裁きの剣、裂けよ陰謀

■ショートシナリオ


担当:香月ショウコ

対応レベル:1〜5lv

難易度:難しい

成功報酬:2 G 45 C

参加人数:7人

サポート参加人数:1人

冒険期間:03月13日〜03月18日

リプレイ公開日:2007年03月24日

●オープニング

「頼もう」
「道場破りですか。いや、ギルド破りですか」
「違います、依頼をです」
 だいぶ冒険者ギルドへ入り慣れたイザーク・リヴァノフが、ギルド員の額を指でピンと弾きながら、訂正する。
「また、あのモンスター密輸事件についてですか?」
「ええ、そうです。その事件の重要参考人であるヴィタリー・ルントフスキー‥‥参考人と言ってもほぼ関与の証拠は揃っていますから、実際のところ犯人と認識していますが‥‥彼と、彼に指示を与えていると思われる貴族、パーヴェル・イグルノフに事情を聞きに行きます。まあ、実質目的は聴取と言うより逮捕ですね」

 ・ ・ ・

 モンスター密輸事件の最有力容疑者、ヴィタリー・ルントフスキーを捕らえる。それが依頼の内容らしい。ヴィタリーは貴族イグルノフ家の執事長として、屋敷内では大きな権力を持っているらしい。執政についてもパーヴェルはヴィタリーに指示をして様々な手配をさせるなど、まさにパーヴェルの右腕と言っていい存在だ。パーヴェルの屋敷から少し離れた場所に、彼専用の邸宅まである。
 そのヴィタリーに指示を受けたと、モンスター密輸の実行犯、商人ダニルは白状した。ダニルはヴィタリーの指示の下、ヴィタリーの部下を連れモンスターを捕らえては指示された場所に届けたり、ヴィタリーの屋敷に持って行ったりしていたらしい。
「今回は、ヴィタリーの邸宅に踏み込み強制捜査を行います。実際の捜査は私の部下を4名同行させますので、彼らに任せておいてください。冒険者には、ヴィタリーが抵抗した場合の対処、そして邸宅内にモンスターがいた場合、それらの排除をお願いしたいと思います」
 全体の流れとしては、まず邸宅内の危険があれば冒険者がそれを排除。ヴィタリーや彼の部下らを捕らえておき、その間に騎士たちが内部をざっと捜査。モンスターなどがいた場合はそれを撃退し、全ての危険が払われたと判断されたら、残りの仕事を騎士たちに任せ、冒険者はヴィタリーらを捕らえてキエフへ戻る。
「危険は多いと思います。ヴィタリーの邸宅にいると思われるモンスターもそうですが、イグルノフ家には死者使いがいるという噂も聞きます。それが真実かどうかは分かりませんが、注意しておいて間違いはないでしょう。その他にも何かが起こるかも知れません。充分に準備をし、向かってください。‥‥‥‥忘れていました。ヴィタリーや部下たちを捕らえる際は、出来るだけ迅速に行動してください。証拠の隠滅に動く時間を与えてはいけません」

●今回の参加者

 ea9563 チルレル・セゼル(29歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)
 eb0826 ヴァイナ・レヴミール(35歳・♂・クレリック・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb6622 アリアス・アスヴァール(19歳・♀・ウィザード・エルフ・ビザンチン帝国)
 eb7693 フォン・イエツェラー(20歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb8120 マイア・アルバトフ(32歳・♀・クレリック・エルフ・ロシア王国)
 ec0886 クルト・ベッケンバウアー(29歳・♂・レンジャー・ハーフエルフ・フランク王国)
 ec1071 阿倍野 貫一(36歳・♂・浪人・人間・ジャパン)

●サポート参加者

マリエッタ・ミモザ(ec1110

●リプレイ本文

●虚像の栄光崩れる時
 ごそり。暗闇の中に炎の揺らめき、小さな明かりが2つ。
「そろそろ、向こうの準備も出来たかね?」
「まだ、合図は見えないでがんす」
 明かりの一つで声が聞こえた。チルレル・セゼル(ea9563)の問いに阿倍野貫一(ec1071)が答えたもの。阿倍野が光量を抑える加工を施したランタンの炎を消すと、辺りにふっと漆黒が降りた。
 進行方向少し先にはターゲット、ヴィタリーの屋敷。屋敷内にはいたる所に明かりが灯されているが、外から表玄関を見ている限り、冒険者達の行動が知られたというわけではなさそうだった。警備はいるが厳重ではなく、窓から漏れる明かりを遮る人影も滅多に無い。
「照明用の油、だいぶ無駄に使ってんだろうね。住民の生活は苦しくなってるのにさ。酒くらい気楽に飲ませてほしいね」
「その上にモンスター密輸などという犯罪に手を染める‥‥まったく、貴族の風上にも置けぬでがんす」
「そうですね。一人も逃がさずに確保して、こんな事件は終わりにしてしまいましょう」
 フォン・イエツェラー(eb7693)も同意する。真っ暗闇において狂化してしまう彼は夜間の突入に不安を感じていたが、屋敷から漏れてくる明かりは相当明るく、暗闇より寧ろ彼の鮮やかな金髪が屋敷の方から見えてしまわないかということの方が心配だ。もしくは「そろそろ就寝時間」と屋敷の明かりを一気に消される事態の方が。
「ほら、君達はもっとちゃんと頭下げてなさい。無駄に目立つんだから」
 今回の依頼に同行しているイザークの部下達の頭をぐいとマイア・アルバトフ(eb8120)が下げさせる。確かに軽装であるとはいえ騎士として最低限の身なりの装備をしている彼らは目立つ。
「阿倍野君、合図、さっきあったわよ。あたし達も始めましょう」
「おっと、そうでがんしたか。それでは早速。調査隊の皆さんは、少しの間ここに待機でお願いするでがんす」
 言って阿倍野は門の前まで移動すると、付近の様子を窺う。ざっと見渡した感じ、すぐそこに1人、見張りが立っているだけのようだ。手で静かに合図を送る。
「‥‥ん?」
 見張りの兵士がうっすらと光る赤を茂みの中に見つけた時はもう遅かった。チルレルの放ったファイヤーボムが、あまり丈夫そうには見えない簡素な正門に直撃して轟音を上げ、同時に巻き起こった衝撃に兵士は吹き飛ばされる。
「夜の見張りは眠かったでがしょ、ゆっくり休むでがんす」
 身を起こした見張りの首筋に一撃、阿倍野がスタンを見舞う。倒れ伏したその男を、フォンが主戦場となるだろう辺りから少し離れた所へ運んでやる。
「もう後には退けないわね。ド派手に行くわよっ! おらあぁぁぁっ!」
 聖職者として以前に女性としてどうなのかという大声をあげて、マイアがボロボロの門の残骸を蹴り倒す。既に崩壊寸前だったそれはメキャッという音を立てて崩れる。
 少しして、屋敷の扉が開けられた。そこには数人の兵士達。屋敷内へ向かって何事か叫んでいる様子から、まだ中に兵士がいるらしいことが分かる。
 チルレルの2発目のファイヤーボムが玄関前の地面で爆裂して兵士達の足並みを狂わせ、マイアがホーリーを最前列の敵から順に撃ち込んでいく。完全に出鼻を挫かれた兵士達に、阿倍野とフォンが大きな掛け声と共に切りかかった。
 これがイグルノフ家の落日の、第一撃目であった。

 ・ ・ ・

「始まったみたいだな‥‥って、この大音響じゃ言わなくても分かるか」
 正門の方向で聞こえた爆発音と立ち上る煙に、クルト・ベッケンバウアー(ec0886)はスピアを持ち直す。ヴァイナ・レヴミール(eb0826)も無言で頷き、食べていた保存食の最後の一欠けらを口に放り込む。ちなみにこの保存食、ヴァイナが持参するのを忘れたため余分に持っていたマイアからの貸しとなっている。記録係的には、女性からの贈り物には3倍返しが基本だ。‥‥え、贈り物じゃない?
「屋敷の中ではくれぐれも慎重にね。警備はそんなにいないって聞いているけど、『路地裏の野良猫』とかいう危険があるのに警戒してないはずはない。きっと何かあるわ」
 アリアス・アスヴァール(eb6622)の促す注意は、事前に街で聞き込みを行ったことで得られた情報だ。ヴィタリーやパーヴェルに関係する情報は、話すと何か拙いことでもあるのかなかなか聞き出せなかったが、今回の強制捜査のことを少しだけ話すと色々と話してくれるようになった。おそらく、領主らが逮捕されれば「不必要なことを喋りやがってコイツめ」と罰しにくる人物がいなくなるからと気が楽になったのだろう。
 彼女ら3人は、裏口から侵入する本命の部隊である。正門で阿倍野達が大騒ぎをして敵の注意を引いている間に内部へ侵入、トップであるヴィタリーを捕らえて一気に終わらせようという作戦だ。
 正面部隊の陽動はうまくいっているようだ。人気の無い裏口の鍵を、クルトが慎重に開ける。その間アリアスが屋敷周辺の様子を窺っていたが、特に逃げ出す人影は見当たらなかった。
 間も無く開錠された扉。アリアスが代わって取っ手を持ち、静かに開けられた扉の隙間からクルトが音も無く体を滑らせる。続いてヴァイナがいつでもディストロイを放てるよう構えながら踏み込む。兵士は見当たらない。
「行こう」

●栄華と狂気
 裏口の扉付近から見渡した屋敷内部は、事前に貰っていた見取り図とほぼ同一だった。真正面には玄関ホールに続く通路が、右手側にはまっすぐな通路があり、右手側通路の奥は照明の明かりが届かず薄暗い。
 アリアスが扉の地点で見張りに残り、クルトとヴァイナが右手側通路の奥を探りに行く。正面の通路はすぐに途切れ二階への階段も見えるのだが、正門部隊に対応していると思われる兵士達が数多くいることから、そちらにはまだ手を出さないことにした。
「単なる物置のようだが‥‥ん?」
 目の良いヴァイナがざっと見てみた感じ、そこは除雪用の道具やら暖炉用の薪やらがずらりと置かれただけの空間だった。だから明かりが必要ないのかとヴァイナは一瞬思ったが、しかし床の隅、物に隠されるようにぽっかりと空いている空間を発見した。
「これは階段か? 確か見取り図には無かったはず‥‥」
 それはクルトの記憶どおり、見取り図には記されていなかった下り階段。
「我々の目的は汚い商人とその下僕達だが‥‥」
「ここに逃げ込んでる可能性も無きにしも非ず‥‥か」
 今回の依頼の第一目的は、ヴィタリーの捕縛。不審な箇所の探索や危険の排除はおまけに近い。だが、ヴィタリーが二階にいるとは限らない。この下り階段は外へ繋がっているかもしれない。
「だが、それもあくまで推測‥‥裏口を留守にするわけにもいかない」
「俺達二人で調べに行くにしても、戦力が足りないかもしれんな‥‥」


 正門と玄関の中間地点では、戦闘に決着がつこうとしていた。冒険者達の数の不利は明白であったが、一人ひとりの技量が勝っていることと効果的な魔法の運用、戦場の選択が状況を互角以上に押し上げていた。
 裏に回った面々は、時間からいって既に屋敷内へ突入を完了しているだろう。自分達の後の仕事は、正門の防衛にやって来た兵士達を全てボコボコにし、裏門部隊と合流すること。
「意外と、兵士達の士気が低いですね。これなら降伏を呼びかければ応えてくれるんじゃないですか?」
 フォンが4人目の敵を剣の柄頭で昏倒させながら、戦闘中に思ったことを話す。兵士達は明らかにやる気が無く、とりあえず戦っているという感じに見えた。
「領地の中から無理に徴兵されてるんじゃないの? そうだったら、トップを捕まえればすぐ大人しくなるわ」
「じゃあ、殺しをやらなかったのは正解だったね。適当に縛って転がしておけばいいかね」
 阿倍野のスタンなどで気絶している兵士達を山のように積み上げながらそうチルレルが言った時、表玄関から出てきた直後の兵士2人が前のめりにぶっ飛んだ。水浸しになりながらも何とか起き上がった彼らに、追撃でスピアの柄が振り下ろされる。
「少し人手が要る。敵も残り少ないようだし、大騒ぎもそろそろ終わって構わんだろう」
 最後に出てきたヴァイナの声で、正門部隊は状況を把握する。裏門部隊が合流にやってきたのだった。詳細の分からない地下の調査と、二階の捜査を同時に行う人数を用意するために。


 マイアの持つ松明の明かりが暗闇をぼんやりと照らす。その松明の元の持ち主のクルトは、いつ戦闘に突入しても構わないようスピアを構え、用心深く先頭を進んでいる。
 地下は牢獄のようだった。今は使われていないのか、牢の中に動くものの姿は無い。
 動くものの姿は。
「これは‥‥ちゃんと埋葬くらいしてあげなさいよ‥‥」
 そうマイアが呟くのは、複数の牢の中に各々4体ほどずつ転がっている『何か』。白い毛皮がサスカッチのように見えるものもあれば、バラバラの骨になっていて元が何か分からないものもある。その荒れようから経年による白骨化というよりは、空腹による共食いでもした後のようだと推測された。
「悲惨なものね‥‥でもとりあえず、この牢があるってことで事件への関与の証拠にはなるわね」
 背後を特に警戒しつつ、アリアスが言う。そう、この牢の存在によって、モンスター密輸事件へのヴィタリーの関与が証明される。贅沢を言えば主犯者なのか共犯者なのか、共犯ならば主犯は誰かを示す証拠が欲しいところだが、それを探すのは外で待機している騎士達の仕事だ。
「そういえば、まだ外で彼らは待っているんだったな。寒い中ご苦労なことだ」
 地下牢は途中で行き止まりになっており、外部へ通じているということはなかった。念のため帰り道もしっかりと牢の中を確認しつつ、クルト達は地上階へと戻る。急ぎ騎士達を呼び寄せ、二階へ上がった仲間達の補佐に向かわなければ。

 ・ ・ ・

 二階へ上がった面々は、待ち構えていた何人かの兵士と切り結ぶ。ほとんどの者が正面での戦いに出ていたためその数は冒険者達とほぼ変わらず、突破は容易だった。
「‥‥破壊の化身を我が身に宿し‥‥汝が敵を撃ち砕け‥‥砕」
 ヴァイナの放ったディストロイが向かってきた兵士の槍を砕き(後で説得するから死なせるなと釘を刺された)、その衝撃で仰け反った兵士をリュートベイルを構えたフォンが押し倒し、剣を突きつけてホールドアップ。チルレルがクルトからの借り物のロープで縛っている間に、阿倍野が他の1人の兵士の意識を刈り取った。
「敵は片付きましたね。あとは、目標の確保だけです」
 フォンが視線を向けた先には二つの扉。このどちらかにヴィタリーがいる可能性が高い。
 果たして。
「お前がヴィタリーか?」
「そうだが、君は?」
 多数の本が並ぶ書斎のような部屋、その奥で椅子に座ったまま視線だけを向けてくるヴィタリーに、ヴァイナはすぐさまディストロイの詠唱を開始する。が、それをフォンが止める。実力行使は一応、クルトの説得がダメになってからだ。
「キミを逮捕するように依頼を受けてる。抵抗せずに降伏してもらえないか?」
「ああ、分かった。中央からの依頼なのだろう? ならば私はそれに歯向かうことは出来ない。素直に連行されるとするさ」
「‥‥随分素直だね。そいつは、あんたにかかってる罪を認めてるってことなのかい?」
「いいや、全ては認めない。そして認めないからこその無抵抗だ。ここで暴れて逃げでもしたら、完全に私が主犯と断定されるだろう? 素直に捕まっておいて、キエフでリヴァノフ卿に直接弁解する方が利口だと思わないか?」
「それは確かにそうかも知れませんが、ここの兵士達は私達を攻撃してきました。それはどうしてですか?」
「おそらく君達も聞いているとは思うが、『路地裏の野良猫』といううるさい連中がこの街にいるものでね。兵士達はそいつらが襲ってきたと思い込んだんだろう。そのことに関しては心から詫びよう」
 そうしてヴィタリーは、冒険者達が予想していたのとは違いあっさりと捕まった。油断させておいて逃げるつもりなのかもしれない、と腕を縛ったり注意して見張ったりしていたが、その気配も無く。
「これにて一件落着‥‥となってくれればいいのだけど」
「俺達にやれることはやった。後は国のお仕事だ、俺達の気にすることじゃない」

●落日、これから
 やはり酒代は安くなっていなかった。領主が代わらなければその地域も変わらないということだろうか? キエフを発ってから酒と離れていたチルレルは、街の酒の値段に悲鳴をあげてもう2日我慢することを決めた。キエフに帰ってから、健康を害しない程度に飲んでくれ。
 そう、領主云々と言えば。
 依頼の終了後、ギルドにもたらされた情報がある。それはイグルノフ家当主、パーヴェル・イグルノフが行方不明になったというもの。
 冒険者の増援の都合がつかなかったイザーク配下の騎士8人がパーヴェルの逮捕と屋敷の捜査のために派遣されたのだが、連絡は無く、また彼らが帰還することもなかった。後に追加で出された調査隊が発見したのは焼け落ちたパーヴェルの屋敷、そして8人の騎士達の死体であった。
 パーヴェルの捜索指令が下されるのと、空席となった領主の地位に新たな人物がやってくるのは、この少し後の話である。