グランドラ城塞都市攻防戦  護送任務

■ショートシナリオ


担当:紅白達磨

対応レベル:8〜14lv

難易度:難しい

成功報酬:4 G 98 C

参加人数:10人

サポート参加人数:4人

冒険期間:05月01日〜05月06日

リプレイ公開日:2008年05月09日

●オープニング

 ペテロ山の一件から半月。
 霊峰ペテロ山の異変は無事鎮圧された。
 しかし人々の心に安息という言葉はない。
 都市に出没する人食の魔物、炎の精霊の暴走、オーガの軍勢の襲来、そして霊峰ペテロ山での異変。
 重なる不可解な出来事に、恐怖と不安の種は確実に人々の胸に埋め込まれ、そしてその種は発芽寸前にまで迫っていた。
 そこに齎された一つの報。



『ルゴ領領主フロアが蜂起、グランドラに侵攻す』


 
 メイの領主が自らの国に叛旗を翻したことを告げるその異報は大陸を震撼させた。
 ゴーレムを従えた予期せぬ襲撃に名君と名高き領主クレイバー伯爵もなす術がなく、グランドラ領は瞬く間に制圧されていき、周囲を城壁に囲まれた堅固なグランドラ城塞都市は数日もせぬ内に陥落、伯爵も敵の手に落ちた。
 逃げ延びた一族が出した要請に応えて近隣のゴード、ドル、チリア領がモナルコスを中心とした援軍をグランドラに派遣することを決定、対して領主フロアもバの残党兵力に、恐獣を操るカオスニアン、悪名高い馬賊『アンドラ』を傘下に加えて戦力を増強。
 謀反の火は止まることなく膨れ上がり、今や一つの領地を巡り、多数の軍勢が入り乱れる未曾有の事態にまで発展したのだった。




「‥‥辛うじて生き残った兵が伯爵のご令嬢メロウ様とキャロル様を連れてリアド砦に逃げ込みましたが、敵の侵攻が始まるのも時間の問題。何卒援軍をお出しくださいますようお願い致します」 
 荒い息をつきながらグランドラから駆けつけた騎士を前に、領主は興味のなさそうな顔で頬杖をついている。
「ベルトラーゼ卿、グランドラといえばここより離れた土地であったな」
「はっ、左様で御座います」
「そうであるならば、私が急く必要もあるまい。我らが動かずとも別の領地のものが退治してくれような」
「何卒!! モナルコスに加え、バのゴーレム『バグナ』を擁する敵軍勢を打ち破るためには、貴方様に頼る他道はないのです!」
 今までの(ベルトラーゼの)戦功と度重なる領内での異変から、領主は国から6騎のゴーレムを借用することが可能になっている。ゴーレムを持つ敵を確実に破るには強き助けとなることは確実であろう。
 懸命に騎士が頭を下げ続けるが、領主は眉一つ動かさなかった。
 領主は基本的に自らの領内の治安を守る義務をもつが、他の領地に関して権利も持たない代わりに義務も持たない。領主同士がいがみ合っていることもしばしばで、他の領地がどうなろうと自分には関係ないという保守的な領主も多いのだ。
「領主様、お引き受けしてはいかがでしょうか」
 ベルトラーゼの進言に騎士が顔を上げる。
 クレイバー伯爵といえば名君と叫ばれる程の人物であるが、その名が出れば同じように必ず話に上がるのが伯爵のご息女である長女メロウである。まだ20にもならぬ身でありながら政治の中に身を投じて貧しき民たちの声に耳を傾け、病院や孤児院を創設するなど、彼女によせる民の人望は父のそれを凌ぐほどだ。民同様彼女を慕うものは騎士の中でも後を絶たない。
 逆に領主フロアは猜疑心が強く、自分の部下をも簡単に罰する小心者で、とてもではないが自分から謀反を起こすような人物ではない。
(この一件、何者かが暗躍していると考えて間違いない)
 ペテロ山で取り逃がしたカオスの魔物か、それとも『契約者』を名乗った金髪の騎士か。
 いずれにしてもこのまま静観しておくわけにはいかない。
「領主様のご名声を慕い、名君と名高い領主様ならばと思い、この者は参っているのです。ここで寛大な御心を御見せになれば、領内の民は勿論、グランドラを初め、多くの領地に領主様のご名声は広がることでしょう」
「‥‥なるほど。よかろう、援軍を出してやる」
 おだてられてすっかり機嫌を良くした領主がすんなりと同意する。
「ただし、条件がある」
 感激に震える騎士に、領主が顔を近づけた。
「グレイバー伯爵に、メロウという18になる美しき娘がおったな。その娘をこちらに連れて来い。援軍はその後出そう」
「‥‥は?」
 あまりの内容に騎士が理解できず、間の抜けた声を出す。
「ゴーレムを動かすともなれば、周囲から見れば侵略行為とも取れる行動。おいそれと動かすわけにはいかんのだ。伯爵の令嬢をこの私が保護することで、グレンドラへの援軍の御印となる。それに伯爵が昨今名を上げるこの私の名声を妬み、罠に嵌めようとしている可能性も否定できまい?」
 必死に否定する騎士に立ち上がった領主が下卑た笑みを浮かべた。
「安心しろ。何もせぬ。私は紳士じゃからなぁ」
 詰まる所、領主は人質を要求しているのだ。助ける代わりに娘を差し出せ、ということである。
 騎士の顔に殺意にも似た気配が立ち込める。憤怒ともいえる激情に騎士が腰にさしていた剣を手にかけようとした時、ベルトラーゼがさっと近づき、口ずさむ。
「‥‥抑えてください。ここで剣を抜けば、私は貴方を斬らねばなりません」
 言い終えると同時にベルトラーゼが領主へと振り返った。
「領主様、此度の護送の任、私が請け負いたいと存じます」
「おお、貴様が行ってくれるならば心強い。すぐにでも出立せよ」
 騎士の腕を素早く引いて、部屋を後にする。扉が閉じられ、廊下をしばらく歩んだ後ベルトラーゼが頭を下げた。
「申し訳ありません。領主様の暴言、心よりお詫び致します」
 すると騎士が床へと倒れこんだ。傷は深く、よくここまで来られたと感心する程のもの。忠義に厚い者なのだろう。
「‥‥頼む‥‥私の故郷を‥‥あの方を‥‥守っ‥‥」
 そこまで口にして、騎士は意識を失った。医師の見立てによれば極度の疲労によるものらしく、命に別状はないとのことだ。
 軍の準備をさせるため、アルドバたちは連れて行くことは出来ない。代わりに冒険者たちの手を借りることになるだろう。数名で何百という敵の包囲網を掻い潜り、ここまで戻ってこなければならない危険な任務だ。
 それでも決死の思いでここまで辿り着いたあの騎士の期待に応えるため、決意を胸にベルトラーゼは馬を走らせるのだった。 

 現地簡略地図
∴∴∴∴∴∴∴∴│▲▲▲∴∴∴∴∴∴  ∴ 平野
△△∴∴┌───┘∴∴∴∴∴∴∴∴∴  ▲ 山
──橋─┘∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴▲▲▲  △ 森林 
∴∴∴∴∴∴∴▲▲▲▲▲∴▲∴∴▲▲  ☆ グランドラ都市
▲△△△△▲▲▲▲▲▲▲▲▲∴∴▲▲  ─ 川 
▲△△△△△▲▲▲│▲▲▲▲∴∴▲▲  凸 リアド砦
▲▲△△△△△▲▲│▲▲▲▲∴∴▲▲
▲▲▲▲▲△△△△橋△△▲▲∴∴▲▲
▲▲▲▲▲▲△∴∴│△△△∴∴∴▲▲
∴▲▲▲∴∴∴∴┌┘∴∴∴凸∴∴▲∴
∴∴☆∴∴∴∴∴橋∴∴∴∴∴∴∴∴∴
∴∴∴∴∴∴∴∴│∴∴∴∴∴∴∴∴∴

 事前報告
・左上の橋を渡り、川を越えれば敵の追っ手はそれ以上追撃して来ない
・砦到着時刻は16:00、それとほぼ同時に敵はご令嬢を捕虜とすべく兵種を活かして領土全域に包囲網形成を開始、完成予想時刻は19:00(この季節、17:00頃から暗くなり始める)
・ゴード、ドル領の援軍が17:30に地図の右上の平野に出現。両軍の戦闘が開始されると推測
・砦から左上の橋までは馬で平野を走れば、約3時間の距離
・遠征と準備時間の不足から一切のゴーレム兵器は使用不可
・ご令嬢が敵に捕まれば任務失敗となるので最悪ご令嬢だけでも確実にこちらの領地まで護送すること

●今回の参加者

 ea0167 巴 渓(31歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea0827 シャルグ・ザーン(52歳・♂・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)
 ea1919 トール・ウッド(35歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea2564 イリア・アドミナル(21歳・♀・ゴーレムニスト・エルフ・ビザンチン帝国)
 ea5929 スニア・ロランド(35歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea6382 イェーガー・ラタイン(29歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea7641 レインフォルス・フォルナード(35歳・♂・ファイター・人間・エジプト)
 ea9907 エイジス・レーヴァティン(33歳・♂・ファイター・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb8475 フィオレンティナ・ロンロン(29歳・♀・鎧騎士・人間・メイの国)
 eb9949 導 蛍石(29歳・♂・陰陽師・ハーフエルフ・華仙教大国)

●サポート参加者

美芳野 ひなた(ea1856)/ ルメリア・アドミナル(ea8594)/ 門見 雨霧(eb4637)/ エル・カルデア(eb8542

●リプレイ本文

●説得
「確かに住民や兵を残し逃げるのは不本意でしょうが、貴方がたを守る為命がけで依頼を出してきた貴方がたの騎士の為にも、今は命を大事になされませ。
 住民や領土を侵略者から取り返す機会は必ず訪れます。何卒」
 リアド砦最上部の一室。
 迫り来る敵軍勢を望めると同時に、侵入した敵の手が最も届き難い場所でもある。
「恐らく敵はこの砦を占拠後、この砦の兵糧を使い、更なる侵攻を図るでしょう。
 ですから敵がここの兵糧を入手する前に、皆様が一時撤退を行う前に、周囲の領民に砦の兵糧を分け与えては如何でしょう?
 元は周囲の領民から徴収したものです。
 それを領民に返せば、領民は皆様の遺徳を忍び、敵には服従しなくなります。
 そして敵が侵攻を拡大するなら、兵糧を得る為に周囲の領民から再び取り上げる以外ありません。
 故に領民はますます敵に従わなくなり、再奪還の際は進んで協力してくれるでしょう」
 ベルトラーゼに追従したのは総勢10名。
 説得役を買って出た導蛍石(eb9949)が説得に臨む中、残りの者たちは列を成して部屋の入り口でじっと身を屈めて成り行きを見守っている。
「この精竜銀貨章にかけて姫君は無事送り届けますゆえ」
 シャルグ・ザーン(ea0827)が令嬢に礼節を示して厳かに振舞った。
 しばしの沈黙。
 金色の髪に、琥珀色の瞳を伏せる女性、グレイバー伯爵のご令嬢メロウ。迫り来る敵の手を目前にしながらもその気品高き顔に恐怖はない。伯爵の息女であることの誇りが彼女の心を支えているのだろう。
「‥‥わかりました。貴方の仰る通りに致しましょう」
 厳かな風韻を乗せてそう口にした姉の姿を見つめるのは、今年でまだわずか9歳の次女キャロル。
「ただし、お願いがあります。私の代わりにこの子を、キャロルを連れて行って下さい」
「姉様!?」
 キャロルの表情に驚愕が浮かび上がった。
「私たちを二人を連れて領内を出ることは困難でしょうが、妹一人だけなら可能のはず。それにここにいるのはグランドラを護ろうと戦い、傷を負った兵達。彼らを残して自分だけ逃げることなど私には出来ません」
「お考え直し下さい。辛い選択とは思いますが、故郷を護るため、戦ってくれた兵士たちのためにも、何卒!」
「‥‥貴方がたの領主が望んでいるのは援軍の証ではなく、この私でしょう?」
 導の目が思わず揺れた。
「援軍の証ならば、私ではなくともこの子がそれになりましょう。あのフロア領主のこと。この砦が陥落すれば、中にいる兵士たちは皆殺しにされます。私の身柄と引き換えに、彼らの安全を保障するよう願い出るつもりです」
 援軍の云々ではなく、領主がメロウ自身を求めていること。
 それに聡明な彼女は気づいていたのだ。
「しかしそれでは‥‥」
 そこまで口にして導は口を閉じた。
 強い思いを秘めた瞳。決意した表情は彼に次の言葉を紡ぐことを押し止めた。
「嫌だよ! 姉様を残して私だけ逃げるなんて、絶対嫌!!」
 キャロルの悲痛な叫びが部屋に木霊した。姉の腕を握った手は小さく震え、瞳にはうっすらと涙が浮かび始める。
 そんな妹の頬に優しく掌を添えて、メロウは穏やかに微笑んだ。
「大丈夫よ。この人たちが貴方を護ってくれるわ」
「そうじゃなくて、姉様が‥‥!」
「‥‥大丈夫よ」
 妹を安心させるように、もう一度にっこりと微笑んで。

「―――――大丈夫」

 言葉少なく、それでも頭を撫でるメロウの手は乱れる妹の心を収めていった。
 互いに想い合う姉妹。戦という無情な剣によって引き裂かれる絆の姿に巴渓(ea0167)が耐え切れず、跳ぶように体を乗り出し、頭を床に押し付けた。
「すまねェな姫さん、時間がねェんだ。安心してくれ。このベルトラーゼが、アンタらを必ず‥‥必ず護る!! ‥‥畜生、悔しくて目から汗が出ちまうぜ!! 頼む、今はベルを信じてくれ!」
 必死に訴える巴の肩を、シャルグが押し止める。
「巴殿、抑えられよ」
「けどよぉ!」
「領主の娘として、メロウ様は自らの責務を果たそうとしておられるのだ。そのお気持ち、無駄にしてはならぬ」
 歯軋りをしながら巴が後ろへと下がる。
 部屋を後にしていく中、終始口を閉じていたベルトラーゼがメロウの前で恭しく頭を下げた。その表情を窺い知ることは出来ない。
 彼が何かを口にしようとして、不意にメロウの声がそれを遮った。
「貴方の噂は聞いています。妹を頼みましたよ、ベルトラーゼ卿」
 ベルトラーゼにとってその声はあまりにも、穏やか過ぎた。
「‥‥‥‥‥‥‥私は」
「よいのです」
 ぽつりっと、一言。
「よいのですよ」
 その穏やかな響きにベルトラーゼの拳が震えた。
 自分を許す言葉の中に、メロウの思いが伝わってきた。
 元々ベルトラーゼはメロウを護送するつもりはなかった。
 あの領主の目的は援軍を出すことではなく彼女、メロウを手に入れること。グランドラに援軍を出す気はないだろう。だからこそ彼女を連れて行くわけにはいかなかった。彼女ではなくキャロルを護送し、メロウを餌としてあの領主に援軍を出させる。それがベルトラーゼの考えた筋書だった。噂で聞くメロウという人物の性格を考えれば、それは上手くいく。そして事実そうなった。
 ‥‥だが、自分を犠牲にする非情な策を知っても尚、許してくれるメロウという女性。
 自分とほとんど変わらない年齢の女性があまりに眩しく、それに比べて自分の存在は酷く醜い‥‥。
「‥‥‥‥必ず」
 僅かに視線が重なる程度だけ、ベルトラーゼの顔が上げられる。
「必ず‥‥貴方様を助けに参ります」
 床から足の裏を引き剥がすように身を翻して、ベルトラーゼは二度と振り返ることなく部屋を後にした。
「時間がありません。早く、キャロルを連れて行って下さい」
「‥‥‥‥‥‥やだよ」
 導がキャロルの手を取ると、それを拒むように彼女は泣き叫んだ。
「嫌だよ、姉様! 私だけなんて!!」
 姉へとしがみ付くキャロルの体を、フィオレンティナ・ロンロン(eb8475)が加勢して引き離そうとする。
 だがそれにさえキャロルの腕は抗い続けた。
「やだ! 離して、離してよ! 姉様!! やだ私だけなんて!」
 涙を浮かべて絶叫する妹の腕を無理矢理に振り払い、メロウが顔を背けて連れて行くよう促した。
 妹の前で必死に涙を流すまいとするその姿に後押しされて、二人はキャロルの身体を抱えると振り返ることなく廊下へと飛び出す。
 遠ざかっていく姉の姿を最後まで追い、
 消えてしまった姉の面影を求めて、
 悲痛な少女の叫びが一行の耳を引き裂いた。

「ねえさま〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」




●逃亡
 時刻は17:00を過ぎていた。
 山吹色に燃える空が、紅の世界を創造していく。
 炎の影を表面に浮かべて、燃え上がる大地。
 遥か彼方まで開けた視界。広大な平野が一行の前方にその背中を見せている。
 リアド砦より北上、一行は騎馬にて編隊を組み、東の平野を駆けていた。
 今のところ敵の姿はない。追っ手がないに越したことはないが、グライダーや馬賊『アンドラ』が襲撃してくると予想していただけに、罠でも張っているのかと嫌な方向に考えがいってしまう。
 キャロルを前に乗せたフィオレンティナの騎馬を中心に編隊を組んで進んでいく。
 このまま進めばゴード、ドル領の軍が来る予定の平野に到着出来る。まずはそれからだ。
 不意に、イェーガー・ラタイン(ea6382)の愛馬『ふう』の後ろに同乗していたイリア・アドミナル(ea2564)が眉を顰めた。テレスコープにより周辺数キロを警戒していた彼女だったが、後方の雲の近くに何か大きな影が見える。鳥にしては大き過ぎる。
「あれは‥‥イェーガーさん!」
「‥‥フロートシップ!?」
 驚きの声を上げている間に、フロートシップから何かが飛び出した。それがグライダーだと認識するのに多くの時間は必要なかった。そして、それらが自分たちを狙ってくることも。
「敵グライダーが来ます!! 速度を上げて下さい!!」
 地上を走る騎馬隊に、空を駆けるイェーガーが叫び、高度を下げる。
 加速する騎馬隊の中心で、目を真っ赤にしたキャロルの手がぎゅっとフィオレンティナの衣服を掴む。それに応えるように、彼女は少女の身体を抱きしめた。
「怖かったら、目を閉じてじっとしていてね。それで精霊にお願いするの。ワタシ達をお護り下さいって」
 不安げに見上げてくるキャロルに真正面から見つめ返す。
 氷を溶かす太陽のように、悲しさに打ちひしがれる傷跡を癒す笑顔とその温もりはキャロルの心を落ち着かせていった。
「来ます!!」
 ここにグライダーとの空中戦が開始された。

 ゴォォォォォォ―――――――――――――――――!!!!


 風を呑み込む轟音が響き、後方から押し寄せる5騎の飛行隊。
 それに弓の狙いを合わせていたイェーガーが、突然の強風に自身の顔を覆った。
 凄まじい速度で騎馬隊の頭上を、ペガサスの両脇を抜けていったグライダー。そのあまりの速度に生まれた強風は、ペガサスや騎馬の速度を、そして一行の予想を遥かに上回っていることを実感させた。
 こちらを追い抜き去ったグライダーが上昇、機体から吊り下げられていた何か。鎖ごと切り離されたそれが騎馬隊の前方に投下される。
「回避して!!」

 ドォン!!!

 逸早く察知したスニア・ロランド(ea5929)に従って騎馬隊がぎりぎりで回避、エイジス・レーヴァティン(ea9907)のすぐ横で落下物が炎を上げて地面に広がった。
「また危ないものを落としてくるね〜」
「敵は私とイェーガーさんに任せて、他の方はこのまま前進を。あれは極めつけに有用ですが酷く脆いのですよ。イェーガーさん並の射手にとっては葱を背負ったカモ同然でしょうね」
「ミストフィールドをかけます。この隙に攻撃を」
 前方で旋回、こちらと対峙する形で加速して迫ってくる敵部隊。
 交叉する少し前にイリアが高速詠唱でミストフィールドを展開。騎乗による高速移動中のため、詠唱での超級魔法は落下の危険性があった。
「‥‥外した!?」
 一行を覆い隠すように発生した霧が敵部隊の視界を防ぐと同時に味方の視界を真っ白に覆ってしまい、狙いを外させてしまう。だが何よりも大きな要因はグライダーの速度だ。通常の飛行速度でも馬の機動力を勝るペガサスの全力速度と互角、その最高速度はペガサスでさえ追いつけるものではない。
 霧を抜けて後方で再び旋回、こちらに向かって来るグライダー隊。
 固定させたランスを頭に掲げ、突撃してくる高速の騎体。地上の部隊より先に空中の部隊を始末するつもりだ。
 矢を凌ぐ速度の一撃が5つ、あのスピードの槍を食らえば、さすがのイェーガーといえどペガサス諸共串刺しにされて果ててしまう。
 周囲に障害物はない。騎乗において達人の腕前を誇るイェーガーが高度を下げることで回避を試みる。

「―――――――――!!」

 頭二つ分上を巨大なランスが抜けていく。遠ざかっていく騎体に攻撃するが、矢を凌ぐ速度を持つグライダーにそれが届くはずがない。
「んー、これってまずくないですか?」
 戦闘のど真中、伊達に幾つもの戦場を経験してきたわけではないイリアが、冷静にかつどこか他人事のような台詞を言うと、イェーガーが先ほどの交叉で何かに気づき、声を上げていた。
「スニアさん!!」
 スニアに一声、前方から押し寄せてくるグライダーの編隊に向かい、地上からはスニア、空中からはイェーガーが敵と真正面に対峙する。
 茜色の果てから押し寄せてくる敵部隊。
 それが射程範囲に入ると同時に二人が矢を発射した。
 まだ目標までは100mはある。敵が並みの回避力を持っていれば当たる確率は高くはない。
 だが、空を駆け上がるように真っ直ぐに走っていった一撃は簡単にグライダー搭乗者に命中、操縦を失ったニ騎が無残にも地上にも衝突した。
「間違いないですね。機動力でこそ劣りますが、敵の操縦の腕はあまりに稚拙です。あの程度の腕で空中戦に赴くなど無謀も良いところですよ」
 残りの騎体の攻撃をやり過ごしたイェーガーが嘆息に安堵を混ぜて手を下ろした。
 先ほどのランスを携えた攻撃。あれだけ機動力において優位に立ちながら、当てることが出来ない腕前。それから推測した彼だったが、実際そうであった。グライダーはゴーレムよりも多くの能力を必要とする。空中において過剰ともいえる速度の制御は困難を極め、同時にその状態で敵を攻撃することは容易ではない。今回がその良い例である。
「その程度!」
 矢を番えたまま敵の矢を易々と回避、改めて狙いを定めてから放たれたスニアの矢は後部席に乗っていた弓手を打ち抜いた。
 グライダー後部座席の者が矢を放つ時、騎体は速度を落とさなければならず、また操縦者と弓手のタイミングも重要となる。不安定な足場での射撃となることから弓手にもそれ相応の能力が要求されてしまう。今回の敵グライダー隊の操縦者と弓手はほとんど息が合っていない。あれでは止まった瞬間に撃ってくださいと言っているようなものだ。
 まして今回相手をしているのはイェーガーとスニア、そして絶大な魔力を誇るイリア。弓、騎乗、攻撃力において圧倒的な力を持つ三人に、付け焼刃のグライダー操縦者たちが敵うはずがなかった。
 イリアのアイスブリザードによって4騎目のグライダーが制御を無くして墜落。
 最後に残されたグライダーは敵わないと悟って上昇。弓の射程外に逃亡し、一行の偵察のみを行うに至った。
 フロートシップの姿も消え、敵グライダーにも戦意がないと判断した後、イェーガーとイリアがゴード、ドル領の援軍に支援を請うために先行。
 地上の騎馬隊も速度を上げて、平野を登っていった。



●内なる敵
 あたりは暗くなっていた。
 先行したイリアの説得が成功したようで、ゴード、ドル領の軍に接触するとベルトラーゼたちは領主の元へと案内された。
 目算でしかないが、兵数300にゴーレムが3騎。フロア軍を破るのに十分な戦力とはいえないが、それでも結構な規模だ。これだけの兵力があれば、グランドラ都市を制圧することはできずとも各領の軍集結時、一翼を担うことは出来る。
 陣形を整える兵士たちの懐へと一行が進んでいく中、レインフォルス・フォルナード(ea7641)が瞳に鋭さを宿らせる。
 特に変わったことがなるわけではないが、何が起こるかはわからない。用心するに越したことはないのだ。
やがて行き着いた先にいたのは鎧に身を包んだ一人の男。
 細い体格にこけた頬が特徴のゴード領主、マハメスだ。
 馬上のまま、ベルトラーゼが頭を垂れた。本来なら馬を降りて後、然るべき礼節に従うべきなのだが、事態は緊急時のため敢えて省いた。
「急な申し出にも関わらず、此度のご協力、感謝の言葉も御座いません」
「何、そのような言葉は不要だ。どんなに感謝しても足りぬのは私の方だ」
 糸のような目を一層細めたマハメスがにやりっと微笑んだ。
「勿体無いお言葉です。事態は急を要しております。早速作戦の方を」
「その必要はない」
 ぴしゃりっとベルトラーゼの言葉を、領主が遮った。


「貴殿たちにはここで死んでもらう」


 周囲を取り囲んでいた兵士たちが一行に向けて槍を突き出した。
「これは‥‥」
 数十本ものの矛先を自らの胸に突き出され、動揺が奔る。
「おいおい何の冗談だ、こりゃあ!?」
 巴の言うように冗談ならばどれ程良かっただろう。しかし現実はそれ程優しくはなく、円を作っていた兵士たちの間から縄で縛り付けられたイェーガーとイリアが数人の兵士に引き摺り出された。
「私は冗談を好まぬ。そこにいる伯爵の令嬢キャロルをこちらに渡せ。さもなくは人質の命はない」
 抱き付いてくるキャロルをフィオレンティナが抱きしめ返す。
 突然の出来事に混乱する一行の中でこの状況を理解できたのは兵法に長けたイリアとシャルグだった。
「‥‥令嬢を『確保』して援軍としての中心的名聞を得る。そしてフロア軍を制圧した後は、見返りとしてグランドラ領地の譲渡を要求する、そんなところですか? まるで火事場泥棒ですね。貴方に恥という言葉はないのですか」
「騎士を統率すべき立場でありながら、人を、国を、誇りを忘れ、目先の利益に走るとは‥‥この痴れ者が!」
「死人に口はない。早くせねば人質の命はないぞ」
「どうせ僕たちを全員殺す気なんでしょ。自分で言ってたくせに。バカじゃないの」
 縄に縛られながらも、冷血な目で呆れ顔を浮かべるイリア。
 彼女の言葉に、ぴきぴきと青筋を浮かべた領主が腰に差していた剣を抜き放つが、そっぽを向いた彼女は視線だけを仲間たちに向けて合図をする。
 その意図に気づいた何人かが馬上で次々と口を開いた。
「小娘、減らず口もそこまでに‥‥」
「‥どうしようもない領主は一人だけではないということか‥」
 一人ぽつりっとため息をついたレインフォルス・フォルナード(ea7641)。故意かどうかは不明だが、それはマハメスに届いていた。顔を顰める領主を更にトール・ウッド(ea1919)が煽る。
「やるならさっさとやるんだな。お前のような小物にその度胸があればの話だがな」
「きさ‥‥」
「あははっ、手が震えてるねぇ。良かったら僕が手伝ってあげようかぁ?」
 とどめと言わんばかりに追い討ちをかけたのはエイジス。
 挑発に挑発を重ねられていくマハメス。
 積み重ねられた言葉に領主の堪忍袋の緒が切れ、怒声を上げようとした瞬間、

 ドォォォォォォォン!!!

 大地を揺るがす振動が鳴り響いた。
「な、何事だ!?」
 腰を抜かしたマハメスに一人の兵士が駆け寄ってくる。
「り、領主様! 大変です、そ、空に‥‥!!」
「‥‥フロートシップ!? 馬鹿な、あのようなものまで!?」
「それだけではありません! フロートシップの砲撃に加え、敵ゴーレムが降下! それにあわせて山に待ち伏せていたと思われる敵部隊の攻撃により陣容は崩壊! このままではここに敵がくるのも時間の問だ‥‥」
 兵の言葉は最後まで続かなかった。その真上から降下してきた巨大な何かが兵士を踏み殺したからだ。
 4mを越す巨体の人型兵器。
 ゴーレム『バグナ』である。
「ひっ!!??」

 ドォォォォォォォン!!!

 再び鳴り響いた爆音。
 それに紛れてスニアの矢が煌き、イェーガーとイリアを押さえていた兵士たちを貫いた
 シャルグ、エイジスがそれに合わせて馬を走らせ、二人を確保する。
「‥無事か?」
「うん、ありがとう」
 レインフォルスのイリアの縄を剣で断ち切った。
 本当は領主を怒らせて生じた隙を衝くなりして事態を奪還しよう、そう考えていたイリアだったが、まさかフロアの軍が攻めてくるとは予想外だった。結果的には問題ないが、混乱している今が好機だ。
「お前の子守唄を聴かせてやれ、ファズ!」
「イリア殿!!」
 トールに応えて『ファズ』のスリープが発動、シャルグの声に反応したイリアがすぐさま高速詠唱に唱え、彼女を中心に広範囲の濃霧が噴出した。ミストフィールドだ。
 ベルトラーゼが叫ぶ。
「キャロル様を連れて早く脱出してください! ここは私たちが引き受けます!!」
「でも‥‥!」
 仲間を重んじる彼女。自分だけが逃げることに抵抗があった。
「ここでキャロル様が捕まれば、ここまで来た意味が無くなります! 私たちもすぐに追いかけますから早く!!」
「‥‥わかりました! キャロルちゃん、掴まってて!!」
 フィオレンティアは走り続けた。
 混乱に満ちた霧の中で兵士たちの垣根を突破、キャロルを前に抱いたままひたすらここから脱出しようと馬を走らせていく。
 鳴り響くフロートシップからの砲撃音、そして爆裂音と立ち込める黒煙。
 闇の中にうっすらとその巨体を浮かべ、暴れまわるゴーレム。
 一帯に響いていく剣戟の音と悲鳴。
 降下してきたゴーレム部隊に組織だった反抗もできず、ゴード、ドル領の兵士たちは次々と地面へと倒れていく。従軍していた味方のゴーレムも突然の奇襲に十分な応戦もできず、破壊されてしまった。
 キャロルの存在に気づいた兵士たちが追ってくる中、走っていくフィオレンティナ。
 後半分も行けば陣の抜けられるという所でのことだった。

 ドンッ!!!

 進路上に突如降下した一騎のゴーレム『モナルコス』。
 こちらの姿を正確に捉えていたバグナは彼女が回避動作に入るよりも早く、強烈な斧を振り下ろしたのだった。




●零れる手に‥‥

「―――――――――っ」
 
 声が出ない。
 喉に何かが詰まっていて、空気が出るのを邪魔しているみたいだ。
 いつもと違う視界。
 縦と横が入れ替わり、乱戦の物音がやけに遠くに感じる。
「――――オレ――――さん! ―――オレ―――ティ―――」
 一つだけ、すぐ耳元に聞こえてくる声がある。
 何だろうと思ってそっちに視線を向けてみると、金髪の可愛い少女が泣きながら自分の体を揺らしている。 綺麗な手が血で真っ赤に染まっていた。
 止めたほうがいいよ、折角の綺麗な手がよごれちゃうから。
 そんなことを考えても、言葉が出てこない。
 キャロルの手を見て初めて自分が負傷したことに気がついた。
 モナルコスの巨大な斧の刃を身体に受けて落馬したのだと、思い出す。
 『メイの盾』と謳われるモナルコスに、国を護るために戦っている自分がやられるなど、なんという皮肉だろうか。
 キャロルを捕まえようと迫ってくるモナルコス。
 護らなきゃ。
 そのために自分はここまで来たんだから。
 フィオレンティナの意志に従い、その腕が少女へと伸ばされる。しかしその力はあまりに微々たるものだ。
 ゴーレムの手がキャロルを捕えようとした瞬間、その前に一つの影が飛び出した。
「させるかよぉぉぉ!!」
 ゴーレムに立ち塞がったのは巴だった。
 慣れていない馬ごとゴーレムに体当たりをかまし、ゴーレムの足元を狂わせた。
 後から追いかけてきたのはレインフォルス。
 二人はキャロルを庇う様に前面に出て左右から攻撃を仕掛けていく。
 瀕死の重傷を負ったフィオレンティナが、二人の覇気に押されてゆっくりと身体を起こした。
 自分だけがこのまま寝ているわけにはいかない。
「‥‥キャロル、もうすぐ‥‥他の人たちが来るから、それと‥‥一緒に逃げて」
「嫌です! また‥‥また私だけ!!」
「‥‥優しいね」
 そっと彼女の手が少女の頬を撫でた。
 血だらけの手だったけど、キャロルの姉がしたようにするとキャロルは一瞬口を閉じる。
「――――――無事についたら、ちゃんと手を洗ってね」
「あ‥‥」
 追いついたベルトラーゼが騎乗したままキャロルの身体を掴み、引き上げた。
 フィオレンティナに一瞥してすぐさま走り出すベルトラーゼの前にもう一騎のゴーレム『モナルコス』が立ちはだかる。
 すると速度を下げた彼の横を、加速した二つの騎馬が走り抜けていった。
 更に後方から駆けて来るのは騎士スニア。
(「狙うは‥‥」)
 矢を番えたまま、高速で地上を走る。
「―――――――――右腕!!!」
 洗練させた技量から放たれた矢が空を切って、槍を構えていたゴーレムの右手首を貫通、その動きを鈍らせる。
「ぬうぅぅぅぅん!!」
「‥ウザイ!」
 続けて、加速していたシャルグ、トールの豪撃がそれぞれゴーレムの膝を粉砕する。
 堪らず地面に落ちたモナルコス。
 応戦しようとするその懐に叩き込まれたのは、

「――――――――!!!!」

 騎乗から加速したエイジスの一撃であった。
 装甲を砕き、騎体の半ばまでめり込んでいたゴーレムバスターを引き抜くエイジス。
 得物の先が何かで染まっている。
 赤いそれは、血。操縦席に座っていた人間を潰し、その返り血によって暗闇の中で濡れるそれは、エイジスの内部に潜む狂気の顕在であるかのようだ。
 鮮血で懐付近が真っ赤に染まったモナルコスの残骸。
 その正面で冷酷な表情を浮かべて佇むエイジスの姿に、追ってきていた兵士たちの動きが止まる。
「早く行け!! ここは俺たちに任せろ!!」
 巴の声に足を止めていたベルトラーゼが再び速度を上げ、それにレインフォルスが素早く追従する。
「テメェら、ベルを・・・頼んだぜ!」
 遠くなっていくベルトラーゼたち。
 既に馬を失い、巴に逃げる手段は残されていない。だが、後悔の念はない。
「あばよ‥‥ダチ公」
「逃がすな!! 追‥‥」
 轟音が鳴った。
 知らぬ間に指揮官らしき男の隣に迫っていたエイジスの腕が振るわれる。
 超重量のゴーレムバスターを振り回す腕力で、回転したそれは男の頭を吹き飛ばしていた。
 絶句する兵士たち。
 彼らが見たのは、血に塗れた冷酷な瞳を持つ獣。
 エイジスのハーフエルフとしての狂化。それは戦闘時に異常なまでに彼を冷酷にする。捕虜になる危険性から必要最低限の戦闘しか行わない予定だったが、迫り来る敵に応戦していく内に彼の中の狂化は徐々に進行していき、今ではまともな理性は残されていない。周りを敵に囲まれ、極限の精神状態にありながらも騎馬に乗り、ここまで付き従ってきたのは彼の凄まじい精神力があってのことだ。
 理性よりも強い本能の衝動にエイジスは単身、敵へと中に乗り込み、怯える兵士たちを屠っていく。
「へっ、俺も負けていられねぇな。行くぜ!」
 仲間たちの脱出の時間を稼ぐため戦い続けるエイジス、巴、フィオレンティナの三人に応えるべく、残りの者たちは馬を走らせていくと、馬賊『アンドラ』の部隊が攻撃を仕掛けてきた。
 賊だけあって、夜の行動に慣れているのか、こちらの動きを正確に把握して矢を次々と放ってくる攻撃は、キャロルを護衛しなければならない一行としては厄介極まりない。
 背後から追いつつ、襲い掛かってくる矢の雨が騎馬隊を襲う。
「ぐっ‥‥!?」
「シャルグさん!!」
「案ずるな、この程度‥‥」
 敵陣を突破し、同時にキャロルを抱えるベルトラーゼの騎馬を護るように陣形を敷いているが、こうも大量の矢を防ぐことは容易ではない。導も敵陣を突破する際、地上からの射撃を避けることができずに負傷、治療しようにもこうも追っ手がいてはそれをする暇もない。
 それでも、犠牲になった者たちの思いに応えるため、身を盾にしながらも進んでいく。
 唯一騎馬の中で応戦できるスニアとイェーガーの二人が敵に応戦。数では圧倒的に劣るが、それでも二人は臆することなく一人、また一人と敵を仕留めて行った。
 スニアの矢が馬上の人間ではなく、その馬に突き刺さり、地面へと横転させる。
「馬術や剣の腕がどれだけ優れていようが騎馬を狙われたら防ぐことは極めて困難。私はこの戦訓を得るためにグリフォンを失った上重傷を負うことになりましたが」
 敵意を見せて追ってくる馬賊たちの弓を軽々と回避しつつ、反撃。
 額目掛けて飛んできた敵の矢を、首を横に移動するだけで回避、それと同時に自らの矢で敵を仕留める。
 とどめにはイリアのアイスブリザードが炸裂し、敵の半分以上を戦闘不能に陥らせた。
 所詮は馬賊、数は少なけれども、馬賊如きが勝てる相手ではなく、しばらくして馬賊たちは撤退。
 敵の追っ手を払いのけ、ベルトラーゼたちは闇の中を進んでいった。
 



●任務を終えて
 三人を戦場に残したまま、残りの者たちは闇に紛れて進軍、その後橋に向かうのではなく、途中で歩を止めてイリアのウォーターダイブにより川を渡った。
 敵もこのような方法で領内から脱出するとは露にも考えていなかったようで、その後敵の追っ手がかかることはなかった。
 グレイバー伯爵のご令嬢『キャロル』を無事に連れてグランドラ領の脱出は完了。
 依頼も無事成功となった。
 だがこれで終わりではない。
 これから繰り広げられる戦いこそが、この戦の勝敗を決めることになる。