江戸の空き地で愛を叫ぶ

■ショートシナリオ


担当:言の羽

対応レベル:フリーlv

難易度:易しい

成功報酬:4

参加人数:3人

サポート参加人数:1人

冒険期間:06月13日〜06月16日

リプレイ公開日:2009年07月03日

●オープニング

 江戸の町外れに、ちょっとした空き地がある。
 この空き地、普段は子供たちの遊び場となっているが、時として喉自慢のような催し物が行われることもある。

 でまあ、今回もまた新たな催しが行われようとしていた。

「らぁぁぁぁぶっ! いずぅっ‥‥おぉぉぉぉぉぉるぅっ!!!」
 簡易舞台の上に立つのは、ひと目で異国の者とわかる金髪碧眼の若い男。彼が叫んだのも、生まれ故郷の言葉なのだろう。
「あ、今のは、『愛こそすべて』っていう意味なんですけどね」
 ぽかんとしている観衆に気づいた彼は、特に慌てる風もなく、微笑みながら解説を付け加えた。
「この国の方々は実につつましい。もちろん、それを非難するというわけではありません、むしろ素晴らしいと思っています。――で、す、がっ!!」
 かなりの肺活量を持っているのだろう。それなりの観衆が集まっており、それもざわざわと騒がしいというのに、彼の声は観衆の最後列にまでしっかりと届いていた。まさにこういう催し物の司会進行をするために生まれてきた‥‥というのは言いすぎだろうか。
 ちっちっち、と人差し指を左右に振ってから、彼の言葉は続く。
「ですが、ほら、やっぱり言われたい時ってあるじゃないですか。男女問わず。直接的な言葉じゃなかったとしても、ふたりの間ならば通じる特別な言葉、そういうのでもいいんです。最も大事なのは、言葉に出すことで、お互いの中でその想いを再認識することなんですから」
 大事な人へ、言葉に出して愛情を伝える。それがこの催し物の趣旨なのだという。
 観衆の間では、男性が渋い顔をし、女性が目を輝かせている。といっても、女性が参加してもかまわないようだ。いっそ想い合う二人がともに参加してしまえば、催しも盛り上がることだろう。
「ささやかではありますが、参加賞もご用意しています。想いを確かめ合った記念にしていただければ幸いです。――では、皆さんのご参加を、お待ちしておりまぁぁぁっっす!!」

●今回の参加者

 ea0214 ミフティア・カレンズ(26歳・♀・ジプシー・人間・ノルマン王国)
 ea3094 夜十字 信人(29歳・♂・神聖騎士・人間・ジャパン)
 eb4757 御陰 桜(28歳・♀・忍者・人間・ジャパン)

●サポート参加者

ゴールド・ストーム(ea3785

●リプレイ本文

●本日は晴天なり
 元々祭りが大好きな江戸っ子の皆さん。何かしらの催しがあると聞けばとりあえず集まってくるので、たちまち野次馬の群れが出来上がる。
 老若男女がひしめくその群れをかきわけて、ミフティア・カレンズ(ea0214)は空き地の隅、多少は人もまばらな場所で、息を整えた。少し緊張しているのかもしれない。当たり前かもしれないけれど。
 空を見上げる。綺麗な青。
(「‥‥届くかな」)
 瞳に入り込んできた陽光がまぶしくて、目を細めながら片手をかざす。京都はあっちの方角のはず、と。
 ミフティアにはたくさんの友達、たくさんの知り合いがいる。なかにはよく会いたくなる人や、お嫁に行ってしまって以前ほど一緒に遊べない人もいる。そんな人たちに向けて、叫びたいことは数多くあれど。
 此度の催しは、愛を叫ぶもの。それなら、ひとりだけ。たったひとりだけ。
 京都にいるはず。でも京都のどこにいて何をしているのかはわからない、あの人に。

「‥‥こんな空地に何があると言うんだ?」
 空き地にまた人がやってきた。今度は男女の二人連れ。ためらいなく腕を組む様子から、少なくとも恋人以上であることが周囲の野次馬にもすぐにわかった。
「わざわざ浴衣に着替える必要は、果たしてあったのか‥‥」
「もぅ、少しはてぃ〜ぴ〜お〜を考えなさいよね‥‥」
 押しの強い桃色の髪の女性は御陰桜(eb4757)。淡い色彩の紫陽花が今の季節にぴったりの浴衣。
 何の催しかも知らずに思案顔をしている赤い髪の男性が夜十字信人(ea3094)。青みを帯びた黒い浴衣なのだが、桜に着替えさせられたらしい。
「ふむ‥‥何かが行われているようだが‥‥」
「大切な人に向けて愛を叫ぶのよ」
 舞台の上では若い男性が両手を広げて叫んでいる。催しは既に始まっていた。
「愛を‥‥叫ぶ‥‥?」
 男性の叫びは野次馬の歓声にかき消され、断片しか信人の耳には届かない。それでも、かなり恥ずかしい直接的な言葉であることはわかった。
 脳裏を様々な思いや考えが駆け巡ったが、信人はゆっくりと、桜を見た。
「俺に‥‥‥‥やれ、と‥‥?」
「ふふっ♪」
 楽しそうに破顔する桜。答は言うまでもない、といったところか。
 こういう時男性は、信人のように頭を抱える人のほうが多いのではないだろうか。自分は人前で愛を語るような柄ではないのに、と。
「ねぇお願い、信人ちゃん」
「‥‥そうだ、ひとりで参加してきてもいいぞ。俺は見ていてやるから‥‥」
「ダメよ、一緒がいいのっ! ねっ、お願いだからぁー」
 そして上目遣いを駆使したお願い攻撃に勝てる男性は、決して多くないだろう。

●熱いねえ
「お次の方は‥‥可愛らしい女性ですね。ミフティア・カレンズさん、ノルマンのご出身です。ではどうぞ!」
 司会による紹介を受けながら、順番の回ってきたミフティアは舞台に上った。観衆が一斉に自分を注視するので少々面食らったが、そこをぐっとこらえて、覚悟を決める。
 前方の空をまた眺めると、無数の青色による微妙な陰影の中に、想い人の笑顔が見えた気がした。
「私が叫ぶ相手は、京都でとある隊を率いている隊長さん。楽しくてノリがよくって、隊員さん達とも仲良しで、とっても優しい人だよ。‥‥ちょっとえっちだけど」
 えっち、と聞いて観衆に笑いが広がった。大きく頷いている男性もちらほらいる。その辺は生き物としての性分だから仕方がない。どれだけ表に出すかでほんの些細な違いがあるだけで。
 だがそんなノリも、続く言葉で引っ込んだ。
「出会ったのは、冒険者として依頼を受けた時。‥‥受けた依頼はそのひとつだけだし、お話した期間もそんな長くないけど‥‥‥‥‥‥でも好きなの」
 つまり、まともに会ったことがあるのはその時だけなのか。ひとめぼれだったのか。それからひたすら想い続けているのか。
 先程まで騒がしかった観衆が静まり返っていた。
「もちろん両想いじゃないの。可愛がってくれたけど。もう一度会えたら言おうと思ったのに会えなくなっちゃった‥‥だから、だから、ここでっ! 思いっきり叫んじゃいます!! ――左之助隊長さん もうずっと会えていないけど、大好きだよーっっ」
 なんと健気で切ないことか。観衆たちの胸の中に、ミフティアの恋を、いや愛を、応援したいという気持ちが溢れてくる。
「ノルマンに里帰りして、次に帰る時は欧州のフンドーシをお土産に、大好きだよって あと‥‥お‥‥‥‥――って、言おうと思ったのに。フンドーシは今もちゃんと取ってあるんだよ」
 おい、今の聞こえたか。いいや。お‥‥‥‥って何だ。
 一箇所だけ、ミフティアはもにょもにょと不明瞭な発声しかせず、観客には聞こえない部分があった。司会に解説を求める者もいたけれど、司会にもいまひとつ聞こえていなかったようだ。彼女が何を言ったのか、知るのは本人ただひとり。基本を押さえたものからちょっぴりえっちなものまで、想像という名の観衆の妄想はとどまるところを知らない。
 こんな風に誰もがもにょもにょのことばかりに気を取られたので、どうやったら想い人への土産にフンドーシが出てくるのかという華麗なツッコミを披露してくれる猛者は現れなかった。
「あれから背も胸も大きくならなかったけどっ! ‥‥隊長さんはやっぱり大きいのが好きなのかな? でも、いつかきっと大きくなるから! だから、またいつか宴会に呼んでね。お膝に乗せてね。何処にいても踊りに行くよ、隊長さんの為に。隊長さん、大好きーーーーっ!!」
 二回目の大好き。会えないのに色あせることなく、むしろいっそう募っていく想い。ミフティアの叫びに観衆は呼応し、拳を振り上げて応援するのだった。
 大きくなったらどんなに綺麗になるだろう派と、いやいや現状維持でお願いします派がいたのはご愛嬌‥‥のうちに入るだろうか。
 当の想い人がどちらを好むのかははっきりしないが、それはぜひ、ミフティアからお相手へ、会った時に直接尋ねてみてもらいたいところである。

 ◆

「さて次はカップルさんです。おひとりずつ順番に叫んでもらいましょう。御陰桜さんと夜十字信人さんでーすっ!」
 がっつり腕を組んだ恋人同士とくれば、さぞらぶらぶな叫びをしてくれるだろう。そんな期待が多分に込められた視線を全身で受け止めて、桜はあいている方の手を観衆に向けて大きく振った。さらに盛り上がる観衆。じんわりと嫌な汗をかく信人。
 ふたりは式こそ挙げていないものの、既に一緒に暮らしているということで夫婦も同然。それなのに何を恥ずかしがることがある。伝えることのほうが大事ではないか。そう言う代わりに、桜は信人からいったん離れ、一歩前へ出た。
「信人ちゃん、初めて会った時の事覚えてる?」
 ゆっくりと語られ始めたのは、ふたりの馴れ初め話。これは聞かねばなるまいと観衆が興味津々顔でごくりと唾を飲む。
「依頼でたまたま一緒になっただけだし、あたしは忘れてた。でも、酒場でお喋りする様になってからはどんどん親しくなって、あることをきっかけに友達じゃなくて男の人として好きになってた。それから頑張ってあぷろ〜ちして漸く受け入れて貰えて、今に至る訳だけど‥‥」
 あることって何だ。観衆だけでなく信人まで首をかしげている。
 どんなきっかけで誰を好きになるのかなんて、実際にその人を好きになってからでないとわからないもの。だからこそ今後の参考として聞いておきたい面もあるのだが。
 桜はチラッと信人のほうを振り返った。信人はやはり疑問符を浮かべている。
「信人ちゃんが気付いてないみたいだから絶対に言わない‥‥」
 朱色に染まった頬を両手で隠すようにしながら、桜は柔らかく回答を拒否した。観衆からも信人からも不満の声があがったのは言うまでもない。喉に引っかかって取れない魚の小骨のように、一度気になるとすっきり解決するまで気分が晴れないものなのだ。
 桜の口から教えてもらうには信人が思い出すほかなさそうだが、実際のところ、信人の記憶にとどまらないほどの「いつもの信人」が桜の琴線を打ったのかもしれなかった。
「今は、好きだって気付いた時よりずっとずっと信人ちゃんが好き、大好き‥‥。信人ちゃんのこと、世界中の誰よりも愛してる」
 もはや叫びになっていないのだが、観衆の騒ぎもだいぶ収まっているため、舞台付近にはちゃんと聞こえている。声だけではない、表情もばっちりと見えている。いや、見ている。ガン見だ。
 その勧誘によるガン見が信人に移った。体ごと信人に向き直った桜も加わっている。
「‥‥桜、それは言い過ぎじゃ」
 辛うじていさめる言葉を発した信人だが、桜が黙ったということは信人が叫ぶ番だということだ。
(「うわ、皆、こっち見てる‥‥どうすればいいんだ」)
「信人さん、どうぞ。桜さんも観衆の皆さんもお待ちかねですよー」
「急かすな!」
 司会に背中を押され、信人はぎこちない動きで衆目の前へ。いつもはすぐくっついてくるはずの桜が、そうせずに自分の挙動を見守っていることも、緊張の一因となっていた。
「あー‥‥。なんだ‥‥その。‥‥俺は、あまり喋るのは上手ではないのだが‥‥」
 己の所有する語彙の中から求める単語を探し出すのにえらく時間がかかる。元々慣れないことをしようとしているのだし、緊張やら恥ずかしさやらで思考能力が鈍っているせいでもある。
 視線をさまよわせ、大勢いる観衆をなるべく見ないようにしながら、ああでもないこうでもないとブツブツ呟いていると、そのうち観衆もしびれを切らしたようだった。聞こえないだの、早く叫べだの、奥さんの気持ちに応えてやれだの、好き勝手に野次を飛ばし始めた。おまけに桜の視線は信人から離れない。
 ここが戦場であったなら、野次も視線も緊張も、何も信人の妨げにはならなかっただろう。ここが戦場であったなら。
「ええいっ、黙って聞けぇぇぇぇ!!!」
 許容量を越え、かるーく突き抜けてしまった信人。
 信人の咆哮と共に口から衝撃波を発し、前方の地面がボムッ!! ――なぁんてことになったら面白い、じゃなくて大変だが、そんなことは多分きっとできない。観衆と司会が面食らっただけで済んだ。
 ともあれ、「聞け」と言ったということは、叫ぶ気になったということだ。これは素直に聞いてやらねばなるまいと、一同揃って信人の一挙手一投足を温かく見守る。
 多数の視線にまたも言葉を詰まらせる信人だったが、ここまで来たら後には引けない。手持ち無沙汰な様子で頭をかき、観衆の視線から逃れるように空を見上げ、ひとつ、息を吐いた。
「俺は‥‥戦いでしか生きられない男だった。所詮は戦場でいずれ飛び散る命、夢も希望もあったもんじゃ無かった」
 なんか全然そういう風に見えないんだけど、と呟いたのは観衆の一人か。無理もない、これまでの信人はどう見ても奥さんの尻に敷かれたダメ亭主。
 だからきっと、次の瞬間に見たものに対し、誰もが己の目を疑ったのだ。背筋が凍るどころか全身の血肉が凍ってしまうのではないかと怯えを抱くほどの――何と呼べばいいのか、殺気か、覇気か。いずれにせよ、経験を重ねてきた冒険者の奥まったところを垣間見て、普段そういったことに触れる機会のない観衆はまな板の上の鯉とも表現できる状態になった。
 当然だが、この場で鯉に包丁が振り下ろされることはなく。信人の顔には困ったような、不器用な笑みが漏れ出て。
「‥‥だが、桜が、生きる理由をくれた。生きていきたいと思えるようになった」
 信人がしっかりと桜に向き合った時、冷たい茨に締め付けられるような感覚は観衆から消えた。そして全く逆の、陽だまりに包まれるような暖かさを覚えた。同じ人物から感じられるものがこんなにも変わるとは。こうも人は変われるのか。これほどまでに愛は人を変えるのか。
「ああ、そうだとも。桜、お前に首ったけだ。愛しているぞ。俺のろくでもない物騒な技能と、人生経験の全てで、お前を守る‥‥!!」
「信人ちゃん‥‥っ!」
 もはやじっとしていられなくなったのだろう、桜は駆け出した。忍の者として身の軽い彼女がまかり間違って風にでも吹かれて飛んでいってしまうことのないように、信人は彼女をきつく、しっかりと、受け止め抱きしめた。生きている者にしかないやわらかさとぬくもりを味わうには、己も生きていなければならないのだ。
 愛って強い。愛って素晴らしい。
 観衆と司会からの歓声や拍手や口笛に祝福され、その大音声で我に返ったふたり。信人は照れくさいのか頬をかいているが愛しい人を抱く手を緩めることはなく、桜も幸せを全身の何もかもで表していた。

 ◆

 その後。
 急遽用意された試し切り用の藁を瞬時に真っ二つにすることで、信人がろくでもないと評していた彼の技能は、見事に観衆を楽しませた。
 ミフティアも見ていたのだが、それよりもむしろ、ふたりの抱き合う姿が目に焼きついて離れない。
「はふ‥‥」
 あれが愛し合うということ。いいなぁ、と思わずにはいられない。
 今回の騒ぎに便乗した出店のひとつで腰を下ろし、茶をすすっては息をつく。
「いっきに叫んだらお腹空いちゃった。おばさん お茶のおかわりと、あとお団子もう5本下さいな〜♪」
 けれど羨ましがってばかりもいられない。自分もいつか、きっと――。そのために今はおなかを満足させることが最重要課題である。
 串だけが乗った皿を提示しておかわりを希望する。おかわりを食べ終わったら活力いっぱい。いつかのためにミフティアはまた動き出すのだ。