女神の目覚め
|
■ショートシナリオ
担当:言の羽
対応レベル:フリーlv
難易度:やや難
成功報酬:0 G 71 C
参加人数:7人
サポート参加人数:-人
冒険期間:07月31日〜08月06日
リプレイ公開日:2008年08月18日
|
●オープニング
「もういいのか」
「はい。ご心配をおかけしました」
死の淵を彷徨った日乃太も、医師の手厚い看護と冒険者から差し入れられた薬とで、すっかり良くなっていた。まだ体力が戻りきっていない様子ではあるが、右腕が無事に戻ってきた事で、守国の肩からは力が抜けている。
‥‥抜けすぎて、障子の側面にだらりともたれながら庭を眺めているのはいただけないが。
「しかし解せないのは、お前が狙われた理由だな」
季節は夏も中盤に入る頃。日増しに暑くなっていく。
扇子で自身を扇ぎながら、守国は首元を緩めた。
「だらしがないですよ」
「お前しかいないんだ、許せ」
同じようにしていいぞと言われても、主の前でそのようにできるわけがない。
「‥‥理由なら、予想がつきます」
「ほう?」
仕方のない奴だと、守国は堅物な従者に向けて扇いでやる。日乃太は軽く頭を下げてから話を続けた。
「僕を傷つける事で、他の事に対処できる余裕を若様から奪おうとしたのでしょう。恐らくは、五頭竜復活までの時間稼ぎの為に。かの伝説を知っているのならば、五頭竜に対処できるのは弁財天である事も知っているはず。そして弁財天を呼ぶ事ができるのは、社を管理しているこの鶴岡である事も――」
「成る程。が、お前一人が怪我をした程度で私が取り乱すと?」
ふふん。
ふんぞり返るようにして守国は鼻を鳴らしたが、日乃太はそれににやりと笑って返した。
「医師から、若様に胸倉をつかまれたと聞きましたよ」
「あいつめ‥‥余計な事を」
ちっ、と今度は舌を鳴らす。
「若様ご本人ではなくあえて僕を傷つける対象に選び、しかも確実に命を奪う事無くその場に放置したのは、逆にあちらの余裕を見せ付ける為かもしれませんね。いつでも手を下せるぞ、という」
向野の存在は関係なく。彼女らの邪魔をするのであれば‥‥これくらいでは済まないぞ、と。
脅しのつもりか。もしくは、そうするという事実をただ見せつけたなだけなのか。
ぱちんと軽い音と共に、守国の扇が閉じられた。立ち上がり、襟元を正す。
「弁財天の社前に舞台を作らせろ。簡易でかまわん、ただし頑丈なものを」
「早速手配します」
「その間に、冒険者ギルドへ連絡を入れておけ。今回は人手がいる。『蓮花』をここの守りに置いておくとすると、奏者も舞い手も足りなくなるからな。社に赴く者の護衛はいつもの者達に任せよう。」
『蓮花』‥‥その名が出た瞬間、日乃太の眉がわずかに揺れた。
鶴岡とその管理者を守護する事を目的とした、戦闘技術を有する者達の集まり。それが『蓮花』である。普段はその素振りも見せず、他の者と同様に日々の勤めを果たしている。彼らが招集されるのは、有事の際のみ。
「同時に襲われてはかなわんからな」
「若様は?」
「社に行くさ、勿論。お前はどうする」
「愚問です」
主が出るというのなら、従者は付き従うのみ。その必要があるならば弓も取る。
◆
そして、江戸の冒険者ギルドに二通の依頼書が届く。
そのうちの一枚がこちら。
――求む、夏祭り中の余興。特に楽器奏者および神楽舞
●リプレイ本文
●
「日乃太おにぃーさん、やっと会えたよーっ♪」
鶴岡に到着し、愛しい人の姿を見かけるなり突撃したのは、慧神やゆよ(eb2295)という魔女っ子だった。守国や他の同行者と入念な打ち合わせをしていた日乃太は残念ながら彼女に気づいておらず、体力の戻りきっていない青年は少女の華奢な肢体ですら支えきれずに倒れて床に頭を打つ結果となった。
「日乃太様もご回復されたようでなにより‥‥」
「なんだかすごく納得がいかないんですが、一応お礼を述べさせていただきます」
マリス・エストレリータ(ea7246)の輝かんばかりの、かつ、うさんくさい笑顔に、彼はやゆよを引き剥がしながら不平を漏らす。
「久しいな、やゆよ。――だが、残念ながら今回は日乃太で遊ぶ時間はやれんぞ?」
守国も楽しげに言うが、こちらは目が笑っていない。それだけ緊迫した状況なのだと肌で感じ取り、やゆよだけでなく全員が、居住まいを正した。
「申し上げにくいのだが、弁財天を呼び覚ますという今回の件、俄には‥‥」
その空気の中、諏訪系の神社に仕えているという浦部椿(ea2011)が切り出した。
彼女の言い分も最もではある。神とは基本的に人の手の届かぬ存在。であるのに、人の都合で呼べるのか、現れてくれるのか。
「それを言うなら、五頭竜からして実際に現れるのか確証はない。だが、最悪の事態を想定した上で先んじなければならないのが、面倒なところだな。弁財天を呼べなければ別の策を講じるしかなく、それには五頭竜の実在を確認してからでは遅すぎる」
要するに転ばぬ先の杖だという事だが、むしろそれで済んでくれたほうが御の字と考えているのだろう。守国がさりげなく吐き出した息は、ため息だった。
(「しかし、昨年末には巷の神を名乗る者がいた。上方でも国津神・天津神の誰彼が復活したとかいう話がある以上、あながち与太話の類でもないのか‥‥?」)
一方で、名高い鶴岡が神に関する与太を仕込むとも、椿には考えられない。であれば、彼女は舞うのみ。夏祭りの余興が例大祭並みになっただけの事。問題は何も、無い。
●
儀式の流れや最低限の舞の形、基本となる拍子などは道中で教えてもらう。歩きながらになるのでできる事は限られてしまうが、彼らに与えられている時間的猶予はさほど多くはないはずなのだ。
「え、ええと‥‥ここでこの音でー‥‥」
ティラ・ノクトーン(ea2276)としては奏で方を習い、後はその場の雰囲気と自分なりのアレンジを加えて演奏しやすくするつもりだった。そして普段は竪琴を引いている彼女の希望は弦楽器。しかし神楽でよく使われる弦楽器といえば、横に長い箏か、やや重みのある琵琶。非力なシフールである彼女に選択の余地は無く、床に置ける箏を担当する事になった。
床に置いて弾く楽器であるゆえに、道中では実際に演奏する事はできない。かといって神楽にあってはリズムを生み出すという大事な役目にある箏だけに、持参していた愛用の竪琴を代わりに用いてひたすら弾き、西洋のものとは異なるリズムを自分の体に覚えさせる。
のんびりとした口調とは相反する様子だが、それも彼女が音楽に対して抱いている熱情の表れであると言えよう。今回の依頼を受けたのも興味本位でしかなかったのだが、事情を教えられてからは、音楽により神を呼ぶという行為とそれを邪魔する輩がいるという事に対して俄然やる気に燃えていた。
「できれば愛器を使いたかったけど‥‥仕方ないか」
残念そうな所所楽柳(eb2918)だったが仕方ない。彼女の愛器は鉄の笛。ごく一部を除いて金属製の楽器が使われない神楽では音が浮いてしまうのだ。申し訳なさそうに頭を下げる鶴岡の神楽奏者に首を振り、改めて取り出したのは横笛「葉二」だ。
箏とは違い笛ならば、歩きながらでも演奏は可能だ。過失でもあろうものなら楽士の名が廃ると、こちらも流れの確認に余念が無い。最もそれは純粋な自尊心から来るものではなく、名落ちでもすれば今後の営業に関わるからという事だったのだが。
「おや、同じ笛ですな」
こちらはその葉二が愛器のマリス。シフール的には厳しそうな打楽器以外なら何でもいいと言っていた彼女だが、やはり手に馴染んでいるものを使えるのが一番ラク、とはその彼女自身の談である。
「笛が同じなら音も合わせやすいでしょうな、これこの通り」
「‥‥そうだな、ぴったり合わせてもいいし、少しずらして膨らみを持たせるのもいいか」
へそ曲がりで素直ではない気性ゆえか、マリスがより得意としているのは合奏ではなく独奏だ。しかし苦手だなどとは言っていられない状況にある。いくら彼女でも真面目に気合くらい入れる。――木陰を見つけるなり飛んでいって涼もうとしたが。
とはいえ、暑いものは暑い。強い日差しは確実に体力を奪っていく。特に蝦夷の地の生まれであるペゥレレラ(eb5989)とアイフィール(ec5291)にとってはつらいものがあるだろう。二人とも気丈に振る舞ってはいるが、舞の手ほどきを受けているせいもあり、汗が止まらないようだ。
「これもチュプ・カムイとレラ・カムイのお導きですから」
大丈夫かと尋ねる者には、ペゥレレラは微笑んでそう返し、アイフィールもたおやかに頷く。チュプ・カムイとレラ・カムイとは彼女達コロポックルの言葉で、それぞれ「太陽の神」「風の神」を意味するのだという。ちなみに今現在は無風である。なんと厳しい神々である事か。
仕える神は違えども、彼女達は巫女である。未熟であるとか、踊る事しか能がないとか、そんな思いはあっても、巫女なのだ。神に寄与できるという光栄を受ける為にも、無様な姿は見せられない。務めを果たしてみせると練習に余念がない。
「そうは言うが、倒れられても困る。限界が来る前に水分と休憩をとらなくては」
ちょうど頃合かと、椿が大きな日除け傘を開いて地面に立てた。たちまち日陰が出来上がる。十を超える人数には小さいが、それでもあまり体力に自信のない者達には大きな救いとなった。
●
袖を通し、帯で縛る。しゅるしゅるという衣擦れの音にもどこか神聖さを感じ取らずにはいられず、誰も口を開かない。
揃いの衣装は紅の絣袴に白の千早。柳の希望で、舞い手だけでなく奏で手も同じ服装となっている。弁財天という神を目覚めさせる――そのひとつの事に、皆が心を鎮めて取り組むのだという意識が、否が応でも高まる。
極めつけは、白粉と紅による化粧。長丁場でも崩れにくいようにと、神に失礼がない程度の最小限に留められる。これは椿にはよい事であったが、化粧で一段と気持ちが引き締められたのもまた事実。人数が多いので、鶴岡の巫女だけでなく、皆に化粧を施したいと名乗り出た柳も手伝った。
やがて、奏で手達は各々の担当する楽器を手に、舞台へと上がった。社の御前に作られた舞台、社側は舞い手の為の場所であるから、奏で手達はその後方に座す。楽器を並べ、今一度、調子を確認する。
続いて、舞い手も舞台の上へ。椿は神楽鈴と扇を手に、やゆよは神楽鈴のみを、ペゥレレラとアイフィールは榊の枝を。必要な道具を持った鶴岡の巫女達も配置につく。
「あら‥‥?」
ペゥレレラが呟いた。ここに来てようやく、海からのものではあるが、風が彼女の元へ届いたのだ。よい風が吹けば、それに宥められて彼女の心がすぅっと落ち着いていく。緊張はしていないと思っていたが、やはりどこかで気負っていたのかもしれない。
落ち着き集中する方法は人それぞれで、椿の場合はさながら魔法詠唱時のそれであった。深呼吸と共に丹田へ力を込め、己に気を張り巡らせる。彼女から立ち上る雰囲気は真剣での仕合に臨むが如くであり、これから始まる儀式が失敗の許されないものである事を自らに言い聞かせているようでもある。
(「たとえこの身朽ち果てようと、最後まで全力の舞いを御披露します‥‥!」)
アイフィールもまた、覚悟を決めていた。己にできる事が少ないのであれば、できる事をできる限り実行していく他にない。それでもともすれば手足が震え出しかねなかったが、勘違いのないよう何度も確認し、練習したのだ。残るはその努力を示すのみ。
(「僕には、重たい刀を振う力もなければ、悪魔さんを追い払う魔法も唱えられない」)
守国の支度も終わったようで、彼専用の護衛である日乃太を連れ、社の方へ歩いていく。日乃太の動きを目で追っていたやゆよは、不意に彼が振り向いたのでどきりとした。
笑いかけてくれたように思う。否。笑いかけてくれた。
(「僕だけに‥‥」)
白木の弓を携える彼もまた白い装束姿で、矢筒を背負っている。彼は主を守る事が最優先で、時にそのせいで胸がちくりとする事もある。守国に刃を向ける者があれば喜んで盾となるであろうから。実際彼は、狙われて危うく命を落としかけたというのだ。
死の淵をさまよったというのに、彼は守国の傍を離れない。なぜかは問うまでもない。彼は守国を慕っていて、守国の好きな鎌倉という地を彼もまた好きだから。
(「大好きな人を、大好きな人が守る鎌倉の地を、僕も守りたい!」)
守りたいものを守る為に必要だというのなら、神だって呼んでみせる。神楽鈴を持つ手に力が篭り、揺れてちりりと鳴った。
●
儀式は滞りなく進んでいく。いささか拍子抜けではある。
だが逆に、その事が徐々に心を乱していきかねない。いつ邪魔が入るかわからないからだ。矢か、魔法か、はたまた斬りかかってくるか。舞台が血で汚されないとも限らない。――そうならない為に護衛がいるのだが、彼らは儀式の場には入らない。舞台上にいるのは彼女達のみ。不安を抱いても不思議ではない。
それなのに彼女達は、舞と楽のみに集中していた。誰一人として心を乱される事なく、逆に没頭していく。まさに神がかり的な、と表現してもよいだろう。瞳は半ばほどまで閉じられていて、陶酔状態、忘我の域に達しようとしていた。一定のリズムと動きがそうさせているのか。守国の唱える祝詞が誘うのか。どちらにしろ彼女達の体は、「動かす」のではなく自ずと「動く」ようになっていた。
そこへ響き渡ったのが、呼子笛の音だった。
奏で手達の紡いでいた流れを断ち切るほどのその甲高い音に、舞い手の体が固さを思い出す。
旋律が、儀式が途切れてしまう‥‥その考えから嫌な汗が滲むのを面々が感じ取るよりも早く、窮地を救ったのは柳の笛だった。呼子笛を余計な音としてではなく、偶然に割り込んだ音として、旋律に組み込んだ。途切れない。
厳かな雰囲気をあわや壊されるところだったと、逆に奮起したのはティラだった。故郷ノルマンの酒場、あの喧騒、楽しかった日々を思い出せばこれくらいはどうという事もない。ある意味肩の力の抜けた彼女は、護衛が地を蹴る音や拳を振るう音すらも旋律に溶けるよう、箏の発するリズムを調整していく。
さすれば他の者もそれに倣う。マリスは余計な事を考えないよう、改めて集中する。主旋律を奏でる者達さえ乱されなければ、その者達との和を崩さぬようにすればいい。
大丈夫。護衛をしてくれる彼らを信頼して、余計な何ものにも捉われないように。
シャンッ!
踏み鳴らされた足。その動きの余波で鈴が鳴る。向かい合いながら伸ばされた腕、その手に掲げられた鈴。鈴を中心にしたまま、すり足で円を描くように動く。回る回る。その外周で振りかざされる榊は、邪なるものを打ち払ってくれるだろうか。
「気張るもんやなぁ」
社の屋根に誰かがいる。誰かの後ろにも何かがいる。しかしそれは儀式を進める者達の気にするところではない。
黒い翼のはためき。矢が唸る。突き刺さった何かの痛みの叫び。
「デビルに傷を負わせた‥‥? その弓、ただの弓やないな」
「鶴岡の清めた弓です。油断しないほうがいいですよ」
舌打ち。もう一度、矢が唸る。増えた翼のはためき。舞台の影から別の誰かが走り出す。ギャアギャアというわめき声。また別の誰かがやってきて、爪や牙を受け止めている。
風を切る音。固いもの同士がぶつかる音。痛みをこらえる為に息を呑む音。それを気遣う声。平静を装って応える声。駆けつけざまに放たれる魔法。刀の鍔鳴り。
ますます激しくなる一方の戦いを呑み込み、扇を持つ手の手首がくるりと返される。榊を揺らせば葉と葉がぶつかり音を出す。
「まだ油断できない‥‥あの尼僧が出てきてない!」
「そうだ、あの方が来られたならお前達など――」
「来ぃひんで」
全ての間接の動き、向き、速度。視線。心。想い。音。全てが最高潮に到達する。
「吉祥天様はアレを起こすのにご執心や。こんなちっさい藩のちっさい揉め事に付き合うのもほとほと疲れたんやと」
「なっ‥‥では、我らを裏切るというのか!?」
「心外な言い草やなー。裏切るんとちゃうで。‥‥最初から利用してただけに過ぎん」
高笑い。
『ダマレ』
社から飛んだたった一言で、その高笑いは笑っていた者の意思に反してぴたりと止まった。
「人んちで何暴れてやがんだか。こちとらイイ気持ちで鑑賞会してたってのにお前らに邪魔されて、機嫌悪いんだよ」
極彩色に溢れた着物を、はだけたと表現してもよいほどに着崩して。長くつややかな黒髪は適当にしかし優雅に結い上げられて、何本もの簪で留められている。眉間にはしわが寄り、眉自体も吊り上がっていて、真っ赤に塗られた唇から出る言葉どおりに機嫌が悪い事が伺える。
それなのに美しいとしか形容できないその女性の後ろには、認めたくなさそうな表情の守国がいる。置かれた水盆を満たしていたはずの水が女性の周囲を漂っているところからすると、この女性こそが――弁財天。
音と動きはようやく終わりを迎えた。動機と息切れは激しく、静かな昂ぶりは冷めやらぬまま。その場にへたり込む者もいた。
うろたえ退避していく背中の群れに鼻で笑った後、弁財天は彼女達にこう告げる。
「なかなか楽しめたぜ。ヒトの子よ」