【葱】ねっぎねぎにしてやんよ

■ショートシナリオ


担当:言の羽

対応レベル:フリーlv

難易度:やや易

成功報酬:0 G 62 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月18日〜12月25日

リプレイ公開日:2007年12月31日

●オープニング

 鎌倉。
 の、南に、その島はある。――江の島である。

 弁財天を祭る社があるためか、住人は結構多い。周囲が海なのだから勿論漁師が多いのだが、耕作をしている者もいる。例えば、イギリスから移住してきたカマバット一家などは、家の裏庭を開墾して、楽しく葱を育てている。広さとしては狭いので育てられる量も少なめだが、本業は魔法の道具を活用しての飛脚業なのだから、家計の足しになればそれでよいのだ。
 そして、夏に植えられた葱は今や、盛り土から飛び出て太陽を存分に浴びて緑色になった部分が立派に風にそよぐようになった。
「収穫時だな」
 葱の苗を分けてくれ、道具まで貸してくれた近所に住む男性は、心配そうに見守っていたヘモグロビンのほうへ振り向くと、満足気に頷いた。
「そ、そうか」
「ああ、よく頑張ったなあ。これだけ立派に育てば売れるだろうよ。家で使う分だけ取っておいて、残りをうちに持ってきてくれれば、うちのと一緒に売ってきてやろう」
「頼む」
 茶飲み友達が出来てよく遊びにいくようになったグランパの代わりに、今やその息子ヘモグロビンがカマバット家を率いている。妻を娶り、跡継ぎも産まれて、グランパも一安心なのだろう。
 ヘモグロビンとて、ただ家督を譲られているばかりではない。ジャパンの言葉を学び、どうにかこうにか子供程度には喋る事ができるようになったし、早口でまくし立てられない限りは聞き取れるようになった。
 難しい言葉はおいおい覚えていけばいい。覚えようと努力をしている姿が、近所の男性をはじめとして江の島の住人に好感を持たせていた。
「しかし、そういえば最近はあのシフールを見ないな?」
 月道を通ってやってきた当初からカマバット家の通訳をしていた、少年に見える青年のシフール、名前はコウ。特徴的なクセのある言葉で喋る彼の姿を見ないようになってからしばらく経つ事に、男性はふと思い至った。
「‥‥疲れてるんだよ。色々あってな」
「ふうん?」
 誘拐騒動にひとまずの決着がつき、コウも冒険者に連れられて戻ってきた。自棄になっていたらしいが、戻ってきてからずっと家に閉じこもっているのは、それを反省しているからなのだろうとヘモグロビンは考えている。今は時間が必要なのだろうとも。

『ねえ、あなた。お隣の奥さんから、葱は葱味噌にすると日持ちする常備菜になるって教わったの』
『葱味噌か‥‥名前を聞くだけでも、白飯によく合いそうだな』
『でしょう? だからちょっと作ってみたいのよ。いいかしら?』
『そうだな。収穫にはまた冒険者の手を借りるつもりだし、礼を兼ねて彼らに振舞うのもいいだろう。いっその事、葱料理のレパートリーを増やしてもらうといい』
 妻アメリアとの会話にも、収穫の喜びは滲み出る。
 ヘモグロビンは今、確かに平凡な幸せを感じている。

●今回の参加者

 ea0639 菊川 響(30歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea2563 ガユス・アマンシール(39歳・♂・ウィザード・エルフ・イスパニア王国)
 ea4026 白井 鈴(32歳・♂・忍者・パラ・ジャパン)
 ea9922 桜 あんこ(25歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ec3065 池田 柳墨(66歳・♂・僧兵・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●収穫日和
「元々は生徒達に教えたいのと、毒草育てたくて覚えたんだけど‥‥まさか農業やる機会があるとは思わなかったな〜」
 道具置場から色々と引っ張り出しながら白井鈴(ea4026)が言う。不穏な単語も混じっていたが、忍者である彼にしてみれば、それも日常のうちなのだろう。
「おかげで、助かる」
 今回の依頼主であるヘモグロビンは笑顔で鈴に応えた。あまり流暢でない事から、慣れない発音に苦労しているらしい様子がうかがえる。
『この国の言葉でどう表現したらいいのかわからない場合は、私に言ってください。僭越ながら、通訳をしましょう』
 ガユス・アマンシール(ea2563)の発したのは、ヘモグロビンの母国語であるイギリス語だ。複数の言語に精通している彼ならば、本来この家の通訳を一手に引き受けていたシフール青年コウの代わりも果たせるというもの。
(『青年を救い出してから早や二ヶ月‥‥まるで悪魔に取り付かれたような様子だったが』)
 鎌倉の大商人に誘拐されていた彼を取り戻す依頼に参加していたガユス。その時も依頼人だったヘモグロビンは、直接の面識はこれまでなかったものの報告書にあった名前の相手と知って、握手を求めてきた。それに応じながらもガユスの胸の内では、コウがどうなっているかがひっかかっていた。
 鈴、そして桜あんこ(ea9922)も同じ依頼に参加していた為、順にヘモグロビンと握手を交わす。だがヘモグロビンはあくまでも、それ以上コウの事を話そうとはしない。
(「やっぱり、そっとしておいてほしいんですね‥‥」)
 それだけ辛い記憶であり、心の傷はまだ癒えていないのだろうとあんこは判断して、今回は葱の収穫に精を出す事に決めた。
「うむ、人とは土から離れられん生き物だの。本番はこれからだというのに、わしは収穫の歓びで溢れておる」
 たすきがけをして準備万端な池田柳墨(ec3065)は、絶好の収穫日和である空を見上げ、満足気に言う。
「よく育ってるよね、本当に。綺麗な緑色、そしてまだ見ぬ土の中の白‥‥あのコントラストに思いを馳せていたら、気づいた時には依頼を引き受けていたん‥‥恐るべし、葱の魔力。でも引き受けた以上は全力で臨むっ」
 農作業の経験はほとんどないというが、菊川響(ea0639)はやる気まんまんだった。葱料理が気になっているらしく、「働かざるもの食うべからず」を実践するようだ。
「まずは、白い部分を作る為に盛られたこの土を崩していくよ。あんまり乱暴にすると中の葱が傷ついて売り物にならなくなっちゃうだろうから、注意して丁寧によろしくー」
「「「「「おー!」」」」」
 鈴先生の号令に従い、皆が拳を天に突き上げる。
 その鈴も、コウの事を気にしてはいたのだけれども。

 昼食は、縁側にずらりと腰掛けての握り飯だった。塩加減が絶妙なのもさる事ながら、どうやらその塩自体もいい味のようだ。
 ご近所から分けてもらった糠床で作られた漬物はまだ漬かりが浅いようだが、握り飯が塩味なのでむしろ丁度いい。
 沸かしてから少し経った湯で淹れた緑茶は火傷しそうに熱いほうが好みの者にとっては多少物足りなく感じられるかもしれない。けれどぬるいように思われるその温度も、食事の供としてはふさわしい。
「お醤油に、お酒に、お味噌を買い足して、あとはからし‥‥お野菜、お肉‥‥」
 冒険者達から一押しの葱料理法を聞いたアメリアは、葱の他に必要な材料を確認していた。食後、皆が収穫作業の続きをしている間に、買い物に行ってくるつもりのようだ。次はいそいそと財布の中をのぞいている。
「結構な大荷物になってしまいそうか?」
 ぽりぽりと漬物を咀嚼する響が尋ねると、アメリアの眉毛がへにょっとなった。図星らしい。けれどまだ作業の残っている夫や手伝いに来てくれた人達の手を煩わせたくはない――そう考えている事は見るからに明白だった。
 彼女の細腕では、まず間違いなく厳しい量のはず。冒険者達は顔を見合わせると、こくんとひとつ、頷いた。
「ではわしが荷物持ちとしてついていく事にしよう。収穫はあともう少し。鈴殿と響殿がいれば申し分なかろう」
 柳墨が言い出すとアメリアは首を振ったものの、鈴も響もにこにこと笑っている。
「じゃあ、私がヒューちゃんを見ていますよ。仲良くなりたいなって思ってたんです」
 ヘモグロビンとアメリアの息子である、もうすぐ一歳になるヒュー。放っておくとすぐ誰かの膝や衣装入れなど、より高い所に上ろうとするのでおちおち目を離していられない。
 だからアメリアも息子を連れて買い物にいくつもりだったのだが、頭によじ登ろうと背中に乗ってくるヒューを抱きとめるあんこを見ていると、なんだか大丈夫そうな気がしてきたようだ。
「わかりました‥‥皆さん、よろしくお願いします」
 嬉しそうに微笑み頭を下げるアメリアに、ヘモグロビンも同じく笑い、礼をした。

●働いた後のメシはうまいの一言
 各自の分担が定められ、力を合わせた結果、収穫が無事に終了した後も余力が残った。残った余力は薪割りに費やされ、土で汚れた体を綺麗にして疲労を取り除く為、風呂に入る事となった。
「湯加減はどうだ」
「丁度いいよ、ありがとう」
 窓越しに、火を焚くヘモグロビンと湯に浸かる響との間で会話が始まる。
「しかし凄いよな。家族で月道を渡ってきて、言葉も覚えてさ。大変だったんじゃないか?」
「そうだな‥‥大変でなかったと言えば、嘘になるな」
 言葉の問題だけでなく、風習や気候、考え方など、異なる点はいくらでもある。それらを乗り越える為の苦労がいかほどだったのか、表情はわからずとも声の調子から大体の想像はついた。
「海外から移住してきた人が周囲に受け入れられてるというのは、他人事ながら嬉しいよ」
 響は凝った体を揉みほぐしながらそう言った。人が人を受け入れる――難しいが、素晴らしい事だからだ。
「冒険者にはいつも世話になっている。こうして少しずつでも返していきたいと思っている」
 またひとつ、薪が投げ入れられる音。
 ヘモグロビンのジャパン語はまだ拙いが、拙い故に率直で、彼の感謝を如実に表していた。

「さあ、ご飯ですよ〜っ♪」
 ちゃぶ台をふたつくっつけての、念願の葱料理天国である。
 実際に作ってみなければ覚えないし、わかりにくいところもあるかもしれないとの事で、全てアメリアが作ったものだ。冒険者達は書く料理の作り方を教え、横で質問に答えながら見ていただけ。
 あんこは手伝うと申し出たのだが、またヒューのお守りをしていてほしいと頼まれた。家族の食事を預かる者として、それだけアメリアが真剣になっており息子の面倒にまで手が回らなかったのだ。
「思っていた通りだ! 葱味噌には白飯がよく合う!」
 みじん切りにした葱と味噌に調味料を加えて混ぜるだけ、の葱味噌。単純だが奥が深い。
「昆布と一緒に茹でた大根につけて田楽にするのもいいですし、梅干をつぶしたものをほんの少し加えるのも、酸味が利いて美味しそうですよね♪」
 葱味噌の使い方を伝授しつつ、あんこはお碗に入れた葱味噌へ湯を注ぐ。よく溶かせば、簡単味噌汁の出来上がりだ。
「料理作るのって面白いよねー。僕が料理できるようになったのが最近だからっていうのもあるのかもしれないけど」
 千切りにされた葱と人参のサラダをつつく鈴は、そのサラダだけでなく葱の肉巻きも提案していた。適当な長さに切って肉を巻いて焼くだけという簡単な一品は、絶妙な焼き加減で食卓に並んでいる。
「ん♪ これは酒の肴としてぴったりじゃ」
 柳墨が舌鼓を打っているのは、酢味噌とからし酢味噌で和えられた、二種類のぬただ。
「江の島は貝や魚が豊富だし、そういうものを混ぜてみるのもいいんじゃないかな」
 茹でた鶏肉でも合うそうだよ、と提案者である響が解説を付け加える。
「これだけの葱料理が揃うと、どれから箸をつけていいかわからなくなるのぉ」
 迷い箸をして失礼にならぬように気を配りながらも、柳墨の目移りは止まらない。
「お酒もいいものが安く手に入りましたし、遠慮せずにどうぞ」
 しかもアメリアのお酌つきとくれば、食事だけでなく酒もどんどん進む。買い物に出かけた折、食事の席で酒を飲んでもよいかとアメリアに確認をとった結果である。収穫祝いを兼ねるという事で、すぐさま了承の返事をもらったわけだ。
「ぬた用の鶏肉を買う時、一緒に鳥がらも買えればいいんだけどね。この焼き浸し、友達はダシじゃなくて鳥のスープで煮込んで、洋風にするんだって。冷ましてから油を少し垂らすらしいよ」
「鶏肉といえば、一緒に炒めるだけでもおいしいですよね。お肉のうまみが葱に染み込むんですよ」
 焼き目をつけてからダシと醤油、酒で煮た焼き浸しに箸を延ばす響に、「今の季節なら水炊きもいいですし」と盛りだくさんの材料が投入された鍋を思い浮かべるあんこ。
 あんこの眼差しがどこか夢見がちに潤んでいるのは、旦那様になった恋人の為に毎日料理を作る日がいつか来るのだろうかと夢想しているからで、いつその日が訪れてもいいように腕を上げておかねばと、幸せそうなヘモグロビン夫妻を前に強い決意を固めている。
「残さず綺麗に食べましょうー」
 生徒に語りかけるような柔らかい口調で言う鈴の胸元では、やや大きい大福が入るくらいの袋が、飼い主の声に反応してうごうごとうごめいた。

 料理に使われなかった葱は、まだ泥がついたまま紐でまとめられ、土間に置かれている。
 明日は愛情込めて育てたその葱達を、売ってきてくれるというご近所さんの所へ運ぶ事になっており、早起きする必要がありそうだ。だが、酒も食事も盛り上がってしまって、なかなか終わりはしなかった。


 破れを直した跡が幾つも残る障子。北側に位置するその部屋は、家の中のほかのどの場所よりも冷え込み、暗い。ガユスは障子を静かに開くと、室内を蝋燭の灯で照らし、見渡した。物置になっている。箪笥や衣装入れ、今の季節には使わない物が並び、隙間もそれらの中身を確認できるだけの幅しかない。埃っぽく、息苦しい。
 自分はコウの様子をうかがいたくて今回の依頼を受けたのだとガユスがヘモグロビンに進言した時、ここにいると言われた。食事をとるのも寝るのも、誘拐犯から救出された後はずっとここだという。あんこが言っていたように、精神的に厳しいものがあったのかもしれない。だが四六時中こんな所にいたのでは、体の方がまいってしまう。
『コウさん、いらっしゃいますか』
 イギリス語で呼びかけてみる。反応はない。広くない部屋だというのに、呼吸音も聞こえない。
『コウさん?』
 自分の世界に入り込んでいて、声が届きにくいのかもしれない。そう考え、今度はより大きな声で呼んでみる。
 バサリ、と鳥が羽ばたいたような音がした。
『やかましい。一回呼べば聞こえるわ』
 箪笥の陰から不機嫌そうな顔をして現れた小さな青年の背には、シフールの羽があった。
『返事がなかったので、聞こえなかったのかと』
『うとうとしてて反応が遅れたんや。よくあるやろ、そんな事。で、何か用か』
 視線を合わせてくれない事から、うっとうしがられているな、とガユスは判断した。
『何もこんな物置で寝なくてもよいのでは?』
『わいがどこで寝ようと自由やろうが。それしか用がないんなら、さっさと出ていかんかい。寝られんやろ』
 自分だけでなく、ヘモグロビン達の事もうっとうしがっている可能性が高い。先日の誘拐で人間不信にでもなったか――部屋から追い出されながらそんな風に考える。元気そうではあるので、ひとまず胸を撫で下ろした。

 コウの姿が忽然と消えたのは、冒険者達が鎌倉を発ってから数日後の事だった。