●リプレイ本文
集中できない。
この村からの依頼を請けた経験のある崔璃花(eb5792)は、ゴブリンたちに備えてバリケードを設置するレドゥーク・ライヴェン(eb5617)、カーシャ・ライヴェン(eb5662)の夫妻と村人たちのために哨戒任務を請け負っていた。が、集中できない。
原因はとあるシフールである。崔の恋人であるヴァイス・ザングルフ(eb5621)は現在村の広場で青年たちを集めて簡単な自衛の手段をレクチャーしているが、そのヴァイスの肩に乗っかって移動するティート・アブドミナル(eb5807)の手つきや目つきが彼女にストレスを与えていた。
(「ええい、トレーニングでジャイアントになれると思っているなら、ヴァイス様に乗ってないで自分で飛びなさいっ!」)
直接ぶつけられない怒りをゴツーンとその辺の木にぶつける崔。
その頃。
「‥‥気のせいでゴザったか?」
「ちっ、つまんねぇな」
村の中を見てまわり、ゴブリンが村の中に入り込んだ際に隠れたり逃げ込みそうな場所が無いかを確認していたトーマス・ブラウン(eb5812)とキル・バーン(eb6866)。二人は村の外れの方から木に強い衝撃が加わったような音が聞こえた気がして隠して持ってきた武器に手を伸ばしたが、続く声や音が無いことから無関係か気のせいだったという結論に達した。
トーマスとキルは村の中の死角などを見てまわるだけでなく、作戦時は村人たちにしっかり家の中に隠れていること、施錠することを口頭で徹底してもいた。
村の中をめぐる過程で、ジャパンの侍に憧れるトーマスはゲルマン語で話しているはずなのにどこかゴザルゴザルとおかしな響きのする言葉遣いと『キャプテントーマス』なる愛称で村の子供たちの人気者になっていた。悲しいのは子供たちのキャプテンごっこが始まると半々の確率でキャプテンが負けることだが、これは少し仕方ない。
キャプテンを半分の確率で打ち負かす役どころのモチーフになっているのはキル。乱暴そうな口調と態度だがしっかり村人の安全に気を遣うところが見えるのが完全な敵役にはならない理由だろう。ちなみにごっこ遊びでは勝敗は半々だが、実際にやるとどうなるのかは分からない。
見回りはとりあえず村の中ぐるり一週を終え、スタート地点だった村の広場へと戻ってきた。そこでは相変わらず繰り広げられている自衛講座。の前の準備体操。ティートが乗っかりパッと見ものすごく肩の凝りそうな状態のヴァイスがひとつひとつの動作をしっかりと教え込んでいる。準備体操だが。よく見ると村までの道中で見た彼の美容体操に見えなくもない。
筋肉と戯れることを目的に、ヴァイスの参加したこの依頼を請けたティート。崔が心の中で藁人形に釘打っているのを知らずに(知ってても気にしないだろうが)ヴァイスの体にむぎゅーしている。
と、ふいにヴァイスの肩から飛び立つティート。何事かと思えばちょっと移動して反対側の肩にまた乗っかる。定期的に位置を変えることで肩凝りに一応気を遣っているらしいが、どれだけ意味があるのやら。
「ヴァイス、皮鎧があっては充分に堪能できんのじゃ、脱いでくれんか?」
それはちょっと危険な香り。
・ ・ ・
冒険者一行が連れてきたペットたちが押し込まれた、村人たちの好意で貸し出された納屋の様子を一度見てから、カーシャは自らの仕事へと向かった。
自分の夫も間違って納屋に押し込もうとした(本当に間違ったのか!?)カーシャの仕事とは、同じく間違って恋人の肩のシフールを弾き飛ばそうとした(本当に〜(略))崔と交替しながらの見張りである。
戦えそうな者が現れると逃げ出すゴブリンの退治のために用意された作戦。それは、見た目は非力そうな者が見張り兼囮を務め、警戒せずにゴブリンが近づいてきたところを村待機のメンバーと森の中に隠れているメンバーで包囲殲滅というものだ。村の中にはカーシャと崔の他、トーマスとキルが隠れている。
そして森の中では。
ヴァイスと比べたならば比較的そういった点を前面に押し出していないからか、筋肉質だがティートの密着攻撃を受けずに済んでいるレドゥーク。その彼の目の前ではティートが目に見えて沈んでいる。
ティートが沈んでいる理由は主に森潜伏中の就寝関連。人数が多すぎると目立つため、森の中に隠れるメンバーはレドゥークとヴァイスの二人となったのだが、ティートも小さくて目立たず頭数には入らないだろうとヴァイスとセットでやって来た。そのティートが当初からの目論見『仮眠するヴァイスの服の中での睡眠』を実行したところ圧迫死しかけたのだ。好奇心は猫を殺すという言葉があるが、筋肉密着はシフールを殺すという言葉が生まれた瞬間だったとかそうでないとか。
村を一周囲んだ見た目だけ頑健そうなバリケード。その一箇所だけが出入り口として開閉が出来るようになっている。その出入り口はゴブリンたちがやって来る方角にあり、今日はうっかり閉め忘れ、開け放たれていた。という設定。草木でカモフラージュされたテントに潜み、冒険者の分隊は交替しつつそのポイントを見張る。
9月で昼間はまだ温かく感じられるキエフとその周辺だが、夕暮れ、夜間と気温は落ちていき、肌寒くなってくる。レドゥークは毛布を纏い、ヴァイスは時折毛布を借りつつ、あとは気合で寒さを跳ね除ける。ティートはヴァイスの懐でぬくぬく。と。
カサリ、パキリ。
草葉が擦れる音、地に落ちた枝が踏み折られる音。何者かの、複数の足音が通っていく。
「ヴァイスさん、ティートさん。来ましたよ」
小さな声でヴァイスとティートを呼び寄せると、視線はバリケードの入り口から動かさずに指で音の方角を指し示す。まだ少し遠く、しかも向こうも森の中。正確な数までは分からなかったが、しかし複数のゴブリンだった。
少し待っていると、すぐ目の前をゴブリンたちが通過した。何事かを自分たちの間で話した様子のあと、村の中へと入っていく。足取りは結構慎重だ。
全てのゴブリンが村内に入ったのを見届けると、3人は静かに、見失わぬようにゴブリンの後を追い、村へと入っていく。
突如現れたゴブリンの集団に、カーシャは悲鳴を上げて逃げ惑った。ように見えるように走った。
ゴブリンたちがやって来たのはカーシャが見張りの担当をしている時だった。崔が担当の時に来ていたら、もし崔の顔に見覚えのあるゴブリンがいれば逃げられていたかもしれないため、これはある意味幸運だったかもしれない。村は入り口を中心に明かりが焚かれ、視界は良好なのだ。
村の民家ひとつふたつ分中へ誘い込むと、カーシャは振り返った。戦闘になると予想されている地点のすぐ傍に住む村人には念のため避難してもらってある。突然雰囲気の変わった目の前の獲物に、追ってきたゴブリンたちが立ち止まる。そこに。
民家の影に隠れていたトーマスが飛び出し、カーシャの前に立つ。その姿は追われる女性を助けに入る侍のようで。反対側の民家の影からはキルが登場し、剣を抜き放つ。そしてゴブリンたちの側面に、かつてゴブリンたちに地獄を見せた怖いお姉さんが立つ。
定石どおりにゴブリンたちは一目散に走って逃げようとするが、崔の上げた戦闘開始の気合の声に応じて彼らの目の前に2人、いや、2人と肩に1人の3人が姿を現す。ルーンソードを構えたレドゥークに、魔法で拳に炎を纏ったヴァイス。魔法をかけた肩の上の羽の人。完全包囲作戦は成功した。
突然の出来事に、ゴブリンたちの行動は2種類に分かれた。即ち、この状況では逃げられないと背水の陣で戦おうとするものと、この状況でも逃げ道を探して走り回るもの。
手に持った小振りの斧を高く掲げ、振り下ろそうとするゴブリン。その得物が振り下ろされるより速くヴァイスは懐へ入り込むと、まずブン投げる。とりあえずブン投げる。地面に叩きつけられたゴブリンは正直それだけで大ダメージだったが、落下点に待機していたキルの剣で止めを刺される。
魔法の剣を縦横無尽に振るうレドゥークは自分に向かってきたゴブリンの首を一撃の下に飛ばすと、続くもう一体の相手をする。だが、地力で劣るゴブリンが一対一で敵うはずも無く。
無秩序に逃げる複数の敵を逃がさず始末するというのはなかなか厄介な仕事である。一体を相手にしているうちに、別の敵が手の届かないところへいってしまう。だが、冒険者たちには手が届かなくても関係無い攻撃手段が使用できる。
完全に背を向け走っていく一体のゴブリン。その足元の地面から突然火柱が立ち上る。ティートのマグナブローの魔法で焦げ動きの鈍くなったところに、追い討ちのもう一発が今度は完全直撃で放たれる。
崔の毒の腕で傷つけられた二体のゴブリン。そのうちの一体が全身を硬直させ、地に伏す。巳の奥義、蛇毒手は与えた傷が小さくとも相手の動きを奪い去る恐怖の技だ。運良くその毒から逃れたもう一体は、それだけで運を使い果たしたか待ち構えていたトーマスにぶった斬られる。
全体の様子を見る限り治療を要する怪我を負いそうな仲間はいないと判断したカーシャは、目についたゴブリンに片端からホーリーの魔法で攻撃していく。邪悪な者に問答無用で傷を負わせるこの魔法、果たして彼の夫には効くのかどうか。試す日が来ないことを祈りたい。
元から戦うことを前提にせずやって来ていたゴブリンたちは、逃げ道を立たれたことで完全に統制と正常な判断能力を失っていた。そんな状態でもともとの力も違う冒険者たちに連携のとれた戦いを展開されては、さすがに多少数で勝っていた程度では話にならなかった。ブン投げられた後止めを刺された数3。焦げた数2。普通にぶった斬られた数3。邪悪だったから倒された数2。毒で痺れている間に昇天した数2。合計で12体のゴブリンを特に怪我なども無く全てを退治し終えることが出来た。
依頼書にあった『10くらい』の数は退治し終えたが、他にもいる可能性が無いとは言い切れない。トーマスの提案で念のために村の周囲を見てまわったが、幸い残党がいたような跡は見られなかった。
依頼完遂、である。
・ ・ ・
今回の冒険者たちの戦いは終わった。だがしかし。彼らの本当の戦いはこれからである。レドゥークはカーシャに納屋に叩き込まれないよう策を立てねばならないし、キルは忘れてきた保存食の工面の礼を仲間へと。崔とティートの静かなる熱きヴァイス争奪戦は暫らく続くのだろうし、キャプテントーマスの物語もまだ終わりは見えない。
冒険は戦いの連続なのだ。色んな意味で。