陰謀の囁き 〜混沌呼ぶ手紙〜

■ショートシナリオ


担当:香月ショウコ

対応レベル:6〜10lv

難易度:難しい

成功報酬:4 G 95 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:02月23日〜03月01日

リプレイ公開日:2007年03月06日

●オープニング

「おもしろい」
 イグルノフ家領主パーヴェル・イグルノフは、今朝届いた手紙を執務用の机の上に放り投げると、彼には珍しく声を出して笑った。

『屋敷の周囲にお気をつけください。貴方を貶めようとする者がおります。
 外出はお控えになるよう。屋敷の警備は油断無く。
 賊は手段を選びません。どうか身の安全をお計りになりますように。
                   貴方の善良なる忠告者より』

 手紙の文面である。こんなものが届いた日には「おもしろい」どころの話ではないのだが、しかし、このところ問題尽くしの日々を送るパーヴェルには丁度良い刺激だった。
「さて、差出人は誰なのか。賊とは誰なのか。数え切れんほど心当たりはあるが‥‥『猫』どもか、或いは、最近私の周りを嗅ぎまわっている国王陛下の番犬か‥‥」
 パーヴェルは屋敷の警備を担当している騎士を呼びつけると、警備の増強と冒険者ギルドへの護衛依頼を指示した。それは襲撃を恐れるが故ではなく、手紙の関係者達とのゲームを楽しむかの如く。

 ・ ・ ・

「ワケの分からん手紙が届いたから、念のために屋敷の警備を手伝ってほしいってことだそうだ」
 依頼人の主人のことを気に入らない青いバンダナのギルド員は、もう依頼人が帰ったのをいいことにものすごく面倒臭そうな口調で言う。
「警備するのは、屋敷の正門と裏門、あと屋敷内廊下の巡回。簡単な図面は用意してある。それの、ここと、ここが持ち場だな」
 と図の二箇所を指す。図には他にも、本来警備の任を受けている者たちの配置も書かれている。普段の配置ではなく、冒険者を加えて再配置した後のものだと思われる。
「何が襲ってくるのかは全く分かってない。が、依頼人さんによると、ご主人を狙ってる心当たりは全部人だそうだ。‥‥まあ、全然心当たりのない奴が突撃してくる可能性もゼロではないんだが。そう、報酬は襲撃が有っても無くても変わらず払ってくれるそうだ。滞在中の食事も向こう負担。景気が良いようで、大変結構だよ」

 ・ ・ ・

「クラースさん」
「ニール、どうしてここに? ごめん、少し急がなくちゃならないんだ。‥‥どうした?」
 イグルノフ家の施政に抵抗する領民による組織、『路地裏の野良猫』隠れ家で、愛用の赤い槍を手にとった現リーダー、クラースは、思いがけない来客に驚いていた。
「あいつ、冒険者を雇ったみたいだ。気をつけて」
「!? どこでそんな話を聞いてき‥‥ニール?」
 振り返ったそこには、先まで話をしていたニールの姿は無く。ただ開け放たれたままの扉だけ。
「‥‥冒険者、か。パーヴェルの私兵よりずっとマシだ。100%敵というわけではないぶん」
 クラースは全ての仕度を終えると、隠れ家を出た。見上げる空、共に眺める仲間達は今、傍にいない。
 街外れで煙が上がり始める。
「『路地裏の野良猫』、出撃だ。公正な世界のために」

●今回の参加者

 eb5584 レイブン・シュルト(34歳・♂・ナイト・人間・ロシア王国)
 eb7876 マクシーム・ボスホロフ(39歳・♂・レンジャー・人間・ロシア王国)
 eb9649 モケ・カン(33歳・♂・ナイト・ドワーフ・ビザンチン帝国)
 ec0019 イリーナ・ユマチェワ(22歳・♀・ナイト・エルフ・ロシア王国)

●リプレイ本文

「一つ、相談がある」
 人数の問題から日中の警備を兵士達に任せ、パーヴェルに宛がわれた冒険者用の部屋(男女別。今は男性部屋に集合中)で休んでいる時、マクシーム・ボスホロフ(eb7876)が口を開いた。
「私は裏門の警備を担当するが、時々屋敷の中も見て回りたい。何度か、屋敷内警備を交代してもらいたいんだが」
 モケ・カン(eb9649)提案の警備シフトは、裏門がマクシーム、正門がレイブン・シュルト(eb5584)、屋敷内をイリーナ・ユマチェワ(ec0019)とモケが行うというもの。裏門の警備が手薄であることから裏門を2人にしようとイリーナは提案していたが、裏門を突破するには屋敷を囲む塀の、さらに周囲の塀か門を越えなければならないことから、襲撃即陥落ということはあまり考えられない。屋敷内での巡回ルートを決め、屋敷内からも裏門を見張れるようにする形にすることで、シフトは一応の決定とされていた。
「それでは、その時は私が交代に向かうことにします。目には少しだけ自信がありますので、屋敷内で巡回している時も、それなりに見張れると思います」
 イリーナの言葉でシフトは決定され、会議は解散。出番である夜まで各自仮眠など休憩となった。
「‥‥しかし、この調度品の高価そうなこと。しかもこれだけ多いと、一つ二つ、いつの間にかわしのバックパックに入ってしまうかも知れんぞ?」
「止めとけ止めとけ。バレたら犯人を捕まえる前に首を飛ばすぞ、ここの貴族は」
 モケがしげしげと小さいサイズの調度品をとっかえひっかえ眺めるのを、マクシームが注意して。
「それにしても、確かに豪勢な部屋だな。国王陛下の寝室のイメージがこんな感じだったんだが」
「そうだな。‥‥これだけの物、殆どは領民から取った金で揃えたんだろうな」
 レイブンの言葉通り、部屋は客間とはいえあまりに豪華だった。屋敷の大きさ、部屋の豪華さ、冒険者への待遇の良さ。そしてそれらとは全く逆の、寂れた街の様子。
 だが、それだけではないだろう。領民から吸い尽くしたにしても、おそらく足りない。

 ・ ・ ・

 夜がやって来た。冒険者達は各々に、警備の仕事を開始する。
 一人を除いて。
「時間も限られている。少しでも多く調べさせてもらわないとな」
 巡回のフリをして、屋敷内の状況を調べてまわるマクシーム。思った以上に屋敷内に警備の兵は少なく、調査は順調に進む。
「侵入者対策の罠なんかは仕掛けられていないようだな‥‥警備兵が少ない分、仕掛けで補っているんじゃないかとも思ったんだが」
 その辺の扉を開けてみれば、誰かしらはいるのかもしれない。だが、あまりリスクの高い行動をとりたくはない。自分の失敗は他の仲間達にも飛び火するだろう。同じ理由で、『死人使い』の噂についても確かめるのは難しい。パーヴェルや警備兵に「この屋敷に死者を操る奴はいるか」などとは尋ねられない。
「全く、もどかしいな‥‥」
 階段を上り2階へ。この屋敷を訪れた時、初めにパーヴェルと直に会った。その時に入った2階の一室が書斎、或いは執務室のようだったから、おそらく彼の自室や寝室はあの部屋の近くにある。
(「幾ら世のためとはいえ‥‥あのクラースが暗殺を考えているのならば、それを実行すればお尋ね者になる。そうなれば、サミュエラやあの少年達はどうなる?」)
 2階はあまり部屋数が多くなく、昼間の書斎と思われる部屋の他には、部屋が4つ。屋敷の外観と併せて考えると、どれも大きさはさして変わらない。
(「これ以上は、外から分かるだけの情報を集めて判断するしかないか」)
 それまでどおりに足音を立てぬようにして、マクシームはもと来た道を戻る。裏門へ戻り、イリーナと警備を交代する。


「まあ、仕事中だからな。あまり溺れない程度に、な」
 正門の警備に就いているレイブンは、あまり強くない酒を持って表の警備兵達の下へ行っていた。仕事をサボるつもりは無い。あくまで冷え込む夜を乗り越えるためのエネルギーを、兵士達に配りに行っただけだ。
 それと、もうひとつ。
「普段、俺達のようなものがいない時はどういう形で警備をしているんだ? 俺は兵法も少し齧っているんだが、その関係で少し興味があってな」
 その質問は、警備兵達と直接の接触をあまり持たないマクシームからの頼み。普段の警備状況、屋敷内の仕掛け、パーヴェルの部屋の位置。これらは全て、パーヴェルの暗殺に必要な情報。
 貰った酒に気を良くした警備兵は、普段の警備について色々と話してくれた。普段は塀の外を警備している兵のうち何人かが門の警備に就いていること、屋敷内には普段は20人ほどの兵が常時待機していること、そして今現在は、屋敷内に兵はいないこと。
「いない? あの変な手紙が届いたっていうのにか?」
「パーヴェル様は、面白がっているんだよ。手を出せるものなら出してみろって。普段中にいる奴らは、今別の屋敷に行ってるんだ。罪人を捕らえておくための建物に」
 警備兵の話によると、襲撃を成功されると困るのは、パーヴェルの住むこの屋敷ではなく牢獄の方であるという。そこに捕らえている何者かを恐れているというのではなく、ただ捕らえなおすのが面倒なだけらしいが。
「それで、足りない分冒険者を雇ったということか‥‥ん?」
「どうしたんだ?」
 警備兵の声を遮って、レイブンは耳を澄ます。何か、音が聞こえる。馬の蹄の音、嘶き。
「‥‥襲撃だ! 兵を集めろ!」
 レイブンは兵士達にそれだけ言うと、屋敷内や裏門へもそれを伝えるため、走り出す。

 ・ ・ ・

「貴殿らの力では、わしらを突破することは出来ん! すぐに武器を置き、降伏するのだ!」
「黙れジジイ! ぶん殴って地面に減り込ますぞ!」
「デニス、調子に乗り過ぎです」
「ジジイだと? わしはまだそんな歳ではない!!」
 モケの降伏勧告も予想通り無視され、第一の門と正門の間で襲撃者と警備兵の戦いが始まる。襲撃者の数は15人ほど。だがその殆どが武器を持っただけの一般人のようだ。武器を振り回す前に、武器に振り回されている。
 だが、それでも簡単に鎮圧は出来ない。デニスと呼ばれたジャイアントと、炎を操るウィザード。この2人が思いのほかに強敵だった。ウィザードの援護を受けたデニスを抑えておくにはレイブンとモケが2人がかりで戦う必要があり、戦線は一向に好転しない。


「マクシームさん、そちらに何か異変はありますか!?」
 屋敷の中から、イリーナが叫ぶ。伝えられた襲撃、それが陽動である可能性も考えて、視力など感覚の鋭いマクシームに、裏門付近の状況を尋ねたのだ。
「‥‥‥‥いや。特に変わったことは無い。引き続き私はここに残るから、あなたは向こうの手助けに向かってくれ」
「分かりました。何かあったらすぐに知らせてください!」
 イリーナが正門の方へ向けて走り出すのを見届けてから、マクシームは門の向こう側、外を見回す。そこには、倒れた数人の兵士達。
「確か、以前も助けてくれた」
「ここの領主様が嫌いなものでね」
 赤い槍のクラースは周囲を改めて見て誰もいないことを確認すると、門の中へと入ってくる。その瞳はまっすぐ、屋敷の2階を見ている。
「すぐに正門の騒ぎは収まる。デニスが調子に乗らないように、押さえつけてくれるとありがたいな」
「それはいいが。あの予告状みたいなものは、『路地裏の野良猫』の仕業なのか?」
「予告状?」
「あれを使って、ここの兵士達を疲弊させようとしていたんじゃないのか?」
「‥‥いや。知らない。‥‥すまない、時間が惜しい。話をするのは後にしても構わないだろうか?」
「ああ。こっちこそ悪かったな。中に罠の類はないが、気をつけろ」
 クラースは頷き、歩を進め。マクシームは正門の手伝いに走る。と。
「パーヴェル・イグルノフの背後に、デビルの影がある」
「何?」
 ふいに、マクシームの背中にクラースがかけた言葉。
「確証は無い。だが確信はある。これから、証拠を掴みに行く」
 そして今度こそ、クラースは屋敷の中に消えた。


「熱ぃ!!」
 地面から噴きあがった炎に炙られながら、モケが大斧を振るう。デニスはそれをかわし、攻撃の隙を突こうと踏み出したところをレイブンに阻まれる。護衛側と襲撃側、互いに軽い傷を重ねているが、駆けつけたイリーナのオーラショットによる援護が、徐々に護衛側有利の状況を作り出していった。敵ウィザードの魔法も、ついさっきの炎で打ち止めとなったようだ。さらに、駆けつけたマクシームの矢が敵を浮き足立たせる。
「そろそろ頃合です! 撤退しましょう!」
「アルセニー、俺はまだ‥‥」
「撤退です、デニス」
 舌打ちを残して、一斉に去っていく襲撃者達。それを警備兵達が追おうとして、イリーナに止められる。
「あのウィザードが『頃合』と言っていました。まだその気配はありませんが、もしかしたらこの襲撃は陽動かもしれません」
「その通りだ。さっき裏門にも現れた。俺が撃退したが、他の兵はやられてる。向こうにも回った方がいいぞ」
 そのダメ押しの言葉もあり、警備兵達は渋々逃げていく敵を見送る。

 そして、夜が明けた。

 ・ ・ ・

 警備2日目の襲撃事件は起こらなかった。イグルノフ領からキエフへの帰り道、マクシームはあの予告状について、クラースの言っていたことについて考えていた。
 予告状を出した人物と襲撃者は別。両者に接点は無し。もしくは、襲撃者側に予告状を出した人物側の誰かが紛れている。そして、デビルの影。
 今回の依頼中に調べた内容をサミュエラ宛にシフール便を出したマクシーム。それと入れ替わるようにして、クラースから棲家へとシフール便が届けられた。
 内容は、パーヴェルとデビルの繋がりが確実になったというもの。