民のための為政者
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■ショートシナリオ
担当:香月ショウコ
対応レベル:6〜10lv
難易度:難しい
成功報酬:4 G 95 C
参加人数:4人
サポート参加人数:5人
冒険期間:02月05日〜02月11日
リプレイ公開日:2008年02月16日
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●オープニング
キエフから徒歩で2日離れた、とある街。そこにある領主館。つい最近持ち主の変わったその館の一室で、館の新しい主人とその部下が話していた。
「ってことでした。諦める様子無いですよー、ありゃあ」
「そう‥‥もっと詳細な情報が分かれば、手の打ちようは幾らでもあるのだけれど」
「すいません、この子達じゃ偵察は出来てもお話が出来ないもんですから」
元領主パーヴェル・イグルノフの命で彼専用に作られた大き目の椅子に、若い女性が体を沈めている。名前はキーラ・ニコラエフ。悪魔と通じ、そして追っ手が迫ると領地から姿を眩ましたパーヴェルの後を引き継いで、新たに領主となったハーフエルフだ。
ぴょこん、と膝の上に飛び乗って来るノモロイ像(初期型)をあえて視界に入れずに、キーラは魔術顧問であるエレオノーラ・イロフスキーに言葉をかける。
「いえ、貴女達はよくやってくれています。‥‥私の落ち度です。領主が代わり、政治の方針が変われば反対する声は当然出てくる。その反対者の中に、実力行使をしてくる者がいるだろうことは、予期出来て当然でした」
「いやでも、前の領主が前の領主ですから。文官を優先して整備したのは間違ってないですよ。軍備とか先に手をつけてたら、絶対反乱が起きましたよ」
二人が話しているのは、この旧イグルノフ領を新ニコラエフ領にするに当たって直面している問題への対策について。
ニコラエフ家は、元々は非常に小さな領地を治める弱小貴族だった。名前は貴族でも、生活はちょっと大きな町の町長程度のもの。騎士団などという大仰なものは無く、政治を補佐する者もそれほど多くなかった。そんなニコラエフ家が、領地が一部隣接しているからという理由だけで(実際はもっと色々理由や思惑があるのだろうが)巨大なイグルノフ領を領地として併合することになったのだ。
入ってくる富が一気に何十倍にもなった。権力も高まり、吹けば飛ぶような小娘だったキーラはあっという間に周辺貴族からプロポーズの対象になった。まあそれでもそれら貴族の家の本命はもっと王家に近い血筋の女達で、キーラに求婚してくるのは家々の次男や三男。頂点に立つことが出来ず、適当な役職に甘んじて一生を終えるのが普通の男達。そんな中途半端なところだったので、縁談の話がある度にノモロイ像がお出迎えしてお引取り願っていた。時々ノモロイ愛好家の貴族が混じっていることもあって、そういう時は非常に対応に困るのだが。
さておき。弱小貴族がいきなり巨大な領地を与えられた、その時に問題になったことが、人員の不足だった。キーラは元の領地を治めるに当たって、心から信頼のおける数人を傍において政治を行っていた。それほど素性の知れない者にはまず下っ端の仕事をさせておいて、その性格や適性などを把握してから登用していた。そんな方法を取っていたから、広大な領地を治めるに当たって、地域ごと、或いは分野ごとに担当する官僚を置きたくても、適性のある人材が足りなかったのだ。元々イグルノフ領を治めていた役人達をそのまま使えれば楽だろう。地理や地域の事情にも彼らは通じているだろうから。しかし、中には悪人だって混ざっているに違いない。民のことを思えば、多少手際が悪くても、よい人物を置いてやりたい。
そんなわけで、キーラは最初の仕事として有能で善良な文官の育成だった。同時に各地域の情報を収集して適当な人員配置を決定し、領地全体を思い通りの統治下に置いた時には、かなりの時間が過ぎ去っていた。
そしてここ1ヶ月ほど。キーラの頭を悩ませているのは、文官優先の整備を行ったために武力が不足していることで、手が届かない問題。
『路地裏の野良猫』。集めた情報によれば、前領主パーヴェルの暴政に反発した住民達が結成した武力集団のようだ。始めは荷馬車を襲いその物資を奪っては住民に分け与えるような活動ばかりを行っていたようだが、クラース・アシュバーグという男が指導者になってからは活動が一変した。トリッキーな活動でイグルノフの騎士団を翻弄し、またキエフからリヴァノフ卿の使いを呼び寄せることに成功し、パーヴェル追放のきっかけを作り出すという、大きな成果を成し遂げている。
キーラは、その話を聞いてすぐに決断した。クラースやその片腕達を登用することでより民のためになる政治が出来るだろうと、彼らのスカウトを行うことを。
しかし、クラースや『路地裏の野良猫』はこれを拒否した。同時に、旧イグルノフ領の統治権を全て民衆に与えよという無茶な要求を突きつけてきたのだ。
その言葉が何をもたらすか、キーラには簡単に予測出来た。しっかりした教育を受けてもいない人々が政治を行うのでは、皆自分の利益のみを追求して全体の利益・発展が妨げられる。最悪、一部の力ある者が他の者を弾圧するという状況を招きかねない。一部が他を管理するというのは、現在の世界の回り方とほぼ同一だ。だが、統治者が統治者たるための教育を受けているかどうかは、非常に大きな相違点だ。
エレオノーラからの知らせによって、数日後に『路地裏の野良猫』が住民への扇動集会を行うことが分かっている。その対策をどうするべきか。もし何もせずにこれを許し、結果彼らへの賛同者が増えてしまっては、ようやく手の届いた領地の安定が、再び崩されることになってしまう。
イグルノフの騎士団を相手に立ち回れる集団を相手に、騎士団を一時解体し各地の治安のために分散させたニコラエフ家は何が出来る? もう一度戦力を集め騎士団を結成したとしても、かつてのパーヴェルやその片腕ヴィタリーほど効果的に運用出来る人材もいない。またそれ以上に、武力圧迫による統治にアレルギーのある住民の反発をかうことが必至である以上、しばらくは表立って軍備を増強することも出来ない。現在彼らの動きを監視し抑止力となっているのは、エレオノーラとノモロイ像部隊のみ。それも、陽動を受ければ無力化される。
「‥‥あの、キーラ様。あんまり効果のハッキリしないことにお金を使うのには抵抗があるかもしんないですけど」
「何? ノモロイ像をもう10ダースとかあまりに突飛でない話なら、考えるわ」
「私の魔力じゃ、10ダースあっても動かしきれないですよー。お金の使い道は、冒険者です」
「冒険者。キエフの冒険者ギルドから、人を寄越してもらうの?」
「そうです、それなら実力はそれなりにあるでしょうし、軍備の増強無しで取締りが出来ますよ」
「詭弁ね。兵士を一人雇用するのと傭兵を一人雇うのにさしたる違いは無いわ。‥‥でも、背に腹は代えられない。‥‥そうね、2日だけ。集会とその前日、2日だけ来てもらいましょう」
●リプレイ本文
ニコラエフ領の中央部、キーラの滞在するその街に到着したハロルド・ブックマン(ec3272)は、予想とやや違う街の雰囲気に眉根を寄せた。
街は、平和だった。
キエフほどではないにしろ活気溢れる通り。人々は日常を普通に過ごしている。一度、治安のためか兵士が通ったが、兵士にも人々にも尖った感情は表れず、ただ平和だ。『路地裏の野良猫』による反発やその扇動など、どこにも見えない。後に合流した仲間達も同様の感想を持ったようで、皆で首を傾げることになる。
現段階で考えられる原因は、既に全体が一枚岩になっていること。キーラの政治に反対しているのがクラース達だけになっているか、兵士達までもがクラース達に賛同しているか。
呟くハロルド。その言葉に、オデット・コルヌアイユ(ec4124)が問う。
「‥‥人は自由を求めつつも完全な自由は望まず、法で平等を生もうとして法で不平等を生む。理想の平等を生む法は守られぬ。人は利を求める故に」
「それ、誰の格言です?」
「ハロルド・ブックマン」
●議論と疑問
「集会の場で一方的にクラース達幹部の登用を発表することで、既成事実化するのは如何でしょう? 街に入ってから特に思いましたが、人々が不満を持ちながら生活しているようには見えませんでした。一方で、日常会話にも『路地裏の野良猫』が期待の星のように何度も現れます。この策を用いるにあたって満たすべき条件は、思いつく限り全て満たしているように思いますよ」
前の領主の趣味だろう調度品がそこらに幾つかずつ並んでいる応接室にて、冒険者達はキーラと面会し、『路地裏の野良猫』への対策法を議論した。その中においてディディエ・ベルナール(eb8703)が提案したものが先のものである。
「うまくすれば、こちらの申出を断れない状況に追い込めるかと、はい。‥‥ところで、まだクラースや幹部達を登用しようという考え、お捨てになってはいませんよね?」
「ええ、勿論です」
「そうするなら、一番効果があるかもなのは、キーラさんが自分で行って宣言して説得することだと思うです。警戒心の強い野良猫を手懐けるには、餌をあげるだけじゃなくて、引っかかれる覚悟もしなくちゃです」
オデットが物知り顔で語ると、キーラの隣に座っていたエレオノーラが立ち上がり、襲われたらどーすんのと怒り出す。オデットは即座に「そうです、危ないのでやめた方がいいかもです」と掌を返し、結局何が言いたかったのやら。
「あなたは、クラース氏との対談を望むか?」
ハロルドが問う、その内容にキーラは頷く。焦るエレオノーラ。
「では、対談し、和睦とする見込みは?」
「それは、分かりません」
言葉を濁す。
「私は、争うのならテーブルの上だけで、と考えてはいます。ですが、クラースがどう考えているかまでは分かりません」
「聞いた限りでは、クラースは行動派ではありこそすれ、過激派ではないように思いますよ」
ディディエが、友人のマクシーム・ボスホロフから聞いたクラースの人となりに触れて言う。ちなみに、マクシームはクラースの妻であるサミュエラに連絡を取り、夜に酒場で会う約束も取り付けていた。予定通りになら、夕方には合流出来るだろう。
「では、明日の集会には私も参ります。エレ、護衛はお願いするわ」
「親衛隊長の名に懸けて、任されまして!」
「では、我々も事前にやっておくべきことを進めておこう。ゼロス氏が、そろそろ噂話を広めた頃であろう」
一人この場には来ず、時間のかかる情報収集と噂の流布の役目に就いているゼロス・フェンウィック(ec2843)。彼が良い仕事をしていることを期待しつつ、ハロルド達は応接室を後にする。
・ ・ ・
さて、街中を歩くゼロスは、食堂を始め人々の集まる場所を渡り歩き噂話を広めようと考えていたが、得られる反応はどれも予想と外れているものばかりだった。
「自治にあたって権利と義務は表裏一体」「自分達の推した人が決めたことには最大限従うわよ」
「自治による独立は国の保護を離れるということ」「国の中の一領地のままだろ? 政治の形が変わるだけで」
「『路地裏の野良猫』の幹部達は、自分達が領主になるつもりかもしれない」「奴らに限ってそれは無いな」
「実は幹部の一人がキーラに求婚して断られた腹いせに‥‥」「それデニスか? デニスっぽいな!」
流そうと試みる噂話の全てが上滑りしていく。これは、民衆が様々な情報を知らないというより、何か、問いを発するこちら側に情報の不足があるように感じられる。
・ ・ ・
「そんなわけで、住民達は、『路地裏の野良猫』が領主を追放するつもりだとか、国から独立するつもりだとか、そういうことを全く思っていないようです」
時間は過ぎて夕刻。サミュエラ合流前の情報交換の場で、ゼロスはそう皆に報告する。
「何か、私達に情報の空白があるような気がしてなりません」
その言葉に、ディディエは席を立って酒場のカウンターへ。親父へ声をかける。
「噂ですけどね、領主様は人手不足で困っているようなのですよ〜。なんでも治安を守るための人が足りないとか。この街は若い方が少ないのですか?」
「いや、そんなことは無いぜ? てか、治安とかそういう話なら、『路地裏の野良猫』の連中に声かけりゃ済むだろうに、キーラさんは「お前らは使わん」的な話をしたって噂だぜ?」
食い違い。しかし、キーラやエレが嘘を吐いているようには見えなかった。
「皆様が、連絡のあった冒険者さん方でしょうか?」
そこにサミュエラの到着。そして、情報不足による混乱が深まる。
クラースが現在も『路地裏の野良猫』の実質的指導者であることは、ハロルドもゼロスも住民の話から確信を持っていた。そのことは、定期的にシフール便で連絡を取っていたというサミュエラの言葉からも裏付け出来た。これによって、クラースがキーラの提案を蹴ったのは、『路地裏の野良猫』全体の意見と言えるだろう。しかし、先の親父の話では全くの逆。しかも。
「クラースが、あのような要求をするとは思えないのです。以前の領主のような方相手なら分かりませんが、現状を考えるとあり得ません」
というサミュエラの言。
「クラースさんが、自分で領主になろうって考える可能性は全く無いのですか? 人々の平穏の生活のためには、もう他人に任せちゃおけない〜とか」
オデットも尋ねるが、しかしその線もすぐに消えた。
「クラースは、あと数日したらキエフに帰ってくる予定なんです」
●為政者達の最終回答
オデットのバーニングマップなどを用い、集会が行われるらしい場所は絞り込めた。キーラとエレを伴いそこへ向かうと、ちょうど、クラースの演説が始まる。
「お集まりの皆さんに、今日、私からの最後の言葉をお伝えします!」
ハロルドとゼロスがキーラの前に立ち、彼女の姿が他の者から見え辛くする。ディディエとオデットはそれぞれ人混みに紛れ、煽動を妨害する言葉を放つタイミングを待つ。
「これまで、私が何度も口にしていたことです。とても重要なこと‥‥ここで永く悪に圧迫されてきた皆さんにとっては、いわれずとも分かっていることかもしれません。ですが、だからといって口に出さず内に留め、風化させることがあってはなりません」
これまでの調査で感じていた違和感。その正体が、クラースが民衆へ語る言葉で掴めるか。
「国という大きな単位ではなく、領地という小さな単位。その小さな単位が、私達民の暮らしに最も影響を与えます。良き主良き政は良き生を生む」
その通りだ。今のところ、間違いは教えていない。ゼロスがちらと窺い見るキーラの表情にも、変化は無い。
「良き生は、領を治める主にも良き生をもたらす。前の領主はどうなったか、覚えておいででしょう。自らの立場身分を失い姿を消した。悪しき行いには必ず相応の報いが与えられます。領主となる人物には、人々のために、そしてまた自身のためにも、良き政が求められる。対して私達民衆に求められるもの。それは、自らの声を高らかにあげ、自らの求める『良き生』の形を、領主へと届けることです。私たちは、その努力を怠ってはなりません。これからも、民の代表を通じて、民の声を領主に伝え、共に良き生の在り方を模索していくことを、諦めてはなりません!」
沸きあがる歓声に、冒険者達は疑問の答えを得た。違和感の正体。それは依頼出発前の情報の誤り。
キーラの依頼がギルドに出された、その前提にあった情報は、エレが物言わぬノモロイ像から得たもの。ある程度、見てきたものが何だったらどう動くという設定はあっただろうが、どれだけ細かく指定したとしても、情報の詳細を示すには限界がある。
「クラース、聞きたいことがある!」
強い声で、ディディエがクラースを呼ぶ。気付いたクラースや、傍にいた側近のアルセニー、デニスら、そして民衆の目全てがディディエに向く。
「あなたは、領主キーラより片腕としての登用の誘いを受け、それを蹴ったと聞きました。民の声を領主に届け平和な日々をと言うなら、なぜ誘いに応じなかったのです!?」
「まず、登用されるべきは私ではないからです。キーラ様は、私やアルセニーを名指しして、登用について話を下さいました。ですが、私は数日後にはキエフへ帰る余所者、アルセニーもまた、数年ここで暮らしているとはいえ元は流浪の冒険者。土地のことを土地の人ほど知る者ではないのです。いずれ土地を学び政を担おうと志すにしても、今は出るべき時ではありません。ですから、別の、この土地をよく知る人物に声をかけるようお願いしました」
ハロルドとゼロスが、キーラに目で問いかける。クラースの言が真実ならば、キーラが不当に『路地裏の野良猫』を圧している可能性も出てくる。しかし、キーラは首を振る。
「いえ。彼はそんなことは。自分は余所者だから辞退する、とは言いましたが、その後に言ったのは、私も余所者なのだからこの土地のことはよく知らないはず、この地を最も知る住民の声に従うべきだと」
「それは、住民の声をより役立てて政治を行ったらどうだろうという意味で言っていたのではないですか?」
ゼロスの指摘に考え込むキーラ。確かにそうとも受け取れる。そこにキーラが「それは出来ない」とでも返したがために、騒動が起きたのか。
「内務に忙しいだろうことは分かります。ですがそういう時こそ、一度落ち着いて、民衆の近くで、何が求められているのか、本物の声を聞いてほしいのです」
クラースの言葉に、キーラの傍へ戻ってきたオデットが声をあげた。
・ ・ ・
結局の所、行き着いたのは焦りへの戒めだった、民衆も領主も、皆が復興と繁栄を目指して走り続け、疲れていた。民衆は領主の言動に大きく反応して穏便な収束を遠ざけ、領主は自らのことに精一杯で人々に近寄れず、餌を放り投げるしか出来なかった。互いに静かに考え、相手に傷つけられることも厭わず手を差し出す、それこそが重要だった。
オデットの声がクラースとキーラを再び会わせ、ハロルドやゼロス、ディディエの仲介で対談は成った。
●事後譚
中央広場での対談にて、キーラは民衆の選んだ代表者を自身の片腕として登用することを確約した。二ヵ月後には、新たな官僚が二人誕生することになる。
クラースは街に来ていたサミュエラとそれから数日を過ごし、その後予定より少し遅れてキエフへの帰途に着く。
今回の依頼は、皆が冷静な対処法を選択したことが成功の要因となっただろう。依頼人と対象が双方勘違いをしていた状況で、集会の武力鎮圧など行っては取り返しのつかないことになっていた。単なる説得ではなく、キーラを現場へ連れて行く提案をしたことも、有益であった。
ゼロスが広めようとした噂も民と貴族の対立を招くようなものは無く、ニコラエフ領が完全な落ち着きを取り戻す頃にはほぼ全てが消え去っていて。
最後には、『路地裏の野良猫』猪突猛進の巨漢デニスがキーラに求婚して断られたという噂だけが、酒の席での笑い話として残った。