●リプレイ本文
●異国の酒、母国の記憶
「ビザンツが帝都、コンスタンチノープルでしか手に入らない、サラセンの錬金術師が作り出した秘酒。熱砂の地にて産まれた熱い喉越しは如何でしょうか?」
そんな売り文句を発したら、酒好き達が瞬時に集まってきた。長渡昴(ec0199)は売り物のメインである蒸留酒と一緒に食べる酒肴として売る新巻鮭を切りながら、男達の値切りをさらりと流していた。
結局蒸留酒はすぐに売り切れ、また新巻鮭も販売分と試食分で消え去った。集まっていた酒好き達がある者は満足し、ある者は残念がりながら帰っていくと、その場には彼らの興味からは外れていたシャムシールと、昴本人だけが残された。
「故郷では定期的に開かれるものばかりだったから、少し違和感はあるなあ」
ジャパン出身、ビザンツへ赴き、今はキエフの不要品市にいる昴は、故郷とは様子を異にするこの市を見てそう感じた。
昴が市と言われて思い浮かべるのは、毎朝の朝市か、月の決まった日に開かれる市。住民は食品などを市の開催日に合わせて計画的に消費し、生活する。
対してこのキエフの不要品市は、開催時期は完全に不定期だ。扱われる品物も登場する露店もランダム。生活必需のジャパンの市に対し、娯楽要素が強いのがこの市だ。
(「武用品‥‥何か面白い物は出てないかな」)
昴のそんな探し物も、この市ならではだろう。ジャパンの一般的な市で武器になるものを探しても、きっと草刈鎌や鍬しか出ない。
と、ふと昴の目がある露店で留まった。老人が店番をしており、地面に広げられた布の上には大小様々な武器が置いてあった。
別に、それだけなら不思議なことはない。引退した老冒険者が不要になった武器を売っているとか、背景や理由は幾らでも思いつける。昴が目を留めた理由は、別にある。
並んでいたのは木製の剣や先端に金属の板が被せられている槍らしきものなど、殺傷能力のないものばかり。そういったものが数十と並んでいれば、目立って仕方ない。
「ご老人、少し見させてもらってもいいかな」
昴が言うと、老人は微笑してどうぞと返した。しゃがみこんで一つ一つを見てみると、それらはよく手入れがされていた。
「お嬢さんは、ケンカをする人かな?」
「は? 喧嘩、ですか?」
突然の問いかけに目を丸くする昴。返答に困る昴に、老人は続ける。
「ケンカっていうのは、まあ人やら怪物やらと戦うってことだと考えてくれ。お嬢さんの持っとる雰囲気がな、ケンカする人に見えたんだ」
「そういうことなら、そうです」
老人の補足に、答える言葉が見つかる。昴の答えに、しかし老人は表情を曇らせて。
「そうか‥‥ならば、売れる物は何も無いかもしれん。見ての通り、ここに並べているものは実戦には向かん。命を奪うことを目的としたものではない。わしは長く冒険者をやっていて気付いたんだ。命の奪い合いになど意味は無いと」
昔を思い出しているのか目を瞑る老人。それをしばらく待ってから、昴は口を開く。
「しかし、ご老人。時には戦い、相手に止めを刺さなければならないこともあります。そうしなければ、大事な人を守れないこともある。無意味に武器を振り回すのはただの危険な人ですが、正しい意志正しい用い方で使えば、剣はただの剣ではなくなります」
「‥‥そうか、使い方次第か。お嬢さん、それならこれを持っていかんか。わしが若い時に使っていたものだ。慣れんうちは扱いに困るだろうが、殴る他に様々に使える」
言って、老人はフックガントレットを昴に渡す。昴はそれを受け取り、露店を後にするのだが。
「武器の正しい使い方、見せてみよ。‥‥わしは、かつて武器を持っていた、ただそれだけで妻を失ったのだ‥‥」
●姉妹揃って
「楽器? ううん、アタシは見てないなぁ。だからアナタのところに買いに来たのよ」
「お面かぁ‥‥ジャパンで買ったって自慢してた奴が知り合いにいるけど、この市では見てないかな」
というのが、所所楽柳(eb2918)の楽器店にやってきた客からの、柳が求める品についての情報。1人は朝からずっと市場を飛び回っているというシフールの女の子で、その彼女が見ていないというのだから、楽器については絶望的だろう。お面タイプの防具について聞いたハーフエルフの男性はあまり早い時間から歩いてはいないということだったので、もしかしたらどこかにあるかもと思えるが。ちなみにシフールの少女にお面について聞かなかったのは、彼女では人間サイズの道具類を興味を持って見てはいないだろうという推測から。
「自分で探そうかな‥‥」
シフールの少女がシフールの竪琴を、ハーフエルフの男性がウァードネの竪琴を購入してくれたことで、柳の露店にはもう商品が1つしか残っていなかった。柳は物を売り切るよりも自分の探し物を探すことを選び、手早く店を畳んでしまう。
柳の探し物は、先の2人の客に尋ねた楽器やお面の他にもある。装飾品だ。しかも同じものを7つ。日程は決まっていないが、柳は一度機会を見つけ、故郷であるジャパンへ里帰りしようと考えていた。その時までに7つ装飾品を購入し、姉妹へ配るお土産にしたいのだ。
しかし、目当てのものはなかなか見つからない。髪飾りや指輪、ブレスレットなどは所々で見かけるが、どれもこれもが1つか2つ。そもそもが不要品市だから、エチゴヤのように幾らでも在庫を揃えてはいない。歩き疲れるくらい歩き回って、数の揃う装飾品は見当たらなかった。
おまけのように付け足すが、楽器やお面も見当たらない。楽器はタイミングの問題だろうが、きっとお面はジャパンに行かなければ簡単には見つからないだろう。
「そこの人。何か探しもんかい?」
途方に暮れ始めた頃、柳に声をかける男がいた。見たところ40代後半のその男は、自らの露店に古ぼけた変な物を大量に並べている変な雰囲気の人。
「ああ、ちょっと身に着ける飾り物をね。欲しい数が数だから、見つからなくて」
柳の言葉に男は「幾つだい?」と尋ね、その答えに他の露店主同様驚く。だがその後、ちょっと待っててくれと荷物の山を漁りだした。
「よっ、と‥‥ほら、こいつなら数揃ってるぜ。長いトレジャーハンティングで集めたもん、10枚セットだ」
布に包まれていたものを男が広げる。少し古い、珍しいメダルが10枚。
「装飾品とは少し違うかもしれんがね。1枚ずつ売るのも面白くないから、この数になるまで売らずに貯めていたんだ。さ、10枚どうだい?」
「いや、7つでいいんだけど」
「10枚セットなら1Gサービス! どう?」
「いや、7枚で」
食い下がる男を何とか撃退し、帰途につく柳。結局楽器とお面は買えなかったが、土産を用意出来たのは幸いだった。
帰り道、どこからかまだたどたどしい竪琴の音色が聞こえてくる。音量の小さなそれは、もしかしたら今日柳の店から竪琴を買っていったあの若いシフールだろうか。そんなことを思いながら、柳は上機嫌で歩いていく。
●幸福 過ぎ去り、現に在り、未だ来ぬもの
オリガ・アルトゥール(eb5706)は目が肥えていた。いや、正しくは目が利いていた、だろう。探し物を見つけるために、露店を次から次へ渡り歩き、売っている品にオリガ的ボツをつけていった。
オリガが探しているのは、漠然と『嫁入り道具』。娘がこのたび恋人を作り、将来いつその時が来てもいいようにと良いものを探しているのだが、いかんせんここは不要品市、中古が多く娘に持たせてやるのは心苦しい。出来れば新品の立派なもの、もしくは古くても徹底的に古くかつ立派なもの。
(「私の時も、親は同じような気持ちで探したんでしょうかね?」)
店巡りを続けつつ、オリガは思う。子が小さい時は色々と買ってあげた、その懐かしさ。大きくなって親の財布に頼らなくなった後の、送り出す物を買ってやる寂しさ。多くの感情がゆらゆらと混ざり合って、オリガに品選びを厳しくさせていた。
そんな中で目が留まったのは、この不要品市の主催者である商人ギルドの商人が出店している店だった。中古品を売っているのではなく、在庫の中から余っている品を売っている店。
保存食や矢なんかは嫁入り道具には不適なのでスルーし、まっすぐ装飾品のコーナーへ。そこには、種類も数もまちまちの、髪留めやネックレスなど。
オリガが気になって手に取ったひとつ。それは少し大振りの銀の髪留め。
「おっ、お嬢さん目が利くね。それはデザインが複雑すぎて、作るのに手間がかかるってことで何個かしか作られなかった髪留めだよ。今なら他の髪留めと同じ値段にしてるけど、どうだい?」
もうお嬢さんと呼ばれる年齢ではないが、悪い気はしない。世辞でも、本当にそう見えたのだとしても。
髪留めを手に、娘の顔を思い浮かべてみる。少々派手かも知れない。けれど、結婚式の時に使うなら、良いアクセントになるだろう。
「そうですね‥‥ええ、これを頂きます」
目的は果たしたが、オリガはまだ市場にいた。先の店にあったグラスを見て、ふと思い立ったのだ。娘の分だけでなく、自分のためのものも、いや、自分達のためのものも買って帰ろうと。
嫁入り道具は、もしかしたら2人で探しに来ていたかも。そう思ったのだ。今は亡き夫と。夫が亡くなっていなければ、娘と巡り会えなかったのかもしれないが。
何件か店をまわって、質の良いワインを買ったオリガ。2人分のグラスは、店主がおまけでつけてくれた。ワインは、娘の式の前日にでも飲めばいいだろうか。夫と2人で、娘の幸せを祈って。
こうした買い物は、出来れば夫と娘と3人でしたかった。一緒に食事にも行きたかった。今となっては叶わぬ願い、自分が願うのは我侭だろう。だから、その願いは娘のために。娘には、いずれ夫となる男性と、いずれ生まれるだろう子供と、幸せな生活を送ってほしい。娘もその夫も冒険者という死と隣り合わせの仕事などやっているのだから、特に気をつけて、どうか平和に暮らして。
かつて、大きな幸せを失ったことのあるオリガだからこそ、今周りに満ちている幸せが壊れないよう、失われないよう、色々と考えてしまう。
いつか、誰もが今の幸せが無くなることを恐れる必要のない世界になってくれれば。
市場は、この日も平和な活気に満ちている。