霊峰ペテロ山の攻防 アルドバ隊
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■ショートシナリオ担当：紅白達磨 対応レベル：8〜14ｌｖ 難易度：やや難 成功報酬：4 G 15 C 参加人数：6人 サポート参加人数：-人 冒険期間：04月08日〜04月13日 リプレイ公開日：2008年04月16日 |
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●オープニング
ベルトラーゼ率いる軍勢がゴブリンの軍団を倒したことは領内に瞬く間に広がった。騎士たちの間でもその噂は途絶えることはなく、我がことのように褒め称えられていた。ゴブリン軍団は容赦なく打ちのめされ、当面の危機は回避されたと思っていた矢先のことであった。ベルトラーゼ自らが偵察を行い、霊山と称されて名高いペテロ山にカオスの魔物とカオスニアンが進入したとの報が入った。その数２００。砦内に潜伏する魔物を合わせれば、更に増えるだろう。
「ベルトラーゼ卿」
押し出ているお腹をさすりながら、椅子の上で領主が見下ろす。
「ご苦労であった。して、どうであった？」
「予想通り、今回の一件カオスの勢力が絡んでいるようです。山奥の廃棄された砦にてカオスの魔物らしきモンスターを目にしました」
「らしき？」
「はっ。最近はカオスの勢力の増大に伴い、カオスの魔物も多数発見されておりますが、私は実際に目にしたことはありませんので、特定することはできませんでした」
「ほう、奇才と名高い貴様にも分からないことがあるのだな」
薄笑いを浮かべる領主の前で、ベルトラーゼはただ顔を下げ続ける。
「まぁよいわ。兵士１００を与える。さっさと掃除してこい」
「１００‥‥ですか」
「不服か？」
「‥‥いえ。ただ、こちらの倍以上の敵と戦うこととなれば、勝利は困難かと」
「貴様は、前にも同じようなことをいったな。だが実際はどうだ。勝利し、今では領内で英雄扱いされているではないか？」
ぎりっと唇を噛んで、言葉に耐える。領主は自分の評判が上がるのを快く思っていないのだ。
「‥‥前回とは状況が違います。カオスの魔物はこの世界では珍しく、戦った経験のあるものは少ないのです。故に前回以上に過酷な戦いに‥‥」
「黙れ！！ この私がやれといったら、やればいいのだ！ この私のせっかくの思いを無視するとは何事だ！？」
「いえ、そのようなことは」
弁明するベルトラーゼの言葉も領主の耳には届くことない。
激昂する領主が咆えるように言葉を吐き出した。
「うるさい！ 騎士団を貸し与える予定だったが、止めだ！ 今回は兵士１００と徴兵した民間人１００のみ、それで勝って来い！ いいな！ 負けてきた時、貴様は縛り首だ！！」
兵士１００、徴兵された民間人１００を前に演説を行うのはベルトラーゼの父親を自負し、同時にオークではないかと噂される巨漢アルドバだ。
「我らはペテロ山の真南から敵拠点の砦目指して真っ直ぐ北に進軍する！！ あくまで目的は山中に四散するカオスの魔物を我らに釘付けにして他の部隊が砦に辿り着けるようにすることであるが、群がる魔物どもは我らが全て殲滅せねばならん。囮であると同時に、山中に点在する敵勢力の大多数を撃破するとこも我らの任務だ。山中の敵を殲滅後は、他の部隊を援護すべく山中の砦へ歩を進める！ 一刻も早く敵を撃破しなければならないため、現地に到着した後、準備が整い次第すぐに撃って出る。夜間の、しかも山中の進軍となるが、臆することなく粛々と進め！ 」
前回に続き負けるわけにはいかない。
到着するのは深夜。大部隊で行動するこちらに対して、相手が有効な策を取りやすい時間帯である。
作戦をすぐに決行することには理由がある。霊山ペテロ山は周囲に住む村人こそ少ないものの、参拝と称し訪れる人も少なくない。早めに事態を収拾しなければ、他の地域にまで噂は広がり、民心の国に対する不信感は高まるだろう。そうなれば、その責が討伐を命じられたベルトラーゼに降りかかってくるのは必然。
アルドバの呼びかけに喚声によって兵士たちが叫んだ。よく見れば、前回のゴブリン掃討戦に見た顔が多い。兵士のみならず、民兵の中にも同様のことがいえた。聞いたところによると、ベルトラーゼを慕い、自ら進んで今回の戦に志願してきたものたちが多くいたらしい。
領主からは毛嫌いされているが、ベルトラーゼの勇姿は民衆の心は確かに捕らえているのだ。
あの幼かったぼっちゃんが立派になって‥‥。
あまりの感激に、思わず涙ぐんでしまうアルドバ。
「おっさん、大丈夫か？」
ミルの言葉に、顔を上げたアルドバがぶっとい腕を天へとかざす。感動のためだろう、無意識に変な掛け声を出してしまったことに気づいたのは壇上を下りてから。演説終了後、アルドバは死ぬほど後悔したという。
「が、頑張るぞ〜〜〜〜〜！！」
「おおおおおおお〜〜〜〜〜！！！！」
アルドバからの事前報告
・ペテロ山の真南から敵拠点の砦目指して真っ直ぐ北に進軍。目的は山中の敵をこちらに引き付けることとその殲滅。
・アルドバは前線で戦闘、指揮をとる。ミルを初めシフール隊がアルドバの指示を各小隊長へ伝える予定。
・複雑な山岳地帯内部での行軍となるため、陣形はないに等しい。１０人一小隊として進行する。
・雇った冒険者たちには１０人を一小隊指揮してもらう。カオスの魔物がどんな策を弄してくるかわからないため、危険を察知した際は迅速に行動し、苦戦する他部隊がいた場合は手を貸して欲しい。
・ほとんどの者がカオスの魔物との戦闘は初めてのため苦戦を強いられると思われる。
・夜間の作戦となるため、各自用意を怠ることのないように。
・寝床、保存食、松明は支給される。
・現地到着時刻は夜中であるが、すぐに作戦を実行する。朝までには敵を殲滅するのが目的である。
●今回の参加者
ea0827 シャルグ・ザーン（52歳・♂・ナイト・ジャイアント・イギリス王国）ea2564 イリア・アドミナル（21歳・♀・ゴーレムニスト・エルフ・ビザンチン帝国）
ea7641 レインフォルス・フォルナード（35歳・♂・ファイター・人間・エジプト）
eb3526 アルフレッド・ラグナーソン（33歳・♂・クレリック・エルフ・イギリス王国）
eb7880 スレイン・イルーザ（44歳・♂・鎧騎士・人間・メイの国）
eb8475 フィオレンティナ・ロンロン（29歳・♀・鎧騎士・人間・メイの国）
●リプレイ本文
雲ひとつない空に浮かぶ月が、今宵はやけに光を放っている。
まるで、死する者を誘う挽歌の如く。
● 作戦会議
ペテロ山南部に位置する砦に到着したのは日が変わった頃。
灯された松明がぐるりと立ち並ぶその内側で、出撃を前にした兵士たちが同じ小隊の者と最終確認を行っていた。
民兵として徴兵された兵士たちの顔には悲壮感とも取れるものが浮かんでいた。
この若者もその一人。わけの分からないまま戦場へと駆り出された。貧しい生活ではあるが、村には自分の身を案じる母と妹が自分の帰りを待っている。
こんな所で死にたくはない。
生きたいと意志とは反対に、動く死体という魔物に対する恐怖心、そして武器として持たされた剣の重みが現実であることを告げている。
高まる恐怖に震える若者の肩に大きな手が添えられた。
手の主の名はシャルグ・ザーン（ea0827）。
案ずるなと無言で置かれた歴戦の勇者の手は、そう語っているように見えた。
「今回、我々が戦うカオスの魔物には、動く死体と邪悪な意思を持つ魔物の２種類が居る。
動く死体は動きが鈍いがしぶとく、傷ついても動きを鈍らせることは無い。
邪悪な意思を持つ魔物は、狡猾でしかも通常の武器が通じぬ」
小隊を前に弁を振るう。
「このどちらにも通じるのが、オーラの力である。
オーラを剣に宿らせれば、ただの剣でも邪悪な魔物を傷つけることができ、死体に対しては倍の切れ味を発揮する。
必要な場合には、我輩が隊の者の武器にオーラを付与しよう」
オーラパワーを操ることが出来るのは彼以外にいない。彼の小隊が大きな力になるのは間違いないだろう。
「死体の魔物には力技が通用するからビビらないで只管叩く事！
狙うなら頭や胴体よりも、足と腕を狙って行動不能にすべし！
あんなの、もう死んでるから反応が無いだけで、無敵なんかじゃないんだからっ！」
緊張と同じく不安が高まる兵達の中で、フィオレンティナ・ロンロン（eb8475）が声を張る。メイで一番の鎧騎士（‥‥になる予定）と自負する彼女の声は場の雰囲気を吹き飛ばす程に明るい。己の不安を抑えて兵士たちを気遣う心とその明るさは、既にメイの中でも群を抜いていると確信する。
未知の敵との戦いを前にして、恐怖と不安の色が濃い兵士たち。
偵察隊に参加していたイリア・アドミナル（ea2564）の顔にもいつもの明るさはない。助けられなかった二人の老人を思えば彼らの無念は敵を討つことでしか晴らせない。
「助けられなかった人の為にも、此処で連中を倒す」
やがて小隊内の確認を終えた冒険者たちはアルドバのいる砦の門へと向かった。
一同は外気に剥き出しのテーブルと添えられた椅子に腰掛ける。すぐに出撃するためテントは建てられていない。地図の表面に映って揺れる松明の火は、この戦で失われる命への鎮魂の意だろうか。
やがてアルドバが作戦概要の説明を開始する。
「我が軍はここより真っ直ぐに北上して山中の砦を目指す。目的は囮と山中に点在するカオスの魔物の掃討。行軍は一つに固まって行うが中央、右翼、左翼の三つに軍を分け、更に各部隊、攻撃と防御のどちらかを主に担ってもらう。中央の防御はフィオレンティナ、攻撃はわしが務める。シャルグは右翼の攻撃、左翼の攻撃はレインフォルス、防御はスレイン。イリアは中央部隊の後方、軍の中心で機を見て魔法を放ってもらう。アルフレッドも同様の場所で負傷者の治療と魔物探査を頼む」
「聖なる山を汚す魔物達、決して見逃す訳には行かない。セーラの教えの元、光によって浄化します」
クレリックであるアルフレッド・ラグナーソン（eb3526）の志気は高い。ジ・アースでアンデッドと呼ばれる悪しき存在を許すわけにはいかない。透明化という厄介な能力を持つ敵が存在することは偵察隊の報告によって判明している。アルフレッドのデティクトアンデットが大いに役に立つだろう。
「過信はするな。お前の探査距離は１５ｍ、乱戦ともなれば敵と見分けが付かないことも多々あろう」
「それにしてもあほ領主が‥‥。嫉妬で大事なことを忘れて動くとはな」
いつもの平静さでそう呟くのはレインフォルス・フォルナード（ea7641）だ。
それにアルドバは鷹揚に頷いた。普通ならここで領主を弁護すべきなのだろうが、彼にその気は微塵もない。
それは他の者も同じのようである。あくまで無言であるが。
「山中での戦故に連携を取ることは困難。各部隊松明を持つものを決めておけ。防御の部隊が前線にて持ちこたえ、機を見て攻撃を担う部隊が突撃、そしてまた防御の部隊が戦線を押し進める。中央、左翼、右翼内での連絡は密に行え」
「了解した、俺の隊は防御重視で行く」
スレイン・イルーザ（eb7880）が言葉少なめに淡々と述べて立ち上がり、他のものがそれに従った。
「カオスの魔物相手に兵は浮き足立っている。お前らが倒れることがあれば兵は動揺し、部隊は簡単に瓦解する。有事の際は他の小隊にも指示を行え。指揮能力がある者は尚さらだ。各自奮闘せよ」
● ペテロ山侵入
暗闇を進み、山中へと侵入したアルドバ軍。
麓に徘徊する数体の死体を簡単に蹴散らして行軍、地形が複雑になる本山中腹で本格的な戦闘は始まった。
光に惹かれる蛾のように群がってくる死体たち。
初めは数体、それが数分後には数十体に、気づけばこちらとほぼ同数の死体の山が戦線を抉じ開けようと迫っていた。
「オーラの力がある今なら魔物など恐るに足らず。ゆくぞ！」
「蹴散らせてもらうぞ」
防御の部隊が戦線を維持する後ろからシャルグ、レインフォルスの部隊が切り込んでいく。
死しても尚動く死体に止めを刺すべく、率先して敵の中へと二人が突き進む。
槍を受けながらも構わず突っ込んでくる狂気の骸の姿に兵士が竦み、フィオレンティナが慌ててそれを打ち倒した。
「頑張って！ 気持ちで負けたらお終いだよ！」
「は、はい」
返事を返す兵士だが民兵だろう、これからが本番だというのに腕は震えて、もはや戦場に立っているだけでも精一杯の様子だ。
スレインがレインフォルスの隊と動きを合わせて連携を開始、尻込みする兵士へ盾を前にただ前進するよう指示を出す。
「盾を前に進め、攻撃はレインフォルス隊に任せればいい」
「味方との連携を心がけろ」
左翼では二人の小隊を中心に動き、右翼ではシャルグ隊が敵を次々と撃破、中央ではフィオレンティナが前線で踏ん張り、アルドバが盾を前に立ち並ぶ兵士たちの前で、公言通り迫り来る死体を次々と食らうように吹き飛ばしていく。
戦線は膠着状態と化し、本山中腹にて消耗戦が展開されていった。
● 終焉の序曲
ペテロ山奥地で、鬱蒼と茂る森林にひっそりと佇む古き砦。
月の光にその影を地面へと映す中、その屋上に存在したのは３つの人影。
金髪の男が言う。
その口調は独特のリズムを刻む女性のようなもの、年齢は三十代前半といったところだ。
「地方の軍隊でしょぉ。俺たちが出る必要があるのねぇ〜？」
それに答えるのはしわがれた老人の声。
「‥油断するな。あのオーガの軍勢を破った軍隊だ。目的はすでに達したが、長いに越したことはない。お前は砦の周囲を、貴様は中腹の軍を叩け‥」
『御意』
「はぁ〜いよ〜」
騎士の姿をした者が兜の奥からくぐもった声を出し、続いて金髪の男が答える。
月が隠れ、再びその姿を晒す時、二つの影が月夜の空へと飛び立った。
● 襲来
「ぐあぁあぁああ！」
岩陰に隠れていた狂気の骸に首を噛み千切られ、血が舞った。スレインがそれを撃破するも兵隊の動揺は目に見えて判る程に徐々に膨れ上がっている。
「この調子だと戦線が壊れるのも時間の問題だな」
背中合わせに答えるのはレインフォルス。
「同感だ。新手が来たら、このままだととてもじゃないが砦までの進撃は無理だ」
戦力的にはほぼ互角であり、冒険者たちも奮闘しているが、大岩や堀が連携の邪魔をする。加えてその陰から突然現れる敵の攻撃は小隊の被害と恐怖を確実に膨らませていった。
オーラパワーを持つシャルグ隊以外の小隊では、群がる死体たちを撃破するまでにかなりの時間を要し、慣れない敵との戦闘で被害も拡大している。これを危惧したアルドバがイリアに指示を飛ばした。
「前に出ます。各隊援護を！」
「りょ〜かい！」
それまで後方で援護をしていたイリアだが、超越のアイスブリザードはその威力もさることながら射程も広範囲のため、使用の際は最前線に出なければならない。前線の隊が後退、フィオレンティア隊が彼女の周囲を固めて敵を押し退ける。
『アイスブリザード！！』
解放された魔力が吹雪となって、前方の死体どもが凍りついた。痛覚をもたない狂気の骸さえもがその支配下に置かれて動きを止める。
好機と見たアルドバ小隊が突撃、左右の隊もそれに士気を取り戻して向かい来る死体たちを撃破していく。
戦況はこのまま優勢に進むかと思われた。
「ぐあっ！！」
突然の悲鳴。右翼の中心にいた兵が崩れ落ちた。
「ひっ！」
「ぎゃあっ！！」
続けて二人。殲滅戦に加わろうと、半数が警護、残りの半数にシャルグがオーラパワーを付与していた時だ。
「うあっ！」
「な、なん‥‥ぎゃっ！！」
「た、たすけ‥‥！」
隣にいた小隊が突然、次々と血を流して地面の上に倒れていった。
恐怖の波紋は視覚を通じて伝播、簡単に軍全体へと広がっていく。
「アルフレッド殿！ 急ぎ索敵を‥‥」
シャルグの言葉は最後まで続かなかった。背後から脇腹に突き出された刃の切っ先、それが否応なしに口を閉じさせた。
見知った小隊の若者が声を上げて駆け寄ってくる。
顔を上げれば、若者の後ろに血で濡れた刃の鈍い光が見えた。
「――――逃げ」
―――銀光が走り、
数秒後、噴水のように噴き出した鮮血を浴びる彼の前に、体から切り落とされた若者の頭が転がった。
「――――――――――！！！！」
シャルグの咆哮に重なったのは、襲来を告げる怪鳥の叫び声。
混乱する中央部隊と左翼に降りて来た怪鳥の足は逃げ惑う獲物を軽々と捕まえ、持ち上げてはゴミのように放り投げていく。
「固まって！ イリアさん、こっちに！」
「レインフォルス隊と合流する、岩陰に隠れて陣形を組め！」
各小隊が恐怖に逃げ惑う中、フィオレンティアとスレインの小隊が岩陰や堀の内へと飛び込んだ。
混乱を何とか収拾すべく、スレインが立ち竦む兵士の首元を捕まえては堀の中や岩陰に放り投げて自分の小隊と合流させる。自身も岩陰へと隠れ、顔を覗かせて戦況を把握しにかかった。
「化物の数は２。右翼と中央の様子は？」
「中央はフィオレンティアを中心に体勢を整え始めているが、右翼は完全に乱戦になっている。この分では伝令網も機能しないな」
武器耐性を持つ怪鳥を仕留めるにはオーラパワーを付与したシャルグ隊か魔法を使えるイリア、アルフレッドが有効だが、今の状況では応戦できる余裕はない。
「‥‥俺がやるしかないか。スレイン、小隊を頼めるか？」
「了解」
この状況下でも冷静な二人は自分が出来る最善のことを探し出し実行する。
「た、隊長、我々は？」
「足手まといだ。スレインに従って周囲の死体どもを始末しろ」
ゆっくりと息を吐いて、一言。
「さて、いくか」
素っ気無くそう言うや否やレインフォルスが岩陰から飛び出した。
見えない敵の恐怖に萎縮しながらも、押し寄せる死体に各個応戦する小隊の真ん中でアルフレッドのリカバーを受けていたシャルグが立ち上がった。
「まだ動いてはいけません！」
「否、このままでは右翼の全滅は間逃れぬ」
一刻も早く敵の動きを把握する必要がある。でなければシャルグの言う通り部隊は全滅するだろう。
治療を中断したアルフレッドがデティクトアンデッドを施行。
だが、死体の魔物も多数おり、こうも激しい乱戦状況下で透明な敵のみを特定するのは容易なことではない。
目を閉じ、死体の魔物とは異なる存在を探すべく意識を集中させる。
「―――――後ろ、距離５ｍです！」
その言葉に傷ついた体を酷使してシャルグが剣を走らせる。だが手ごたえがない。
パキッ
イリアのアイスブリザードによって地面は霜が降りたように凍り付いている。それを踏み砕く音を頼りに踏み込んだシャルグの大剣が遂に敵を捕らえた。
姿を現したのは人の形を成す魔物だった。完全武装したその姿は騎士という言葉が相応しい。
右手に握られる剣の表面にこびり付いた真新しい血の修飾がシャルグの怒りを爆発させる。
透明化する間を与えずに振り下ろされるシャルグの猛攻。しかし重傷の体で鈍った剣先は回避に長ける敵の盾により受け流されてしまう。
「シャルグさん、今援護を！」
アルフレッドが加勢しようとするとシャルグが咆えた。
「手出し無用！！！！」
若き命を護りきれなかった自らへの憤り、傷つけられた誇りに起因して、その身に敵の攻撃を受けながらも前進する。
「ぐっ‥‥！」
紙一重でかわし、返しざまに突き出された騎士の剣が再び彼の脇腹を抉り取る。
しかし、一抹の躊躇もなく相手の刀身を素手で握り込むと、シャルグは剣を振り上げた。
「己が業、死して償え！！！」
白刃の軌跡が、暗黒を切り裂いた。
「‥‥芸がないな」
羽を斬られて地面に落ちた怪鳥を背後に、レインフォルスが呟いた。
足を突き出して降下する攻撃方法。何度も同じものを見れば避ける際に一撃を食らわせることなど造作もない。
周囲にはスレインが指揮能力を発揮して邪魔が入らないよう小隊に壁を作らせている。混乱した状況下で冷静に対処する精神力は大したものだ。
仲間をやられた怒りを携え、もう一匹の怪鳥が降りてくる。しかし彼の剣が走るよりも早く、側面から吹き出た吹雪が怪鳥を凍らせて墜落させた。
微笑むイリアの後ろでは中央の軍を率いたフィオレンティアとアルドバが体勢を立て直して攻勢に回っていた。
右翼の部隊もどうやら混乱は収まったようで、各隊がそれぞれに敵を撃破している。
危機は脱した、そう確信したスレインがほっと安堵の息を吐いた。
● 勝利と屍
夜が崩れ、空が朝を迎えて明るくなり始めた頃。
戦を終えた各隊は山中の砦で合流、報告が為された。
親玉らしき魔物は逃亡。
アルドバ隊の右翼を襲った新手の騎士の魔物も、シャルグの一撃に右腕を切断されるも蝙蝠のような羽を持つ馬の魔物に乗って姿を消した。
加えて『契約者』と名乗る人間の男も現れ、ルシーナ隊の被害は甚大。隊長であるルシーナは無事だったが、エルフ隊の半数が死亡したとのこと。
アルドバ隊も半数が負傷、戦死者は５０人にものぼるとされている。
目的であるペテロ山の異変は無事に鎮圧。
依頼は成功となったが、ベルトラーゼには苦い勝利であった。
