育つ若木、芽生えるもの

■ショートシナリオ


担当:言の羽

対応レベル:6〜10lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 85 C

参加人数:3人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月09日〜10月12日

リプレイ公開日:2008年10月24日

●オープニング

 江戸の街の一角に、老舗の呉服屋がある。

 結構な大店である『鈴乃屋』には、将来家業を継げるよう、商人としての修行の為にと奉公に来ている者も多い。江戸の街やその近辺出身である者がほとんどだが、中には髪と目と肌の色が異なり、おまけに男ばかりの中を女だてらに修行している者もいる。
 彼女の名前はセレナ・パーセライト。イギリスはキャメロットから、父の知り合いである鈴乃屋の若旦那を頼り、単身で月道を通ってやってきた。後頭部の高い位置で縛り上げられた長い銀髪は人の目を惹き、透き通るような青い瞳には強い意志を灯す娘だ。
 彼女は、心も体も強くありたいと望み、商人修行の傍ら今もなお、肉体の鍛錬を続けている。

 ◆

 そんな彼女が、大事な話があると若旦那に呼ばれたのは数日前の事だった。
「私が、イギリスに‥‥?」
「そうだよ、セレナ。私の名代として、この『鈴乃屋』の看板を背負い、役目を果たしてきてほしいんだ」
 ジャパンの衣類は月道の向こうにおいてとても珍重される。鈴乃屋では数カ月おきに、反物や着物を携えて月道を渡っては、イギリスの商人と取引を行なっている。大事な仕事なので普段は若旦那が赴いているのだが、今回の取引はセレナに任せるというのだ。
「いけません、そんな大事なお役目を――」
「だからお前に頼むんじゃないか。なにせ今回の取引相手は、お前のお父上の商会だからね」
 思わず卓に身を乗り出したセレナを行儀が悪いと叱るでもなく、むしろ普段より幾ばくか柔らかい調子で、若旦那はそう言った。
「え‥‥」
 セレナが次の言葉を紡げなくなったのも、無理はない。実の父と、娘としてではなく商人として相対してこいというのだ。
 自分はまだ半人前にすらなっていないと考える彼女の脳裏には、断る言葉しか浮かんでこない。しかしその一方で、主人の命を軽々しく断るわけにもいかないという思いもある。それらのせめぎ合いで、口は開けど喉でひっかかり、声が出てこない。
 若旦那にも彼女の葛藤は伝わったようだ。月道が開くまではまだ時間があるし、ゆっくり考えればいい。もし心の整理がつかないのなら、その時はいつものように自分が行くから――と、優しく猶予をくれた。

 早朝。まだ日も昇る前から、セレナは水辺の砂地で鍛錬を行う。走りこみや柔軟などの基礎もさる事ながら、実際の戦闘を想定しての動きも忘れない。
 少し前まで甘味処の次男坊が相手をしてくれていたのだが、あちらもあちらで忙しない日々を送っているようだ。たまに若旦那に頼まれて団子を買いに出かけた時に二言三言をやり取りするくらいで、特にそれ以上何かするような時間もとれない。店が繁盛しているのと、あちらもあちらで修行に励んでいるのだろう。
(「‥‥物足りない、と感じるのはなぜ?」)
 拳を振るっても今ひとつキレがないように思う。仕事中も気がつけばぼんやりとしていて、たしなめられる事もある。
 なぜだろう。わからないから考えるのに、どうにも答にたどり着けない。もやもやとした暗闇の中で手探りしても何にも触れられない、そんな感覚。
(「もしかして若旦那様は、こんな不甲斐ない私を心配して、いったんイギリスに戻れと言ってくれたのかもしれない。生まれ育った地を恋しがっていると――いや、それなら私を名代にはせず、同行させるだけでいいはず‥‥」)
 セレナは思う。皆、自分を買いかぶりすぎだ。私はまだ弱い。心も、体も。こんな状態で戻っても、父や母を落胆させてしまうだろう。
「‥‥久しぶりに組み手をすれば、多少なりとも気が引き締まるでしょうか」
 自分を追い込んでみるのも、終わりの見えない状況を打破する策のひとつ。
 そしてどうせなら、相手には、本気の出せる人を。

●今回の参加者

 ea0988 群雲 龍之介(34歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb9449 アニェス・ジュイエ(30歳・♀・ジプシー・人間・ノルマン王国)
 ec0097 瀬崎 鐶(24歳・♀・侍・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●初日
 踊りを生業とする、アニェス・ジュイエ(eb9449)。
 実際の年齢よりもやや上に見える顔つきをしているが、癖のある長い黒髪やすらりと整った身体とあいまって、非常に魅力と色気の溢れる女性である。
「装備外したら、驚く程能力が心許無くなったの。いつの間にか、凄くモノに頼るようになってたみたい」
 肩をすくめるアニェスが身にまとうのは、仕事着ほどではないものの動きのとりやすそうな、しかしあくまでも普段着だった。といっても、同じ年頃のジャパン人女性に比べれば随分と露出の要素はあるのだが。
 体ひとつで、というのが、セレナの出した条件だった。その条件に従った事で、アニェスは色々な意味での軽さを感じている。
「魔法なしだと、ほとんど素人よ。それでも大丈夫?」
「かまいません。こちらからお願いしている事ですし。‥‥それに」
 対するセレナも身軽なものだ。道着のような単純な作りの、上下に分かれた服。以前に盗賊の退治に出た時は装着していた銀のナックルも、必要ないので自室に置いてきている。
「『それに』?」
「師弟の間柄などで似る事はあっても、全く同じ戦い方というものは存在しないと考えています。この国の言葉で、十人十色と言うそうですが」
「‥‥そうね、確かにそうかもね」
 セレナは手加減せずにぶつかってくるつもりなのだとわかり、アニェスは少し笑った。
 本気で組み手をすれば、多少なりとも怪我をするだろう。踊り、つまり自分自身の身体を見世物とする彼女にとって、痣や傷は商売を妨げるものだ。本来ならば歓迎すべきではないのだろうが‥‥それが彼女の根っからの気性なのだろう。むしろ嬉しいようだ。
 会話が途切れた。
 薬箱を傍らに群雲龍之介(ea0988)と瀬崎鐶(ec0097)が見守る中で、アニェスはゆっくりと深呼吸をした。
「よろしくおねがいします」
 適度な距離を保ったままで直立、そして一礼。
「よろしくおねがいします」
 セレナも同様に頭を下げた。

 アニェスは決して格闘が得意というわけではない。しばらくは回避に専念して、セレナの動きを目で追って流れをつかもうとした。
 だが全力で避ければ避けきれるというものでもない。最初の数発はそれでもなんとか空を切らせる事ができたものの、アニェスの意図に気付いたのだろう、セレナは動きを変えた。
「えっ‥‥」
 踏み込みの歩幅が、それまでと違った。歩数も違う。一瞬の戸惑いから体が反応しきれず、初めて喰らった。
「はぁ〜‥‥なるほど。あんたの戦い方は、そうなのね?」
 横からの一撃は裏拳だった。拳を握る手の甲が上腕部に叩きつけられる直前、どうにか体をひねった事で直撃だけは避けられた。それでも威力を受け止めきれずに足元はよろめいたが。
 返事の代わりか、セレナは再び構えをとった。
 実際に拳を交えた事で、アニェスは改めて己の未熟さを感じていた。ここしばらくの不甲斐なさも思い出していた。しかし気後れしていても仕方がない。邪魔なだけ。
 そう、余計な思考はいらない。幾度か喰らいながらもセレナの動きに隙を探る。僅かであろうが隙さえ見つかれば、最後は直感を信じて、全力で蹴りを叩き込む。
「はああああああっっ!!」
「‥‥っ!?」
 セレナが息を呑んだ。咄嗟に腕を交差させる。衝撃で、噛み締めた奥歯が軋んだ。袖をまくれば、真っ赤になった二の腕が現れた。

 その後は、休憩を時折挟み、セレナが試してみたい動きの相手をアニェスが務めるという具合に進んでいった。
 鈴乃屋へとセレナが戻らなければならない頃には、時間としてはさほど長いものではなかったはずなのだが、二人とも息が乱れていた。乱れ具合はアニェスのほうが大きかったけれど。
 また、赤みなどがなるべく残らないよう、龍之介の手当てを受ける事も忘れなかった。

●2日目
 セレナが走り込みをしている間、鐶は十二分に体をほぐしていた。早朝の時間帯、つまりは起きぬけ。きちんと体を温めておかなければ、いらぬ怪我が増えてしまう。力を出し切る事もできない。
「お待たせしました」
「‥‥大丈夫‥‥」
 ぽつりぽつりと喋る環は、侍としての標準的な服装をしている。足元は足袋に草履。いつもは腰に佩いている刀は、邪魔にならないよう、アニェスと龍之介の立つ傍らに立てかけてある。
「‥‥よろしくお願いします」
 こちらもきちんと礼を交わし、構える。鐶の構えがややぎこちないように思えるのは、彼女の普段行なっている稽古が木刀を使ってのものだからだろう。素手での組み手も初めてだというから、もしかすると緊張しているのかもしれない。表情からは計り知れないが。

 これといった特別な技の使われない組み手だった。
 技を使わないでいこうと決めていたのは鐶だったのだが、やはり拳を交えていると伝わるものがあるようだ。アニェスの時のような足さばきを、セレナはしなかった。
 拳を振るい、避けられ、振るわれ、避けて。伸ばしている能力の方向性が似通っている。受け止める事よりも避ける事に重きを置いている。
 静かな水辺、早朝の張り詰めた空気に、何度も何度も、空振りの音が伝わる。アニェスや龍之介から声援が飛ばされる事はない。彼らも二人の組み手から目を離さず、そこで繰り広げられているすべてを吸収する事に余念がないからだ。
「む」
 しかし風に運ばれた砂が龍之介の目を掠めた。大事には至らなかったが、そのおかげで彼は、お握りやお茶を作ってきていた事を思い出した。
「二人とも、そろそろ頃合だ! 冷める!」
 腹の底から声を出して叫ぶ龍之介。
 鐶もセレナも、何が冷めるのかは問わない。昨日も食しているのでわかっているからだ。そして彼女達のどちらも、食物を粗末にできる性分ではない。
 ずっと詰められていた距離が、互いが身を引いた事で広がった。だがそこで終わりではない。終わりの始まり。「本気と書いてマジと読む」とは鐶の言であったが、まさしくその意気込みが感じられる。闘気魔法を使っているわけではないのに、闘気が伝わってくるかのような。
 二人が動いた。正面からぶつかるかと思いきや、ぶつかる直前に鐶が身をかがめた。身長差を利用した、下方からの一撃が狙いだ。
 狙いがわかっても、体が反応しきれるかどうかはまた別の話。セレナは上体を逸らして直撃を避けようとしたが、なにぶん、足元は不安定な砂地。重心の急な動きには対応しきれず、体全体がぐらりと傾いだ。
「しまっ――」
「‥‥隙あり‥‥だね」
 体制を崩しての敗北は鐶が最も避けたがっていた事態である。それに今、セレナが陥った。前日のように腕を交差させるも、腹から下ががら空きだ。
 地から浮きかけた足に鐶が素早く手刀を入れれば、即座にセレナは砂まみれとなった。
「‥‥ありがとうございました」
「こちらこそ。慣れた場所だからとすっかり油断していました」
 礼の後、アニェスも加わって三人で砂をはたき落とす。この後は店へ出るのに、さすがに砂まみれのままでは戻れないからだ。

●3日目
「拳と拳のぶつかり合いか‥‥」
 握った拳をもう片方の手のひらへ軽く打ち込む。小気味のいい音がして、龍之介の調子のよさをうかがわせた。
「女性に拳を向けるというのは男としては余り誉められた事ではないかもしれないが‥‥」
 拳の道を志す者の一人として、どうしても心躍るものがある。最適な具合にする為、何度も何度も拳を握りなおす龍之介は、我知らず微笑しつつ、呟いていた。純粋に強さを求める者は、自分と同様に強さを求める者との交流という誘惑には、抗いがたいものなのだ。
 この二日間、龍之介はアニェスや鐶とセレナとの組み手を、しっかりとその双眸におさめてきた。だからこそなお、心が震える。互いが拳を武器として戦うなどなかなかない。此度の依頼、龍之介には良い機会だった。

 龍之介は、普段から拳で戦う武道家だ。武道家たる者の礼儀として、彼も全力で闘う事を決意していた。その決意はそのまま行動に表れた。
「はっ!」
 気迫と共に繰り出される一撃一撃は大振りで、拳、掌底、手刀を使い分けているとはいえ、動きを見極めやすい。だが喰らえば重く響くであろう事もたやすく予想がつく。かといって、回避しやすいからと避けてばかりいるだけでは、セレナの拳も龍之介には届かない。
 隙を誘われているのもわかる。だがここは敢えてその誘いに乗るべきだと、セレナは大きく踏み込んだ。
 龍之介が唇の端を持ち上げた。彼もまた、大きく踏み込んだ。
 重い一撃を警戒したセレナは、両腕を体に引き寄せて防御の態勢に入ろうとする。その腕を、がっちりと、龍之介の手が掴んだ。引っ張られる。踏みとどまろうとしても、悲しいかな、純粋な力勝負には勝ち目が薄い。
 投げられて、昨日に引き続き砂にまみれるセレナ。しかし今日はここでは終わらない。
 龍之介が胸倉を掴みにいった。セレナは寝返りを打ち、その勢いのまま立ち上がる。再び、構えて向かい合う二人。
(「‥‥悔しいのか」)
 セレナの瞳に浮かぶ色を見て、龍之介は彼女の感情を察した。素早さに長ける彼女も力という点からすれば劣っている。これといった決め手をいまだ持っていない事は、組み手の観察をしているうちに知れた。
 問題点と対処法について、本人が気付いているかどうかは不明だが、気付いたならば乗り越えられるはず。龍之介はそう願って、もう一度彼女を投げた。

「皆さん、これを」
 では解散という時になって、セレナは三人を呼び止めた。彼女の手には根付が三つ。
「鈴乃屋で扱っている品ですが、私が購入したものです。たいしたものでなくて申し訳ないのですが、是非お受け取りください」
 投げられた拍子に付いたらしい砂を払ってから、各人にひとつずつ、手渡しした。

●空き時間抜粋
 セレナとの約束の時間よりも更に早く。鐶は約束の場所に来ていた。
「‥‥幻想的‥‥って、いうのかな‥‥」
 まだ日は昇っていない。けれど真の闇でもない。月や星のおかげか、ぼんやりと薄暗い程度だ。
 提灯を砂の上に置き、足袋と草履を脱ぐ。粒々とした砂の感触を味わいながら静かに歩き、そのまま水の中へ。足首が浸るくらいまで。
「‥‥‥‥‥‥冷たい」
 太陽によって温まるより前の水はやはり冷たく、ぴりぴりと痺れるような感覚に包まれる。けれどその痺れはいやなものではない。ぼんやりと霞がかったような頭をはっきりさせるのに、むしろ一役買ってくれた。
 吸い込んだ息もよい具合に肺を刺激している。自分の中の隅々までが覚醒していく。
「‥‥気持ちいい」
 少し緩んだ表情で呟いた後、着物の帯を締めるように己の心も引き締める為、一度きつく瞼を閉じた。

「うーん、忙しそうね‥‥」
 セレナの働き振りを見られたらと鈴乃屋にやってきたアニェスは、その繁盛振りに驚いていた。客に茶を運んできたり、幾種もの反物を持ってきては客の肩に添えて具合を確認したり。小物の販売もしているせいか、老舗といっても若い娘の姿も多い。
 また落ち着く頃に来ようと決めて、ひとまずその場を離れた。

 昼過ぎ。ようやく順番が回ってきて遅めの昼食を取りに席を立ったセレナは、自分に向けて片手を上げている龍之介を見つけた。
「なるほど、お父上も商いを」
「はい。いずれは故郷へ戻り、父の跡を継ぎたいと考えています。母の面倒も見たいですし‥‥足が悪いので」
 食事処で向かい合いながらの世間話。龍之介がまず無難な話から始めたおかげで、セレナも固くならずに済んでいた。青い花が好きなのだという話では笑顔もこぼれた。
「そうか、ではご両親に誇れるようにならなければな。どんな商人になりたいんだ?」
「‥‥どんな‥‥」
「そこが見えなければ、どう強くなりたいのか、自分のどこがどう弱いのかの理解も浅くなるだろうからな。‥‥ああ、この漬物うまいぞ」
「あ、はい」
 しばらくの間、言葉はなく喧騒に混じってぼりぼりという音のみが聞こえる。
「俺自身が肝に銘じている言葉があってな」
 合間合間に食後の茶をすすりながら、龍之介は述べていく。
「自分の弱さを一つ知るものはそれだけで一つ成長している。後は『それ』をどう受け入れ、どう補うかが大事――というものだ」
「受け入れて、補う‥‥」
 セレナも茶をすすったが、なぜか懐かしくも嬉しそうに目を細めた。どうかしたのかと龍之介が問うと、故郷にいた頃の事を思い出したのだという。
 自分は既に、ずっと囚われていた一つの大きな弱点を受け入れて克服している。だからあなたの言うとおりなら自分は確実に成長しているのだろう、それに気付けて嬉しい、と。

 アニェスは改めて鈴乃屋を訪れていた。べっこう製の髪留めをつけて。時間つぶしも兼ねてのぞいた小物屋にて購入したものだが、四両のところを三両にしてくれるというし、櫛として使えば髪に潤いを与えてくれると言われたし、元々ジャパンの小物を好む彼女にはうってつけだった。
「あたし、セレナみたいな可愛い女の子の依頼、いくつか受けてきたわ」
 一日の仕事と片づけが終わった後で、空は既に薄暗くなっていた。少し話さないかと連れ出してきたセレナと二人並んで、組み手の場である砂地に座った。
「私は可愛くはありません」
「控えめなのと卑下とは紙一重、ちゃんと鏡見るようにしてる?」
 手入れしなきゃダメよと言いつつ、アニェスはセレナの銀の髪を指ですき始めた。慣れないのでびくびく反応するセレナをなだめてから、話を元に戻す。
「依頼を受ける度、えらっそーに助言してきたんだけど‥‥自分の事は、駄目ね。ある知り合いを怒らせちゃって」
 髪を小分けにし、房ごとに軽くねじっては、自分の身につけていた装飾品を使って飾っていく。
「気がつくと、ぼーっとその事考えてたり、気分がもやもやしてたり。あんたと、似てるかも」
 くすりと笑いながら、少し身を引いて全体のバランスを整える。
 思い切り動いたら何か変わるかもしれない。依頼を受けたのはそんな期待を込めたからで、自分の為でもあった。そう言われ、しかも礼まで告げられて、セレナは逆に困ってしまった。何かしたつもりはないからだ。
 けれど、例えそのつもりでなかったとしても、結果的に相手の為になるという事はある。今回もそうなのだろう、アニェスはセレナの出した依頼で大事なものを掴んだのだ。
「‥‥あんたは、何か掴めた?」
 完成した髪形を満足げに眺めた後でそう訪ねてきたアニェスに、セレナはやや恥ずかしそうな様子で頷いた。