない。
 ゆっくりと深呼吸を繰り返して心身の平静を取り戻した嵐淡は、次に、魔法の詠唱を開始した。印を結ぶ腕から体全体へ、黒く淡い光が広がり嵐淡を包む。皆が――鷹蔵でさえもようやく先に進めるのかと見守るなか、半眼になっていた嵐淡は目を見開いた。くっ、と音がしそうな様子で顔の向きを変える。
「それらしい大きさの生命力を見つけました。行きましょう!」
 その方向へ一斉に走る。がさがさと落ち葉を踏みつけながら木々の合間を縫い、求めるものがいるだろう場所へ、急ぐ。
 進む邪魔をした枝を押しのけると、視界が開けた。
「‥‥‥‥いた‥‥」
 背の高い木が生む影のなかに、それは座り込んでいた。鞍こそついておらず轡と手綱だけの姿ではあるが、がっしりとした体格と威厳のある風貌は、戦の場でも見劣りしないだろう。確かに戦闘馬だった。
「じゃあさっそく、いつも使ってたっていうこの毛布を――」
「ちと待てい。馬の向こうをよく見てみい」
 依頼人に借りた物を荷物袋から引っ張り出そうとする太助を、鷹蔵が手で制した。不思議がる太助を横目に、アペエムシが鷹蔵の示した先を見やると。
「‥‥あれが、依頼人の言っていた‥‥?」
「じゃろうな」
 そう、熊が四足歩行で歩いていた。こちらに、というよりも馬のほうに近づいている。鷹蔵が舌打ちと共に飛び出す。
 太助が泉のそばで拾っておいた小石を投げた。小石は熊の近くの木の幹にぶつかり、小気味よい音をたてて跳ね返ってから、地面に落ちた。熊がそちらに気をとられている隙に、他の者も飛び出しては馬に近づいていった。
「どうどう‥‥俺達はお前を迎えに来たんだ。この匂い、わかるか?」
 立ち上がり、耳をそばだてて張り詰めた空気を放つ馬に、毛布が差し出される。馬はしばらく何かを考えていたようだったが、いつも自分の世話をしてくれていた人の匂いが毛布についている事に気がつくと、緊張を解いて鼻息で応えた。いい子だと撫でてやれば、気持ちよさそうに目を細めた。
「怪我はしていないようですね」
 薬を使う必要がなくてよかった、と嵐淡は言う。言って、手綱を木に結びつけた。驚いたのは太助だ。
「わざわざ熊を倒すつもりか!?」
「危険な存在を残しておくわけにも行きませんからね」
「危険って‥‥まだ攻撃してくる気はないみたいだし、さっきみたいに気を逸らしてから一気に山を降りれば――」
「もう遅いようですが」
 鷹蔵は居合いの構えに入り、アペエムシは抜いた刀を外套の陰に隠し、熊との間合いを計っている。熊にも彼らの心積もりが伝わってしまったのだろう。上半身を起こし、壁のような体と丸太のような腕、鋭い爪を振りかざし、威嚇を開始した。だが元よりその気の彼らだ、怯むはずもない。
 やむなしと見た太助が再び小石を投げる。脇を掠めた石に熊は更なる攻撃の意を感じとって咆哮を響かせる。怒りも増しただろう。
 その爪を目の前のちっぽけな人間にいよいよ叩きつけようと、一歩踏み出そうとした熊の動きががくんと止まる。下半身の自由がきかないらしく、やや慌てた様子で宙をかいている。
 ‥‥自由がきかないのも道理。熊の足には、メタリックジェルという魔物の姿となった嵐淡が絡み付いていた。
「小僧! 左じゃ! 左に跳べい!」
 冒険者ギルドで挨拶を交わした折、自分達の戦法が酷似している事を知った二人。鷹蔵は挟み撃ちにするつもりでアペエムシの次の動きを促す。命令するような口調に他の者ならば不快になったかもしれないが、細かい事を気にしないアペエムシはそのように感じる事もなく、熊を倒せるならばと素直に従った。
 勿論、熊が素直に斬りつけられるのを待つわけがない。動く上半身‥‥左右の腕どころか胴体までぶんぶん振り回し、鷹蔵達を近寄らせず、下半身の自由を取り戻そうとしている。間合いに入ろうとしても重い一撃が闇雲に飛んでくるので、アペエムシは避けるもなかなかあと一歩が踏み込めず、鷹蔵は回避が不得手なのでままならない。
「よし、やっと完成!」
 そんな彼らの背後から太助の声がした。何事かと思うも振り返る余裕のない彼らの視界にまっすぐ飛び込んできたのは、皿にも似た形状の、氷の円盤だった。
 切り裂かれる毛皮、血飛沫が舞う。
「小僧!」
「行くじゃんっ!」
 ふたすじの剣閃。咆哮どころではない、死にゆくものの叫びが山を震わせる。
 鷹蔵のつけた腕の傷からは湧き水のように血が溢れ出し、アペエムシの前にはどさりと、切り落としたもう片方の腕が落ちた。バランスを失った熊の体は地響きと共に倒れる。もう大丈夫だろうと熊から離れて元の姿に戻った嵐淡は、着衣の乱れを直している。
 体力のある熊相手にはまだ技術が足りなかった鷹蔵が血糊を拭く様子から、太助は目をそむけた。共存してる相手を無理に倒す必要もないと、彼は考えていたから。
「‥‥大丈夫。さあ、帰ろう‥‥」
 鼻先をこすりつけてきた馬に微笑み、待ちわびているに違いない依頼人のところへ戻る事だけを脳裏にとどめるようにした。