流れる雲を追う風に

■ショートシナリオ


担当:言の羽

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:5

参加人数:8人

サポート参加人数:6人

冒険期間:12月13日〜12月18日

リプレイ公開日:2009年12月27日

●オープニング

 己の思惑が他者のそれとうまくかみ合うとは限らない。例えば鎌倉藩において、床に伏せる藩主の代わりを務めていたその嫡男らは、戦に巻き込まれないために中立を宣言し、武装者の通行を拒んでいた。一方、源徳家康軍は食料に難があり、目的地である江戸へ迅速に向かうためには鎌倉を通り抜ける必要があった。
 他に別の道があったのではないか――これはいずれの側にも言えることである。しかし、覆水盆に返らず。今を生きる自分を、そしていずれの場合においても最多の影響を受けざるを得ない民を、いかにして明日へ、その先へ、導いていくか。
 決して忘れてはならない、だが忘れがちな視点を、常に心がけること。全てはそこへ帰結する。

 ◆

 天城烈閃(ea0629)はふと空を見上げた。どこまでも広がる青い空。魔法で時折変化させられることはあれど、基本的には何者にも縛られず、何者をも縛らない。それなのにこの空で繋がる各地では、今まさに苦しんでいる人達がいるのだ。
 此度の源徳の行軍は、主に東海道沿いの地域の日常に変化をもたらした。源徳には源徳の言い分があるだろう。だが民にとって最も重要なのはそこではない。今日の食事にも困るような重税を課された民は激しい反発を覚えるものだ。
 苦しむ民を救えればと、烈閃が打ち出したのが『学問の都』構想だった。様々な分野の技術者を招聘し、開発と育成に当たらせる――途方もなく難易度の高い構想ではあるが、既に神皇の耳には入っている。それを「話が通った」とするには気が早すぎるけれども。寄進した一万両とて公家達によって無益なことに使用されてしまっているやもしれないけれども。今一度の神皇との相談を、烈閃は求めている。
 高い空。冬の空だ。もうじき本格的に冷え込む日々が待っている。金にも食料にも家にも乏しい民達は、冬をどのように過ごすつもりでいるのだろうか。





 烈閃から示された内容は以下の通り。

目的:『東海道の難民救済のために行動する。必要と考えるなら、権力者に対応策を提示する。参加は各勢力自由』
報酬:一万両。ただし今回や今後の救援活動の費用として、参加者の活動内容に応じて使用・分配する

●今回の参加者

 ea0629 天城 烈閃(32歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea3597 日向 大輝(24歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea4295 アラン・ハリファックス(40歳・♂・侍・人間・神聖ローマ帝国)
 eb3225 ジークリンデ・ケリン(23歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb3600 明王院 月与(20歳・♀・ファイター・人間・華仙教大国)
 eb9508 小鳥遊 郭之丞(29歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 eb9659 伊勢 誠一(38歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb9927 レベッカ・カリン(24歳・♀・僧侶・シフール・モンゴル王国)

●サポート参加者

リル・リル(ea1585)/ クリス・ラインハルト(ea2004)/ 玄間 北斗(eb2905)/ シルフィリア・ユピオーク(eb3525)/ アルスダルト・リーゼンベルツ(eb3751)/ リンデンバウム・カイル・ウィーネ(ec5210

●リプレイ本文

●救済活動の行方
 江戸の街並みを人々は北風に背を丸めながら足早に行く。風の届かぬ屋内へ、火鉢の傍へ、と急ぐ彼らだったが、耳に届いた調べになぜか足を止めてしまった。
 交差点の上空で、笛を手に綺麗な音を響かせるリル・リル。その指先は冷えて赤くなっていたが、それを厭うこともなく彼女は奏で続ける。救済活動に協力してほしいこと、そのためには助け合うだけでいいこと――調べに乗せて、彼女は訴える。
 しかし訴えが心に届くことと、その訴えを叶えてくれることとは、全く別の話だ。孤児院は江戸城戦により親を失った子供の保護で手一杯であったし、商人達は見返りの要求や国内情勢の更なる混乱を恐れ、国外からのまとまった援助を受けたがらない。
「どうして!? 物資が不足すれば、責任問題以前に国が滅ぶんでしまうかもしれないのに!」
 明王院月与(eb3600)が声を大にするも、御用商人は首を縦には振らない。
 現状では人の命どころか国の存続すらも危ういが、自由な商いを開放すれば商機が増加し、物資不足も解消できる、なぜわかってくれないのか、と月与の心中に悲しみすら生まれる。リンデンバウム・カイル・ウィーネもアラン・ハリファックス(ea4295)からの紹介状を携えて堺の大商人である津田宗及を訪問し、説得に当たったが結果は同じ。
 楽市楽座により商機は増えるだろうが利は薄くなる。国外の物資に頼ることはそれこそ国の存亡に関わること。御用商人達の一存で決められることでもないのだ。

●中立の危うさ
 江戸城内。城主である伊達政宗の前には伊勢誠一(eb9659)が臣下の礼を取り、その横にはレベッカ・カリン(eb9927)が控えている。
 話題は主に鎌倉のことであった。鎌倉を中立に保てば、伊達源徳双方の本拠地からほぼ等距離、源氏の聖地たる鶴岡八幡を尊重する行為なれば互いの面子が保てるとして、和睦交渉の場にはうってつけであるとはレベッカの弁。誠一もそれを支持した。
「しかし源徳がむざむざと領地を手放すか?」
「細谷家もしくは鶴岡からの救援要請には応えられるよう、用意しておけばよいかと。和睦がならねばその時は――」
 思考を巡らす政宗に、誠一の言葉は柔らかく途切れる。
「いいえ、鎌倉軍以外の軍が出入りすることを禁じるべきよ」
 それに対しきっぱりと断じたのはレベッカだった。
 彼女の言うような、中立に不可侵を加えるということはつまり、源徳に占領される直前の状態と同一である。真なる中立を望むことそれ自体は容易であるが、実行し続けるのは難しい。利害の均衡が取れねば、己のみで持ちこたえることの叶わぬ鎌倉では、先のように潰されるのが関の山だ。
「策はあるのだろうな」
「占領し続けても実利に乏しい藩ですもの。此度のように通り道にするのでもなければ、無理強いはされないのではないかしら」
「‥‥そのためにも和睦の成る必要があるということか」
 非常に大きな問題がひとつある。――家康の首である。伊達が持ち続ければ和睦の妨げとなりうる上に、源徳の中には奪還を狙う者も間違いなくいるであろう。
 誠一の提案は、その首を落とした者の一人である天城烈閃(ea0629)自らが、朝廷に首を届けるというものであった。だがそれについてはこの場のみでは決められないと返事を保留される。
「今ひとつお願いが」
「なんだ」
「鎌倉のみならず全体が疲労する東海道を救済せんと、組織立った動きがあります。東の安定のためには伊達家としても協力するべきかと」
「それは構わぬが、順序を違えるなよ。組織として物や金を動かそうと思えば、運び入れる先の主から前もって承諾を得るのがすじというもの。これを忘れれば、利権や民の心を奪うための画策と受け取られても文句は言えぬ」
「肝に銘じておきます」
 こうして月与の元にひとまずの吉報が届く。東海道各藩から買い付けに来ている商人への各規制が幾分緩和され、また、彼らへ便宜を図るよう御用商人に通達が出された。

●学問の都という構想
 一、鎌倉藩の支配は、改めて一康殿ら藩主代行らに戻るべきである。
 一、鎌倉・東海道の復興の為物資供給等を行う救済組織を編成すべきであり、それに当たって藤豊家から文官派遣・御用商人への「連絡」を願う。その長には、発案者にして信用たる人物として天城烈閃殿を推薦する。
 以上、左近衛将監としてアランの記した書状である。これを携え京に飛んだ烈閃は、謁見の申請を済ませ細谷一康もしくはその名代の到着を待っていた。
「すまぬ、待たせたな」
「いや、大丈夫だ。‥‥そちらは名代殿か」
 現れたのは一康ではなく、小鳥遊郭之丞(eb9508)と厳つい武士一名。
「一康殿の教育係である雉谷長重殿だ。仕官を申し出たのだが、断られてしまってな」
 鎌倉に骨を埋めるつもりだという郭之丞には至極残念なことだったのだが、彼女は知らなかった。葱によって届けられている鶴岡八幡宮の主から一康への文に彼女を気遣うくだりがあり、それゆえに一康が慮ったのだと。
 先に謁見をしているという月与が戻るのを控え室で待つ間も、一同は鎌倉の今後に想いを巡らす。郭之丞は謁見の前に江戸で四公側と面会し中立の支持を得ようとしていたのだが、雉谷を仮設村へ送ることを考えると、江戸に立ち寄る時間的余裕が見出せなかった。
 果たして戻ってきた月与は、この瞬間にでも泣き崩れそうな表情をしていた。彼女が提案した商行為および人材の行き来の自由化、それに伴う減免処置は、いずれも受けてはもらえなかったのだ。
 戦災救助を妨げられないというお墨付きを得たはずなのになぜどうして、と繰り返す彼女は、しかしひとつ大事なことを忘れている。お墨付きを得た際に「各藩の活動に口出しは出来ないし、援助も受けられないが」と前置かれていたことを。商行為、税、いずれもその藩の根幹を担うもの。そこを変えようとするのであれば明らかな内政干渉である。
 そして烈閃たちの番が来る。
「今も多くの者が難民の救済のために動いてくれています。でも、個々の力には限りもあります。どうか‥‥」
 床に額を擦り付けんばかりに、烈閃は頭を下げる。学問の都という彼の構想を実際に動かす許可を願ったのだ。
「伊達や豊臣の有力家臣らも、私を後押ししてくれると約束してくれました。立ち上げ資金として再度一万両も用意いたしました」
 一万という大金がまたのこのこやってきたと、公家の目の色が変わる。既に前回分の大方が消えてしまったところであったと内心でほくそえむ。
「‥‥公家の方々には、協力を頼めそうな知識者や技術者を紹介していただきたい。これはその経費としてお納めください」
 だが公家の前に差し出されたのは千両のみ。前回からほとんど何も変わっていないことで以前に渡した金の使い道を察した烈閃は、特によく協力してくれた方にはより多くの金を預ける、と言い放った。
 怒り心頭に達しようという公家を、すんでのところで制したのは神皇だった。
「因幡など山陰の話と思っていましたが‥‥あなたの隣にいるのは鎌倉の者と聞きました。何故に変更するのです?」
「変更ではなく、追加です。鎌倉には木彫りの技術があります。工芸品で貿易を行い、その面で学問の都の研究成果を試す支所を置くのです。土地の賃料を前払いすれば当面の復興費用にもなります」
「この神皇が認めるという経緯を省いているとはいえ、鎌倉の今の主は、実質的には源徳でしょう。話は通してあるのでしょうか」
「それは――」
「恐れながら申し上げます」
 そう来たか、と身構える天城。彼が言いよどむより先に、郭之丞が声を発した。
「代々鎌倉を統治してきた細谷家の嫡男である一康殿が、本多正信殿とお会いすることとなっております」
「その二人が直接?」
「はい。その準備があり、神皇様に名代を送らねばならぬ無礼をお詫びする書状を預かっております。神に等しき大精霊の暴れた痕も完全には治らぬままの鎌倉で民が逃げ隠れる様を、寒さ厳しき冬本番まで見ていられないゆえ、早期決着を願って急ぎ会見されるのです」
 郭之丞が促して、雉谷から公家を通して神皇へ書状が渡される。次いで、和睦交渉の地として鎌倉が中立性を保つこと、その藩主に細谷家が立つ正当性の承認を希望した。公家達がこそこそと顔を見合わせる。
「‥‥四公は異議を唱えてはいないのですね?」
「現在は残念ながら一部家臣からの賛同のみですが、ご本人方からも近日中に必ずや」
「四公から反発がなく、源徳が納得する条件を定められるのであれば、中立の意義を認めましょう。どちらかに寄ることで成立する中立は真の中立足りえず、長くはもちません」
 あくまでも細谷を優先するわけではないことを、神皇は強調する。
「天城もゆめゆめ忘れないように。各藩から技術者を募るということは、その藩に技術者が欠けた分の苦労を負わせるということ。神皇が動きを認めたからとて支援するわけではありません、厳しい道ですよ」
「心得ています」
 頭を垂れた烈閃は、これにて謁見が終了するものと思っていた。ところが神皇の言葉はまだ続いたのだ。神皇は、左近衛将監は救済組織の長に烈閃を推しているがそれは避けるべきだ、と遠まわしに示した。
 さもあらん。源徳対象の首を落とした者が救済組織の指導者となっては、成るはずの和睦も水に流れてしまうであろうから。

●鎌倉の道
 鎌倉藩主邸に一頭の天馬が舞い降りた。藩主ジークリンデ・ケリン(eb3225)の帰還であった。
「これを配布し、離散した民に帰順を呼びかけましょう。税も減免を約束するのです」
 ジークリンデが香炉から呼び出した風の精は大量の乾餅を持っていた。その数およそ一万七千。二万個を買い付ける予定だったが、急にそんな量を集めろなんてと商人に手間賃を要求されてしまったのだ。
「木材を切り出して家屋を修復し、藩の施設も開放しましょう。職を失っている者を集めて作業に従事させ、もちろん賃金を支払えば、貧しき民も安心して正月を越せるでしょう」
 憎まれているのは知っているけれど、と彼女は言う。それでも自分は民を愛しているのだと。
 だが本多正信は諸手を上げて賛成というわけにはいかなかった。定められた税額には源徳軍を養うという理由があり、ただ減らすことはできない。いくら誇り高さを謳おうと、穴を埋める方策がないのでは、源徳の重臣達も本陣たる小田原の藩主近藤勇も彼女の案を受け入れることはないだろう。
 運搬用に貸し出す空飛ぶ絨毯と共に鎌倉の街へ飛び出していくジークリンデを見送りながら、正信は胸元から三通の文を取り出した。既に幾度か読み返したものだが、一通は誠一から届けられたもの。もう一通はレベッカからのもの。二人とも政宗の確かな賛同は得られなかったために計画を変更して書状を送るのみに留めたのだが、その求めるところは、前者が「状勢を読める正信殿なればこそ」とまずは戦を終わらせること。後者が鎌倉からの源徳軍撤退と細谷家への返還及び中立化への協力である。
 残る一通は日向大輝(ea3597)から。神皇より東の戦を鎮める命を受けた者として、やはり鎌倉を細谷家へ還すことを提案している。誠一やレベッカと異なり点としては、より源徳の主張に沿おうとしているようだ。源徳の訴える四公の非道、すなわち四公が江戸を奪ったことと同じことを他藩に行ったままではいけない、と。
 未来の戦を防ぐため、そして源徳の戦いが正義のためであったというのなら、鎌倉藩を返還し細谷家と和睦を結んでいただきたい。十六日、藩主邸へ伺う、よい返事を期待している――大輝の手紙はそう締めくくられていた。

 当日、正信はジークリンデを同席させるか否かに悩んだ。しかし彼女の意志は既に確認しているし、民の反感を受けつつも家屋修復の現場に向かう彼女を呼び止めることなどできなかった。
 そして昼過ぎ。来客を告げられる。大輝そして女ものの着物で顔を隠した一康の、たった二人による訪問であった。
「まずはこの場に通していただいた礼を」
「鎮定者殿の頼みでは断れますまい。‥‥そちらが細谷の」
「一康といいます。病床の父の代わりに、細谷とそれに従ってくれる皆のためにここへ来ました」
 庭に臨む一室は正信によって人払いされた。社交辞令じみた簡単な挨拶が済んだ後は、互いの眼を見据えるのみの時間が続く。沈黙と緊張。
 それらを打ち破ったのは一康だった。
「‥‥この武士の世にあって、あなたがた源徳が鎌倉藩を攻め落としたことについて、間違っていると評するつもりはありません」
 落ち着いた、けれど固い声に、正信はまだ何も返さずじっと耳を傾ける。
「私達にも足らぬところがありましたし‥‥勝者がよい働きをした臣下に領地を分け与えるのも、武士の理ですから」
「ならばなぜ返還を求めるのだ」
「あなた方では鎌倉の民を第一には考えていただけないからです」
 藩主邸までの道中で施し等の話も耳にしたが、先を見据えるには不十分であるとも聞いた。そして源徳は本拠地が別にある以上、その地と鎌倉が天秤にかけられた際にどちらが優先されるかは明らかである――というのが一行の言い分だった。
「戦が落ち着けば、いずれは鎌倉の民も潤うことになる」
「それはいつのことですか? 確かに細谷が治めていた時も民の暮らしは思わしくありませんでした。けれど今ほど民の笑顔が見られなくなったこともありませんでした。ですから私は冒険者の案に乗せていただくことにしたのです。もちろん、あなた方にも四公にもそして神皇様にもそれぞれの思惑があるでしょうが‥‥示された落としどころを拾い上げていただくわけにはいきませんか」
 正信は若き大輝が調停者であることにも驚きを覚えていたのだが、その大輝と同じ年頃である一康が捨て身で自分に立ち向かってくることには、成る程これこそ鎌倉の民が細谷を慕う所以かと、顎を撫でた。

●雲の流れる先
 烈閃をはじめとする神皇に謁見した者達は、再び転送の護符を使用して、江戸に到着していた。今か今かと帰りを待っていたアランと誠一、レベッカがすぐさま彼らを出迎える。アランからは部下と共に救済組織の編成や物資供給の準備を始めたこと、誠一との協働により藤豊伊達間の意思疎通が図られていることが告げられた。これには主に月与が頬を緩ませる。
 ではこちらもと烈閃らが謁見の結果を説明すれば、今度はアランの眉間に皺が寄った。
「神皇様のお言葉に反するわけにいかないのがつらいところだな」
 だがつらいばかりではないと差し出された文。差出人の代わりに銀杏の葉が描かれている。暗号めいた文面だが読む者が読めば、一康と正信との会見はまずまずの感触であったと書かれているのがわかった。
「鎌倉が貴方達の手に戻り、自由と中立が戻らんことを」
 郭之丞に護衛され仮設村へ帰還する雉谷にアランがかけた言葉である。