●リプレイ本文
「困りましたね‥‥」
「‥‥本当ね」
「‥‥同感です」
「右に同じ」
「爺ちゃんってば‥‥肝心な所を忘れちゃってるんだもん」
ムリュの村を出発、件のエルフの森へと向かう一行が揃ってため息を吐き出した。
馬車も通れそうな砂利道を力ない足取りで進んでいくのは、右から順番にメリル・スカルラッティ(ec2869)、ソフィア・ファーリーフ(ea3972)、風烈(ea1587)、ファング・ダイモス(ea7482)、そしてルシール・アッシュモア(eb9356)。
彼らのこの落ち込んだ様子を説明するには時間をやや遡る必要がある。
今から約2時間前、村に到着した一行は例の少年に関する情報を少しでも得るためにムリュの元を訪れた。
主にミリルが質問を行ったのだが、それに対するムリュの回答はシンプルかつこれ以上に無いくらい分かり易いものであった。
『例のお友達ですけど、何歳くらいだったか覚えていませんか?』
『癖とか服装とか分かりますか?』
『髪や瞳の色とは?』
『思い出の場所とはありませんか?』
・
・
・
など他多数
以上がミリルの質問内容である。
これに対するムリュの回答は――
『昔のことだから、全く覚えとらん』
これ一つだけ。
つまり、完結に述べるなら『わざわざ質問に行ったが何も分からなかった』である。
特に名前は完全に忘れており、髪の毛程も記憶になしとのこと。
(ムリュへの怒りと一抹の殺意を取り敢えず収め)森に入った一行だったが、早速トラブルに見舞われていた。
「や〜〜〜〜〜っ!!! 気持ちわる〜〜〜い!!!」
「こ、これキノコの香りかしら‥‥変な‥‥」
メリルのウインドレスで落したチョンチョンを簡単に仕留めながら、エルフに会うため一行は奥へと進むが、空を埋め尽くす顔、顔、顔。チョンチョンの作り出す不気味な顔にファングの後ろに隠れたルシールが喉から悲鳴を上げる。一方ソフィアもその鋭い嗅覚が仇となり、キノコの醸し出す強烈な臭いに形の良い眉を顰めていた。ソフィア曰く『百の香水を掻き合わせた臭い』。とにかく刺激が強いらしい。
森の奥に向かって約1時間が経過した頃、ソフィアが不意に立ち止まった。今の彼女はバイブレーションセンサーにより遠くで起こっている状況を察知できる。
一行が急いでそちらに向かうと、そこではソフィアの予想通りエルフたちが1匹の巨大な蜘蛛を相手に戦闘を繰り広げていた。隣り合う木々の間に糸を張り付かせて頭上から弓で応戦するエルフたちを牽制し、攻撃している。見れば糸に四肢を絡みとられた一人の子供が苦しそうに呻いている。それを見るや否やファングと風烈が飛び出した。
「風烈さん、子供を!!」
ルシールのバーニングソードを受けて燃え上がる巨大なラージグレイブで、ファングが糸の張り付いた木々の根元を切断、自然木々が倒れると同時に下りてくる子供を風烈が素早くキャッチする。
「何者だ!?」
「話はあとで。私達がモンスターを相手にしますから、その間にキノコを採ってください」
殺気だって駆け付けてきたエルフたちをソフィアが制する。
新たな敵意を感じた蜘蛛がその牙を二人に向けて襲い掛かったが、二人の敵ではなかった。
頭上から吐き出す糸を紙一重でかわして木々を足場に飛び上がった風烈の棍が糸を巧みに除きながら蜘蛛の体を地面へと叩き落す。
背中を地面に引っくり返った状態で悶える蜘蛛の頭をファングのスマッシュEXが粉砕、それ以上の攻撃は必要なかった。
「大丈夫?」
体に絡みついた糸を丁寧に取りながらソフィアがエルフの子供の顔を覗き込んだ。どうやら怪我はないようだ。
「村の者を助けてくれたことには礼を言う。しかし‥‥」
交渉役として臨むソフィアとルシールの後ろ、後ろから様子を窺う三人へとちらりっと視線を向けて目を戻す。
「我々は外の者と協力する気はない。人間などもっての外だ」
共同でキノコの排除を行おうという申し出をエルフたちは固辞した。道路建設による森林破壊に怒りを覚えているからに違いない。
「餅は餅屋、ならモンスター相手は冒険者というのはいかがかしら? 今ならキノコの対処法もお教えしますよ」
「あたしたちがモンスターの相手をするから、貴方たちがその間にキノコを採る。そっちの方が絶対安全だと思うけどな」
同族である二人の言葉にもエルフたちは全く耳を貸そうとしない。
「我々人間の開発の為に申し訳有りません。ですがここは互いに協力した方が犠牲も少なく済みます。先ほどは助かりましたが、あの子供のように捕まった人が怪我を負う可能性も出ます。キノコ狩りに協力させてください」
ファングの言葉にエルフたちが言葉を詰まらせる。
結局協力は承諾され、一行は森の奥にあるエルフの集落へと案内された。
「‥‥あの」
一行が集落の広場で夕食をとっていると一人のエルフが現れた。確か周りの者にミーファと呼ばれていたと記憶している。
「先ほどは村の者が失礼致しました。こちらを夕食にいかがかと思いまして」
手渡される果物をルシールが人懐っこい笑顔で受け取りながら、相手の顔をまじまじと見つめる。
年齢は人間でいう20代前半、エルフ族は人間とは違い寿命が長い分、体の発育も時間がかかる。(同じエルフだからあんまり言いたくないけど)この人も胸はあんまり出てないが女性だ。しかも森で魔法を使っているのをばっちり目撃済み。性別は違うが例の子が成長したらちょうどこのくらいのはず。
(‥‥ソフィ姐さんって胸大きいよね)
どうでもいいことを考えが逸れているとソフィアに声をかけられ正気に戻る。
「「あの」」
ルシールと女性がほぼ同時に声を出した。互いに聞きたいことがあったのだ。
お互いに数回譲り合った後、女性が先に切り出す。
「私はシレイヤと申します。この森の近くにある村にアン・クリューという男性がいるのですが、ご存知ありませんか?」
「アン・クリュー?」
淑やかにルシールの前で腰を下ろした女性が口を開く。
「周りは彼のことをムリュと呼んでいるはずです」
それにエルフの二人がばっと顔を上げて女性に詰め寄った。
ムリュとの知り合いであり、シレイアという名前。
これはもう決まりに違いない!
「シレイアって、名前は合ってるよね!? ソフィア姐さん!」
「うん! シレイアさん。私たちムリュさんから貴方のことを聞いてこちらに来たんです」
「え、え?」
突然の出来事に女性がわたわたと混乱する。
「ムリュさん、貴方に会いたがってます。もうすぐという時にこんなことになってしまって」
「ね、これが終わったら、爺ちゃんのところに会いに行ってくれないかな!?」
「な、何のことでしょう。私が先日魔物に襲われて怪我をした時、ムリュという方が手当てをしてくれましたので私が礼を言っていた、ということをお伝えして欲しいと皆さんに頼むつもりだったのですが」
「‥‥‥‥‥‥‥‥え?」
「だって、『シレイア』さんって」
事情を女性に説明する。すると彼女が放った言葉は一同の期待を打ち砕くものだった。
「‥‥残念ですが、その方を見つけるのは難しいと思います。この村には幼名というものがあり、ここにいる者たちは生まれた時に名前を与えられます。それが『幼名』です。そして50歳になった一人前になった証として『真名』を与えられます。私のシレイアは『真名』。話を聞く限りその方の名前は『幼名』。私ではありません。私の『幼名』は『アルマ』でした」
「そんなぁ〜‥‥」
へなへなと座り込むルシールに女性が更に追い討ちをかける。
「『幼名』は一人に一つとは限りません。自分で勝手につける人もいますし、この里の者たちにとって名は命の次に大切なもの。家族や恋人以外の者に名前を教えることはありません。幼名であってもそれは同じで『真名』であれば尚のことです。皆様には里の者を助けてくれた礼として私の真名をお教えしましたが、本来相手に『真名』を教えるとは自分の全てを託すということ。言うなれば、求婚のようなものです。仲間たちでさえ私の真名は知りません。ミーファというのも愛称。それほど大切なものですから、名前を頼りに人を探すのは大変なことになると思います」
シレイアの伝えた内容に、一同はますます項垂れていく。
ただでさえ手がかりがないというのに、これでは見つかりっこないではないか。
「‥‥あ、でも、真名をもらった者にとって幼名はもういらない名前ですから簡単に教えてくれるはずです! その、私も手伝いますから元気出してください!」
翌日、一行はエルフたちと共に行動を開始した。
冒険者たちが派手に暴れまわり、魔物を引きつけてその間にエルフたちがキノコを採取する。
エルフたちは子供たちも引き連れ総出で採取を行っていた。自分の住処を護るために必死なのだろう。
そしてそれは冒険者たちも同じだった。少しでも役に立ち、エルフたちに認めてもらうことで幼名を教えてもらおうと考えたのだ。休憩や時間があけば、性別関係なく魔法使いらしき人物に声をかけて名前を確認する。
あっという間に夜が訪れて集落に戻った一行はエルフたちと夕食を取ることになった。懸命に戦う姿が認められたということである。ルシールの提案の元、ちょっとした宴会の中で月を肴に交流を深めていく一行。間に名前を聞いてみたがそれらしき人物はいなかった。
見つからぬまま三日目、最終日となり、昨日と同じようにエルフたちと作業を行っていく。
空が赤くなり始めたころには、作業もほとんど終了。森のあちこちにまだ残っているものの、ここまでくれば後はエルフたちだけで手は足りる規模にまで達していた。
里を後にする直前、冒険者たちは集落の長老と面会した。
「私は自らの森を出た者ですけど、ムリュさんとその友人のエルフのように種族を超えて信頼関係は作れると思うのですよね。なので森を閉ざさす、メイの国と話し合う機会をもたれてはいかがでしょう」
「森を壊しちゃうのは確かにいけないことだけど、カオスの魔物のせいで沢山の生態系が壊れていってる。ゴーレムはそのための防衛手段なの。勝手なことを言ってるのはわかるけど、森を護るためにも王様と一度話してみたらどうかな」
ソフィア、ルシールの訴えに長老は静かに頷いた。
森のために尽くしてくれた者たちの言葉だからこそ、長老はその心を動かされたのだろう。
集落の入り口で風烈が空を仰いだ。紅色は終わり、もうすぐ暗闇と月が空を支配する。
「例の方は見つかりませんでしたね」
「‥‥はい、どうにか見つけてあげたかったのですけど」
小さな息を吐き出すのはメリルだ。
全員で力を尽くして村にいるそれらしき人に全て声をかけたが、ムリュを知る者はいなかった。
もしかしたらすでにこの集落を出ているのか、それともムリュに会えない事情があるのかもしれない。
「‥‥行きましょう」
そう言って歩き出すファングに四人が続こうとした時だ。
声がして一行が振り返る。
「シレイアさん?」
「ごめんなさい。でも皆さんにどうしても会いたいという人がいまして」
彼女の後ろから一人の女の子が一同の前に姿を見せた。
「あの‥‥」
もじもじと落ち着きなく視線を走らせる女の子を、ほらっとシレイアが促す。
「‥‥ミレニアと申します。あの時はありがとうございました」
ファングと風烈に大きく頭を下げるのは、最初に森に来た時、蜘蛛に捕まっていたあの子だった。
見たところ、人間でいう10歳前後だろうか。小さいのにしっかりしている。
「えと、ムリュさんはどのようにしてますでしょうか。私、会いに行くって約束したのにこちらの勝手な都合で行かず、怒っているのではないかと心配で‥‥」
「「「「「‥‥え?」」」」」
一同の声が揃った後、それぞれが次々と口ずさむ。
「ちょっと、待ってください‥‥あれ?」
「シレイア、リレイア‥‥」
「‥‥ミレイア」
「‥‥‥‥‥ミレニア?」
「いや、でも、年齢が」
目の前の女の子はどう見てもシレイアよりも年下だ。
パニックに陥った一同の前でシレイアがにっこりと微笑み、ミレニアが顔を真っ赤にする。
「姉は今年で80になります」
それとは対照的に、ルシールが口を開けて絶叫する。
「えぇ!? だって、姉って、80‥‥ええ!?」
「ルシ、落ち着いて」
「これは‥‥」
「とんでもない落とし穴‥‥」
「‥‥ですね」
月が出ていた。
一日の仕事を終えて、ムリュは診療所の裏口から外へ出た。
森から流れてくる風は心地よく、肌を撫でる空気は絹のように滑らかだ。
息をつき、中に戻ろうと踵を返すムリュ。
「あの‥‥」
声、どこか懐かしい響きを持つ音色を持つ声だ。
瞳に映ったのは、10歳くらいの小さな少女。
怯えるような顔で、じっと見つめる瞳は金色、まるで月のようだ。
「‥‥こ、こんにちは」
「‥‥ああ、こんにちは」
「‥‥」
「‥‥」
「‥‥」
「‥‥」
「‥‥あ」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥久しぶりだね」
意思ではない。
長きに渡る思いが、
一言だけ、彼の唇を動かした。
「――――――――――――――――ミレニア」
「‥‥覚えてたんだ」
「ううん、覚えてなかったと思うわ。たぶん顔を見たら思い出したんじゃないかしら」
月夜の空に、響き渡る少女の残響。
痛いくらいに悲しくて嬉しい感情を乗せて声は謳う。
ルシーナの体を懐に抱えて眺めるソフィアの表情は穏やかさに包まれている。
ミレニアの話によるとムリュに会ったのは彼がまだ30歳で、彼女が50歳だった頃。彼女の集落では真名を持つと同時に魔法の修行をするという掟があり、魔法が得意でなく、それを嫌った彼女は何度も森を飛び出しては泣いていたらしい。ムリュと会ったのは偶然、その温厚な性格を頼りに、彼には何度も泣かせてもらっていた。いつまでもムリュに迷惑をかけられないと考えた彼女は、修行が終わるまで彼には会わないと決心して森で本格的な修行を開始。しかしエルフと人間の時間の感覚は異なる。いつの間にか時は流れ、気づいたときには20年もの月日が経過しており、会いたくてもムリュに今更と思われるのが怖く、会いに行くことが出来なかったのだそうだ。
静かに見守るメリルの隣で風烈の視線はムリュへ向けられている。
「ムリュさん、幸せそうな顔してますね」
「種族の壁にも、時の流れにも屈せぬ友情か。俺もそんな親友が欲しいな」
堪らなくて泣き叫ぶミレニアは今までの空白を埋めるように、ムリュの膝の上で突っ伏して声を上げている。
その背中に手を置いて黙って見守るムリュの瞳はどこまでも優しい光を秘めている。
「依頼は成功ですね。いや、大成功といったところですか」
ファングの言葉に首を振るものはいない。
30年の時を隔てて出会った二人。
見守る月は温かく、星は光に満ちている。