【ご近所冒険者】大きな蛙と小さな蛙

■ショートシナリオ


担当:言の羽

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 8 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月06日〜11月10日

リプレイ公開日:2007年11月14日

●オープニング

「あんた達に、退治してもらいたいのがいるのさ」
 ある程度の齢を重ねる事でより深い味わいを備えている整ったつくりの顔に妖艶な微笑をたたえて、その受付嬢は言った。嬢、と呼ぶべきではないのかもしれないが、そこを気にすると恐らく明日の朝日は拝めない。
「この江戸の街を出て、ちょいと行った所にね、池があるんだけど。結構水が綺麗でねぇ。旅人が立ち寄っては、自分や荷物運びの馬なんかの喉を潤してるってわけ」
 水筒の中身を詰め替えたり、木陰を利用しての休憩所になったりもしてる――と、彼女は付け加えた。
「けどねぇ‥‥困った事に、少し前から魔物が住みついちまったらしいんだよ。やたらとでかいのがね、池の中央に居座ってるんだとさ」
 これくらいはあるらしいと手の動きで大きさを示してくれたが、人間の大人ひとり分くらいはありそうだ。
 続いて彼女は、その五分の一ほどの大きさをふたつ、示した。
「しかもお供がいるそうだよ。それも2匹も。‥‥こいつらは親分みたいにでかくはないっていうんだけど、その代わりか、毒を吐いてくるっていう危険な奴らさ。気をしっかり持ってないと、一時間くらいで涅槃に旅立てるっていう厄介な毒さね」
 解毒剤を所持していれば慌てる事もなかろうが、そんな高価な代物を常備している旅人などほんの一握りだろう。折角の水場を遠めに眺めながら迂回しているというのが現状だ。
「各地に出向くあんた達冒険者にとっても、旅は安全なほうがいいだろう? よろしく引き受けちゃくれないかねぇ」
 期待してるよ、と受付嬢は柔らかな眼差しで依頼書を提示した。

●今回の参加者

 eb3619 日向 陽照(51歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 ec2195 本多 文那(24歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ec3065 池田 柳墨(66歳・♂・僧兵・人間・ジャパン)
 ec4014 高千穂 梓(29歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ec4077 アーガット・クライツ(28歳・♂・レンジャー・人間・神聖ローマ帝国)

●リプレイ本文


「げこげーこ」
「げーこ」
「げこ」
 文字で表記するならこんな風になるだろうか。三匹の蛙は、歌を歌っているようだった。
「‥‥楽しそう、ですね‥‥」
 日向陽照(eb3619)が思ったままを述べたが、青白い肌とこけた頬の彼が言っても楽しそうに聞こえない。
「あれに混ざれたら面白そうだよね♪」
 ここに到着するまでの間、日の光が当たると眩しそうに陰へと逃げ込む陽照の姿を見ていた本多文那(ec2195)。変なの、と思いはしても、人それぞれだからとすぐに気にしなくなっていた。今も、単純に面白そうだと感じたからそれを口にしたまで。混ざりたいと思った相手が魔物である事はその瞬間だけ忘れ去ったらしい。
「馬を繋ぎ終わったぞ。‥‥どうした本多殿。あたしの顔に何かついているか?」
 これから戦闘を始めるのだからと、高千穂梓(ec4014)は馬を後方に置いてきていた。陽照がホーリーフィールドを張るから一緒に入れておけばいいと誘ったのだが、彼の連れている妖精と違い、馬では万一暴れ出してしまったら収拾がつかなくなってしまう。丁重に断り、茂みなどで池が丁度見えない位置を探して、その近くの木に繋いできた。
 その梓が、自分をじっと見てくる文那に気づくと、文那は陽照へと視線を移した。見比べている。
「いつも背筋が伸びてる高千穂さんと、いつも猫背の日向さん。対照的だなぁって」
「ほっほっほ。お嬢ちゃんはよう見ておるのぉ」
 池田柳墨(ec3065)が笑えば、彼の手にある数珠もこすれて鳴り、まるで主と一緒に笑っているようだ。
「そうだな、言われてみれば。口調も合わせると尚更か?」
「ですかねぇ‥‥?」
 当の二人は互いの姿をじっくり眺めても、いまひとつぴんと来ないようだ。自分という比較対象を同時に見る事ができないのだから、さもありなん。
 お嬢ちゃんじゃないよ! と頬を膨らませる文那をなだめつつ、柳墨は首を蛙達のほうへと向けた。蛙達は相変わらず歌っている。
「池の中に居座っておるのが厄介じゃの」
 この一言で彼らを取り巻く雰囲気はがらりと変化した。元通りの頬になった文那は頭の中から、自分の知る情報を引き出す。
「‥‥大蛙のほうはあの大きさにだけ気をつければよさそうだけど、毒蛙の吐く毒液は結構危険だよ」
「ああ、用意はしてある」
 毒については、出発前にも言われていた事。肌に付着しただけでも体内に浸透するというので、前に出る予定の梓と柳墨は外套と毛布を用意してきている。外套はともかく毛布をかぶっていては動きづらくなるだろうが、下手をすると死に至る毒であると聞いては、譲歩するしかない。
「支援を済ませたら、私は下がって待避所を用意しておきますので‥‥もしもの時は無理なさらず‥‥」
「なさらずー!」
 主の言葉尻を真似する妖精の明るい声が、戦の始まりを知らせる法螺貝の音のように響いた。


「げこげこっ!?」
「げこー!!」
「げーこ!!」
 彼らが取った作戦は、柳墨の槍と梓の戟で池の両縁から水面を叩き、蛙を追い出すというものである。本来は水飲み場であるのだから、蛙の体液や毒で水が汚れる事は避けなければならないからだ。
 勿論、急に立ち退きを強要された蛙達は驚いたし、それ以上に怒った。毒蛙二匹がそれぞれ、柳墨と梓に対して毒を吐いた。それなりに重い毛布だが、上手に使えば盾代わりに毒液を防ぐ事くらいはできた。
 続けて大蛙の舌が鞭のようにしなって向かってきたが、風を切って飛んできた一本の矢に警戒を強め、一旦引っ込んだ。
「うーん。毒蛙を狙ったんだけどなぁ」
 的は愚鈍な蛙であるが、確実に当てるにはまだまだ修練の必要があるらしい。次の矢を矢筒から抜く文那の横で、陽照の体が黒色の光に包まれる。
「彼の者に試練を‥‥」
 それは魔法の発動を示す光だった。対象は毒蛙の片方。抵抗はしたのかもしれない。だが魔法は功を奏し、やる気を失った様子でだらりと舌を垂らした。そして追われるまま池を出る。仲間の動きにつられたのか、他の二匹も跳ねていく。
 柳墨と梓は、蛙達と池との間に移動して陣取った。これで心置きなく戦えるようになり、彼らは各々の武器を握りなおす。
 もう一匹の毒蛙にもディスカリッジがかけられたのをきっかけに、梓が戟を振るう。魔力の込められている鋭い戟はその一撃だけで、毒蛙に血を吹き出させる。仲間を案じたのか他方から毒が飛んでくるが、それは毛布で受けた。びちゃり、とあまり聞きたくない類の音がした。
 そして毒を吐いた後の蛙に柳墨の槍が突き出されたが、あまりにわかりやすい動きだったので、さすがの蛙でも難なく避けてしまった。なんとなくではあるが、蛙が勝ち誇ったような表情をしているように見えるから不思議だ。
「ひっかかったのぉ!」
 だが、回避しやすいあからさまな攻撃は、仕組まれた動きだった。横に動いて避けた蛙の腹を、返す刀ならぬ返す槍の穂先が、深々と貫いた。
「ふむ‥‥さすがに一度では落ちぬか」
「危ないっ」
 ひくつく蛙から槍を抜こうとする柳墨に迫る、大蛙の太い舌。毒が危険だからと、梓と柳墨がそろって毒蛙のほうにばかり気を向けていたのが災いしたのだ。醜いイボだらけの尋常ならざる体躯から毒蛙達の陰に隠れて放たれたそれは、大蛙の動向が見えていた文那の声もむなしく、したたかに柳墨の横腹を打ち据えた。防具のおかげもあって先ほど彼が毒蛙に与えた痛みには到底及ばないが、それでも確実に行動への影響が出る。
 敵は厄介なだけで、そこまで苦労する相手ではない。長引いて万一にでも毒をくらわぬよう、早急に決着を付けなければ。
 這いつくばって涎を垂らしている方へのとどめは後にする事にした柳墨が見ると、梓がもう一匹の毒蛙を地に叩きつけ、そのまま串刺しにするところだった。
「これで残るは大蛙だけだ!」
 二人の得物には毒蛙の体液が滴っている。気味のいいものではないが、今は拭っている暇はない。
「今度こそ当たれぇっ!!」
 気合一発、文那が弓のつるから指先を離す。毒蛙と違って今回の的は大きい。湿った皮膚に矢が食い込む。
 怒りの鳴き声を上げながらのけぞる大蛙。闇雲に伸ばされた舌は柳墨が槍で弾くように受け流した。無防備に晒された喉元に、梓の戟が喰らいつく。
 また矢が飛んできた。急速に動きの鈍くなる大きな的へ、ぶすり。槍も、戟も。ぶすり、ぶすり。
 それから大蛙が完全に沈黙するまで、さほどの時間はかからなかった。あとは横に転がっていた毒蛙に最後の一撃を与え、彼らの仕事は終了した。


「大体このあたりまでかの」
「ええ‥‥それでよろしいと思いますよ」
 その辺で拾った木の枝を使い、がりがりと地面に線を描いていく柳墨に、陽照が答える。
 水と土の持つ自浄作用のおかげで毒はさほどの時間をかける事なくその毒性を失うだろうが、それまでの間に、事情を知らぬ旅人が池の水を飲んでしまってはいけない。ギルドを出発する時に預かってきた木の板で看板を作り、池の傍らに立てた。
 学のある者ばかりだったので文字の表記には問題なかった。だが旅人には文字を知らぬ者もいるかもしれないと絵を描こうとして、ひと騒動が起こった。
「本田殿、頼まれてはくれないか」
「いやいや、高千穂さんのほうがきっといい絵を描けると思うんだ!」
 武士のたしなみとして、多少の心得はある梓と文那。けれども看板という衆目に晒される物に描くとなると、話は別である。互いに譲り合い、一歩も引かない。
 そのまま永遠の時を過ごすのかと思いきや、二人で描くという妥協点が探り当てられた。蛙の退治は終了したからもう大丈夫だと、一刻も早くギルドへ戻って伝えなくてはならない――この事に気がついたからだ。
「これで蛙に見えるか?」
「上に×を書けば、いなくなったとわかりやすいのではないかのぅ」
「‥‥この歪んだ丸は何でしょうか」
「池っ!」
 わかるようなわからないような、そんな絵が出来上がる。毒が消えるまでにここを訪れた旅人が、文字を読める者ばかりである事を祈るのみである。