●リプレイ本文
まだ薄暗い、暁以前。街を出たあたりで、冒険者達は依頼人と合流した。急ぎの道中であるために馬車は休まず走り始め、その派手に揺れる中で各々は事前の打ち合わせどおりに準備を始めた。
馬車の御者を、アクアレード・ヴォロディヤ(eb0689)がクラースに代わり務める。その馬車に、馬上のミーシャ・クロイツェフ(ea9542)が併走する。
馬車内では、護衛というにはおかしな感じがする、と服装を変えて旅人に扮するルミエル・クレス(ea5732)の横で、クラースとサミュエラの着せ替えタイム。
イリーナ・リピンスキー(ea9740)が自身の使い終えた、手直ししたケンブリッジの女学生服をサミュエラに貸し、男性陣を馬車の片一方に追いやる。おまけにとばかり、大曽根萌葱(ea5077)が持っていたフィッシュフラッグを両手で持って覆いにする。簡易更衣室の完成だ。
サミュエラが着替え、髪形を変えて耳を隠したりしている間、ヒューベル・アーシュ・レイ(eb2645)とイリーナはクラース改造計画。髪型を貴族然とした整ったものから乱雑なものにし、顔に痣のように見える化粧を施す。
「事情はお聞きしていますが‥‥大丈夫なのですか? ロシアは確かにハーフエルフの過ごしやすい土地ではありますが、何の縁故も無い土地で生きるのは大変です」
ヒューベルがクラースにそう尋ねる。
「きっと何とかなるだろうと思っています。実は、何の縁も無いわけではないのです。ロシアには、サミュエラが幼い頃世話になった方がいるとの事ですから。はじめはその方を訪ねて、職を見つけられたら、そこから自分たちの力で」
「彼の国で崇められるタロンは、強き者を愛する。強い、折れぬ心を持ち続ければ、その加護を受けられるだろう」
クラースの言葉に、イリーナが言った。
着替えの終わったサミュエラに、葛葉麗奈(eb5587)が仕上げの化粧を行う。その最中、馬車の中を覗くことを許可されたヒムテ(eb5072)がサミュエラと向かい合ってゲルマン語の予習。
「イギリス語はろくに覚えられなかったからなぁ。向こうの言葉は話せるようになっておきたいもんだ」
「コツさえ掴めれば、日常生活をするのに困らないレベルにはすぐなれますよ」
まずは挨拶と自己紹介から、と練習をし始めたその時、馬車がその動きをゆっくりと落とし始めた。太陽はもうだいぶ高く上がり、一度目の休憩の時間だ。夜間の警護の為に眠っていたレイブン・シュルト(eb5584)の体が落ちたスピードに対応できずぐらりと揺れ、頭をゴツン。
「痛っ!」
その姿を見てくすくす笑いながら、大曽根が保存食を少しでも美味しくするための調理の準備を始める。
・ ・ ・
行商に偽装して走り続け、道のりも半分をとうに過ぎたが、道中一度本物の行商人の一団と出会った以外は特記するべき事件は無く時は過ぎた。
「それにしても、本当にすいません。僕達の護衛のために、わざわざロシアまで同行して頂いて」
ふとクラースが言う。冒険者は自らの意志で、請ける仕事を決める。だがそれでも、自分の依頼でそれまで暮らしていた国を離れさせるというのは心苦しく感じたらしい。
「ううん、ロシアがどんなとこかも興味あるし、ちょうど良かったよ」
「我が故郷は、良い処だ。少なくとも、実力・能力ある者を差別したりしない」
笑顔で答えるルミエルに、故郷を思い浮かべ話すミーシャ。それに続いて、レイブンも。
「俺も、里帰りの意味も込めてこの依頼を受けた。迷惑だとか、そういう気持ちはない」
生まれた、懐かしい故郷へ帰る者。まだ見ぬ、新たな世界を拓く者。このロシアへの旅路は、全員がそのどちらかだ。依頼人達もまた。サミュエラは前者、クラースは後者。
「誰にも邪魔されずに幸せになれるんなら、どこにいようときっと二人でなら大丈夫のはずさ〜。これから大変だと思うけど、頑張れなのだよ〜」
そう言って、ルミエルは今日二度目の偵察に飛び立つ。と、その瞬間。
「待ってください! 後ろから‥‥追ってくる集団があります!」
周囲を警戒していた葛葉から警告が発せられる。一行の中で一番目の良いアクアレードが確認した時には、その数は10を超え、また自分たちを狙っていることがはっきりと分かるようになった。
「何でこの馬車に二人が乗ってるって‥‥まさか、あの商人か?」
少し前に会った行商人。偽の一団と知らずに交易品の取引を持ちかけてきたのだが、一行にそれが出来ようはずが無い。その時の商人が、不審な集団として追っ手たちに情報を話してしまった可能性があった。
「とりあえず、追いつかれたら本格的に迎撃、だよね‥‥」
大曽根が言う傍で、ルミエルが追っ手の来る方角にファイアーボムを撃ち込む。わざと狙いを外したそれは地面を直撃し、砂埃を巻き上げる。一方では、ヒムテが弓に矢を番え、危険な追っ手から脱落させていこうと狙いを定める。
「走ることが出来る間は走りましょう! 日が変わっては、月道が使えなくなります!」
クラースの声に、馬を引くイリーナが馬の足を速める。しかし、馬車馬と訓練された馬、いかに妨害が入っていても追いつかれるのは目に見えている。
ケンブリッジの街並みが見えてきたその時。馬車はその足を止めた。完全に追いつかれる前に戦闘準備をするため、そして。
「そうだろうとは思っていましたが‥‥」
ヒューベルの視線の先にはケンブリッジ。その街から出てくる、もう一隊の人間たち。逃亡に月道を使われる可能性を向こうが思いつけば、あって当然の待ち伏せだった。
レイブンが剣を抜き放ち、アクアレードが槍を構える。まずは、後方の追っ手のうち妨害をかわしてきた敵との前哨戦が始まる。
「人の恋路を邪魔するたぁ、無粋もここに極まるぜ。とっとと帰って、親父さんに伝えな。子供の幸せは、親が決めるもんじゃねえ。本人が決めるもんだってな!」
一応、相手は罪人ではない。出来るだけ戦闘力を奪うだけで終わらせようと手加減しながら戦う冒険者達。相手の技量は高くなく不覚を取ることはまず考えられなかったが、しかし時間がかかる。一人、また一人と敵の数が増える。
「僕達が先に月道を抜ければ、戦う理由が無くなりませんか!?」
クラースがそう言った時には、馬車後方は乱戦だった。ケンブリッジからの追っ手もすぐ目の前に。
「分かりました、一度蹴散らします。ファイアーバード発動」
ヒューベルはスクロールを取り出すと、炎を身にまとい、ケンブリッジから出てきた敵へ突撃する。出来上がった突破口を、馬車から離した馬に二人乗りでクラースとサミュエラが走り抜ける。その後を、大曽根が、ミーシャが自分の馬を駆って追い、さらにルミエルも空から追従した。
ヒューベルの攻撃を受けてなお二人の進路を塞ごうと立ち上がる男の前に、ひらりと人影が出現して。次の瞬間、男の天地が逆転した。葛葉のスープレックスだ。
「クラースさんとサミュエラさんには近づけさせませんよ」
まずは邪魔者から排除。そう考えたのだろう追っ手の一人が振り上げた得物が、衝撃を受けてどこかへ吹き飛ぶ。
「残念。相手が悪かったな、旦那方。俺は報酬分はきっちり働くんでね、容赦しないぜ」
と、ヒムテの放った矢が次々に追っ手達の武器を落とし、無力化していく。
「あの二人の背は、わたくしが護る。この先には通さぬ!」
『勝利』の剣を掲げるイリーナ。まだまだ、残る相手の数は多い。
・ ・ ・
「オ〜ホッホッホ、とっても素敵なプレイでお相手するわよぉ。一人ずつでも纏めてでも、どんどんいらっしゃ〜い」
狂化したミーシャが、ケンブリッジに入る直前で出くわした数人を相手に立ち回る。クラースとサミュエラは後方待機‥‥近寄らないのか近寄れないのか近寄りたくないのかは置いておく。
「合図出た! クラースさん、サミュエラさん、今だよ!」
ルミエルが二人を促す。先行し、月道を使用するための下準備をしていた大曽根からの合図があったのだ。
バキィ! と相手の鎧までも破壊したミーシャが、怪しげな微笑みと共にその無防備な男に近づくが‥‥
「ミーシャさん、それどころじゃないよ! 行くよ!」
ルミエルにより連行。
・ ・ ・
日付が変わり、月道は閉じた。
クラースとサミュエラが見上げる月。それはロシア王国、キエフから見上げる月。
二人が視線を降ろすと、そこには自分たちと共にこちらへ渡ってきた冒険者達。誰一人欠けず、怪我もなかった。一人、狂化中の記憶が欠如していたが。
「本当に、ありがとうございました。おかげで、ここまで来られました。心から感謝します」
クラースが深々と頭を下げる。
「無事ここで、幸せになれるといいですね」
ヒューベルの言葉に、ありがとうございます、とサミュエラ。
「サミュエラ。久しぶりだね、ずいぶんと見違えた」
聞き覚えの無い声に一同が視線を向けると、そこには髪を後ろで束ねたハーフエルフの男性が。
「アランさん、お久しぶりです。しばらくの間、厄介になります」
サミュエラと話す様子から、おそらく彼がロシアにいる知り合いなのだろう。ならば、もう二人は大丈夫だ。
最後に、また深く礼をして去っていく二人。
「父親に取っちゃ、大事な息子かもしれんが‥‥もう子供じゃねぇんだ。自分の道を選び取ろうとする子の、邪魔をするのは過保護も度が過ぎるってモンだぜ」
アクアレードが、その二人の姿を見ながら呟いた。
「‥‥ん? ジェイル殿は行かないのか?」
レイブンの言葉に、そういえば、と皆がその場に残ったジェイルを見る。ジェイルはその表情を少し緩めて、
「クラース坊ちゃまとサミュエラ様には、もうわたくしはお邪魔でございましょう。これからは、しばし冒険者として生きてみようかと思っております。昔取った杵柄ですが」
「「「えぇーっ!!!」」」
まだ暗い街中。ロシアの夜明けはこれからだ。