【看板息子】月夜の遭遇
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■ショートシナリオ
担当:言の羽
対応レベル:フリーlv
難易度:やや難
成功報酬:0 G 52 C
参加人数:6人
サポート参加人数:3人
冒険期間:01月19日〜01月24日
リプレイ公開日:2008年02月01日
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●オープニング
その日は、とても月が綺麗だった。
雲もなくよく晴れており、冷たいながらもよく澄んだ冬らしい空気のおかげで、月はくっきりと夜空に浮かび上がっているように見えた。勇二郎という名の青年は、ふと立ち止まってその月を見上げていた。
勇二郎は、母、そして兄の栄一郎とともに甘味処『華誉』を営んでいる若い菓子職人である。今も、品揃えを増やそうと店の台所で研究にいそしんできたところだ。
兄のほうは母を独りにしないよう、連れ立って先に家へと帰っている。これから勇二郎が帰っても、風呂くらいは沸かしてもらえるだろう。
こきこきと首や肩を鳴らし、腕を回しながら、熱い湯に浸かる瞬間を思い浮かべる。
「あー‥‥さみぃ」
きちんと上着を羽織っているとはいえ、隙間から冷えた空気が入り込んでくるのはどうしようもない。せめてその隙間ををかき寄せ小さくし、体を丸くして夜道を急ぐ。
脳裏に浮かぶのは、なかなかうまくいかない新商品作りと、今日も団子を買いに来た銀髪の娘の顔。
そんな自分に、彼は舌打ちした。
「馬鹿だな俺も。諦めた方が後で面倒もなくて済むってのに」
ぽつりとそんな事を呟く。
自分の女々しさが嫌になる。職人としてもまだまだだというのに。
自分の心がままならない。
「だーっ!! もうっ!!」
ひん曲がっていきそうな己の性根に喝を入れる為、彼は立ち止まり、また月を見上げて、腹から声を出した。その視界に、何か動くものが見えた気がした。
虫かと思った。いくら冬でも、出る時は出てくるものだ。
だが次の瞬間、彼の頭の中に声が響いてきた。
『あなた、切ない恋をしているのね?』
「‥‥っ!?」
耳まで真っ赤になりながら周囲を見渡す。だが誰もいない。冬の寒い夜をわざわざうろつく者の数など少ない。
空耳かとも思った。けれどその割には、内容がアレすぎる。
(「そう、アレ。アレなんだよな。なんで好き好んでそんな空耳‥‥」)
『やっぱりそうなのね。恋をしているのね』
「うわああああああっ!!」
もう一度聞こえてきた声は確認を通り越して確信を抱いてしまっているようだった。勇二郎がつい叫びだしたのは、気恥ずかしさからに間違いない。聞きたくなくて、己の声でかき消そうとしたのだ。
しかしそれでも声は聞こえてくる。なんだか陶酔しているようだが、気のせいなのだろうか。おそらく気のせいではないのだろうが。
もう一度見渡してみても、やはり誰もいない。
「という事は、魔法、か‥‥?」
『ねぇ、相手はどんな子? かわいい?』
「そりゃあ‥‥――って、危ねっ、言うところだったっ」
『その子の見た目を話す事もできないのね。ああ、なんて切ないのかしら』
「ほっとけよ。っていうか、黙ってくれ、頼むから!」
『あなたの心にちくんと刺さるその疼き、痛み‥‥もどかしいわよね。私があなたの助けになるわ』
「人の話聞けよ!!」
あおーん、と、どこかの家の飼い犬が勇二郎の雄叫びに反応して吠えた。
◆
月の綺麗な夜だった。犬の鳴き声が聞こえた後、何かが入り込んでくるような感触がした。
それから、勇二郎は変な声に悩まされ続けた。
幸いな事に声は勇二郎以外には聞こえていないようだったが、声の話す内容がアレなので、家族に相談するわけにもいかない。
三日三晩悩んだ末、ようやく勇二郎は、冒険者ギルドに口の堅い者を依頼する事に決めざるをえなかった。
●リプレイ本文
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「久し振りにお会い出来たというのに‥‥またなんとも難儀そうな」
頬に手を添え肩をすくめたのはラン・ウノハナ(ea1022)。勇二郎の左隣を陣取っている。
「やっぱりお正月は華誉のお団子って思ってたら、ギルドに依頼書が張り出されてるんだもん。びっくりだよ」
右隣ではシスティーナ・ヴィント(ea7435)が、その団子を頬張っている。しかし時折首を傾げているのはなぜなのか。
皆が集まっているのは華誉の客席だが、開店前の準備時間帯である。栄一郎と女将もまだ来ていない。シルフィリア・ユピオーク(eb3525)の提案により、新商品開発のアイディアや助言を勇二郎に与える為の集まりという表向きの理由を確認しておく。
「これなら、店の面々に深読みされ難いと思うしね」
依頼に関して口外しないようにと元々希望していた勇二郎は、彼女の提案を受け入れていた。
「もうそろそろ寒天作る季節だものね。私も英国の聖夜祭でお菓子作り手伝って、色々勉強してたんだよ。これはお土産」
だが、それゆえに話が逸れる。システィーナがミンスパイを卓上に出したので、茶のおかわりも出され、近況報告や世間話が始まってしまった。
「違うっ! 依頼の話をする為に集まってるんだろ!?」
パイが半分ほど皆の胃に納まった頃、リフィーティア・レリス(ea4927)が卓を叩いた。おかげで、勇二郎を含んだ全員が、本来の目的を思い出した。
「‥‥とにかく、その声ってヤツが聞こえなくなればいいんだろ? 声がどんな事言ってるのかわかんなくちゃ始まんない。こっちとしても真剣なんだから、そこはちゃんと話してくれないと」
綿入りの半纏に身を包み、顔ですらも道化師の仮面で覆っているトマス・ウェスト(ea8714)こと自称ドクターとは対照的に、防寒具を忘れた彼の姿は見るからに寒々しい。店内には暖房器具として火鉢が置かれているとはいえやはり肌寒いのか、己の腕をさすりながらリフィーティアは言う。正論なので、勇二郎も渋々ながら語りだした。ただし余程言いづらいようで、ぼそぼそと歯切れが悪く、小声だったが。
なかなか要領を得なかったその発言を簡単にまとめると――『素直に気持ちを伝えられないのね‥‥可哀想に。私があなたの恋を応援してあげる♪ 助言もしちゃう♪ だから相手の子の事や二人の馴れ初め、今の状況なんかを、事細かく私に語ってくれるといいと思うわ!』‥‥らしい。
「正体もわからない声に、そんなの話せるかってのにさ‥‥」
「なるほど、恋の病ね」
疲労感を漂わせる勇二郎に、茶をすするマクファーソン・パトリシア(ea2832)はさらりと言ってのけた。浮いた話も好きな人もいない彼女としては恋に悩む勇二郎が羨ましいくらいだが、今は目の前の依頼に集中しなければならない。声が聞こえ始めた時の状況も説明してもらうと、彼女は私情を排し、己の知識を総動員する。
その間にも、残り半分のミンスパイは消費されていく。
「勇二郎さんって恋してるの?」
「‥‥してちゃおかしいか」
「そんな事ありませんわ! とても素敵なことです!」
「勇二郎さんも、仮に結婚してたとしてもおかしくない年頃ではあるからねぇ」
「どうせこの歳まで恋人の一人もいた事ねぇよ」
女三人寄ればかしましい。
というわけで絶賛思考中のマクファーソンを除く三人の女性に囲まれた勇二郎。果たしてミンスパイの味わいを感じる事はできるのか。
一方、残る男性二名はというと。
「色恋沙汰については人がとやかく言うことでもないしなあ」
「言ってもどうしようもない場合のほうが多いからね〜。簡単に言えば『クサツの湯でも治せない』と言うヤツだ〜。‥‥しかし、声、声ね〜‥‥どこかで聞いた事があるような〜」
こちらも一応思考中ではあるものの、結構サバサバしている。「恋」の一言だけで盛り上がれる女性陣とは大違いである。
「ああ、わかったわ!」
そしてようやく、マクファーソンが顔を上げた。頭の隅に引っかかって思い出せずにいた事を、何かの拍子にぽろっと思い出せた時の爽快感。あれを思わせる、実にすがすがしい表情だ。
「ブリッグルよ、ブリッグル!」
「‥‥って、何だ?」
「そういえばそんな精霊がいたような〜」
「ブリッグルなら、あたいも見た事があるよ」
疑問符を頭上に浮かべる勇二郎に、マクファーソンには及ばないが精霊に関する知識を持つドクターが多分それだと同意し、遭遇経験があるというシルフィリアが追随する。だがそれくらいで勇二郎の疑問符が解消されるはずもなく、マクファーソン先生のブリッグル講座が始まった。
ブリッグルとは、月の属性を持つ精霊である。別名を「月の滴」と呼ばれるのは、まさしく滴のような形をし、月光のように淡い黄色の光を放っているからだ。月が綺麗な夜に空を漂っているとされているが、会おうと思ってもなかなか会えるものではない‥‥というか人の拳ほどの大きさしかないらしく、見つける事が難しいようだ。
「属性に従った精霊魔法を幾つか使う事ができるらしいから、勇二郎さんが聞いた声と言うのはおそらく、月の精霊魔法のテレパシーね」
人語を操る事はできないのだろう。代わりに、魔法で意思疎通を図っているというわけだ。
「‥‥意思疎通っつーか、一方通行のような気がしないでもないが」
向こうの言い分ばかりを押し付けられていたのを思い出しながら、勇二郎が遠い目をする。
「しかし、いないようだぞ?」
その勇二郎の周囲に目を凝らすリフィーティアがそう言うと、マクファーソンは「憑依しているに違いないわね」と言い切った。勇二郎が至極嫌そうな顔になった。さもありなん、その精霊を自分から引き剥がさない限り、声は永遠に聞こえてくるという事なのだから。
ここで問題になるのが、なぜ憑かれたのかという点である。
「本心を伝えられないような、切ない恋をしている人に憑依するそうよ」
瞬間、全員の目が勇二郎に向けられた。
●
名前をはじめとする相手の詳細を精霊に聞かれるのはまずい。というマクファーソンの主張に従い、勇二郎から離れた場所で、事の次第、つまりは勇二郎の恋愛事情がランとシルフィリアから皆に伝えられた。
相手は、イギリスから商売の修行に来ている少女。修行先の若旦那のお使いで、華誉までよく団子を買いに来るお得意様でもある。嫌でも顔を合わせる相手、という事だ。
「では、これの出番だね〜」
ドクターがぺしっと平手で卓を叩く。手がどけられると、そこにあったのは二つのお守り。恋愛成就のお守りとキューピッド・タリスマン。和風洋風の違いはあれど、どちらも恋のお守りだ。
「さあ勇二郎君、当たって砕け散ってしまえ〜!」
「砕けるの前提かよ!?」
叫んでツッコミを入れつつも、体は身構える勇二郎。すっかり逃げの体勢だが、それではどうしようもない。
「砕けるかどうかはとりあえず置いておくとしてもさ。一人前とか、修行の邪魔がどうこうとか‥‥一人で悩んでいても堂々巡りな気がするんだけどね」
「人に言えないような想い‥‥そういうのは、俺もよくわかる。思ってることと逆のこと言って後悔なんてよくあるし。‥‥あー、つまり、そういうのはお前だけじゃないんだからな」
シルフィリアとリフィーティアが勇二郎を前向きにしようとするのだが、ぷいっと横を向くばかり。本人とてわかってはいるのだろう。わかってはいるようなのだが、「だからってどうしようもないじゃないか」と、尖らせた唇が苦々しく呟いているように見える。
「‥‥勇二郎様のことですから、いっそ諦めるなどとおっしゃいそうですわ」
そうこうしているうちに、ため息をつきながらのランの言葉が勇二郎の胸にとどめの一発を突き刺した。ど真ん中直球の図星だった。
冷や汗だらだらの勇二郎。皆の視線はますます彼に突き刺さる。
「まあまあ。ちょっと落ち着いて。勇二郎さんも、皆も」
間に入ったのはシスティーナだった。勢い余って身を乗り出していた冒険者達を下がらせて、勇二郎に向き直る。
「大丈夫、勇二郎さんの思いはきっと通じるよ。自信持って。勇気を持って。精霊だって、本気で説得すれば分かってくれる筈だよ」
恋は自分で何とかすればいい。それがシスティーナの言い分であり、他の者達とははっきりと異なっている部分だった。
彼女はわざわざ持って来ていたワインを取り出すと、勇二郎に作りおきの菓子があるか尋ね、場所を変えようと促した。精霊と直接話をしてみようというのだ。
その場の雰囲気に息の詰まる思いだった勇二郎は、他に逃げ道もなく、彼女の提案に頷いた。マクファーソンからフレイムエリベイションの激励を受けた後、二人は店の裏手、いつも薪割りをしている所へと歩いていった。
残された面々は、ひとまず次の手段を考える事にした。
「新商品を開発してるんだろ? それなら、想いを形にしたお菓子を作ればいいんじゃないかい?」
「以前のように、ですわね。お菓子という『形』にしてしまうほうが整理も纏まりもできますし、何より勇二郎さまらしくて、とっても素敵です!」
シルフィリアの提案は、菓子職人である勇二郎ならではの方法だった。以前にもその方法で、勇二郎の表情がえらくすっきりとしたものに変わった事があるのを思い出し、ランが両手を叩いた。
「けれど、それと精霊とは別問題よね」
だが、マクファーソンの言い分ももっともだった。勇二郎の気持ちがすっきりしたところで、精霊が気にかけているであろう恋については、何も変わらないのだ。
菓子作りはひとまず勇二郎に冷静さを取り戻してもらう為の策として。次の段階の策を講じなければならない。
「他に切ない恋してるヤツとか連れてきたらそっち行かないかな」
「さすがにそれはまずいんじゃないかい? とりつく対象が変わるだけで、問題は解決しないわけだし」
リフィーティアの発想は面白いが、次に続かない。
「じゃあ、菓子を作ったついでに告白ってのは?」
「さっきも話には出ていたけれど、最後の手段よね、それは。最悪の結果もありうるのだもの。極力避けたいところだわ」
もうひとつ出された案には、マクファーソンが異議を唱えた。
「勇二郎さまが本当は何を一番望んでいるのか。それがわからないことには‥‥」
知る事ができれば糸口になるだろうに、ランにはどうやって動けばいいのかがわからない。精霊に取り付かれていては、そういう込み入った話をするわけにもいかない。
そうして皆が頭を悩ませているうちに、裏手から二人が戻ってきた。微妙な表情だ。
どうなったのかと尋ねてみれば、釣れた事は釣れたのだそうだ。ただし、もう大丈夫かと気が緩んだところで、精霊のほうも満足したらしく勇二郎の中に戻ってしまったのだという。
自分にとって都合のいい部分しか聞かないらしく文字通り話にならない相手だったそうだが、あまり知能は高くないようなので、うまく誘導すればどうにかなりそうだとの事。
「では、システィーナさまには後ほどもう一度挑戦していただいてもよろしいですか? 勇二郎さま、精霊の気がそちらに向いている間に間に、少しお話しましょう」
ランの頼みを、システィーナは当然快諾し、勇二郎も何を聞かれるのやらと不安に感じながらも承諾した。
「何とか解決の糸口が見えてきたようね。勇二郎さんには気分転換もかねて、お菓子作りに励んでもらおうかしら」
菓子を作るという案を勇二郎に説明すれば、これにも承諾した。前例があるので承諾しやすかったのだろう。
ただひとつ、条件がついていた。以前のように彼女を連れてくる事は許さない、と。これにはシルフィリアが驚いた。
「大丈夫、変に邪推されないようには配慮するよ。折角の女の子向けの新作だから試食を、って誘ってくるだけだから」
「いらねぇよ」
調理場に消える直前で、勇二郎はぴたりと足を止めた。そして振り返る。
「システィーナ。お前、団子食べて首傾げてだだろ。正直に言え」
団子――勇二郎作の団子を今回食べたのは、彼女だけだ。やや戸惑った後、諦めた様子でポツリと呟く。
「‥‥味、落ちてる」
「そういう事だ。食わせられるかよ、そんなもの」
勇二郎のプライドが許さないのだろう。もうすぐ来るだろう兄にも食べさせてみればはっきりする事だが、心の乱れが味の乱れとして表に出ているうちは食べさせるわけにはいかないと、彼女なら大丈夫だというシルフィリアの言葉を強くはねのけた。
「回りくどい方法をとらなくても、とりついた『月の滴』は宿主が怪我をするとその姿を現すらしいんだがね〜」
それまでは話を聞く側に回っていたドクターだったが、やおら立ち上がったかと思うと勇二郎の背後に移動し、彼の肩を掴んだ。何をする気なのかと一同が動きあぐねている間に、次は袂から銀のナイフを取り出し、鞘から抜いた。その刃の向く先は、勇二郎だ。
「さあ、怪我をしたいかしたくないか、覚悟を決めたまえ〜。ちなみに怪我をした場合は、もれなく我が輩の患者になれるがね〜」
「何をなさいますのドクター!?」
ランの制止の言葉は、悲鳴にも似ていた。
他の者も慌てて腰を上げるが、うかつには手が出せないと動きあぐねている。ドクターが何を考えているのか、仮面のせいで表情が読み取れない。
だが仮面に開いている視界確保用の穴を肩越しに覗き込んだ勇二郎には、その穴の奥に獲物を捕らえて喜ぶ光が灯っているのが見えた。
「つぅっ‥‥」
システィーナが拳を叩きつけた事で、ドクターはナイフを落とした。
「痛いじゃないか〜。精霊を追い出す為のパフォーマンスだというのに〜」
変わらずどこかおどけた調子の彼だったが、他の誰もそれで納得していないのは明らかだった。
「いきなり刃物突きつけられて、はいそうですかって納得できるかよ。あんたは信用できない。帰ってくれ」
特に勇二郎は殴りかからないのが不思議なほど怒っているように見える。先程ドクターに渡されたお守りを突き返すと、今度は振り返る事もないまま改めて調理場へ向かった。
「あいつは、いつかイギリスに帰るんだ。仮に気持ちが通じ合ったところで、離れ離れになる未来が待ってる。ならそんな気持ち、最初からなかった事にしちまえばいい」
システィーナとランの協力により得られた本心、それは傷つく事、傷つかせる事への恐怖とも言えるものだった。
呼ぶつもりだった者の代わりに勇二郎作の菓子を試食したシルフィリアは、渋い表情になった。すっきりしない後味。これは食べさせられないと彼女も思った。
精霊はまだ、勇二郎の中にいる。