●リプレイ本文
その日の空は、風が冷たく澄み渡っていた。雲の殆ど無い黒とも蒼とも形容できそうな夜空には明るく光る月が浮かび。
月明かりに照らされる、かつて生きていた『それ』。長く連れ立った相棒を肩に担ぎ、ようやく現れた敵の気配にカタカタと‥‥笑った。
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迷惑極まりない。カナリー・グラス(ea8206)とプリムローズ・メアリ・リデル(eb6900)の意見はピッタリ一致した。
「ズゥンビとりがズゥンビに‥‥って、冒険者のクセに情けないわねぇ」
「自分の仕事くらい自分で片付けなさいって話よ。せめて私達の手で葬ってあげましょう」
予めギルドにて、不死者になったと思われる冒険者の情報などを集めてから村へ向かった彼女らが到着すると、早速村から借り受けた一時の宿にて情報交換と作戦の打ち合わせが始められる。
村人の不安を最小限に留め、最悪の場合戦える者が一人でもいた方が良い。セブンリーグブーツを履き誰より速く到着したアシュレイ・クルースニク(eb5288)は、不死者たちが出没する時間帯や場所についての情報集めの結果を報告する。
「出現する場所も時間も、ほぼ一定しているようです。時間に関しては多少の前後はあるようですが、場所に関しては常に固定。村の南側の、ちょうど私たちが来た方向からですね」
村の周囲の様子を簡単に表した地図の上で指し示すのは、村の入り口からほんの少しだけ離れた地点。
同じ地図の数箇所を指しつつ、現地でも一度実物を見てほしいと言うのは香月睦美(eb6447)。トラップ設置やカモフラージュに多少の知識がある磧箭(eb5634)の指導の下、村へ到着し次第準備していた落とし穴だ。メル・レゾン(eb6752)やエリヴィラ・アルトゥール(eb6853)も扱いなれた武器を土木用品に持ち替え、一般人よりずっと優れた体力を武器にゴリゴリ掘り進んだ。
ウェルリック・アレクセイ(ea9343)は同じクレリックのルル・ルフェ(eb6842)と共に村人との対話に時間を費やした。ウェルリックは村人たちの不安の解消のために話を聞いてまわり、ルルは万が一自分たちが返り討ちに遭った場合の対処の仕方などを村の狩人に話したりした。
「ところで、不死者になった冒険者についてなのですが」
とウェルリックが村人から聞いた話について話し出す。
ズゥンビ退治にやってきた冒険者は、一人目はまだ駆け出しに毛の生えたレベルの冒険者だったらしいが、村を守るのだという情熱は人一倍強かったのだという。その気持ちや優しい語り口から村人は彼に好感を持ち、帰ってこなくなったことを悲しんだ。
二人目は、一人目の冒険者が倒れたことで依頼書の情報以外にも何かある可能性があるとしていわゆる中堅レベルの冒険者がやって来た。彼も正義感に燃える若者で、勇んで森の中へ入っていき帰って来なくなった。
「それが何か依頼に関係あるの?」
と、カナリーが尋ねる。村へ到着した時にパッと見た限りだと柵はせいぜい小動物を防ぐことが出来る程度の貧弱さで、不死者を押し留めていたとは考えにくい物だった。不死者の行動パターンを把握する手がかりになるかもしれない。
その問いには、ルルが推測ですがと前置きをしてから答える。
「彼らはまだ、村を守って戦おうとしているのかもしれません。自分の命が無くなったことに気付かず、森の中を巡回し続け、気付くといたズゥンビを仲間と思い込み、村の近くまで来ると「ああ、まだ無事だ」と満足してまた戻っていく‥‥」
「そして、やって来た冒険者を敵だと思って退治しに来る、ということで御座るな?」
ええ、と磧の言葉に頷き。流れていく多少の沈黙。破る声。
「まったく、そんなことはどうだっていいのよ。私たちにとってはただの敵。不死者なんかに同情する義務も余地も無いの!」
プリムローズはそう言い放つと、愛用の斧を片手に持って外へ出て行く。覗いた外の景色はだいぶ暗くなってきていて。磧も急いでランタンを持つと、プリムローズと共に森の索敵へと向かう。
「同情する気持ちもありますが、現に村人たちは脅威を感じています。灰は灰に、土は土に。迷いを払ってやりましょう」
アシュレイの言葉で残った皆も腰を上げると、罠の仕掛けられた待ち伏せ地点へと向かう。
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煌々と辺りを照らす篝火。その揺らめく明かりが、かつて瞳のあった空洞に映るのか。
カタカタ、カタカタと体を鳴らしながら、担いでいた槍を両手に持ち直し。
彼らが依頼された敵の数は4体。1体を打ち倒したところで仲間が1人増えた。
そして、今目の前に、もう2体の敵が現れて。
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少しずつ近づいてきていた、森の中では普通聞かれない音の主が目の前に現れる。プリムローズと磧のランタンの明かりに照らされて浮かび上がったのは既に臨戦態勢で早足に近づいてくる2体のスカルウォーリアー。他のズゥンビは動く姿は見えるがやや後方にいるようだ。
「スカルウォーリアーの速度に合わせて下がるで御座る。そうすれば陣に到着した時点である程度の分断が果たせるで御座る」
「分かったわ」
スカルウォーリアーの歩調に合わせ、槍の射程から外れた位置を保ちつつ後退する2人。乱立する木々が徐々に疎らになっていって、一気に広がる視界。
磧がランタンと武器を持ち替えに走り、振り返るプリムローズにエリヴィラ達前衛が並び立つ。すぐさま現れる骨の戦士。しかし。
「襲いかかってこない?」
森と村の境界線辺りで停止する2体。すると次第にズゥンビたちが追いついてくる。
「小癪だな」
メルの片方だけ赤い瞳が射抜くように数の揃う敵を見据え。
「その間にこちらの用意も整ったで御座る」
前衛最前列に復帰する磧。同時に、一斉に向かってくる不死者たち。
事前に幾つか掘っておいた落とし穴は最低限の効果は発揮した。陣の前どこから現れてもいいように分散して掘ったせいで、一箇所からまとまって歩いて来た不死者たちは多くには引っかからなかった。それでもスカルウォーリアーとズゥンビ一体ずつが落ちたのは運が良かった。両手の塞がっていた骸骨は受身もとれず、香月が油を仕込んだ穴などは彼らの復帰を著しく遅れさせた。
残った骸骨は前に出ていた香月に向かった。始めから骸骨の相手をすることを考えていた彼女は全体から少し離れた位置に少しずつ誘導しながら、一対一の構図を作る。同様に骸骨の引き付け役を担当しようとしていた磧は、落とし穴からまだ立ち直らない骸骨を相手するため大きく回りこむ。
一直線に奔る電光。カナリーのライトニングサンダーボルトがズゥンビの一体を直撃し、同様に射程内に入ってきたズゥンビにウェルリックのブラックホーリーが見舞われる。簡易柵の内側から後衛役の冒険者たちが誤射に注意しつつ魔法を放つ。アシュレイとルルは柵の外側で、いつでもけが人を治療できるよう待機している。
痛覚の無い不死者たちは体の部位がひとつふたつ吹き飛んでも構わずに向かってくる。後衛魔法職メンバーに被害が出ないよう前に出るメル。十字の剣と盾を構えると、左腕が吹き飛んだズゥンビとの戦闘に突入する。
乱戦となり魔法の援護の少なくなった中で、業物の日本刀「姫切」を振るって一体のズゥンビと戦うエリヴィラ。もともとの優れた戦闘技術と不死者を屠るための武器の有利、そして相手が何者であろうと油断しない彼女には既にダメージの入ったズゥンビなど敵ではなく。あっという間に不死者は真の死によって地に伏した。
見ている者がいれば最も爽快だったのはプリムローズだろう。長い柄の先に付けられた漆黒の刃が彼女の全力をもって振り下ろされ、ズゥンビを真っ二つに両断した。ズゥンビは反撃も防御も何もする暇無く、一瞬にして倒れた。
骸骨と対峙していた二人は、骸骨たちの思っていた以上に高い槍の技量に驚いていた。
磧はフェイントアタックを駆使して骸骨の戦闘力を下げようと試みたが、命中はするが痛覚を一切感じない不死者には意図通りの効果はあがらない。
香月は敵の槍の一撃を逸らして自分の刀の間合いに踏み込もうと何度か試みたが、槍の先を逸らすとすぐさま槍を手元に引き戻され、間合いを詰めようとすると強力な薙ぎ払いを受けそうになり踏み込めない。槍の真に警戒すべき点は長射程による突きではなく、勢いのついた薙ぎ払いによる体の粉砕である。腕力のある者が振るい、ろくな防具も無く直に喰らえば、即死もありうる一撃。
だが、苦戦は一対一を強いられた序盤のみだった。ズゥンビを片付けた味方が駆けつけると一気に形勢は逆転する。磧の側にはメルとプリムローズが、香月の側にはエリヴィラとアシュレイが付き、包囲しての戦闘となる。ちなみにこの時、ようやく落とし穴から這い出した最後のズゥンビにカナリーとウェルリックの魔法が時間差で連続してぶつけられ、焼け焦げたただの死体が一体増えた。
骸骨との戦闘では、一方では磧とメルが相手の注意を引き隙を作ると、背後から迫ったプリムローズが斧で粉砕する。倒れ身動きが取れなくなってもまだ武器を取ろうとする骸骨に、振るわれた磧のフレイルが止めを刺した。
もう一方の戦闘では、アシュレイのコアギュレイトの魔法で動きの止まった骸骨に香月の刀が振るわれ、利き腕と思しき右腕を斬り飛ばした。残った左腕一本で骸骨は槍を振り回し続けるが、その力無い攻撃はエリヴィラに容易く受け止められ、弾き飛ばされる。そして、止めに振るわれる不死者の天敵である刀。
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村の墓地に、新しく2つの墓が建てられた。その墓標として、墓に収められた者たちが愛用していた槍が立てられ。
ロシア王国の国教は黒のジーザス教であるが、この冒険者たちは何を信仰していたのか分からない。だからというわけではないが、ウェルリックとルル、黒と白のクレリックが同様に祈りを捧げた。この戦士たちが二度と迷うことの無いようにと。祈りの声と共に目を閉じ祈りを捧げるのは冒険者たちと多くの村人たち。自分たちの村を救うために命を散らした戦士たちへ感謝の気持ちを唱えながら。
その日の空は、風が冷たく澄み渡っていた。陽に照らされ光を反射する槍の穂先。
ようやく訪れた依頼の終わり、知らず犯していた罪の終わり。流れる風を槍が裂いて、聞こえるその音は笑っているように聞こえた。