とりあえず‥‥耐えろ。
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■ショートシナリオ&プロモート
担当:言の羽
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:0 G 31 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:08月28日〜08月31日
リプレイ公開日:2005年09月07日
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●オープニング
ぼえ〜♪
早朝。少女は騒音で目が覚めた。
手で耳をふさいでもなお頭がくらくらするほどのその騒音は、騒音の作成者にとっては実は騒音でもなんでもないことを彼女は知っている。かの作成者、つまるところ少女の兄であるわけだが、彼はこの騒音を歌だと言う。
歌。歌とはもっと心に響くものではなかったか? 安らぎや温かさを与えてくれるものではなかったか?
少女はいつも思う。これは歌ではない。歌であるわけがない。ただ歌の形式を借りているだけで、やはり騒音でしかないのだと。
ぼえええ〜♪
眩暈がする。シーツを握ってこらえる少女には、そんな自分の手すらも霞んで見えるのだった。
◆
「‥‥え? おにいちゃん、今、なんて‥‥」
「だぁかぁら、俺様の独唱会を開くって言ったんだよ。最近やってなかったからなあ。みんな久しぶりに俺様の歌を聞きたくてうずうずしてる頃だろうさ」
兄のうきうきする様子を見るなり、少女は愕然とした。
あれは独唱会なんて素敵なものではない。我慢大会だ。あの騒音にどれだけの時間耐えられるかを、聴衆同士で競う場だ。
気に入らないことがあるとすぐ力に訴えようとする兄を恐れ、近所の子供達も最初はしぶしぶ参加していたが、じきになんやかんやと理由を付けては断るようになった。もし今回開かれる独唱会の日時を伝えても、はぐらかされて終わることだろう。
「さーて、衣装を作らなきゃな!」
誰も聞く者のいない独唱会になっては、兄がどれだけ怒り狂うことだろう。
――いや、それ以上に哀れだ。かわいそうだ。
少女は確かに兄の発する騒音を迷惑だと感じているけれども、それだけだ。普段は自分にとても優しくしてくれる、素晴らしい兄なのだ。
独唱会の最後、拍手の嵐を受けるのが兄の最大の楽しみであり喜びであることも、彼女は知っている。だからこそ決心する。独唱会を成功させてあげよう、と。
そして少女はなけなしのお小遣いを持って、冒険者ギルドに向かうのであった。
ぼえええええええええええ〜〜♪
後ろでは兄の歌声が絶好調だった。
●リプレイ本文
●準備〜一日目
チップ・エイオータ(ea0061)とイリヤ・ツィスカリーゼ(eb0603)は早速出かける事にした。会場がその辺の空き地だと聞き、音には音で対抗しようと考え、付近の住人に大きな音を立ててほしいと頼むつもりなのだ。
しかし家の中から出てきた少年は、話を聞くなり、関わりたくないと即答した。
「あいつの独唱会になんて行かないからな!」
「僕達は別に、参加してほしいわけじゃ――」
「うるさい、もう帰れっ!」
イリヤの目の前で、扉は一方的に、そして乱暴に閉じられる。
少年はおそらく独唱会の参加経験者なのだろう。まるで死に直面したかの如き怯えた様子に、嫌な予感をびしばし感じつつ、それでもチップとイリヤは次の家に向かう。しかし予想通りというか、どこの家でもあの歌に関わることを拒否。独唱会への不安を煽られる結果となった。
「もっとしっかり引っ張れよ」
「はっ、はい!」
一方その頃。会場となる空き地ではジークリンデ・ケリン(eb3225)が、設営をしている騒音の作り手、ジュリアンの手伝いをしていた。
彼女自ら申し出たことではあるが、力に自信があるわけでもない。ジュリアンが打ち立てた杭に彼の家から持ち出されたシーツを引っ掛け、会場を囲う。本当なら身銭を切って豪華な天幕や絨毯をあつらえたかったのだが、ジュリアンに断られてしまったのだ。
「知らねぇ奴から金もらったなんて母ちゃんにバレたら、叱られっからな。うちの母ちゃん、怒ると怖ぇんだよ」
変なところで子供らしいジュリアンにジークリンデは微笑む。その割には独唱会を毒唱会、歌を毒音波と密かに表現していた。
一日目の夜は食事会が開かれた。たっぷり栄養を取り、体調を整える必要がある、とライラック・ラウドラーク(ea0123)が提言したからだ。
「このライラさんの手料理を食べられる機会なんてそうそうないからね。よぉっく味わって食べなよ?」
テーブルに並べられた料理は見栄えよく、口に運べば次が欲しくなる。簡単に言えば、美味い。
ところが食べる事ではなく他の事を優先する者がいた。カメノフ・セーニン(eb3349)である。
「ライラちゃんはエプロン姿も可愛いのぅ」
「ありがとな、カメノフのジジイ。そのまま擦り寄ってきたりしたらあたしの拳が火を噴くぜ」
爽やかな脅しも交えつつも、食事会は大盛況だった。
●準備〜二日目
チップとイリヤは懲りずに近所回りを開始した。今日は犬を飼っている家を見つけては、散歩ルートを変えてもらうように頼む。ただし昨日の反省から独唱会のことは内緒にして。
「あそこの通りで事故があったんだって。片付けられるまでに時間かかるし、ワンちゃんが破片を踏んだら大変だよ」
訝しがる人もいたが、イリヤの嘘八百な説得によって渋々承諾してくれた。
長寿院文淳(eb0711)はこっそり会場を覗いていた。ジュリアンの歌声が実際にはどの程度のものなのか、事前に確認しておこうと考えたからだ。イリヤがせっせとシーツにひだを作っているのを遠目に観察しつつ、今まさに発声練習を始めようとしているジュリアンを発見する。ごくりと唾を飲み込んだその時。
ぼーえーえーえーえー
低い音程から高い音程へ、順に発声していく。まだ本気を出してはいないようだが、文淳に耳を塞がせるには十分だった。この場にジュリアンの妹がいたなら、これくらい序の口だと教えてくれたかもしれない。
(「すみません‥‥ジークリンデ殿‥‥私は、先に行きます‥‥」)
長居は無用と判断した文淳は、そそくさと会場を後にした。皆より一足早く気絶体験したジークリンデを置いて。
自分の棲家に篭って幼き頃からの記憶を思い出していたのはルシフェル・クライム(ea0673)。歌に負けないよう、歌に意識が行かないよう、楽しかった事ばかりを思い浮かべて時が過ぎるのを待とうというのだ。今はその下準備。誰よりも真剣な表情で、拳を握り締め、瞼を閉じる。
「この依頼、人生最大の試練となろう‥‥」
決意を胸に、大切な女性を思い描く。彼女のためにも、私は必ず帰ってくる。
――左手の薬指に光る指輪が、ルシフェルに力を与えてくれる。
後はよく食べ、よく眠るだけ。苦行に備え、早々に一同は床についた。
●本番〜耐えてみせろ
膝を抱えて座る冒険者達の額には、緊張のあまり汗が伝う。満を持して登場したジュリアンは、変な刺繍を施した服に細長い布を大量に縫い付け、上手とは言えない色とりどりの化粧もばっちり。貫禄のある体型が威圧感を醸し出す。
「お前等、よく来てくれたな。ジュリアン様の独唱会の始まりだぜぇっ!」
高らかに宣言するなり、ジュリアンはリュートをかき鳴らし始めた。もちろん耳障りな音であり、カメノフが思わず悲鳴を上げかけたが、シャツの裾を握り締め、何とか堪える。他の者がそうせずに済んだのは、耳栓をつけて破壊力を和らげていたからだ。
さあ我慢大会、スタート。
ぼええええええ〜
耳から入ってくる音は緩和されているはずなのに、腹にはずしんと重く響く。
(「おいらは最後まで諦めない‥‥っ」)
(「なんて破壊力だ‥‥ポーションの瓶にヒビが入ってる!」)
(「まさか‥‥これ程‥‥とは‥‥」)
(「これも一種の戦い‥‥?」)
(「音程ではなく‥‥心の叫びに耳を傾ければ‥‥」)
(「昨日のダメージがまだ残っていますのに‥‥」)
歌というからには歌詞がある。だが歌詞を聞き取るほどの余裕は誰にもない。
ターバンで耳を覆う者、水が音を吸収すると聞いて濡らしたハンカチと水桶を抱きしめる者、毛皮の帽子を目深に被る者――どうにか耐え抜こうとする面々だったが、一人だけ己の欲望に忠実な者がいた。やはりというか、カメノフだ。カメノフが気絶するふりをしてライラの胸に倒れこもうとしている。胸の感触を思い浮かべ、いざ!
「やっぱり来やがったね。オラッ、リタイヤさせてやるぜ!!」
カメノフの髭が視界の端に映ると、ライラはくるりと向きを変え、握り固めた拳を容赦なく繰り出す。
どすっ。――カメノフ、脱落。
一時間経過。
文淳の顔色が危険。どう見ても危険。
(「‥‥甘い‥‥考えだったのでしょうか‥‥」)
滴る脂汗。実は文淳、ジュリアンの行動に反応を返せるようにと、耳栓を浅く装着していた。おかげで他の人の音遮断率が80程度のところ、文淳の場合は50〜60しかない。歌がよく聞こえる分、もちろんダメージも大きい。そもそもジュリアンは歓びと共に歌っているのだから、文淳が聞こうとしていた心の叫びなど一向に聞こえてくるはずもなく。
(「リアクション‥‥リアクションをとらなければ‥‥」)
ちょうど14曲目が終了した事を知らせる合図がチップから届き、文淳はとにかく手を叩いた。そして糸が切れた人形のように、ふらぁっと静かに倒れこんだ。――文淳、脱落。
二時間経過。
そろそろジークリンデが危険地帯に突入した模様。青い瞳が潤んでいるのは見間違いではなかろう。
ジークリンデは以前、ある村の為魔物を退治する依頼に参加した。見事成功を収め、行われる事になった儀式にて舞を鑑賞するはずだったのだが‥‥何をどう間違えたのやら、この依頼に参加表明してしまった。
(「見たかったのに見たかったのに見たかったのに」)
行き場のない憤りを、その時の依頼人の顔を思い浮かべ、投げつける。完全に八つ当たりだ。
すると脳裏でその人がにかっと笑い、勝手に喋りだす。
『綺麗な女性の玉の肌は宝ですよ!』
あまりに間抜けなセリフにより、一気に脱力するジークリンデ。隙を突いて一際大きな歌声が彼女を襲う。涙が散り、日光を反射して煌めく。――ジークリンデ、脱落。
三時間経過。
刃物で自らを傷つけ、痛みで気を紛らわせるチップとイリヤの服に赤い色が目立ち始める。
四時間経過。
チップが気づく。最早痛みに麻痺してしまっている自分に。
(「おいら、ダメかも‥‥」)
せめてジュリアンの前では倒れまいと、果敢にチップは立ち上がる。重い足取りで空き地を出て行き‥‥倒れた。
(「うわーん、ワンちゃんも気絶しちゃったんだーっ」)
イリヤも気づく。散歩する犬どころか人っ子一人、空き地の側を通らないことに。
健気なイリヤはそれでもジュリアンにエールを送る。ジュリアンは喜び、木箱の舞台を降りてきて、イリヤにもっとよく聞いてもらおうと喉を震わせた。予想外の事態にイリヤのダメージは跳ね上がる。最後まで頑張るという意気込みも虚しく、目の前が真っ暗になった。
――チップとイリヤ、脱落。
五時間経過。ジュリアンがノリにノっているおかげで当初の予定よりも長引いている。
クライマックスが近付くなか、残るはライラとルシフェル。
しかしライラの目は濁っていた。頬を抓る指にも力が入っていない。
「これが‥‥走馬灯というヤツか‥‥」
自嘲気味に微笑んで、彼女は燃え尽きた。――ライラ、脱落。
最後の一人となったルシフェルは、自分だけしか残っていないという事実も知らず、想い出の海に浸って恍惚としていた。
「ああ‥‥貴女と二人でこんな時間を過ごせるとは」
一体どんな時間だ。
かと思いきや、驚愕に青ざめこう叫ぶ。
「それを食べるのはさすがにどうかと思うのだがっ!?」
‥‥何を食べているのやら。
「おい」
「いやしかし、そんなところもまた貴女の魅力というか」
「おいっ!!」
耳元で声を荒げられてようやく、ルシフェルは我に返る。騒音は止んでいた。隣にいるのは愛しいかの人ではなく、ジュリアンだった。ジュリアンは汗びっしょりで、何かを要求するようにふんぞり返っている。
「ん? ‥‥お、おおっ」
静かになった空き地で、彼が何を望んでいるのか、ルシフェルもようやく気がつく。気がつけば後は簡単。腕が千切れんばかりの盛大な拍手を歌い手に贈るのみ。
こうして我慢大会は成功に終わった。ジュリアンの満足気な鼻息と共に。