盗賊退治(銀髪の彼女)

■ショートシナリオ


担当:言の羽

対応レベル:6〜10lv

難易度:やや難

成功報酬:3 G 80 C

参加人数:8人

サポート参加人数:4人

冒険期間:11月11日〜11月16日

リプレイ公開日:2007年11月22日

●オープニング

 江戸の街の一角に、老舗の呉服屋がある。

 結構な大店である『鈴乃屋』には、将来家業を継げるよう、商人としての修行の為にと奉公に来ている者も多い。江戸の街やその近辺出身である者がほとんどだが、中には髪と目と肌の色が異なり、おまけに男ばかりの中を女だてらに修行している者もいる。
 彼女の名前はセレナ・パーセライト。イギリスはキャメロットから、父の知り合いである鈴乃屋の若旦那を頼り、単身で月道を通ってやってきた娘。齢18。後頭部の高い位置で縛り上げられた長い銀髪は人の目を惹き、透き通るような青い瞳には強い意志を灯す彼女は、心も体も強くありたいと望み、商人修行の傍らで肉体の鍛錬を続けている。

 ◆

「私がですか?」
 勉強の甲斐あってかなり流暢なジャパン語で、セレナは若旦那に聞き返した。
「今回の事は、お前でなければ頼めないんだ」
 妻との間に幼い娘のいる彼だが、友人から預かっているセレナの事をもう一人の娘だと思っている。彼女を抜擢した理由は彼女以上に適任がいないからであるものの、やはり心は痛むわ心配だわで、先程から困ったように笑っている。
「私でなければ‥‥という事は、戦う必要があるのですか」
「そういう事だね。鎌倉で不必要な武器の持込が禁止されたのはお前も聞いているだろう? 商人による自衛やその護衛の為ならば許可はされるが、その分だけ関所を抜けるのに時間がかかるからと、面倒くさがって武器を持たずに出かける人が増えているんだ。とくれば、そういった人達を狙う輩も増えるというもの。現にここひと月の間で盗賊の出現率がかなり上がっているそうだよ」
 商家同士の寄り合いで、この盗賊を役所に突き出そうと決まったのだという。盗賊が寄ってきそうな荷を持った少人数で頻出地点に向かい、奴らが現れたところで返り討ちにしようというのだ。冒険者ギルドに依頼する事もすぐに決定したが、セレナの腕っ節は仲間内でもよく知られていたし、鎌倉には鈴乃屋の得意先もあると言うことから、彼女に白羽の矢が立ったというわけだ。
「うちの店の品を鎌倉のお得意様に届ける一団、という風を装ってほしい。お前は私の名代として、人足の振りをした冒険者数名と共に鎌倉へ向かうんだ。必要ならば荷車を使ってもいい」
 つまりは囮作戦である。
「確かに、私が最も的確ですね」
「申し訳ないと思っている‥‥引き受けてもらえるかい?」
「いいえ、お気に病まないでください。修行をさせてもらっている居候の身、お役に立てるのでしたら光栄です」
 生真面目な性格の彼女。真面目すぎて普段は仏頂面と表現できる顔をしているのだが‥‥
 その時の彼女は、若旦那への親愛と感謝を示すように微笑んでいた。

●今回の参加者

 ea2139 ルナ・フィリース(33歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea2941 パフィー・オペディルム(32歳・♀・ウィザード・人間・フランク王国)
 ea4630 紅林 三太夫(36歳・♂・忍者・パラ・ジャパン)
 ea7743 ジーン・アウラ(24歳・♀・レンジャー・人間・エジプト)
 eb0005 ゲラック・テインゲア(40歳・♂・神聖騎士・ドワーフ・ノルマン王国)
 eb5526 星 森(23歳・♀・武道家・河童・華仙教大国)
 eb9659 伊勢 誠一(38歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ec0586 山本 剣一朗(27歳・♂・浪人・人間・ジャパン)

●サポート参加者

結城 友矩(ea2046)/ グラス・ライン(ea2480)/ 南天 輝(ea2557)/ ガユス・アマンシール(ea2563

●リプレイ本文


「あら、この子は連れて行ってはいけませんの?」
 隣に立って鼻先を寄せてくる駿馬を撫でつつ、パフィー・オペディルム(ea2941)はセレナ・パーセライト(ez1072)に問いかけた。商人を装えるようにと目深にローブのフードをかぶった質問者に、申し訳ないですが、という前置きの後で回答が述べられる。
「そちらの馬は駿馬ですよね。駿馬は早く走る為の馬であって、荷を引く為の馬ではありません。品を運んでいる商人の連れる馬としては不自然です。見る者が見ればすぐに駿馬だとわかりますし、今回は連れて行かないほうがよいかと思います」
「うぅん、仕方ありませんわねぇ」
「まあ馬なら既にこれだけいる事ですし、問題はないでしょう」
 横から伊勢誠一(eb9659)が口を挟んだとおり、パフィーの駿馬を除いても、集まった馬は五頭に及ぶ。うち、ただの馬が三頭、蒙古馬が二頭。これに荷車が二台加わり、人員は総勢九人。どれだけ多くの荷を運んでいるように見える事か。
 訂正。総勢八人である。ジーン・アウラ(ea7743)だけは今回の偽商隊に加わらず、距離をとって身を隠しながらついてくるという。
「セレナさん、かまわないだか?」
「そうですね‥‥襲われるより先に発見できればありがたいです」
 人数は十分に足りているのだし、反対する理由も見つからない。単独行動になってしまう為に、万が一相手に先手を取られて発見された場合の危険度は増すが、ジーンにはそれなりの技術と自信が付随している。セレナは頷き、了承の意を示した。
 結局、パフィーの飼い馬は鈴乃屋と繋がりのある、馬を扱う店に預けられる事となった。急だったので相場よりも高くついたが、ここで渋ってもどうしようもない。これから捕まえに行く盗賊による被害は、もっと大きいのだから。


 鳥のさえずりが聞こえ、風のそよぎが竹を揺らし、足元の土は踏むたびにさくさくと軽快に鳴る。なんとものどかな旅路である。
「‥‥人が通りませんね」
 二台目の荷車を引く愛馬フェイスフルの綱を持って歩きながら、ルナ・フィリース(ea2139)が言った。途中に宿場町もある道だというのに、出発してからこの方、彼ら以外の通行人をほとんど見かけていないのだ。鮮やかな色合いの単衣が鈴乃屋で借りたもう一枚の上着の下からはみ出さないように襟首を寄せ、その動作の中でさりげなく、後方へ視線を向ける。やはり誰もいない。ただ遠くにぽつりと、先ほどすれ違った飛脚の去る姿がある。
「盗賊の話が広まっておるんじゃろう。護衛を頼もうにも金がかかるしのぅ」
「懐に余裕のある人しか安心して通れないのでは、人も減るのも道理か」
 杖で軽く蒙古馬の尻を叩くゲラック・テインゲア(eb0005)の言葉に、山本剣一朗(ec0586)が隣で頷いた。
 二台の荷車の上には、布で包まれ、紐で固定された、長方形の大きな物が乗っている。角が丸く柔らかみを帯びており、木箱などの硬い物ではない。出発直後の頃、紅林三太夫(ea4630)がセレナに中身を尋ねたところ、古い布団だという答が返ってきた。本物の荷を乗せるわけにはいかないが、何も乗せないわけにもいかず、寄り合いに所属する各商家からの持ち寄りで集められたものだ。といっても、中の綿を叩いたり綻びを繕ったりすればまだまだ使える代物であり、もったいないという声もちらほらあったのだが。
 丁度よかったのは、包んでいる布をたるませた内側に、武器を隠せる事だった。ゲラックの杖のように他の物に偽装できたり、三太夫やセレナのナックルのように衣服で隠せる物ばかりではなく、特に刀剣類は目立つ。各自の立ち位置に近い場所へ隠しておけば、いざという時にも素早く手に持てる。
 他にも、荷車を引いていない馬の背には、野営の為の道具が乗せられている。近くの宿場町で夜を明かすつもりはない。
「なあ、セレナさん。万が一捕縛から逃れる者が居た場合について聞きたいだ」
「はい、何でしょう」
 一台目の荷車の傍らの傍らを行くセレナへ、更なる質問が飛んだ。一応、とヴェールで首から上の河童らしい特徴を隠した星森(eb5526)だった。
「逃げ延びたのは放置してもいいだか?」
「そう言われています。一人でも捕まえれば、そこから彼らの拠点を聞き出すからと」
「逃げた者が拠点の変更とかしたりしないんだか?」
「追撃を恐れてそうする事は、確かに十分考えられますが‥‥」
「荷を奪われた者達の馬などはどうなっただ? 怪我したり奪われたりするだか?」
「いえ、そこまでは私は――」
「星さん。そんなに矢継ぎ早に質問しても、セレナさんが困ってしまいますよ」
 実際に困っている声色を耳にして、誠一が二人の間に割って入った。セレナは若旦那の命を受けてここにいる。有している情報の量に関しては冒険者達と大差なく、申し訳なさそうに頭を下げた。
「それにしても、出てきませんわねぇ‥‥。ごてごてした服装はあまり好きではありませんのに、これではいつまで経っても脱げませんわ」
 フードのせいで蒸れるのか、後方でパフィーが自らを手で仰ぎながらぼやいている。竹林の間を通る道はお世辞にも広いとは言えず、一行は縦に長くずらりと並び進んでいるのだが、その先頭でも最後尾でも、いまだ盗賊らしき影を見つけられていない。
 緊張が続き、徒労感に襲われはじめた彼らであったが、やがてその苦労が報われる瞬間は訪れる。

「ん?」
 誠一は、それまでとは異なる音が聞こえたように感じて、左横を‥‥竹林の奥のほうを凝視した。
「どうかしましたか?」
 彼が立ち止まったのでルナも立ち止まり、フェイスフルも止まる。後ろの荷車が止まったとわかれば、もう一台も程なく止まった。
「狐です」
 竹林から目を離さずに答える誠一。
 山間部ではないし、本来は人通りのある場所、狐がいたなら確かに珍しくもあろう。だが彼の言っているのはそういう事ではない。隠れてついてきているはずのジーン。彼女が狐を連れていたのだ。
 緩み始めていた緊張の糸が引き締められる。これまでずっと姿を見せなかった彼女の狐が現れたという事は、近くに盗賊を発見したという事に相違ないと思われた。
「へぇ‥‥あたしらのコト、気づいてたなんてねぇ」
 そして正解であると示すように、一台目の荷車の前方へ、狐のいた側から一人の女性が出てきた。覆面で顔を隠して入るが、声で女性とわかる。続いて、同様に顔を隠した三人の男達も。女性はぱっと見では何も持っていないように見えるが、男達は各々の手に抜き身の刀を携えている。
「この道に盗賊が出るという話は聞いていましたから」
「おや、あんたがこの一団を率いてるのかい? 珍しいね、異国の女がさ」
 こちらも武器を、と動こうとした冒険者達を、セレナが手振りで遮った。ジーンがまだ動いていないという事は、盗賊はこれで全員ではないはず。
「あなたとて、女だてらに賊の頭ではないですか」
「ははっ。言ってくれるねぇ‥‥その口、いつまで利いていられるかねぇっ!」
 女が唐突に片手を天に掲げる。時間稼ぎの会話は打ち切られ、彼女の後ろにいた男達が刀を構えつつ向かってくる。今度こそ、こちらも武器を手にした。
「うわああああっ!!」
 だが最初の悲鳴は、左手の竹林の中から聞こえてきた。女が目を丸くしてそちらを確認しようと首を動かし、その首筋をゲラックに狙われる。
「暫し眠ってもらおう!」
 それは彼女に抗いがたい衝撃を与えるはずだった。彼女もそれを察したらしく、素早く横にひとまたぎして避けたかと思うと、鏡写しのようにゲラックの首筋へ拳を飛ばした。
 ゲラックは咄嗟に杖を動かして拳を受け止める。セレナも参戦して、一台目前方はスタンアタックと打撃の応酬となる。
 二台目左側。誠一も自分に近づいてきた男の気を失わせようとしていた。
「えぇい、ちょこまかと! 刀を持つ者ならば正面で切り結べ!」
「盗賊にそんな事を言われるとは夢にも思いませんでしたよ!」
 男の回避能力は女ほどでもないようだったが、それなりに刀は扱えるらしい上に、誠一自身の力量が今ひとつなのでなかなか決定打とならない。
「唸れ! 業火よ!」
 そうこうしている間に男の足元から円柱状の炎が吹き上げた。パフィーの魔法だ。炎は軽装の男へ確実にダメージを与えていく。
「命を落としていなければいいのですわ、戦闘不能になるまで少々痛めつけたほうが捕縛もしやすいというものですわよっ」
 解説の後は、また同じ魔法を発動させる為の詠唱に入るのだった。
「少しの間だから、お願い、我慢してっ」
 一台目・二台目間では、フェイスフルが興奮して暴れだしたりしないか、様子をうかがいながらのルナがスピアで男に立ち向かう。
「元々格闘戦は得意じゃないんだけど――!」」
 三太夫もナックルを装着した拳で応戦しているのだが、射撃のほうに熟達している彼。残念ながらやすやすと受けられては返礼の刀を振り下ろされているが、回避にも秀でているのが功を奏した。相手の攻撃の手をひきつけて、ルナのスピアが命中する隙を生み出している。
 一台目右側にいたのは森と剣一朗である。
 強くなる為には、様々な戦い方の者と実際に戦ってみるべきだ。そう考えた剣一朗は、道中でセレナに手合わせを申し込み、断られていた。任務中であるからというのが理由だったので、盗賊を捕まえて任務を終了させれば、セレナだけでなく他の面々とも手合わせできるのではないかと、意気揚々と捕縛対象に木刀を振り下ろそうとする。
「俺にまかせろっ」
 だが彼よりもずっと早く、森が毒の染み込んだ手を硬く握り締めて、男にくらわせていた。
「なっ‥‥俺の獲物だぞ!」
「今は盗賊を捕まえるほうが先決なんだっ」
 抵抗しきったらしい男はまだ立っていたが、それでも殴打の衝撃は伝わっている。剣一朗も森も、追撃に取り掛かった。
 
 そこへ、転がるようにもう二人、弓矢を持った男が竹林を飛び出してきた。一人は背に矢を生やしている。
「待つだよっ!」
 数日ぶりに登場したジーンの手には、弓だけでなく巻物があった。そこに記された魔法で足止めをしようとして、うまくいかなかったのだろう。
 弓矢による援護を期待していたらしい、統率者たる女が舌打ちし、のけぞってゲラックの攻撃を避けようとして、避けきれず、ぐらりと大きく体を揺らした。
「今じゃっ」
 好機を逃すまいと追撃に向かう彼の足元へ、しかし、矢が唸りを上げて突き刺さった。
 弓兵が出てきたのとは反対側の竹林から飛んできたそれは一本ではなく、二本三本と同時に飛んでくる。森のように鉄の扇で受けようとする者は彼女の他にはおらず、大半が荷車に乗っている荷に隠れるようにして、己の身を守った。矢はぶすりぶすりと荷に突き刺さっていく。
 この間に、それまで交戦していた者達は体勢を立て直してしまうだろうが、まずは弓使いを沈黙させようと誠一が刀で衝撃波を生み、放つ。直後に再び荷に隠れるという戦法だ。命中率も通常より落ちるだろうが、致し方ない。ジーンと三太夫も弓矢で援護する。パフィーは視認ができなければ放ちづらい魔法なので使いあぐねている。
 ふっ、とあちらからの矢が止まった。尽きたのかと様子をうかがおうとすると、女の笑い声が響き渡った。
「あははははっ、そうか、最初からそのつもりだったわけかい! これは一本とられたねぇっ」
 笑い声はそのまま荷車から遠ざかるように動いていく。誰もがしまったと立ち上がろうとするも、頭上を狙いすました矢が通り過ぎ、しゃがまざるをえなくなる。
「そんならあたしらは抜けさせてもらうよ。これ以上戦ってやる理由はなくなったからねぇ」
「頭ぁっ、俺を置いていくんですかぁっ!」
 森は一人、鉄扇で矢をはね返しながら追おうとするも、火傷を負って立ち上がれないでいる男に気がつく。
「くっ‥‥」
 女が確実に遠ざかるまで矢を打ち続けるつもりらしい弓兵達にならば、追いつけるかもしれない。けれど竹林が彼らの庭である可能性が高くこちらとしてはかなり不利であり、先に逃げおおせた者達が増援を連れて戻ってこないとも限らない。苦しいながらも、断念すべきだった。

 親玉は逃したが、収穫はあった。
 命に別状はないものの、行動に支障が出るくらいの火傷を負った男。そして、毒により全身が麻痺しており、逃げる棟梁を呼び止める事すらできなかった男。冒険者達は二人の男に縄を打ち、荷車に乗せた。
「皆さん、ご協力ありがとうございました」
 セレナが頭を下げ、彼らは江戸の街への帰途に着いた。