幼心と悩める恋心

■ショートシナリオ


担当:紅白達磨

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや易

成功報酬:3 G 32 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:03月21日〜03月26日

リプレイ公開日:2008年03月27日

●オープニング

「ねぇ、ヨウってルナが好きなの?」
「ぶーっ!!!!」
 と古風的ではあるが、今年で18の青年ヨウが口にしていた水を吐き出した。
「ね〜どうなの?」
「どうって‥‥」
 まだ6つかそこらの子供たちに包囲されて言葉に困ってしまうヨウ。小さい頃から数年間もの間、同じ孤児院で家族のように一緒に生活してきた子たちだ。図星を指摘されて恥ずかしいものの、やっぱり言葉にしてしまう。
「‥‥たぶん‥‥好き」
「たぶん?」とヨウの言葉を子供たちがオウムのように口々に繰り返す。
「あのね、ずーっと前にね、一緒にご飯食べてた時に、ルナもヨウのこと好きって言ってたよ」
「ほ、本当!?」
「うん、たぶん!」
「‥‥たぶんなんだ‥‥」
 あまりに思わせぶりなセリフを受けて一喜一憂するヨウが半口で笑い顔を浮かべた。
 これから自分はどういう風に生きていくのだろう。そう不安になる時は多い。
 それは世の中がどうとかの問題ではなく、例え平和であったとしても決して変わることはない、ありふれた悩み。
 今現在がそうであるのだから、ましてや将来のことを考えると憂鬱な気分は絶えない。
 とりあえず将来のことは置いておいて今はまず、好きな人に告白する、その勇気が欲しいと思う自分は贅沢ものなのだろうか。
 戦争で親を失ってこの孤児院に引き取られもく10年がたつ。この季節になると花で一杯になる丘が一望できるこの孤児院が大好きだ。時間を作ってはお弁当を手に、ルナに連れられて皆でよく散歩に行ったものだ。
 ルナは一番の年長者で、孤児院の院長でもあり、孤児院に住む子供たちの母親である。ヨウ自身にとってもそれは同じだ。肉親に抱く情、それが恋慕の情に変わるまでにあまり時間はかからなかった。貧しい生活ではあるが、新しくなった領主様は情に厚い方で今後援助してくれることが決まっており、贅沢さえしなければ、お金のことで困ることはなくなるだろう。ヨウがルナに次ぐ二番目の年長者。自分より年が下の子供たちも成長してようやくこの恋心を伝えようかどうかと迷っているところなのだ。
「ね〜告白しないの?」
「‥‥どうだろう」
 正直いうとすごく怖い。ふられたら、もうここにはいられない。自分が臆病なのは昔から知っていたが、まさかここまでとは思わなかった。
「‥‥このままが一番いいのかもね」
「‥‥でもヨウ、苦しそうな顔してるよ」
 妹同然の少女の言葉にヨウは、泣きそうになるのを堪えた。




「僕たちのお願い聞いてくれる?」
 カウンター越しにギルドの職員が向かい側へと目をやると、見慣れたフロアは子供たちで埋め尽くされていた。その数20人。
「お金はあるのかな? それがなきゃ、ここじゃお願いは聞いてあげられないんだけどね」
 困り果てていた若手の職員に代わり、引退寸前、熟年の職員が優しく話しかけると、代表である男の子がお金の入った布袋を差し出した。
「‥‥ようこそ冒険ギルドへ。君、お客様を奥の部屋にお通ししてくれるかな。すぐにハーブティー、いやミルクかな。数はひい、ふう、みい‥‥20個、用意してくれ」
 
 子供たちのお願いは、孤児院から見える小高い丘にいるモンスターを退治して欲しい、ということだった。
 その丘は皆でよく行く場所で、特にこの季節は色んな花が咲いていて本当に綺麗なのだそうだ。
 皆で遊びに行った時、丘の上だとヨウとルナはいつも以上に仲良く笑っているから、臆病もののヨウでもそこでならルナに告白できるんじゃないか、そう考えているらしい。
 依頼内容はモンスターの退治のみ、その後は子供たちが花植えをするらしい。モンスターがいるせいで花が咲く今の季節になっても咲き方が弱いためとのこと。花植えは依頼ではないが、気が向いたらしてほしい。

 以上の内容を書面に書き終わり、一服する熟練の職員。若手の職員には子供たちが使っていたカップを洗わせている。年のせいで最近は腰が痛い。勤務終了時間になり、さっと荷物をまとめて建物を後にする。
 帰り道に目に留まったのは、小さな花屋、閉店間際で客もいない。
「失礼、その苗を一ついただけるかね」
 慈善事業はしない主義だが、若いもののために何かやるのもたまに良いだろう。

●今回の参加者

 eb3838 ソード・エアシールド(45歳・♂・神聖騎士・人間・ビザンチン帝国)
 eb3839 イシュカ・エアシールド(45歳・♂・クレリック・人間・神聖ローマ帝国)
 eb4245 アリル・カーチルト(39歳・♂・鎧騎士・人間・天界(地球))
 ec4065 ソフィア・カーレンリース(19歳・♀・ウィザード・エルフ・アトランティス)
 ec4583 白石 タカオ(27歳・♂・天界人・人間・天界(地球))

●リプレイ本文

 近くの街まで馬車で行くこと約一日。長旅を終えて歩き出した一行は広がる草原の向こうに孤児院の頭の先を見えることが出来た。緑豊かな平野に建つその後ろには、幾つもの丘が存在している。春風に乗って微かに香る花々の匂いが行き交う人々を呼んでいるようにさえ感じられた。
「良い香りですね〜」
 目を閉じてイシュカ・エアシールド(eb3839)草原の上に立ち止まる。
「はっは、青春だねぇ。未来の夫婦さんたちのために俺も一仕事こなしてみっか」
 陽気に笑って歩くのはアリル・カーチルト(eb4245)、その足取りは流れる風のように実に軽い。
「はい! 子供達の為にも、モンスターからお花畑を取り戻しましょう!」
 元気一杯のソフィア・カーレンリース(ec4065)の笑顔は春に劣らず明るさに満ちている。その隣で歩を進めるのは 白石タカオ(ec4583)だ。
「こういうのは流れってもんが大切だからな。まずは丘で魔物を掃除してそれから花植えの手伝いってとこか」
「そうですね。私も戦闘は得意ではありませんが、魔物退治には参加させていただきたいと思います」
 養娘を育てた過去を持つイシュカには、他の者よりも子供たちの健気な思いがとても微笑ましく感じられた。少しでも子供たちの役に立てるなら、できる限りのことはする覚悟だ。
「言うと思った。お前直接戦闘は出来ないだろ。俺も行くぜ」
 ソード・エアシールド(eb3838)がため息をつく。馬上から面倒臭そうに言う彼だが、その後ろにはたくさんの花の苗が詰まれてある。 その中にはギルド職員から渡された苗も含まれていた。
「‥‥何だよ?」
「いや、別に」
 一人無愛想な顔を浮かべるソードに苦笑して、一行は歩みを進めていった。


「さて、何がいるのかな〜?」
 孤児院で軽く挨拶を済ませて早速、丘で魔物退治を開始した。
 そんなに広い丘ではない。ソフィアのブレスセンサーで的確に魔物の数を把握し、一匹ずつ仕留めていくことになった。
 丘にいたのはサイドワインダーという蛇だった。まずはソードが遠距離からハルバートで攻撃する。毒を持っていて噛まれれば厄介だが、近づかなければ大した敵ではない。 
「近づかないのが一番だしな。前は俺に任せて二人は横を頼む」  
 1匹を相手にする間に周囲からぞろぞろと蛇が押し寄せると、アリルと白石が前に出て獲物を振るう。
 とぐろを巻いていきり立つと、頭を伸ばして噛み付いてくるが避けられない速さではない。神経を研ぎ澄まして牙を回避、白石がすぐさま蛇の体を潰すように上から大槌を振り下ろす。巨大な槌に踏まれて蛇も溜まらずのたうち回る中、アリルの剣が敵の首を切断、次々と仕留めていった。
「はっ!!」
 ハルバートを避けて間合いに入った蛇の頭に、ソードのナイフが突き刺さる。
 イシュカも解毒と治療がいつでもできるよう準備しているが、どうやら出番はなさそうだ。
「ウインドスラッシュ!」
 逃げていく蛇をソフィアの真空の刃が切り刻む。
 ここで逃がしたらヨウたちが来た時、彼らが危険に晒される。もしも告白前にどちらかが亡くなってしまったら泣くに泣けない。
「この調子でどんどんいこうぜ」
 出番なしのスタンガンをお手玉のように回してアリルが先に進んでいく。
「花植えは子供たちがするからね。一匹も残らないようにしておかないと!」
 ぐっと豊満な胸の前で拳を握ってソフィアがそれに続く。
 幸い丘にはサイドワインダー以外いかなったようで、蛇退治は水が流れるように進んでいった。
 蛇が集団で襲ってくると背後を取られないように常に背後を誰かにまかせ、逃げていく敵はソフィアが仕留める。
「‥少しでも花の咲き方が強まればいいのですが」
 イシュカがピュアリファイで土地の再生を促すが、効果はいまいちのようだ。
 空が青から赤に変わり始めた頃には、魔物退治は終了。ブレスセンサーで残りがいないか確認もしたが、どうやら大丈夫のようだ。あまりの手ごたえのなさに肩透かしを食らった感覚を拭えぬ一行ではあったが、誰一人怪我をすることなく、無事孤児院へと戻ることができたのだった。



「蛇さんは全部退治したから安心して。明日は私たちも一緒に手伝うから、い〜っぱい花を植えようね」
 ソフィアの話しを聞いて彼女の周りに集まっていた子供たちから歓声が上がる。
『初めまして! 僕、ウィザードのソフィアっていいます。みんな宜しくね〜♪』
 とびっきりの笑顔で最初にした挨拶、無邪気さを含んだその言葉だけでソフィアは子供たちの心を掴んでいた。
「お疲れ様でした。今夕食の準備をしていますのでもうしばらくお待ち下さいね」
「これはお手数をお掛けいたします」
 金髪の髪に、整った顔立ち。美人ではあるがそれより温かい表情が印象的な女性だ。子供たちの話では彼女がヨウの意中の人、ルナであるらしい。
 傍らで優しく微笑む女性に、イシュカが礼儀正しく言葉を返した。
「う〜ん、確かに美人だ。あんな人が四六時中側にいたら惚れちゃうのも仕方ないか」
 顎に手を当てじっと観察するアリルに白石が鷹揚に頷く二人とは対照的に、無愛想な顔のソードが盛り上がる二人の後ろでハルバートを鳴らす。
「それよりヨウという男はどこにいるんだ?」
 ルナの隣で数人の子供たちの手を引く男性、どうやらあれがヨウという男性のようだ。
 三人はルナが建物の中に消えたのを確認すると、数人の子供と共にヨウを広場の端に連れて行く。
 いきなり連行されて驚くヨウに、子供たちがヨウのことを心配して丘の魔物退治を依頼したことを話すとヨウは静かに目を伏せた。
「そうか‥‥皆に心配かけてごめんな」
「まぁまぁ、ところでヨウだっけ。お前、ルナって人のことが好きなのか?」
 直球で投げられたアリルの言葉にヨウが真っ赤な顔をして俯いた。
 ここまで反応が素直だともう何も言わなくても丸分かりだ。
「いや、もうその反応で十分だ。それで何か用意とかしてるのか? 指輪とかよ」
「え!? いえ、その、僕は‥‥」
 口ごもるヨウにいつの間にか来ていたソフィアが頬を膨らませる。
「ダメですよ! 女の人なら指輪の一つや二つ欲しいものです。告白するならしっかり用意してあげないと」
 女性である彼女が言うと不思議と説得力がある。
「あの、僕まだ告白すると決めたわけじゃ‥‥」
「彼女いない俺が言うのもなんだが、当たって砕けるつもりで行かなければ実る恋も実らないだろ」
 白石の言葉にソフィアが激しく同意する。
「そうですよ。こういう場合は指輪とかあげたほうが絶対成功率は上がるはずです。イシュカさんもそう思いません?」
「ど、どうでしょうか。私には何とも‥‥。ソードはどう思う?」
「結婚もしてない俺が関われる問題じゃないだろう? 俺達の場合どっちかというと『子供の依頼だったから受けた』って方向が強いからな」
「いえ、あの‥‥」
 肝心のヨウを蚊帳の外で話に盛り上がる冒険者たち。もはや告白することは彼らの中では決定事項のようだ。
 夕食の前に話は一応終着し、明日子供たちを連れて花植えを行うことが決まり、ヨウにはルナが丘に近づかないよう上手くやるようにと言っておいた。もちろんヨウに拒否権はなかった。



 天気は快晴。魔物もいなくなった丘で、子供たちは早速花を植え始めた。
「綺麗な花が咲きますように♪」
 数人の女の子たちと一緒にソフィアが苗を植えていく。そんなに広くない丘だから、今ある苗を植えればそれなりには見えるはずだ。
「おいこら、あんまりそっち行くんじゃねえ。危ねえぞ‥‥ってこら!」
 飛びついて来た男の子をお腹で受け止め、食べたものを吐き出すのを懸命に堪える白石に、追い討ちをかけるように子供たちが飛び込んでくる。魔物がいなくなって久しぶりの丘、はしゃぎまわる子供たちの相手も相当大変なようだ。
「ありがとうございます。わざわざお食事まで手伝っていただいて」
「家事は得意ですし、花植えの方は友人が手伝っておりますから」
 孤児院に残ってルナと一緒に食事の用意をしていたイシュカが集まる子供たちにお昼ご飯を手渡していく。 新巻鮭を使ったスープは絶品で見る見るうちに容器から無くなっていった。
 ソフィアの入れたハーブティーで一休みした後は、花植えの前に一遊びだ。
「あはは、今度は君が鬼だよ〜」
 子供たちと一緒に広場の中を無邪気にソフィアが駆け回り、少し離れたところではソードが連れてきたペットと子供たちがじゃれて遊んでいた。
「孤児院じゃ馬や犬は飼ってないだろうし。一緒に遊んだり乗せるのもいいだろう」
 相変わらず無愛想にそう言うソードの肩には一人男の子が乗っている。
 建物の中ではアリルが小さな子供教室を開いていた。将来は偉くなってこの孤児院の役に立ちたいと勉強熱心の子供たちを前に、読み書きに船の動かし方、海や医学、様々なことを教えるその姿は一人前の教師そのものだ。
 一部の子供たちを連れてアリルと白石が再び花植えに丘へ行く中、孤児院の一角に小さな人だかりがあった。遊びつかれた子供たちが差し込む日向ですやすやと眠っているのだ。
 彼女たちに優しく布団をかけて、イシュカが奏でていた竪琴をやめる。
「手すさび程度ですが、娘に歌ってた子守唄久しぶりに歌いましたよ」
 どうやらその効果は子供以外にも効果はあったようである。
 子供たちの真ん中ではなんとも気持ち良さそうにソフィアが寝息をたてている。日向ぼっこが大好きな彼女もその誘惑には敵わなかったようだ。
 アリルと白石が帰ってきたのは夕方。お腹をすかせた子供たちがごはんごはんと連呼する。
「アリル〜、ご飯食べたらまたおはじきしよ〜」
 囲碁、おはじき、五目並べ、皆で遊べるものを教えていたアリルは人気ものだ。
「わかったわかった。まずは飯を食え。冒険者風料理だぜ。味はあんま期待すんなよ」
 夕食はルナとイシュカと協力して作ったものだが、材料は全て孤児院のものだ。アリルを初め冒険者たちの進める食材をルナは一切断っていた。
「遠慮することないのによ。折角持ってきたんだ。使ってくれて構わないんだぜ?」
「いえ、皆様には本当にお世話になっておりますから」
 それに、とルナが意味ありげに微笑む。
 その瞳はまっすぐにアリルの目を捕らえて離さない。
「‥‥‥な、何ですか?」
「い〜え、明日は良い天気になりそうですね♪」
 全てを見透かしているようなルナの態度に、イシュカとアリルは冷や汗をかく。花植えをしていることはルナには言っていない。内緒にしていてヨウが告白する時に初めて見せようと考えていたからだが‥‥。
(もしかしてばれてるのかな‥‥)
 ソフィアの言葉に返事はない。
 明日もいい天気になりそうだ。

 

「ヨウさん、後は頑張ってくださいね」
「頑張ってね!ヨウ」
「頑張れよ!!」
 ここに来て三日目の昼、いよいよヨウが告白する時が訪れた。
 茂みの中で円を作り、最後の打ち合わせをする一行とヨウと子供たち。
 茂みを抜けた先に、別の子供たちに案内されたルナがすでに待っている。
 ヨウと子供たちのために、イシュカが私財を使って苗を買い、それで今朝大急ぎでこの先の場所を飾り立てた。寂しかった景観とは一線を画す風景が、この先には広がっている。
 できることは全てやった。後はヨウ次第だ。
「ヨウ!」と呼びつけてアリルが、こっそりとあるものを手渡す。
「指輪の片方をお前が身に着け、ルナにはもう一個の方をプレゼントしてやんな。お互いが薬指につけると二人は愛し合ってるって意味になる」
「え、でも、これ‥‥」
 ヨウが受け取ったのはシルバーリング。おいそれと買えるものではない。
「指輪に互いの名前とか伝えたい気持ちとかを文字で刻むのもいいかもな」
 返そうとしたヨウが思い直し、ぎゅっと指輪を握り締める。ここまで自分のためにしてくれた人たちの思いを 無駄にしたくない、そう考えたからだ。
「男だろ、思い切っていけや」
 ぐっと親指を立てて鼓舞するアリルにヨウが涙目で答えて一歩を踏み出した。

「‥‥ヨウさん?」

 なぜか途中でヨウが立ち止まる。
「あの、出来れば近くで見てもらっていていいですか? 何となく心強いので」
 普通逆じゃないかと思ったが、一同が快く承諾したのを確認してヨウは茂みを抜けてルナの前に姿を見せた。
「ヨウ! 見て、綺麗でしょ。子供たちがわざわざ花を植えてくれたですって」
「あ、うん」
 そういうなりヨウが黙り込む。
 何してんだ、さっさといけ! とか、頑張って! とか、勇気を出して! とか、言葉には出せないが、ルナに見えないように茂みから手振り身振りでそれぞれがエールを送る。
「‥‥ルナ」
「何?」
「あ、その、えと」
「うん」
 真っ直ぐ見つめられて怖気づくヨウ。


「‥‥その‥‥い、いい天気だね」


(誰が天気の話をしろって言った〜〜!!)
(ちょ、静かに!)
(落ち着けって!)
 煮え切らないヨウの言動に、茂みの中で暴走する白石を周りのものが押さえ込む。
 しかし周りのものたちも心の中では同じことを思っているようで、じっとヨウへと視線を向けている。

 しばしの沈黙。
 黙り込むヨウが下に俯いている一方で、ルナはじっとヨウの顔を見つめている。

 心臓が痛い。このまま体を突き破って飛び出そうなくらいに激しく脈打つ鼓動が、ヨウの心を押し縮める。
 ふっと、ある考えが頭の中をよぎった。
 このままでいいんじゃないか。
 このままの方が、ずっとルナの側にいられるのではないか。
 脳裏を駆け巡る考えに流されちゃ駄目だと分かっていても、その誘惑に負けそうになってしまう。
 迷いに迷って、やっぱりまた今度にしようとヨウが顔を上げた。
 そこで彼の目に映ったのは、咲き誇る花の上で、いつものように微笑む最愛の女性。


「―――――――好き‥‥だ」


 自然とぽろりっと零れ落ちた言葉。それは事前に打ち合わせて決めていたものとはかけ離れた言葉。
 どういう意味で好きなのか、それすらも分からない曖昧な言葉でも、ルナには伝わっている。
「私もよ、ヨウ」
 差し出したルナの手が、ヨウの頬に添えられる。
 固まったまま動かないヨウの唇に、彼女のそれが近づいていって―――


「おめでと〜!!」
「ヨウ、おめでとう!!」
「頑張ったね、ヨウ!!」
「ルナ、良かったね〜〜!!」
 冒険者たちの脇を通りぬけて、子供たちが笑顔で祝福の言葉を投げかける。
 良いところだったのだが、子供たちにそれが理解できようはずがない。
 すまん、と冒険者が手を合わせて謝った。本来なら彼らが止めるべきだったのだが、あまりのシーンに見惚れてしまい、行動が遅れてしまったのだ。
「まっ、ハッピーエンドだし、いいだろ」
「この続きはヨウさんが勇気を出して、自分で頑張るということで、ね」
 ごまかすように笑う一行を、相変わらずの真っ赤な顔で凝視するヨウ。
 どうやらキスまでは時間がかかりそうだ。