●リプレイ本文
●一日目
「いらっしゃいませ」
豪華な法衣を身に纏ったメイユ・ブリッド(eb5422)お姉さんが鈴乃屋の軒先をくぐると、若旦那である小鈴のお父さんがやってきて一礼しました。
段差に腰を下ろし京染めの反物を見せてほしいと言うメイユお姉さんに、お父さんは壁を埋め尽くしている棚からお勧めの物を選ぼうとして、母屋へと続く戸の影から小鈴が覗いているのに気づきました。
「おいで、小鈴」
お父さんに手招きされたので、小鈴はとてとてと歩み寄りました。正座をした小鈴の体からはどきどきが伝わってきます。メイユお姉さんは長い髪を飾っていた虹色のリボンを解くと、小鈴の手にそれをそっと握らせました。
「頑張ってくださいね」
微笑むお姉さんは、まるで女神様みたいでした。
「この年になって、幼い頃の夢が叶うとは‥‥」
感無量で今にも涙を流しそうなのは小鳥遊郭之丞(eb9508)お姉さん。しかも大好きな小鈴と、可愛いちまで雛祭りをするなんて。女の子のお祭りや遊びとは縁遠く育ってきたというのですから、仕方がないのかもしれません。喜びにぷるぷる震える様子を瀬崎鐶(ec0097)お姉さんの脳裏へ二重三重に刻み付けられている事にすら気づかないのも、仕方のない事です。はい。
「もみじは相変わらず元気ねぇ♪」
「かえでのにくきぅはぷにぷにですねーっ」
それまでかえでともみじの肉球パンチをくらって遊んでいた御陰桜(eb4757)お姉さんと桜あんこ(ea9922)お姉さんは、メイユお姉さんが小鈴に連れられて部屋に入ってきたのを機に、お裁縫道具を卓上に並べ始めました。
ちまを作り、雛人形仕様にして雛壇に並べる――それが今回の流れです。全員揃ったところでちま雛人形の作成開始、と行きたいのですが、あんこお姉さん、桜お姉さん、メイユお姉さん、郭之丞お姉さん、鐶お姉さん‥‥以上五名は、雛仕様にする以前にちま自体を持っていないので、そこからです。家事の心得のあるメイユお姉さんとお姉さんのお友達である魁厳お兄さん以外は、指に針を刺してしまい痛い思いをするのもお約束。
「あたしもちまさん持ってるわっ☆」
雛人形にすると言われたので自分の持っているちまを持ってきた小鈴に、ジュディス・ティラナ(ea4475)が自分のちま、お姫さまちまを見せました。お姫さまというだけあって、袴や上衣を身につけています。小鈴の目が一気にキラキラと輝きました。
「頭の部分は中身を詰めてから閉じるから、他のところを先に、丁寧に縫うんだよ」
今回の依頼人であるシルフィリア・ユピオーク(eb3525)お姉さんは、針の動きのおぼつかない皆に教えてまわります。
「おいらは廃材をもらえないか、町をまわってくるのだ〜」
「おう、じゃあ俺は乗せる小物の用意でもしてるさ」
ちま用の雛壇、略してちま壇を作る為に木の板を探しに出かける玄間北斗(eb2905)お兄さんを、桜お姉さんのお友達であるゴールドお兄さんが見送ります。ゴールドお兄さんはお裁縫用のはさみを器用に使って、まるごとひなだんという雛壇を模した着ぐるみから、楽器や牛車などの小物を引っぺがし始めています。
基本的には、ちまは「素っ裸」。雛人形らしくするには、衣装や小道具まで揃えないといけません。針どころか布を裁断する段階で四苦八苦しているお姉さんもいるのですが、無事に間に合うのでしょうか?
●二日目
「だあ〜‥‥印どおりに切れないのだ‥‥」
家事の心得のないお姉さん達が苦労するように、木材加工の心得のない北斗お兄さんも、ちま壇を作るのに悪戦苦闘。木の板を真っ直ぐ切るのって、実はなかなか難しいのです。午後になったら、用意ができた人から近所の女の子に声をかけに行こうと考えていたのですが、この分だと今日は難しそう。
それでもちま作りのほうは、経験者がいる分、まだマシ――と思いきや。
「な、なかなかうまくいかぬ‥‥」
郭之丞お姉さんが打ちひしがれています。
今回、郭之丞お姉さんは普通ではないちまを作ろうとしていました。四肢をなくした更に丸っこい体の内部に重石と鈴を入れたもの、つまり起き上がりこぼしです。でも、重石を入れた小袋を縫い付ける位置が微妙にダメなようで、斜めに立ってしまうのです。これでは美しくありません。縫いつけては立ち具合を確認し、少し位置をずらしてまた縫って。その繰り返しです。
「この枝は真っ直ぐできれいですね」
「そうですね‥‥笛にするには長すぎるでしょうか? でも、綺麗に折れば調節できますよね」
お庭で仲良く小枝を拾っているのは、あんこお姉さんとメイユお姉さん。どうやら小物の材料にするようです。
小物の材料としては他にも、鐶お姉さんが台所からもらってきた爪楊枝や、お店からもらってきた端切れを使います。あんこお姉さんがお米の粒で作った糊も使って、結構細かい手作業の開始です。丈夫さも考えないといけないので大変です。
一方、衣装に取り掛かっているお姉さん達もいます。ジュディスお姉さんは昨日のうちに「三方」という台を、布を折って作ってしまっていますし、桜お姉さんはゴールドお兄さんに手伝わせ‥‥いえ、手伝ってもらったおかげで、順調に見栄えのよいちまが完成しています。お姫さまちまが元々着ている衣装や妖精さん用の十二単を使うようですから、これまた順調に進むでしょう。
小鈴は何をやっているのかというと、作業に熱が入って喉が渇くだろう皆の為に、せっせとお茶を淹れていました。ちゃんと茶葉も適度に交換しています。ちなみに使い終わった茶葉は、お庭に茣蓙を敷いた上に広げて一旦乾かして保存し、後で畳のお掃除に使います。するととても綺麗にお掃除できるのです。
お姉さんやお兄さんが自分に友達を増やしてくれようとしているのだからと、小鈴も自分なりに一生懸命なのでした。
◆
ちょっとした切り口の歪みは赤い布をかぶせて隠してしまい、まるごとひなだんから取った小物を並べて、ちま壇が完成しました。遅れている郭之丞お姉さん以外は、自分のちまをいったん所定の位置に並べていきます。
三人官女には、桜お姉さん、ジュディスお姉さん、シルフィリアお姉さん。五人囃子には鐶お姉さん、 あんこお姉さん、メイユお姉さん、この家に住み込みで商人修行中のセレナお姉さん(と、郭之丞お姉さんの予定)。左大臣と右大臣には小鈴のお父さんとお母さんで、牛車と御者にはご近所の飼い犬であるシロと北斗お兄さん。お雛様には小鈴です。
「‥‥お内裏様、は?」
ひとつだけ空いている席を見つけて、鐶お姉さんが小首を傾げました。
「小鈴ちゃん。太助お兄さんのちまはどうしたんだい?」
シルフィリアお姉さんは小鈴に尋ねます。太助お兄さんというのは旅芸人の一座のひとりで、以前、小鈴ととても仲良くしてくれた人の事です。今は江戸にいませんが、お別れの際、「忘れないでね」という想いを込めて小鈴と太助お兄さんを模した二体のちまを作って贈りました。
そう、贈ったのです。太助お兄さんのちまは、小鈴の手元にはありません。
「お内裏様を空席にするわけにはいかないし、作るしかないわよねぇ」
桜お姉さんの言うとおり、お内裏様はお雛様と並ぶ、雛人形の主人公の一人です。欠けてしまうと格好がつきません。
「材料はありますし、大丈夫ですよ。問題は誰が作るか、ですが」
「‥‥っ、小鈴が作る‥‥!」
あんこお姉さんの言葉に、「自分にもそろそろできる!」と考えた小鈴が立候補します。大好きな太助お兄さんのちまだからこそ自分が、というのもあるでしょう。でも近所の女の子を招待しに行く時間も必要なので、ひとりでは厳しいと思われました。必然的に、家事の心得のある人が補助につく事になりました。
●誘
三日目になると、ようやくご近所周りが開始されました。
「あのねっ、小鈴さんちにあたしのお友達がいっぱい来るのっ☆ おいしいお菓子も待ってるから、みんなで来てねっ☆」
パラの子供であるジュディスお姉さんは身長が低く、小さな子供達に対しても威圧感を与える事はありません。隣にいる北斗お兄さんも、笑顔を絶やさないので子供的にOKです。いきなりやってきた二人を怖がる事はありません。
ただ、いきなりやってきた知らない人に対して警戒はしているようなので、一層の笑顔を顔に浮かべます。
「小鈴って誰?」
ちょっと困った事には、そのおうちの女の子は、小鈴を知りませんでした。
「あそこに呉服屋さんがあるでしょう。そこの子よ」
お母さんにそう言われると、女の子はふーんとあまり感情の起伏を感じさせない様子で頷きました。
「少し遅いですが、折角の桃の節句。ご近所の娘さん達にも楽しい一時を過して欲しいんです」
そのお母さんに招待の理由を説明する北斗お兄さんは、ジュディスお姉さんがびっくりしてしまうほど、それまでとはがらりと異なる立ち居振る舞いでした。でも親御さんにはそのほうが受けがいいのは確かです。
一回も遊んだことのない子の家に娘を送るのはやはり躊躇ってしまうのか、その子のお母さんは考えさせてほしいと答えたのでした。
「次は、一本向こうの通りねっ☆」
作業の合間にメイユお姉さんと一緒になって小鈴のお父さんとお母さんに相談し、作った『ご近所の女の子のがいるおうち一覧表(地図付き)』を確認しつつ、二人は次のおうちに向かいます。
「そこの子、ちと待て!」
ようやく自分のちまを衣装小道具含めて完成させた郭之丞お姉さんも、女の子の招待を手伝わなければと母屋を飛び出したのは少し前。小鈴よりはやや年上に見えますが、それでもまだまだお人形遊びをしそうな女の子とすれ違いました。
「これはちまと言うのだが‥‥可愛いだろ?」
「はあ」
「このような人形を使って雛祭りを執り行うゆえ、参加して貰いたい」
縫い目が整っているかどうかなど詳しく触れる事はできませんが、一応の完成品である自分のちまを見せ、意気揚々と誘います。女の子はお姉さんの勢いに押されて考え込んでしまいましたが、代わりに、男の子の声がしました。
「あれ? お前‥‥」
「む、もしや正太郎か?」
正太郎は小鈴と同い年の男の子で、シロの飼い主さんの甥っ子です。お姉さんが声をかけた女の子は正太郎のいとこ、つまりシロの飼い主さんの娘さんだそうです。
甘酒飲み放題、お菓子食べ放題とくれば、正太郎も黙っていません。取り巻きを引き連れて参加すると騒ぎ出し、女の子はそんな正太郎のお目付け役も兼ねてお邪魔させてもらいます、と頭を下げました。
先にジュディスお姉さんと北斗お兄さんが回ったおうちで、好意的なお返事をくれたところには、今度は小鈴自身がお誘いに行きます。人見知りの激しい小鈴ですから、やっぱり一人では難しい――そう判断したあんこお姉さん、桜お姉さん、メイユお姉さんがついてきてくれています。お姉さん達は膝をかがめて、女の子達と目線を合わせます。
「ねぇねぇ、小鈴ちゃん家で、明日、私達みたいなちま人形を作る教室が開かれるんだよね?」
自分達のちまを動かして自己紹介を終えると、あんこお姉さんはちまを持った小鈴に問いかけます。でも、緊張しまくりの小鈴は顔を真っ赤にして俯き気味です。
「可愛いでしょ? 教えてあげるから作ってみない?」
そんな小鈴の背中を撫でてあげる事で落ち着かせようとしながら、桜お姉さんが後を続けます。
「こういうものを作るのもいいですね」
メイユお姉さんは端切れを裂いて編んだ色鮮やかな組紐をちまに持たせ、子供達に手渡します。
最後の締めは小鈴です。小鈴が、自分で誘わなくてはいけません。なかなか声の出ない小鈴を、お姉さん達は声には出さずとも心の中で応援します。
お姉さん達だけではありません。誘うべき女の子も、じっと小鈴を見ています。
「‥‥あ‥‥あの‥‥み、皆で、一緒に、作ろう‥‥?」
ややあって、ようやく誘いの言葉を口に出す事のできた小鈴は、耳の端っこまで真っ赤でした。
でも、言葉をかけられた女の子は、にっこりと笑いかけてくれました。
●宴
女の子を誘いに行かず残って準備をし続けてくれた鐶お姉さんのおかげもあって、宴の準備は滞りなく済んでいました。皆でお金や現物を出し合って用意したのは、雛祭りには欠かせない雛あられを始めとして、おしるこ、甘酒、その他のお菓子。なかでも化け兎がついたというお餅がとっておきだったのです‥‥が、化け兎と聞いて、やってきた四人の女の子達は顔を見合わせていました。食べて大丈夫なのか、不安になったようです。
「うさぎさんのおもちを食べると元気になるんですってっ☆」
でもジュディスお姉さんがそう言うので、恐る恐る食べてみます。やばいものが入っていそうな味はしなかったらしく、ほっと安心したみたいでした。
「ちままごと、始めるわよー♪」
女の子達が一通りのお菓子に口をつけた頃を見計らって、桜お姉さんがちまを使ってのおままごとに誘います。女の子達の手には、昨日一日をかけて作られたそれぞれのちまがいます。
「いらっしゃいなのだ〜」
「お店屋さんなのね。何屋さん?」
「小鈴は、呉服屋‥‥えっと、これなんか綺麗です‥‥」
「うわっ、本当に綺麗! 店に出してた物ね、これ」
「じゃあ私は八百屋にしようかな」
「八百屋さん? この葉物、もっと安くならないの!?」
「またお母さんの真似してるー」
「あたしは瑠璃に乗ろうかしら。一緒に乗りましょ♪」
「子犬だー! 乗る乗るっ」
「あたしも乗るわっ☆」
「はいはい、順番ね」
賑やかな様子に目を細めながら、メイユお姉さんは甘酒の入った湯呑みに口をつけました。
襖を挟んで隣の部屋では、あんこお姉さんが幸せそうに眠っていました。夜を徹して、恋人さんのちまを作っていたようです。北斗お兄さん作のかえでのちまが枕元でお姉さんを見守っています。本当はもみじちまもいるはずでしたが、さすがに時間が足りませんでした。
「楽しそうだな‥‥」
その様子を、縁側から眺める郭之丞お姉さん。その呟きも何度目だかわかりません。
「まざればいいじゃん」
庭に敷いた茣蓙の上でお菓子をおなかに詰めていた正太郎と取り巻きが、至極もっともなツッコミを入れました。しかし、それができないからこその、郭之丞お姉さんなのです。悩んで、いざ突撃しようとしてやっぱり入れなくて、うなだれて。
「思ってたとおり、似合うねぇ♪」
そのうち、シルフィリアお姉さんに兎の耳をつけられ、慌てたうえに真っ赤になって。でも外そうにもシルフィリアお姉さんに悪い気がして外せなくて。
一連の表情と行動は逐一、鐶お姉さんに見られていたのですが、必死な郭之丞お姉さんは知るよしもありません。
「ふふ‥‥」
珍しく笑いの零れた鐶お姉さんの視線の先が、ちま壇へと移ります。壇上のちま達も、なんだかとても楽しそうに見えました。