幸せな一家
|
■ショートシナリオ
担当:香月ショウコ
対応レベル:1〜5lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 35 C
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:05月31日〜06月05日
リプレイ公開日:2006年06月08日
|
●オープニング
高く、高く、遠くまで青く透き通った空。明るい日差しの中、青年は畑を耕していた。
ザクッ、ザクッと鍬を何度か土に振り下ろしたあと、彼は鍬を地に突き立て、額を流れる汗を拭った。そして、空を見上げる。
夏もまだ先というのに、その陽射しは強くジリジリと肌を焼く。
ワーともキャーとも、歓声とも悲鳴ともつかぬ子供たちの声がさっきからずっと聞こえ続けている。その声の方向、畑から10メートルほど離れたところに一列に植わっている樹のすぐ向こう側に、彼と彼の家族は住んでいる。
平和で幸せな日々。
一緒に住んでいる両親は健康そのもの、気立ての良い妹は既に生涯の伴侶を見つけてキャメロットへと移り、月に一、二度、今日のように息子と娘を連れて遊びに帰ってくる。
その二人の孫を瞳に移した両親の、この上無い微笑みときたら。
全く、平和で幸せな日々。この幸せに両親がつけるただ一つの文句と言えば、「お前も早く良い嫁を見つけろ」ということだけ。
グッ、と大きく伸びをする。
と、青年は何かを感じ取った。違和感。何かがおかしい、と。
雲一つ無い晴れた空。
耕している途中の畑。
静かな新緑の風景。
‥‥静かな?
青年は家族がいるであろう家に走っていった。
「庭に人影は見えず、彼は窓から家の中を覗いてみた。するとそこには、椅子に縛られた妹とその夫。妹の子供たちは後ろ手に縛られて床に転がされていた、と」
ギルド員は冒険者たちにそう説明した。依頼を出しに来た青年はパニックがまだ治まらず、別室にて待機している。
「強盗の類だろうな。金品を巻き上げるだけじゃ足らず、その家を宿屋代わりに居座り、好きに飲み食いしているそうだ。人数は確認出来ただけで5人。姿の見えない両親は恐らく二階に押し込められているだろう、というのが依頼人の証言だが、何せ混乱しているからな、どこまで確かかは分からん」
そして、ギルド員は依頼の目的を簡潔に告げた。
捕まっている家族全員の無事と、犯人たちの捕縛、或いは始末。
さっそく準備にかかろうとした冒険者たちに、ギルド員は思い出した、と一言付け足した。
「依頼人の青年‥‥アイネアスと言うんだが、彼も同行を申し出ている。家族の幸せをぶち壊しにした奴らは許せない、とな」
●リプレイ本文
ギルドで依頼を受けた冒険者達は、間に小休止を挟みながらも急ぎ行軍、アイネアスの家へと辿り着いた。
「思った以上に家の周りが開けているわね。明るいうちに近づいたら絶対気付かれるわ」
「す、すいません」
ルカ・インテリジェンス(eb5195)が一般人よりずっとよく利く視力を活かして家の周りを観察し、言う。
「別に謝らなくたっていいわ。貴方のせいで見通しが良過ぎるわけじゃないんだし」
アイネアスの言葉に、レイン・レイニー(ea7252)が答える。が、しかし。その返答は些か的外れで‥‥
「いえ、この荷物、どこに置きましょうか?」
羊皮紙より重いものは持てない(レイン談)というレインのバックパックを背負いながら、アイネアスが言う。確かに、この荷物を持ってはレインは歩けないが‥‥
ベルガー・ガングーニル(eb0846)がひょいと荷物の一部を取り上げ、茂みの中の潜むには都合の良いあたりに放り込む。色々な物事を見過ごせず、それ故に貧乏くじを引きやすい彼だが。
「丁度良かった。ついでにテントも組んでおいてもらえる?」
「何で俺が‥‥」
「私、羊皮紙より」
「わかったわかった」
やっぱり。
「このくらいの大きさの石で良いでしょうか?」
騒動の最中に戻ってきたシルヴィア・クロスロード(eb3671)と極楽司 花朗(ea3780)が、近くの茂みの中に幾つかの大き目の石を置いていく。彼女らも「羊皮紙より重い(略)」ということでレインが作戦中使う石を用意しに行かされていたのだ。
「私、夜の偵察に備えて仮眠をとっておくね。この毛布借りるよ」
極楽司はレインの持ち物の中から毛布を取り出すと、ベルガーが組み立てたばかりの簡易テントに入っていく。「じゃ、私も」とレインもテントに入ると、荷物運びとテント立てでお疲れの男性陣は外に放置決定となった。
「では、時間の出来た今のうちに幾つか確認をしておきたいゆえ、質問に答えて頂けるか?」
メアリー・ペドリング(eb3630)がアイネアスに問う。分かる範囲で、家の材質。2階から突入するため、鍵の有無。
「ええと‥‥そうですね、家の壁は木です。切ってきた丸太を組んで作ってあります。鍵は、一階は内側からかける木の鍵がありますが、2階には鍵は無いです」
「ふむ、なるほど。分かった、感謝する」
・ ・ ・
深夜。突如として家を地震が襲った。そして、その近くから立ち上る煙と炎。
「火事だ! 逃げろ!」
声の限りに叫ぶ声。アイネアス。彼はそれだけ家の中に聞こえるよう叫ぶと、大急ぎで茂みの中へ走って逃げる。無謀と勇気とは違うもの。自分も戦いたいのは確かだが、自分は素人。その道のプロである冒険者達に任せるのが、一番確実なのだ。それに、彼には彼の仕事がある。解放された家族をそこで待ち受けること。
「何だ? 火事!? ‥‥ぐおっ!」
アイネアスの声に気付いて出てきた男の一人が、側面からの突然の衝撃に倒れる。
「家を襲い、のうのうと居座るあなた達を許しては置けません。罪の報いを知らしめてやりましょう」
男の悲鳴とシルヴィアの口上に、何事だと別の男が玄関を見る。そこには。
「さて悪党諸君‥‥祈る神がいたら祈ってみな」
鉄の槍に炎の鎧。真正面に仁王立ちする魔神の姿。
圧倒され次の行動に移れないその男の脳天に、重そうな石が飛んできて当たる。なにやら殺人的な音がした。
「全く、私にこんな面倒なことさせないでもらえる?」
サイコキネシスで石を飛ばしノックアウト。やはり「羊皮紙(略)」のレインは荷物を持たずフリーハンド。
「さぁて、行こうかお嬢ちゃん達。悪滅のお時間だ」
玄関先の大騒ぎとは対照的に、物音のしない裏口。明かりのほとんど無いそこには誰もおらず‥‥いや。
カチャリ。
ムーンシャドウで簡単に屋内に入ったルカが鍵を開け、共に行動していた極楽司を招き入れる。
闇夜に姿を消し、足音を消し。二人はアイネアスの家族を助けに行動を開始する。
「誰だ?」
ルカが手近な部屋へ足を踏み入れると同時にかけられる声。すぐさま向き直り呪文の詠唱を始める。唱えるは眠りの呪文。誘おう安らかな眠りへ。
「待て、俺は‥‥」
続けられる言葉はスリープの発動と共に途切れ、寝息が続いた。ルカが持ってきたロープで縛ろうと近づくと‥‥
「あら」
男は既に後ろ手に縛られていた。どうやら、アイネアスの妹の旦那らしい。
「‥‥外に逃げてもらうことも出来ないし、これで今は我慢して」
クローゼットの中に彼を押し込めると、ルカは容赦なくその扉を閉めた。
ルカと分かれて捜索を開始した極楽司は、二階へと上る階段を発見した。一階の探索はまだ終わっていないが、自分以外に4人が行動している。二階は空から侵入する一人だけなのだからと階段を上る。
「‥‥っ!」
部屋から出てくる人の気配に、極楽司は壁に身を隠す。足音は3つ。聞き耳を立てる。
「お前は下の様子を見て来い。俺はこっちの部屋で逃げる準備をしておく」
「へい、分かりやした」
短い会話のあと分かれる足音。ひとつはこちらへ、ふたつは向こうへ。
「えいっ!」
単独の方の足音の主が角を曲がると、極楽司は相手の口元を塞ぎつつ首筋へ鋭い一撃を見舞う。ガックリと力の抜ける男の体。倒れた音がしないようゆっくりとその体を横たえると、再び通路の奥を覗き込む。人の姿は無くなっていた。
歩を進める。男達が出てきたほうの部屋の扉を開けると、そこには‥‥
ガツン!
ベルガーの振るうスピアの側面が敵の即頭部を一撃する。影に隠れて不意打ちを狙った輩だったが、その作戦は見事失敗に終わった。
「おばあちゃんが言っていた。目に見えぬ者は音にでも聞けと」
明かりが少ない夜間屋内戦闘だが、ベルガーの研ぎ澄まされた聴覚は視覚を補って不利を見せず。
「覚悟するといい!」
敵の持つダガーに怯む事も無く、シルヴィアが踊りかかる。初撃で敵の得物を弾き飛ばすと、返す一閃で次は意識を刈り取る。
剣を振った直後のシルヴィア。その生まれた一瞬の隙に残っていた男が襲い掛かる。その攻撃は背後から。
「サイコキネシス‥‥転んじゃいなさい!」
レインの魔法に自分の意志とは無関係に動作させられた男は盛大に転倒する。床から天井を見上げる男の視界には3人の冒険者の顔が並び。
ルカが二階へ上がると、一番近い部屋から物音がした。そっと侵入すると、そこには極楽司と二つの人影。
「アイネアスさんのご両親だよ」
両手首を縛ったその縄を解きながら、極楽司がルカに説明する。
「ここにご両親、下のクローゼットに妹さんの旦那さん、リビングにいた2人の子どもはベルガー達が助けて、外で待ってるアイネアスに合流させた‥‥とすると」
「あとは妹さんだけだね」
部屋を出た極楽司とルカにシルヴィアが合流した。レインはノックアウトした敵をロープで縛り見張るために下で残り、ベルガーはクローゼットで眠る男をアイネアスの元へ運ぶ仕事を押し付けられた。
3人が最後に残る木の扉を開けると、差し込む月明かりを背に一人の男が立っていた。
「使えねぇ手下どもだな‥‥女なんかにいいようにやられやがって」
「言うわりにはあなたも私達にビビッてるんじゃない?」
「人質を取るなどと卑怯な真似を。観念して罪を償いなさい!」
猿轡をかまされた若い女性の首筋に光る刃を当て待ち構えていた一味のボスと思しき男に、ルカとシルヴィアが言い放つ。
「順番に答えてやろう。俺はビビッたんじゃねぇ、お前達の力を認めてやったんだ。だからこうして策略を使う。‥‥そして、罪を償え? そんな気がありゃはじめから人質なんかとりゃしねぇんだよ!」
女性を捕らえたまま一歩踏み出す男。
「道開けろ。俺はねぐらに帰らせてもらう。半日もしたらこの女も無事に離してやる。良い取引じゃねぇか? 家族は無事に帰る、俺も無事に隠れられる」
歯噛みをしながらも、言う通り道を開けることしかできない3人。女性の首には未だ凶器が光っているのだ。
「物分りがいいじゃねぇか。いや、俺の分からせ方が上手いのか?」
「グラビティーキャノン!」
刃が女性の首から一瞬少し離れたその時。ガラスを破り一直線に迸る重力波が男の体を吹き飛ばし壁に強く打ち付ける。男の支配から離れた女性を極楽司が受け止め支え、シルヴィアが今度は男の首筋に刃を当てる。
「何とかなったようであるな」
窓から入ってきたのは二階からの潜入を受け持ったメアリー。行動開始直後に男達を発見していたが、その時は人質の他手下もおり一人では手に負えないと判断したため、外を飛びながら機を窺っていたのだった。
「今度こそ、これで観念してくれますね?」
状況を把握した男に、チェックメイトの言葉が告げられた。
・ ・ ・
「この光景がこの上も無い報酬ですね」
シルヴィアが無事戻った平穏な一家を見て呟く。そういう家庭を夢見る極楽司の顔にも笑顔が絶えない。
家の前では、ベルガーの提案で食事会が催されている。始めは冒険者達が料理を作る予定だったが、お世辞にも手際が良いとは言えない調理風景にアイネアスの母親と妹も調理に参加した。
「おばあちゃんが言っていた。食べるという字は人が良くなると書くと。ただ、ジャパン語で書かないといけないがね?」
「はっはっは、それじゃ分からんわ」
和気藹々、明るいその光景。しかし。
解放された安堵感。冒険者達の好意。それらを背に明るく振舞っている一家だが、これからしばらくは夢に現にその恐怖は蘇ることだろう。体に負った傷より、心に負った傷の方が酷くなり易く、また消え難い。
このような事件が起こらぬ世になれば良い。自分の力など微々たるものかもしれないが、常に全力をもって悪と戦っていこう。メアリーはその思いを新たにした。
高く、遠くまで青く透き通った空。明るい日差しの中響く笑い声。
この平和な世界を胸に刻み、冒険者達は帰途につく。