私を強くして。

■ショートシナリオ&プロモート


担当:言の羽

対応レベル:1〜4lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 0 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月10日〜09月15日

リプレイ公開日:2005年09月19日

●オープニング

 私に足りないもの。

 ひとりよがりでない訓練。
 そのための師匠。
 背中をまかせられる仲間。
 敵と退治した時にひるまない度胸。
 様々な事態に対処するための経験。

 上げればキリがない。しかしそれだけ私が未熟だということだ。この事実を、私は重く受け止めなければならない。
 強くなるために。
 私は強くなるのだから。

 ◆

「依頼の申し込みは、こちらでよいでしょうか」
 長い銀色の髪を高い位置でひとつにまとめ、シャツとズボンという見るからに動きやすそうな格好で、ひとりの少女が冒険者ギルドに現れた。仕事が終わったら新しい服を買いに行こうと物思いに耽っていた年上趣味の受付嬢は、凛とした雰囲気を持つ来客に、丸めていた背を伸ばした。
「先日は父、ラルフ・パーセライトがこちらにお邪魔したそうで」
「‥‥ああ!」
 ぽんと手を打つ受付嬢。
 ラルフ・パーセライトとは、先日受付嬢が至極気に入り、だがあっという間に砕けて終わった夢の対象である。体を鍛えることが好きな娘が魔物退治に出かけてしまった事を知り、連れ戻してくれという依頼を出してきた。
「ということは、あなたが連れ戻された娘さん?」
「正確には、父の依頼でやってきた冒険者が魔物を退治してしまったので、私も帰るしかなくなったのですが。‥‥まだ自己紹介していませんでしたね。セレナ・パーセライトです」
 あの時ラルフから聞いた話では、娘は16歳のはず。しかもある程度稼いでいる商人の一人娘ときたら、わがままほうだいであってもおかしくなさそうなのだが――受付嬢の目の前に立つこの少女は、姿勢が良く、礼儀正しく、そしてどこまでも固い。そんな印象を受ける。
 父親があんなに心配するのも無理はない、と受付嬢はこっそり苦笑した。
「私の顔に、何かついていますか」
「いいえ、何も。‥‥それで、どんな依頼を申し込まれたいのですか?」
 苦笑した直後ににっこり笑う。これこそ年上趣味の受付嬢の得意技。
 それに対して少女は表情を緩めることなく、淡々と告げる。
「私を強くしてほしいのです」



 ――私は、強くならなければならないの。

●今回の参加者

 ea0604 龍星 美星(33歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea3761 鳳 蒼龍(41歳・♂・武道家・ジャイアント・華仙教大国)
 eb0603 イリヤ・ツィスカリーゼ(20歳・♂・ナイト・人間・ロシア王国)
 eb1023 クラウ・レイウイング(36歳・♀・ファイター・人間・イギリス王国)
 eb2002 山吹 葵(48歳・♂・陰陽師・ジャイアント・ジャパン)
 eb3260 賀上 綾華(27歳・♀・浪人・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●再会と初見と
「久しぶりネ、セレナ。元気してたカ?」
 にこにこしながらやって来た龍星美星(ea0604)に、セレナ・パーセライトは目を輝かせた。だが美星の後ろにいるクラウ・レイウイング(eb1023)と賀上綾華(eb3260)を見つけるや否や、嫌そうな顔になった。その変わりようにクラウは肩をすくめ、綾華はセレナを見据える。
「お久しぶりです。鍛錬を積めと口にした以上、私もお付き合いするのが筋というものでしょう?」
 早速火花を散らしかねない二人。その険悪さをものともせず、イリヤ・ツィスカリーゼ(eb0603)が間に入り、ぴょこんと頭を下げた。
「僕、イリヤ! よろしくね、セレナお姉ちゃん♪」
 問答無用でセレナの手を掴み、上下に振る。握手のつもりらしい。
 毒気を抜かれたセレナは微笑み、更に後ろにいた鳳蒼龍(ea3761)と山吹葵(eb2002)も含め、一人が訓練するには十分すぎる広さの庭へと案内した。

 一番手はクラウ。落ちていた木の枝を拾うと、まっすぐにセレナへ向けた。
「お前程度の実力では愛剣を使うまでも無い」
 枝を振り、セレナを誘う。その動きは挑発的。セレナは拳を構え、クラウに突っ込んでいく。
 大振りの拳。クラウはそれを左腕で受けると、体をずらし、枝でセレナの膝を弾いた。
「くぅっ‥‥」
 眉をしかめるセレナだったが、痛みからではない、簡単に一撃を受けた自分が情けないからだ。相手の得物が枝でなく彼女の愛剣だったなら、既に片足が使い物にならなくなっている。
「いい目だ」
 クラウとて、自らを強いとは思っていない。まだ修行中の身だが、だからこそ知っている。未熟な者ほど強くなるチャンスがあると。己の未熟さを知る度に、己を高められるのだから。

●訓練内容抜粋1
「『強さ』や『力』に過度の幻想を抱くな」
 自身を冷酷で口下手と評する蒼龍は、しかし強さについて言及する。
「どんな理由をつけても、『力』とは他者を傷つける凶器、『戦い』とは相対する命を傷つけ殺める行為」
 彼とセレナは庭に椅子を出し、授業を行っていた。
「どれだけ強さを手に入れても、できる事には限りがある。護りたくとも護れない事もある。それでも戦いの場に立つ『覚悟』、それこそが『強さ』であり、それ以上でもそれ以下でもないと、俺はそう思う」
「覚悟‥‥」
 真剣な眼差しで、セレナは蒼龍の言葉を繰り返す。頭で理解できたのなら後は本人次第なので、蒼龍は彼女の頭に軽く手を載せるのみにとどめた。簡単に潰れてくれるなよと、そんな気持ちを込めて。手のかかる妹に対する兄のようなものかもしれない。
「で、なんであんたまで俺の話を聞いてるんだ」
 話の区切りがよくなった所でようやく、彼はセレナと並んで座っている葵にツッコミを入れた。
「いやいや、こう見えて拙者は格闘に於いて素人故、セレナ殿と共に学ぼうと思った次第でござるよ」
 葵は慌てて否定する。何を否定しているのかは本人のみぞ知る。
 とはいえ葵の表情にどこかしら邪なものがある事を感じ取り、蒼龍の背筋を悪寒が通る。
「じゃあ尋ねるが。あんたは『強さ』を何だと考える?」
 その悪寒を振り払うためか、あえて蒼龍は葵に話をふった。
 すると葵は待っていたとばかりに身を乗り出す。
「鳳殿と同じく、単に『戦闘における力』が『強さ』なのではないと思うでござる。時には引くこともまた、『強さ』なのではござろうか」
 この依頼を受けた時点で、彼なりに考えてみたのだろう。葵の口からは思いの外すんなりと言葉が流れてきた。
「それに、肩肘張ってばかりいると見えるものも見えなくなるでござる。物の怪の中には闘いにおける力は弱くとも、人を騙す術に長けた者もいるとか。そういった輩に付け込まれないよう余裕を持ち、視界を広くとっておくことも必要でござる」
 占い師をしているだけあって、葵の言葉には道を示すような響きがあり、かといって押し付けがましくもない。
 セレナは葵の言葉も繰り返す。噛み砕く事で、吸収しようとしているのだろう。――自分の立ち位置を定めるために。

●訓練内容抜粋2
「自暴自棄の蛮勇は不要です」
 木剣に布を巻きながら綾華は語る。
「思い、悩み、苦しみなさい。身体だけでなく、技だけでなく、心まで鍛えた先に求める強さはある。私はそう思います」
 行きます、と宣言した矢先に、間合いを詰めて、剣を振る。彼女の間合いはセレナのそれよりも広く、反撃の機会を与えない。
 避けるしかない。だが避けきれず、切っ先はセレナの頬を掠る。
 セレナは苛立つが、以前の実戦で冒険者を見ていて回避技能の重要性を知ったので、これも訓練と割り切り、ひたすらに身をよじる。実戦の雰囲気を感じ取るも、ほんのわずかな力の加減を察し、怯えるより先に、更に苛立つ。
「張りつめた糸より、時には弛めながらも寄り合わせた縄の方が強い‥‥そういうものです」
 正論は時に人の心を逆立てる。
 私はこの人を嫌いではない――セレナは思う。反面、好きかと問われればそれはまた別の問題であり、今は、わからない、と答えるしかない。

●息抜きも必要
 夕食後。談話室にてゲーム大会が催された。発案者はイリヤ。ゲームを通して連帯感を高めると共に、戦略を練り的確な判断をこなす経験をしてもらうためだ。
「夜は気分転換して和やかに過ごそーよ!」
 ゲームの道具自体はパーセライト家にも数種類常備されているが、イリヤはその中からトランプを選んだ。
 セレナの部屋に集まり、ルールを知らない者に教えながら遊びに耽る。そのセレナの部屋というのが、彼女自身の手で訓練室へと改造されているので、女性の部屋なのに可愛げはない。あるとすれば、プレゼントされたぬいぐるみが数点飾られている点。
「何だ、これはっ!」
 カードの巡りが良く、真っ先にあがって暇を持て余していたクラウが、突然大きな声を出した。わなわなと震える彼女の手には、大きな熊のぬいぐるみ。
「父がくれた物です。技の練習に愛用しています」
 ぬいぐるみはセレナの言葉を裏付けるように少々ぼろっちいが、愛らしさが損なわれる程ではない。
「これに技をかけているのか!?」
「ええ。それが何か?」
「こんなかわいいものにそんな‥‥」
 信じられないという表情で、クラウはぬいぐるみに抱きついた。そしてあまりのふかふかさに目を閉じる。
「じゃあクラウお姉ちゃんは抜けるとして、もう一回しようよー♪」
 イリヤが慣れた手つきでカードを配り、二回戦が始まった。

●訓練内容抜粋3
「ホラホラ、起きるアルヨ!」
 突然布団を奪われたセレナは、目を白黒させながら飛び起きた。
「さっ、一緒に走りこみスルネ♪」
 外はまだ薄暗く、鶏さえまだ眠っているだろう。
 それなのに先回りしてセレナの洗顔の準備までしている美星は、文字通り朝飯前の修行を始めようと言っているのだ。
「美星さん‥‥いくら何でも‥‥ふぁぁぁ」
 つい欠伸をしてしまうセレナ。連日の訓練が響いており、体は重い。しかし美星は容赦なく、寝台から彼女を引き摺り下ろした。

●潜む事情
「俺は全力でいく」
 その日の訓練を蒼龍はこの言葉で始めた。
「死にたくなければ、俺を殺すつもりでこい」
「そんなっ‥‥」
 もちろんセレナはうろたえた。誰だって急にそんな事を言われたら驚くに違いない。
 無理だと答えようとするが、次の刹那。肌が切れそうな音と共に視界が遮られる。
 体の動かない彼女の眼前に、ぴたりと拳が突きつけられていた。
「今のでお前は死んでいるぞ」
 首筋を伝う、冷たい汗。渇いた喉では満足に息をする事もできないセレナを気遣い、近くで様子をうかがっていた葵が、彼女を椅子に座らせる。
 蒼龍は死に直面する事に慣れてもらおうとしただけなのだが、あまりに安直な方法だったようだ。彼女が生きてきた時間の中で死について考えた回数は、決して多くない。この訓練を行うには暫しの時が必要であり、段階を踏むべきだったのだ。
 今後の訓練についての熟慮を開始しようとして、蒼龍は自分達に向けられる視線に気づいた。屋敷の二階の窓から眺めている者がいる。ある程度齢を重ねた女性だが、壁に寄りかかる事でようやく立っているようで、どうも危うい。
「お嬢ちゃんの母親、か?」
 向こうも蒼龍に気づいたのか姿を隠してしまったので、それきりになってしまった。

 同じ頃。美星はダイニングで茶を嗜んでいたセレナの父、ラルフを発見していた。
「隣いいカ?」
 父親ならばセレナが強さに拘る理由を知っているのではと、こっそり話を聞きに来たのだ。
「‥‥セレナが強くなろうとするコト、もしかしてお母さんト何か関係あるネ?」
 美星の分の茶を運んできた使用人の気配がなくなると、彼女は告げた。
 ラルフはまじまじと美星の顔を見つめ、ふっと笑みを零した。
「な、何アルか」
「よくおわかりになったと思いましてね」
 それからラルフが語った事は、以下に要約される。
 セレナは小さい頃から体を鍛えるのが好きな子だった。単に格好いいと思ったかららしい。
 強くなりたいというの想いが病的なまでに強くなったのは、母親と出かけた先で野盗に襲われた時からだ。幼い彼女を庇い、母親が傷だらけになったのだ。通りがかった剣士に助けられたものの、母親はその時の傷が元でうまく歩けなくなった。
 大切な人を傷つけずに、守られずに済む強さ。セレナが欲しがっているのはどうやら、そういった強さのようだ。
「娘がお慕いしている貴女だからお話したのです。私が話した事は、どうかご内密に」
 美星の目には、ラルフがとても辛そうに映った。

 依頼期間最後の日。
「これを使いこなせるようにしっかり修行をするのだぞ」
 珍しく微笑するクラウの手から、セレナにナックルが手渡される。素手を武器とする彼女のために、わざわざ持ってきたのだ。
「‥‥ありがとう‥‥」
 思いもよらない贈り物に呆然とするセレナの口からはお礼の言葉がついて出る。
 続いて美星も、こう言った。
「セレナの事、アタシはもう仲間と思ってるヨ」