ノモロイ行進曲・序(の口)
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■ショートシナリオ
担当:香月ショウコ
対応レベル:1〜5lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 48 C
参加人数:5人
サポート参加人数:-人
冒険期間:03月17日〜03月23日
リプレイ公開日:2007年03月27日
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●オープニング
●かくて事件は始まれり
夕より朝の方が近い深夜。漆黒の帳に包まれた村に、その女はやって来た。
ローブを前でぴっちりと止めて風を防ぎながら、女は村人の誰もが寝静まっていることを知ってか知らずか、いや、時間帯を考えれば当然起きている者などいないはずの時間、それを気に止めることもなく家の扉を叩く。
村で一番大きなその家は、村長の家であった。女の何度目かのノックの後、室内にぼんやりとした明かりが灯り、程なくして扉が開けられた。
村長の息子である壮年の男性は、真夜中の訪問者を家に招き入れた。怪しいにも程があるのだが、この女は旅の途中道に迷い、この冬空の下宿が無いと言ってきた。やはり彼も人の子、助けなければという心があった。
そんな真っ当な理由の他にもうひとつ、村長の息子がその旅の女に一夜の宿を提供した理由があった。
その旅の女は、村の女たちとは比べものにならないほど、美しかったのだ。
翌朝。女は村長の息子に礼を言うと、村を案内してほしいと頼んだ。旅の途中であるなら先を急ぐかと思ったが女はそうする素振りも見せず、またそこは案内するほどの広さもない小さく寂れた村であったが、彼は素直にその願いを聞き入れた。やはり彼も人の子、それも独り身の男性。美しい女性と時間を過ごしたいという欲求は当然心にあった。
村には特産品があった。その村には村人たちが自給自足で生活できるほどの作物や家畜は無く、その特産品を時折来る行商に売り、その対価として食料などを買って生活していた。
特産品は、土を捏ねて形を作り、村の奥にある大きな窯で焼いて固めた人形だ。その人形の胴は美しいラインを描き、つぶらな瞳が見る者を和ませ、その手その微笑みは全ての罪に許しを与える天使のよう。
女はその特産品の焼き物を一目見ると、いたく気に入った。それが作られる様子を最初から最後まで見たいと、村にもう数日滞在することを願った。村長の息子ほか焼き物作りに携わっている男たちは、それを喜んで受け入れた。美しい女性が、自分たちの作った物を素晴らしいと感じ、興味を持ってくれている。それは、似たような毎日を続けていた男たちの疲れを一気に吹き飛ばす、最高の言葉だった。
数日後。村人の一人が急ぎ村を出た。目指すはキエフの街、冒険者ギルド。彼は必死の形相で道を駆け、寝食も忘れて助けを求めた。
旅の女が迷い込み、焼き物を特産品とする小さな村。その村の名は、ノモロイという。
●キエフ、冒険者ギルドにて
「依頼があるんだ」
「フリーズ! 動くな! ライズユアハーンド!! まずその背負っている荷物を置け。そっとだ。‥‥待て、ギルド内に置くな。外に出せ。大丈夫だ、誰も盗りはしないそんなもの」
ギルド員はその依頼人の姿を見ると、どこからともなくショートボウを取り出しホールドアップ。この依頼人は彼にとって天敵なのだ。ノモロイ村からの依頼人‥‥あの恐怖の像の運び屋。
「荷物は置いてきた、だから依頼を‥‥」
「シャラッープ! まだだ。その懐の膨らみは何だ。アレだろう、小型軽量3倍量のアレだろう」
もう大体の手口は分かっている。さっきの荷物にはノモロイ村特産『天使の像』ことノモロイの悪魔が、そして依頼人の懐には聖夜祭仕様で小型軽量化され通常品の3倍量持ち運べるようになった『聖夜の天使』こと赤い悪魔が入っていたに違いない。
「よし、その場で両手を高く上げろ。ゆっくり回れ。‥‥よし。それじゃ話を聞こうか。何の用だ」
入念なボディチェックを終了し、ギルド員はようやく依頼を聞く体勢になる。何だか恐れ過ぎな気がする方もいるだろうが、このくらいしなければあの恐怖から逃れることは出来ない。
「冒険者に、依頼したいことがあるんだ」
「宣伝か? 陳列か? 営業か? 配達か? 企画か?」
「違う。‥‥人探しだ」
「‥‥ほう?」
何というか言い方は悪いが普通の依頼内容に、ギルド員は肩透かしを食らった。そういえば、ギルドに入ってきたこの依頼人の男の表情も、いつになく真剣だった気もする。
「ウチの村に、数日前に旅の女性が迷い込んできたんだ。村長の家で一晩泊めてあげて、次の日、天使像を作る工程を見たいからってもう何日か泊めてほしいって頼んできた」
「信じられんが。‥‥人探しってのは、その女性か?」
「ああ。一昨日の夜、突然姿が消えたんだ」
「アレが恐ろしくて逃げたのでは」
「いや。彼女は完成品を見てとても気に入ってた。そんなこと、万が一にもありえない。それと、彼女がいなくなった夜に、村人の一人が謎の人影を見てるんだ」
「謎の人影?」
「身長は大体子供くらいで、でも身長の割にはやけに胴が太かった。その他に、だいたいこのくらいのサイズの影が幾つか、その近くを跳ね回ってたって」
そう言いながら依頼人が取り出す杖。長い距離を旅する際に役立つその木製の杖には、持つ部分の少し下にアレが刻まれていて。
ブン! バキャッ!!
「ああっ、杖がっ!!」
「こんなところに隠していやがったかちくしょうめっ! やはりこいつで撃ち抜いてやる!」
「罠に嵌めようとしたわけじゃない、大きさを教えようと思って‥‥分かった、分かったよ謝るからっ!」
●リプレイ本文
●こちらノモロイ村女性誘拐事件対策本部
「あぁ、それは最新作『僕らの守護天使』ですよ」
蛇に睨まれたカエルのような状態のケリー・レッドフォレスト(eb5286)に、村民はそのスペックを丁寧に解説してくれる。身長は1m、重さは28kg。相当な大きさである。
「んー、やっぱり不可解だにゃー」
「確かに、あんなものを好きになるなんて信じられないわ」
「いや、そっちじゃなくてだね〜‥‥」
ノモロイ村に先行して到着し様々な調査や聞き込みを行っていたルイーザ・ベルディーニ(ec0854)とアスタルテ・ヘリウッド(ec1103)。後発組が追加の聞き込みなどを行っている間に状況を整理しつつ。
「まあ、始めっからノモロイの悪魔がお気に入りっていう点でその女性を怪しんでたんだけど‥‥ノモロイ像をパクって消えたとか。でも聞いたところだと、その人の荷物は殆ど残ってるっていうし」
「普通、逃げるんだったら自分の荷物は持っていくよね‥‥でも、誘拐って考えるにも不自然よ。誘拐って普通は事前に計画を立ててから実行するだろうから、突然村に来た人を狙うのはちょっと無謀だわ。手順が決まってないだけじゃなく、余所者はそうってだけで目立つから」
確かにその通りだ。さらに他にも不審な点はある。女性を攫ったと目される謎の人影は、身長は子供ほど、しかしありえない程ずん胴だったというのだ。ぼん・きゅ・ぼんではなく、ぼん・ぼん・ぼん。明らかに人間のそれではない。まぁ、『ぼん』がどこにもない女性には羨ましい点もあるのかもしれない。おっとっと、該当する冒険者は一人しかいないじゃないか。
ルイーザとアスタルテが行った聞き込みで判明したことは他に、事件の夜これといった物音は聞かれなかったということ、しかし雷が鳴っていたわけでもないのに断続的に何かが光っているのを見たという証言があったこと、女性には特に変わった様子はなく、消えたその日もいつもどおりだったということ、そして。
「謎の人影の足跡はあったけど、女性の足跡は無かったらしいわ。‥‥ただ、人影の両サイドに細い影が4本出てたって」
「それ、腕と足?」
「多分ね。だから、女性が怪しいってのに変わりはないけど、何かに誘拐された線が濃くなってきたわ」
ということで、本件は誘拐事件と断定。被害者は常識が疑われる女性。
「兎も角、洞窟に行ってみるしかないわね。冒険者は足で稼ぐのよ」
そして、今回の事件の裏側にデビル、グレムリンがいるかもしれないとの予測のもと、アスタルテは村の家々を訪問してまわってエールを分けてもらう。村人達は、それが女性救出の役に立つのならと無償で分けてくれた。
「さて、それじゃあたしはどうしてよっかな?」
後発組の調べ物が終わるまでの間、どうして時間を潰すか。ふと辺りを見渡すと、すぐそこにさっきケリーが睨まれていた『僕らの守護天使』。
何となく目が合う。子供ほどの身長のぼん・ぼん・ぼん。
「‥‥‥‥」
何故か腹が立ってくる。
・ ・ ・
もううんざり。早く洞窟に行きたい。そう思っているのはイリューシャ・アルフェロフ(ec0819)だけではないはずだ。ギルド員の超投げ遣りな態度を見てこの依頼に興味を持ったのだが、こんなものに遭遇するとは。ギルドには事前にもっと情報公開をしてもらいたい。
村の中で聞き込みや調査をしているのだが、この村は何が嬉しくてこんな至る所にノモロイの悪魔が配置されているのか。ちょっと休憩しようとノモロイ像の視線から外れた村の外に出てみたら、そこでも頭の上にちょこんと雪の乗った一体のノモロイ像と遭遇した。何で村の外にもあるのかと尋ねたら、どうやら以前国王陛下の歓迎のために配置したものを回収し忘れていたものらしい。
そんな気の休まらない村内を早く脱出したいのだが、生憎、しっかりと調査をしたい人達がいた。
ソフィーヤ・アレクサシェンコ(ec0910)は行方不明の女性や謎の人影、洞窟について老若男女村人全員から聞くつもりなんじゃないかというくらいちゃんと調べている最中だし、ケリーは「この像が人々にどんな影響を与えるものなのか、学問的に調査したい」と村中の像とさっきから睨めっこを続けている。二人とも、よく精神力が保つものだ。
(「これは神様の像‥‥これは神様の像‥‥これは‥‥神様の像?」)
折れるんじゃないかというほど首を傾げてノモロイ像を注視するケリー。色々と見てまわってきたが、これまでに分かったことは一つだけ。
「‥‥これやっぱ気持ち悪いよ」
ただ、この像の神様っぽさを否定はしない。確かに、見ようによってはこれは神像だ。邪神。これを気に入って神様だとか天使だとか言うにはきっと、生まれ持った才能が必要だ。
「焼き物としての質は、結構良いんだけどねぇ‥‥」
指で軽く弾いてみると、こんな田舎の村の無名な窯で焼いたとは思えないほど良い音が返ってくる。そう、問題は全て見た目だ。
依頼人は、謎の人影のまわりを小さな何かが飛び回っていたと言っていた。それはサイズ的にはノモロイ像初期型と同程度だというのだから、もしかするとこれが動き出したのかもしれない。魔法をかけられてコンストラクトとして動き出した? とりあえず、伝承や精霊知識を総動員しても、それらしいものは思い当たらなかった。正解は件の洞窟へ行ってみなければ分からない。
「聞き込みはこのくらいで充分でしょう。ルイーザ様達と合流して、洞窟へ向かいましょう」
視線がノモロイ像にまで向かっていたソフィーヤがそう言ってきたのを、イリューシャは心から歓迎し頷いた。あとは女性を探し出して、連れ帰って、さっさとキエフへ帰るだけだ。
ついさっきまでソフィーヤが見ていたノモロイ像の頭部が雪で固められ雪だるま状態になっているのを、それをやったソフィーヤ本人以外は誰も気付かなかった。やっぱりこの視線には耐えられない。
●守って僕らの守護天使!
依頼人が村を出てから数日経っているため足跡は無くなっていたが、その洞窟は簡単に見つかった。村で示された方向に向かって一直線に、一時間もかからなかった。
暗い洞窟の中、何事も見落とさぬように二つランタンを掲げて入っていく冒険者達。入口は辛うじて2人並んで入れるサイズだったが、内部はそこそこの広さがあった。
「何か、奥の方から音が聞こえるわよ?」
進み始めてすぐ。イリューシャが気付いた物音。それは他の者には聞こえない、本当に微かな音。トン、トンという。
「何かがあるのは分かったけど、正体までは分からないからね。行ってみるしかないよ」
「待って! ストップだよ!」
歩き出そうとするアスタルテを止め、ルイーザが武器を構える。ランタンの明かりがあっても多少は薄暗い洞窟の中、少し奥に土色の何かがいた。
「え?」
「は?」
「あ?」
「これって‥‥」
「『僕らの守護天使』?」
村で見た最新作。そいつがここにいることを皆が理解したのとほぼ同時に、守護天使は両腕をゆっくりと挙げ、一歩こちらへ踏み込んできた。
「彼女を攫ったのは、あんたなの?」
一歩後ずさりつつ、アスタルテが問う。答えは無い。
「村の皆が心配してるから、彼女を帰してあげてくれない? 取り敢えず、事情は聞かないから」
言いながら、今度は村で仕入れたエールを地面に置いてみる。答え無し、反応無し、守護天使停止。
「‥‥?」
一歩近づいてみる。また両手を挙げて踏み込んでくる守護天使。
一歩下がってみる。また両腕を下げてそこで停止する守護天使。
「奥に入ろうとすると、向かってくるのでしょうか?」
ソフィーヤが、再び同じように試してみる。やはり進むと向かって来、戻ると止まる。
「なら‥‥凍っていてもらおうかな」
と、守護天使が動き出すラインより遠くから、ケリーがアイスコフィンの魔法を放つ。カチンコチンに氷結する守護天使。
「これで大丈夫。今のうちに奥に‥‥」
「待ちなさい、あなた達!!」
ケリーが皆を促し、奥へ進もうとしたその時。その奥の方から女性の声が聞こえた。と同時に、何かがトントンと跳ねながらこちらへ向かってくる。
「‥‥こいつらは‥‥ノモロイの悪魔(初期型)!?」
突然目の前に跳ねて来たノモロイ像を、ルイーザが短剣でぶち壊す。アスタルテは敵が小さい分よく狙いをつけて、矢を放つ。一発が外れ、一発が胴体を貫通して砕く。イリューシャもシューティングPAを駆使しつつ向かってくる一体を破壊し。間違いなくチャームの効かない相手に、ソフィーヤはランタンを高く掲げ味方の視界を確保しつつ、後方へ下がる。ルイーザのサイドを抜けソフィーヤに向かったノモロイ像は、空中でケリーに凍らされそのまま地面に落ちた。
「このっ‥‥いい加減に大人しく女の人を返しなさいよっ!」
「‥‥止まりなさい、みんな!」
アスタルテが叫んだ言葉に反応したかのように、奥から再び聞こえた声。その言葉に従い、ノモロイ像達はジャンプアタックを止め戻っていく。突然のことに驚く冒険者達の下に、しばらくして、女性が奥から歩いてきた。
「女の人を返しなさい、って、どういうこと?」
姿を現した女性は、ルイーザ達にそう聞いてきた。その姿をよくよく見てみて、ソフィーヤが気付くあること。
「あの‥‥もしかして、少し前までノモロイ村に居た‥‥」
「え? そうだけど‥‥それがどうしたの?」
・ ・ ・
「あっはっは、そうだったんだ! あたし誘拐されたことになってたんだ! あー、でも確かにそう思われても仕方ないかも」
周りをノモロイ像が楽しそうに跳ね回る中、女性は大声で笑った。大人しくしていれば清楚な貴族の令嬢のように見える彼女だが、こうして笑っていると姐御的な人にも見える。
「あの、ところでその像達は‥‥?」
「あ、この子達? 一緒に遊んでもらおうと思って、あたしが魔法をかけたんだよ。ほら、石とか鉄でゴーレムを作る魔法があるでしょ。アレ」
彼女が話すには、彼女は誘拐などされていなかった。村で見たこの像達があまりに可愛らしくて、つい魔法をかけ、一緒に遊びに出たのだという。アスタルテの予想は外れてしまったわけだが、まあデビルなどという物騒なものが関わっていないに越したことは無い。
そういえば彼女はウィザードだということだが、思ってみればそれも事前に推測することが出来たかもしれない。真夜中でしかもまだ寒さの残る森の中、普通の女性の一人旅などあまり考えられる状況ではない。普通の人でなく、剣などの武器を携帯していないとなれば、魔法か拳を武器にする人なのだろうと考えられた。
「しっかし、この子達可愛いなぁ。キーラ様にこの子達買ってもらえるように頼んでみないと」
「キーラ様って誰?」
満面の笑顔でノモロイ像と戯れる姿をげんなりとした表情で見ながら、ルイーザが尋ねる。『様』がつけられるのだから、身分が高い人なのかもしれない。
「ニコラエフ家の若き当主、キーラ・ニコラエフ様さ。あたしの主君だよ。あんまり偉い貴族様じゃないけどね。あ、あたしはエレオノーラ・イロフスキー。キーラ様親衛隊の隊長さ。ちなみに現在親衛隊員絶賛募集中」
まあ、そういう身分の人達らしい。とりあえず今回の依頼のこれからに関係する情報じゃないので適当に聞き流しておく。
「とりあえず、無事だってことを村の人たちに知らせに戻ってもらえるかしら? そうすれば私らの依頼は終わるから」
アスタルテの言葉はすぐにエレオノーラに受け入れられ、これにて今回の珍騒動は解決となったのであった!
いや。
「このエール、どうしようかしら?」
イリューシャが疑問を口にする。守護天使の足元に置いてある大量のエール。
「持って帰って、村人に返せばいいんじゃないかな?」
「ここでみーんな飲んで帰っちゃえば良いんでしゅよ!」
「ソフィーヤ、いつの間に飲んで‥‥って、その言葉遣い‥‥」
ノモロイ像が跳ね回る中、大騒ぎはもう少し続く。