【看板息子】天草採取。ぷらすあるふぁ
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■ショートシナリオ
担当:言の羽
対応レベル:フリーlv
難易度:やや易
成功報酬:0 G 62 C
参加人数:4人
サポート参加人数:-人
冒険期間:05月08日〜05月15日
リプレイ公開日:2008年05月24日
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●オープニング
江戸の街の一角にあり、なかなかの繁盛を見せる甘味処『華誉』。
初代であった父の後を継ぐ二人の兄弟とその母親、そして弟子入りした青年に、青年の子分達。なんだかんだで大所帯の店だったりする。
◆
華誉は甘味処としての通常業務のほかに、冬の間のみもうひとつ、特殊な作業をおこなっている。――「寒天」の作成だ。
この寒天、発明をしたのが職人兄弟であるのもさる事ながら、現在もその製法を知っているのは兄弟と手伝いをした数名の冒険者達のみである。つまりは、絶対数が少なく、限られた経路にしか流れないという事だ。
数量限定の高価なおやつ。それが、寒天なのだ。
「オレにも寒天の作り方教えろ」
横柄な態度で、弟子入りした青年こと康太は、犬猿の中である勇二郎に向けて言い放った。
それが人にものを頼む態度か、と誰もが問いかけたくなるほどだったが、先に仕掛けると後で兄や母にどやされるので、勇二郎はぐっと堪えた。
「兄貴に頼めよ。俺よりも兄貴のほうが、誰かに教えるのはうまい」
「栄一郎に断られたから、しょーがなくお前に教えてもらってやるっつってんだろ。頭悪ぃな」
耐える勇二郎の額に青筋が浮かぶ。
「ド阿呆。兄貴がダメだっつったのを俺が教えるわけねーだろうが」
「なんだよ、その年になっても兄貴の顔色伺いか、あぁ?」
康太の額にも青筋が浮かぶ。
二人の堪忍袋の緒が引きつる音が聞こえてくる。
「わかんねぇのか。この店の親分は兄貴だ。兄貴の言う事は大人しく聞いとけってんだよ」
「オレの向上心をないがしろにされんのを、黙って受け入れろってか」
顔面の筋肉をひくつかせ、両の拳に力を入れて握り締める。目を吊り上げ、至近距離まで寄っていき、
「何やってんだい、この馬鹿どもっ!!」
ばこんっ! ばこんっ!
二連続で響いたのは、上部で分厚い木製のお盆が二人の後頭部を直撃した、その効果音だった。
「母ちゃんこそ何すんだよ!?」
「馬鹿息子が何度言っても理解しないから、体に教えてやってんじゃないかっ!」
「教えるって程度の痛さじゃねーっ!!」
頭が割れんばかりの痛みに不平を訴えるものの、夫亡き後の店を支えてきた女将の威厳ある姿は揺るがない。そして勇二郎も母には逆らえない。
では、康太はというと――歯を食いしばって床を睨みつけている。
「‥‥お前も、わからないの? なぜ怒られるのか。なぜ栄一郎が教えてくれないのか」
女将が顔を覗き込んでも、ぷいっとそっぽを向してしまう。
女将は肺にためた空気を大仰に吐き出した。
「しょうがないねぇ。ほら、二人でこれ持って冒険者ギルドに行っておいで」
勇二郎と康太の手をとり、二人の手に一通の手紙を持たせる。
「天草、時期なんだってさ。いつもいい物を仕入れてくれるところなんだ。しっかり手伝ってくるんだよ」
二人は揃って女将の手を振り解こうとしたが、勿論女将はそれを許さず、凄みのきいた笑みを浮かべた。
寒天の材料は、ところてん。
ところてんの材料は、天草という海藻。
天草はちょうど採取の頃合である。
●リプレイ本文
●朝比奈の関
護衛を兼ねているならば致し方ない。と、一行はすんなりと朝比奈の関を通り抜ける事が出来た。武装の大半は布などに包んでペットの背に乗せているし、そのペットも馬や犬ばかり。ギルドの証書もあるのだから、完璧だ。
「途中で盗賊に襲われる事を危惧していたのだが、特に何もなかったな」
「杞憂で済むのなら何よりです」
証書の確認が終わって、荷の確認に一時預かりとなっていた馬を引き取りに行く桐沢相馬(ea5171)の後へ、システィーナ・ヴィント(ea7435)も同様の理由で大股になって続く。
マント一枚だけで特に目立つ荷もなかった二匹の犬は調べるまでもなかったようで、人の流れから少し外れたところで大人しく座っている。飼い主の黄桜喜八(eb5347)はそんな二匹の頭を撫でて誉めているた。咎められる理由はない。だが、役人の一人が喜八にちらりと視線を走らせた。
「‥‥ん‥‥? ‥‥ああ、お役人さん‥‥オイラが気になるんだな‥‥」
「いや失礼、珍しいものでつい、な。許されよ」
謝る役人、しかしその態度は尊大だ。明らかに喜八を下に見ているのだが、役人本人はその事にすら気づいていない様子。
一言言おうと身を乗り出しかけたシスティーナの肩を、相馬が抑える。そして首を小さく左右に振った。何よりも無事に通過して依頼を完遂させる為に、喜八自身が堪えてくれているのだから、と。
自らの心よりも仕事を優先する喜八の姿には、感服せざるを得ない。むしろ依頼人である青年二人にこそ見習ってほしいくらいだった。
「勇二郎さま、康太さま、せめて関所内ではおさえてくださいませね!?」
ラン・ウノハナ(ea1022)が小声で懇願するのも無理はない。彼女の左右を歩む青年達の頬には、ちょっと見でもすぐにそれとわかる青あざが、くっきりと刻まれている。江戸を出てからこれまでの道のりで既にやらかした証拠だ。
「こいつが馬鹿やんなけりゃあいいんだよ」
「その言葉、そっくりそのままお前に返してやらぁ」
「ほ、ほら! お役人様がこちらを気にしてらっしゃいますわっ」
ランが意識して二人の間を遮るように飛んでいなければ、堪忍袋の緒が切れやすい二人の事だ、今この場でまた取っ組み合いになってもおかしくない。
「‥‥依頼期間、あと何日ありましたっけ」
「今日を含めて6日か」
まだまだ先は長い。長すぎる。
天草の採取を終えて江戸に戻るまでに、一体どれだけの青あざが生まれるのだろうか。システィーナは康太の気を紛らわせる為にも、急いで彼の隣に戻った。
●初日
江の島の海は凪いでいた。ちゃぷんちゃぷんと静かに引いては寄せる海と、よく晴れた空と、その境目は遠く向こうに霞んでいる。
「暖かくなりましたわよねぇ‥‥」
「まったくだ。あの時と違って防寒具がいらないぶん、体が軽くていい」
冬の頃にもこの地へやってきているランと相馬の声も、どこかのどかさを感じさせる。漁師や海女が体を休める為の小屋は先日と全く変わらない様子で佇んでいるのに、その中へ入らずとも陽光だけでぬくもりが事足りるのは、確然たる春の証拠である。
こうのんびりとした雰囲気の中では、縁側で茶でも飲みたくなる。しかし彼らは休養に来たのではない。魔物が退治されたおかげで立派に育った天草が、今か今かと採取の時を待っている。
「採取は任せてくれ‥‥。採り方は知らねぇけどよ‥‥教えて貰えりゃよ‥‥ずっとやってても良いぞ」
「ははははっ、そうかそうか。こりゃあ頼もしい!」
種族柄、水に触れていられる事を好む喜八の発言に、採取元の親父さんは嬉しそうに肩を揺すり笑った。よく日に焼けた腕でバシバシと喜八の肩を叩いたかと思うとそのまま引っつかんで、他にも手伝いに来ている近所の人達数人とともに、鎌を携え早速海に向かっていく。
「私達はどうしようか。皆で分担決めて、力を合せて効率良くやったほうがいいよね」
長い髪が邪魔にならないよう一纏めにするシスティーナ。そのほうが丁寧にできるし、という彼女からの提案には、浜に残された誰もが頷いた。
とはいえ、そのシスティーナからして泳ぎに自信がないからと採取以外を希望し、体力的な問題と羽が濡れるのは避けたいという事でランも同じ希望を出した。そして、相馬の心も既に決まっている。
「行くぞ。お前達は一通りの作業を経験しておくべきだ」
言うなり、相馬は勇二郎と康太の腕を捉えた。問答無用で連れ去られるのと気にくわない奴との合同作業が嫌なのとで、勇二郎はすかさずランに視線を送った。だが助けてやる事などできはしない。有無を言わせぬ相馬の気迫には逆らえなかった。
「だ、大丈夫でしょうか‥‥」
「ここの人に迷惑はかけない、と思うんだけど‥‥思いたいだけかも」
苛々が募って水を蹴る二人の姿に、どうしても心配は拭えなかった。
そして、予想以上に早く、勇二郎だけ浜に戻ってきた。
「ムカつくのをなんとか抑えようとして、この前の宴の事を思い出してたんだよ。そしたら雫のやろう、また騒ぎ始めやがって‥‥しょうがねえから、ムカつかなくて済む方法をとる事にした」
馬達に手伝ってもらいはしていたが、水に晒す為のたらいや天日干しにする為の竿などの用意もまだ終わっていなかった。唖然とするランとシスティーナを前に、勇二郎は勝手に喋りだし、勝手に作業を手伝い始めた。
「あの、勇二郎さま。雫、というのは‥‥」
「例の精霊。面倒だから名前つけた」
つけたも何も、元々『月の雫』というのがその精霊の和名なのだが。わかりやすいからいいか。
「どうして精霊さんが騒いだのかな」
システィーナが単純な疑問をぽろっと口にすると、途端に勇二郎の頬が朱に染まった。
「あ」
「もしかして」
「いっ、言うな! 言うなよ! 言ったらまた雫が騒ぎやがるからっ」
勇二郎が何を思い浮かべてたかを想像する事は易く、うろたえる青年に女性陣はあたたか〜い眼差しを送った。
「思ったよりも仲良くしてるみたいだね」
「何も出来ないのを歯痒く思っておりましたが‥‥この様子でしたら」
大丈夫そうかな♪ と、微笑みあう事も忘れなかった。
「あーもう、何だよこれ。濡れるし、腰に響くし、ぬるぬるするし!」
その頃、海のほうでは康太がひっきりなしに愚痴をこぼしていた。採取開始からずっとこの様子であったなら、勇二郎が一人で浜に戻ったのも無理はない。
「口を動かす暇があるなら手を動かしたらどうだ。見ろ、喜八を」
慣れない作業、不安定な足場。康太の気持ちとてわからないでもないのだが、『女将に言われたからきただけ』では済まないのもまた事実。相馬は沖寄りの群生地で大活躍する喜八を康太に示した。
「さすがだな、その調子でそっちも頼むわ! 俺達はこっちをやるからよ」
「ああ‥‥少し深いところは‥‥オイラにまかせろ‥‥」
水を得た河童は魚のごとし。すいすいと泳いで、人間では手の出しづらい所に生えている天草であっても易々と収穫してしまう。
康太はぐっと息を飲んだ。
「康太。お前には足りないものが色々とあるようだな」
「なんだと!?」
かっとなった康太が相馬の胸倉に伸ばした手は、しかしあっさりと受け止められた。力を込めても揺るがない。
「栄一郎がお前に『教えられない』と言ったのには、二つの意味がある。ひとつは、『帰れ』と門前払いされたのではないという事だ。判るな?」
「だから何だってんだっ」
「いいから話を最後まで聞け。ふたつ目は――お前にも判りやすいように武芸で例えよう。剣の流派の中には、初歩とされる教えがそのまま奥義の極意に繋がるものがある。基礎の反復によって得られるものは大きいという事だが、実践するよりも前に何を得られるのか言葉で教えて、モノになるか? 反発して覚えなくなるか、意味もわからず形だけ繰り返すようになるだけだ」
例えば、道具。使い方をどれだけ詳細に学んだところで、実際に使ってみなければ使用時の感覚などわかりはしない。
どんなにうまいと言われる菓子でも、実際に食さなければ味は想像がつかないし、真にうまいのか本当はそうでもないのか、決める事もできない。
「実技は要だ。そこから生じる疑問やあれこれが、次の段階へと続く道を照らし出す光となる。光なく道を探そうとしても、埒があかんだろう」
込められた力が緩む。相馬は、そこだけ時が止まったかのように色を失う康太を、目の当たりにした。
康太はすぐに身を引くと、相馬からやや離れたところで、背を向けて、ざくざくと鎌を振るい始めた。それ以上は聞きたくない――全身でそう叫んでいた。
●仕事の後に
初日の仕事が終了すると、喜八は親父さんにタライの貸与を願い出た。
「洗濯でもしたいのか?」
「‥‥いや‥‥風呂にな‥‥入ろうと、思ってよ‥‥」
「なんだ、それを早く言え! 風呂ぐらいうちのを貸してやるに決まってるだろうっ」
すっかりお気に入りとなっている喜八に頼まれたとくれば、親父さんも断る理由はない。バシバシ背中を叩いて二つ返事の後、早速風呂の用意だと奥さんを連れて自宅に戻っていく。
海に入ったのだから体がべたべたするし、それをただ水で洗い流すだけでは喜八の考えていたように体が冷えて仕方ないだろう。他の誰も思いついていなかったものの、全員が‥‥特に女性ふたりは、手を取り合って喜んだ。
ざばぁーっ。
湯気のこもる湯殿。湯船から溢れて滝のように流れ出る湯もまた味がある。
仕事で疲れた体を湯に沈めれば、それだけで目が糸の様に細くなる。今回はさらに、湯がただの湯ではない。喜八が持ってきたポールボの石の効能によって、すっかり温泉状態、疲労も数割増で回復するというものだ。
「極楽極楽ぅ〜‥‥」
皆が石を借りて温泉気分を味わったのだが、誰もがこの一言を漏らすのは不思議である。
風呂に入った後は食事が待っている。卓上に並べられた、数々の海の幸。旬真っ盛りのものからご馳走と呼べるまでの保存食まで。
卓の中央で激しく自己主張する活け造りは、なんと喜八がご近所から銛を借りて海でとってきたものである。
「ちゃんと‥‥よく噛んで‥‥食うんだぞ」
多くは語らないが、それでも彼なりに勇二郎と康太の事を気にかけている。食事に楽しみを見出して気を晴らしてくれればと、風呂の順番を後にしてまで出かけたのだ。
「‥‥すげぇ」
「‥‥うめぇ」
新鮮さが違う。だがそれだけではない。心遣いを感じとった二人は、その日はもう、寝るまで喧嘩をしなかった。
●あとは何とか
運良く天気のよい日が続き、時折吹くそよ風に半渇きの天草が旗のようになびくのにも見慣れた。
喜八は親父さんに一層気に入られ――というか、ご近所さんがこぞって酒を片手に毎晩訪れる。江の島が基本的に漁師町である事から、漁に関する事柄を得意とする者は受け入れられやすいのだ。
勇二郎と康太は、初日のあれ以降、別々の作業を行う事でなるべく顔を合わせないようにし、作業中の無駄な時間浪費を避けるようになっていた。陸での作業は女性のほうが適してはいるようだったが、それでも力仕事がないわけでもなく、高い位置に干すのと合わせて勇二郎の分担となった。康太は要らぬ口を叩く事もなくなり、相馬に背中を見守られながら黙々と鎌を振るった。
夜は喜八のとってくる魚が主の海の幸と、葱を中心とした栄養満点の野菜料理。酒は適量なら百薬の長。毎晩が宴のように賑やかになるのも不思議はなかった。
「栄一郎さんは理不尽な事を言うような人じゃないよ」
一足早く部屋に戻り、かといって眠るわけでもない康太の元を訪れて、システィーナは言った。背を向けられるが、そういう態度をとられるという事は既に相馬から聞いていたので気にしない。
「仕事に対して厳しい人なだけ。康太さんが教えても大丈夫って腕になったら教えてくれる筈だよ」
「‥‥それっていつだよ」
「康太さん次第じゃないかな」
「確証ねぇじゃねーか」
「自分に自信もって。それから、栄一郎さんも信じて。一緒に働く仲間が信じられないなら、丁寧に心を込められないなら、良い物は作れないと思う」
「‥‥」
システィーナは寒天の作り方を知っている。第一に時期が悪いという事を、ヒントとして仄めかすくらいはしてもいいと考えていた。ただし、康太が肝心な事を理解してから――
「良い物を作る為に頑張ろうね!」
まだもう少しだけ、時が必要だと判断して、彼女は笑顔で康太を励ますにとどめた。
縁側には、並んで月を眺めるランと勇二郎の姿があった。聞こえてくる潮騒と、夜空にぽっかりと浮かぶ月と。‥‥月の光を浴びてはしゃぐ精霊と。
その様子があまりにも自然なものだから、ランはついつい我が目を疑ってしまった。
「まさかとは思いますが、毎晩こうして勇二郎さまのお体から出てきているのでしょうか。でしたら、出てきた後に憑依されないような工夫をすれば‥‥」
「名前までつけちまったからなぁ。面倒だけど、ま、しょうがねぇ」
愛着がわいてしまっている、と勇二郎はランに告げた。夜は静かに寝かせてくれるよう、根気よく教え込んだせいもあるのだろう。
「康太さまとも、そのようになさればいいのです。納得いくまで話し合えば、きっと」
「十中八九、殴り合いになるぞ。そういうの嫌だろお前」
「うぅ‥‥」
たじろぐラン。勇二郎は月を見上げながら深く息を吐き出した。
それでも、お互いに焦りを感じているんだと言うその横顔には、成長がうかがえる。
「決着はつけないとならないけどな」
呟いた言葉は何を指すのか。菓子作りか。確執か。もしくは恋か。
◆
以後も、些細なにらみ合いはあれど、取っ組み合いはなく。
想定していた以上に作業がはかどった例として、親父さんは一番いい天草を華誉に卸してくれる事を約束してくれた。
美味しい食事と楽しい時間に別れを告げて、江戸に戻る。今までとは同じようでいてどこかが違う、日常へと。