代償の請求

■ショートシナリオ


担当:香月ショウコ

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 35 C

参加人数:9人

サポート参加人数:4人

冒険期間:11月28日〜12月03日

リプレイ公開日:2006年12月10日

●オープニング

 ギルドに入ってきた、流れる銀の髪の美しい女性。冒険や事件とは無関係に見える(攫われる、という関わり方はするかもしれない)その女性は随分と息を切らしていて、冒険者へ依頼をするためにギルド員をとっ捕まえてから暫らく、落ち着かない鼓動を持て余し話し出せないでいた。
 依頼人はサミュエラと名乗った。依頼内容は、キエフから1人出て行った男の子を連れ戻してほしいというもの。何とかお近づきになるためのきっかけは無いものかと仕事中にも拘らず不謹慎なことを考えていた若いギルド員は、そうかこの人もう息子さんがいるのかと心の中で少しがっかり。
 しかし、話を聞いてみると少し違ったようだ。彼女が連れ戻してほしいと言っているのは、キエフに住んでいる孤児の1人だという。その孤児は他の、孤児の中では年齢の高い何人かと協力し合い、幼い孤児達を何とか育てようと頑張っていた少年らしい。
 だが頑張り方が悪かった。その孤児の少年――エドワルドと言うそうだ――達は、次第に増える孤児達が手に余るようになってきた。彼らも未だ子供、真っ当な稼ぎ方をしていても大した額が手に入るわけじゃない。ついに、彼らは貴族の屋敷に盗みに入った。泥棒が入ったことが知れてもすぐには疑いがかからぬよう、遠くキエフから2日かかる街まで行って。だがその工夫も、貴族の屋敷を出る時に見つかってしまったため無駄に終わった。
 所持する宝石類を盗まれ怒った貴族は、すぐに孤児達を追わせ、まず1人を捕まえた。キエフでは冒険者まで使って捜索した。そして、4人いた年長の孤児達の内3人が貴族に捕らえられ、貴族の私刑に晒されることとなった。
 最後に残った1人は、知り合いのとある人物を頼り、犯罪であると承知した上で、その貴族が捕らえた人々を護送する幌馬車を襲撃した。結果捕まっていた3人は逃げ出すことが出来たが、しかし助けに行ったその孤児は自ら囮となり、殺された。
 キエフに戻ってきてからその事を知らされた3人は悲しんだ。そして、エドワルドは怒った。元はと言えば自分たちの盗みが発端ではある。だが貴族は長期間、拷問のような私刑を捕らえた人々に行っていた。貴族の屋敷にはたくさんの牢があり、そこに捕らえられていた領民の話を聞いてみても、まったく身に覚えの無いことで捕まり謂れの無い罰を受けている人ばかりだった。あの貴族は許せない、そうエドワルドは他の2人の孤児、ソフィアとミレーヌに言っていた。
 そして、今朝。エドワルドは姿を消していた。もしかしたらあの貴族に報復をするために屋敷へ向かったのではないか、そうソフィア達は思った。
 サミュエラは、孤児達の頼みを聞いてギルドへ依頼を持ち込んだのだ。当の孤児達はといえば、貴族による私刑ではなく、公平な国の裁きを受けるため先程官憲が引き取っていった。残された幼い孤児達は、サミュエラや彼女の知り合いの数少ない心ある人々が出来る限りで保護しているが、全てに手が行き届いてはいないのが実情であるという。

 さて、長くはあったがここまでが背景である。以下が依頼の詳細だ。

 依頼内容は、キエフから徒歩二日の街にある貴族の屋敷へ向かったエドワルドを、屋敷への到着前に連れ戻すことである。
 移動ルートは、以前彼が窃盗のために向かった時のルートを使っていると思われる。そのルートに関しては孤児達からサミュエラが聞いている。出発したと思われる時間からまだ数時間しか経っておらず、さらに子供の足であるためそれほど遠くまでは行っていないものと思われる。また、以前向かった時に用意していた保存食や道具などは、それらを置いていた、隠れ家としていた家屋が冒険者の捜索により廃墟と化したため残っておらず、その確保のためにキエフ内でさらに時間を消費したものと推測される。追いつくこと自体は難なく可能であろう。
 出来る限り平和的に、無事連れ戻してほしい。また彼が再び同じようなことをしないよう説得することも、可能であればと併せて依頼されている。


「よし、これだけ詳細にしっかりと依頼書を作れば、「忙しい中ありがとうございます」とか言われてそこからお付き合いが始まる可能性も無きにしも非ずだな!」
 依頼書を貼り付けてニコニコ顔の若いギルド員を青いバンダナの先輩ギルド員が気持ち悪いと引っ叩く。それでもにやけ顔の治まらないギルド員は知らない。サミュエラは既婚である。

●今回の参加者

 eb3351 レオパルド・キャッスル(39歳・♂・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)
 eb5584 レイブン・シュルト(34歳・♂・ナイト・人間・ロシア王国)
 eb6447 香月 睦美(33歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 eb7143 シーナ・オレアリス(33歳・♀・ウィザード・エルフ・フランク王国)
 eb7784 黒宍 蝶鹿(28歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 eb7876 マクシーム・ボスホロフ(39歳・♂・レンジャー・人間・ロシア王国)
 eb8106 レイア・アローネ(29歳・♀・ファイター・人間・イスパニア王国)
 eb9311 キラー・ウォールス(22歳・♂・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 eb9405 クロエ・アズナヴール(33歳・♀・ナイト・ハーフエルフ・フランク王国)

●サポート参加者

イリーナ・リピンスキー(ea9740)/ アド・フィックス(eb1085)/ シャサ・グリン(eb3069)/ ミッシェル・バリアルド(eb7814

●リプレイ本文

●復讐の価値
 依頼を請けた冒険者達は、急ぎキエフを発った。
「なあ。歩きながらでいいから、今までの話を聞かせてくれないか?」
 レオパルド・キャッスル(eb3351)が、これまでの関連した依頼を請けたことのある香月睦美(eb6447)とマクシーム・ボスホロフ(eb7876)に尋ねる。出発前に知人であるイリーナに手短に話は聞いた彼であったが、理解が一面的にならぬようにと複数の話を聞きたいというのである。
「以前の事件も、今回の依頼もまた、私の未熟の結果だ」
「そりゃ無いだろう。盗みを働いたあいつらが悪い。くそったれな貴族が悪い。未熟だった自分達が悪い。皆が悪い。誰か一人が悪いなんて事は無いだろうよ」
 聞くと、貴族側の依頼で孤児達を追った時、結果的に嘘をついたようになってしまったことを香月はまず悔いているようだった。出来るだけ事を荒立てずに解決したい。その想いは成就しなかった。
 そして、ギルドでは説明されなかった幌馬車襲撃事件について。香月とマクシーム、二人が参加した仕事だ。ギルドで説明されなかったのは、ギルドを通さぬ犯罪同然の依頼への冒険者の関与をサミュエラが隠したためである。
 屋敷へ収容しきれなくなった人々を、別宅へ運ぶ幌馬車。領民はそれの存在を知ってはいたが、周りを囲む御者に阻まれ詳細までは知らなかった。マクシームの調査では知ることが出来ず、孤児奪還に臨んだ皆が失念していた『救出対象以外の人々』の存在によってニールという少年が死んだこと。
「依頼人のサミュエラの話、あれが全て本当なら、怒りがこみ上げてくる」
 レイア・アローネ(eb8106)が呟く。
「彼女が言ったことは全て真実だろう。俺は彼女が嘘を吐くような人とは思えない」
 レイブン・シュルト(eb5584)は、イギリスからロシアへと数ヶ月前に帰ってきた。その道中、サミュエラと彼女の恋人、クラースという男と一緒だった。サミュエラの人となりについてはそれなりに知っている。
「孤児達がしたことは犯罪ではあるが‥‥領主にも問題がありそうだな」
「いや、私が憤っているのは、エドワルドという少年についてだ」
 レイブンの言葉にレイアが反応する。
「復讐? 自分が弱かったせいで、他人の犠牲をもって生かしてもらわなければならなかった事が原因だろう。その命を、またこうして散らそうとしている」
「何としても連れ戻さなければなりませんね。どの国にも理不尽はあるもの、でも子供一人で貴族に報復など。過去を忘れ、捨てることが良いことだと言うわけではありませんが、彼の身を案じている人がいるということも、覚えていてほしいです」
 ジャパンの忍者、黒宍蝶鹿(eb7784)。彼女が過去を捨てここロシアにいる理由は分からない。だが、過去を捨てること、それが全てイコール物事の解決とならないことを彼女は知っているのだろう。
「もう森に入ります。動物達や、残っているかもしれない痕跡に注意して進みましょう」
 クロエ・アズナヴール(eb9405)の言葉に、目の前に広がる森を改めて視界に収める一行。この日、キエフは粉雪が舞っていた。草葉は多くが枯れ夏などよりは多少視界が良いとはいえ、邪魔な藪も多く。あまりのんびりしていると、足跡も消えてしまうかもしれない。
 サミュエラから聞いたルートを頭の中に思い浮かべながら、冒険者達は森の中へと踏み込んだ。

 ・ ・ ・

 バチバチと、木の爆ぜる音。真夜中。複数のテントに別れ睡眠をとる冒険者達。冬の森の中を歩くというのは、当然ながら夏の平原を歩くよりずっと体力を消耗する。枝、石、雪、氷、泥。冒険者といえども当然疲労する。しっかりと休息をとらなければ、倒れる可能性も充分にある。
「それにしても、随分と腹を空かしているんでしょうね。火を焚いていても襲ってくるとは‥‥」
 見張りをしていたキラー・ウォールス(eb9311)が言う。その目の前には斃れた狼。キラーがバーニングソードの魔法を黒宍の忍者刀に付与し、一撃必殺で葬ったのだった。
「出来れば、襲ってきてほしくなんかなかったんだけどね〜」
 焚き火の前で温まりながらシーナ・オレアリス(eb7143)。彼女のすぐ傍には氷柱の中に閉じ込められた狼が。
 道中では大人しかった周囲の物音が、野営を始めて大勢が眠りに尽きたとたんに襲ってきた。今回の襲撃は二度目。一度目は前の見張り番の時に襲ってきて瞬殺された。運悪くレオパルド、香月、レイアという強力な見張りに当たってしまった狼第一陣に黙祷。
 昼間の進行中に確認した数にはまだ合わないことから、もう何回か襲撃は警戒した方が良さそうだ。とはいえ、おそらく襲ってくるのはあと一度だけ。毎度の見張りに痛い目に遭わせられる度、こいつらは危険と襲撃を控えている節がある。次のチームで実力差を示してやれば、きっと諦めるだろう。

●戦う意義、生きる意味
 翌日、昼過ぎ。レオパルドは走っていた。可能な限り足音を消し、一人森の中を先行する。他の冒険者達も、各自気配を隠しながら散開。
「よぉ坊主。久しぶりだな」
 ただ一人。マクシームだけがあからさまな程に存在をアピールしながら出て行った。もちろん、追いついたエドワルドの元へ。
「あんたは‥‥何でこんなところに?」
「お前さんをとっ捕まえに」
 マクシームが言い終わるのを待たずに、エドワルドは立ち上がり逃げ出した。マクシームは適当にその後を追いかける。
 逃げるエドワルド。その目の前に突如現れる巨大な影。
「おっとっと‥‥おいっ、頼むから暴れないでくれよっ‥‥!」
 先行していたレオパルド。その胸にエドワルドは鼻先から突撃してしまった。冒険者達のエドワルド捕獲作戦は成功したが、レオパルドはベアハッグでエドワルドを折ってしまわないか戦々恐々していた。
「暴れないで、とりあえず話を聞いてくれないか。君を心配してる者もいるんだ」
 徐々に集まってくる、どこに逃げられてもいいよう陣形を組んでいた冒険者達。レイブンがそう声をかけると、思い当たることがあったかエドワルドは抵抗を止めた。
 助かったとばかりレオパルドがエドワルドを解放すると、今度は別方向からエドワルドへ襲撃。
 むぎゅっ。とシーナ。
「エド君、捕まえた〜♪」
 感触の正体に赤面するエドワルド。

 ・ ・ ・

「食糧なんかは、まだちゃんとありますか?」
 黒宍が尋ねると、無言でエドワルドは頷いた。ここまで来るのに1日半。残りの行程は半日少々。エドワルドは後4日分ほどの保存食は持っていた。
(「キエフに、戻ってくるつもりはあったようですね」)
 復讐自体は無謀だ。だが、はなから命を捨てるつもりでいたわけではなかったことは、彼女を少し安心させた。
「ニールは気の毒だったな。ま、大それたことを望むならそれなりの代償を支払わにゃいかんからな。あいつはそれが自分の命だったということだろう」
 エドワルドの隣に座って、空を見上げながら気の入っていないような様子で話すマクシーム。
「お前がこんな真似をするのは、貴族がお前の仲間を殺したからか?」
 黙ったままのエドワルドに、レイアが言う。エドワルドは答えず、一度視線を向けただけで。
「違うだろう。ニールとやらは、貴族に殺されたんじゃない。お前達が弱かったせいで死んだんだ。お前達を助けるために、ニールは死んだ。そんなお前が貴族の所に行って何をするつもりだ? ニールは、少なくともお前達三人の命を救ってみせたが」
「復讐、だろ?」
 答えないエドワルドに代わり、マクシームが言った。
「ニールに折角貰った命。それでこれから復讐に行く。そしてとっ捕まって、サミュエラやクラース達に助けに来させる。いや、今度は捕まったらすぐ殺されるかもしれんなぁ。‥‥お前は、あと何人自分の為に人を死なせるつもりなんだ?」
「お前達は何のために盗みを働いた? 何のために貴族から逃げ出した? 生きるためだろう。なら、最後まで生きるために戦え! 力不足を知って、死だけが結果の戦いをするな! そうしなければ、ニールは犬死だろう!?」
 レイアをきっと睨み立ち上がろうとしたエドワルドの襟首を、マクシームが掴んで強引にまた座らせる。
「悔しいなら、レイアの言うとおり自分の力不足を知ることだな。そして、あの野郎より強くなれ。復讐はその時にしろ。残念だが今は手の届く相手じゃねぇ」
「憎むなら、憎め。私を。マクシームを。貴族を。お前を連れ戻すよう依頼をしたサミュエラを。憎しみもまた、生きるために必要な感情だ。だが、その生きるための感情で自分を死なせるな。‥‥生きろ。全力で」
 下を向いて、また黙りこくるエドワルド。
「エド君、キエフにかえろっ♪」
 しゃがんで、エドワルドの顔を覗き込むようにして。シーナが優しく言った。
「‥‥分かった。でもその前に、出来たら、あの時の場所に一度行きたい」
 ようやく話したエドワルド。その言葉に何人かは何のことかはっきりとは分からなかったが。
「いいだろう。ここからならそれほど距離も無い。それで、気が済むのなら」
 香月が言った。

●出来る事出来ない事、したい事すべき事
 二日目の夜が来た。冒険者達とエドワルドは、キエフへは戻らず先を目指していた。目的地までもうすぐだが、急がば回れ、二度目の野営である。
「ところで、エドワルド君。キミは貴族への報復のために飛び出してきたと聞きましたが、何か具体的な方法はあったのですか?」
「‥‥いや、何も。とりあえず、クラースさんの話だとあの貴族に抵抗する組織があるって聞いてたから、それを探してみようとしか考えてなかった」
 焚き火の前に座るエドワルド。その隣に、見張りの仕事もしつつ、クロエが座った。
「具体的な、そして可能で、確実な方法。その用意も無しに突き進んでは、犬死するだけです。それは、どうしようもなく意味が無い。キミにも大切な人はいるでしょう。殺されたニール君の他にも、守らなきゃいけない、大切な人が」
「‥‥ああ」
「ならなおさら。犬死はいけません。‥‥まぁそれに。そういう酷い貴族なら遅かれ早かれ何かあると思いますし、ね。わざわざ手を汚さなくとも自滅するかもしれません。その時に石でも投げてやればいいんです」
「クロエ、見張りの交替の時間だ。少年も、もう寝るといい」
 言ってレオパルドが焚き火用の薪を抱えてやってくる。クロエと入れ違いにエドワルドの隣に座ると、大きな彼は小さな声でぼそりと呟いた。
「‥‥力が無い、ってのは。哀しいもんだな」
 エドワルドの視線がレオパルドに向く。無力、とは正反対の位置にいそうなまだ若いといえるジャイアントは、必要最小限の言葉だけを告げた。
「力が足りないのは俺もだよ、少年。助けようとしたのに助けられなかった」
「‥‥‥‥」
「エドワルド」
 やって来たのは、以前彼らを捕らえ、そして彼らを救った、両方にいた女性冒険者。
「君達を苦しめたのは、私の未熟と慢心ゆえ。私は悔やんでも悔やみきれぬ。だからこそ、君には命を粗末にしてほしくない。復讐などではなく、君にしか出来ないことが必ずある。それに気付いてほしい。‥‥済まなかった。これまでの事」
「ああ。‥‥いや‥‥うん。‥‥俺の方こそ‥‥ごめんなさい」

●笑み、疑念
 早朝。到着したその場所は、エドワルド達が貴族の屋敷から別宅へ移送されるとき通った道。そして、ニールが死んだ場所。
 エドワルドは無言で、じっとその風景を見ていた。怒りに体が震えるわけではなく、悲しみに涙を流すわけでもなく。
 ふいに、後方で物音がした。まさかまだ狼でもいたのかと振り返ると、それは狼ではなくハーフエルフの子供だった。
 灰色の髪の。
「どうしたんだよエド、そんな顔して。らしくないぜ」
「‥‥ニール‥‥?」
「何だよ、死んだとでも思ってたのか? 勝手に死なせるなよ、確かに死ぬかと思ったけどさ‥‥何とか、逃げ出せたんだ」
 そう話すニールに、キラーなど事件の当事者ではなかった冒険者達はそれは良かったと言い、エドワルドも戸惑いながらも喜んだ。
 しかし。
「まさか、あの状況でか‥‥? 信じられん」
「同感だ。一体何故‥‥」
 状況の把握出来ないマクシームと香月。
 とりあえず、これから一行はキエフへと帰る。エドワルドとニールは、サミュエラの所へ送り届けるつもりである。