恋愛の話

■ショートシナリオ


担当:香月ショウコ

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや難

成功報酬:1 G 1 C

参加人数:6人

サポート参加人数:4人

冒険期間:06月02日〜06月05日

リプレイ公開日:2007年06月13日

●オープニング

「はぁ〜‥‥」
「‥‥‥‥」
「はぁ〜‥‥」
「‥‥‥‥」
「はぁ〜‥‥」
「‥‥‥‥さっきから鬱陶しいな。その溜息は何だ」
 青いバンダナを巻いたギルド員は耐えかねて、同僚の若いギルド員に話しかける。と、若いギルド員は待ってましたとばかりにテーブルに突っ伏していた体勢をくるりと変えて口を開く。
「実は悩みがあるんすよ‥‥聞いてくれます?」
「面倒だ。自分で何とかしろ」
「‥‥そうっすか」

 ・ ・ ・

「はぁ〜‥‥」
「‥‥‥‥」
「はぁ〜‥‥」
「‥‥‥‥分かった、俺の負けでいい」
「それで、悩みなんっすけどね。‥‥実は最近、彼女が出来たんすよ」
「悩みかそれは。ノロケたいだけじゃないのか」
「悩みっすよ」
「彼女の本性は女王様だった」
「逆玉の輿っすか?」
「いや、分からんならいい」
「じゃ、続きなんすけど‥‥彼女、ものすごく可愛いんすよ。性格も優しくて生真面目で気配りが出来て、完璧なんす。今までに何人もの男達にプロポーズされて。でもずぅーっと断り続けていたんす。何でだと思います?」
「男嫌いだった。もしくは、もう心に決めた男がいた」
「二番目のが当たりっす。彼女には、それはもう男前な彼氏がいたんすよ。彼女は真剣にその彼氏との将来のことを考えていて、他の男にはまったくなびくことは無かったんす」
「じゃあ、何で今お前の恋人におさまってるんだ?」
「彼女、その彼氏に振られたんすよ。‥‥いや、振られたっていうより、捨てられたって言った方が正しいっすね。その彼氏、見た目は男前で性格も良いように見せかけてるんすけど、実際は何人もの女性をとっかえひっかえ、遊び歩いていたんす。それである日、付き合ってた女の人たちの一人である彼女のことを、「やっぱもうやめよう」って振ったんす。彼女は、「どうして」って聞いたんすよ。「そんなに簡単に振るくらいなら、どうしてあんなことまでしたのか」って」
「あんなこと?」
「‥‥あんなこと、っす」
「いい。分かった。把握した。理解した。だから無理に言おうとするな。‥‥泣くな、とりあえず次の話題に行け」
「‥‥で、その答えが「寂しかったから」とか‥‥そんなのそいつの都合っすよ! 人の気持ちを無責任に弄ぶそんな奴、挽肉にして犬に食わせてその糞を魔法で爆破してから川に流してやっても物足りないっすけど、彼女はそれ以上食い下がることはしないで、引き下がったんす。そして、まあ、俺と偶然会って仲良くなって恋人同士になって、で現在に至るんす」
「‥‥悩みはどのへんだ? その元カレを合法的に挽肉にする方法か?」
「そんなことしてもきっと彼女は喜ばないっす。彼女がすぐ引き下がった理由は、『その人が好きだから、自分の下に束縛して不幸な思いをさせたくない』っすから」
「‥‥悩み、何となく分かったぞ。お前はそういうことを気にしそうなタイプだ」
「怖いんすよ。何で俺なんかと一緒にいてくれるのか分からないんす。前のその男のとこにいつか行ってしまうんじゃないかとか思って」
「お前の何かに惚れたから、お前と一緒にいるんだろう?」
「純粋で、時々熱血なところが好きなんだって言われたことがあるっす。責任感が強いってことも言われたっす。‥‥じゃあ純粋で時々熱血で責任感が強かったら俺じゃなく誰でもいいのか、ってのはあまりに穿った見方っすかね?」
「‥‥‥‥」
「本気で好きだった相手をすぐ諦めて俺と付き合ってるんすよ? 次は俺が置いていかれる番かもって不安になるのも仕方ないじゃないっすか‥‥」
「それは‥‥信じてやるしかないんじゃないのか。彼女のことを。お前を好きだって言ったその心を」
「もちろん! もちろん、彼女はそんなことするような人じゃないって、俺は分かってるつもりっす。信じようと頑張ってるっす。でも‥‥彼女が別の誰かと一緒にいる光景を頭が勝手に想像しちゃって、そうするとどうしようもなく悲しくなって、苦しくなって‥‥そんな時に彼女の微笑みなんか見たら、もう耐えられなくなるんす‥‥」
「‥‥‥‥ほら、仕事だ。これ貼っとけ」
「人が泣いてる時に容赦ないっすね‥‥え?」
「冒険者の中には普通なのも変なのも、恋愛経験者も未経験者も人生経験豊富なのもいるだろ。一人でごろごろ疑心暗鬼と戦って答えが出ないなら、相談でもしてみろ。答えを教えてもらえなくても、一人で抱えているより話したほうが楽になる」
「‥‥あ、ありがとうございますっ!」
「報酬はお前の財布から出せ」
「やっぱりっすか」

●今回の参加者

 eb3232 シャリン・シャラン(24歳・♀・志士・シフール・エジプト)
 eb9726 ウィルシス・ブラックウェル(20歳・♂・バード・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)
 ec1929 カナン・マラクレット(25歳・♀・ナイト・人間・ロシア王国)
 ec2048 彩月 しずく(30歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ec2073 瀬名 北斗(37歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ec2945 キル・ワーレン(26歳・♂・ファイター・人間・神聖ローマ帝国)

●サポート参加者

レア・クラウス(eb8226)/ ディルフォン・エルスハイマー(eb8677)/ ステラ・シンクレア(eb9928)/ クルト・ベッケンバウアー(ec0886

●リプレイ本文

 午後の酒場は空いていて、あまり大っぴらにしたくない話をするにはちょうどいい具合だった。そのテーブルのひとつで瀬名北斗(ec2073)が軽食を注文している、その向かいで。依頼人であるギルド員はシャリン・シャラン(eb3232)の蹴り乱舞によってノックアウト直前。シャリンは同時に某記録係にも致命傷を。まあそれも仕方の無いことだろう。いかに他人様の依頼でなく自分の依頼だったからとはいえ、自分の名前や関係者の名前すら書いていないのでは手抜きとか個人情報保護とか言っていられるレベルではない。というか、そもそも皆もよく依頼人不明などという不審な依頼を受ける気になったものだ。
「ということで、さっさと全部洗いざらい吐いちゃいなさい。それまで出前は取ってあげないわよ」
「あ、はい、分かりました、正直に吐くっす‥‥俺はヨシフ・エリセーエフ、彼女の名前はマイア・エリセーエフで、付き合うようになってから今日でちょうど3ヶ月っす」
「ん? ファミリーネームが同じってことは」
「いや、結婚したわけじゃないっす。偶然同じなんすよ。だから、結婚しても変わらないねって話を‥‥」
 赤面して照れまくりのヨシフを見て、尋ねたキル・ワーレン(ec2945)も一緒に照れ笑いしてしまう。こういう素振りだけを見ていればただ単純に幸せな男なのだが。
「今はどういう感じなの? 二人の関係は」
 カナン・マラクレット(ec1929)がそう聞くと、突然さっきまでニヤけていたヨシフは俯いて押し黙ってしまう。ケンカでもして険悪なムードになっている最中なのだろうか。皆が心配し、カナンは失言をしたかと不安になるが。
「い、言わなきゃダメっスか? その‥‥手を繋いだりとか‥‥キ、キスとか‥‥」
「いいよ、そういう『関係』なら無理して言わなくても」
 彩月しずく(ec2048)が、尋ねられたのとは別の答えをするヨシフを止めてやる。あわあわするヨシフを見て、初々しいと微笑むウィルシス・ブラックウェル(eb9726)。

 ・ ・ ・

 話を聞いたところ、今のところヨシフとマイアの関係は変わっていないらしい。会って話をしたり、雑貨店を眺めて歩いたり。デートの日取りはほぼヨシフの仕事の都合によって決められて、彼女はそれに合わせてくれる。デートの内容は先の通りでいつもほぼ決まりきっているが、マイアはそれに文句を言うことも要望を出してくることもなく、変わらぬ笑顔を向けてくる。
「その変わらなさが、怖い気がするんす‥‥彼女が俺に何の希望も文句も言ってこないのは、『俺に』満足させてもらう必要が無いからじゃないのかと思っちゃうんすよ」
「でも、彼女は君のこと、好きって言ってるんだろ?」
「そうっすけど‥‥俺が彼女に100%を与えているとは思えないんす。我慢をさせちゃってるんじゃないかって。彼女の『本当』が分からないんすよ」
「つまり、アンタはカノジョに心底惚れてるけど、カノジョの本当の気持ちが分からなくてうじうじしてるってわけか」
「マイアさんが我慢してるかどうかは分からないけど、私だったら、こんなに自分のことで悩んでくれる人がいるなら嬉しいですよ」
 シャリンに続き、しずくが言う。その言葉がヨシフの心に届いたのを見て取ってから、続ける。
「「寂しいから誰でもよかった」って人じゃないんでしょ、彼女は? あなたにとっても「相手は誰でもいい」わけじゃないでしょう。なら、その想いを持ち続けて、愛してあげるのが大事だよ」
「自信持って頑張って、って言っても、多分今は無理だよね。その気持ちは僕も分かるよ」
 注文していた飲み物や食べ物が運ばれてくる。それを受け取って、店員が戻っていくのを待ってから、改めてキルが口を開く。
「僕は昔、自分に自信が無かった。他の人より価値の無い人間なんだって思ってたんだ。僕は元逃亡奴隷だから‥‥でも昔こう言われて、思い直したんだ。「お前に価値を認めてやることは出来る。けれど、『奴隷に価値は無い』って考える人間がいなくなるわけじゃない。
 あなたは捨てられないよ。素敵な人だよ。そう言って僕らが太鼓判を押すことは出来るけど、本当にあなたがそういう人なのか、あなた自身には分からない。あなたをダメな人だって思う人がいるかもしれない。ダメだってマイアさんが思っているかもしれない。答えを先に見つけることなんて出来ないから、だから悩んでるんだよね。ならさ、自信なくても、不安でもいいから、そのまま『好き』って気持ちだけでやっていこうよ。僕らの評価なんて、評価する人によって変わるから。だから、変わらない自分の想いを杖にして、歩いていけばいいとおもうよ」
「相手を信じたいと思っても不安になるのは、誰にでもあることですよ」
 ウィルシスが続ける。その前に、温くならないうちに飲みましょうと皆を促す。僕の話しは惚気見たいなものかもしれませんから、軽く聞き流しながら聞いてくださいと。
「僕は今、愛している女性がいます。正式な日取りは決まっていませんが、年内には結婚する予定です。その彼女とは8歳の時に会って、僕にとって初恋の相手でした。出会ったその日にした口約束のプロポーズから、今は、婚約することまで出来ました。でも今、僕と彼女は遠距離恋愛中なんです。僕はキエフ、彼女はパリで。‥‥想いは通じていると思っていても、向こうでの彼女の様子を知る術は、彼女が送って来る手紙だけ。会えない分、不安が募ります。でも僕は彼女を愛しているから。彼女を信じる信じない、というより、僕が僕自身の彼女への気持ちに正直に生きることにしました。僕が彼女を愛する気持ちは、疑えないものですから」
「でも‥‥卑怯で臆病だって分かってるっすけど、俺がマイアを本気で想っている、その自分を相手が陰で笑っているかもって思うと恐ろしいんす。自分に正直に彼女を信じて、裏切られる痛みが怖いんすよ」
 沈むヨシフに、だったら、と北斗が声をかける。なら方法はひとつじゃないか? と。
「素直に、その思いをぶつけるのがいいと思うよ。不安を不安のままでいつまでも抱えてしまっていては、お互い辛くなるだけですよ。全て話して、相手に答えをもらって、その上でその言葉を信じるしかないでしょう」
「彼女をどう思っているのか、これから二人でどうなっていきたいのか。自分の気持ちを整理してから、聞いてみたらどうでしょう? 表面の綺麗な部分だけを相手に見せるのが、本当の恋愛じゃないですよ。これから先、何十年と一緒にいるつもりなら。出来るだけお互いのことを知って、理解して、付き合っていかないと」
 そうウィルシスが続けたのを聞いて、シャリンは心得たとばかりに大きく挙手。
「よーし、じゃあ提案。カノジョからうまく本音を聞きだし、恋する二人がお互いに真実の想いを言い合う場を作るために! ヨシフ、彼女をデートに誘いなさい」

 ・ ・ ・

 酒場を出る際、お代をどうしようとちょっと相談。任せなさいと言うシャリンを残し、皆は先に酒場を出る。
「えーとね、お代は冒険者ギルドのヨシフ・エリセーエフに請求しといて。うん、全部。‥‥ふふーん、必要経費、必要経費♪」

 ・ ・ ・

 皆がヨシフを囲んで「このラブラブカップルめー」「贅沢な悩みだなこのやろー」とか言っていたかどうかは定かではない頃。カナンは一人、マイアに会う方法を尋ね、彼女のもとへ向かった。ヨシフから聞いた限りだと、マイアは彼にとても優しいようだ。だから、彼の前ではマイアは、彼のためになる、彼の喜ぶ言葉を選んで話してしまうかもしれないと思ったのだ。それでは、お互いのためにはならない。彼女に、本当の気持ちを話してもらいたかった。
「彼‥‥ヨシフさんのこと、実際どう思っていらっしゃるのかお聞きしたくて」
 マイアに最低限の事情説明だけを行い、そう尋ねるカナン。マイアは「心から愛している」と答えるが、それは本心か否か。マイアには雑談として話題にするには複雑な事情があって、現在に至っている。カナンとしては、色々な事情がありつつも、今はヨシフのことを好いている、そう信じていた。
 そんなカナンの思いを察知してか、マイアは質問への答えの後に、もうひとつ、話を続けた。
「私は、少し前に付き合っていた男性に振られて、自分なんか必要ない、要らない存在なんだと思っていました」
 『ヨシフが自信を持てない』としか今回の話題について知らせていないはずと、カナンは驚く。そのことについて尋ねてもいない。それでも、マイアは続ける。
「気持ちがこれ以上無いほど沈んでいて、街を出てその辺の森にでも出てしまおうかとも思いました。不要な存在なら、ここにいて苦しいなら、いっそ消えてしまおうと。そこに、ヨシフは『私が』好きだと言って、来てくれたのです。彼のその言葉と、私を想ってくれる行動の全てが、私に存在意義を与えてくれたんです。だから、もう過去の苦しさはもう持ち続けなくていいんだ、置いてきていいんだと思えました。そんな大事な彼の想いに応えるためなら私はずっと、彼に要らないと言われる日までは彼についていこうと、そう思っています」
 そう言い切って、マイアは微笑む。その一直線に想い人を見据えた笑みに、女性ながらカナンもどきりとする。でも。
「でも」
 言っておかなければならない言葉がある。これだけは。
「彼にただついていくだけじゃ、彼を不安にしてしまうと思いますよ。自分の意思を、嬉しいのか、不足なのか、幸せなのか、何を求めるのか、しっかり伝える時は伝えないと、自分が正しい道を歩いているのか、疑心暗鬼になってしまいますから」
「‥‥はい。分かりました」
 ヨシフの疑心暗鬼は、すぐには直せないかもしれない。マイアの『ただついていく』今までは、すぐには変われないかもしれない。でも急がず、焦らず、互いに相手を包み込み、優しく接することが出来たら。
 そんな恋愛が出来たら素敵なんだろうと、カナンはこっそり赤面しつつ、思った。

 ・ ・ ・

「あれぇ? ギルドの人じゃない? 何だか綺麗な人連れてるけどもしかして彼女?」
 事前の打ち合わせどおり偶然遭遇したようにヨシフとマイアのデートに乱入するシャリン。他の面々は建物の陰や茂みの中、草葉の陰から見守る。
「ふぅん、さえないアンタに彼女がいるなんてねぇ? ねぇねぇ、何でこんなのと付き合ってるの? コイツ顔は十人並みだし、金持ってないし、二の腕が軽くヤバいし、微妙じゃない? あなたくらい可愛い子ならもっといい人見つかるんじゃない?」
「そんなことはありません。人の外見や環境は変わりゆくもの。それは本質じゃありません。私は、ずっと変わらないと信じられる、彼の心が好きなんです。‥‥外見も環境も、私には充分過ぎるほど素敵ですけど」
 へー、とニヤニヤしながら二人を見るシャリン。ヨシフの照れ顔を充分堪能してから、用事あるからと二人の前から去る。
 そして。
「マイア。話したいことがあるんす。ちょっと、人目の無さそうな所までいいっすか?」
 ヨシフの言葉に微笑んで頷くマイア。二人の姿は、冒険者達の前から遠ざかり、消えていって。


「いくらでも悩むといいよ。挫けそうになったら何度でも呼んで。僕らで良ければ何度でも話を聞くから」
 作戦前にキルがヨシフに言った励ましの言葉であるが、その必要がこれから先に生まれるのかどうか、二人がこれからどういう道を歩んでいくのか。それは、今は誰にも分からない。