【葱】カマバット家の結婚式
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■ショートシナリオ
担当:言の羽
対応レベル:フリーlv
難易度:やや易
成功報酬:0 G 62 C
参加人数:6人
サポート参加人数:2人
冒険期間:04月28日〜05月05日
リプレイ公開日:2009年05月12日
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●オープニング
戦乱の続くこの国にあって、完全なる自衛や冒険者ぎるどによる依頼などの特別な理由がある場合を除き、武具が通ることを拒み続ける希少な藩――鎌倉。
鎖国とも言うべきこの対応は弱く貧しい民を守るためではあったが、ゆえに内側によどみを作っていた。筆頭家老の謀反、その心につけこんで動いた悪魔による古の龍の復活、そして街道筋の町が壊滅した。現在では冒険者たちの働きにより筆頭家老とそれに加担した者は投獄され、古の龍は目覚めた神になだめられておとなしく海で暮らし、街の復興もだいぶ進んでいる。ただ肝心の悪魔だけは逃亡に成功しており、今後はやがて舞い戻るであろう彼女への対策を行っていく必要がある。
――とはいいつつ。
基本的に、一般市民にはそんなの関係がない。鎌倉の南に浮かぶ江の島の住民ならなおのこと。ちょっと先の大きなことよりも、日々の小さなことをしっかりこなしていくことのほうが重要だったりする。
例えば若いご主人。きれいな奥さんがいて、もう一人で歩けるようなかわいい子供がいて、一緒に住んでる父親はまだまだ元気で、お金はそんなにないけれどやっぱり女の子もほしいよなぁとか二人目のことも考えたりなんかして。
『うーむ‥‥』
考え事や独り言の時にはどうしても祖国イギリスの言葉が出てしまう。そんなイギリス生まれイギリス育ちの男、ヘモグロビン・カマバット。彼はいま、貯金箱から取り出した中身を目前に並べて眺めているところだ。あまり多くはないが、家計を握る奥さんから渡される小遣いを何とかやりくりして貯めた、大事なお金だ。
『これなら、色々と切り詰めれば何とかなる、か』
頭の中での計算を終えた彼は、お金をすべて袋に入れた。
『じゃあ行ってくるよ。お隣に頼んでおいたけど、気をつけてな』
『あなたも気をつけて』
『いってらっしゃい、ぱぱー』
ヘモグロビンはこれから、飛脚としての仕事のために江戸まで向かう。短期間とはいえ家を空けることになるが家族を養うためだ。
それに飛脚といっても、街道を走るわけではない。彼の場合は空を飛ぶのだ。フライング葱という名の葱状の道具を尻に差し、すばらしい速度で飛んで行くのだ。
イギリスにいた頃はズボンの尻の部分に穴を開けていたのだが、ジャパンに来てからは褌の機能性にびっくり。そしてそのまま愛用。
見た目的にはとんでもない絵ではある。実のところ、初期は拒否反応を示す人のほうが明らかに多かった。まあそれでもじきに見慣れるんだから人間の適応力ってすごいよねという話である。
といっても、なかにはやっぱりどうしても慣れない、という人もいる。ヘモグロビンの奥さんがそうだった。嫌いなわけではないようだが、フライング葱を旦那が尻に差している姿を見ると卒倒するので、ヘモグロビンも奥さんの姿が見えなくなってから尻に差して飛び立つようにしている。
――話が若干ズレたような気がしないでもないので、強引に元に戻すと。ヘモグロビンはこの機会に、江戸の冒険者ぎるどに依頼を出すつもりでいる。
実はヘモグロビン夫婦は式を挙げていない。意識的に挙げなかったわけではなく、お金のことやフライング葱のことなどで忙しなくしていたら子供ができたことが判明したり、イギリスからジャパンに渡ることになったり、異国での生活に四苦八苦しているうちに子供が生まれて育児に奔走したり。要するに、そんな余裕は金銭的にも時間的にもなかったのだ。
けれど最愛の女性の最も美しい姿を見たいというのは世の男性が抱く大きな願いのひとつであろう。そのためには育児もある程度落ち着いた今しかない、二人目を考えるなら余計に。
予算は少ないから贅沢は言わない。日ごろ大変な思いをさせている妻をねぎらうためにも、結婚式を挙げたい。
男ヘモグロビンは尻にフライング葱を差し空を飛びながら、拳を固く握り締めた。
●リプレイ本文
●意気込み
「ヘモさん、アメリアさん、ご結婚おめでとー♪」
戦友チップ・エイオータ(ea0061)がいつもの笑顔で駆け寄り、知人から託されたお祝いのカードを手渡すと、ヘモグロビンも笑顔を返した。隣に控えるアメリアは照れくさそうに頭を下げ、息子のヒューは母の足に隠れて冒険者の様子をうかがっている。
「かつての好敵手の幸せの為だ、微力だが手を貸そう」
こちらもよき(?)思い出を共有する来生十四郎(ea5386)、ふとヒューと目が合った。いつぞやのことを覚えているとでも言うのか、たどたどしく近寄ってきて、高い高いを要求した。程なくして楽しそうな声が春の晴天に響き渡る。
恋人から先日プロポーズされたのだという御陰桜(eb4757)は、興奮して頬を赤くするヒューの頭を撫でながら「ボウヤもヨロシクね♪」とお姉さんぶりを発揮する。ヒューはわかっているのかいないのか、「あいっ」とを勢いよくうなずきすぎて十四郎の腕から落っこちそうになった。
白井鈴(ea4026)とニーナ・シーレン(ec6395)からも順に挨拶が行われ、最後の一人、パラーリア・ゲラー(eb2257)がずずいっと前に出る。
「とゆ〜わけで、れっつお祝いだよ〜♪」
大きく背伸びし、握ったこぶしを高々と掲げる。他の皆もそれに倣い、九つのこぶしが天に向かって伸びた。
●準備
「じゃあ呼んでもかまわないのね」
「むしろそうしてほしいところだ。予算の都合上、難しいと考えていたんでな」
ヘモグロビンから島民を招待してもよい旨の意向を確認したニーナは、島内の住居位置や家族構成などを尋ねてはメモしていく。特に後者は、祝い膳を用意するチップには有用な情報となるだろう。
「天気がよければ、広い場所でお食事したら気持ちいーかなって思うの」
場所としてはカマバット家の庭や葱畑近くの空き地が提示されたが、そこに島民が入りきるとは思えない。他にないかと考えてみると、そう経たずしてヘモグロビンが思いついたのは、弁財天を祭っている社だった。
「そんなところ使っていいのかな。大丈夫?」
「いや社そのものではなく、その前に広がる何もない地面だ。そこで祭りも行われるくらいだし、広さとしても申し分ない」
「誰に使用願いを出せばいいのか教えてもらえる? 声かけのついでに頼んでくるから」
ついでの行動が可能ならばそうしてしまうのは自然な流れ。ニーナの島まわりにチップも同行し、漁師や農家を営む家では食材を安く分けてもらえないかと交渉することとなった。
そうして揃って出かけていく二人の背中を、じっと見つめていたのはパラーリア。
『気になる?』
『えぇっ!』
小声で、しかもイギリスの言葉で。アメリアはパラーリアに声をかけた。そもそも彼女たちは既に話をしていたのだが、パラーリアが余所見をしたのでアメリアもその視線の先を追ったのだ。
『そ、それよりお花の咲いてる場所をっ』
パラーリアは無理やり話を戻したが、朱のさした頬は隠しきれない。少女の愛らしさにアメリアも微笑みながら、散歩の途中などに見つけた花の場所をひとつひとつ教えていく。
『そういえば、海に面した崖間際に大輪の白い花が咲いていたのよ。危ないから近づけなくて、香りもかげずじまいなのだけど‥‥』
『どこにあるの!?』
残念そうに言うからには諦めきれないのだろう。魔法の箒を持つ自分ならばとってこれる。結婚式を彩る飾りは元々作る予定だったが、大輪の白い花とくればその中央に据えるに十分すぎるくらいだろう。
ずらりと並ぶ礼服や装飾品を前に、カマバット一家は感嘆の声を上げずにはいられなかった。
特に壮観なのはドレスだ。十四郎の持参した気品あふれるロイヤルホワイトだけでなく、桜が広げた何着ものドレスが部屋一面を埋め尽くしただけでは飽き足らず、縁側まで飛び出ている。
「白色のどれすはいくつか用意してきたけど‥‥気に入るのがあるかしらねぇ?」
鏡台の前で化粧道具を準備する桜の言葉も耳に届いているのかどうか。アメリアは一着一着を手に取り、じっくりと比べてから、羽がついているかように裁縫されたエンジェルドレスを選んだ。
いったん男性陣を追い出し、寸法合わせのために試着をしてもらう。丈や胴体部分はそのままでよさそうだが、肩の線には少し調整が必要そうだ。
「日焼け対策に帽子はかぶるようにしてるんですけど‥‥ここは潮風が吹くから」
「島だものねぇ。じゃあ、なるべくお肌に負担をかけないようにシてあげる。任せてちょうだい、旦那さんが惚れ直すくらいに輝かせてみせるわ♪」
戻ってきた十四郎に調整の幅を確認されるアメリア。その目の前で、桜は己の姿をアメリアそっくりに変える。服装は彼女が着ているドレス、髪型や化粧を、これから変えようとしている状態にして、まるで未来を映す鏡のように。これにはアメリアだけでなく、十四郎も満足気にうなずいた。
「顔はヴェールで隠した方が、ヴェールを上げた時の旦那さんの反応が見物かしら?」
「そうだな。隠れるようにつけてもらおう」
こうして服飾担当の二人が真剣に話し合う隣の部屋では、着慣れない礼服でヒューの機嫌が悪くなり始めていた。こちらも寸法合わせが目的だったのだが、十四郎があの様子では、ヒューの順番はまだまだ回ってこないだろう。母親の声は聞こえても姿は見えないことがさらに苛立ちを募らせるようで、同じく礼服を着た父親の膝の上でじたばたと暴れている。
「じぃじのところへ来るか」
「やー!!」
祖父グランパもいるのだがやはり礼服。ちなみに和式礼服、つまり羽織袴である。ヒューはもはや羽織袴が嫌いになりそうな勢いだった。
「ママはね、今、綺麗になってる最中なんだよ」
ぐずるヒューの目を覗き込んだのは、鈴だった。
「ヒュー君は綺麗なママを見たくない?」
「‥‥見たい」
「でしょ? じゃあもうちょっとだけ我慢できる?」
小さく首を縦に振ったヒューに、いい子だねと鈴はにっこり笑った。
それから自分の持っていた楽器を見せて、ヒューにだけでなくヘモグロビンやグランパにも、アメリアの好きな曲はないかと尋ねてみた。返ってきた答は、ヒューを寝かしつけるときの子守唄や、洗濯物を干すときの鼻歌など。三人からメロディを教えてもらうだけでなく、うまくいけば実際にアメリアが歌っているところに遭遇できそうだ。
●当日
ここが教会であれば鐘のひとつも鳴らせただろうが、ジャパンの民家ではそうも行かない。けれど居間の奥に設置された祭壇の周囲には、純白の大輪を中心として旬の花々が飾られている。パラーリアと新婦が協力してアレンジしただけに、女性らしい華やかさが滲む。
祭壇からは白無地の木綿がまっすぐに伸びている。十四郎が江戸で購入してきたものだ。畳に伸びるこの木綿を挟んでご近所の皆さんが座る。冒険者も各々の役割に応じた位置に腰を下ろしている。祭壇の傍らには司祭役のニーナと新郎ヘモグロビンが立っていて、新婦の登場を今か今かと待っている。
やがて、鈴による笛の音が静かに流れると、木綿の先の襖がすっと開いた。グランパに導かれて、新婦がゆっくりと歩き出す。新婦を導くのは本来その父の役目なのだが、まさか月道の向こうから連れてくるわけにもいかないので代役だ。ヴェールとドレスに包まれ、装飾品で気品ある輝きを放ち、手に持つ花束が全体を引き締める。誰の口からもほぅとため息が漏れた。
新婦の手はグランパからヘモグロビンに渡され、夫妻はニーナに向き直る。ニーナは軽く全体を見渡すと聖書を開き、簡単にではあるが朗読をする。イギリスの言葉での朗読とはいえチップが即座に通訳するので大事はない。ご近所の皆様とは宗教が異なるので完全な理解には及ばないようではあるけれど、言わんとしていることは伝わっているようだ。
朗読が終われば今度は新婦と新郎の誓いだ。ニーナはあくまでも真面目な面持ちでこう言った。
『汝ヘモグロビンは、この女アメリアを妻とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、葱の挿しすぎで痔になった時も、共に歩み、他の者に依らず、死が二人を分かつまで、愛を誓い、妻を想い、妻のみに添うことを、神聖なる婚姻の契約のもとに、誓いますか?』
イギリス語のわかる者が吹き出したのも仕方ない。さりげなく混ぜられた葱リスト的文言。
『誓います。尻のケアは怠りません』
返すヘモグロビンの言葉が腹筋の痛みに拍車をかける。そんな言葉まで通訳するかどうか迷ったチップ、しかし彼も立派な一人の葱リスト。そっくりそのまま通訳し、ご近所の皆様にも同様に吹き出させた。
『汝アメリアは――』
次はアメリアの番だ。焦りに似た思いが参列者の心を占める。
『はい、誓います』
だが幸いにもまともだった。そのおかげで、式の雰囲気も元の厳粛なものに戻っていく。
『指輪の交換を』
十四郎が膝に乗せていたヒューを下ろし、立った。ひと揃いの指輪を新郎新婦に渡すためだ。
銀製の指輪。長い時を経ようとも変わらぬ輝きのダイヤモンド。新郎が新婦の、新婦が新郎の、左手の薬指にそっとはめる。新婦がはにかんだように見えた。もしかしたら微笑んだのかもしれないが、ヴェール越しなのではっきりとはわからない。
それを探るように、ヘモグロビンがヴェールに手をかける。ニーナによる指示を待った分だけ緊張が募っている様子だ。見ているほうも手に汗握る。衣擦れの音すらもなくヴェールは上げられ、目じりに涙の滲んだ、幸せの絶頂にいる女性の顔が現れた。
『‥‥綺麗だ、アメリア』
たまった涙が流れ落ちるのを懸命にこらえているらしく、アメリアはごくわずかに唇を動かすだけで応えた。赤すぎない落ち着いた紅のその唇へ、ヘモグロビンの口付けが落とされる。
沸きあがる室内。参列者が先に家の外に出て、夫婦の誓いを新たにしたふたりを花びらの雨で出迎える。口々に発せられる「おめでとう」。
雨を抜けた先でアメリアが立ち止まる。皆に背を向けたまま、夫から手を離したかと思うと、両手で花束を持った。投げるのだ。
花束の意味を先に説明されていた女性陣が、受け取りやすそうな位置を確保する。パラーリアも混ざっている。だがパラとしての体格はこういうことには不利だった。魔法の箒で飛べば確実に受け取れるだろうが、それでは何の意味もないことくらい彼女自身がよくわかっている。
結果として、彼女は花束を手に入れることができなかった。残念でないことはない。しかしすぐに気持ちを切り替えて、ちゃぶ台や料理を運ぶ手伝いに回った。
客のはずがついつい手伝ってしまうのが近所づきあいのようだ。式には参列できなかったが宴からならという人も加わり、用意された膳の数は多くなってしまっていたが、予想以上にすんなりと準備が済んでしまった。広げられた茣蓙、白保呂をかけられた卓袱台。新郎新婦の席以外は決められておらず、わいわい騒ぎながら各自で腰を下ろしていく。
蛤や鯛などのおめでたい食材、菜の花や鰆などの旬の食材、そして葱。チップが腕によりをかけて作った料理がよそわれる一方、鈴の竪琴が楽しげな曲を奏でて場を一層盛り上げる。酒も運ばれてきて、十四郎が注いで回る。
「みんなー! こっちに注目ー!」
主役は二着目に着替えているということでまだ社前には到着していない。待つ間も退屈させないようにという配慮か、尻に葱を差したチップが皆の前で手を振った。パラーリアもいるが、こちらはおめかししているのもあって箒に乗るようだ。
「行くよっ。それー!!」
「それー♪」
二人は息のあった動きで青空を飛び回る。ハートマークの示すものは、聖書の言葉のように、島の皆さんにはわからない。けれど祝いの気持ちの込められた見事な動きには喝采が贈られた。
ヘモグロビンと桜の介添えを受けてアメリアがやってくると、その頭上に再び花びらを降らせていく。手のひらに花びらを受け止めようとするアメリアの目に、息子が口を大きく開けるのが映った。
ヒューのたどたどしい歌声が始まった。ほぼ毎日聞いているから歌詞は完璧だという。鈴の演奏にのせられた幸せを謳うその歌は、今度こそ、アメリアの涙を止まらなくさせた。ハンカチで拭う暇もない。抱きしめあう母と子。直後に起こったのがこの日で一番の拍手だったのは言うまでもない。
「輝ける一瞬‥‥ってやつだね。これからも二人仲良くいてほしいな」
演奏の手を休めて祝い膳に舌鼓を打ちながら鈴は呟いた。
また、彼の視線の先にはチップにお礼を言いつつ「あたしもいつか」と付け足すパラーリアがいるのだが、チップにその意味が伝わっているのかどうか。
なんにせよ、「この幸せな時が続けばいい」――それがこの場にいる全員の願うところだった。