わらしべの中の幸運のわらしべ

■ショートシナリオ


担当:言の羽

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや難

成功報酬:2 G 3 C

参加人数:3人

サポート参加人数:2人

冒険期間:01月08日〜01月13日

リプレイ公開日:2009年01月20日

●オープニング

 『幸運のわらしべ』というものがある事を、君は知っているだろうか。
 その辺にほったらかしにしておくと、気を利かせた母親がごみと間違えて捨ててしまうかもしれない。それくらいに、見た目は本当にただの古びたわらしべだ。
 しかしこのわらしべには不思議な力があるようで、肌身離さず持っていると、不思議と運が良くなるというのだ。
 迷信かもしれない、と思うだろう。一方で、全くの嘘だと言い切るための証拠はない。
 そういう物は時に高値で取引される。金の余っている者達の余興として。彼らにとっては所持している事がすべてであり、真実などどうでもいいのである。

 江戸のとある屋敷に住むその男も、金の余っている者のひとりだった。馴染みの古物商が勧めてきたものだから、胡散臭いと思いつつも、話の種にと買い取った。何かしらの手段で効果を試してみるのも面白いと考えたのだ。
 とはいえ、見た目はやはりどうしても単なるわらしべ。故に、価値あるものの扱いに長けているはずの男も、ついつい気が緩んでしまった。
 机上にわらしべを放置したまま出かけてしまったのである。
「まあ、何なのこのゴミは。きっと風に吹かれて飛んできたのね。早く捨ててしまいなさい」
「はい、奥様」
 旦那が高いお金を支払って手に入れたものだとは露とも思わず、奥方は使用人に命じて、わらしべを捨てさせてしまった。
 当然、帰宅してこの事を知った男は愕然とする。一体どこに捨てたのだと使用人を問い詰めれば、馬の寝藁にする予定の藁に加えてしまったとの答。金は確かに余っているが、わざわざ買い取った物をろくに楽しんでもいないのに手放すのはしゃくである。
 使用人は必死になって藁の山の中を探した。馬に小突かれつつも、より分けたりひっくり返したりして、探しに探した。だが見つかりようもないのだ。見た目に何の特徴もないわらしべを、どうやって他の真なるただのわらしべと区別するというのか。
 さすがに使用人も音を上げて、男は仕方がないと腰を上げた。冒険者ぎるどに集う者達ならば、もしかしたら、見事わらしべを見つけてくれるかもしれない――それ以外に、もはや自分に残された手段はないとわかったからだ。このまま釈然としない気持ちを抱え続けるよりもよっぽどいい。見つけてくれたなら規定の報酬以外に何かくれてやってもいいくらいだ。
「冒険者とやらが来るまで、決してすべての藁を馬小屋から出すでないぞ!」
「はい、旦那様」
 かくして、宝探しと称すべき依頼が張り出される事となった。

●今回の参加者

 ea4245 高木 源十郎秋家(32歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 eb9928 ステラ・シンクレア(24歳・♀・バード・シフール・イギリス王国)
 ec4140 ジョアン・シェーヌ(33歳・♂・ウィザード・ハーフエルフ・ノルマン王国)

●サポート参加者

篁 光夜(eb9547)/ イクス・グランデール(ec5006

●リプレイ本文


 依頼主たる男性が部屋に入ると、そこには三人が待っていた。シフールとは思えないくらいに柔らかい物腰のステラ・シンクレア(eb9928)、赤い髪が目を引く篁光夜(eb9547)、礼儀正しく佇む騎士イクス・グランデール(ec5006)。
 依頼人はおお、と僅かに声を漏らした。不安が払拭されたわけではなかったが、元より無茶と自分でも感じていた依頼だ、こうして三人も集まってくれた事がありがたい。
「バードのステラ・シンクレアと言います。よろしくお願いしますね」
「はい、こちらこそよろしく頼みます。――して、そちらの方々の名もお伺いしてよろしいでしょうか」
 にこりと微笑んで頭を下げるステラに、同じく頭を下げる依頼人。続いて他の二人にも挨拶をしたいというのはごく自然な流れだ。
 けれどステラの眉根が寄った。唇も何言かを言いあぐねている。
「どうかしましたか」
「‥‥その、この二人は正規に依頼をお引き受けしたわけではなくて。私の友人で、今日一日の手伝いに来てくれただけなんです」
「なんと」
 つまり明日は彼女一人のみがやってくるという事だ。これには依頼人も驚く他なかった。
「ぎるどからは三人と聞いていたものですから、てっきりあなた方がそうなのかと」
「すみません。でも精一杯頑張りますので、まずはお話を聞かせてもらえませんか」
 本音を言えば、依頼を取り下げてしまったほうが無駄な報酬を払わずに済む。しかし依頼人の目には真摯な態度のうら若き女性が映っており、それを無碍にする事は彼には考えられない事だった。
 わかりました、と彼は告げて、軽く手を叩いた。そしてすぐに現れた使用人へ、わらしべを藁の山へ投げ入れた当人を連れてこいと命じたのである。


「こちらが、先程お話しました馬小屋です」
 案内されて中に入ると、知らぬ匂いに興味がわいたのか、三頭の馬が一斉に顔を上げた。
「それから、この山が、件のわらしべを投げ入れた一角です。旦那様のお言いつけどおり、あの日私自身が探し終えた後から今日まで、この山のわらには手をつけておりません」
「‥‥結構あるんですね」
 使用人が手で指し示したのはその馬小屋の奥。こんもりと積み上げられたわらの山だった。少々予想外だったのだろう。ステラ達の頬がぴくりと脈打った。気付いて、使用人も苦笑いを浮かべる。
「木を隠すなら森の中とはいいますが‥‥なかなか大変そうです‥‥」
「馬三頭分の寝藁になる予定でしたからね」
 依頼人の命により探さなければならなかった時には、気の遠くなる思いがした、と彼は言う。これから同じ思いをするであろうステラ達を、申し訳ないような、哀れむような表情で見てくる。
「そんな顔をするな。俺達も手伝う。人海戦術だな」
「はい。一日だけですが出来る限り頑張りますよ」
 しかし光夜とイクスは、むしろ臨むところだとばかりだ。故にステラからも使用人からも、余計な力はすべて抜け、唇をほころばせた。

 わらしべを捨てた日時も、場所も、判明している。詠唱すると共にステラを銀色の淡いひかりが包み込む。一呼吸ほどの間、彼女はわらの山を見つめていた。それからふむふむと頷いて、もう一度、詠唱を始めた。
「‥‥投げ捨てられたわらしべはこの辺りに落ちました。依頼人さんに言われてあなたが探しに来た時も、同じ場所を探しています。上を下へひっくり返すというような事はしていないみたいですから、この一角にあるわらのどれかのはずです」
 大きな山の一角。そこまで確認できただけでも上出来だと思うのだが、ステラはまた浮かない顔をしている。探しているわらしべに少しでも特徴があればと期待していたのだが、もう何回か魔法を繰り返してみても、何の変哲もないただのわらしか見えなかった。
 ひとつだけあるとすれば、真ん中くらいでやや折れている事。
 だがそんな特徴を持つわらは他にもまだまだある。どうやって区別をつければよいのか、見当もつかない。頭が痛くなってくるが、それでもステラは諦めなかった。
「まずはこの一角をこちらに持ってきてから、真ん中で折れているものをさらに選り分けましょう」
 手分けして。
 細かく。
 一本一本。
 ――これが彼女の定めた方針であり、彼女の友人達も快く引き受けた。

 仕事で出かけていた依頼人が帰宅すると、馬小屋から漏れる軽やかな歌声が耳に入ってきた。
「あれは?」
「ステラさんが歌われています。何しろ気の遠くなるような作業ですから」
 体力的にも精神的にもきつい、単純作業の繰り返し。挫けない為、自分達の士気を向上させる為に、ステラは自分の知る歌を順に歌いながら作業していたのだ。
 田植え歌のようなものか。依頼人は、今度は意識的に耳を傾ける事にして、縁側へ腰を下ろした。

 ステラにとっては二日目からが苦しみどころとなった。何しろ友人達がいなくなり、真に独りでの作業になったからだ。途中、使用人が様子を見たり食事を持ってきたりと立ち寄ってくれるが、彼とて他にも仕事があるのだから長話はできない。
 必要なのは根性だった。見つけてみせるという強い信念だった。
 孤独や疲労、飽きといった強敵と戦いながら、選り分け、見比べ、時にはまた魔法を唱えて過去を確認する。聞こえてくる歌はいつしか、戦いに赴く戦士を鼓舞するようなものばかりになっていった。


 最後の日。
 ステラは五本ほどのわらを依頼人の前へ差し出した。
「ここまでは絞れたのですが、これ以上は‥‥。どれも似すぎていて、私の力ではこれ以上の判別は難しいです」
 畳の上に並べられたわらは、依頼人の目にも、確かにどれも同じに見えた。本物の幸運のわらしべであれば『魔力をもつ』という決定的な特徴があるが、それは一見して判断できる部分ではない。手詰まりに陥ってしまったのである。
 実際に肌身離さず持ち歩いていればやがて幸運が訪れるのかもしれない。けれどその幸運が幸運のわらしべによるものであるかは確認のしようがない。魔力の有無を判断できる魔法も存在するのだが、残念な事に彼女の守備範囲外だ。
「すみません‥‥」
「いや十分すぎるくらいですよ。こう言うと失礼かもしれませんが、正直なところ、ここまで絞れるとは思っていなかったのです」
「でも」
「元をたどれば私の不注意に始まった事。あとはわらしべを買った商人に尋ねてみます。あなたは本当に良くやってくれました。素晴らしい歌にも日々、楽しませてもらいましたよ」
 結局依頼を達成できていないのだから、と首を振るステラに、依頼人はいったん口を閉じ、わらを五本とも自分の側へ引き寄せた。そして代わりに、綺麗に折りたたまれた美しい色合いの風呂敷を出した。
「一度出した物を引っ込めろ‥‥とは、おっしゃらないでくださいね?」
 依頼人がにこりと微笑む。そんな風に言われて、どうして拒めようか。
「ありがたく、いただきます」
 その方面に明るくなくともすぐにそれとわかる上質な布地だ。さらりと滑る手触りを感じながら、ステラは頭を下げた。