小鈴と紅葉狩り
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■ショートシナリオ
担当:言の羽
対応レベル:フリーlv
難易度:やや易
成功報酬:0 G 39 C
参加人数:6人
サポート参加人数:4人
冒険期間:11月18日〜11月21日
リプレイ公開日:2007年11月28日
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●オープニング
「すこしばかり遅くはないですか?」
受付をしていたその女性は、ふと感じた疑問をそのまま口にした。それは当然の疑問だったので、尋ねられた側である若い男性も軽く頷いた。
「そう思うでしょう。しかし、実はちょっとした穴場がありましてね。毎年家族でそこへ出向いているというわけです」
男性は、江戸に数ある老舗のひとつ、呉服屋の鈴乃屋の若旦那である。当然、日々を忙しく過ごしているのだが、妻とまだ幼い娘の為にも、四季折々の素晴らしさを味わう機会を設けるようには心がけているつもりである。
彼が言うところの穴場で行われる紅葉狩りも、その機会のひとつだった。どれひとつとして同じではない「赤」を愛でる事は呉服屋を継ぐ者としての才を育てるという事にも繋がるゆえに、どれだけ忙しかろうと、行ったところで短時間の滞在になろうと、欠かした事はなかった。
だが。
「今年はさすがに無理なんです。どうしても、私は店に残っていなければならない状態で」
「‥‥大変ですねぇ」
「ありがとうございます。――ですが、やはり娘には見せてやりたいのです。毎年の事ですし、跡継ぎという面から考えても」
本当ならば、冒険者ギルドへ来る時間すら惜しいような状況なのかもしれない。
若旦那の切羽詰ったような表情を見ていると、受付嬢はどうしてもそんな風に思えて仕方がなかった。
「差し出がましいかもしれませんが‥‥娘さんは、ご両親とこそ、一緒に紅葉を見たいのでは?」
ふたつ目となる質問を投げかけた途端、彼女は後悔した。若旦那の表情が痛々しい微笑へと変わったのだ。
「わかっています。あの子には寂しい思いばかりさせていると。後々に埋め合わせをするつもりです。‥‥ですから、お願いする期間中、娘の機嫌が悪かったり、ぐずったりするかもしれませんが、そのあたりも依頼を引き受けてくださる方々にはよろしくお伝えください」
深々と頭を垂れた若旦那に、受付嬢も礼を返して了解の意を示した。
◆
「‥‥涼しくなってきたね‥‥」
鈴乃屋の一人娘、小鈴は、まだ6歳。でももう少しで7歳です。またひとつ、お姉さんになります。
以前は怖くて体が動かなくなるほどだった大人の芝わんことの対峙も、最近ではにゃんこを連れて逃げ出せるようにまでなりました。
字と算盤の練習も本格的に始めました。お母さんが毎日宿題を出してくれるので、誉めてもらえるように、喜んでもらえるように、頑張っています。
「‥‥知ってる‥‥? 人肌恋しい季節‥‥って、言うんだって‥‥」
おうちで雇っている、ご飯を作ってくれるお姉さんから聞いたお話を、小鈴は子にゃんこにしてみました。けれど子にゃんこは短く鳴いて、不思議そうに小鈴の目を覗き込んでくるだけでした。
●リプレイ本文
●
「荷物はこれで全部でしょうか」
妙にお肌の湿ったお馬さんの背に荷を乗せた後でガユス・アマンシール(ea2563)お兄さんが確認を取ると、若旦那は軽く頷きました。寝具はどうしてもかさばるし、体の小さな小鈴が運ぶよりも余程快適な旅が行えるでしょう。
「して、小鈴殿はまだかの? ひとまず挨拶だけはしておきたいんじゃが」
「支度に手間取っているのかもしれません。なにせ猫連れですし‥‥見てきますので、少しお待ちください」
皆は鈴乃屋の前に集まっているのですが、比較的お客さんの少ない時間帯みたいで、多少横に寄っていれば邪魔にはなりません。池田柳墨(ec3065)おじさんの催促により母屋へ向かう若旦那を見送った後で、小鳥遊郭之丞(eb9508)お姉さんは何とか自分を鎮めようと必死になっていました。
「半年ぶりになるが、小鈴は私を覚えているだろうか‥‥」
会える事自体は嬉しいのですが、自分の姿を見た途端に隠れられてしまったら、立ち直れるかどうか――という事なのでした。郭之丞お姉さんの傍らで大人しくしている英国原産牧羊犬しろくろも、あの時と違ってすっかり大きくなってしまっています。
「郭之丞さんも? 私も、覚えててもらえているか心配なんだ。今日は羊の着ぐるみじゃないし」
羊の鳴き声を真似てアピールすればわかるかな、と、さっそく練習を始めるシスティーナ・ヴィント(ea7435)お姉さん。めぇー、めぇー、と繰り返し呟いています。結構似てる‥‥かどうかは、ちょっと微妙かも。
「僕なんて1年半ぶりだよー」
「あら、考えてることは皆同じなのね」
おっきくなってるんだろうなー、と小鈴の成長振りを想像して微笑む慧神やゆよ(eb2295)お姉さんに、御陰桜(eb4757)お姉さんが馬の首を撫でながら少し驚いたように言いました。
娘である小鈴を紅葉狩りに連れて行ってほしいという若旦那からの依頼に集ったのは、六名でした。その実に三分の二が、小鈴と面識はありつつも長らく会っていなかった人達で、残りの三分の一が初対面。おまけに肝心の小鈴は極度の人見知りと来れば、誰もが不安になろうというものです。どうやって小鈴の気を引こうかと、各自で頭を捻ったというわけなのでした。
「‥‥っ!?」
「あら、まあ‥‥これはすごいわねぇ」
お父さんの若旦那の先導で、お母さんの陰に隠れながらようやく現れた小鈴は、色々な意味でぷるぷると震えだしました。
子猫のシグレア(虎猫)、大人猫のくろにゃん(黒猫)、牧羊犬のしろくろとマリィ、他にもお馬さんが数頭。動物が沢山、ずらり。変り種としては、妖精のちり。
小鈴の抱いている子にゃんこもぷるぷる震え、足元にいる母にゃんこに至っては、ふしゃーっ! と毛と尻尾を逆立てて威嚇を始めたくらい、ペット大行進でした。
●
あまり遅くなっても困るので、自己紹介は歩きながら行われました。
「小鈴ちゃん、はじめまして」
優しい口調を心がけて語り掛けてくれるガユスお兄さんですが、元々があまり愛想のない人。小鈴はちょっぴり怯えてしまい、郭之丞お姉さんに張り付きながら覗き見る程度で、なかなかお返事をしようとしません。
「小鈴。挨拶されたのなら、きちんと挨拶を返さないとダメだ」
郭之丞お姉さんがそう言ってぽんぽんと頭を軽く叩くと、ようやく、ぺちょんと頭を下げました。
「わしとも初めてじゃの。宜しく頼むぞ?」
「‥‥うん」
今なら大丈夫かと柳墨おじさんもご挨拶。今度は小鈴も、ちょびっとだけですがお返事ができました。
「羊のお姉さん‥‥重くない?」
「大丈夫だよ、私は体力あるからねっ」
鳴き真似ですぐにシスティーナお姉さんの事を思い出した小鈴。今は子にゃんこを抱いていません。抱いたまま長距離を歩くのは大変だろうと、母にゃんこと一緒に籠に入れて、システィーナお姉さんが運んでくれているのです。
「小鈴ちゃんは大丈夫なのかしら? 疲れたら早めに言うのよ?」
まだ子供ながらにがっしりした体つきのお馬さんに乗って、桜お姉さんが言いました。お返事するよりも早く、他のお姉さん達が疲れたら自分が背負うだの、馬の背に乗せるだのと主張し始めたので、小鈴はほんの少し困惑気味のようです。でもそれだけ自分の事を考えてくれているのだとわかって、照れているようでした。
「あんな風に接すればいいのですか‥‥」
「無理をする事はない、まずは見知った者に任せて気持ちをほぐしてもらうといいんじゃよ」
普段は幼い女の子と接する事がないからと、挨拶後は何を話していいのかと悩み気味だったガユスお兄さんですが、柳墨おじさんの言葉にふむふむと頷きました。
●
そんなこんなで、お山に到着です。お山はあくまでも真っ赤ではなく、これでもかというくらいに数え切れないほど沢山の種類の赤色で包まれていました。たまに黄色が混じっているのも綺麗です。
地面には風に吹かれたのでしょう、これまた沢山の葉っぱが落ちています。どきどきしながら足を動かすと、くしゃりという音と、ふんわりとした感触がしました。
「わぁ‥‥」
目を輝かせた小鈴は、籠から出してもらったにゃんこ達、冒険者の皆が連れてきたにゃんこやわんこ達と一緒になって、落ち葉踏みに熱中しはじめました。くしゃくしゃ、しゃくしゃく、わしゃわしゃ。ごっそりと両手で抱えては、勢いよく宙に散らして、落ち葉の雨を降らしてもいます。にゃんこもわんこも、水を振り払うように体をぶるぶるさせて、毛にくっついた葉っぱを払います。
いい眺めだ、とお兄さんもお姉さんもおじさんも思いました。やはり子供は元気に遊んでいる姿が一番なのです。
それでもって、今のうちにテント張りです。男の人用にひとつと、女の人用にふたつ。全部でみっつのテントを張るのは、なかなか大変です。でも重たい荷物を下ろす事ができたお馬さん達は、一日の最後に熱いお風呂に浸かったお父さんみたいな顔をしている――と、小鈴は思ったのです。
テントが無事にみっつ並んだら、次はご飯の用意です。桜お姉さんが花の模様の織り込まれた茣蓙を広げると、あっという間にお茶会の会場が出来上がりました。
「待って待って。これもよ♪」
それぞれが持ってきた食べ物や水筒を茣蓙の上に並べようとすると、桜お姉さんは待ったをかけました。直後、どっすんと真ん中に置かれたのは、菓子の木でできた、立派なちゃぶ台でした。すごく立派な、すごく重たいシロモノです。本来は荷物運びがお仕事ではない白いお馬さんが極端に重い荷物から解放されて、すがすがしい表情で周囲をお散歩し始めました。
「うむうむ、皆、気持ちよさそうじゃのう。天気もよいし、絶好の紅葉日和じゃ」
「歩いて運動した分、ご飯もいつもよりおいしく感じるんじゃないかな」
「さすが小鈴の母上殿だ。見た目にも素晴らしい綺麗な弁当だな」
小鈴の荷物の中には、お母さんが作ってくれたお弁当がありました。保存食のみの食事では味気ないと、忙しいなか、時間を割いてくれたのです。お重入りのお弁当は見るからにおいしそうで、誰かがごくりと喉を鳴らしました。
「おや、それは?」
皆が箸をわきわきさせてお重に突撃しようとした時。ガユスお兄さんが何かを見つけました。やゆよお姉さんがお弁当のようなものを隠そうとしていたのです。
「こ、これは、その‥‥僕が作ったものなんだよ。まんまるいおにぎりしか作れなかったけど‥‥」
作ってきたものの、お母さんの特製お弁当と並べるには気が引けたのだそうです。確かに見た目は――。でも小鈴は、ちょうだい、と手を差し出しました。
「‥‥おいしい‥‥♪」
小さな口でもくもく食べている様子は、まさしく小動物の食事を見ているようでした。そして、本当においしそうに食べているのです。他の皆も我先にと手を出しました。
「ほんとだっ、おいしーいっ」
どうやら絶妙な塩加減のようです。賛辞をもらって、やゆよお姉さんは照れくさそうにほっぺたをかきました。
桜吹雪ならぬ紅葉吹雪を堪能しながら、よく噛んで、水分も摂って。食休みの後はおやつに舌鼓。
「いいですか? 植物としてのモミジは、カエデとも呼ばれます。というのも、単に『モミジ』というと葉が色づく現象としての『紅葉』も指してしまうからであり、特に植物としてのモミジを話題に出したい時は、わかりやすいようにカエデというんですね」
ガユスお兄さん改め、ガユス先生の授業の時間です。こくこくと頷く小鈴と、同じように感嘆しているお姉さん達。
‥‥けれど、そこに郭之丞お姉さんの姿はありませんでした。
「今のうちだっ」
皆が授業に夢中になっている今こそ好機と、郭之丞お姉さんは落ち葉の海に飛び込みました。それからそのまま、心のおもむくままにごろごろ転がりだしました。ふかふか落ち葉を見た時からやりたくて仕方がなかったのですが、皆の前では我慢していたのです。
散々転がりに転がった後で、はふぅ‥‥と息をついた時でした。柳墨おじさんが、そんな郭之丞お姉さんを見つめている事に、お姉さんはようやく気づいたのです。
「なるほどの」
「いや、そのっ、これはだな‥‥あああああ、頼むから鐶には内密に!」
「さて、どうしようかのぅ」
柳墨おじさんの見送りに友人が来ていた事を思い出し、郭之丞お姉さんは必死になって口止めを試みるのでした。
●
夜中の事です。虫の鳴き声に紛れてぐすぐすと鼻をすする音が聞こえてきて、システィーナお姉さんは夢から覚ましました。
‥‥桜お姉さんのおっきなお胸と、お胸に挟まれながら眠っている子にゃんこが見えました。二人の間に入って川の字を作っていたはずの小鈴がいません。
慌てて上体を起こし、暗いテント内に目を凝らすと、隅っこで膝を抱えているのを発見しました。隣には母にゃんこがいて、慰めるように小さな舌で小鈴の手を繰り返し舐めています。
システィーナお姉さんは、自分も慰めてあげようと思いました。でも、やめました。誰にだって涙を見られたくない時はあるし、そう振舞えるのは小鈴が成長した証でもあるのですから。
小鈴の頭をこっそり撫で撫でしようと、見張りの合間に潜んできた郭之丞お姉さんも、中に入れないままテントの外でじっと佇んでいました。
●
「この葉っぱは、あか‥‥まっかっか‥‥うすべに‥‥? 違うなぁ」
次の日は、やゆよお姉さんの提案で、色を言葉で表すお勉強です。綺麗だと思う葉っぱを各自で拾ってきて、ちゃぶ台に並べ、何色か、何の色か、言葉にするのです。
これが結構難しく、この国の言葉に詳しくないシスティーナお姉さんやお勉強があまり得意でない郭之丞お姉さんは、頭上に疑問符を浮かべてばかりです。
「なかなか興味深い勉強法ですね」
「感受性を引き出せそうじゃのう」
何事も、知識だけでは意味がありません。その知識をどのように活用するのかがとても重要になるのです。
「あ、わかった! 小鈴ちゃんのほっぺ色だね♪」
「何!? そういうのでいいのか!?」
「なんだぁ、難しく考えすぎてたんだね」
「考えすぎは煮詰まるもとよね、何事においても。ほーら、この葉っぱなんて子にゃんこのこの辺の色と同じじゃない?」
次の葉っぱを探しているうちに、あまり汚れていない葉っぱも見つかります。そろそろかな、と思ったお姉さん達は、持ってきていた色とりどりの和紙もちゃぶ台に並べました。
「お土産、持って帰ったらきっと喜んでくれるよ。私達が一緒なんだもん、一緒に作ろう」
システィーナお姉さんがにっこりと笑い、郭之丞お姉さんも頷きました。朝になって、お姉さん達は他の皆に、夜中の小鈴の様子をこっそりと伝えていたのです。一緒に来たかったのはお父さんやお母さんだって同じだったはず、じゃあ、お土産を――皆が同じ事を考えていました。
「台帳とかに挟んで使って貰えばお仕事の時でもお父さん達と一緒でしょ?」
「いーっぱい紅葉見て驚いて喜んで、それをおとーさんおかーさんに伝えようねっ」
鈴乃屋の使用人さんにお願いしてもらってきた障子や襖の補修用和紙なので小さいものがほとんどですが、それでも葉っぱを挟んで栞にするには十分な大きさです。糊はご飯粒で代用できるでしょう。
しばらくおめめをぱちぱちさせていた小鈴ですが、おもむろに立ち上がると、お姉さん達一人一人にぎゅーっとしてまわりました。
「では、わしは舟や髪飾りを作ってみるとするかのう。ご両親だけでなく、小鈴殿本人のお土産じゃ」
「私も手伝いましょう。私の知識が役立つかと思いますから」
続けざまに立ち上がって材料を取りに向かおうとした柳墨おじさんとガユスお兄さんにも、渾身のぎゅーを贈ります。
「にゃんこのお名前‥‥決めたよ‥‥」
桜お姉さんのお胸に挟まれたままで自分と同じ色の葉っぱにじゃれついている子にゃんこを眺めて、小鈴が言いました。郭之丞お姉さんから、名前はつけないのかと尋ねられていたのです。
「『みっけ』は気に入らなかったのか‥‥で、何にするのだ?」
三毛猫だからという理由でそんな名前を提案していたお姉さんには、皆から生暖かい視線が注がれます。でもお姉さんは何故そんな視線が突き刺さるのか、わかっていません。
小鈴は柔らかく微笑むと、子にゃんこの頭を撫でました。
子にゃんこは『もみじ』。
母にゃんこは『かえで』。
にゃんこ達にも、立派なお土産ができたのです。