暗黒の殲滅戦

■ショートシナリオ


担当:香月ショウコ

対応レベル:11〜lv

難易度:やや難

成功報酬:5 G 84 C

参加人数:7人

サポート参加人数:1人

冒険期間:12月08日〜12月12日

リプレイ公開日:2007年12月19日

●オープニング

「実は‥‥この前出しておいてくれって言った依頼、取り消してほしいんだ」
 そんなことを会うなり切り出してきた男に、ギルド員は思わず「え?」とだけ。
「確か依頼は‥‥あ、これだ。村の近くの洞窟に住むグレイベアの退治でしたよね」
「ああ。そろそろ冬眠してくれてもいい時期なのに、時々村の近くに現れるもんだから恐ろしくてね。だけど」
「だけど?」
「いや、もう少し状況を調べておいた方が依頼を請けてくれる冒険者も仕事がやりやすいだろうと思って、村の猟師仲間3人と洞窟を覗きに行ったんだよ。そしたら‥‥中から‥‥」
「中から‥‥どうしたんだ?」
 ギルド員の問いに、男は一度大きく体を身震いさせて。
「洞窟の中に入っちまうとグレイベアから逃げる時に危ないから、入り口から少し中を覗くだけにしようと思ってたんだ。だけど中は暗くてほとんど何も見えなくて、仲間達は、もっと中に入って見てみようって言った。でも中に入ったら、中にグレイベアがいれば鉢合わせするかもしれないし、いなくてもちょうど帰ってきたのに出くわして逃げ道を塞がれるかもしれない。仲間達が中に入るのを、俺は入り口で見張ってるって言って見送ったんだ。そうしたら、突然‥‥何か、変な黒いのが仲間の一人の顔に張り付いて‥‥俺達が驚いてる間に、そいつ動かなくなっちまって‥‥顔が溶けて、骨が見えてて‥‥」
 うわああ! と首を振り机に突っ伏す。仲間をそんなグロテスクな状況で失った、そんな記憶をさっさと頭から追い出したいのは理解出来るが。
「記憶飛ばしちゃダメです! それの退治を依頼するんでしょう!? ならある程度は状況なんかを話してもらわないと」
 ギルド員が無理矢理質問を繰り返し男の記憶を蒸し返し、新しい依頼書の作成を始める。
「あ、ああ‥‥1人が動かなくなったのをやっと把握して、他の2人は急いで洞窟から出ようとしたんだ。だけど、1人はまた奥から飛んできた黒い石みたいなのにぶつかられて、やられて、もう1人は入り口まであと3歩くらいのところまで来たんだけど、ものすごいスピードで黒い水みたいなのが迫ってきて、その水みたいなのがたくさんの手を伸ばして仲間を捕まえたんだ。‥‥見てたのはそこまでだ。怖くなって、逃げてきちまったんだ。独りで‥‥」
 深く項垂れる男。本人は酷く落ち込んでいるようだが、しかし話の状況では彼が下手に仲間を助けようとせず逃げたのは正解だろう。ギルド員の推測では、おそらく洞窟にいたのはブラックスライムだ。中堅レベル冒険者数人のパーティを送っても、全員が骸骨になってしまう可能性だってある怪物だ。
 しかし‥‥ブラックスライムといえば、丸い黒曜石のように見えるスライムだ。水のような、とか、たくさんの手(触手か?)を伸ばしてきたというのは‥‥?

 まあとにかく。依頼内容は複数のブラックスライムの退治。視認困難につき不意打ち注意。

●今回の参加者

 ea1488 限間 灯一(30歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea3026 サラサ・フローライト(27歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea9342 ユキ・ヤツシロ(16歳・♀・クレリック・ハーフエルフ・フランク王国)
 ea9740 イリーナ・リピンスキー(29歳・♀・ナイト・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb1052 宮崎 桜花(25歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb5706 オリガ・アルトゥール(32歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb5763 ジュラ・オ・コネル(23歳・♀・ファイター・ハーフエルフ・ロシア王国)

●サポート参加者

アメリア・ブリュレー(ec3526

●リプレイ本文

 村長との交渉の結果あてがわれた、多少片付けられた大き目の物置小屋。冒険者一行はそこに荷物を置いたり、隣室に馬などを繋いだりしつつ、洞窟へ向かう準備をしていた。
 今回、村への宿泊交渉を行ったのはイリーナ・リピンスキー(ea9740)だったが、冒険者達が到着するなり現れてあれやこれやと世話を焼こうとする村長に相当てこずった。宿泊料を支払い、かつ素泊まりでとお願いしたかったイリーナだったが、村長側では宿泊無料に食事、ペットの世話、お弁当作りその他色々、最高の待遇を揃えていた。
「村人の命がかかっている問題ですからね。冒険者に強い期待を抱いたり、畏敬の念を持ったりもするのでしょう」
 限間灯一(ea1488)が言うそういった感情も、理解は出来る。しかし、それをそのまま受けるのも何だか申し訳ない気もした。冒険者は確かに危険を冒して人々を守ることもあるが、それは報酬との交換なのだ。依頼遂行と報酬が等価であるなら、報酬以上の高待遇は受けるに忍びない。
 そうして結局は、せっかく保存食も持ってきているしということで、宿泊は無料、それ以外のお世話は無しという折衷案で村長には引き下がってもらった。
 依頼で使う肉を調達してくる、と灯一が家屋を出て行く。その前にはサラサ・フローライト(ea3026)と宮崎桜花(eb1052)が、依頼人の男性から情報を聞き出すために出発しているが、それでも状況は変わらず女性陣の中に男1人だった灯一は、微妙な場違い感を感じていた節があった。事前準備として必要だという大義名分をもってして、灯一は戦線を撤退する。
 聞き出しに向かった2人は、なるだけ依頼人に事件当時のショックを思い出させないように、聴取は最低限、それ以上はサラサのリシーブメモリーで情報を集めて来る予定だった。家屋を出てから数十分、そろそろ戻ってきてもいい頃かもしれない。
(「ギルドの方が言うには、ブラックスライムだろうということでしたが‥‥変異種‥‥? ジュラが言うように、そもそもスライムですらないかもしれませんが」)
 やはり、全ては情報待ち。桜花達の情報と、そして実際に遭遇してみての。オリガ・アルトゥール(eb5706)は、手持ちの情報だけでの推理は放棄する。
「スノゥ、だめ」
 正体不明の黒い奴はスライムですらないかも。スライムと一緒にいるからスライムかもという固定観念に捕らわれない提言をしたジュラ・オ・コネル(eb5763)はと言えば、一般の常識に捕らわれない格好によって美味しそうになっていた。ユキ・ヤツシロ(ea9342)が宥める彼女のペット、フロストウルフのスノードロップは、まるごとこっこのジュラへ視線を向けることを止めない。巨大ニワトリの運命や如何に。

 ・ ・ ・

 洞窟の入り口は、意外と大きかった。奥の方には日の光が届かずほとんどが暗闇で、外から見るだけではなかなか様子は窺えない。
 サラサと桜花がもたらした情報でも、やはり敵はブラックスライムであろうこと、そして謎の何かは謎のままということ。誰かスライムに詳しい者がいればよかったが、生憎メンバー内に識者はいなかった。ユキが洞窟の入り口近くからデティクトアンデットを使用しそれへの反応が無いことから、アンデットやデビル、コンストラクトの類では無いという情報も加わったが、それもやはり重要な判断材料足り得ない。
「ならば、実際にこの目で見て確認することにしましょう」
 イリーナが用意した麻縄で巻いた肉を、灯一が洞窟内のごく浅い地点へ放り投げる。内部にぽてっと落ちた肉を一瞬間をおいてから、ゆっくりと引っ張り出す。すると。
 洞窟の入り口から完全に出ようとした肉に、黒い物体が覆い被さる。ちょっとした岩くらいもある巨大なそれ、ブラックスライムは、自身の表面の酸で肉を溶かし、食事を始める。
 イリーナとジュラが武器を構え、サラサが高速でシャドウバインディングを詠唱する。影を固定されて移動を封じられたブラックスライムに、続いてオリガのウォーターボム、桜花のライトニングサンダーボルトが見舞われる。それら全ての直撃の後、ジュラが一撃。
 ぐにょりとした感触の後に、ずるりとスライムの体内を刃が抜ける。スライムには決まった体型が無いために倒したのか生きているのかも分からず、ジュラは一度間合いを開けようと後方へ下がる。その隙を灯一とイリーナがカバーしようとするが‥‥
「‥‥‥‥?」
「‥‥‥‥??」
「‥‥‥‥???」
 動かない。ブラックスライムは已然肉に覆い被さったまま、何の動きも見せない。襲ってくるでもなく、逃げるでもなく、叫ぶわけでもなく。イリーナが鞭で2度3度引っ叩いてみるが、反応は無い。
「倒した‥‥のか?」
「そのようです‥‥」
 ユキの同意を得てから、何かあればすぐ魔法が撃てるよう注意しながら、サラサは二歩だけ近づいて様子を見る。やはり動かない。
「何というか‥‥分かり辛い敵ですね」
 桜花の感想に皆も賛同する。このスライムというモンスターは全身が武器、かつ前後の概念があるのか無いのかも分からないために、戦闘時のポジショニングが非常に難しい。しかも今回のように倒せたのかそうでないのかも判別し辛いために、いやらしい敵といえる。死ぬなら分かりやすく死んでくれ。
 気を取り直してもう一度スライム釣りをするために灯一が肉を回収するが、しかしそこにはもうボロボロの麻縄と肉の欠片しか残っていなかった。仕方なく別の肉を結んで、投げ込む。引っ張る。反応無し。投げ込む。引っ張る。反応無し。
「入り口の付近には、もういないのでしょうか?」
「では、1発奥に魔法を撃ち込んでも良いですか? もしかしたらあまりの寒さに驚いて飛び出してくるかもしれません」
 灯一と交代し、洞窟内にちょっかいを出すのはオリガの番。自身に出来る最高の威力を持って、アイスブリザードを内部へ流し込む。果たして、結果は?
「!?」
 ぴょん、と奥の方で跳ねる何か。暗闇の中で影が存在しないそいつに、代わってサラサはムーンアローを高速で撃つ。『自分から一番近い敵』という指定で撃ったムーンアローは、過たず敵を撃つ。
 出てきた敵は、先程のとほぼ同じブラックスライムだった。ある程度行動パターンや速度が分かった冒険者達は、最初の奴と同様にまずは魔法で遠距離から蜂の巣にし、その後刀や鞭でボコボコにする。明るく開けた場所で、数において圧倒的優位、さらに冒険者全員がそれなり以上に腕の立つ者となれば、スライムの方が気の毒になるほどのオーバーキルだった。

 ・ ・ ・

 洞窟の内部は、思っていたよりも広かった。体長が余裕で2mを超えるグレイベアが棲家にするほどだから当然といえば当然かもしれないが、それでも大きい。身動きを取りやすいのはいいが、壁や天井至る所に大きな凹凸があって、敵が潜むにも適しているのが難点だ。
 オーラエリベイションを自身に付与した灯一が盾を構えながら先頭を歩き、その頭上辺りをサラサのペット、ブライトが漂う。その後を、イリーナ、オリガ、ユキとランタンを首から提げたスノゥ、サラサ、ランタン片手の桜花、ニワトリちゃんとアバウトに一列になって進む。完全に一列になると隊列が伸び過ぎ、2人ずつでは戦闘の際横幅が心配なためだ。
 洞窟の中は異様に静かだ。自分達の足音と息遣いだけが響く狭い空間の中で、各々に感覚を研ぎ澄まし、潜む敵を探る。
 と、突然目の前にあった岩が飛び跳ねる。黒いそれの体当たりを灯一の盾が受け止め、ブライトの放つ薄ぼんやりした灯に照らされる姿。ブラックスライム。
 ほぼ時を同じくして、灯一の右側面からもう1体のブラックスライムが、オリガやユキを目掛け突進。咄嗟にかわしたオリガがイリーナの影に隠れ、ユキがサラサの隣へ、踏み込んだ桜花がスライムと対峙すると、隊列は前後に分断された。
 灯一が盾で抑えているスライムに向けて、イリーナのメイスが振るわれる。メイスはスライムの身体に傷をつけるも弾力によって威力を削がれ、盾からするりと抜けた酸飛攻撃によってイリーナは左腕にごく浅い怪我を負う。オリガが高速詠唱でのウォーターボムをぶつけた衝撃で押し戻されたスライムは、次いで灯一の刀によってずぶり体を切断されるが、切り口付近から放射する酸で灯一の動きを牽制し、とどめのための踏み込みをさせない。
 一方で後方では、サラサがとっさに放ったムーンアローに続きジュラがソニックブームを放ち、スライムの体に容赦無く傷をつけている。ユキはブレスを吐きたそうなスノゥを宥めながら桜花からランタンを受け取ると、彼女の後ろへしっかりと隠れる。酸を飛ばす攻撃によって桜花はローブの一部を溶かされるが、鋭い斬撃はスライムに大きな裂傷を刻みつけた。
 戦闘の終了はほぼ同時だった。再度のウォーターボム直撃によって動きが大きく鈍った前方のスライムは灯一に両断され、後方のスライムも誤射の無いサラサのムーンアローから桜花の一撃、彼女と並ぶラインまで出たジュラの一閃によって身動きを永遠に止めた。
 ユキが念のためにとイリーナと桜花の傷を癒し、サラサがソルフの実で補給を済ませると、一行はさらに洞窟の奥へと踏み込んで行く。

 ・ ・ ・

 洞窟はすぐ行き止まりになった。軽く見渡した感じ、多少広いその空間で道は終わりのようだ。その行き止まりの空間に、全員が踏み込む。と同時に。
 最後尾を歩いていたジュラと、その前を歩いていた桜花に左右から2つの影が襲い掛かった。これまでの、獲物を見つけた瞬間に襲い掛かるために先頭組ばかりを襲ったブラックスライムと違い、やって来た集団を全員自分達のテリトリーに入れてから襲うという知恵の回る奴ら。謎の黒い敵は粘性の液体のようなその体を伸ばしてジュラ達に取り付こうとする。
 瞬間的に察知したジュラは咄嗟に岩場を転がってそこから離れ、武器を構える。その目に映ったのは、ブラックスライムがそのまま分厚い水溜りになったかのようなモンスター。そして、絡みつかれ全身を溶かされながら、倒れ込む桜花。
「そっちの1体をお願いしますの!」
 一瞬の判断だった。ユキが桜花を捕らえた敵にコアギュレイトを放ち、その行動を戒める。魔法は無事に効果を発して敵の動きを停止させるが、しかし体に密着していることによる酸のダメージは依然桜花を蝕んでいる。灯一とジュラが、両手が酷い火傷をしたかのようになるのも構わずに桜花から敵を剥がしにかかり、その間もう1体の敵の前にはイリーナが立ちはだかって後衛を守り、サラサとオリガは魔法の準備を始める。ユキは、桜花が助け出されると同時に癒しの魔法を行うために状況を見守る。
 始めに動いたのはサラサだ。シャドウバインディングでの束縛を狙うが、しかしその効果はいまいち現れず。オリガのウォーターボムはいつでも放つ準備は出来ていたが、しかし高速で動き始めた敵に狙いを定めるのが難しい。イリーナも、下手に打って出て後衛を無防備にする危険を冒せない。
 一方で、桜花は無事に助け出された。纏っていたローブのおかげで随分とダメージは少なかったが、それでも肌が露出していた部分の被害は大きい。ユキがクローニングの魔法でまずは表面の肌の修復を試み、続けてリカバーをかける用意をする。コアギュレイトの拘束が解けた敵は、また手近な灯一に襲いかかろうとしたところをジュラに刀を突き立てられ、苦しむかのように蠢いている。
 全ての敵の襲撃を引き受け盾になろうと決めていた灯一は、苦悶の表情で刀を敵に振るう。自分が傷つき倒れるなら構わない。だが、実際に倒れたのは桜花だ。自身への責めと、敵への怒りが、敵を一刀両断にせんとばかりの一撃を繰り出させる。敵の体の半分以上を断ったその一撃は威力衰えず地面をも叩き、敵の蠢きはついに激しく、意味を持たないものになっていく。
 そこに、光る雷光。火花が散り、敵はその苦しみを止めて地面に崩れる。
「限間さん、私は大丈夫です。落ち着いてください」
 ライトニングサンダーボルトで敵に止めを刺した桜花が、未だ地面に座り込みながらも気丈にそう言ってみせる。灯一はまだ幾分納得いかない表情だが、一度頷く。
 その頃、もう一方でも勝利の兆しは見え始めていた。サラサのムーンアローが2度3度命中し、敵の動きが徐々に鈍くなっていく。考えてみれば、この洞窟に踏み込む前にオリガが猛吹雪を内部に叩き込んでいる。幾許かのダメージの蓄積はあったのだ。ようやっと狙える程度に落ち着いてきた敵に向け、オリガはウォーターボムを高速で1発叩き込み、これで最後とイリーナが鞭の一撃を加えると、ついにこちらの敵も沈黙した。

 ・ ・ ・

 洞窟に潜むモンスターは、それで全てだった。洞窟で死んだ者達の遺品は見つからず、劣化した遺骨だけが村へと持ち帰られることとなった。ちなみに、行き止まりのあの場所でグレイベアのものと思われる骨も見つかった。
 キエフへの帰還後、見聞きした情報をまとめてギルドで尋ねたところ、あの見知らぬ敵は『グレイオーズ』と呼ばれるものだったことが分かった。ブラックスライムの変種と考えられているが、よく分かってないスライム種である。ますます、依頼人の男がすぐに逃げ帰ったことは正しかったと証明された。

 後は、スライム達によって命を奪われた者達全てが無事天上で安息を得られますよう。サラサの歌った歌が、彼らへ届いていることを願うばかりである。