公正な世界のために

■ショートシナリオ


担当:香月ショウコ

対応レベル:2〜6lv

難易度:難しい

成功報酬:1 G 69 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月02日〜11月07日

リプレイ公開日:2006年11月12日

●オープニング

「これは、ギルドを通した形での正式な依頼ではありません。ギルドを通せない理由のある依頼だということです。聞いてくださる意思がありましたら大体の内容を、さらにそれを聞いた上で受けてくださる意志がありましたら詳細をお話しします」
 ギルドにある幾つものテーブルの内の一つ。丁寧な、しかし時々考える仕草を合間に挟みながら。クラース・アシュバーグという人間の男は完璧に使いこなせているわけでは無いゲルマン語で、何人かの冒険者たちへそう話した。

 ・ ・ ・

 ギルドで意思の確認を、酒場で話の内容についてと意志の確認を、そしてキエフの外れにある小さな一軒屋へ招かれての詳細と、クラースは時と場所を頻繁に変えて冒険者たちと接触した。最後の集合場所である家では、サミュエラというハーフエルフの女性と初老のハーフエルフの男性アランが出迎えた。少し待たされてクラースがやって来るまでに、クラースとサミュエラは夫婦の間柄であること、アランは二人が居候しているこの家の主だということが話された。その事が、これからのクラースの話に多少なりとも関係があるからと。
「お待たせしてすいません。ニール、入って」
 クラースが促すとしぶしぶ入ってきたのは、灰色の髪の、薄汚れた服の少年。ニールという名なのだろう。その目は冒険者たちに強く突き刺さるようで。
「皆さんは知っていらっしゃるでしょうか? 一月半ほど前に、ある貴族の屋敷に宝石などを盗みに入った泥棒たちが捕まったという話を。貴族側からギルドへ依頼があり、逮捕に冒険者の力を借りた。きっと、ギルドの記録に残っているんじゃないかと思います」
 一月半前にあった事件。それは、キエフから2日ほどの街にある貴族の屋敷へキエフに住む孤児数人が装飾品などを盗みに入り、孤児たちのアジトとなっていた屋敷を半廃墟としながらも彼らを追った冒険者が無事捕まえたという依頼。結果、犯人たちは貴族の下へ引き渡された。
「その捕まえられた孤児たちを貴族から奪還するのが、僕からの依頼です」
「クラースさん、冒険者なんて信頼できない。俺たちだけで‥‥いや、俺だけでそんなのやってみせる!」
 クラースの言葉に、ニールが噛み付く。それをクラースは目で制して。
「盗みを働いた孤児たちは、罰せられて当然でしょう。罪は罪。相応の償いをしなくてはなりません。ですが」
 その貴族はその地区の官憲の手に任せず、自分たちの下へ引き渡させた。その意味するところは恐らく『私刑』。
「僕は元々、イギリスのキャメロットに住んでいました。ですが、向こうでの‥‥とりわけ父のハーフエルフに対する偏見に嫌気が差し、この国に縁のあったサミュエラと共にやって来たのです。ハーフエルフに対しても差別や偏見の無い国だろうと」
 クラースがやって来る前、サミュエラがクラースの妻であることをわざわざ問われずとも話していたのはこれに関連してだろう。イギリスで出会った二人、しかし父の監視のある国では一緒になれず。数少ない知人を頼っての駆け落ち。差別や偏見への怒り、憂い。それが、この依頼を犯罪と知りつつも冒険者たちに伝えた理由。
 方法ですが、と前置いて。クラース。
「サミュエラに調べて来てもらいました。どうやらその貴族ですが、自らの領地で自らの意に歯向かう人々を捕らえては監禁しているようです。そして屋敷に収容しきれなくなった人々に関しては、歩きで半日ほどの別宅へ移送する。この移送のタイミングを狙います」
 移送は幌付きの荷馬車で行われるとのこと。脱走を防ぐためにある程度の数の見張りはついているだろうが、屋敷に突入するよりは奪還が絶対に容易であるということ。そして荷馬車の移動ルート。
「屋敷を出てすぐのところであれば民家など障害物も多く潜むには苦労しませんが、屋敷に詰めている者たちが増援に来る可能性もありますので奪還には向きません。別宅へ到着する直前も同様です。間の道は増援などの危険はありませんが開けた街道です。怪しまれずに接近するには一工夫要ります」
 襲撃ポイントの選択はお任せします、と言って、クラースはハーブティーを一口含む。
「奪還をお願いする孤児ですが‥‥ニール」
「‥‥‥‥」
「ニール」
「3人。ミレーヌ、エドワルド、ソフィア。皆俺と同じくらいの年恰好だ。エドは銀色の、俺よりちょっと長い髪。ソフィは黒い髪でかなり長い。ミレーヌは黒のショートカット」
 それだけ言うと、また黙りこくる。一度も冒険者たちと目を合わす事無く。
「ニールは、その孤児たちと一緒に生活していたんです。そして、捕り物の時には偶然出かけていて捕まらなかった」
 話が途切れる。静けさ。最後の確認。受けるのか、止めるのか。破られない沈黙。
「分かっているかとは思いますが、この依頼に関しては他言無用でお願いします。どれだけ正義ぶった言葉を並べていても、これは罪です」

●今回の参加者

 ea6251 セルゲイ・ギーン(60歳・♂・ウィザード・エルフ・ロシア王国)
 ea8572 クリステ・デラ・クルス(39歳・♀・ジプシー・パラ・イスパニア王国)
 ea9345 ヴェロニカ・クラーリア(26歳・♀・バード・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 ea9740 イリーナ・リピンスキー(29歳・♀・ナイト・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb5646 リョウ・アスカ(33歳・♂・エル・レオン・ジャイアント・ロシア王国)
 eb5706 オリガ・アルトゥール(32歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb6447 香月 睦美(33歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 eb7876 マクシーム・ボスホロフ(39歳・♂・レンジャー・人間・ロシア王国)

●リプレイ本文

 視界の隅、遠くに一台の幌馬車が映る。おそらく、それが目標の馬車。
 布袋仮面、もとい人相がわれぬよう工夫したオリガ・アルトゥール(eb5706)が、後方に待機するサミュエラとニールに合図を送る。
 今回の作戦概要はこうだ。まず冒険者達は救出班と陽動班に分かれる。救出班は幌馬車の護衛から怪しまれぬギリギリの距離まで離れて待機し、陽動班が幌馬車の前で一騒動起こす。その混乱の中幌馬車へ侵入、救出し、セルゲイ・ギーン(ea6251)のミストフィールドの魔法発動後に全力で逃走。
 オリガたちの他に、救出班にはもう一人。マクシーム・ボスホロフ(eb7876)は街道にて旅人を装い休憩のふりをして座っている。陽動班が行動を起こした時に護衛たちが予想外の動きをし、オリガたちの進路が塞がる可能性も無きにしも非ず。念のためである。
「そろそろですね。防寒服はちゃんと馬に乗せましたし、あとは子供達を乗せるだけです」
 若く見えて母親であるオリガ、忘れ物が無いかのチェック。


 一方で、陽動側。ゆっくりと迫ってくる幌馬車に、各人得物と段取りの最終確認を済ませる。
 護送される人を奪う。言葉にすれば単純な内容に思えたが、裏で渦巻く人々の気持ちは単純ではなかった。護送されている奪還対象は香月睦美(eb6447)やリョウ・アスカ(eb5646)が以前受けた依頼の結果で捕らわれたのであり少し複雑な心中、さらに今回依頼を受けた冒険者の中でも、ニールの冒険者への憎しみの視線を自業自得だと切って捨てるクリステ・デラ・クルス(ea8572)に対し、心に傷を負っているのだからと優しい態度で接するセルゲイもいる。またヴェロニカ・クラーリア(ea9345)は不当な私刑に貴族へ憤慨する。依頼を受けるスタンスも、自身が正義と信じることに基づいて行動する者もいれば、自身の生活と依頼人の満足を第一にする者も。それでも、子供達に正しい裁きを受けさせ、正しい道へ引き戻そうとする気持ちが冒険者達をひとつに纏め上げていた。
「そろそろ動き始めようか。準備は整っているな?」
 イリーナ・リピンスキー(ea9740)の言葉に、立ち上がる一同。見つめる向こうでは、馬車の通り道に置かれた大きな石をどかそうとしている御者たちの姿。クリステとリョウが先行する。
「たっ、助けてください!」
 クリステと、その後ろからヘビーヘルムで顔を隠したリョウが幌馬車へと近づいていく。石をようやくどかし終えた御者達は一体何事かと二人を見る。と、その中で一人二人はクリステを見て「ん?」と思い。
「おったぞ! あそこじゃ!」
「もう逃げられんぞ! 大人しくそれを返すんだ!」
 何となく見覚えのある女の助けを求める声を不思議に思いつつも、それに答えを出す前にまた届く声。イリーナが小走りでクリステたちに向かって来、後からセルゲイと顔を隠したクラースが追いついてくる。
「全てはあのお嬢様の勘違いなのです。お嬢様は私が宝剣を盗んだと‥‥ですが、これは私の主人の形見、エルフの旦那様の宝剣とは別物でありますのに!」
「助けてもらえませんか。俺達は今不当に罰せられようとしているのです」
 ある意味ちょっとした当て付けのようなセリフだが、クリステとリョウはそう言って御者達に縋りつく。御者達はそう言われて縋りつかれても何の事だかさっぱりだし関係も無い、しかも仕事の真っ最中。ただ迷惑がるばかり。
「さあ、いい加減にお爺様の宝剣を返すんだ。そして正当な裁きを受けよ」
「ですから誤解です。何度も申し上げているではありませんか!」
 本当なら、誤解だと主張するなら剣を渡して見せてやれば良いのだ。だが見せずに延々と大騒ぎを続ける。それが彼女ら陽動側の仕事。出来るだけ長時間、出来るだけ派手に。
「どうしても渡す気が無いのなら、仕方ない。力尽くで取り返すまでだ!」
 イリーナが剣を抜くと、御者達もさすがに慌て始める。イリーナの部下としてついてきたクラースも槍を持つと、リョウも仕方ないとばかりに剣を構え。セルゲイは力にモノを言わせようとするイリーナを冷静に静止しようとするが、場はなかなか治まらない。今にも戦いが始まりそうだが、始まらない。緊迫した状況に、御者達も視線を集めて。
 背後の幌馬車の下から、何かが馬車内に侵入したことなど、誰も気付かなかった。


 サミュエラのアースダイブの魔法によって馬車の中に侵入を果たしたオリガたちは、そこで自分たちの計画には無かった光景を目の当たりにした。
 馬車の中にはエドワルドにソフィア、ミレーヌ。3人は連れて来られたニールによってすぐに状況を把握した。だが。
「屋敷に収容しきれなくなった人々に関しては、歩きで半日ほどの別宅へ移送する」
 そう、事前にクラースに言われていた。その時気付いていればよかったのだ。
 移送されているのは、3人の子供だけではなかった。大人も子供も、男も女も、場車内には十数人の人達が乗せられていた。
「どうするんだ‥‥全員、連れて行くのか‥‥?」
「ソルフの実も、これだけの人数を運ぶには足りません」
 マクシームの問いに、自身の力の足りなさを謝罪するサミュエラ。
「‥‥‥‥」
 時間は無い。決断しなければ。


 外の様子は混沌としてきた。
 リョウとクラースが互いの得物を持って大騒ぎしている傍ら、ひたすらイリーナから逃げるクリステ。そこに通りすがりのロシア在住イギリス風味ジャパン人となった香月がやって来て仲介に入ったが、イリーナが敵認定をしてこっちでも戦闘に。御者達はもう目の前で何が起こっていても手を出せない、口も出せない。大暴れのこの連中、時に大きく空振っては幌馬車の車輪に傷をつけたり馬を驚かせたり。嵐。そう、御者達にとってこの連中は運悪く遭遇した天災でしかなかった。
 それを少しだけ離れた木の上から見ているのはヴェロニカ。馬車馬の足止めにイリュージョンを使用しようと考えていたが石で何とかなったため、万が一計画通りの逃走が出来ない時などのために状況を見守りつつ待機していたのだ。
「時間がかかっているな‥‥どうしたんだ」
 ヴェロニカは少し前、幌馬車の下にかすかに動く影を見た。それは馬車内に侵入した救助班の影なのだが、それが入ったきりなかなか出てこない。何事か問題が起きているのだろうか。考えられる様々な事象を思い浮かべながら、自分がとるべき行動を頭の中にリストアップしていく。


「何とか助けられないか」
 マクシームが言う。皆より少し早くこの地へ着いた彼は、街中で護送馬車や貴族について住民から話を聞いていたのだ。始めは滅多なことは言えないと口を噤んでいた住民達だったが、マクシームが貴族とは何の関係も無いことが分かると、街の現状について色々教えてくれた。
 街の中は、今やほとんど活気が無い。貴族が片端から人々を連行しているためだ。酒場で多くの人が大騒ぎをしていれば何か悪事を企んでいると彼らを捕らえ、貴族の政治の変わり振りに噂話をしていれば、それが貴族の耳に入ったとたんに投獄される。権力という名の武器を振りかざし民の幸せを考えぬ振る舞いをするこの貴族に、マクシームは怒りを感じていた。
 だが、魔法での脱出は行えない。彼らを戒めている縄を切ったとて、ただ飛び出しては。
「サミュエラさん、3人を予定通り逃がして」
 ニールが言った。
「子供だけ魔法で逃がして、大人には走って逃げてもらう。外には魔法の霧のじいちゃんがいるだろ。やってもらえば少しはマシになるだろうし。‥‥出来るよな、冒険者」
 ニールのその言葉に、オリガも仕方ありませんねと同意し。
「オリガは子供達と魔法で逃げてくれ。馬の所まで連れて行くんだ。あなたは俺と違って顔を隠す用意をしていないから、それしかない」
「全く‥‥無理だけはしないように」
 ソフィアたち3人と馬車内にいた他の子供、そしてオリガを魔法で送り出した後、サミュエラはニールに魔法をかけようと探すが、その姿は馬車内には見当たらなかった。マクシームに尋ねるも、その行方は知れず。
 と、思いもしない所から、ニールの声は聞こえた。
「霧のじいちゃん、魔法だ!!」
 幌馬車の、外。


「霧のじいちゃん、魔法だ!!」
 その声に最初に反応したのは車輪付近にいたイリーナだった。何かしら問題が生じたのだろうと即座に行動を切り替え、手近にいた御者の一人を剣の柄でぶん殴る。イリーナと戦う振りをしていた香月も、すぐさま刀を返し御者へ峰打ちを見舞う。
「くっ‥‥何が起きたんだ」
 木の上にいたヴェロニカは馬車馬へ向けてイリュージョンの魔法を放ち幻影を見せる。暴れだす馬の手綱を馬車から飛び出したマクシームの投げたダガーが切断、大騒ぎの火に油を注ぐ。
 馬車の後方に、巨大な霧の塊が出現する。セルゲイはミストフィールドを発動させると、そこから急いで逃げ出す。自分たちが賊だと知れた上でしっかりと顔を覚えられては拙い。霧の向こうでは、多くの人々の足音や声が聞こえる。状況は知れた。
「逃げなきゃヤバいな、さすがに」
 他の冒険者達も急ぎ撤退を始める。追ってくる御者達は多いだろうと思われたが、意外にも数人を殴り倒すだけで追っ手は潰えた。その代わり。
「くそっ!」
「ダメだ香月、もう遅い! 貴殿も捕まるだけだ!」
 ただ一人、馬車から逃げ出した人たちの逃げた方向とは逆の方に少し離れたところで。ニールの胸から、金属の刃が突き出されていた。
 ミストフィールドやイリュージョンの効果が切れれば、御者達は急ぎ追ってくるだろう。その前にここを離れ、キエフまで戻らなければならない。
 どんな顔をしてソフィア達と会えば良いのだろうか。以前結果的に彼女らを騙してしまった香月は、もう一つ謝らなければならないことが増えてしまったように感じた。